【高耶・七】蟹は今が旬!

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 11 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月13日〜12月19日

リプレイ公開日:2004年12月20日

●オープニング

「豆腐〜、召せ〜、ジャパンから登りて候〜! 豆腐〜、召せ〜、ジャパンから登りて候〜!」
 今日も暮れなずみ始めたキャメロットの市民街に、元志士・仁藤高耶の威勢の良い豆腐を売る声が響き渡ると、両天秤の前後に丸い桶を吊るし、それを肩に担いだ彼女が颯爽と駆けていった。

 先程、暮れなずみ始めたと思ったら、キャメロットの市街地にはもう夜の帳が降りていた。
「冬の日暮れが早いのは、ジャパンもエゲレスもさして変わんのぉ」
 豆腐を売り終えた高耶はふと夜空を見上げた。
 瞬く星の光は同じだが、見える位置が全然違う。
 改めて異国の居るのだと、思い知る一瞬である。
 豆腐を扱って濡れ、冷えた手に吐き掛ける息は白く、キャメロットに来てから半年が経った事を実感した。
 ――最初にイギリスへ来たのは初夏の頃だっただろうか。
 無駄に時を重ねただけの事はあり、今ではそれなりに豆腐売りが板に付いていた。
「エゲレス人にジャパン料理を広めに来たが‥‥その志し半ばで家が恋しくなるとは、高耶、お主は情けないのじゃ」
 自分を叱咤し、軽く頬を張る。額に掛かっていた黒曜石を思わせるジャパン人独特の艶やかな黒髪が揺れた。
 ほとんど家出同然に出てきたのだから、家に未練は無いはずだった。
 帰ったところで待っているのは、親が勝手に決めた縁談だけ‥‥。
 高耶もいい加減家に入ってもいい年だが、ジャパン料理に魅せられたが幸か不幸か、結婚する気はなかった。
「いかんいかん‥‥考えが後ろ向きじゃ。今日の晩酌は止めにしても、明日の豆腐の仕込みが終わったら気分転換をせねば」
 晩酌は欠かさない高耶だが、ジャパン酒はそうそう手に入る訳ではなく、エールなので今日は控えようと思った。
 しかし、どんなに考えが後ろ向きでも、豆腐作りは頭から離れない高耶だった。

 翌日の早朝、パンと塩漬けの焼きニシサンマで朝食を済ませ、豆腐の仕込みを終えた高耶は市場へ向かった。
 島国のイギリスでは採れる海産物がジャパンのそれと似ており、市場に並ぶ魚も馴染みのものが多い。
 米や醤が滅多に手に入らない事を除けば、ジャパン人もそれなりに食べ慣れた食事を採れるのだ。
「お、蟹ではないか!」
 豆腐用の豆を選定していた高耶は、籠一杯に盛られた拳より小さな蟹を見付けた。まだ生きており、わしゃわしゃと鋏やら足やらを動かしていた。
 キャメロットの中心を流れるテムズ川は外洋へ繋がっており、その恩恵で活きのいい海産物が市場に並ぶのだ。
「しかし、随分と小振りじゃな。鍋に入れて出汁を取るか、焼いても一口で喰えてしまうのぉ」
 蟹は鍋に入れてよし、焼いてよし、茹でてよし、刺身にしてよし、と様々な食べ方が楽しめる、ジャパンの冬の味覚の一つだろう。
「ビッグクラブも、いる事はいるんだがな‥‥」
 高耶の感想に、この露天の主人である漁師は苦笑を浮かべた。
 この漁師の漁場の沿岸に、全長2mもの大きな蟹の棲む岩場があるという。普通の蟹でも堅い甲羅はサイズが大きくなった事により硬度が増し、片方のハサミは1mはある大きなもので、大きめの魚を真っ二つにしてしまう程狂暴らしい。
 しかも、ある程度ダメージを受けるとあっという間に逃げてしまう為、なかなか採る事ができないのだ。
「蟹はああ見えて、意外と素早いからのぉ。二めーとるの大きさの蟹が下手な冒険者より機敏に動く様は、想像したくないのじゃ。逃げ出す前に一気に倒すしかないが、甲羅と鋏が厄介じゃな‥‥攻撃魔法が有利か? 試さなければ分からんが、儂は修得しておらんしのぉ」
 厄介とはいえ、2m大の蟹である。さぞ食いでがあるだろう。
 高耶の独白を聞いた漁師は、岩場まで船を出す代わりに捕ったビッグクラブの半数をもらう、という条件を出してきた。
 2匹捕れれば1匹を渡す事になるが悪い条件ではない。
 高耶はそれを承諾すると、その足で冒険者ギルドを訪ね、一枚の依頼書を貼った。

 『冬の幸、大蟹を食べたい同士求む!』

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0263 神薙 理雄(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0665 アルテリア・リシア(29歳・♀・陰陽師・エルフ・イスパニア王国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2929 大隈 えれーな(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●まるごとメリーさん三人衆
 アルテリア・リシア(ea0665)がキャメロットの港で元志士・仁藤高耶の姿を探すと、彼女は船に大きな荷物を積み込んでいた。
「はーい、“太陽の娘(イハ・デル・ソル)”ことアルテリア・リシアよ。気軽にアルでいいわよ♪」
 アルテリアは自称ではあるが、その二の名のように太陽のように明るい性格だと高耶は思った。一方、アルテリアの高耶の第一印象は『お堅いヒト』なので、愛称を名乗ったのだが‥‥。
(「長巻の切っ先で突けば破裂しそうじゃな」)
 と、アルテリアが着ているまるごとメリーさんの上からでも分かる、豊かに実るたわわな双房に、高耶の目が吸い寄せられているのに気付いた。
「こんにちは、“メイド忍者”こと大隈えれーなです。よろしくお願いしますね〜☆」
「武術家、夜桜翠漣です」
 それも一瞬で、大隈えれーな(ea2929)と夜桜翠漣(ea1749)がやってくると、高耶は目を逸らしてにこやかに挨拶を交わした。
(「少しはできそうですね」)
 翠漣は左目で高耶に体運びを見ていた。実力は自分と同じか、やや上くらいといったところか。長巻を愛用しているそうだから、得物の間合いにどのように入るかが勝負の分かれ目だろう。

「今回は蟹さん漁ですの。蟹の刺身に蟹雑炊‥‥楽しみですのぉ〜♪」
「冬といったらやっぱり蟹ですよね。蟹鍋、焼き蟹‥‥でも、働かざる者食うべからずなので、僕、頑張りますね!」
 神薙理雄(ea0263)と沖田光(ea0029)は蟹料理談議で盛り上がっていた。
「雑炊って、米を煮込むんだろ? キャメロットだと米って高くないか?」
「はうー!? そうでしたの‥‥でも、私も精一杯頑張りますのね!」
 閃我絶狼(ea3991)が冷静に突っ込みを入れた。キャメロットで売られている米の大半はジャパンからの月道輸入品で、一部の貴族の嗜好品だ。その分高価で、イギリスにいるジャパン人のほとんどは手を出せないのだ。
「ところで蟹って‥‥美味しいのかねぇ? ってか、俺、食った事あるんかな?」
「ええ、蟹を使った料理は、イギリスでも美味しいものが多いですよ。チーズなどを加えるのもいいですし、ストレートに肉をステーキにするのもよさそうですね」
 絶狼は蟹を食べた事すら覚えていなかったが、クウェル・グッドウェザー(ea0447)の言葉に自然と唾を飲み込んだ。イギリスに来る以前の記憶はなくとも、身体は蟹の味を覚えているようだ。
「僭越ながら料理の心得がある身としては、腕が鳴ります」
「今の時期なら酒蒸しも暖まりますよぉ」
「高耶さんの手料理も食べたいですけど、イギリス風味の蟹料理もえれーなさんの家庭料理も捨て難いですね」
 クウェルとえれーなの話を聞きながら、自分に素直な光だった。
 冒険者ギルドから港までそう遠くはないが、マナウス・ドラッケン(ea0021)は大幅に遅刻してきたのだった。

 キャメロットから外洋までの船旅は天候に恵まれて順調だったが、難点は寒風である。河の上は遮る物がないので、常に寒風に晒されるのだ。
 男性陣はクウェルが、女性陣は理雄が持ってきた簡易テントを船の上に設置し、各々が防寒服を着たり、寝袋に包まって寒さを凌いだ。
「さてと海だ‥‥うわ寒!?」
 高耶から外洋に出たと聞いたマナウスがテントの外に出ると、吹き荒ぶ海風に慌ててテントの中へ戻り、まるごとメリーさんを着込んできた。その手には釣り竿が握られている。
「よし」
「‥‥」
「これ、かなりぬくぬくなのよー♪ しばらく天気に恵まれるけど、寒さはどうしようもないものねー」
「常に体調を最高の状態にしておくのが冒険者でしょう」
 生真面目な高耶は、その姿で釣りをするマナウスに言葉を失ってしまう。『風読み』や『ウェザーフォーノリッヂ』で天候を予測したアルテリアと翠漣が彼女を納得させるが、二人もまるごとメリーさんを愛用しており、説得力があるようなちょっと無いような‥‥。

●強いぞ、ビッグクラブ!
 ビッグクラブが棲んでいるという岩場に着くと、先ずえれーなが『水走りの術』と『疾走の術』を使って岩場の地形を把握してきた。
 その情報を元に、えれーなとまるごとメリーさんを脱いた翠漣が準備運動を兼ねて網とロープを罠として仕掛けた。そこへ理雄が高耶と漁師に頼んで用意してもらった囮の餌に使う魚を、クウェルと光と共に素早く置いてゆく。
 その間、マナウスとアルテリアは見晴らしのいい高台を陣取った。
「高耶さん、岩場に水が溜っていたりして、足を取られるかもしれないですの」
 理雄が足場の悪さを危惧すると、マナウスとアルテリア、えれーなを除く絶狼達に高耶が『ウォーターウォーク』を掛けた。
 光は翠漣達前衛に『フレイムエリベイション』を付与して士気を高め、合わせて絶狼が『クリスタルソード』を製造した。
「これだけ前準備をして、勝率は五分五分といったところですね‥‥」
「さて、蟹採りと洒落込みましょうかね、皆さん」
 光は自分の知っているビッグクラブの強さを知識から手繰り寄せた。そんな光にマナウスが発破を掛ける‥‥が、まるごとメリーさん姿なので、緊張を解したかもしれない。
 するとビッグクラブが一匹、姿を現した。辺りを警戒しつつ、クウェル達の想像を越える程、素早い横歩きで魚に近付き、1mはある大きなハサミでそれを掴んだ。
「どんな甲羅だろうと撃ち貫くのみ!」
 次の瞬間、えれーなが網を引っ張って足に絡ませ、アルテリアが『サンレーザー』を、光が『ファイヤーボム』を、背後を取った理雄が『ウインドスラッシュ』を放ち、マナウスがヘビーボウから矢を射った。
「か、かすり傷ぅ!?」
 アルテリアが素っ頓狂な声を上げた。抵抗された様子はなかったが、甲羅を傷つけたのはマナウスの矢だけだった。初級の攻撃魔法では威力不足は否めなかった。
 奇襲を受けたビッグクラブは魚を諦めると、網を切り裂いて理雄の方へ逃げ出した。
「あうー!?」
「そちらへ逃げては駄目です」
「最初からこの技を使う事になるとは‥‥予想以上に素早いです」
 理雄は一目散に逃げ出すが、ビッグクラブの方が早い。えれーなが岩場を跳び回り、ほうきを振り回して翠漣の方へ誘導する。
 翠漣が『猿惑拳』を繰り出してビッグクラブの足を止めるが、硬い甲羅を傷つけるに留まった。高耶が長巻で薙ぐがやはり同じだった。
「‥‥甲羅が赤い所為か、俺が考えていたより三倍は早いな。やっぱ足だな、片側四本落とせば、流石に逃げられなくなるだろ‥‥ダメージ、与えられるかねぇ」
 間合いを詰めた絶狼は降り下ろされた鋏をライトシールドで受け流すと、クリスタルソードで『スマッシュ』を放った。だが、その切っ先は空を切り、ビッグクラブのもう片方の鋏が降り下ろされた。
「絶狼さん、危ないです!」
 ヘビーシールドを構えたクウェルが割って入った。そのまま『コアギュレイト』を詠唱するが、抵抗されてしまう。
「矢が尽きるまで撃ち続けてやる!」
「失敗する方が多いとか、四の五の言ってられないわねー」
 再びヘビーボウに矢を番えたマナウスは、『シューティングPA』でビッグクラブの頭部を狙う。アルテリアと光は威力を高めて『サンレーザー』と『ファイヤーボム』を詠唱した。『ファイヤーボム』は発動に失敗したが、『サンレーザー』はビッグクラブの甲羅を焼いた。
 えれーなと理雄が援護し、翠漣は足の甲羅に攻撃を当て、そのまま甲羅に龍叱爪を引っ掛けて取り付き、その場所に突き立てた。だが、至近距離では鋏もかわせず、細い体躯から鮮血が迸った。
「我掲げるは蟹断つ刃! ‥‥なんてな」
 絶狼は自らを鼓舞しながら、今度は手数を増やして着実にダメージを与えてゆく。クウェルは彼の後ろに控え、いつでもヘビーシールドで守りに入り、リカバーで回復できる体勢を整えた。
 軽傷とはいえ、蓄積すれば馬鹿にならない。
 マナウスの『シューティングPA』で狙った矢が足の関節を射抜き、『サンレーザー』と『ファイヤーボム』が傷ついた甲羅を容赦なく焼き、えれーなと理雄、クウェルと高耶の援護を受けた絶狼が『クリスタルソード』を、翠漣が龍叱爪を突き立て、遂にビッグクラブを倒したのだった。
 その分、えれーな達も疲弊していた。特に前衛の絶狼と翠漣は重傷を負い、ヒーリングポーションやリカバーポーションとクウェルのリカバーを併用して手当てした。

●蟹三昧☆
 岩場に夜の帳が降りる頃、休憩を入れて身体が温まっている内に二匹目のビッグクラブを採り、手当てを終えた翠漣達は焚き火を囲んでいた。
 焚き火の上にはビッグクラブの巨躯が焼かれていた。高耶が用意してきた手斧で鋏と足、身体が切り分け、クウェルとえれーな、理雄と彼女が料理に取り掛かっていた。
「ジャパンの蟹料理ってどんな味がするのかしら」
「私はイスパニアの蟹料理も気になります」
「‥‥え゛。ごめーん、あたし、料理は食べる専門の人だからー」
 えれーなが使っている招興酒・老酒の香りに、鼻を可愛くひくひくさせてうっとりするアルテリア。翠漣が聞くと彼女は片目を瞑って苦笑した。
「ふぇ〜!? 何でこんな事になりますの〜!?」
「どうやったら蟹鍋がステーキになるのですか?」
 クウェルの危惧していた通り、理雄が作っていた蟹鍋はいつの間にかステーキに変わっており、彼が慌てて鍋を取り上げた。
 ‥‥何はともあれ、身体は丸々焼き蟹に、足はそれぞれクウェルが茹でてチーズで和え、えれーなが酒蒸し、理雄が蟹ステーキ(?)、高耶が蟹鍋と刺身を調理した。
「チーズと和えると美味しいのですね」
 翠漣と理雄は、先ずチーズ和えに箸を延ばした。
「ジャパンの酒の味付けもなかなかいけるな。蟹鍋もスープが美味い」
「‥‥ほほぅ、ここはカニミソというのか。ビッグクラブの大きさから見ると、量が少ないような‥‥」
「だから珍味なのですよ」
 器用なマナウスは箸の使い方に慣れたようで、妙に上手く酒蒸しや蟹鍋を突いた。その横では絶狼が蟹味噌を食べ、モンスターに明るい光が解説した。またクウェルは刺身に挑戦し、高耶に今度捌き方を教わろうと思った。
 えれーなは鍋の具を取り分けたり、漁師におすそ分けしたりと、裏方に徹した。
「こんな美味しい料理を食べさせてもらったら、お礼をしなきゃね、うん」
 アルテリアがすっくと立ち上がると、焚き火をバックに踊り始めた。
「高耶さんの手料理は美味しいですね。イギリスにジャパン料理を広めたいっていう、しっかりとして夢も持っていますし。でも、僕にも夢があるんですよ。みんながいつも笑顔でいられる、そんな世界を守れる人間になりたいって‥‥美味しい料理はみんなが笑顔になりますから、高耶さんの夢と僕の夢はどこかで繋がっているのかも知れませんね」
 情熱的な太陽の娘の舞を見る高耶に、光は夢を語ったのだった。

 ビッグクラブは大きい為、残った足がお土産となった。しかし、蟹は日持ちしないので、キャメロットに着いたらその日の内に食す事になるだろう。