●リプレイ本文
●昼の歌、夜の舞
「がお〜☆ ミリートだよ♪ よろしくね♪」
「え!? あ‥‥は、はい、コ、コーカサス‥‥です‥‥」
ミリート・アーティア(ea6226)は何故かすっかり畏縮しているコーカサス・ミニムス(ea3227)を元気付けようと、ドラゴンのマネで挨拶をした。コーカサスはきょとんとしたが、自分の名前を告げるとまた俯いてしまった。
今、2人は優男の吟遊詩人に連れられて、キャメロットの市民街にあるエールハウスに来ていた。優男はこの店の看板娘兼オーナーのディジィーに頼まれて、昼食時と夕食時に歌や踊りを披露する事になっていた。
エールハウスは昼と夜では客層ががらりと変わる。そこで2人は、昼は歌を、夜は踊りを披露する事にした。
『秋風ふわり ふわふわと
ツバメゆらゆら 飛んでいく
キミは それを追いかけて
ボクは キミを追いかける
ほんの小さな鬼ごっこ
今だけの風遊び』
家族連れや女性客などで賑わうお昼時。ミリートが軽々とジャンプしてステージに上がると、優男の音色に歌声を乗せた。事前に歌と曲の事は話してあり、ゆっくりでほのぼのしたミリートの明朗快活な歌声が店内に流れた。
ミリートの姿をカウンターで見ていたコーカサスは、彼女が心から楽しそうに、嬉しそうに唄っている姿を見て、感動すると同時に羨ましく思っていた。
「う、上手くいくでしょうか? ちゃ、ちゃんと踊れるでしょうか‥‥」
「ん〜‥‥そういう事は考えないでさ、とにかくみんなと一緒に楽しもうよ♪ コーカサスはコーカサスらしくだよ♪」
「わ、私らしく‥‥そ、そうですね! が、頑張ります!!」
夜になり、自分の出番が間近に迫っても、コーカサスはおどおどしていた。ミリートがウインクして発破を掛けると、コーカサスの緊張は少しだけ和らぎ、決意を新たにステージへと上がった。
ディジィーが店内のランタンを消していく。闇に包まれ騒然とする店内に、優男の竪琴の音色が響き渡る。
するとステージに明かりが灯った。コーカサスはその光源である光の玉を右手に持っていた。彼女がそれを片手に踊ると、今度は左手にライトの光の玉が現れた。
踊りそのものがコーカサスの詠唱だ。
コーカサスは2つの光の玉で、光と闇のコントラストを操ってゆく。
軽やかなステップと優雅な身体の動き。
明るさと僅かな憂いを帯びた表情。
そして彼女のバックを彩る、銀色のウエーブ掛かった髪はゆらゆらと揺れ、コーカサスが水面に漂う人魚のように神秘的に見せた。
踊りを終えると、小さなエールハウスの中に拍手と歓声が沸き起こった。もちろん、ミリートも力一杯拍手を贈った。
コーカサスは顔を真っ赤に染めてぺこりと客にお辞儀をすると、そそくさとカウンターの奥へ引っ込んでしまった‥‥。
ディジィーの店の通りにはもう一軒、看板娘チェリアの老舗のエールハウスがあった。ディジィーの店と共同イベントとして優男を招いたのだ。
次の日はチェリアの店で歌と踊りを披露する事になっていた。
「フフフ、逆境で踊るのも楽しいし燃えるものよ。私達に任せて! いい舞台にしましょ」
「はい、一所懸命唄うです。皆さんに褒めてもらえるかはどうかは自信ないですけど、頑張りますです!」
チェリアから「ちょっと地元贔屓があるのですけど」と言われると、アルラウネ・ハルバード(ea5981)は愉しそうに笑い返し、ミルフィー・アクエリ(ea6089)はそもそも意味が分かっていないのか、アルラウネの言葉にガッツポーズを取った。
「頑張って下さいね。カウンターで見守っていますよ」
ミルフィーが小さな胸元が大きく開いた質素な赤いドレスに着替えると、カイ・ミストがドレスと同じ色の彼女の赤い髪を優しく撫で、そこに水晶のティアラを彩った。
『会ったときは孤独な戦士を演じてた貴方
孤独な歌姫を演じていた貴女
泣きたいときに誰も傍にいない‥‥
慰めて抱きしめてくれるひともいない‥‥
そう思ってたあのとき
貴方と貴女は背中を合わせて、「似てるよね」
そっと 心に何かが触れた気がしたの
そっと 心に何かが入ってきた気がしたんだ
ふたりの鼓動重ねて夜明けまでそばにいたい
愛してる 口づけて傷跡を消せる
ボロボロの魂は世界で一番の宝石』
ミルフィーがステージに立つと、案の定、チェリアファンの客から鋭い視線が向けられたが、カイの殺気の篭もった笑顔を向けられ、また、その穏やかだけど少し寂しさの混じった切ない恋歌が聞こえてくると、黙って耳を傾けた。
唄い終わった後、ミルフィーは自分で作詞した歌であり、自分の恋人に贈った歌でもあると告げると、思い当たる節があるのか僅かばかりだが拍手が贈られた。
夜になると、今度はアルラウネがステージに立った。胸や腰を覆う僅かな布の他に、薄いヴェールを腕に絡めていた。
優男が指定された曲を爪弾き始めると、彼女はしなやかに旋律を纏って踊り始めた。それに合わせてシーヴァス・ラーンがホーリーライトを唱え、アルラウネの豊満な身体と流れるようなヴェールを仄かに照らした。
シーヴァスはナンパした女性達を引き連れてステージに一番近いテーブルを陣取る事で、アルラウネを守ると共に彼女の応援団として歓声を贈った。
曲が低音から一気に高音へと駆け上がるが、アルラウネ自身の動きは少なく、すらりと、そしてピンと伸ばされた手や足は切なさを醸し出していた。それに反比例するようにヴェールは流麗に宙を泳ぎ、情熱的なリズムを刻んだ。
彼女の舞は、決して振向く事は無い男を好きになってしまった女の物語だった――シーヴァス達はその大胆にして繊細な舞に胸を打たれ、感嘆の息を漏らした。
アルラウネは優男を“男”に見立て、最後は彼の足下に身を投げ出して舞を終わらせた。
「こんなに気持ち良く踊れたのは久しぶりね」
アルラウネが指定した曲は音程の高低差が激しく難しかったが、この優男はいとも簡単に弾いてのけたのだ。アルラウネは素敵な演奏の礼に彼の頬にキスを贈った。
「ふむ、吟遊詩人の踊り手になるというものだが、ソシアルはどうだろう? エールハウスで踊るにしては少々変わり種かも知れないが、ソシアルを嗜むのも悪くはないと思うが」
翌日の昼前、ノース・ウィル(ea2269)が優男にそう切り出した。彼女はソシアル――社交ダンス――を貴族令嬢達に教える教師を生業としていた。
「僕達がソシアルと聞いて、最初に思い浮かべるのは優雅なイメージだよね。それを気兼ねなく踊ってもらうには‥‥三拍子(ワルツ)なんでどうかな?」
ヒンメル・ブラウ(ea1644)がそう提案した。ワルツはソシアルの中でも覚えるステップが少なく、比較的、踊りやすい。ノースもワルツなら庶民でもソシアルを楽しめると思い、ヒンメルと優男を交えて歌と曲の打ち合わせに入った。
『銀色の(月光を指す)夜よ
お前の美しい静寂を
二つの影が舞う
まるで流星のように
囁く歌は歓呼の如く
風を貫き、流れ来る
夜の雫が零れ落ち
歓喜の時は過ぎ行ける』
ヒンメルの切なげな歌声に合わせて、ノースは1人で一連の曲を踊った。徐々にテンポの速いウインナワルツ、クイックステップへと移行し、ヒンメルの歌声もそれに伴って張りが増す。それ合わせてノースも爽快に踊った。
夜になるとクウェル・グッドウェザーとトリア・サテッレウスが駆け付けた。2人は観客として応援するつもりだったが、ヒンメルの頼みでノースとソシアルを踊る事になった。
「一緒に踊らぬか? 誰でも最初は踊れないのは当たり前だ。私がエスコートするし、リズムに乗って楽しく踊れればいい」
ノースはぽーっと自分を潤んだ瞳で見つめていた少女の手を取った。突然の誘いだったが、少女はノースに促されステージへ上がった。トリア達も社交ダンスは嗜んでいたが、ノース程ではなく、それが却ってよかったのかも知れない。
リズムに乗って身体を使い、快感を得る――ノースはそれだけを少女に教え、少女は見よう見まねで彼女と同じ動きをした。時折足を踏んだが、ノースは気にせず微笑みを浮かべたままエスコートを続けた。
踊り終わると、男装の麗人に見えるノースにソシアルを教わりたいという女性が続出し、ヒンメルは夜遅くまで唄い続けた。
「‥‥ぐス‥‥ジャパンの歌を唄いたいのですが」
「奇遇だな。俺もジャパンの踊りを舞おうと思っていたんだ」
左目を潤ませる水野伊堵(ea0370)は依頼を受けた中で唯一のジャパン人。カナタ・ディーズエル(ea0681)はジャパン人でこそなかったが、母親からジャパンの踊りを習った事があった。
今日のチェリアの店では、ジャパンの歌と踊りが披露される事になった。
伊堵はジャパン語の持ち歌をイギリス語へ翻訳する際、フレーネ・ヴァルキュリアスにネイティブ的な言い回し等の細かい不備を修正してもらい、彼女にコーラスをお願いした。
チェリアの店のステージに立つ伊堵は、いつもの帯の結びが蝶の羽のように大きく、羽織をスカートのように着用している着物姿ではなく、フレーネの服装に合わせてドレスを着ていた。
『(伊)残り香に身を寄せて 独りベッドの上で待つの
(伊)どうせ貴方は来ないのに 淡い期待をかき抱いて
(フ)気持ちの悪い慟哭 夢中で呼吸して
(フ)貴方がみたらどんな顔をするのかしら?
嗚呼 貴方となら 茨の海さえ歩いてゆけるのに
嗚呼 貴方ともう一度
もう一度だけ 話がしたい
月明かりの中 もう一度 もう一度だけ‥‥
(伊)報われない祈りを何度も捧げて
(伊)私の心を蹴り倒してどこへ行くというの?
(フ)お願い 気付いて 私はここにいるから
嗚呼 貴方となら 茨の海さえ歩いてゆけるのに
嗚呼 貴方ともう一度
もう一度だけ 話がしたい
月明かりの中 もう一度 もう一度だけ‥‥』
バラード調のしっとりとした旋律に合わせ、伊堵のソロパートとフレーネのソロパートの後、2人の切ない歌声のコーラスが続く。
伊堵の左目から止めどなく溢れる涙が、歌声や歌詞、旋律に哀愁を纏わせ、客の涙を誘った。
一方、カナタは太股近くまである髪を、両端にそれぞれ金と銀の鈴がついた紅色の髪紐で結んだ姿でステージへ上がった。
優男がジャパン風の曲を演奏し、アクア・サフィアートが歌詞に『桜』の単語を使った即席の歌を唄う。
カナタの踊りは全体的に伏し目がちに艶が漂うように。最初は女舞で、ゆっくりと足を動かし、身体を回しながら立ったりしゃがんだりする。その動きに合わせて、しなやかに手で桜の花びらを宙に描いて花びらが散る様子をイメージし、桜の散る様子を楽しんでいるように舞った。
ある程度踊ったところで急に止まってしゃがみ込み、袖で顔を隠すと、次の瞬間、険しく怒りに満ち溢れた表情に一転した。
アクアが唄う同じ旋律を、今度は荒々しく男舞風に踊った。それに合わせてアクアも声に抑揚を付け、男舞を強調した。
そして次第に短い間隔で女舞と男舞を交互に舞い、最後には悲しげに微笑んで終わらせたのだった。
最終日を務めるルーシェ・アトレリア(ea0749)が選んだのは、首から肩、胸元に掛けて大胆に開いたマーメイドラインの蒼いドレスだった。服装に合わせて普段は蒼いリボンで結っている髪も下ろした。
少女が大人へ変わる途中――可愛さと、ちょっと背伸びした危うくも瑞々しい色香が感じられる髪服だった。
そして唄うのは恋物語の歌。
『もしも願いが叶うのならば、ボクは楽しかった日々を願うだろう
幸せだった、あの頃の記憶、それがボクを苦しめる
悲しみに沈んでる時にボクはキミと会った
泣きじゃくるボクを慰めてくれた
泣きやまないボクにキミは困っていたよね
偶然、出会ったボクとキミが同じ時を刻んでいくよ
この瞬間が永遠に続くと、ボクは何も知らずに思ってた
もしも願いが叶うのならば、ボクはキミとの再会を願うだろう
今は昔に交わした約束、それをボクは信じてる
雪の振るある日にボクはキミとまた会った
7年振りの再会は突然だったね
探し物をしていたボクをキミは手伝ってくれたね
夢の中のボクと現実のキミが同じ時を刻んでいくよ
この奇跡が永遠に続くと、ボクは無邪気に思ってた
もしも願いが叶うのならば、ボクは永遠を願うだろう
幼い頃に交わした約束、それがボクを支えてる
目覚めたボクと待ってくれてたキミが同じ道を歩いていくよ
この歩みが未来まで続くと、ボクは絶対に信じてる
もしも願いが叶うとしても、ボクはもう何も願わないだろう
なぜならボクの願い事は、キミと一緒にいる事だから』
ルーシェが唄い終わり、スカートの裾を摘んで恭しく礼をすると、店内にアンコールの声が響き渡った。
「ディジィーさん、また踊らせてもらいますね」
リスフィア・マーセナル(ea3747)は前に一度、ディジィーの店で踊った事があり、その後も度々通い、彼女とも顔馴染みになっていた。
リスフィアは胸と腰を僅かに隠すだけで、腕や脚に踊りの邪魔にならない程度の薄絹が付いた、踊り子の服を着てステージへ上がった。
彼女の持つ鈴の音が、優男の奏でる竪琴の音色と共に店内にたゆたう。
始めは緩やかに、静かに。金色の髪と薄絹を靡かせて踊る。
途中で急に鈴の音のリズムが変わると、竪琴の旋律が激しくなり、リスフィアも情熱的に、魅惑的に身体を乱舞させてゆく。今までの緩慢な踊りで焦れた感情を爆発させるかのように。
恍惚とした表情、振り上げられる手、ステップを刻む脚、それらから飛び散る汗までが綺麗に見えた。
優男との打合せはほとんどしていない。リスフィアは彼の奏でる旋律を覚えており、即興でジプシーの踊りを舞っているのだ。
今日で最後とあって、そこへコーカサスやアルラウネ、ノースにカナタも加わってテーブルの上や客席の隙間で踊り、ミリートやミルフィー、ヒンメルや伊堵がルーシェに誘われて歌を唄った。
様々な歌や踊りが披露され、お互いがお互いの歌や踊りを覚え、楽しんだ。
クウェルは高級な蜂蜜を湯で溶いた飲み物を振る舞って打ち上げをした。
「皆さんのお陰で喉もよくなりました。また、機会がありましたら歌や踊りを披露して下さいね」
甘露な美声を取り戻した優男は、爽やかな笑顔を残して去っていった。