ぶしどーぶれーど

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月03日〜10月11日

リプレイ公開日:2004年10月08日

●オープニング

「佐々木流・燕返し!」
 まだ大人の女性になりきっていないソプラノヴォイスが雄叫びを発する。しかし、その声質故か、今まで相手を怯ませた事はなかった。
 今回もそれは同じ――ならば実力で分からせるまで!
 大上段に構えられた野太刀が振り下ろされ、それをかわしたコボルドの戦士は、犬独特の黒いくりくりした瞳を見開いた。陽光に照らされ、鈍く冷たい鋼鉄の光を湛える銀刃は、既に天に向かって垂直に斬り上げられていたからだ。
 佐々木流の奥義・燕返し――大上段から振り下ろす一の太刀をかわしたところへ、続けざまに下から斬り上げる二の太刀を放つ、高速にして流麗な、まさに必殺技だ。
 佐々木流は通常の太刀よりも長く重い野太刀で、強さだけでなく速さをも追求した流派だ。
 野太刀を振るい、燕返しを使いこなすだけの筋力と膂力を、この15、6歳の小柄な少女は備えている事になる。
 もっとも、少女の奮う野太刀は売られているそれより短めではあったが。
 少女の背後には、コボルドの戦士達の屍が倒れていた。全て少女が一人で倒したものだ。
 コボルドの戦士は、目の前の少女がこれほどの使い手とは思いもしなかったのだろう。相手の実力を見誤った時点で、既に勝敗は喫していた。
 最早、コボルドの戦士はこの場から逃げる事しか頭になかった。動かない仲間の事などどうでもいい。自分さえ生き残れば、と。
 コボルドの戦士は斬り掛かると見せて、そのまま体当たりへ切り替え、少女の小さな体躯を吹き飛ばした――はずだった。
 懐に入られたにも関わらず、少女は一切無駄のない挙動で野太刀を引き戻すと、コボルドの戦士の胸部を横に薙いだ。
「!? ‥‥ああ! 師匠から賜った霧咲が‥‥」
 次の瞬間、少女は一瞬だけ禍々しい気配を感じた時には腕に虚空から衝撃を受け、野太刀を取り落としてしまっていた。
 野太刀はコボルドの戦士の後を追うように、切り立った崖下へと銀の弧を描きながら落ちていった。
 少女は崖の縁に崩れ落ち、愛刀の行く末をただ、見る事しかできなかった。

 少女の名前は吉野・那雫(よしの・なしずく)。ジャパンからやってきた佐々木流の使い手の浪人だ。
 発育真っ盛りにも関わらず、身長と胸が全然成長しないのが唯一の悩みの種で、一時期、豊満な胸を持つキャメロットの女性との間に軋轢が生じ、夜な夜な辻斬りを行っていた事もあった。
 しかし、冒険者の力添えで彼女達と和解した今日、冒険者としてギルドの依頼を請け負う毎日を送っていた。

「コボルドの戦士の群れを1人で全滅させたのか!? そりゃぁ凄い!」
 数日後。キャメロットの冒険者ギルドの受付に那雫の姿があった。
 彼女から依頼達成の報告を聞いたギルドメンバーは目を見張った。山村を荒らすコボルドの退治の依頼だったが、確かコボルドの戦士は5、6匹の集団だったはずだ。それを那雫1人で全て退治したというのだから、驚くのも無理はない。
 しかし、依頼を成功させたにも関わらず、那雫の表情は暗かった。まるで最愛の恋人を失ったか、この世の終わりが来たかのような、そんな雰囲気を全身から滲み出していた。
 とても依頼を成功させた冒険者とは思えなかった。
「‥‥報告を済ませたから、私の成すべき事は果たしたわ。最後に介錯をお願いできる?」
「カイシャク?」
 ギルドメンバーが聞き慣れない単語に戸惑う傍から、那雫は受付の前で正座し、着流しの上半身をはだけさせた。肩は少女独特の丸みを帯びていたが、背筋は締まっているのが見て取れた。胸にはさらしを巻いているが、悲しいかな、そのひんぬーでは潰すとほとんど膨らみはなかった。
「一度請け負った仕事を達成するのが武士道‥‥それが叶った今、師匠より賜った愛刀を失い、これ以上生き恥を晒す事もなくなったのよ‥‥」
「待て待て待て待てー! たかがカタナ1本で早まるんじゃない!!」
 那雫は伏し目がちに腹に巻いたさらしに差してあった短刀を抜くと、腹に突き立てた。
 突き刺さる寸前で、ギルドメンバーはその手を掴んで止めた。
 「何事!?」と、ギルドの中にいた多くの冒険者が受付の前に集まり、人の輪ができていた。
「武士の情けよ! 切腹させて!! 愛刀を失った今、師匠に顔向けできないもの!!」
 なおも切腹しようとする那雫を抑え込みながら、ギルドメンバーは思う。
 彼女が腰に差した鞘に刀は入っていなかった。話を聞く限り、依頼の途中で無くしたのだろう。イギリスのエチゴヤでは刀は売っていないから、代わりの武器がない彼女からすれば、依頼を受けられないのは仕方ないかも知れない。
 また、ジーザス教では自殺を禁じているし、騎士達も武器を失った程度で自ら命を絶とうとは思わない。
 たかが武器を失ったくらいで自殺するというのは狂気の沙汰ではないか、と――ギルドメンバーは那雫の行動を理解できなかった。
 だが、『武士道』において、主君や師匠から賜った品は、時に己の命と同様、それ以上の存在となる事もある。
 「刀は武士の魂」と言う侍もいる――那雫もその1人だ――が、一振りの刀に地位といった意味を求めるのではなく、その存在自体に価値を見出し、こだわる者も多いのだ。
 その事をギルドメンバーは理解できなかったのだろう。

 “武士道とは死ぬ事と見付けたり”――自己犠牲の精神だが、それは個人の為ではなく、主君や師匠、引いては世の中の為に向けられるのだ。
 だからこそ那雫は、愛刀を無くしたという(本人からすれば)生き恥を晒してまでも、依頼を成功させた報告をし、山村の平和を守る事を優先したのだ。

「よし、こうしよう! コボルド退治には結構な額の報酬が出ていたから、それをお前の『カタナ探索』の依頼の報酬に充てるんだ。カタナが見付かればいいんだろう?」
 ギルドメンバーは那雫をなだめつつ、その場に集まっていた冒険者に彼女の愛刀探索を依頼するのだった。
 もちろん、那雫も付いていく事になるが‥‥愛刀を失った今、類い希な剣術を持つ彼女は戦力としては期待できないだろう。

●今回の参加者

 ea0763 天那岐 蒼司(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2023 不破 真人(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2699 アリアス・サーレク(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2929 大隈 えれーな(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5678 クリオ・スパリュダース(36歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●二つの道
「今の那雫さんは危ないです‥‥守らなければ」
「一刻も早く、霧咲を見付けてあげたいですね」
 女浪人・吉野那雫を気遣う不破真人(ea2023)の肩に、大隈えれーな(ea2929)が手を置いた。2人は那雫が冒険者ギルドで切腹しようとした現場に居合わせており、ギルドメンバーが愛刀探索の依頼を出すと真っ先に受けたのだ。
「‥‥なるほど、それがタワーシールドか」
「‥‥そうよ、悪っかたわね」
「覇気が無いと宝の持ち腐れだよな」
 アリアス・サーレク(ea2699)の義妹は辻斬りを行っていた那雫と戦った事があり、その実力や彼女がひんぬーを気にしていた事を手紙でアリアスに報せていた。
 しかし、彼の不躾な言葉に那雫は喰って掛かってこなかった。辻斬りを行うほど気にしていたひんぬーも、愛刀を失った今となってはさして問題ではないようだ。
 天那岐蒼司(ea0763)も体運びなどから、那雫の実力を見抜いていた。自分やアリアスより数段上だろう。覇気を纏った万全の状態なら一騎討ちは疎か、2人掛かりでも勝てないかもしれないが、今の彼女にはその手ごたえが全く感じられなかった。
「これはどうです? 使い慣れたノダチよりも短いかも知れませんが」
「慣れなくとも、無手よりはマシだろ。後でちゃんと返せよ?」
「あなたの愛刀を奪った相手は、なかなか厄介ですよ?」
 ルーウィン・ルクレール(ea1364)と陸奥勇人(ea3329)、夜桜翠漣(ea1749)が同時にそれぞれ日本刀とシルバーダガーを差し出した。息の合ったタイミングに那雫はきょとんとし、3人は誰からともなく軽く吹き出してしまった。釣られて那雫も軽く笑い、「ありがとう」とルーウィンの日本刀とシルバーダガーを借り受けた。
「‥‥あほくさ‥‥友情ごっこはその位にして、さっさと出発するよ」
 クリオ・スパリュダース(ea5678)はそう言い放つと出発を急かした。現地の狩人や樵に、那雫が霧咲を落とした崖について聞かなければならないし、する事は山ほどあるのだ。それにこんなところで油を売るより、さっさと見付けて、馬鹿げた切腹などはさっさと終わらせた方が遥かに建設的だと彼女は思っていた。

 那雫がコボルド退治の依頼を受けた村まではキャメロットから歩いて3日掛かり、更に那雫の案内でコボルド達の巣穴があった崖までは1日を要した。
「‥‥霧咲はあの辺りに落ちたと思うわ」
 切り立った崖の眼下には森が広がっていた。那雫は落ちてゆく霧咲の軌跡を指で示した。
 時間は掛かるが崖から下に降りられる道があるので、えれーなが上と下の二手に分かれて霧咲を探す提案をした。
 クリオの予想通り、那雫がガイド無しで行動できたように、森は深いものの意外としっかりした獣道が多く、翠漣が地元の人間から道を聞いて予めマッピングしておいた羊皮紙の一枚を、下を探すえれーなに渡した。
「便利だなぁ〜あれ」
(「東洋人の男が箒に跨る姿など、正視に耐えられるものじゃないよ」)
 勇人がフライングブルームに跨ると、目のいい翠漣を後ろに乗せて、崖の途中に引っ掛かっていないか確認した。真人はフライングブルームを羨ましそうに見つめたが、クリオはその姿は見ないようにし、そそくさと崖を降りていた。
 ――カンカン♯ カンカン♭
 ――ポクポク♪ ポクポク♪
 地元の狩人や樵の話では、この時期はサスカッチやブラウンベアが多く出没する事から、蒼司は携帯品に糸を通して首に掛けて鈴代わりにし、えれーなは太鼓を叩いて自分達の存在を報せる事で相手の方から避けるよう仕向けた。その甲斐あってサスカッチやブラウンベアとは遭遇しなかったが、逆にジャイアントトードと戦う羽目になってしまった。
 シフール程度の大きさのものなら舌で巻き取って飲み込んでしまうジャイアントトードも、蒼司達の敵ではなく、彼の拳とルーウィンのロングソード、アリアスのクルスソードの錆になった。

●それぞれの道
 那雫が示した辺りの範囲を捜索したが霧咲は見付からず、日が暮れた事もあり、崖の上でキャンプを張った。
 道中は保存食を採ったが、森の中には今が旬の木の実が成っており、植物に明るい翠漣と蒼司が折りを見て採集し、えれーながそれらを美味しい夕食へと変えて、昼間の探索の疲れを癒した。
「‥‥やれやれ、崖下に落ちたのはいいが‥‥探す手掛かりが少なすぎるな」
「そんな大事なカタナなら家にしまっとけよ、本当に。キャメロットでは買い代えが利かないんだよ」
 蒼司は多少鼻が利くので、霧咲に付いた那雫の匂いを感じ取ろうとしたが、草いきれが立ち込める森の中で彼女の匂いだけを嗅ぎ分けるのは至難だった。
 彼がそう漏らすと、クリオは那雫に聞こえるように吐き捨てた。
「霧咲は天下に一本しかない銘刀よ。買い代えが利かないのは百も承知だわ。でも、私の佐々木流の技は、那雫無くして成り立たないのなのよ‥‥ここで生き恥を晒している私が生き終われば、あなた達は今すぐにでも帰れるわね」
「ま、まま、待って下さい! 早まらないで! 今生き終わればあなたの師匠に顔向けできませんよ。師匠が弟子を誇り思うくらい頑張らないと!」
 クリオの言い分はもっともであり、正座をしていた那雫はそのまま上着をはだけさせると、腹に巻いたさらしに差してある短刀を手に持った。切腹すると分かると、真人が慌てて那雫を羽交い締めにした。
 名誉や忠節を重んじる武士道では、不名誉な行いは恥じ、生き恥を晒すくらいなら潔い死を選ぶのが美徳とされていた。
「私も何故、死ぬ気で探すのでなく死を選ぶのか理解できませんね。師より戴いた刀が地に埋もれるかもしれない。運よく良い人が拾えばいいですが、悪意のある者の手に渡り、悪用される危険性があるかもしれないのに」
「命より大切なものは人それぞれ。それを無くして切腹したくなる事もあるだろうぜ。だがお前、確かにこれ以上無理ってとこまでその愛刀を探したか? 大体、一人で無理なら助けを呼べばいいだろうが」
 翠漣はクリオとは違い、純粋な疑問として那雫の行動の是非を問いただした。勇人も那雫と同じ浪人だが、彼女と違うのは刀に対してのこだわりが無い事だろう。
 武道家の道の1つに武術の道、“修羅道”を突き進む者もいる。
 “修羅道とは倒す事と見付けたり”――自分より強い相手を求め、戦い、勝利する。武術を修める者にそれぞれの目的があるが、勝利を掴む為に己の心身を鍛えるのだ。
 しかし、翠漣は、武『道』とは敵を倒す事が目的ではなく、自分と対面し、武術を通じて人の道を極めるもの――殺人拳から活人拳への昇華――と思っていた。だが、彼女はその道を極めるのは自分には無理だと決めつけ、“強さとは何か”を求めていた。
 その時、アリアスが愛剣のクルスソードを那雫の前に翳した。焚き火の炎に照らされるクルスソード――これはアリアスと義妹が『人々を夜闇より護る月の盾になろう』と約束し、交換した義妹の剣であり、大切な絆の証だった。
「きっとこの剣が失われる時は来る。しかし証は無くとも絆は胸に在るし、交わした約束は俺を支えてくれる。同じように君のカタナに関わった者達の想いは、君の胸にも宿っていないか? その絆はカタナを失っただけで無くなってしまう物なのか?」
「それは違います。武士にとって刀は、存在が拠り所なのです」
「‥‥それに師匠はもうこの世にはいないのよ‥‥」
 静かな口調ながら厳しく問い掛けるアリアスに答えたのは、えれーなだった。
 剣が騎士の誉れである異には変わりないが、アリアスの持つクルスソードは義妹との絆の証という“意味”が重要であり、剣自体の価値はこだわっていない。
 しかし、那雫の霧咲は、師匠から賜った銘刀という、意味よりも刀自体の“価値”が重要なのである。つまり、那雫は『世界に一本しかない銘刀を無くした』事で、師匠に顔向けができないと思っているのだ。
 侍は一振りの刀にこだわる傾向があり、故に“銘”が残るのだとえれーなは語った。
「カタナが全てですか‥‥那雫殿のブシドー、勇人殿のブシドー、ブシドーにも色々ありますね。私は、武器も大切ですが、身に付けた力で人々を護る事を優先しますよ。それが私の騎士道ですから。那雫殿だってそう判断したから、大切なカタナを見捨てても、村人の安全を優先したのでしょう?」
「敵を根絶やしにして背後に累を及ぼさないのが、立派な騎士様というものさ。その為に必要にならない限り、私には自ら命を絶つなんて考えられないね」
 ルーウィンが「お茶しませんか?」と微笑み掛けながらお茶の入ったコップを渡すと、那雫は毒気を抜かれたのか短刀をしまってそれを受け取り、真人も羽交い締めを解いた。
 騎士道は弱者保護を徳とする精神が強く、男性の騎士は女性を大切にする。こと貴族女性に対しては崇拝し、愛する女性の為に命を賭ける事も厭わないのだ。
 一方、「邪道で結構」とクリオはさらりと言い退けた。これも騎士道としては間違ってはいなかった。那雫のように『生き恥を晒す』という考えが無い。卑劣な行いは積極的には認めていないが、騎士道では『戦死するよりはマシ』と思われているからだ。
「あンたの剣は、人を守る為に在るんじゃないのか? 失ったのなら意地でも見つけ出し、より多くの人を救えばいいだけのコトだ。それで生き恥を晒した分は帳消しだろ?」
「そうだぜ、それもしないで恥かいたから切腹なんてのはな、逃げ道選ぶのと変わらねぇ。『武士道とは死ぬ事と見付けたり』とは良く言うが、俺に言わせりゃ、やる事やってたとえそこで命尽きても悔いなく逝ける‥‥そういう生き方をしろって事だ。那雫、お前はそこんとこどうなんだ?」
「道は結局、他人が切り開いたもので、参考になるがそれを遵守すれば立派な騎士になれると俺は思わない。大切なのは良心と誇りに従い前に進み続ける事。そして進んだ道が正しければ、後の者が騎士道だと称えるだろう。今ここで君が死んで、誰が武士道だと称えてくれると思う?」
「‥‥私の刀は何の為に振るうか、まだ分からないわ。でも、あの時は刀よりも村人を安心させる方が先決だって思ったの。村人の安心する顔が見られたから、依頼に悔いはないけど‥‥」
 蒼司の道への問い掛けに那雫は答えられなかった。彼女はまだ15、6歳の少女であり、勇人やアリアスの危惧通り、師匠から教わった武士道を模倣しているに過ぎなかった。
 彼女が辻斬りをしていたのも、キャメロットの女性達にひんぬーをバカにされ、その汚名を返上する為だけだった。そう、汚名をそそぐ事も武士道におけるやり方なのだ。
「生きていなければ何も出来ないのです。あなたの守るものを見つけるまで、生き抜いてはくれませんか?」
 真人も守るものがあるからこそ、日々修行していた。
 忍者の道は武士道以上に厳しいとされている。任務を達成する事が全てであり、その為に辛く厳しい修業を積むのである。また、忠誠は絶対であり、裏切った忍者は抜け忍として、かつての仲間から一生狙われ続けるのだ。
 真人は仕える家のお嬢様の為に存在していると言っても過言ではなかった。
 「何かを守る為のには強く生きなければならない」、という彼の言葉には重みがあった。
「霧咲を失ったままあの世に行っても、師匠に顔向けできないわね」
「道を踏み外さないよう、道だけを見いれば逆に道を見失う。自分を信じ前を見て歩けば道は開けると、俺は信じてる」
「という訳で、まずは切腹よりも刀探しだ。まぁ、俺としては五年後にいい女になりそうな予備軍を、ここで死なせちゃ後味が悪い」
「刀がないというのは辛いでしょうし、明日も頑張って探しますか」
 那雫は初めて心から笑った。その表情にアリアスも綻び、勇人は本音で答え、ルーウィンが一同を見渡しながら言うと、クリオ以外の全員が頷いたのだった。

●新なる道
 霧咲は意外な所で見付かった。
 翠漣は、那雫が霧咲を取り落とした状況と冒険者ギルドで仕入れたモンスターの情報を鑑みて、グレムリンというデビルの仕業ではないかと類推したのだ。
 そこで勇人とえれーなの協力で強烈な匂いのする保存食と発泡酒を用意し、その周りに小枝などを蒔いて何かが踏み入れば音がするように細工したのだ。
 案の定、発泡酒に目がないグレムリンは、あっさりと誘き出され、翠漣とえれーな、真人のシルバーナイフ、勇人とアリアスのシルバーダガー、オーラパワーを付与した蒼司の金属拳、そしてルーウィンのオーラショットによって瀕死の重傷を負い、命乞いをして霧咲の在りかを吐いた。あわせて自分がコボルド達の群れを村へ仕向けたと自供した。
 聞く事を聞いたクリオはオーラパワーをレイピアに付与すると、逃げ出したグレムリンの背後から突き刺し、止めを刺したのだった。
「‥‥モンスターも道を考えるコトってあるのかな‥‥あったら戦う事なんてないはずなのに‥‥」
 その末路に蒼司は手向けの言葉を投げ掛けた。

 霧咲は森が開けた広場のような場所の中心に刺さっていた。
 あれだけの高さから落ちても刃こぼれ一つなく、差し込む日の光に照らされ、眩い銀色の輝きを放っていた。
 グレムリンがいうには、刺さったまま全く抜けなかったらしい。
 那雫が柄に手を掛けると――少しずつ刀身が露になり、霧咲は何事もなかったかのように抜けた。
「‥‥武器が持ち主を待っていた? ‥‥まさかね」
「いえ、霧咲は待っていたのですよ! これまで那雫様は師匠から戴いた物で自分を支えてきましたが、それを一度失い、取り戻した事で、今度は自分自身で支えられるようになったはず。これでようやく一人前といえると思います」
 持ち主を選ぶ武器がある噂はクリオも知っていたが、この甘ちゃん――那雫――が持つ霧咲がそれとはにわかには信じられない‥‥信じたくはなかった。
 その隣でえれーなは興奮覚めやらぬといった感じで、霧咲を取り戻し、那雫が一つ成長した事を、心から喜び、祝福した。
「那雫さん‥‥可愛いなぁ〜、強くて凛々しくて」
 霧咲が戻った那雫は、いつもの勝ち気な女の子に戻っていた。強く凛とした女性に弱い真人であった。

「那雫さんにとっての強さとは何か分かったですか?」
 帰路に付きながら、翠漣は那雫に訊ねた。
「最初は霧咲や佐々木流の技だって思ってたけど‥‥今は違うと思う。まだちゃんとした答えがある訳じゃないけど、強さって力だけじゃなく、心の有りようだと思うわ」
 那雫は真人を始め、えれーな、アリアス、蒼司、ルーウィン、勇人、クリオを見渡し、その事を漠然とだが教わり、自分も心で感じたと翠漣に告げたのだった。