続・看板娘奮闘記!〜店長と店員はキミ〜

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月16日〜12月21日

リプレイ公開日:2004年12月26日

●オープニング

 エールハウスは、エール(発泡酒)好きのイギリス人にはなくてはならない存在だ。エールはイギリス人の国民飲料と言っても過言ではないくらい、イギリス人はエールが大好きなのだ。
 エールハウスは、冒険者達が集う酒場のようにしっかりとした造りではなく、宿泊施設もない、いささか粗末な店構えの、いうなれば居酒屋だが、エールが呑めてちょっとした食事が採れ、小さなステージでは輪投げや歌や舞踏と言った娯楽が楽しめる、老若男女問わず庶民の公共の憩いの場だった。

 エールハウスはキャメロットの市民街を中心に至る所にある。
 市民街のこの通りにも二軒のエールハウスが店を構えていた。
 一軒はオープンしてまだ半年の新しいエールハウスで、ディジィーという元気な少女が看板娘兼オーナーを勤めていた。
 ディジィーの店のエールは市販の物、出す料理は家庭料理と、ありふれたエールハウスだが、売りは自家製のパンとそれを使ったお弁当だ。何より粉を持ち込めばパンを焼いてくれるサービスが、ご近所のご婦人達に好評だった。
 また、こまめに冒険者ギルドへ足を運んで吟遊詩人や踊り子、芸人を雇い、店内にある小さなステージで歌や踊り、芸を披露してもらっていた。
 もう一軒は古くからある老舗のエールハウスで、ローカルエール(地酒)とローカルメニュー(地元料理)で多くの常連客を抱えていた。
 こちらの店の看板娘チェリアは物静かな美女で、活発で直情的なディジィーとは容姿も性格も正反対だった。

 ディジィーの店がオープンした当初、チェリアの店の客による嫌がらせが絶えなかったが、冒険者の協力を得てある程度和解し、今では仲良く毎日、客に美味しいエールを出していた。

 そんな冬も深まったある日――。
「ディジィー、店終いしましたか?」
 ディジィーのエールハウスの入口の扉を開けながらチェリアが入ってきた。彼女エールハウスは既に店終いを済ませていた。
 時間は既に次の日に変わっていた。
 エールハウスの店終いは遅い。冬は寒い為、仕事帰りの客は温かいスープとエールで身体を温めていくからだ。夏は夏で暑い為、渇く喉を潤す為にエールを呑みに来るし、春は春で――とまぁ、自分の家と教会の次に馴染み深いエールハウスは、一年を通して夜遅くまで客の出入りが多い。
 唯一の救いは大半の客が近所に住んでおり、酔い潰れてもちゃんと帰れる事だろう。ディジィーはファイターの経験があるらしいが、流石に男性を引き擦って家まで連れて帰れる程の力はないだろう。
「ディジィー?」
 しかし、彼女の声に返事はない。暖炉の火は赤々と燃えているから、いない事はないはずだが‥‥。
 ――ガタン!
 その時、厨房の方で物音がした。チェリアが向かうと、そこには倒れているディジィーの姿があった。
「ディジィー!?」
 チェリアは声を掛けるが返事がない。息はしているが酷く荒かった。

「風邪、のようですね」
 チェリアはディジィーを店内まで運ぶと、テーブルの上に寝かせた。
 それからしばらくしてディジィーが目覚めたが、熱があったり、咳き込んだり、息が荒い事からそう判断したのだ。
「でも、明日の料理の仕込みをしないと‥‥」
「その身体で店を開けるつもりですか? 寝ていなければダメです」
 無理に起きあがろうとする彼女を、チェリアにしては珍しく強い口調で押し止めた。
 ディジィーを安静に寝かせようと思ったチェリアはそこでふと、彼女がどこで寝ているのか気になった。
「いつもはここか厨房で寝袋で寝てるんだ。火を使うから暖かいし」
 元々この廃屋はそう広くなく、しかもステージを作ったので、自分の居住スペースはほとんど無いという。
 つまり、ディジィーは店の中で生活しているようなものだった。
 チェリアの店と違い、ディジィーの店は食材とエールの買い出しから調理に至るまで、彼女が1人で切り盛りしていた。いくら若いとはいえ、それを半年も続ければいつ倒れても不思議ではないだろう。そして最近の寒さにやられたようだ。
「これからもエールハウスを続けたいのであれば、風邪が治るまで安静にしていなさい」
「でも‥‥報酬はそんなに払えないし‥‥」
「あなたのお店では、冒険者を雇っているのでしょう? こういう時も協力してもらいましょう、ね」
 チェリアは自分が依頼を出しに行くから、とディジィーを安心させると、夜の冒険者ギルドへ向かったのだった。

●今回の参加者

 ea0453 シーヴァス・ラーン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2194 アリシア・シャーウッド(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2198 リカルド・シャーウッド(37歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5534 ユウ・ジャミル(26歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea5678 クリオ・スパリュダース(36歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea5928 沖鷹 又三郎(36歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea6552 レン・タツミ(36歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6690 ナロン・ライム(28歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea7487 ガイン・ハイリロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●先ずは顔合わせ
 沖鷹又三郎(ea5928)達がディジィーの経営するエールハウスを訪れたのは、まだ夜が明け切らない頃だった。
「拙者が依頼に出ているここ数カ月の間にディジィー殿が風邪を引いてしまうとは! 申し訳ないでござる」
 ディジィーは店の暖炉に火を点し、長テーブルの上へ置いた寝袋に包まって寝ていたが、又三郎達が入ってくると起き上がった。
 又三郎は開口一番、頭を下げた。
「気にしないでよ。あたしの店より、依頼の方が優先だよ」
「困った時はお互い様ですよ‥‥失礼します」
 微笑む彼女に淋麗(ea7509)が近付くと、額とディジィーの額とを付けた。
「‥‥だいぶ熱がありますね。ゆっくりと休んで栄養のある物を食べれば、2、3日で治ると思います」
 幸せな家庭に憧れる麗は応急手当をかじっていた。麗は30歳前半に見られるので、ディジィーとこうしている姿は親子に見える。しかし、相手がエルフでも女性の実年齢を聞いてはいけない。
「お店で寝袋じゃ、治るものも治らないから、私の棲家で休んでよ」
「トレント通り1番地の『らんぷ亭』のリカルドといいます。妹のアリスに連れられて手伝いに来ました。期間中はウチの店を空ける事になりますが‥‥」
「ごめんね‥‥ゴホゴホ! あたしがこんな身体じゃなければ‥‥」
「それは言いっこなしだよ、ディジィー君。助っ人に来たんだし、こういう仕事は慣れてるから何かとお手伝いできると思うよ〜」
「同業同士で助け合うのは、広く見れば必ずプラスになりますから」
 聞いた事があるようなやり取りをする、アリシア・シャーウッド(ea2194)とリカルド・シャーウッド(ea2198)。
(「これで借金取りが来れば完璧だな。俺が借金取りからディジィーさんを護り、ささやかなお礼にデートにでも‥‥」)
 と思ってしまうユウ・ジャミル(ea5534)。
「ディジィーの事もこの店の事も知らない訳じゃねぇし、手伝うぜ? 俺達に任せてくれよ」
「私がアリシアの棲家まで連れていくわね。お店の手伝い、頑張らせてもらうから、安心してゆっくりと休んでね」
 シーヴァス・ラーン(ea0453)が胸を叩き、レン・タツミ(ea6552)がたおやかに微笑んだ。
「その前に引き継ぎをしたい。おたくにも仕入れの定番とかあるだろうから、馴染みの露店や酒卸ギルドについて教えてくれないか?」
 荷物をまとめ始めたディジィーに、クリオ・スパリュダース(ea5678)が簡潔に聞いた。仕入れている品を逐一聞くより、懇意にしている露店で『いつもの』を買った方が効率がいいとクリオは思ったのだ。
 ユウがディジィーの説明を書き留める横で、厨房を担当しようと思っているナロン・ライム(ea6690)が味付けのポイントを訊ねた。
「面識のない人達が集まって、みんなでお店を経営するなんてなかなかいい経験になりそうですし、僕も精一杯頑張りますよ」
「エールハウスで爪弾く機会ってあんまりなかったから、俺にとっては渡りに船な依頼かねぇ‥‥安心してゆっくり養生させてあげられるように頑張らないとな」
 ナロンが聞く限り、ごく一般的な家庭料理の味付けなので、再現は難しくなさそうだ。ガイン・ハイリロード(ea7487)が携えているリュートベイルで店を盛り上げようと、彼と一緒にディジィーを安心させた。
 クリオの引き継ぎが終わると、又三郎はディジィーの身体を毛布で包んで暖かくし、レンに託した。自分が連れて行きたいは山々だが、食材の買い出しに参加しなければならないし、着替えや身体の汗を拭くのは流石に同性でないと拙いので諦めたのだ。

●開店準備
 又三郎と麗、クリオとガインは朝市へと繰り出した。
「ディジィー殿が懇意にしているだけあって、物は良いでござるよ」
「他の露店と値段はそう変わらないな。少しは値切れそうだ」
「そちらも商売なので無理できないのは分かっていますが、私達もこの様な状況ですので物入りなのです。どうか、少しでも宜しいのでまけて戴けないでしょうか?」
 又三郎が食材の良さを見分け、クリオが値切れそうか見極めると、麗はディジィーが病気である事を話し、最初の言い値より2割程安く仕入れた。
「しかし、1人で切り盛りしてたとは無茶な人だなぁ‥‥身体を壊しても無理ないよ」
 その足で酒卸ギルドに寄り、仕入れた今日の分のエールを持つガインが感想を漏らした。ディジィーは毎日、1人で仕入れを行っているのだ。人をそうそう雇う事のできない、個人経営のエールハウスの厳しい実情を垣間見た気がした。

「店長代理が高みで胡座を掻いてちゃ、下の者に示しがつかねぇからな」
「そうそう。お客さんに文句を言われないように綺麗にしないとね」
 シーヴァスは率先して水汲みへ行き、その水でユウがテーブルや床を拭いた。エールハウスは基本的に手掴みなので、テーブルや床が汚れやすく、客が入れ替わる毎にこまめに拭くのだ。
 そこへディジィーの着替えを済ませたアリシアとレンが帰ってくると、アリシアはジョッキやカップといった食器を取り易いように並べかえ、レンは店の前の通りを両隣3軒先まで掃除した。
「素朴ですけど飽きの来ない味ですね。これなら僕でもディジィーさんの味に近いものが提供できそうです」
「お〜! こっちのパン焼き竃も本格的〜‥‥あ〜‥‥俺もいつかはこんな店持ちたいですねぇ‥‥」
 リカルドはユウの羊皮紙のメモ書きを片手に、調味料や食材と照らし合わせながら残り物を食して味を確認した。
 その傍らではナロンが若干興奮しながら厨房の内装を細かくチェックしていた。普段、他人に店の厨房に入る機会はなかなか無いからだ。ダガーは市販の物だが手入れは行き届いていたし、何より本格的なパン焼き竃に驚いた。

●昼はくるくる目が回る
「俺達ができる精一杯の真心を尽くす! 失敗を恐れずいつも笑顔を! 行くぜ!!」
「「「「「「「「おー!!」」」」」」」」
 シーヴァスが発破を掛けると、又三郎が、麗が、アリシアが、リカルドが、ユウが、レンが、ナロンが、ガインが、右手を挙げて応えた。クリオは軽く頷いた。

 お昼頃になると、ぽつぽつと客が入り始めた。
「いらっしゃいませ! 空いている席へどうぞ!!」
 アリシアの明朗快活な声が店内に響き、笑顔で来客を出迎えた。子供にはしゃがんで目線を合わせて挨拶した。
「キドニーパイとスープだね。全部で3Cになるよ」
 ユウは耳の良さを活かしてオーダーを聞き取り、筆記用具でメモしていく。基本的に先払いなので料金計算も忘れない。
「はい、おたくはフュッシュフライのパン挟み、そっちは茹で野菜とエールだな」
 出来上がった料理をクリオが器用に両手で多く運んでゆく。
「エールハウスって、結構大変なのね〜」
「ゴブリンと戦くくらい大変かもな」
 食べ終わったテーブルにはパンかすやらスープやらがこぼれているので、レンとガインが雑巾を片手に手分けして掃除していった。
「お弁当の中身は‥‥ローストビーフはどうですか?」
 ディジィーのエールハウスではパンの弁当を扱っており、麗が対人鑑識と『リードシンキング』を上手く使い分けて、素早く客の需要を見いだしていく。
「パン焼きに注文ですけど、先程の奥さんには夕方にできると言って下さい」
「こちらはお弁当用で、こちらはお出しする方のローストチキンです」
 厨房では又三郎がスープと茹で類を、リカルドがパンを、ナロンが焼き物を、それぞれ分担していた。
 シーヴァスは店の前で、特にご婦人にディジィーのエールハウスをアピールした。

「ゴホ! みんな、大丈夫かな?」
「シーヴァス殿がまとめているでござるし、リカルド殿とアリシア殿の助言で助かっているでござる。レン殿とガイン殿、ナロン殿は機敏に動くでござるし、麗殿の細かな気配り、クリオ殿の器用さは喜ばれているでござる」
 お昼過ぎの手の空いた時間を利用して、又三郎はパン入り卵スープと擦り下ろしたリンゴを持ってディジィーの様子を見に来ていた。ディジィーは店の様子が気になるのか頻りに訊ね、又三郎はかい摘んで話した。

●夜はエールで大合唱
 夜になると客層ががらりと変わり、仕事帰りの労働者が主になる。しかも、寒いこの季節はリカルド特製の豆を使ったスープが人気を博した。
「今日は俺の奢りだ。好きな曲をリクエストしてくれよ!」
 エールハウスデビューという事もあり、店内にある小さなステージに立ったガインがリュートベイルを掲げると、店内は大いに沸き上がった。
 ユウが勇壮な曲は荒れ地、恋歌は花園、ほのぼのした曲は草原、と曲のイメージに合わせて『ファンタズム』で幻影を作る。また、エールの注文が多くなるのでその分厨房は手が空き、ナロンがシーヴァスを伴って彼らの横で歌を披露した。
「兄さん、私達も加わろうよ!」
 厨房は又三郎に任せ、アリシアに誘われたリカルドも合唱に加わる。
 ナロンとシーヴァスが肩を組むと、アリシアとリカルドもそれに倣い、いつしか客全員が隣の見ず知らずの者と肩を組んで大合唱となっていた。
 クリオは入口で冷静にナロン達の大合唱を見ていたが、口元には微かに笑みが浮かんでいた。心の中では楽しんでいるようだ。
「そうですか‥‥そんな事が‥‥気を落とさないで下さいね」
「うんうん、上手く行かない日もあるけど、それは大いなる父があなたに課した試練なの。この試練を乗り越えた時、大いなる父はあなたを認めて下さるのよ」
 一方、店の片隅では、麗とレンが仕事帰りでお疲れの人と話をしていた。仕事が上手くいかないとか、そういう愚痴がこぼれると、麗は説法と聞き手に回るのを巧みに使い分け、レンは大いなる父の御名の下に慰めた。
 2人の愚痴相談室は、大合唱の影に隠れたディジィーのエールハウスの名物になった。

 ――そして5日後。アリシアや又三郎達の看病の甲斐あってディジィーは全快し、エールハウスに顔を出した。
 ナロンやリカルドが常連に意見を聞いて毎日微調整を加え、今ではディジィーの味とそれ程変わらない料理になっていた。
「一人で全てをするのではなく、他の方を信頼する事も大切ですよ」
「流石に雇い続けるのは厳しいけど、考えてみるよ」
 麗の説法にディジィーは元気よく返事をした。併せてレンやクリオに給料とエールを渡していく。
「こういう所で弾くのって楽しいんだよね。もしよければ、今後もちょくちょくここで弾かせてもらえないか?」
「もちろんだよ。いつでも歓迎するよ」
「その前に俺とのデートも忘れないでね」
「今度、一緒に朝市でも行こうか?」
 ガインとユウにも快く応えてゆく。
 又三郎は焼き魚のジャパン風料理のメニューを提案した。朝市で食材を見て回ったが、米や味噌は月道輸入品で、ジャパンで買うより5〜20倍の値段が付いており、比較的簡単に手に入るのは魚貝類くらいだった。

「また、な」
 最後に誰もいなくなったくらい店内を見渡し、シーヴァスはこの5日間を思い出すと、静かに去っていったのだった。