結婚式の宣伝をしませんか?

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月25日〜06月06日

リプレイ公開日:2005年06月05日

●オープニング

 暖かい春の陽射しが明かり取りの窓から差し込み、幾分、寒さを纏ってはいるものの心地好い春の風が窓から入ってくる。
 思わず惰眠を貪りたくなるような、うららかな春のある日。
「畑仕事〜、終わりました〜」
 両開きの扉の片方を開けて、1人の少女が入ってきた。ちょっと間延びした口調から、些か疲れている事が伺える。
 鍬を肩に担ぎ、桶を持っている彼女は、白地に青のラインの入ったローブを着、首に柔らかい銀色の輝きを湛える十字架のネックレスを下げていた。一目でジーザス教のクレリックだと分かる服装だ。
「ご苦労様。今、ハーブティーを淹れますから休んで下さい」
 イスに腰掛け、日向ぼっこをしながら聖書を読んでいた司祭は、彼女を労うようにハーブティーの準備を始めた。
 司祭は60近い高齢で、髪も胸元まで蓄えられた髭も白く、太い眉毛で少女から目元は見えないが、本人はちゃんと見えているようだ。
 桑と桶を片付けた少女がイスに腰を下ろし、ウィンブル――クレリックが髪を隠すヴェール――を取ると、蜂蜜色の短めの髪が現れた。

 ここはキャメロットから離れた片田舎の教会。礼拝堂は20人も入れば一杯になってしまう程小さく、この教会には司祭と少女の2人しか住んでいなかった。
 教会は教区からの寄進と自給自足が基本だが、人数が少ない事から、キャメロットの大教会へ寄進を収めても、食べていけるだけの食料は手元に残った。
 それでも少女が畑仕事に精を出すのは、清貧に甘んじる為である。
 司祭が少女に淹れたハーブティーも、教会の畑で採れたものだ。

「暇ですねぇ」
「暇じゃのぉ」
「何かないんでしょうかねぇ」
「何もないという事は、聖なる母が見守って下さっている証拠じゃよ」
 少女と司祭のこのやり取りは、いつもの事だった。
 ゴブリンすら獲物がなくて棲み着かないような片田舎である。教区は広いがその割に人口は少なく、畑仕事に従事し、祈りを捧げる以外、何もないのだ。
 ――いや、司祭の言う通り、何事もないのが一番なのだが、髪形が表すように少女は活発な性格だった。
「この間、キャメロットへ寄進を収めに行ってきた時、聖堂で結婚式を挙げていましたよ。綺麗でした」
「結婚式‥‥ここ数年、ないのぉ」
 少なくとも少女がこの教会へ赴任する以前から、結婚式は挙げられていないようだ。
 せいぜい、生まれたばかりの仔牛や仔羊を洗礼するくらいだ。
「そうだ! 冒険者に結婚式のモデルになってもらい、宣伝してもらうのはどうでしょう? せっかく“清水”もある事ですし」
「しかし、あの“清水”は結婚式とはあまり関係がないしのぉ」
 “清水”とは教会の裏手から湧き出ている水の事で、この教会では聖水として使っている。この清水を産湯に使った子供は健やかに育つ、というこの教会と周辺では言い伝えがあった。
 その言い伝えを吟遊詩人にでも聞いたのか、時々、清水を汲みに来る者も少なくないのだ。
「産湯はまだ早いかも知れませんが、それもアピールできればいいではありませんか」
 少女は17歳とまだ若く、片田舎で燻る年頃ではない。クレリックとはいえ、まだまだ華やかさに憧れても仕方ないだろう。
「‥‥あくまで宣伝であり、実際に挙式する訳ではない事を、冒険者にもしかと伝えるのじゃよ。報酬は用意できんが、皆で楽しく食事ができる量は持つとするかのぉ」
 司祭は孫のワガママを聞き入れるかのように、最終的には折れたのだった。

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1168 ライカ・カザミ(34歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1736 アルス・マグナ(40歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea4238 カミーユ・ド・シェンバッハ(28歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5898 アルテス・リアレイ(17歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea9037 チハル・オーゾネ(26歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9519 ロート・クロニクル(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

エル・サーディミスト(ea1743)/ 逢莉笛 舞(ea6780)/ アディアール・アド(ea8737

●リプレイ本文


●妬ける見送り?
 冒険者ギルドの前に集合したアルス・マグナ(ea1736)達は、その足でキャメロットを経った。
「アルスさんとエルさんが結婚式を挙げると聞いて、駆けつけたのですけれど‥‥少し勇み足でしたわ」
「‥‥そうだとよかったんだけどな〜。しかし、エルの奴、見送りに来てくれてもいいじゃないか〜」
 頬を林檎のように紅く染め、可愛らしく照れるカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)に、アルスは微苦笑した。カミーユの親友であり、アルスの恋人エル・サーディミストと2週間近く離ればなれになるのだから、2人とも一目会いたいと思ったのだが‥‥。
「舞さんに、アディアールさん!?」
「エルさんまで‥‥」
 ヴァージニア・レヴィン(ea2765)が口に手を当てて驚いた。キャメロットを出てしばらく歩いた街道沿いに、逢莉笛舞とアディアール・アドがいたからだ。2人の後ろにはエルの姿もあり、アルスとカミーユは慌てて愛馬を降りて駆け寄った。
 舞とアディアールの足下には、一抱えでは持ちきれないくらいの春の花が積まれていた。3人は結婚式の宣伝の為に、摘んでも日持ちする花を大量に用意して待っていたのだ。
「早く帰って来てね‥‥ん‥‥」
「ん‥‥それじゃ、行ってくるな〜」
 舞とアディアールがヴァージニアの愛馬に花を括り付けている最中、エルはアルスにお手製のブーケを渡した。アルスがエルのお腹を優しく、愛おしく撫でると、エルはお返しとばかりに『行ってらっしゃいのキス』を贈った。
「真っ昼間からお熱い事で(アルスとエルのように、俺もライカと幸せになれたらなぁ‥‥)」
「その様子でしたら、エルさんのご心配には及びませんわね」
 ロート・クロニクル(ea9519)はその光景を冷やかしながら、横目で付き合い始めたばかりの恋人、ライカ・カザミ(ea1168)を見遣った。
 ヴァージニアやライカを始め、熟す前の淡く青々しい果実のチカ・ニシムラ(ea1128)に、大人の女性の階段を上り始めたレフェツィア・セヴェナ(ea0356)とチハル・オーゾネ(ea9037)、そして禁断の人妻、明王院未楡(eb2404)と、今回の仲間は美少女から美女まで幅広く揃っており、エルはアルスが浮気をするのではないかと心配し、カミーユにお目付役を頼んだようだが‥‥その心配は皆無だろう。
 エルと舞、アディアールに見送られて、アルテス・リアレイ(ea5898)達は再び出立したのだった。

●宣伝活動をしよう!
 道中の街道沿いにはいくつもの村が点在している。
 その日もいつもと変わりない1日になるはずだったが‥‥村人達は突然聞こえてきた軽快な音楽と軽やかな歌声に、何事かと目を見遣った。
 先頭を歩くチハルがリュートベイルを爪弾き、その旋律に合わせてヴァージニアとチカが結婚をモチーフにした歌を唄う。
 チハル達の後ろには、聖書を携え、クレリックのローブを纏ったレフェツィアが先導し、アルスが手綱を引く馬に乗った礼服で着飾ったロートが、同じくドレスで着飾ったライカをお姫様抱っこし、まるでこれから教会へ向かう司祭、新郎と新婦のような様相を呈していた。
 本来の挙式時と順番は逆だが、溢れんばかりの花の入った篭を手に提げたカミーユと未楡がライカ達の後に付き、不思議そうに見ている村人達に花を手渡していった。花びらを捲くのは村を汚す事になるので、あくまで手渡しだ。
「この先の教会で、素敵な結婚式が挙げられるんだよ。今日は、そのお知らせに来たんだ」
 村長らしい老人がクレリックであるレフェツィアに何の騒ぎが訊ねると、彼女は笑顔で応えた。
「その教会には、赤ちゃんが健やかに育つという言い伝えのある、産湯に使われる“清水”があるのですよ」
 最後尾を歩く、聖女と見紛うばかりの微笑みを湛えたアルテスが続いた。クレリックと神聖騎士にそういわれて、信じないジーザス教とはまずいない。
「結婚式を挙げた教会で子供の産湯も使えば、この上ない記念になるでしょう」
「他の方にも‥‥幸せになって欲しいから‥‥心から結ばれる幸せを知って欲しいから‥‥教会の近隣の方だけに御声を掛けても‥‥しょうがないですよね?」
 更にヴァージニアと未楡が畳み掛けた。
「みんなで楽しく祝福すれば、お婿さんもお嫁さんも幸せな気分になれるよね♪」
「一生に1度の結婚式ですもの‥‥ロマンティックに挙げたいですよね」
 チカは一緒に付いてきながら旋律を唄う子供達にそう話し掛け、チハルはロートとライカの姿をうっとりと見つめている村娘に告げた。

 道中、手ぶらで歩くのももったいないと、通過する村々で宣伝を行う事になったが、大量に用意された花が教会に着く頃にはエルの作ったブーケだけとなる程、盛況だった。

●結婚式をアピールしよう!
「キャメロットからの距離的な問題はあるが、良い所じゃないか〜」
 それが教会を見たアルスの第一印象だった。
 あのゴブリンすら獲物がなくて棲み着かないような片田舎と聞いていたが、鄙びた感は悪くない。教会も高台に建ち、そこから眺めるロケーションは抜群である。
 となると、問題はやはりキャメロットからの距離だろう。
「遠路遙々お疲れ様じゃ。うちのクレリックのワガママを聞いて下さり、すまないのぉ」
「いえいえ〜。お茶も空気も美味しいですし、こういう場所も悪くないですよ〜」
 アルテスは司祭の淹れたハーブティーを飲みながら、彼とのほほんと日向ぼっこをしていた。
 アルスもハーブティーは飲んだが、彼は式を挙げる下見も兼ねて来ており、あちこち見て回っていた。
「今回の結婚式のアピールでは、僕が司祭役をやるんだ。今まで、お手伝いした事はたくさんあるけど、自分で司祭様をやる事はあんまりなかったからちょっと緊張するよ」
「こればかりは場数を踏むしかないからのぉ。何事も最初が肝腎というが、儂は逆に最初は失敗してもいいと思うのじゃよ。失敗から得られるものは多いし、一所懸命やる者を聖なる母は決して笑ったりせぬよ」
「うん! セーラ様はいつでも僕達を見てるんだよね。落ち着いてちゃんとやれば、きっとできるよね」
 今回、司祭役を買って出たレフェツィアの緊張が解けるように助言する辺り、司祭はマイペースだが温厚な人柄のようで、しかも、かなりの博識のようだ。
「爺さん、依頼書にも書かれていたけど、“清水”についてもっと聞きたいんだけど」
「儂も先代の司祭から聞いた話じゃが、この教会は“清水”を発見した旅のクレリックが建てられたそうじゃ‥‥」
 羊皮紙を片手に、ロートは“清水”についてメモしていった。産湯も、“清水”の発見同様、偶然かもしれないが、この“清水”を産湯にした子供は誰1人死なずに成人した事から、そういう言い伝えが広まったという。
「イギリスってやっぱり広いわよね。“清水”の噂は知らなかったから、バードとしてはぜひ実際に見てみたいわ。味もね!」
「次に授かったら‥‥ここで産湯に浸からせてあげたいですね」
「あら? “清水”だったらもう飲んでるわよ? 飲み終わったら湧き出ている場所を案内してあげるわ」
 アルテスの横では、依頼主でもあるクレリックの少女デュプレを囲んで、ヴァージニアと未楡が歓談していた。聞けばハーブティーに使っている水も“清水”だという。

 人心地付いたところで、明日の挙式の準備が始まった。
 レフェツィアとロート、アルスは礼拝堂をチェックし、混乱が起きないよう見物客用のスペースを作った。
 カミーユとチカは礼拝堂を飾りつけた。持ってきた花はほとんど配ってしまったが、教会の周りには礼拝堂を飾り付けるには充分な花が咲いていた。
 ライカはチハルと未楡と一緒に花嫁用のドレスの最終チェックを行った。道中も着てきたが、本番はたっぷりと時間を掛けて化粧をするつもりだ。
 ヴァージニアとアルテスは、デュプレと一緒に式で演奏する曲や賛美歌の確認と音合せを行った。

 ――そして結婚式のアピールの日当日。
「はや〜、ライカお姉ちゃん綺麗だな〜♪ あたしもいつか‥‥あ〜‥‥無理かな、あたしは‥‥」
「あたしの結婚‥‥したいですが、相手がいませんですしねえ」
 未楡によって化粧されたライカの姿を見たチカとチハルは感嘆の声を上げた。水晶のティアラを頂いた彼女は、本物の花嫁のように美しく輝いて見えた。
 しかし、一転してチカは寂しそうな顔をし、ハーフエルフであるチハルは呼びに来たアルテスを思わず見つめてしまった。

 礼拝堂には宣伝を聞き付けて、入りきれない程の人が結婚式の宣伝を見に来ていた。
 アルスはその整理に追われた。

 ヴァージニアの竪琴の音色に合わせて、カミーユが花を捲きながらロートとライカをレフェツィアの待つ祭壇の前へと先導した。
 アルテスとチカ、チハルとデュプレが賛美歌を厳かに歌う中、レフェツィアが誓いの言葉を読み上げてゆく。
「こちらの挙式も、魅力的‥‥ですね。あの人も一緒なら‥‥もう一度式を挙げられたのに‥‥ど、どうしたのです!?」
「‥‥いやですわ、目に羊皮紙のクズが入ってしまったようですの」
 既婚者である未楡は、ロートとライカの姿を見て、ジーザス教の結婚式も挙げてみたいと思った。その傍らで式の様子をスケッチしていたカミーユの鼻を啜る音に気付いた。彼女は咄嗟に誤魔化したが、今は亡き夫とのほんのわずかな結婚生活の思い出が目の前に浮かび、堪えきれず涙を流してしまったようだ。
 式は終盤になった。本来ならレフェツィアの前で永遠の愛を誓い、口付けを交わすのだが、今回はあくまで宣伝という事で、法的な効力を持たせないようそこまでは行わない事になっており、ライカはちょっと残念だった。

 再び、カミーユの先導で礼拝堂から外へ出たロートとライカ。ライカが手に持っていたブーケを教会の前に集まった人々に向けて投げると、チハルがムーンアローをぶつけ、人々の頭上に花びらほ舞い散らせた。それに合わせる形でヴァージニアも教会のあちこちに飾ってあった花束目掛けてムーンアローを唱え、花びらの雨がロートとライカ、人々に降り注いだ。
「とってもお似合いの二人よね。私は今のところ、歌が恋人だけど‥‥ちょっと寂しいかな」
 微笑み合う2人に、ちょっと独り身が寂しいと思ったヴァージニアだった。

 結婚式が終わった後は、教会前の広場で立食パーティーが開かれた。イギリスの料理はチハルとデュプレが腕を振るい、イギリスでは珍しい華国料理を未楡が作っていた。

 “清水”が湧き出ているそこは、立食パーティーの喧噪が嘘のように静かだった。聞こえるのは滾々と湧き出る“清水”の音だけである。
「みんなに祝福されて、これが宣伝なのが残念なくらい‥‥でも、いつか、本当の結婚式挙げられるわよね? ‥‥ん!?」
 ライカはドレス姿のまま、湧き出る“清水”を溜める池の縁の岩に座り、笑い掛けた。
 しかし、視線の先にロートの姿はなく、気が付くと顎が持ち上げられ唇を塞がれていた。
「俺はまだ半人前だから、一緒になってくれなんて言えねぇけど‥‥でもいつか、絶対言うから。言えるだけの奴になってやるから」
 唇を放し、海のような深い蒼い瞳で、ライカの目を真っ直ぐに見つめながらロートはそう宣言すると、力強く抱き締めた。
(「年下だけど大切な人‥‥でも、年を気にして背伸びしなくてもいいのよ。私はありのままのあなたが好きだから」)
 ライカは言葉で応える代わりにロートの背中に手を回し、年下の彼を優しく抱き締め返したのだった。

 後日、冒険者ギルドの奥にある依頼書が貼られた広間の一角に、挙式の様子が描かれた1枚の絵が貼られたという。