百合園への誘い

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月16日〜08月21日

リプレイ公開日:2004年08月24日

●オープニング

 開け放たれた窓から入る夜風が優しくカーテンを揺らし、月明かりが仄かに室内を照らす。
 内装、調度品、家具、ベッド――朧気に浮び上がるそれらはどれもが高価で、この部屋の主が身分の高い者を暗に示していた。
 しかし、彼女にそれはどれ程の意味があるのだろうか?
 それはあくまで人間の定規――彼女には関係なかった。
 ベッドに横たわる女性は、ただ、彼女が愛すべき人。そして彼女に最上の悦楽と、甘露な糧を与えてくれる人。
『私の可愛いイングリット‥‥今夜も愛でてあげる‥‥』
「‥‥はい‥‥愛でて下さいませ‥‥」
 耳元で囁くと、眠っている女性から譫言のような返事が返ってきた。
 それを認めると、彼女は満足げな笑みを口元に浮かべながら、細く綺麗な指先が寝間着の中へと入り、蠢いてゆく‥‥。
 女性の寝息は荒くなり、額に珠のような汗が見る見るうちに滲み始めた。
 うなされているかと思えばそうでもない。その寝息はあまりにも熱く――寝顔は歓喜に染まっていた。
『‥‥ふふふ、ここは?』
「‥‥はい‥‥気持ちいいですわ‥‥」
『‥‥じゃあこっちは?』
「‥‥は、はい‥‥あ、熱くて‥‥蕩けそうですわ‥‥」
『‥‥いい娘ね。もっと悦ばせてあげる』
 彼女は楽器の音色を一階一階楽しむように、少女の奏でる嬌声をしばし楽しんだ。

「お姉ちゃん!!」
 その時、荒々しく部屋の扉が開け放たれると、一所懸命怒気を込めたつもりなのだろう、少女の叫び声が室内に響いた。
「‥‥あら? どうしたのです、こんな夜更けに?」
「ど、どうしたのって‥‥覚えてないの!?」
 ベッドの上の女性は、あくまでたおやかにはだけた寝間着を整えながら、ランタンを持って入ってきた少女に微笑み掛けた。
 ベッドの上には女性1人しかいなかった。
「‥‥とても素敵な、そう、心地好い夢を見ていたくらいですわ‥‥」
 未だに夢心地の中を漂うかのように、女性はうっとりと恍惚な表情を浮かべて答えた。
 頬には先程の余韻でうっすらと紅が差し、吐息もまだ艶めかしかった。
「‥‥覚えてないの‥‥」
 少女はただただ、悲しそうな顔をするだけだった。

「サッキュバスに取り憑かれたお姫様を助けて欲しいんだ」
 翌日。冒険者の酒場に、背中には無骨で不釣合いなウォーアックスを背負った、女騎士エレナの姿があった。
 赤い髪のツインテールを揺らしながら、テーブルに着いているあなた達に依頼を持ち掛けていた。
 なお、お姫様とは王女の事だけでなく、貴族令嬢など高貴な女性の総称として使われる事が多い。
「サッキュバスに憑依されると、1週間くらいで死んじゃうらしいけど‥‥そのお姫様は取り憑かれて今日で3日目なんだって」
 エレナは指折り数えながら言った。
 お姫様が今、住んでいるのは、キャメロットから馬車で1日程掛かる郊外の別荘だった。
 依頼を受けて今から行けば、充分、助けられるとエレナは踏んでいた。
「‥‥ただ、1つ問題があってね」
 エレナは苦笑を浮かべた。
「そのお姫様も男は嫌いじゃないけど、根っからの箱入りで苦手というか‥‥それでサッキュバスに取り憑かれたみたいなんだよ」
 異性が苦手というのは、温室育ちの純粋培養お姫様にはよくある事だという。
 普通、サッキュバスは男性の理想の異性の姿となって憑依するのだが、サッキュバスに異性が苦手な部分を付け入られたのだろう。
「サッキュバスには普通の武器が効かないから、あたしだけじゃ倒せないんだよ。とにかく憑依から救ってくれればいいから、協力してくれないかな?」
 既にお姫様と顔合わせの為のお茶会のセッティングや、泊まる手配などはできているという。
 エレナは懇願にも似た真摯な表情で、あなたにお願いしてきた。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0110 フローラ・エリクセン(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0980 リオーレ・アズィーズ(38歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3590 チェルシー・カイウェル(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea3777 シーン・オーサカ(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文


●お茶会で自覚を
 チェルシー・カイウェル(ea3590)達は女騎士エレナが用意した馬車で、郊外にある別荘へ向かっていた。
「女性に憑依するサッキュバス、ねぇ。また面白いというか、くだらないというか‥‥歌のネタにはなりそうだけどね」
「男の人が苦手だから、取り憑かれてしまったんですよね‥‥」
 チェルシーはバードという職業柄、サッキュバスについてある程度知っているが、今回のように同性にも憑依するのなら、相手がカマならインキュバスになるのかな? と思っていた。
 向かい側に座る沖田光(ea0029)は、サッキュバスに取り憑かれたお姫様は男性が苦手と聞いてこの依頼を受けたのだ。
「護ってあげたいですし、護衛している間に友達になれれば、少しは苦手の克服になるかも知れないです」
「随分と難しくて責任重大な依頼だけど、あたし達にできる事をして、きっちり片付けさせてもらいましょうか」
 人の命が掛かっている以上、というチェルシーの前置きに光も力強く頷き、まだ見ぬお姫様の笑顔を決意を固めるのだった。

「大きな別荘ですね」
「ホンマやな」
 別荘に着いたフローラ・エリクセン(ea0110)はそう感想を漏らした。別荘と聞いていたが、屋敷も同然の規模だったからだ。フローラが腕を絡ませているシーン・オーサカ(ea3777)も目を見開いて驚いていた。
 彼女の横顔を見るフローラの顔は仄かに紅く、赤い瞳は潤んでいた。
「お姫様‥‥イングリットを、お願いするわね」
「あっはっはっは、私達に任せておいてよ。皆、今回は頑張りましょうね〜」
 エレナが馬車から降りたクレア・クリストファ(ea0941)に沈痛な面持ちで声を掛けると、その不安を払拭するかのようにゲラゲラと笑った。
「エラい心配しとるけど、グット姫はんとダチなん?」
「友達というか〜」
「‥‥エレナですの? 帰ってきたのですか?」
 シーンに聞かれたエレナが言い淀んでいると、小鳥の囀りのような、珠を転がしたような、小気味良い声が屋敷の方から聞こえてきた。
 そしてやってきたのは――。
「‥‥お嬢様!?」
 その姿を認めたリオーレ・アズィーズ(ea0980)は思わず叫んでしまった。
 腰まで届く長く艶やかなワンレングスの黒髪と深い青色を湛えた瞳、楚楚として可憐な雰囲気を持つ、優しい微笑みの似合う高貴な美姫――イングリット――だった。
「あら、お友達でしたの?」
「‥‥あたしの姉なの。別に隠すつもりはなかったんだけど、依頼は依頼でハッキリしときたかったのよ」
「‥‥似てない姉妹」
 それがチェルシーの第一印象だった。
「やっぱりな。姉さんの事、不安なのは分かるで」
 ある程度感付いていたシーンは、「気にしてへんで」と首を横に振った。
「初めまして‥‥私は夜駆守護兵団、団長クレアと申しますわ」
 先程の笑いは何処吹く風、クレアは淑女のような微笑みを湛えると、イングリットに恭しく神聖騎士の礼を取った。

 エレナが光達を友達と紹介すると、イングリットは庭園でお茶会を開いた。
「驚きました。イングリット様は私が幼少の頃から仕えているお嬢様に似ていましたから。後5年経てば、お嬢様もイングリット様のようになられるでしょうね。お嬢様はそれはそれは綺麗で、優しくて‥‥」
 外見が似ている事から、イングリットはリオーレが仕えるお嬢様の5年後を髣髴させた。
 お嬢様の事となるとリオーレは饒舌になる。フローラとお茶の用意をしている時も、延々とお嬢様について語っていた程だ。
 リオーレとフローラの作ったクッキーで舌鼓を打ちながら、シーン達はイングリットに冒険譚を話した。
「‥‥男性だと分かっているのでしょうか‥‥?」
「苦手だと感覚的な分かるみたいね。ただ、意図的に避けている訳ではないようよ」
 光はイングリットの隣に座っていたが、普通に話はできるものの会話が長続きしなかった。クレアがその様子から、免疫のない男性を無意識の内に避けているのだと解釈した。
「‥‥はふ‥‥あら、わたくしったら失礼しましたわ。最近、夢見心地がいいものですから、ついぼーっとしてしまいがちですの」
 チェルシーが、愛する女性の為に盗賊達に奪われたウェディングドレスを取り返しに行った青年の冒険譚を歌にして朗々と唄っている時、イングリットは可愛く欠伸をしてしまい、慌てて口を押さえた。
「それで寝不足とはいい夢なのですね。どんな夢を見られているのですか?」
 シーンの口にクッキーを運び、お互いに食べさせ合っていたフローラが、チャンスとばかりに聞いた。
「わたくし、長女ですからお姉様は居りませんが、お姉様に甘える夢ですの‥‥思い出すと身体が火照ってくるのですが‥‥」
「モンスターの中には『夢魔』という、獲物の理想の異性の姿で現れる悪魔がいます。男性の姿を取るとインキュバス、女性の姿を取るとサッキュバスと呼ばれます。獲物に憑依して幸福な夢を見せ、精気を吸い取るのです」
 最後の方は小声でほとんど聞き取れなかったが、そこで空かさずリオーレが『リオーレのもんすたー講座:サッキュバス編』を始めた。リオーレの生業は家庭教師で、分かりやすく教える事は得意だった。
「夢の中のお姉様は、サッキュバスなのでしょうか‥‥?」
「安心して下さい、イングリットさんは僕が絶対護りますから!」
 オブラートに包んだとはいえ、夢魔の話を聞いて不安そうな表情を浮かべるイングリットの手を、光は思わず握り締めた。
 不意打ちのように手を握られたイングリットはそのままの姿で硬直し、女性の手を握った事実に気付いた純な光は顔を真っ赤にしながら慌てふためいて手を放したのだった。

●百合園の扉を叩いて‥‥
 別荘で夕食を採り、歓談を楽しんだ後、イングリットの誘いもあってチェルシー達は泊まっていく事になった(元々、エレナが泊めるつもりだったが)。
 イングリットは部屋にクレアを誘い、左隣のエレナの部屋にはチェルシーが泊まる事になった。フローラとシーン、リオーレは右隣の客間が用意された。光はリオーレ達の更に隣の客間が当てがわれた。
 ロウソクの灯りの元で、クレアの冒険譚を聞いていたイングリットは不意に表情に影を落とした。
「大丈夫、あなたに誇り高き月と崇高なる夜の恩寵を‥‥」
 クレアは不安を取り除くおまじないを唱えると灯りを消した。

 ――イングリットの静かな寝息が聞こえてきて、しばらく経った頃だろうか。
『‥‥あぁ‥‥はあ‥‥ん、んん!』
 クレアは艶めかしいイングリットの吐息に気付いた。ベッド上のイングリットは、はだけた寝間着の胸元から片手を入れ、もう一方の手は下腹部に添えられていた。
 モンスターの気配は感じなかったが‥‥。
 イングリットはクレアが見ている事に気付くと、ベッドから這いずり出て四つん這いでクレアの上に迫った。
『クレア‥‥身体が火照って‥‥蕩けそうで‥‥あなたの身体で覚まして下さいな‥‥』
 イングリットの瞳は爛々と紅く輝いていた。
「残念ね‥‥私は、魅了されるよりする方が好きなのよ! さぁ、御出なさい!!」
 イングリットがクレアの唇を塞ぐよりも早く、ブラックホーリーの魔法が完成していた。聖なる光が彼女を直撃すると、その身体から霧状の何かが出てきた。
 これがサッキュバスの正体だった。
 更にもう一撃、ブラックホーリーが直撃すると、サッキュバスは開け放たれていた窓からいずこかへと消えていった。
 クレアがイングリットを抱き起こすと彼女は無傷だった。

 隣の部屋では一糸纏わぬ姿のフローラとシーン、リオーレが身体を重ねていた。
「フランの耳、柔らかいわー。エルフって皆こうなん?」
「シーンさん‥‥リオーレさん‥‥あくまで、演技です‥‥から‥‥」
「うふふ、フローラ様が可愛いですから、つい、もっと可愛がりたくなってしまいます」
 シーンが耳を甘噛みしつつ、リオーレの唇が首筋を伝わってゆく。フローラは恥ずかしさに耐えるので精一杯だった。
「‥‥リオーレ、ごっつぅ綺麗や‥‥は‥‥ぁ、エエ香り」
「シーン様も胸、大きいですよ」
 シーンはぎこちなくリオーレの胸元にキスをするが、胸を優しく手で愛でられており、主導権は完全に握られていた。
 囮としての使命感に加え、シーンから教わった胸のマッサージを思い出したフローラは、演技なのか本気なのか判断できず、目の前にシーンの胸を優しくてで包み込んでいた。
「‥‥ひ‥‥ぁ、ちょっ‥‥も、もうちょいゆっくり‥‥は、弾んでまう」
 シーンを悦ばせている事にフローラはほころんだ。

『いつかはきっとやってくる 白馬に乗ったお姫様
 けれどもあなたの前にいる その娘はほんとにお姫様?
 一目出会ったその日から 花咲く恋は偽りで
 あなたの前の恋人は 悪魔の微笑を隠してる
 夢から醒める時が来た 惑わず正気を取り戻せっ!』

 扉の外からチェルシーのメロディーが聞こえてくると、フローラの意識は急速に覚醒し、目の前にシーンが二人いる事に気付いた。シーンこそ、『活発で親しみやすい、スタイルのいい女性』というフローラの理想の女性像だった。
 フローラは危うく憑依される寸前だったのだ。
 シーンが高速詠唱でウォーターボムを2発放つと、フローラは偽シーン――サッキュバス――をベッドの真横に仕掛けておいたライトニングトラップへと突き飛ばした。
「シーンさんに化けるとは! しかし騙されません。彼女とは瞳の輝きが違いますから!!」
 そこへ部屋の扉の前で護衛していた光とエレナが、クレアから話を聞いて躍り込むと、リオーレは完成させていたクリスタルソードをそれぞれに渡した。
 ライトニングトラップに捕らわれたサッキュバスへ、光とエレナ、クレアが斬撃を与えると、さしものサッキュバスも地に伏した。
『リオーレ、助けて!』
「嗚呼、お嬢様‥‥今助けます」
 光がファイヤーボムで止めを刺そうとすると、サッキュバスはリオーレのお嬢様に変身して助けを求めた。リオーレはその姿に一も二もなく願いを聞き入れてしまうと熱く抱擁した。
 次の瞬間、サッキュバスの身体は足元から固く冷たい灰色に変わり始めていた。リオーレがストーンを唱えたのだ。
 そこにサッキュバスを原材料とした、抱き締められた姿の、リオーレのお嬢様の石像が完成した。もちろん、リオーレは喜々として持ち帰るつもりだった。
「‥‥依頼優先だったから、中で何があったかすっごく気になるんだけど、リオーレだけは怒らせない方がいいかも」
 廊下からその光景を見たチェルシーは一人ごちた。

 次の日、いつものように目覚めたイングリットはエレナから事情を聞き、全員にお礼を述べた。
「約束しましたよね、絶対護るって」
 光は微笑みを浮かべてそれに応えた。

 その後もイングリットの好意でしばらく別荘に滞在したが――。
「こ、今回は‥‥申し訳ありませんでした‥‥」
「エエって、グット姫が助けられたんやし‥‥それにウチもフローラの事、嫌いじゃあらへんよ‥‥」
 頬を桜色に染めてひたすら頭を下げるフローラに、シーンは頬を掻きつつ満更でもない様子だった。
 またチェルシーはリオーネから何が遭ったのかを詳しく聞き出し、外で誘惑に対抗する歌を唄っていてよかったと安堵したという。

「それじゃ、またいつかお会いしましょうね」
「ええ、いつでも遊びに来て下さいね。皆さんもよしなに」
 クレアはイングリットの美しい黒髪を撫でながら別れを惜しんだのだった。