Thorn’s wood・NEXT
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月28日〜11月04日
リプレイ公開日:2004年11月05日
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●オープニング
――こんな思いをするくらいなら、彼女を愛さなければよかった。
私に会いさえしなければ、彼女は私を愛さなかっただろう。
そして、彼女は普通の貴族令嬢として、普通の幸せな生活を送っていたかもしれない。
しかし、私、ヴィルデフラウと、彼女、リムニアドは会ってしまった。
しかし、私と彼女は愛し合ってしまった。
同性愛は、男女問わずジーザス教の教義では認められていない。
異種族間の、ジャイアントと人間の愛も、ジーザス教の教義では認められていない。
子を残せないからだ。
自然の理に反するだ。
ジーザス教の教義が総てではないが、少なくともここ、イギリスでは総てだった。
いや、ジ・アース中、どこへ行っても、私達の愛は認められないだろう。
男女間の、同種族間の愛は、子孫を残す為のものだという。
子を残すだけが愛なのか。
自然の理に従うのが愛なのか。
私はそうは思わない。
忍者である私は、そもそも神の存在を信じていない。それとは関係なく――。
私は彼女の側にいたい。
私は彼女の鼓動を、ぬくもりを、息吹を感じていたい。
私は彼女と一つになりたい。
それ程まで私は彼女を愛していた。
「あなたがセーラ様を認められないなら、私も同じ」
彼女は、彼女の家は代々敬虔なジーザス教徒だったが、私がその話をすると彼女はあっさりとジーザス教徒の信者である事を辞めた。
彼女も私の側にいたかった。
彼女も私の鼓動を、ぬくもりを、息吹を感じていたかった。
彼女も私と一つになりたかった。
それ程まで彼女も私を愛していたのだ。
私が彼女を想うこの気持ちが、男女の恋愛とどう違うのか分からなかった。
キャメロットで男同士の恋愛を犯した者が冒険者に倒される話を聞いたが、それは当然だと思った。
言い方は悪いかもしれないが、果たして愛はあるのかと思う。
私と彼女は愉快犯ではない。本気で愛し合っていた。
しかし、普通の者から見れば、私と彼女も、倒された男同士と変わらないのだ。
私はそれがとてつもなく嫌だった。
私と彼女の愛を、軽々しく見て欲しくなかった。
だから、そんな私達に、慈愛に満ちたセーラ神は神罰を与えたのだろう。
私達の関係に感付いた彼女の父親は、花嫁修行と称して彼女を修道院へ入れる事にしたのだ。
『一緒に逃げましょう、ヴィルデ。今、この時にあなたと結ばれないのなら、遠い未来で結ばれましょう』
私は彼女の修道院入りの準備が整う五日以内に、駆け落ちを実行した。
幸い、彼女の父親が警備に雇った冒険者の何人かは、私と彼女の関係を認め、協力してくれた。
駆け落ちが最善の方法でない事も諭してくれた。
私達の行き着く先には、明るい未来はない。
あるのは死よりも辛く冷たい眠りだけだったから。
私は彼女とならそれでもいいと思っていた。けれど、その考えが間違っていた。
私達は現実から逃げていただけなのだ。
彼女の美しい身体が、足元から徐々に色彩を失ってゆく。
――行かないで!
若草色に染め上げられた、胸元が大胆且つ幾重にも布が柔らかく開いたパフスリーブのドレスが冷たい灰色へと変わってゆく。
――私を置いて行かないで!!
恋人を胸元へ誘うように広げられた両腕が、柔らかくふわふわで癖のない黄金そのもののように煌びやかな髪が、石の塊へと変色してゆく。
私は今にでも彼女に駆け寄って抱き締めたかった。
『‥‥信じてるから‥‥』
「必ず元に戻すから!」
彼女の最後の言葉に、私はそう答えた。
その言葉で私は彼女の真意を悟った。
――こんな思いをするくらいなら、彼女を愛さなければよかった。
私に会いさえしなければ、彼女は私を愛さなかっただろう。
そして、彼女は普通の貴族令嬢として、普通の幸せな生活を送っていたかもしれない。
しかし、私、ヴィルデフラウと、彼女、リムニアドは会ってしまった。
しかし、私と彼女は愛し合ってしまった。
この出会いが運命というなら、この想いが運命というなら、私は自分自身でこの道を選ぶ。
会ってよかったと思える、愛し合える未来をこの手で掴む。
これは逃げるのでも、運命を他人に託すのではない。私達の想いがセーラ神の意志を凌駕する事を彼女の父親に分からせる為の儀式。
その後、彼女の石像は花嫁修業の日程に従い、そのまま修道院へ運ばれ解呪が行われたが、色を取り戻す事はなかった。
私に向けられた聖女のような優しく慈しみを帯びた微笑みは、永遠に変わる事はない。
私をその胸に誘うように広げられた両腕は、悠久に下がる事はない。
彼女は久遠の刻を石像として、ただひたすら私を待ち続ける道を選んだ。
自分の意志で石化している以上、想いの籠もっていない解呪で元に戻せるはずがない。
私は修道院の様子を窺い、彼女を取り戻す機会を狙った。
しかし、修道院は思いの外人が多く、私でも容易に潜入できるほど甘くはなかった。
私は本名の真田あやかとして、冒険者ギルドに依頼を出した。
ヴィルデフラウは私の本名ではない。彼女がいうにはゲルマン語で『野生女』という意味らしいが、ジャイアントの私はあながち間違っていないから、イギリスに渡ってから名乗っていた。
幸い、彼女の屋敷に潜入した際、覆面を付けていた私の顔は割れてはいないからギルドに依頼が通った。
『囚われ人救出』の依頼が――。
●リプレイ本文
●禁断の愛、肯定と否定と
依頼人、真田あやかは着流しを着たジャイアントの女性だった。沖田光(ea0029)は男性としては背の高い方ではないが、あやかは彼より頭半分、長身だった。
見た目はジャパン画の絵師といった容貌だが、光は全く打ち込む隙がないと感じていた。
「修道院に囚われている人を救出するという依頼ですが、どうして分かったのですか?」
「彼女は、その修道院に花嫁修行に出されるところだったんだ」
「無理矢理花嫁修行に行かされてるから、連れ戻すとかじゃないのか? どうしても話したくないなら、深く詮索はしないが」
光の疑問に、あやかは落ち着いた感じの可愛らしい声で答えた。気の強そうな顔立ちとその声はかなりギャップがあったが、雷鱗麒(ea6115)は気にせず、その言い振りから訳ありと見て事情を聞いた。
「私や彼女からすれば、囚われている事になるし、正確には彼女を連れ去るのではなく、彼女の石像を盗むのだがな」
「やっぱりヴィルデか! あの時は黒装束を着て、覆面してたから一目じゃ分からへんかったけど、ウチの耳は誤魔化せへんで」
「私も、依頼の内容を見て‥‥薄々、ヴィルデフラウさんという予感が、していました‥‥リムニアドさんを‥‥連れ戻しに行くのですね‥‥?」
シーン・オーサカ(ea3777)が素っ頓狂な声を上げ、あやかにウインクしながら自分の耳を指した。彼女に寄り添っているフローラ・エリクセン(ea0110)も、あやかの声を聞いて予感が確信へと変わった。
あやかは自分がヴィルデフラウだと認め、フローラの言葉に力強く頷いた。
「リムの部屋にいたエルフ達と、手紙を届けてくれたシフールだったな」
「はいです♪ ここではなんですから、出発しながら訳を話しませんか? あやかさんが悪い人ではない事は私が保証します」
ニューラ・ナハトファルター(ea0459)はギルドの中とはいえ、人目を気にして光と鱗麒をそう促した。顔を真っ赤にして俯き、光達と距離を置いていたコーカサス・ミニムス(ea3227)も後から付いてきたが、伏し目がちにあやかを睨め付けているようだった。
道中、あやかはリムニアドと愛し合っている事から切り出した。
「俺はジーザス教の教義がどれだけ大切か知らねぇけど、恋路は当事者二人で歩むもんだ。神様の言いなりになって、娘の気持ちを無碍にするような親父に、子離れをさせてやろうぜ」
「そうですね。誰かを愛する真っすぐな気持ち、その想いはとっても大切なものですから、僕も僭越ながらリムニアドさんを修道院から助け出すお手伝いをします!」
自称“恋の仲介人”の鱗麒は、腹を割って話したあやかを信用した。また、光もあやかがリムニアドをどれだけ愛しているかを知り、彼女が愛する人をその胸に抱いて心から笑えるよう尽力すると、胸を叩いた。
「でも、百合ってジーザス教ではいけない事なんですよね‥‥憎しみ合うよりも愛し合う方がずっと素敵なコトなのに、何かヘンですね?」
「あ、あの‥‥は、果たしてそうでしょうか?」
ジーザス教の教義に従っていない2人には、あやかとリムニアドの関係はそれ程抵抗なく受け入れられた。それはニューラも同じだったが、彼女の疑問にコーカサスは反論した。
コーカサスは『愛さえあれば何とかなる』等の甘い考えは好きではなかった。
「わ、私は、あなたを許しません‥‥マ、マレアさんを悲しませた人ですから‥‥」
「マレア絵師!? お前は“舞姫の人魚”だったな‥‥」
コーカサスの口から出た思いかげない人の名前に、あやかは彼女が自分に向けていた視線の意味を知った。
マレア・ラスカはあやかが従事していた、幻想画家として名高い絵師だ。また、リムニアドはマレア絵師の大ファンで、彼女の父親はパトロンの1人だった。
あやかはコーカサスとマレア絵師のアトリエで会った事を思い出した。
マレア絵師を慕うコーカサスからすれば、あやかは彼女の恩を裏切った事になる。
「で、でも、私は、あ、あなたを助けたいです‥‥マレアさんが、あ、愛を注いだ人ですから‥‥」
マレア絵師がパトロンの1人を失ったとしても、信じた愛だからこそ、コーカサスも信じてみたくなったのだ。
「ありがとう‥‥マレア絵師には本当に世話になりっぱなしだな」
「あ、あなたの為ではないです‥‥マレアさんの、た、為です」
マレア絵師がもたらした縁にあやかが頭を下げると、コーカサスはきっぱり言い放った。しかし、頬を染めながら目線を合わせないのは、今までとは違う理由だった。
朝晩の冷え込みも日に日に厳しくなり、シーンの4人用の簡易テントの中で各自が寝袋や毛布に包まって野宿した。男性陣が交代で見張りに就き、今は光が外に立っていた。
「リムニアドさんを、助けて‥‥どうするのですか? また、駆け落ちを‥‥するのですか?」
「いや、逃げる事も、運命を他人に託す事ももうしない。今、リムはセーラ神と戦っているんだ。だから私もリムと愛し合える未来を掴む為に戦う」
まるごとヤギさんを着たフローラがいつになく厳しい口調で問い質すと、あやかは彼女の紅玉の如き瞳を真っすぐに見つめた。
フローラは破顔した。
「私も、シーンも‥‥あやかさんとリムニアドさんが未来を掴めるよう‥‥全力で協力します‥‥」
「その為にはリムニアドの親父に、何故、娘が元に戻らないのか自覚してもらう必要があると思うぜ」
「なら、リムの石像を盗み出すより、セーラ神の前で、愛の力は石化をも解かすか試してみぃへん?」
鱗麒の提案に、フローラとシーンが頷き合うと、シーンはあやかの前にコカトリスの瞳を置いた。リムニアドが元に戻った暁には、彼女に便宜を図ってもらい、修道院に修行等の名目で、しばらく一緒にいるようにした方がいいと合わせて提案した。
「リムさんが石じゃなくなったら、リムパパさんを説得するです♪ リムさんの居場所と説得する方法は、私に任せるです♪」
ニューラは何か策があるのか、悪戯を企んでいる子供のような笑みを浮かべていた。
●想いが信仰を凌駕する時
「女の子って、密室だと物凄い言いたい放題なんですよ」
「そ、そうなのか!?(女って恐いな‥‥)」
「はい♪ 扉の向こうに本人がいるのに平気で悪口を言ったり。ですから、リムさんの居場所のコトも分かるかも知れないです♪」
ニューラと鱗麒は、シフールの身体を活かして換気窓から修道院の中に潜入すると、掃除用具や農耕具がしまわれている倉庫に身を潜めた。
クレリック達は毎日祈りを捧げ、清貧に甘んじた生活を送っている為、至って真面目で、会話も普通のものだったが、花嫁修行に来ている貴族令嬢達はそうではなかった。ニューラの思惑通り、掃除用具や農機具を片付けに来る度に、悪口とまではいかないものの、不満を漏らしたり、キャメロットに戻りたいとぼやいたりしていた。
愛の仲介人を自称する鱗麒にとって、女性の実態をかいま見るまたとない機会だった。後は女性不信に陥らない事を祈るだけである。
日暮れまで粘った結果、リムニアドの石像は祭器をしまっておく宝物庫に安置されている事が分かった。鱗麒達は宝物庫の場所を確認し、逃走経路をチェックしながらコーカサス達の元へ戻った。
その頃、光は聖堂の中にいた。修道院は男子禁制だが、完全に締め出している訳ではない。一般信者の悩みや懺悔を聞いたり、旅人に宿として提供していた。
「想い合う者同士でなくちゃ、あの石化は解けはしないんです‥‥僕だったら。ですからせめて一目会わせて下さい」
光はあやかの話を自分に置き換えて話し、同情を誘ったが、あくまで同情されるだけで、リムニアドの石像の話は一切聞く事ができなかった。立ち入れるのは聖堂内だけだからだ。
「今からあんさんはヴィルデフラウやない、ジャパンの巫女見習い、真田あやかや!」
ニューラ達と光が帰ってくると、あやかは身体を洗い、コーカサスが長いだけのぼさぼさの緑色の黒髪を切り揃え、フローラが用意した法衣を纏い、仕上げとばかりにシーンがかんざしを挿して巫女姿になっていた。
そして迎えた翌日、コーカサスを先頭に、シーンとフローラ、あやかは旅芸人として修道院に入った。
「こ、この修道院から、救いを求める、せ、石像を見ました。そ、それを救う事ができる者は限られていて、い、未だ救えないでいるようです」
「このような方をご存じないでしょうか?」
コーカサスがジプシーとして占った結果を切り出すと、あやかは筆を走らせて神々しいリムニアドの絵を描き、クレリックに見せた。彼女の顔に動揺の色が浮かんだ。どうやら光が蒔いた噂の種は、昨日だけでも貴族令嬢達の間で育ったようだ。
「わ、私達の連れの、ジャパンから来たこの巫女でしたら、す、救えるのです」
にわかには信じられない話だが、言い当てたのは確かだ。
クレリックはこの修道院を預かる司祭にコーカサスの占いについて打診し、リムニアドと会わせる事になった。
リムニアドの石像は、祭器が壁に飾られた宝物庫の中心にひっそりと佇んでいた。
聖女のような優しく慈しみを帯びた微笑みを浮かべ、愛しい人をその胸に誘うように両腕を広げていた。
『心を閉ざしてしまったお姫様は、王子様のキスで目を覚ますって、そう決まってるんです』
自信たっぷりに微笑んだ、光らしい言葉が思い出された。
自分の存在を、温もりを感じさせる為にはそれしか方法がないだろう。
あやかは周りのクレリック達を気にせず、リムニアドの頬に触れると、冷たく固い石の唇にそっと接吻をした。
クレリック達にどよめきが起こる。物陰に隠れて様子を見ていた鱗麒は、思わず飛び出そうとしたが、ニューラがそれを制した。クレリック達はシーンとフローラが制したからだ。
あやかがコカトリスの瞳を使うと、濡れた部分からリムニアドの髪は蜂蜜色を、肌は肌色を、服は若草色を、色彩を取り戻していった。
「ヴィルデ‥‥来てくれると信じていました」
石の塊だった瞳が本来の輝きを取り戻し、あやかの姿を捉えると、リムニアドは自分から抱き締め、あやかも彼女の身体を抱き締めたのだった。
一波乱あったものの、シーンの提案通り、リムニアドが司祭に掛け合い、あやかの正体を隠した上で置いてもらえる事になった。
残る問題は、リムニアドの父親の説得だが‥‥。
「嫌ですか? そうですか? じゃぁあのコトしゃべっちゃってもいいですか?」
ニューラは情報収集の時、得たゴシップで、次祭にリムニアドの父親の説得を手伝ってもらうよう働き掛けた。はっきりと言わない辺り、少しでもやましい事があると、どんどん疑心暗鬼になっていく心情を巧みに利用しているといえた。
近いうちに次祭を通じて、リムニアドの父親へ、彼女の花嫁修行の延期の話が行く事だろう。
「取り敢えず、リムさんは親元を離れていた方がいいと思うのです。冒険者として見聞を広める事をお勧めしますけど」
「まぁ、一緒に居られるだけでもよしとしようぜ」
「そうですね。お二人を見ているととても羨ましいです。僕にもそんな人が現れたらきっと‥‥だから僕、応援してますね!」
流石に冒険者になるという無理はいえないと、ニューラは残念がったが、鱗麒と光は幸せそうな2人に満足した。
「あ、あやかさん、な、何があっても幸せになって下さい。あ、あなた達2人の為に頑張ってくれた人達の分も‥‥」
「ああ‥‥それとマレア絵師は大丈夫だ。リムの父親は娘の帰りを待っていて、援助は打ち切っていないから」
あやかはコーカサスの言葉の裏に隠された思いを察し、そう答えた。
シーンとフローラは、出発間際になってからあやかとリムニアドを呼び出した。
「デビルやアンデッドへの護身用に持っとき。まぁ、路銀に困ったらカネに変えるんもエエと思うで」
「まいったな‥‥せめてフローラには報酬を受け取って欲しいんだが」
シーンからシルバーダガーを渡されたあやかは苦笑した。彼女は報酬として自分が持っている秘薬を提示したのだが、ニューラとコーカサスには丁重に断られ、光と鱗麒にしか渡していなかったのだ。その上餞別までもらっては、彼女の気持ちが収まらないのだ。
秘薬を買い取ろうと思っていたフローラは、あやかに圧されもらう事になった。
「これからも大変だと思いますが‥‥どうか、お互いの愛を信じて下さい‥‥私達も、同じですから‥‥」
フローラはそう言うとシーンと唇を重ね合わせた。
自分達以外にも禁断の愛を持つ者達がいる‥‥それを知った事で、あやかとリムニアドはこれからも自分達の愛を貫いていく事だろう。