Thorn’s wood・Jealousy

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 58 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月09日〜01月19日

リプレイ公開日:2005年01月19日

●オープニング

 ――こんなにどす黒く、冷たい思いが私の中に芽生えるなんて、思いもしなかった。
 彼女と一緒にいれば、彼女と一つになれば、彼女を愛せば、私は幸せかと思っていた。
 でも、彼女を愛しても、一つになっても、私の心は満たされる事はなかった。
 いくら飲んでも喉が潤わないエールと同じ。後に残るのは、飲む前より強い渇き。
 もっと彼女を愛したい。
 もっと彼女に愛して欲しい。
 もっと彼女と一つになりたい。
 もっと彼女に私を求めて欲しい。
 彼女を愛し、求め、満たされているはずなのに‥‥私の心はキャメロットの街のように鬱蒼と霧掛かったまま、晴れる事はなかった。
 私、リムニアドは、その想いが、彼女、ヴィルデフラウに対する“嫉妬”だと気付いたのは、彼女を失ってからだった。
 そう、彼女は、私の愛したヴィルデフラウはもういない。
 ‥‥私は愚かだ。大切なものを失ってから、大切なものを失ったと気付くなんて‥‥。

 私と彼女はキャメロットより離れた山間の修道院にお世話になっている。
 私は父が勝手に決めて花嫁修行に来る事になっていたが、彼女は私を追ってきたのだ。
 ここでは彼女は本名である真田あやかを名乗り、クレリックとしての修行を積んでいる。
 そう、ヴィルデフラウとは彼女の本名ではない。ゲルマン語で『野生女』という意味らしいけど、初めて聞いた彼女の名前だから私にとってはお気に入りだ。
 2人でいる時は“ヴィルデ”と“リム”の愛称で呼び合っていた。
 彼女はニンジャ、というジャパンにおけるレンジャーのようなクラスで、セーラ様の奇跡とは縁がないらしいが、ミコ、という神に仕えるクラスを名乗って修道院に来たので、それは仕方がない。
 しかし、そこまでして私と一緒にいたいという彼女の想いは嬉しかった。
 私も昔はジーザス教徒だったけど、彼女を愛するようになってからセーラ様は信じていない。
 それは、女性同士の愛はジーザス教では認められていないから。
 それは、人間とジャイアントの愛はジーザス教では認めていないから。
 ここにいるのはあくまで花嫁修行のため。
 だからその日のお勤めが終われば、同室である私と彼女は、セーラ様に遠慮する事なく愛し合った。
 だって、ここにいるのはあくまで花嫁修行のためだから。

 貴族には敬虔なジーザス教徒が多い。私の父もそうだが、貴族達は教会へ寄付をし、その代わりに奇跡を授けてもらう。
 その一環として貴族令嬢達が妙齢を迎える前に、修道院で清貧に甘んじ、家事を身に付ける花嫁修行へ出す事も多い。
 もしくは、仲のよい貴族の屋敷へメイドとして出され、侍女や給仕の仕事を通じて花嫁修行をする。
 貴族令嬢達は、ジャイアントは見慣れていないようで、彼女は人気があった。
 最初は物珍しさかと思ったが、時が経っても彼女の人気は衰えなかった。
 それはそうだ。面倒見が良くて、優しい、私の彼女だもの。
「あやか様〜、ご一緒しても宜しいかしら?」
 また来た。確か‥‥フィディエルという、侯爵の娘だ。私のような花嫁修行ではなく、神聖騎士になるために修行に来ているそうだ。
 最近、何かと彼女に付き纏っていて、食事の時や毎日の祈りの時間には必ずと言っていいほど彼女の隣に居座る。
「ああ、いいよ。リムニアドもいいよね?」
「‥‥私はあやかが構わなければ‥‥」
 笑顔で聞かれたら、快く応じるしかない。
 彼女も彼女でフィディエルの甘えを許すから、フィディエルはますます近付こうとする。

 ‥‥彼女がフィディエルと一緒にいる時間が、だんだん私と一緒にいる時間を奪ってゆく。
 私から彼女を奪ってゆく。
 その内、フィディエルと一緒に食事を採ったり、お祈りをしたその夜は、彼女と愛し合う事をしなくなった。
 こんなに近くにいるのに、彼女の心は私にだけ向いていない、と思い始めてしまったから‥‥。

 そんなある日。彼女は修道院長に頼まれて、近隣の村の様子を見に行く事になった。
 教区の新年の寄進を募るためだ。
 この辺りは雪は普通だと思うが、最近になってオークロードやオーク戦士達の出没が噂されるようになった。
 そこで彼女に白羽の矢が当たったらしい。
 私は地の精霊魔法を多少なりに扱えるから、彼女に誘われた時は嬉しかった。
「そういう事なのね‥‥」
 でも、彼女の傍らにフィディエルの姿を認めた時、私の嬉しさは一気に冷めた。
 寄進を集めに行くのはフィディエルの仕事で、彼女はその護衛だった。
 このような状態で一緒に行ける訳もなく、私はしつこく誘ってくる彼女に
「勝手に行けば!?」
 と怒鳴り散らしてしまった。

 ――それから数日後。
 予定の日になっても、彼女もフィディエルも帰ってこなかった。
 雪に閉ざされてしまったとも、オークロード達に倒されてしまったとも囁かれるようになった。
 オークロードは好戦的で、人間と見れば集団で襲ってくるからだ。
 修道院では捜索隊が結成されたが、クレリックが多く、私としては心許なかった。
 だから修道院長にお願いし、冒険者を雇う事にした。

 私の愛したヴィルデフラウはいない。
 私は愚かだ。大切なものを失ってから、大切なものを失ったと気付くなんて‥‥。
 ‥‥お願い、生きていて‥‥。

●今回の参加者

 ea0412 ツウィクセル・ランドクリフ(25歳・♂・レンジャー・エルフ・フランク王国)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3542 サリュ・エーシア(23歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5386 来生 十四郎(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

クレア・クリストファ(ea0941

●リプレイ本文


●兵は迅速を尊ぶ
「修道院からキャメロットまでの距離と、修道院から村までの距離を考えると、俺達が修道院に着く頃には相当時間が経ってる事になるな」
「持ってる食料の量にもよるが、冬場は狩りの獲物は期待できねぇからな。それに寒さも加わるから、発見は早い方がいいぜ」
 ツウィクセル・ランドクリフ(ea0412)とオラース・カノーヴァ(ea3486)は、それぞれまるごとトナカイさんを着たり、靴の隙間に布を詰めて雪が入らない対策をして、準備を急いだ。
「あたし達もオラースお兄ちゃんとツウィクセルお兄ちゃんの後をすぐに追うよ」
 チカ・ニシムラ(ea1128)とクウェル・グッドウェザー(ea0447)がフライングブルームを先行する2人に差し出した。オラースはチカに「ありがとよ」と礼を言ったが、ツウィクセルはクウェルからひったくるように借りた。
(「ツウィクセルさん、焦っているのですね」)
 クウェルは彼の行動を善意的に解釈した。
「雪山は慣れていない奴が行っても、二重遭難になるだけだ。俺達が着くまで雪山の情報収集と簡単な捜索に留めろ」
 雪山に明るい来生十四郎(ea5386)が、先行する2人に念を押した。
「リムニアドさんが無茶をしないよう、少しでも休ませてあげて下さい‥‥この依頼書を見る限り、彼女は無理をしているはずです」
 十四郎の二頭の愛馬の内、駿馬に乗っているサリュ・エーシア(ea3542)は、依頼主のリムニアドと面識があった。彼女の性格と行動力を知っているだけに、リムニアドが捜索隊に加わり、ほとんど寝ずに遭難した巫女真田あやかと神聖騎士フィディエルを捜しているだろうと想像できた。

 ツウィクセルとオラースは魔力の続く限りフライングブルームを飛ばし、全速力で修道院を目指す。
 景色が草原から丘陵へと変わると、積雪も増し、辺りは白銀の世界一色に染まった。見た目こそ美しいが、この銀世界は生きとし生ける者の命を容赦なく奪う危険を孕んでいる。
「リムニアド、少しはお休みなさい」
「あやかを助けに行かないと! 私が助けに行かないと!!」
「今のあなたが行って何になるというのです!?」
「でも!」
 2人が修道院に着くと、入り口で防寒具を着た女性とクリレックの女性が押し問答をしていた。引き止められている事から、防寒具を着た女性がリムニアドのようだ。
「あんたがくたばったら、あやかとか言う奴も悲しむだけだぜ?」
 オラースは挨拶もそこそこ、間に割って入った。今は一刻も早く現状を知りたいからだ。
 彼らが依頼を受けた冒険者だと分かると、リムニアドの気が抜けたのか、その場に崩れ落ちた。
 彼女は自室へ運ばれ、ツウィクセル達はクレリックに案内されて中へ通された。クレリックはこの修道院を預かる司祭だった。
 暖炉の火が温かい礼拝堂で、オラースが現状と村までの道を訊ねた。
 この修道院には30余人が生活しているが、半分はリムニアドのように花嫁修行の貴族令嬢達だった。15人は捜索では役に立たない。
 司祭を含む残る15人はクレリックや神聖騎士で、中にはフィディエルのように見習い騎士もいるが、交互で捜索に当たっていた。
 村までの道はあるが、この雪で埋もれており、土地感のない者では分からないという。
 オラースはサリュ達を迎える準備に取り掛かり、ツウィクセルはリムニアドの部屋を訪れた。
 彼女は2つある簡素なベッドの1つに腰掛け、毛布を撫でていた。目の下にはくっきりと隈が浮び上がり、疲労の色は濃い。
「リムさん、無理はするな‥‥といってもそうそう聞けんよな。だが、俺達を雇う事を提案したのなら、自分一人が無理をしてもダメな事は分かっているはず。駆け出したい気持ちは、彼女を前にするまで大事に取っておけばいいさ」
 果たしてツウィクセルの言葉が聞いたのか、リムニアドは数日ぶりにまともな睡眠を取った。

●大切なもの
 翌日、十四郎を先頭にクウェル達が到着した。
 チカ達はオラースが沸かしておいた湯で手足を温めた後、リムニアドと顔を合わせた。一晩寝た事もあって、彼女は昨日とは別人のように清々しい表情を浮かべていた。
「リムニアドお姉ちゃん、久しぶりだね。2人ともきっと無事だと思うから元気出してね♪」
(「今度こそリムニアドさんやヴィルデフラウさんに光を導いてあげたいわ」)
 サリュはチカに続いて挨拶をしながらそう思った。聖職者である自分はリムニアドに嫌われていると思っていたが、雰囲気的にそうではないようだ。しかし、ジーザス教で禁忌とされている異種族の恋人達であり、更に同性愛者でもあるリムニアドとヴィルデフラウ――真田あやか――の心を救いたいという気持ちに変わりはなかった。
「修道院の近くは司祭様達に任せて、僕達は村寄りの場所を探しましょう」
 クウェル達は休憩もそこそこにリムニアドの案内で出発した。
「真田あやかは‥‥いえ、ヴィルデはニンジャで、雪山にも慣れているそうよ」
「真田、ねぇ。確か、雪上での訓練を積む忍者もいるという話を聞いた事があるな」
 修道院から離れたので、リムニアドは真田あやかの正体を明かし、オラースやクウェル以上の実力を持った忍者で、雪上での行動にも慣れていると話した。
 十四郎は修道院と村との中間辺りにキャンプの張り易い場所を見付けると、クウェルとチカがテントを張って拠点とした。
「僕とツウィクセルさんと十四郎さんとチカさん、リムニアドさんとサリュさんとオラースさんとクレアさんの二手に分かれて、交代で探索しましょう」
「あたし達が絶対無事に見付けるからね♪」
 クウェルがそう提案すると、十四郎とチカは早々に出発し、サリュやクレア・クリストファ達は夕餉の準備を始めた。
 ツウィクセルとクウェルはフライングブルームで上空から探し、十四郎は岩陰や木々が密生した場所の陰を重点的に探し、その後でチカが『ブレスセンサー』を唱えた。
「落ち葉や枯れ葉を布団代わりに掛けるだけでも寒さは凌げるが‥‥こう雪深いとそれも期待できないな‥‥ん?」
 目の良い十四郎は自分達とは別の足跡を見付けた。人間より大きくジャイアンとのものとも思えたが、形からして素足のようだ――つまり、オークの足跡。
「いくらヴィルデお姉ちゃんが強いからって、冷えきった身体じゃ満足に戦えないよね? ‥‥なるべく早く見付けないと‥‥戦闘なんかしてる余裕ないね‥‥」
 彼がモンスターの知識を引っ張り出すと、チカが真面目な顔でいった。『ブレスセンサー』では自分達以外、近くに息遣いは感じられなかった。
「オークの一団ですか? 僕は見ませんでした」
「そっちには行かなかったか」
 クウェルが先に合流し、後からツウィクセルがやってきた。ツウィクセルはオーク戦士の一団を見付け、動向を探っていた。

「大丈夫、彼女達は絶対無事よ」
「泣くな悔やむな! 絶対逢わせるわ」
 サリュが危惧した通り、リムニアドは居ても立ってもいられず、十四郎達の後を追おうとした。サリュはリムニアドの手を掴んで止め、クレアがぴしゃりと言い放った。
「‥‥私は慈愛の神の教えを忠実に守るのではなくて、出会った人の『心』や『想い』を守る事を第一に考えているの。確かに同性や異種族の恋愛はタブーだけど、人を好きになるのは理屈ではないし、その想いは純粋で尊いものだと思うわ。今更、こんな事を言っても許してもらえないかも知れないけど、私はあなた達2人の想いを応援したいの」
「‥‥いいえ、私はサリュ様は嫌っていません‥‥ただ、クレリックだから、私とヴィルデの仲を‥‥」
 サリュがリムニアドを焚き火の前に座らせると、自分の考えを語った。彼女もサリュ自身を嫌っている訳ではなく、その立場を警戒していたのだ。
「修道院にいた貴族の嬢ちゃん達も、声を揃えて捜しに行きたいっていってたぜ? ヴィルデフラウの人気振りはすげぇな」
「ヴィルデでは誰にでも優しいもの‥‥そう、誰にでも優しい、から‥‥あんなに近くにいながら、私は、ヴィルデの、気持ちを‥‥」
「まぁ、近すぎると見えなくなるものもあるわな」
「ヴィルデフラウさんが魅力的だから、フィディエルさんも側に居たかっただけよ。あなたの恋人なんだもの、素敵な事じゃない? 嫉妬は自分も彼女も悲しくなるだけよ」
 オラースは自分を責めるリムニアドの心を和らげ、サリュの一言が彼女の鬱積していた想いを吹き飛ばしたようだ。
 しゃくり上げていたリムニアドはそのまま号泣し、サリュは自分の胸へ誘って、優しく抱き締めたのだった。

 ツウィクセルやチカ、クウェルやクレアはソフルの実を食べて、フライングブルームや『ブレスセンサー』、『デティクトライフフォース』を使ったが、2日間、捜索は進展しなかった。
「こういう時は雪壕を造るんだがな‥‥!?」
 十四郎は不自然な形に埋もれた木の根元を見付けた。雪を払うと神聖騎士の鎧が見えた。
 彼は直ぐ様、全員に報せた。
「我に示せ、命の煌きを!」
 クレアが『デティクトライフフォース』を使うと、鎧の先にはジャイアントと人間の女性のような生命反応があった。
 鎧を退かすと、ヴィルデフラウとフィディエルが半裸で抱き合っていた。2人の上着を地面に敷き、鎧で木のうろの入り口を塞いで寒さを凌ぎ、お互いの身体を抱き合って温め合ったのだ。
「うに‥‥ヴィルデフラウお姉ちゃんすっごく冷たい‥‥あ、リムニアドお姉ちゃんに代わった方がいいかな?」
「私よりもフィディエルに頼む」
 ジャイアントの体力故か、ヴィルデフラウは衰弱こそしていたものの、十四郎が毛布で身体を包み、肩を貸すと自分で立つ事ができた。
 チカが防寒具やファー・マフラー、毛糸の靴下を着せようとすると、ヴィルデフラウはそれをフィディエルへ勧めた。彼女は衰弱しきっており、両手足は凍傷に掛かっていた。サリュが『リカバー』を使ってある程度回復させたが、本格的な治療は修道院へ運んでからだ。
 尚、村の寄進の中に食料があったのが生き長らえた理由だった。

「ヴィルデ‥‥良かった、無事で‥‥ごめんなさい‥‥」
「来てくれただけで、何も謝る事はない」
 恋人同士は人目を気にせず、熱い再会の抱擁をした。

「‥‥オークロードとは戦闘にならなかったが、見掛ける事が多かったじゃねぇか?」
「足跡から、おおよその行動範囲は分かったから、巣は突き止められるだろう」
「放っておけば被害が出るかも知れません。司祭様に掛け合って‥‥おっと!?」
 オラースは噂のオークロードと戦えなかった事に物足りなさを感じていた。十四郎はオークの足跡を見付けた場所をメモしており、行動範囲をある程度絞り込んだようだ。
 クウェルがオーク討伐を修道院に司祭に提言すると告げると、彼にフライングブルームが投げ返された。
「‥‥鈍い男だ。俺がどんな想いでこれを借りたか‥‥簡潔に言う、薬師の件は引き下がって欲しい。これは俺がこの依頼を受けた事から分かるように、君が人間だから言っている訳ではない‥‥分かるな?」
「薬師? ‥‥フリーデさんの事ですか?」
 ツウィクセルの言葉に首を傾げるクウェルだった。