新春餅つきは1人1G!?

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:15人

サポート参加人数:5人

冒険期間:01月06日〜01月11日

リプレイ公開日:2005年01月16日

●オープニング

 キャメロットは聖夜祭の興奮に包まれていた。
 教会ではミサが行われ、クレリックや神聖騎士達は賛美歌を唄う。
 街角では吟遊詩人達の奏でる曲に合わせて人々がウインターエールの入ったジョッキを片手に唄う。
 子供達はこの日の為に木細工や蝋細工、金属のメダルで飾られたツリーの周りをくるくると走り回ってはしゃぐ。
 皆、聖人ジーザスの誕生と、新しい年の到来を祝っていた。

 その喧噪は冒険者街にも聞こえ、棲家のある通りで明日売る豆腐の仕込みをしている元・志士、仁藤高耶の耳にも入っていた。
 彼女の水の精霊魔法は専門の域だが、いかんせん豆腐作りには大量の水が必要だ。立て続けにクリエイトウォーターを使う為、仕込みが終わる頃には息が上がっている事もザラではない。
 だが高耶には、豆腐作りの疲労とは関係なく、聖夜祭が他人事のように思えた。
 ジャパンに聖夜祭の慣習が入ってきたのは最近の事で、ほとんど馴染みがないのだ。
「年が明ける前から正月を祝っているのであろう。エゲレス人は気が早いものだな」
 というのが高耶の聖夜祭の認識である。

 聖夜祭とは無縁の高耶は、今日も今日とて市場へ出掛けると、普段豆を仕入れている露天商ではなく、馬車の荷台に商品を並べている露天で、珍しくも懐かしい物を見付けた。彼女は興奮冷めやらぬ感じでそれに近付いた。
「こ、米ではないか!? しかも餅米とは!?」
 月道を通ってジャパンからイギリスへ、ジャパン料理を広めに来て早半年。それは久方ぶりに見た米俵だった。
 店主に聞くと、ジャパンの食材を貴族に売った、その売れ残りだという。
 月道による貿易の発達により、ジャパンの品物がイギリスに輸入されるようになったが、人気があるのは貴重品や、調味料や茶葉といった食材だった。
 月道使用料を考えると庶民には手の届かない値段になるので、かさばる物はたくさん運べないので割に合わず、普通の商人達は貴族に喜ばれ、小さくて高価な品が選ぶのは必然である。
 ただ、今回、店主はたまには変わり種も面白い、と今年収穫された餅米を輸入したのだが、ものの見事に売れ残ったのだ。
 そのお陰で高耶の目に留まったのだが‥‥如何せん、その値段においそれと買う事はできなかった。
 月道使用料を上乗せされたジャパンの品は、ジャパンで買うより5〜20倍の値段が付いてしまう。
 例えば、ジャパンで10Cあれば食べられる握り寿司をキャロットで食べようとすると、安く見積もっても50C、下手をすれば2Gという、リカバーポーション2個分に相当する高額な食べ物になってしまうのだ。
 餅米にも多分漏れず、ジャパンの相場の20倍の値が付いており、高耶も躊躇していた。
 だが、餅というジャパン人の琴線に触れる食材に抗う事ができない高耶の脳裏にある考えが閃くと、店主と交渉し、遂に餅米の俵を手に入れたのだった。

 高耶は米俵を棲家に置くと、休む間を惜しんで冒険者ギルドを訪ね、依頼書を書き始めた。 
「拙者と同じく、正月に餅つきをして餅を食べたいジャパン人はいるじゃろう。エゲレス人の中にも餅という未知なる食べ物に魅力を感じる者がおるかもしれん。申し訳ないが、餅を買ってもらおう」
 要するに“共同出資”である。苦肉の策として高耶は手持ちの金(今月の生活費の大半)で手付け金を払って餅米を購入し、ついた餅を買ってもらう事にしたのだ。
 餅は1Gと少々高いが、餅つきをしてもらったり、ジャパンの正月の遊びを楽しんでもらおうと思っていた。
「問題は杵と臼じゃが‥‥これはエゲレスにある物で代用するしかないかのぉ」
 高耶は杵の代わりにハンマーを、臼の代わりにミドルシールドを裏返して使うつもりだった。
 その時、その話を耳にした1人の冒険者が、杵や臼が木製なら造れる人も一緒に声を掛けてみてはどうかと提案した。
「おお! そうじゃな。木工工作が得意な者も是非来て欲しいのじゃ」
 その旨を書き込み、高耶は完成した依頼書を貼り出したのだった。

『新春を迎える餅つきに参加する同士求む! 木工工作が得意な者は歓迎する』

●今回の参加者

 ea0110 フローラ・エリクセン(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0263 神薙 理雄(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2722 琴宮 茜(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2929 大隈 えれーな(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3468 エリス・ローエル(24歳・♀・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5147 クラム・イルト(24歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7804 ヴァイン・ケイオード(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9412 リーラル・ラーン(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

レイジュ・カザミ(ea0448)/ シーヴァス・ラーン(ea0453)/ シーン・オーサカ(ea3777)/ ガイン・ハイリロード(ea7487)/ セオフィラス・ディラック(ea7528

●リプレイ本文


●モチはジャパンのモンスター?
 約2週間続いた聖夜祭も終わり、人々は日常へと戻る。お祭りムードだったキャメロットの街中は、新たに迎えた神聖暦1000年という年をゆっくりと歩み始める。
 しかし、冒険者街にある豆腐売りの元志士、仁藤高耶の棲家はこれからニューイヤーパーティを始めるかのような慌ただしさの中にあった。
「始めているようですね。高耶さん、新年快楽、今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとうですの。待ちに待ったお餅つきですの。やっぱり、お餅を食べなければお正月は始まりませんの」
「翠漣殿、シーヴァス殿、理雄殿、あけましておめでとうなのじゃ」
 高耶は棲家の前の通りに石で組んだ竃を造り、火を炊いていた。竃の上には既に水が張られた鍋が掛けられていた。
 夜桜翠漣(ea1749)はシーヴァス・ラーンを伴ってやってきた。翠漣は朝市で仕入れたラディッシュ(大根)を、シーヴァスは翠漣の棲家にあった蒸籠(せいろ)を持ってきていた。
 偶然、一つ前の辻で翠漣達と一緒になった神薙理雄(ea0263)は、久しぶりに見た米俵に目を奪われ、早く餅を搗(つ)きたくてわくわくしていた。
 理雄は底の抜けた桶と布巾を持っていた。桶に布巾を被せれば充分、蒸籠の代わりにもち米を蒸す事ができると思ったのだ。
「シーヴァス殿、済まぬが火を使っている」
「久しぶりの抱擁はモチとやらができたからか」
 シーヴァスは久しぶりに会った高耶に、熱烈な抱擁で挨拶をしようとしたが、もっともな理由であっさり断られてしまった。
「こちらにある石をお使い下さいな」
 翠漣と理雄が手伝おうと華国服と装束の袖を捲ると、高耶の棲家の中から大隈えれーな(ea2929)が入り口近くに積んである石を指した。
 えれーなは3人より早く高耶の下を訪れると、台所を借りて雑煮を作り、並行してソラマメを茹でていた。
 朝市で買ってきた鶏肉と、ジャパンからの月道輸入品である鰹節との合わせ出汁(だし)の食欲を唆るいい香りが、翠漣と理雄の鼻孔をくすぐった。
「ソラマメは茹で上がったら荒く潰してお餅と和えますね」
 えれーなは微笑みを浮かべて火元へと戻った。
「今日はよろしくお願いします」
「アケマシテオメデトウゴザイマス‥‥ですよね? ジャパンの新年のご挨拶」
 続いて、神聖騎士の礼服に身を包んだエリス・ローエル(ea3468)と、水晶のティアラを着けたエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)がやってきた。
 この時期は神聖騎士の務めで教会のミサに出席する事が多く、エリスのこの服装もその延長線上だった。
 エヴァーグリーンは聖夜祭という事で、ちょっとお粧ししているようだ。ちょこんと頭を下げて、ジャパンの新年の挨拶が間違っていないかどうか上目使いに聞く仕種は、抱き締めたくなるほど愛らしかった。
「あけましておめでとうなのじゃ。エヴァーグリーン殿、間違ってはおらんよ。エリス殿、先日は世話になったのじゃ」
「よかったです。七夕以来ですね‥‥もう、オモチを作り始めているのですか?」
「聖夜祭ではわたくしもお世話になりました」
 合っていると分かると、エヴァーグリーンはにぱっと花のように顔を綻ばせ、高耶の後ろにある蒸籠と米俵に興味津々の視線を向けた。エリスも見慣れない料理道具に目線を移すが、彼女は挨拶を優先した。
「お料理好きとしては、覚えておく事に越した事はないですの」
「おはよう‥‥ございます」
「タカ、タナバタの時以来やな。おひさー☆」
 エヴァーグリーンは羊皮紙を取り出して餅つきの準備から手順をえれーなに聞いて事細かにメモし、エリスと高耶が聖夜祭の話で盛り上がっているところへ、フローラ・エリクセン(ea0110)とシーン・オーサカが顔を出した。
 シーンの手はフローラの腰に添えられ、フローラはシーンの豊満な身体に寄り添っていた。
「あけましておめでとうなのじゃ。正月から仲がよい事はいい事じゃな」
 仲睦まじいように見えるが、2人はジーザス教の教義では禁断の恋人同士だ。その事を知っているのはごく限られた者だけだが、高耶は女性同士の友情に見えたのかも知れない。
「ありがとう‥‥ございます。これ‥‥お餅に挟んで、食べようと思って‥‥酒場で買って来ました、ので‥‥皆様で、どうぞ‥‥」
 普段からローブに包まれ、日焼けしていない白い肌を真っ赤に染めながら、高耶にお礼を言いつつ、フローラは冒険者の酒場で調達してきたローストビーフのブロックとローストチキン丸々1羽を差し出した。
「‥‥ふむ、餅に挟んで食う‥‥か。イギリス人は面白い事を考えるな。俺達じゃ思い付かないだろうな」
 フローラの後ろから琥龍蒼羅(ea1442)の感心したような、愉しそうな声がした。
 突然の事に彼女は魔法少女のローブの腰紐に挟んでいた魔法少女の杖を振り翳そうとするが、蒼羅の脇に抱えていた木の棒に阻まれてしまう。
「‥‥驚かせるつもりはなかったんだがな。悪い」
「誰でも後ろから声を掛けられれば驚きますよ。高耶さん、ただいま」
 台詞とは逆にあまり謝っていないように見える蒼羅を、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)が子供に言い聞かせるように軽く嗜め、フローラをフォローした。
「アクテさんのお陰で、良い木が手に入りました。蒼羅さんに見てもらったのですが、キネとウスを造るのは、このくらいの大きさでいいのですよね?」
 リーラル・ラーン(ea9412)が蒼羅の抱える木の棒と、セオフィラス・ディラックが担ぐ丸太を交互に指した。
 高耶は最初、杵の代わりにハンマーと、臼の代わりにミドルシールドを裏返して餅つきをしようと思っていたが、木工工作に明るいリーラルが杵と臼を造ると申し出たのだ。
 リーラルは蒼羅とアクテ、セオフィラスと市場へ繰り出し、木材を買ってきた。蒼羅から大まかな杵と臼の大きさと形状を聞いて適した木材を選び、アクテが品定めをして、「聖夜祭中ですから」と値切ったのだ。
「キネはハンマーを、ウスは石臼をベースに造ればいいのですよね? 私の腕でどこまでお役に立てるか分かりませんが、先ずは必要な部品から造りますね」
 高耶の棲家に来た当初は、碧眼に緊張の色を隠せなかったリーラルだったが、蒼羅やアクテ達と買い物をする内に少しずつ打ち解け、今では金糸の如き緩やかに波打つ髪を軽快に揺らしながら作業を始めていた。
 ‥‥時々、何もない所で転ぶのが難点で、蒼羅は目を放せないのか、そのまま杵と臼の制作に付き合う事にした。また、杵は木製のハンマーだからと、鍛冶に明るい理雄とアクテ、罠作成にはちょっとうるさいアンドリュー・カールセン(ea5936)と噛っている翠漣が手伝った。
 その間の蒸籠の火の番はエヴァーグリーンとフローラ、シーンが交代した。

「ところでモチ、とは何ですか?」
「オモチ? あー、うん、新年に作られるジャパンの保存食と聞いた事がありますのです」
 身近な食べ物から類推できず実感が涌かないエリスは、エヴァーグリーンに訊ねた。しかし、彼女も吟遊詩人として聞き及んでいたが、実物は見た事がない。
「俺達も物好きだよな。演奏のバリエーションが増える切っ掛けになればいいが‥‥本当にそのモチとやらは美味いんだろうな?」
「さぁ? 俺は覚えていないし‥‥まぁ、高耶さんが共同出資で手に入れたい程高い物だから、おそらく美味しいだろう‥‥何だ、その疑いの眼差しは?」
 エリスの言葉を耳にしたガイン・ハイリロードは、えれーなを手伝って一緒に野菜の皮剥きをしている閃我絶狼(ea3991)に聞いた。だが、絶狼はジャパン人とはいえ、ジャパンにいた時の記憶を失っており、前に高耶と共に食べた料理を思い出しながら、餅も美味いだろうと答えた。高耶と面識のないガインは彼ほど信じられず、絶狼をジト目で見ると、絶狼は頬を掻きながら苦笑した。
「さてさてオモチかぁ。ジャパンでは普通の料理なんだろうけど、ガインの言う通り、こっちでは物珍しいからね。今からできるのが楽しみだよ♪」
「高耶さんから色々お聞きしたのですが‥‥何でも、ジャパンのモンスターで、食べると大層美味しいとか? だから倒して食べるのですが、剣や拳は効かず、打撃攻撃しか有効ではないとの事です」
「なるほど。モチがジェル系に近いモンスターだとすると、確かにハンマーなら叩き潰せるから利に適っているな。モチを完膚なきまでに叩き潰し、それを食すとは‥‥ジャパンの新年は戦いから始まるのだな」
 火の番を交代したアシュレー・ウォルサム(ea0244)が、鼻歌を唄いながら新しい薪をくべた。“霧の都”の異名を持つキャメロットだが、今日は天気の恵まれ、久しぶりに日向ぼっこができて上機嫌のようだ。
 その隣でリーラルの手伝いをしながら杵の特徴を覚え、ハンマーを加工していたアクテが高耶から聞き噛った知識を披露すると、アンドリューがモンスターの知識と照らし合わせて納得した。
「餅つきってのはあれだろ。モチゴメとかいうジャパン産の小麦をパン状に練って、キックの他にハンマーを使ってもいいから、地面に落とさないように蹴ったり、叩き飛ばし続ける時間が長ければ長い程、1年無事に過ごせるという、ジャパンの伝統行事」
「でも、それならウスはどう使うのかな? モチをつく、というからにはレイピアとかで突き刺すと思うんだよね」
「フットボールのゴールみたいなものだろう。伝統行事っていうくらいだから、去年の落とさなかった時間が記録してあって、それを過ぎたらウスの中に入れてゴールになるんだ」
 ヴァイン・ケイオード(ea7804)がアシュレーに突っ込まれつつ、もっともらしい説明をした。アシュレーやアンドリューは思わず「なるほど」と唸った。
「それは蹴鞠のルールとごちゃまぜになってますよ。お餅とお餅つきというのはですね‥‥」
 えれーなから雑煮を任され、出汁の具合を見て味を整えた後、聞いていた琴宮茜(ea2722)が餅と餅つきについて、正しい説明した。
 茜はふわふわっと雲のように柔らかそうな銀色の髪をレインボーリボンで束ね、志士の羽織の代わりに着ている巫女装束は、長い袖が料理を作る邪魔にならないよう聖心のたすきを掛けていた。
「‥‥何ぃ、思いっきり違ったのか!? ちぃ、巫女の間違った知識といい、何処まで嘘ばかりなんだ、俺が知っているジャパンについての記述は‥‥」
 普段は冷静沈着なヴァインだが、茜から聞く餅や餅つきの知識、そして彼女が纏っている巫女装束を見るにつけ、自分のジャパンに対する知識が如何に湾曲していたかを知ると、思わず崩れ落ちた。
「まぁ、俺達は月道を介してのみジャパンの文化を知るからな。歪んでいたり、噂が噂を呼ぶ事もあるだろう。良い機会だから、茜達からジャパンの文化を直接学べばいい」
 クラム・イルト(ea5147)はレイジュ・カザミと一緒に料理を手伝いながら、茜から餅やジャパンの料理について聞いていた。
 彼女も神聖騎士なので礼服を纏っていたが、それは黒衣で男物だった。男装の麗人という言葉が相応しいが、血のように赤い髪をうなじで束ねるレインボーリボンがクラムが女性である事を密かに主張していた。
「ヒートハンドも有効との事でしたが、後から食べる事を考えると、やはり打撃攻撃がよいですね‥‥でも、倒しきれなかった時にはやはりヒートハンドで‥‥」
 極1名、茜の説明を聞いても尚、勘違いし続ける者がいた。

「これはどうでしょう?」
「柄が細いな。振り上げたら折れてしまうだろう。柄は楕円形が握り易くていい」
「こちらはどうですか?」
「頭に柄を入れる穴は、柄の方を楕円穴、反対側を四角穴にすると緩みにくくなる」
「できました! これが、杵、ですね!!」
 リーラルは蒼羅から助言をもらい、杵を完成させた。柄の先端にリーラルが愛用しているスタッフのような意匠が掘り込まれているのは愛嬌だろう。
「面の凹凸を取っておいた方がいいかしら?」
「合わせて槌は角を取っておかないと、盾が傷つきますのね」
 アクテと理雄、翠漣とアンドリューもハンマーとミドルシールドの加工を終え、杵と臼が3組、出来上がった。
「モチゴメは丁度‥‥の、ようです‥‥」
「ソラマメもできましたよ」
「お雑煮もいいお出汁が出ています」
 フローラとえれーな、茜も料理の下拵えが終わり、いよいよ餅を搗く事になった。

●手を搗いたらリカバーでは済まない気も
 高耶が蒸したもち米を、蒸籠からできたての臼の中へと入れた。もち米から白い常軌が立ち上り、米独特の香りが辺りに漂った。
「‥‥あら、動きませんわね?」
「これが蒸したモチゴメというジャパンの小麦だな? これをハンマーで擦り潰せばモチになるのだな?」
「高耶さん、私達で簡単に手本を見せた方がいいですね」
「‥‥そうじゃな」
 アクテと絶狼のもち米の第一印象を聞いた翠漣と高耶は、杵を持ち、手を水で濡らして臼の傍らに控えた。
「餅を搗く時は、最初に杵でもち米をこねるように潰します。杵は何度か搗いたら頭をお湯に付けて、もち米がひっつかないようにして下さいね」
「餅を返す側は、もち米は蒸し立てて熱いからな、火傷をしないように注意するのじゃ」
 “ぺったんぺったん”
 翠漣がリズミカルに杵を振り下ろし、高耶が餅を返す。急造コンビだがなかなか息の合っている。
 やがてもち米の粒々がなくなり、餅が搗き上がった。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おお〜!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
 全員から歓声が上がる。
 搗き上がった餅は机の上に運ばれ、茜がロッドで四角に伸ばしてゆく。
「これがジャパンの餅というものですか‥‥確かに搗きたての時はジェル系のモンスターに似ていますね」
 エリスが感心し、エヴァーグリーンは一連の作業を羊皮紙にメモしてゆく。
 その間、もう1つの蒸籠のもち米が蒸し終わったようだ。
「ふっふっふ‥‥“葉っぱ男(レベル4)”の出番のようだね!」
 レイジュは不敵に笑うと、気合いと共にレザーアーマーとマントを脱ぎ捨て、葉っぱ一枚姿になった。全身に鳥肌が立ち、見ている方が寒いくらいだが、本人は顔に不敵な笑みを浮かべ、翠漣から杵を受け取った。
「振り下ろすタイミング、間違えたらただでは済まさんぞ」
「大丈夫。歌を唄って搗けば、リズミカルにもなるさ‥‥多分‥‥」
「‥‥お餅ではなく、パートナーを搗くとは思いませんが、皆さん、怪我をしたら遠慮なく仰って下さい」
 レイジュの最後の独白に一抹の不安を覚えたエリスは、茜が用意した敷物の一角を借りると、『怪我人はここに集合』と看板を立て、ヒーリングポーションを用意した。
「大口を叩くだけの事はあるな」
 レイジュは『凄いぞ葉っぱ男♪』(作詞・作曲:レイジュ・カザミ)を笑顔で熱唱しながら杵を振り下ろしつつ、返すクラムの事を考え、彼女が熱いもち米に手間取っているときちんと待つ事も忘れなかった。
 ちなみに、『凄いぞ葉っぱ男♪』は現在4番まであるらしい。

「まぁ、本当の事を聞けたからいいさ。気を取り直して餅を搗くよ。先に言っておくが‥‥手を搗いても笑って許せ」
「私の手を搗けたら考えましょう」
 桶に布を被せたもち米が蒸し終わると、ミドルシールドの中に入れられた。
 ハンマーを持つヴァインはとても爽やかな笑みを浮かべてとんでもない事を言うが、相方のえれーなも上品な微笑みでさらりと受け流した。
 ヴァインの先制攻撃は、いきなりミドルシールドの淵を叩き、『カウンターアタック』よろしく手が痺れてしまう。やはり格闘は射撃のように上手くいかない。
「最初のうちはもっと柄を短めに、ハンマーの頭の近くを持ち、振り上げるのではなく、小刻みに叩くようにしてみて下さい」
「こうか? ‥‥おお、ちゃんと搗けるぞ!」
 えれーなの的確に助言でヴァインはペースを徐々に上げていった。

「最初は搗かずに全体の米粒を擦り潰して‥‥」
「こんな、感じ、かな? ‥‥杵って意外と重いね」
 茜の助言を聞きながら、翠漣の見様見真似でもち米を擦り潰すアシュレー。なかなか筋はいいようだ。
「今から搗きますけど、搗く間は私が『はい』って言ってから搗いて下さいよ。間違っても私がこねてる間に搗かないで下さいね」
「レイピアで突かないのは分かったけど、こねるって、料理にコネクション作ってどうするの?」
「いえ、そのコネではなく‥‥パンと作り方は同じですよ」
 茜はちゃんと説明するも、アシュレーはマイペースに質問してくる。彼女はアシュレーにとって身近なパンで説明すると、分かったようだ。
 やがてリズミカルな餅を搗く音が聞こえ始めた。

「はい」
「よ!」“ぺったん”
「はい」
「ほ!」“ぺったん”
「はい」
「は!」“ぺったん”
 翠漣の掛け声に合わせてシーヴァスはハンマーを振り下ろす。
『いいですか、餅つきは搗く人と返す人の真剣勝負です。油断してはいけませんよ』
「真剣勝負か‥‥餅つきは恋愛に似ているな‥‥」
 翠漣の助言が効いているのか、シーヴァスは彼女と息を合わせ、純粋にやり取りを楽しんでいるようだ。

「アクテ、その格好は?」
「折角ですから、高耶さんにお借りしたのですわ。似合いませんか?」
「いや、似合っているぞ」
 高耶の棲家から出てきたアクテは着物姿で、セオフィラスは新鮮な驚きを隠せなかった。
 アクテと高耶の身長差は10cm弱で、高耶がジャパンから持ってきた着物をアクテは着る事ができた。
「はい、私が杵に加工したハンマーですわ。私を叩かないで下さいね?」
「これでモチゴメという穀物を潰すのだな。まぁ、体力には自信があるし、姫君を傷つけるようでは騎士として失格だ」
 セオフィラスは神聖騎士の叙勲よろしく、ジャパンの姫と見紛うアクテからハンマーを恭しく賜ると、お互い声を出してリズムを合わせ、搗き始めた。

「‥‥相手がいないなら、俺と組むか?」
「はい! よろしくお願いします」
 蒼羅は餅つきに参加しようと、辺りを見回していたリーラルに声を掛けた。
 考えてみれば今朝、高耶の棲家に来た時から蒼羅とリーラルはほとんど一緒に行動しており、彼女の緊張も最初の頃に比べればほとんどなくなっているようだ。
「‥‥昔、何度かやっているから、分からない事があれば聞いてくれ」
「はい。こねたり搗いたりすると、このお米がお餅に変身するんですよね?」
「‥‥まぁ、そうだな」
 リーラルは杵を持った当初は重くてふらついたものの、そこは自分が作った作品。重心のバランスを考えて柄を持ち、リズミカルとはいかないが、ゆっくりと搗き始めた。
 蒼羅も合いの手を入れながらリーラルが搗き易い方へもち米を移動させる。
「お餅って凄いですね! 伸びるんですね! みにょ〜〜〜〜〜んって!」
「‥‥食べてみるといい。この歯応えが美味しさの秘訣だ」
 搗きたてのお餅を興味津々に見つめ、突いたり、手に取って伸ばすリーラル。限界まで伸ばして切れた餅を、蒼羅が食べるよう勧めた。
「何か‥‥噛み切れませんけど‥‥?」
「‥‥そうか? なら飲み込めばいい」
 蒼羅も千切って口の中に放り、先に飲み込むと、リーラルも真似をして飲み込んだ。意外とあっさり喉を通ったようだ。

「ジャパンには変わったものが沢山あるのだな。とにかくやってみよう」
「折角だからジャパンの新年の過ごし方とやらを楽しませてもらおう」
 こちらは絶狼とガインのコンビだ。
「片一方がモチゴメを混ぜて、もう一方が叩けばいいのか‥‥手は叩かないようにするからな」
「おい!」
「冗談だ」
 剣よりも楽器の方が性に合っているガインは、持ち前のリズム感を活かして絶狼をしっかりサポートした。
(「‥‥不思議だな。初めて搗くはずだが、初めての気がしない‥‥」)
 絶狼はハンマーの持ち方といい、最初のもち米のこね方といい、何となく手慣れた感じだった。
 実際搗いてみると、ミドルシールドの淵は全く叩かないし、ガインが返すのに手間取っていても、それを待つ余裕すらあった。
「本当に初めてなのか?」
「‥‥多分。自信はないがな」
 考えてやっているのではなく、身体が自然に動いたような感覚だった。

「べたべたするですのぉ‥‥え? 素手で触るんじゃなくて、テーブルやロッドに付けてあるお粉を手にまぶしてからですのぉ? あ、くっつかないくっつかない♪」
 今のところ危惧していた怪我人はなく、エリスは一緒に次々と運ばれてくる餅を食べ易い大きさに千切って丸め、エヴァーグリーンはロッドで四角に伸ばす作業に集中できた。
 ロッドには付かないのに、手にべたべた張りつく餅にエヴァーグリーンが苦戦していると、搗き終わった茜が小麦粉を付けよう助言した。
 同じく搗き終わった者達は千切って丸めるのを手伝い、翠漣はそれらが硬くならないようお湯の中に入れていった。
 また、えれーなは雑煮の仕上げに取り掛かり、茜はお茶の用意を始めた。

「わわ!? フロー、うちが支えなくても大丈夫か?」
「何とか‥‥なりそう‥‥でも、ないかも、です‥‥」
 シーンの悲鳴にも似た声が聞こえた。ヴァイン達が搗く姿を見て面白そうだと思った彼女は、ハンマーを手に挑戦したのだが、見るのとやるのとでは全然違い、体力のないフローラは頭の部分でもち米を擦り潰すだけで息が上がっていた。
「‥‥えぃ!」
(「‥‥痛!? でも我慢や」)
 最初の一撃はシーンの手の甲を掠めたが、彼女は笑顔のままぐっと堪えた。
「‥‥やぁ! あああああ!?」
「ど、どこ行くんや!?」
 二撃目は振り上げた途端、重さで後ろへよろけてしまう。
「‥‥とぉー! ひぇぇぇぇぇ!?」
「い、今、取ってやるで! ん? この小さくてコリコリした奴か? 張りっ付いたのかなかなか取れへんな」
「‥‥あぁ‥‥シーンさん‥‥そ、それはお餅、ではなく‥‥はぁはぁ‥‥わ、私の‥‥あう!」
 三撃目はハンマーの頭に付いた餅がミドルシールドから引っ張られ、シーンが取ろうとした時には切れ、その欠片がフローラの胸元に入ってしまう。
 シーンは躊躇う事なく彼女の胸元に手を突っ込んで餅を取ろうとしたが、同じ弾力性のあるものでも違うものを掴み、摘み、こね、弾いたりした。その度にフローラの口から熱い吐息が漏れ、最後には顎が反り上がって身体を弓なりになり、へたれ込んでしまった。

「ほいせ!」
「‥‥ん!」“ぺったん”
「ほいせ!」
「‥‥は!」“ぺったん”
「ほいせ!」“めきょ”「めきょ!? きゃ〜〜〜〜〜! 手首の感覚がありませんのね〜〜〜〜〜!?」
 理雄が合いの手を入れ、アンドリューが静かに気合いを発していると、変な音が聞こえた。見ると理雄の手が力なくぶらぶらと垂れ下がっていた。
「‥‥何!? 餅が襲ってきたのか!? く!? 身体に絡み付く‥‥」
 理雄の返しがなくなった為、ハンマーの頭に餅が付いてしまい、ミドルシールドの中に残った餅と伸び合って、アンドリューに襲いかかってきた。彼は反射的に『オフシフト』で回避するが、餅の弾力の方が早く、アンドリューの身体に絡み付いてしまう。
「‥‥これなら‥‥」
 アンドリューは『カウンターアタック』で餅を押し戻そうとするも、餅の束縛はますます酷くなるばかりだ。
「今、使い慣れたコレで取りますのね♪」
「待つのじゃ! それで搗いた餅は流石に食べられないのじゃ!」
 エリスに『リカバー』を掛けてもらい、戦線に復帰した理雄はGパニッシャーを取り出すが、高耶が慌てて理雄を羽交い締めにして止めたのだった。
 その後、アンドリューの身体に絡んだ餅は、理雄が手で全て取ったのだった。

●「もちもちした食感」とはこういう事?
 先ず、エヴァーグリーンが四角に伸ばした餅を長方形に切り、男性は3つ、女性は2つ入れた雑煮をえれーなが配った。
「餅つき、お疲れさまなのじゃ。餅は沢山あるからたんと食べて、餅つきの疲れを癒して欲しいのじゃ」
 高谷が音頭を取ると、絶狼達は雑煮に手を付けた。
「どれ、早速戴こうか‥‥うん、このスープと餅を合わせたゾーニとやらはいけるな」
「スープの中に入れると、あれだけねばねばしていたのに、そうでもなくなるね」
 絶狼とアシュレーはあっさり完食した。
「おんや? このまぶしてあるのはさっき擦り潰していたソラマメかな? こっちは食事というよりはデザート感覚かねぇ」
「‥‥美味い」
 今度は、雑煮に沿えられていたソラマメ和えの餅を食べた。ちょっと蜂蜜が混ざっているようで、先の雑煮と相まってほんのり甘かった。
 絶狼の横ではアンドリューが、もし尻尾が生えていたらそれはもうぱたぱたと激しく振っているかのような、至福の表情を浮かべていた。
「お口直しにお茶をどうぞ」
 茜がジャパンから持ってきた茶道具とイギリスにあるもので淹れたお茶を勧める。先程、エリスがいた医療場所は、今は茜のお茶会の場だ。
「ジャパンでは他にどんな風にして食べてるんですかぁ?」
「やっぱりお餅には醤油が一番ですのね♪」
「大根おろしと絡ませて食べても美味しいですよ」
 エヴァーグリーンは焼いた餅に醤油を塗って食べている理雄と、ラディッシュを擦りおろして絡めて食べている翠漣に、調理法を聞いた。
「ショーユというものに付けると不思議な味がするんですね。リンゴとか蜂蜜とか持ってきましたけど、擦り潰して絡めたりしたらどうなるんでしょう?」
「‥‥林檎は微妙だが、蜂蜜は意外といけるな」
「ジャパンのモンスターは美味しいですわね。胡桃をまぶすのも美味しいですが、バターやチーズと一緒に食べても美味しいですわよ」
 醤油はイギリスの調味料にはないしょっぱさだが、餅と絡めると不思議と両方の味を引き立たせる。リーラルは餅が気に入ったようだ。
 蒼羅はジャパンでは食べないようなものを試した結果、リーラルに勧められた蜂蜜と、アクテに勧められたチーズとバターが意外といける事が分かった。
「‥‥餅自体は味気ないが、悪くはないな」
「本当に‥‥柔らかい、ですよね‥‥シーンさんと、どちらが‥‥」
 クラムはフローラが調達してきたローストビーフを挟んで食べていた。パンとは違う食感と味だが、餅自体がさっぱりしていてローストビーフと合った。
 フローラはそんな疑問に駆られ、左手で餅を触りつつ、右手で横で食べているシーンの豊満な胸に触り、思わず揉みしだいた。
 ――結論、シーンの胸の方が揉み心地も、弾力も、大きさも上、である。
「うーん、ローストチキンとも合うんだが、食感が不思議過ぎて噛み切り難いぞ、伸びるし」
「本当‥‥不思議な食感、ですよね‥‥お餅、の食感です、から‥‥もちもち、では‥‥ないでしょうか?」
「‥‥もちもち。そうだな。もちもちしているんだな」
 ヴァインは雑煮を食べたり、醤油を付けて食べたり、ラディッシュと絡めて食べたが、ローストチキンやローストビーフを挟んで食べるのが一番口に合っているようだ。
 餅と食感を掛けたフローラの言い方を、クラムは的を得ていると思った。

 高耶が食後に用意していたジャパンの遊びは、蹴鞠と双六だった。
「ちょっとした運動をしませんか? 馬上から矢を射って的に当てるを競うのです」
「流鏑馬(やぶさめ)ですね。ジャパンではそう呼んでいます」
 エリスが『騎乗シューティング』で競わないかと持ち掛けると、茜がジャパンでは流鏑馬と呼ばれていると教えた。
 ウーゼル流のエリスの他に、騎乗流派であるアルスター流のヴァインとアシュレー、我流ながら腕に覚えのあるアンドリュー、ジャパンの鍛錬という事で中条流の理雄と茜、佐々木流の蒼羅と絶狼、そして射撃を嗜んでいる十二形意拳の翠漣が参加した。
 フローラはまだ餅を食べており、エヴァーグリーンはえれーなと一緒にお餅帰り用の餅を作り、アクテはクラムとウインターエールを片手に観客を決め込んだ。
 リーラルが急遽、余った木材で造った的に、公平を期す為にエリスが用意したショートボウと駿馬を使い、馬上から合計10本の矢を放ってゆく。
 レンジャー陣が強く、アンドリューとヴァイン、アシュレーの勝負が拮抗したが、僅差でアシュレーが勝ったのだった。

 流鏑馬が終わると、全員分のお持ち帰り用の餅が出来上がっていた。焼けばすぐに食べられる代物で、2日分の保存食に相当した。
「今日は拙者のわがままに付き合ってもらい、感謝するのじゃ」
 翠漣とシーヴァス、理雄とエリス、エヴァーグリーンとフローラ、シーンと蒼羅、アクテとセオフィラス、リーラルとアンドリュー、絶狼とガイン、アシュレーとヴァイン、茜とクラム、そしてレイジュが挨拶をして帰路に付いた。
「きょ、今日はこれくりゃいにしといてあげましゅ〜‥‥」
「えれーな殿もお疲れ様じゃな」
 全員が帰った後、気が抜けたのか、えれーなは高耶の棲家の床にうつ伏し、そのまま寝息を立て始めた。高耶は彼女をお姫様だっこして運ぶと、布団に寝かせて労ったのだった。

●ピンナップ

夜桜 翠漣(ea1749


PCツインピンナップ
Illusted by 相塚友之