「好き」という言葉
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月20日〜03月23日
リプレイ公開日:2005年03月30日
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●オープニング
「‥‥おはよう」
「はよー!」
「おはよう!」
「おはようさん」
「‥‥おはようございます‥‥」
魔法学校マジカルシードのとある教室に、生徒達の朝の挨拶が飛び交う。
「メル、おはよう。ボクより遅いなんて珍しいね。依頼でも受けてたの?」
「リラ、おはよう。放課後、話があるんだけどいいかしら?」
教室に入ってきたメルと呼ばれた少女が席に着くと、後ろの席の少女が肩を叩いてきた。彼女はメルの親友で女子寮でも同室の娘リラだ。
メルはふわふわっと雲のようにウエーブがかった見事な金髪を湛える、その人となりを一言で言い表せば“深窓の令嬢”という言葉がぴったりの少女だ。ストレートの銀髪で、どこか猫科の野生動物を思わせる、しなやかで活発そうなリラとは対照的で、初めて会った者はこの2人が親友という事に驚くという。
リラはメルの真摯な表情に、今はそれ以上聞かず、
「うん、放課後だね。学食でいいかな?」
「ええ」
とだけやり取りをして、バックパックから黒板とチョークを取り出して講義の準備に取り掛かった。
――放課後。学生食堂の片隅にリラとメルの姿があった。
リラはグレープジュースを、メルはホットミルクを頼むと、席に着いた。
メルは愛称で、名前はメルキュールという。彼女の家は代々ウィザードの家系で、メルも当然のように、幼少の頃からケンブリッジで精霊魔法を学んでいた。
リラと知り合ったのは、彼女が入学したドラゴンフォームのクラスと寮の部屋が一緒になったのが切っ掛けで、付き合いは1年そこそこだが、対照的だからこそ妙に馬が合うのか、自他が認める親友になっていた。
「あ、先にいっとくけど、お金は貸せないよ」
「分かっているわ。リラからお金を借りようなんて思っていないわの」
メルとの関係を改めて思い出しながら切り出すリラに、メルは溜め息をついて掌を差し出した。
「先日の夕食代、返してもらっていないわよね?」
「あ゛!?」
「この間、カフェテラスでコーヒー飲みたいってたわね?」
「い゛!?」
「今直ぐ錬金術の実験器具が欲しいとかで、都合を付けた事も‥‥」
「う゛!? ‥‥ごめんなさい。依頼の報酬が入ったらまとめて返すから、もう少し待ってね」
メルは指折り数えながら、リラに金を借りる必要がない事を説明した。リラは祈るような仕種で返済を待つよう頼むと、「別に構わないけど」といつもの台詞が返ってきた。
リラには錬金術の店『リラガーデン』を開店させるという夢があり、依頼の報酬のほとんどを開店資金に使ってしまうので、生活費をメルから借りる事が多かった。リラはきちんと返すので、メルも何もいわずに貸せるのだが。
「リラ、あのね‥‥」
そのやり取りで緊張がほぐれたのだろう。メルはホットミルクを一口、口の中に流し込むと、コップの淵を指でなぞりながらおもむろに切り出した。
「どうしてみんな、簡単に『好き』とか『愛してる』って言えるのかな?」
「え゛!?」
リラは思わず口に含んでいたグレープジュースを吹き出しそうになり、すんでのところで飲み込んだ。
「そ、それは、好きだからでしょ? 言わないと気持ちは伝わらないと思うけど‥‥」
「うん、それは分かってるけど。さらっと告白して、『好き』って言葉の意味は伝わるのかなって。愛を連呼しても、1つ1つの『愛の言葉』は軽くなるんじゃないかなって」
(「ボクはその手の話、疎いからな〜」)
恋愛経験のないリラは、さわりあたりない答えしか言う事ができない。
その時、彼女はメルが首に巻いているマフラーに気付いた。
「ねぇ、メルは編み物、得意だったよね?」
「ええ、一通りのものは編めるわよ。リラにも靴下を編んであげた事、あったわよね」
「ぬくぬくして助かってるよ。それで思ったんだけど、『編み物教室』を開いたらどうかな? その中で来た人にそれとなく聞いてみるの。中にはメルの知りたがってる答えを持ってる人がいるかもしれないし」
「編み物教室、ねぇ‥‥そうね、リラ以外の人からも意見を聞きたいな」
「教室の使用許可はボクが取っておくから、メルは毛糸とか用意してよ」
その足でリラは先生の元へ、メルはケンブリッジギルド『クエストリガー』の扉を叩いたのだった。
●リプレイ本文
●先ずは顔見せ
放課後のマジカルシード魔法学校の一室。
「料理とか、裁縫とかって、それ程得意じゃないんだよね」
「ボクもだよ。錬金術ならそこそこ自信はあるんだけどね」
「その錬金術のお陰で、この間も課題を忘れて、提出期限を延ばしてもらったのはどこの誰だっけ?」
「その錬金術への熱意を、もう少し学業に向けた方がいいわよ」
「夢に向かって一所懸命なのはいい事ですけど、ね‥‥」
ミカエル・クライム(ea4675)達マジカルシードの生徒と錬金術士を目指す少女リラは、メルキュールが募集した編み物教室のセッティングをしていた。
ミカエルが『女の子らしい事』はそれ程得意ではないと告げると、リラも同意するが、メルはリラとミカエルとは違うと遠回しに告げた。セーツィナ・サラソォーンジュ(ea0105)とワケギ・ハルハラ(ea9957)はメルに賛同し、彼女を軽く嗜めた。
「クエストリガーに貼ってあった編み物教室はここかな? アルシャちゃん、ここだって!」
「システィーナさん、そんなに急がなくても編み物教室は逃げませんよ」
机を丸く並び終えたところへ、システィーナ・ヴィント(ea7435)が腰に帯びた銀の短剣と蜂蜜色の髪を軽快にゆたせながらやってくる。
彼女に手を握られて後から駆けてきたアルシャ・ルル(ea1812)が、荒い息を整えながら、先輩であり、女子寮で同室のシスティーナに微苦笑を浮かべた。半ば連れ去られたようなものだが、それでもお互い手をしっかり握っていた。
「私はフィアッセ・クリステラっていうんだ、よろしくね。フィアッセって呼び捨てで呼んでくれると嬉しいな」
「こちらの方こそ初めまして。フォレスト・オブ・ローズ所属のラス・カラードと申します」
「同じく、私はルーウィン・ルクレールです」
フリーウィルの女子の制服に羽根付き帽子を合わせたおしゃれな出で立ちのフィアッセ・クリステラ(ea7174)が、マジカルシードの廊下でラス・カラード(ea1434)とルーウィン・ルクレール(ea1364)を見掛けると挨拶を交わした。
●想いを編み込んで‥‥
ルーウィン達が思い思いの席に着き、簡単な自己紹介を終えると、リラがアルシャ達の前に編み棒と毛糸の束を置いた。
「毛糸の色は何種類か用意したので、誰に編むかによって色を決めるといいわ」
「私は幼馴染みのユーシスに作ったあげるんだ。靴下の編み方を覚えれば、いずれセーターとかにも挑戦できるかな」
「わたくしは白いポンポンの着いた赤い靴下を編みたいです」
システィーナは幼馴染みの笑顔を思い浮かべ、自然と顔が綻びながら彼に合う色を選ぶ横で、アルシャは赤と白の毛糸を手に取っていた。
「私は娘のバースディプレゼントに、靴下を贈りたいの」
「僕は自分のものを‥‥編み物には少し覚えがありますが、皆さんで編むのも楽しそうですよね」
セーツィナは娘の為に編むという。方やラスは自分の靴下を編むそうだ。
「誰の為に編むか。ん〜、私は‥‥同じ部活の零にでもあげようかな‥‥」
「私も自分の靴下を編むつもりですが、フィアッセはそういう趣味がおありですか?」
「‥‥もちろん、冗談だよ? 折角作っても自分の為に使うのも寂しいから、部活の男の子にあげてもいいんだけど‥‥ルーウィン、あまり真に受けないでね?」
「知り合いにそういう趣向の女性がいたものですから‥‥そういうのも構わないと思いますよ、ええ」
「ルーウィンさん、フィアッセから思いっきり視線を逸らしてますね」
フィアッセの発言に、ルーウィンはラスから突っ込まれたように、彼の青い双眸は思いっきり遠くを見つめていた。
「実は、靴下ではなく、手袋を編みたいのですが‥‥」
「でも、手袋は靴下より大変よ?」
「どうしてもなんです! ミトンでもいいのでお願いします」
ワケギはメルを説き伏せ、ミトンの手袋を編む事にした。
「この機会に、あの人にプレゼントしたいから‥‥」
ミカエルは1人、伏し目がちに思い詰めたような、それでいて真摯な表情で、毛糸に手を伸ばした。
●「好き」という言葉の重み
メルは黒板を使って図解したりと分かりやすく教え、全員、なんとか無事に編み上げる事ができた。
「うふふ、いい出来です」
「‥‥アルシャちゃん、何で石を詰めるの? 悩みがあるなら相談に乗るよ?」
完成した白いポンポンの着いた赤い靴下に、マジカルシードの来る前に拾った石を詰め込んで、武器の切れ味を確かめるかのように振り回し、その感触に満足げなアルシャに、システィーナは微苦笑を浮かべた。
「(悩みかぁ‥‥)システィーナは幼馴染みにプレゼントするのよね? あの、あのね‥‥幼馴染みに『好き』とかって簡単に言える?」
システィーナの靴下の仕上がりをチェックしていたメルは、おもむろに切り出した。
「いきなりそういう事を訊ねるという事は、好きな方でも出来ましたか? ‥‥女性同士は不毛だと思いますが‥‥」
「ちょ、ちょっと、何でボクを見るの!?」
「いえ、そういう捉え方もある、というだけです」
アルシャがちらっとリラの方を見ると、彼女は慌てて両手を振って否定した。メルを見るとどうやら違うようだ。
「確かに不毛かも知れませんが、百合も立派な愛だと思いますよ」
ルーウィンがアルシャに、ある貴族令嬢と夢魔――サキュバス――の恋愛話を聞かせた。
ちなみにルーウィンはいい歳なので、親が結婚を急かしているのか見合い話がいっぱい来ているという。
「好き‥‥かぁ。『恋人の好き』と、『友達の好き』ってどう違うのかな? 私はユーシス好きだけど、アルシャちゃんも同じくらい好きだし」
「システィーナ殿の言う好きというのは、『愛する事』と『友人として好き』の違いだと思います」
さらりと「好き」と言えてしまうシスティーナ。ルーウィンはその意味を彼なりに解釈する。
「私から言える事は‥‥心の底から好きになれた方はいらっしゃるのなら、きっと何度でも口に出して言い続けないと、気持ちが溢れてどうしようもなくなると思いますよぉ」
「その気持ちは何となく分かるけど‥‥まだ、遠くから見ているだけで満足というか、『好き』とは言ってないの‥‥恐くて言えないし‥‥」
セーツィナに、好きな人はマジカルシードの中にある図書室で見掛ける、同じドラゴンフォームの男の子だと話すメル。
「口に出していうのは気持ちの確認だと思うよ‥‥言わないでも伝わってる、って事はないから不安になるんだろうね」
「想うだけでは他人に気持ちは伝わらないでしょう。だから、言葉に出すのはとても大切な事だと思います」
「純粋な『好き』って気持ちは、割り切れる想いじゃないんです。その人の何気ない一挙手一挙足が気になって夜も眠れず、その人が自分の事をどう想っているか知りたくて、何も手につかなくなる‥‥私もそうでしたよ♪」
フィアッセが気持ちの確認だと、ラスが想いは伝えるものだと説き、セーツィナは後半は自分の惚気話になってしまったが、2人の言葉を継いでいた。
「でも‥‥聞いてると、さらっと好きって告白したり、愛してるって連呼しても、1つ1つの『好きって言葉』や『愛の言葉』は軽くなるんじゃないの?」
「ある人は、一度『好き』だと言ってもらえれば充分満ち足りるでしょう。しかし、別の人は『好き』と何度も言ってもらわなければ満足できない‥‥」
「まぁ、言ってる人次第かも知れないね」
「要は、ちゃぁんと気持ちが篭もっていれば、回数なんて関係ないんです」
メルは多分、初恋なのだろう。初めての恋に対する不安からあれこれ聞いてくる彼女に、ラスとフィアッセ、セーツィナはできるだけ不安を取り除けるよう言葉を選ぶ。
「きっと、『好き』と何度も告げるのは、自分に対して『私はこの人が好きなんだ』と納得させている面もあるでしょう。そうやって自分の『好き』に自信を持って、そして『本当の好き』に想いは変わっていくのだろうと、そう思います」
「ボクもホンモノの恋愛についてはまだ分からないので、知人の話になりますが‥‥その人とした約束が果たされて尚、好きでいられるか‥‥それが分からないと告白できない‥‥好き、という言葉は重い言葉だそうです。ボクに分かるのは、その方が本気でそう想っているという事です‥‥その方は人間で、好きな人はエルフ、だそうですから‥‥」
「‥‥なんてね、本当はどうか知りませんよ。私は殿方を好きになった事はありませんから」
にっこりと笑っておどけるアルシャとは対照的に、ワケギの知人の話は重かった。
人間とエルフの恋愛は、必ずしも幸福とは限らない。ハーフエルフという、多くの悲劇を今なお刻み続ける忌むべき存在が生まれるかもしれないからだ。
「私は好きなら好きって言うよ? 言葉が軽いとか重いとかってよく分からないけど、本気でいってるかどうかなら、相手を見れば分かると思う」
「‥‥そう、だよ‥‥『好き』って素直に言える事がどれだけ素晴らしい事か‥‥羨ましいよ‥‥」
システィーナがきっぱり答えたその時、今まで一言も喋らなかったミカエルの、くぐもったか細い声が聞こえてきた。
「‥‥想いがなければ、それが素敵な言葉であっても、ただの言葉でしかないよ。でも、本当の想いがあれば、それはきっと心の中まで響いて、暖かい何かを、何かは言い表せないけど‥‥伝えてくれると思うの」
――あの人の事を想うと、胸の奥が暖かくなる。そのぬくもりを確かめるように‥‥そして逃がさないように――自分の手をぎゅっと胸に押し当てる。
「どれだけ愛を口にしたとしても、決して軽くなるとは思わないよ。言葉を口にしただけ、想いはどんどん重なり合って‥‥より深い想いへ繋いでくれるんじゃないかな‥‥」
――あの人の名前を口にすると、胸の鼓動が高鳴る。それを抑えるように‥‥そして悟られないように――出来たての靴下を握り締める。
「あたしは‥‥伝える事が恐くて‥‥きっと、言葉にしてしまったら今のままではいられないから‥‥あたしとあの人は‥‥それでも想いは深まって‥‥苦しくて、辛くて‥‥でも、心に嘘は付けなくて、切なくて‥‥」
声が振るえ、嗚咽が混じる。ミカエルの手に水滴がこぼれ落ちた。
「あたしは‥‥あたしは‥‥あれ? あたし、何で泣いてるんだろ? 可笑しいよね、メルちゃんの相談に乗ってるはずなのに‥‥」
ミカエルは自分でも知らないうちに泣いていた。涙を拭い、笑おうとするが、昂ぶった、そして膨らんだ想いはそうそう収まらず、却って涙が止まらない。
ミカエルもまた、禁断の愛に身を焦がしていた。
「‥‥ねぇ、メルさん、好きって言わないと始まらないと思うな。相手に伝わるかどうかは、先ず始めてから考えたらどうかな。ミカエルさんもファイトだよ!」
「好きな人から自分の事を『好き』っていってもらえる事は‥‥本当に幸せな事なんですよ」
システィーナがメルの手を取り、セーツィナが母親のようにミカエルを後ろから優しく抱き締めた。
ミカエルの悲恋の涙に、アルシャも心の奥底に封印したはずの故郷での小さな思い出を取り出し、切なげな表情になったが、彼女にはシスティーナが静かに寄り添った。
ミカエルが落ち着いたところで、編み物教室はお開きとなった。
「それでは、あなた方にセーラ神の御加護があらん事を‥‥」
「ボクからの贈り物です‥‥指先が冷えると正確な作業ができないと思って‥‥お互いに、夢に向かって頑張りましょうね」
ラスが全員に聖印を切る横で、ワケギができたばかりのミトンの手袋をリラに渡したのだった。
「私も頑張るから‥‥ミカエルも頑張ってね」
みんなから助言と勇気をもらったメルは、晴れやかな顔で見送りながら、ミカエルの背中にそう告げたのだった。