●リプレイ本文
●顔合わせ
その日の早朝、8人の冒険者達が冒険者ギルドの前に集まっていた。
「イギリスに来てこれが初めての依頼‥‥コカトリス捕獲か‥‥ヴィドフニル(黄金の雄鶏)を捕獲するよりは簡単だろうが、気を引き締めねばな」
「僕はそのヴィドフニルがどういうモンスターかは知りませんが、石化能力を持つコカトリスを捕獲するのは、退治するよりも一筋縄ではいきませんよ」
鼻に付いた一文字の傷に触れながら真剣な面持ちで呟くエルド・ヴァンシュタイン(ea1583)に、沖田光(ea0029)が微笑みながらやんわりと釘を刺した。
「確かにあのコカトリスの捕獲とは、随分とハードな要求ではある‥‥でもまぁ、報酬もなかなかのものだし、石化解除の薬というのも興味深いからな。満更悪い話でもないだろう」
「コカトリスの石化は、解毒薬や神聖魔法では治せないと聞きます‥‥私もどういう薬か興味があります。光さん、イグニスさん、後でコカトリスの事を教えて下さいね」
「コカトリスは小さくて速くて強かったぞ!! コッコッコッと嘴で3発突かれて、石になる時はじわじわーって来るのさ!!」
実際にコカトリスを見た事のあるイグニス・ヴァリアント(ea4202)が、その姿を思い出しながら感慨深く頷くと、アリシア・ハウゼン(ea0668)がコカトリスについて教えを請うた。
アリシアがこの依頼を受けたのは、彼女も植物の知識は豊富で、依頼主である薬師フリーデの研究に興味を持ったからだ。
答えたのはイグニスではなく、実際に戦ったボルジャー・タックワイズ(ea3970)だった。矢継ぎ早にコカトリスとの戦いの事を話す彼は、再戦の機会が巡ってきた事が嬉しくて仕方がないといった様子だった。
「コカトリス、ねぇ? ま、イカした石像になるのだけはゴメンだな」
「アーウィンはともかく、私の石像はさぞ美しく、夜駆守護兵団の至宝になるわね。もちろんそのつもりはないし、この依頼、全員無傷で成功させましょうね」
アーウィン・ラグレス(ea0780)のおちゃらけた身震いする仕種に、クレア・クリストファ(ea0941)が悪戯っぽく悪態を付くと、光達にゲラゲラ笑いながら発破を掛けた。
「お初にお目に掛かります、私は夜駆守護兵団団長、クレアと申しますわ」
「‥‥団長らしいよ」
ところが約束の時間通りにフリーデがやってくると、先程の陽気さは一転して淑女のような笑みを浮かべ、恭しく神聖騎士の礼を取った。慣れているとはいえ、アーウィンはその変わり様に「やれやれ」と髪を掻いた。
「‥‥3人か‥‥」
「どうされました?」
「いや、女性がな。私は1人で散策する事が多いのでな」
「ああ、なるほど。不都合があった時は遠慮なく、私に申し出て下さいね♪」
フリーデが髪と同じ蜂蜜色の鋭い目で、アリシア達の姿を見て呟くと、大隈えれーな(ea2929)がその様子を訊ねた。メイドである彼女はフリーデの答えを『異性と旅をした事が少ないから照れ臭い』と解釈し、依頼主の旅が快適になるよう心掛けようと決めた。
●コカトリスの情報
「今度の相手はコカトリス〜。今度は勝つぞコカトリス〜。
今度はならない、石にはならない。パラッパラ〜。
パラの戦士は今度は勝利〜。コカトリスだけ倒れるぞ〜」
上機嫌なボルジャーが唄う、調子っ外れの歌をBGMに、えれーな達は荒野を進む。
コカトリスの体長は50cm程と大きくなく、嘴による3連続攻撃を得意としており、足の速さは馬並。石化は始まってから1分程で完全な石像になる、とボルジャーは自分が経験した事を全て話した。
「コカトリスの生態は基本的には鶏と変わりません。食べ物も鶏が食べる物と同じそうですよ。啄む時は石化しないようですね」
「‥‥なるほどな。荒野に鶏の形跡があれば、先ずコカトリスと疑っても間違いないようだな」
ボルジャーや光の説明を、エルドは逐一書き留めていった。
「コカトリスには雌雄の別があるから、単独で棲んでいる場合もあれば、つがいや家族で棲んでいる場合もある」
「あなたは薬草を摘むそうですが、あなたの元へコカトリスが現れないとも限りません。危害が及ばないよう、護衛に就かせて戴きます‥‥こちらが勝手にする事ですから」
『お互いに知ってる事を話し合えたら、きっと捕獲しやすくなると思うんです』と、屈託のない笑顔で光に言われたフリーデは、自分の持っている知識で補足した。光よりコカトリスといったモンスターについての造詣は深いようだ。
複数現れる可能性を考慮したクレアがフリーデの護衛を申し出た。彼女は『コカトリスの居ない場所で採取するから』と断ったが、クレアが勝手に付いていくと告げるとそれ以上は反対しなかった。
「昔聞いた話しですが、嘴が金なら1個、銀なら5個で何か貰えるそうですよ」
光が真面目な顔でそう切り出すと、フリーデの表情が一瞬強ばった気がした。
「それは石化能力についての逸話じゃないのか? コカトリスの石化能力は嘴にしかないらしいからな。石化を解くにはコカトリスの血を掛ければいい」
イグニスは石化したボルジャーが、コカトリスの血を浴びる事で生身に戻るのを見ていた。
「石化は恐ろしいです。石になった人の時間はその瞬間に停止し、永遠に取り残されるのですから‥‥私は死よりも残酷だと思います。石化を救う事のできる、フリーデさんが研究されているという石化解除の薬は、どういうものなのですか?」
世界各地の伝説に、人が石化してしまう話はよく見られる。そういった話を読んだアリシアは、祈るように胸の前で手を組むとフリーデに訊ねた。
「コカトリスの血をとある錬成術で長期保存させるんだ。コカトリスの石化は、どのコカトリスの血でも元に戻せるからな」
フリーデは自分のバックパックを見ながら説明した。中には錬金術の器材が入っているのだろう。錬金術の錬成は編み出した術師にとって財産も同様だ。おいそれと詳細を教える事はしないだろう。
それでもコカトリスを捕獲する理由も氷解した。
「石化解除薬にはコカトリスの生き血が必要だから、捕獲なんだな。なら嘴は要らないよな?」
「いや、できれば五体満足のまま捕獲してくれ。血は流れない方がいいからな」
アーウィンは嘴を真っ先に潰したかったが、フリーデに止められてしまった。
野営時には、えれーなはみんなから提供してもらったロープで、イグニスと一緒に捕獲用の網や投網を編んだり、ボーラを作った。出来はともかく、安全に捕獲できる準備は怠らないように心掛けていた。
●コカトリス連戦
フリーデの目的地である薬草の採取場所に付くと、アーウィン達は荷物を置いてキャンプを張り、早速、エルド・イグニス・アリシア・アーウィンと、光・ボルジャー・えれーなの2手に分かれてコカトリスの捜索に向かった。
イグニス達はウィザードのエルドとアリシアを護るようにイグニスが先頭に、アーウィンが最後尾に立って、アリシアを中心にコカトリスの形跡を探した。
「これは‥‥足跡ですね。まだ消えていないところを見ると、近くにいるようです」
アリシアは散乱する倒木の1本の近くで、大きな鶏の足跡を見付けた。
「‥‥お出ましか。んじゃ、とっとと仕事に掛かりますか!」
耳のいいアーウィンは、耳障りな羽音とガチョウのような鳴き声を聞き取ると、ショートソードを構えた。それに倣ってイグニスは両手にダガーを、エルドはランタンを構えた。
次の瞬間、倒木の間からコカトリスが現れると、アリシアに向かって跳び掛かってきた。
「疾い!?」
身構えていたイグニスとアーウィンがカバーに入ろうとするが間に合わない。
アリシアは肩を突かれてしまう。するとピキピキと嫌な音を立てて、肩が白い色を灰色く濁らせて、冷たく固く変質してゆく。
「‥‥完全に石化するまで時間はあります。私に構わずコカトリスを倒して下さい‥‥あなたに水の護りを!」
しかしアリシアは毅然とした態度で、レジストファイヤーをイグニスに付与した。
アーウィンが前に出ると、コカトリスを斬り付けた。いくら相手が速くても攻撃が当たる距離まで詰めればいい。
「Waffen Hiebwaffen(友の剣に 集え火霊)!」
アーウィンがコカトリスの気を引き付けているうちに、イグニスがツインソニックブームを足元に放って機動力を奪い、エルドがアーウィンのショートソードにバーニングソードを付与した。
「‥‥水よ、飛礫となりて飛べ‥‥」
アリシアがウォーターボムを詠唱すると、その身体が崩れ落ちた。肩から石化が始まった為、既に頭部まで及んでいたのだ。その重みに生身の足が耐え切れなかったのだ。
慌ててエルドがアリシアの身体を受け止めた。
コカトリスの攻撃を辛うじて受け流したアーウィンが斬り掛かり、イグニスがボーラを投げるがこちらは回避されてしまう。
「灼えろ、生きたままな!」
エルドのファイヤーボムが完成し、コカトリスを直撃すると動かなくなった。
アーウィンとイグニスが生きている事を確認すると、網で簀巻きにして捕獲したのだった。
「やれやれ‥‥皆は無事かしら」
定期的に使っているデティクトライフフォースを詠唱し、敵がいない事を確認したクレアは一人ごちた。
フリーデは表情にこそ出さないが、喜々として薬草や茸を採取しているようだ。
中には薬草には見えない草や毒々しい色の茸もあったが、クレアにはそれがどういう効能かは分からなかった。
「薬師は薬草だけを扱えばいいという訳ではない。毒を知らずして解毒薬は作れないからな」
クレアの物珍しそうな視線に気付いたフリーデは、刹那手を休めると、再び採取に没頭した。
「この前は相打ちだったけど、今度はおいらが勝つぞ!! 勝負だ!!」
ボルジャーはショートソードとダガーを振り回しながら、コカトリスの気を引いた。本当は1対1で戦いたかったが、作戦がある為我慢していた。
ボルジャーの姿を見付けたコカトリスは即座に追ってきた。充分距離を取っていたが、その差はどんどん縮まり、罠に近付く頃にはほぼ追い付かれようとしていた。
「今です!」
「と、跳んだ!? コカトリスがあんな戦い方をしています!」
「空中戦‥‥コカトリスも鳥って事だよね!」
光の合図でえれーなは地面に隠してあった網を引き上げ、コカトリスを捕獲しようとした。だが、コカトリスは跳び上がって網をかわしたのだ。
とはいえ鶏なのですぐに着地すると、そこにはボルジャーが待ち構えていた。コカトリスの嘴をショートソードとダガーで受け流し、受け流し損ねた攻撃はかわした。
そこへ光と疾走の術を使ったえれーなが加わり、日本刀の斬撃とホイップによる攻撃を繰り出した。しかし、どちらもコカトリスはかわし、その隙間を縫って攻撃してくる。
忍法によって素早くなったえれーなは辛うじてかわせたが、光は嘴の洗礼を受けてしまう。
だが、3対1ならコカトリスの手数も確実に減っていた。ボルジャーが弱らせたところへえれーながホイップで絡め取り、やっとの事で捕獲したのだった。
●石化解除薬の効果の程は?
合流したフリーデの元には、簀巻きにされたコカトリスが2匹と、魔法を詠唱する姿のアリシアの石像、日本刀を構えた格好で石化した光が置かれた。
コカトリスの首を刎ねようとするイグニスをフリーデが止め、代わりにバックパックから大切そうに陶器の小瓶を出した。石化解除薬の試作品のようだ。
小瓶を光にぶつけると割れ、中からドロっとした赤い液体がこぼれた。元々壊れやすい瓶らしい。
それが光の身体を伝って覆うと、その部分から灰色が洗い流されるように鮮やかな元の色へと色づいていった。
問題はアリシアだった。フリーデは石化解除薬を1個しか持っておらず、彼女を生身に戻すにはコカトリスを1匹殺さなければならなかった。
これにはフリーデが反対し、帰りの道中、夜になると『錬成中』と称してコカトリスとアリシアの石像と共に自分のテントに閉じ篭もり、実験を続けた。
アリシアが再び太陽を見たのは3日後、キャメロットに着く当日だったという。