【聖夜祭】恋に恋するバンシー

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 92 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月23日〜12月28日

リプレイ公開日:2005年01月02日

●オープニング

 『聖夜祭』は、ジーザス教を伝えた神の子ジーザスが生誕した前夜12月24日の降誕祭から、洗礼を受けた日である1月6日の主顕節までの約2週間、旧年を振り返り新年の到来を祝うのだ。
 特に25日のジーザス聖誕祭はミサの日として聖夜祭の中でも盛大に祝われる。

 聖夜祭は家族で過ごすのが習わしだが、「学舎」という形式を取っているケンブリッジはその限りではない。
 期末テストが終わった生徒から家に帰れるが、友達やお世話になった教授達と聖夜祭を祝いたいという要望もある事から、各学校は聖夜祭の飾り付けや準備をし、生徒や冒険者を迎え入れる。

「聖夜祭の準備中に、何人もの生徒が亡霊を目撃しているのです」
 ケンブリッジギルド『クエストリガー』で依頼を探すあなたに、受付係の女子生徒がそう切り出した。着ている制服からFORの生徒のようだ。
 亡霊退治の依頼かと思ったのだが‥‥。
「その亡霊は前のモンスターによるケンブリッジ襲撃の折りに亡くなったマジカルシードの生徒なのです」
 モンスターの襲撃を受けたケンブリッジでは、被害がなかった訳ではない。
 ご丁寧にマジカルシードの制服を着た女子生徒の亡霊が、聖夜祭の準備に追われる校内でたびたび目撃されているのだ。
 女子生徒の名前はアルフリード。生前の彼女を知る友達は、明るくて活発で彼女達のグループのムードメーカー的存在だったと語る。ただ、モンスターに殺されて成仏できないのは可哀想だが、彼女の悩みは女友達では叶える事ができないそうだ。
「聖夜祭の準備の邪魔をするとか、そういう悪い事をしている訳でもなく、ただ、羨ましそうに眺めているだけだそうです。お友達が彼女を不憫な思い、成仏させて欲しいとギルドに依頼してきたのです」
 退治するのも成仏させる一つの手法だが、アルフリードはただの亡霊ではなくバンシーだった。
 バンシーは幽霊である以上、魔法か銀製の武器でなければ傷つける事はできないし、その叫び声は聞く者に死を呼ぶという。倒すには厄介な存在だ。
「アルフリードさんを成仏させる方法ですが‥‥男性が彼女と聖夜祭でデートする事らしいのです」
 それが成仏できない理由だった。

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・理(ことわり)の門‥‥ケンブリッジの入口。待ち合わせに最適。
 ここに観光者向けの観光案内所があるから、初めての人はチェックすべし。 
・学生食堂‥‥チケットがあったらここで食事かな?
・共同部活棟‥‥部活はデートにならないよねー。
・図書館‥‥静かなデートはアルフリード向きじゃないかもしれないけど、ムードはいいかも。
・テム河‥‥街の中心を東西に走っている小さな河で、冬は寒いけどボートに乗れるよ。
・市場‥‥露天や小さな食堂があるから、買い物はここがオススメ。
・レジェンド・ロード‥‥ケンブリッジの南東にある小高い丘へ続く道。景色の綺麗な丘の上はデートコースの定番。
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 依頼を受けた冒険者に、上記のメモが渡された。
 どうやらアルフリードの友達が気を利かせて、ケンブリッジの観光場所を書き出してくれたようだ。

『あ〜あ、どうしてこんな事になっちゃったんだろ‥‥』
 その日もアルフリードは、聖夜祭に向けて忙しい夜の校内を歩いていた。歩いていた、とは正しくはないかも知れない。今の彼女はバンシーであり、ふわふわと浮いているのだから。
 マジカルシードの制服を着た姿だが、その身体は半ば透けていた。
 歳は15歳前後。ショートヘアの、いかにも活発そうな美少女だ。泣き腫らしたような真っ赤な目をしているが、生前は人当たりがよく、誰にでも好まれた面影を残していた。
 生前同様、女友達と話す事はできるが、身体のない彼女は聖夜祭の準備を手伝う事はできない。
 しかも、女友達以外は恐怖の目で彼女を見る。アルフリードにはそれがとても悲しいが、自分は死んだ身だから当然といえば当然だし、悲しさに身を任せて泣けば女友達や関係のない生徒を殺してしまいかねない。
 バンシーとはいえ、怨念によってこの世に留まっている訳ではないから、誰彼構わず襲う事はしない分別はあった。
『素敵な恋の1つや2つ、したかったのにな〜』
 女友達と連んで遊び、学業に精を出していた彼女には、男子生徒と仲良くなる機会はあまりなかった。
 とはいえ、年頃の女の子だ。恋に恋い焦がれていたのだろう。
『‥‥キスもまだだったのにな‥‥』
 後生大事に取っておいたファーストキスは、使わないままだった。
 アルフリードの強烈な未練は、この辺りかも知れない。

●今回の参加者

 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1434 ラス・カラード(35歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1812 アルシャ・ルル(13歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 ea2165 ジョセフ・ギールケ(31歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6565 御山 映二(34歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


●冷たく温かな自己紹介
 ケンブリッジ魔法学校マジカルシードの校庭にある大きな木は、聖夜祭の色とりどりの飾り付けがされ、夜陰の中で仄かな蝋燭の灯りに浮び上がっていた。
「せっかくの聖夜祭なのに案内をさせてすまなかったな」
 ジョセフ・ギールケ(ea2165)は後輩でもある依頼人の女子生徒に案内され、ツリーの近くへやってきた。木の下ではマジカルシードの制服を着た女子生徒が1人、幹に手を当てて寂しそうにツリーの飾りを見上げていた。彼女がアルフリードだが、遠目から見ればバンシーだとは分からない。
「あたしはチカ・ニシムラだよ、よろしくね♪ アルフリードお姉ちゃん♪」
『ダメだよ、あたしに触れちゃ。あんたも‥‥』
 チカ・ニシムラ(ea1128)は駆け寄ると、春の陽射しのような笑い掛けて手を差し出した。アルフリードは泣き腫らしたような真っ赤なバンシー独特の眼をしばたたせた後、制止するが、チカは構わずその手を握った。麻痺してしまいそうな身震いする程の冷たさが身体を突き抜ける。それでもチカは笑い続けた。
「わたくしはアルシャ・ルルと申します。アルフリード様と一緒に聖夜祭を楽しみに来たのですわ」
『あたしと?』
「はい。わたくしのチカ様の身体を自由に使って戴いて構いません。皆様、アルフリード様と聖夜祭のデートを楽しみにされています」
 “魂の開放者”の二の名を持つアルシャ・ルル(ea1812)の視線の先には、ラス・カラード(ea1434)とイェーガー・ラタイン(ea6382)、御山映二(ea6565)の姿があった。
「どんな理由であれ、この世に未練を持って聖なる母の御許へ行けない事は悲しむべき事のです。彼女をきっと成仏させてあげましょう」
「俺も未練がありますから、アルフリードさんの気持ちは良く分かります」
 紹介されたラスは折り目正しく騎士の礼を取り、イェーガーは軽く手を振った。イェーガーには前の依頼で果たしていない約束があり、今、生き終わったらアルフリードと同じになるかもしれないと思っていた。
(「死んでも死にきれないような未練‥‥僕には縁のない事だね」)
 映二も笑顔を浮かべていたが、そこには想いが欠落していた。

●買い物
 ケンブリッジの入口には、旅人達を迎える『理(ことわり)の門』がある。大きな門だが城壁などはない。門の前には、各学校の生徒有志による自警団員が衛兵として立っている。
「ごめ〜ん! 待った〜?」
「いえ、僕も今来たところです」
 息急き立ててやってきたチカの足元にラスが跪くと、その手を取り、甲に接吻をした。
(「うわうわうわ〜v こんな挨拶されたの初めてだよ〜」)
 チカが心の中で歓喜の声を挙げる。今、チカの身体にはアルフリードが憑依し、主となっていた。チカの意識はなくなる訳ではなく、自分の目を通してアルフリードの行動を傍観しているような感じだった。
 アルフリードが遅れたのは服を選んでいたからだ。アルシャの勧めで好きな服を着ようと、生前、親友にあげたお気に入りの服を借りたのだ。
「それでは行きましょうか」
 ラスが彼女の手を引いて向かったのは市場だった。ケンブリッジの住人が出店し、購買部に売られていない一般的な物品が置いてあったり、学食に飽きた生徒達が通う小さな食堂があった。
「お好きな物を買って下さい。ほら、この首飾りなんて、あなたにお似合いですよ」
「ううん、見ているだけでいいんだ」
 ラスは聖夜祭向けの装飾品や服を勧めるが、アルフリードは遠慮しているのではなく、彼と一緒に見て回る事を楽しんでいた。
 
●図書館での語らい
「美少女とデートできる依頼。これ以上ないくらい、素晴らしい依頼だ」
 ジョセフは待ち合わせ場所に指定したマジカルシードのカフェテラスで、喜々としてアルフリードを待っていた。アルフリード自身は彼とそう歳は離れていないが、アルシャは好みのタイプだったからだ。
 アルシャは、サキュバスの憑依能力は依代となった者の精気を吸い取るので、バンシーまそれも同様ではないかと思ったのだが、単に身体の主導権を奪われるだけだった。
 アルフリードは悲しいかな、アルシャとそれ程体格に差はなく、お気に入りの服は多少大きめだが着る事ができた。冬のケンブリッジでは少々寒い、露出の多めの服だ。
「せっかくのデートだ。好きなものを奢ってやろう。遠慮する必要はないぞ」
「じゃぁ‥‥コーヒーを頼もうかな。飲んだ事ないんだ」
「ほぉ? 良薬ほど苦いというが、コーヒーもその類らしいな」
 アルフリードは騎士(貴族)達の嗜好品コーヒーを頼んだ。確かにミルクやエールに比べると高いが、それでもカフェテラスでの金額はたかが知れていた。
 その足でジョセフはかなり古めかしい雰囲気の図書館へとやってきた。ここはそれぞれの学校が所有している書物を有効活用する為に、ケンブリッジ全体から持ち寄られた書物が並んでいた。
「ふむ、静かだな。アルフリードさんはこういうところは嫌いかな?」
「う〜ん、追試の時しか利用しなかったなぁ」
 アルフリードは頬を掻き、追試で使った本を探した。
 あの魔法の授業は難しいとか、あの教授の話は授業より面白いとか、同じ学校の生徒という事もあり、ジョセフとアルフリードは何かと話題が合った。
 デートの終わりにジョセフはファー・マフラーをアルフリードの肩に掛けて別れを告げたのだった。

●冬の陽差しを浴びて
「ここに来たのは久しぶりだね」
「アルフリードさんは部活をやっていたのかい?」
 映二はアルフリードと共同部活棟で待ち合わせをした。今日はチカの身体である。
 ケンブリッジには全学校総合の部活棟という区域があり、横長の平屋建ての建造物には部員10名は楽に活動できる大きさ個室が数多並んでいる。
「フットボールだよ。身体を動かすのは好きだし、フットボールなら男子には負けなかったよ。映二はどの部活をしているの?」
「文芸部ですけど‥‥まぁ、適当に文読んでまったりしてるだけなんですけどね」
 図書館の件といい、アルフリードは読書が苦手なようで頻りに感心していたが、映二はその姿に苦笑した。
 道すがら部活について話しながらやってきたのはテム河の川岸だった。ここはケンブリッジの東西を移動する為の場であり、小さな船に乗って景色を眺める憩いの場でもあった。
 ただ、冬の時期は非常に寒い為、ボートに乗る者はなく、映二もアルフリードに乗るか聞くと川岸を散歩しようといった。
「冬でも陽射しって温かいよね。死んでから分かるなんて思わなかったけどね」
「僕は縁側で日向ぼっこをしながら石を磨くのが好きだよ」
「草原に寝そべるのって気持ちいいよね。映二ってジャパン人でしょ? ジャパンの事、聞かせてよ」
 映二とアルフリードは夕暮れまで、他愛無い話を続けたのだった。

●聖夜祭限定料理
「聖夜祭期間は、学食も限定料理を出すそうですよ」
「そうなんだ〜。あたし、聖夜祭の前に家に帰ってたから、この時期までケンブリッジに残ってる事はなかったよ」
 理の門の近くにある観光案内所『ケンブリッジ・ガイド』の前で待ち合わせをしたイェーガーとアルフリード(アルシャ)は、学食へ向かった。
 学食はケンブリッジ中の生徒達が飲食する街一番の大きな食堂だが、毎日決まったメニューしか出さないので生徒達から不満の声が出ていた。しかし、街中の学校が共同で出資して、生徒達を保護する目的で設立された為に安いメニューを揃えているので、文句を言いつつも利用する生徒は多い。
 アップルパイにサプライズミート、ジンジャークッキーと、普段食べられない物でお腹を満たし、ハニーミルクで喉を潤すイェーガーとアルフリード。
「実は、ここの食堂は一度も利用した事がないんです。ケンブリッジには、初仕事の救援で来ただけですから‥‥(あの時は力が無かった‥‥もっと力があれば‥‥)」
 イェーガーの手にアルフリードは手を添えた。いつの間にか悲愴めいた表情を浮かべていたようだ。
「何があったかは知らないけど、大丈夫、こうしてバンシーのあたしに付き合ってくれてるんだもの」
「ありがとう」
 イェーガーはその手を取ると、指を絡めるように手を繋ぎ、街の南東にある小高い丘へと続く道『レジェンド・ロード』を歩いて、丘の上から夕日に真っ赤に染まるケンブリッジの全景を見渡したのだった。
「思い出は残せそうですか?」
「うん。後は‥‥」
(「あ、あの‥‥」)
 アルフリードはおもむろに唇を触った。その仕種の意味するところは分からないが、アルシャにもアルフリードの動悸が伝わってきており、慌てたのだった。

●別れの秋(とき)
「“それ”ってキスの事だよね?」
(「キ、キスですか!?」)
 アルシャが我が侭を言って、アルフリードの親友のところへ行き、聖夜祭の準備を手伝っている時に、チカが単刀直入に聞いた。その反応を見る限り、アルシャはまだだった。
「あたしはもうした事あるからいいよ」

(「‥‥とは言ったけど‥‥したのはお姉ちゃんとなんだよね。ちょっと緊張する」)
 アルフリードが憑依しているチカの目の前にはジョセフの姿があった。アルフリードは彼を選んだのだ。
 あくまで優しく、羽のように接吻を交わすと、チカの身体から光の粒が漏れ始めた。
「正直、私は君が他人に迷惑をかけないなら、成仏する必要はないと思う。留まりたければこちらに留まってもいいんだぞ?」
 ジョセフの言葉にしかし、アルフリードの姿を取る光の粒達は首を横に振った。
「それではアルフリードさん、あなたの御霊が迷う事なくセーラ神の御許へ行けますよう願っています」
 ラスが聖印を切ると、チカの身体から抜け出たアルフリードは頷いた気がした。
「セーラ様の御許で素敵な相手とデートができるといいですね」
 イェーガーは消えていったアルフリードの御霊の光を、感慨深く見上げていた。その横ではアルシャが讃美歌を口ずさみながら素直にそう思っていた。
「アルフリードお姉ちゃん、『今度は“それ”の後が』‥‥とかいって、また出てきたりは‥‥しないよね?」
「それはないと思います」
 チカの言葉にイェーガーはアルフリードの満足した笑みを思い浮かべてはっきりと答えた。チカの手にはアルフリードの墓のある実家へ送るファー・マフラーが握られていた。

「ごめんね、やっぱり、僕は泣けないみたいだ‥‥生きていたい未練のある人が死んで、死んだっていいやって思ってる奴が生きてる‥‥かみさまっていうのは意地が悪‥‥」
『そんな事ないよ。きっとあんたにも‥‥』
 寂しい笑顔で見送った後、一人、帰る映二の耳元にアルフリードの声が聞こえた気がした。