【高耶・七】ワサビは水が命!

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 64 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月25日〜06月01日

リプレイ公開日:2005年06月06日

●オープニング

「豆腐〜、召せ〜、ジャパンから登りて候〜! 豆腐〜、召せ〜、ジャパンから登りて候〜!」
 今日も暮れなずみ始めたキャメロットの市民街に、元志士・仁藤高耶の威勢の良い豆腐を売る声が響き渡ると、両天秤の前後に丸い桶を吊るし、それを肩に担いだ彼女が颯爽と駆けていった。

「さて、今日も夕食はウマワサビ汁じゃv」
 豆腐を売り終わり、長屋へ帰ってきた高耶は両天秤に吊した桶を台所へ下ろすと、目を黒曜石のように輝かせながら夕食の支度を始めた。
 今日の夕食の献立は、今朝、キャメロットの港に水揚げされたばかりのニシンとエール、スープである。
 高耶は晩酌は欠かさないが、イギリスに来てからはエールだ。
 ニシンは焼いて戴く。
 高耶が次に取り出したのは、アブラナに似たホースラディッシュ(ウマワサビ)というハーブだった。
 ホースラディッシュを洗い、全体を均等に切ってゆくと、ジャパンのワサビに似た鼻にツンっとくる香りが微かに漂う。
 ワサビは主に汁物の具にするが、ジャパンにしか生えておらず、採れる場所も限られているので、塩や醤、味噌と違い、月道輸入で入手するのも難しいだろう。
 普段は売れ残った豆腐汁を作っているが、イギリスでも豊富な魚介類やワサビに近いホースラディッシュが採れる事が分かってからは汁物のバリエーションも増えた。
 米やジャパン酒はそう簡単には手に入らないが、イギリスで採れる豆に『クリエイトウォーター』を使って作る豆腐など、高耶はイギリスでもジャパンに近い食事が採れるよう、弛まぬ努力を重ねていた。

「大怪我をして、ホースラディッシュが採れないじゃと!?」
 翌日の早朝、朝食を採り、豆腐の仕込みを終えた高耶が市場へ向かうと、顔馴染みとなった露天商の姿はなった。代わりに別の者が露天を出しており、話を聞くと、何でもホースラディッシュが自生している場所にブリットビートルが発生し、採りに行った露天商は大怪我を負ったというのだ。
「ぶりっとびーとるとな‥‥なるほど、鉛色の硬い甲をしたかなぶんに似た甲虫か」
 ブリットビートルは肉食の甲虫で、物凄い速度で突進してくるという。その速さは達人でもなければかわす事ができず、ブリットビートルの矢のような突進をまともに受けてしまうのだ。それが7、8匹もいれば、冒険者といえどもただでは済まないかもしれない。
「かなぶんに当たっただけでもかなり痛いが、それが矢の如く飛んでくるのであれば最早もんすたーじゃな。露天商には世話になっておるし、儂が退治するのじゃ」
 世話になっている礼は返す。元が付く志士でも礼儀は忘れはしない。
 それにホースラディッシュが採れる場所なら、他にも春の山菜や川魚が採れるだろうと思ったようだ。
 高耶は踵を返すと冒険者ギルドを訪ね、一枚の依頼書を貼った。

 『春の味覚を満喫したい同士求む!』

●今回の参加者

 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea0393 ルクス・ウィンディード(33歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0923 ロット・グレナム(30歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2929 大隈 えれーな(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea5876 ギルス・シャハウ(29歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea7487 ガイン・ハイリロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文


●丘を越えて
「高耶お嬢さん‥‥ご一緒させて戴きます」
「高耶先生っ! 進化の人参はおやつに入りますかっ?」
「入らないでござる」
「即答!?」
「そもそも人が食べるものではないからな」
「そ、そうなの!?」
 冒険者ギルド前で待ち合わせをしていた仁藤高耶(ez1002)の元へルクス・ウィンディード(ea0393)――以下、ウィンと記載――がやってくると、挨拶代わりに彼女の手の甲にキスをした。そこへレムリィ・リセルナート(ea6870)が質問を浴びせるとあっさり一蹴されたところへ、ルクス・シュラウヴェル(ea5001)――以下、シュラウと記載――の親切心からの説明が追い打ちを掛けた。
「進化の人参は好むペットにあげて下さいね〜。小さき者達の伝道師、ギルスです。みなさんよろしく〜」
「あたし、負けない! 憧れのジャパン食食べ放題ツアーだもの!!」
 ギルス・シャハウ(ea5876)の自己紹介を兼ねた進化の人参の注意事項を聞き、ジャパン食を食べたい一念で依頼を受けただけあって、レムリィの立ち直りは思いの外早かった。

 波乱の幕開けを予感させるようにキャメロットを立った一行だが、遠足気分で街道を歩いていた。
 春晴れの空に十字の影が横切る。
「サーリスクリヴァ、私はここです、ここにいます」
 ルーティ・フィルファニア(ea0340)がそう叫びながら指笛を吹くと、十字の影――鷹――がゆっくりと彼女の頭上を旋回して掲げた腕に降り立った。サーリスクリヴァとはルーティの愛鷹の名前だ。
「なかなか賢そうな鷹ですね〜。でも、ルーニー君も負けず劣らず賢いですよ〜」
「エチゴヤが基礎訓練をしっかり積ませたからでしょうね」
 ギルスは愛犬ボーダーコリーのルーニー君の上を飛んでいた。今は聖書や毛布を運んでもらっているが、騎乗してもシフールの彼なら差し支えないだろう。
 どこまで自分の言う事を聞いてくれるか試してみたが、サーリスクリヴァはルーティを主人として認識しているようで、放してもきちんと帰ってきた。この分ならモンスターとの戦闘でも役立ってくれるだろう。
「ところで高耶‥‥ワサビってどんなだ?」
「ホースラディッシュは、ローストビーフとかに使うものだけど‥‥ジャパンではどうやって調理するんだろうか?」
 シュラウの横をキープしながら歩くウィンが素朴な疑問をぶつけてきた。ホースラディッシュは比較的メジャーなハーブだが、ロット・グレナム(ea0923)もワサビは想像できなかった。
「よく知らんが、年明けの時に搗いた『モチ』とやらも美味かったし、多分、ワサビも美味いんだろう」
「モチツキの話は妹から聞いている。噂のジャパン料理をぜひ賞味して、できれば作り方を教えて戴きたいものだな」
 ガイン・ハイリロード(ea7487)の後にシュラウが続いた。
「ワサビでござるか‥‥こんな感じでござるよ」
「‥‥ニンジン?」
 高耶は立ち止まると、長巻の柄で地面にワサビを描いた。覗き込んだレムリィがいうように、ワサビの絵はニンジンによく似ており、アブラナのようなホースラディッシュとはかけ離れた形状だった。
「えげれすではウマワサビは肉の臭みを消す為に使うようじゃが、ジャパンではワサビは味噌汁の具に入れるのじゃ」
「ミソスープか‥‥ノルマン、イギリス料理に加え、ジャパン料理のレシピもレパートリーに加えたいものだ」
「あたしはトウフが食べたいな! トウフって豆から作るから、とってもへるしーなんでしょ?」
 料理が好きなシュラウは市場で買い物をするが、ジャパンの食材は月道を通る為、イギリスで採れる食材に比べると、ものによっては20倍の値が付いてしまうのだ。しかも、醤や味噌、塩といった調味料は入荷しても貴族が買い占めてしまうので、市場にあまり出回らないのである。
 また、レムリィは冒険者を引退後、へるしーなジャパン食料理屋を開く事も19歳という若さで人生設計の1つに入れてるので、ワサビだけでなくジャパン食に興味があった。
 高耶は自分が仕入れている露天商を教えたり、ジャパン食のレシピを答えた。ちなみに、豆腐なら高耶から仕入れる事も可能だ。
「ヘルシー‥‥レムリィさんが言っても説得力ないような‥‥」
 ルーティは自分の身体を見下ろした後、レムリィの身体を見てこっそり溜息を付いた。いつも5割で小腹を空かせているレムリィは、先程からおやつ用の保存食を食べているのだが、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、所謂ナイスバディだった。
 エルフと人間の体格差なので仕方ないが、ちょっぴり羨ましかったりもする。
 高耶に目を遣れば、やはり彼女もレムリィ程豊満ではないがスタイルはよかった。
「ジャパン食を食べると、スタイルがよくなるでしょうか‥‥」
「神様がじ〜っと見ていますよ。努力は報われます〜」
 ルーティの肩を慰めるように叩くギルス。しかし、どのような努力なのか言及しなかった。

●ブリットビートル、雨霰
 小川のせせらぎが聞こえ、林を臨むところにホースラディッシュは群生していた。
「景色はいいんだが、相手はブリットビートルか‥‥物騒だな、おい」
 楽士を生業としているガインはリュートベイルを爪弾いた。小川で女性達が戯れる姿は水の精霊のように、さぞ歌の題材になる事だろう。
「ブリットビートルは鉛色の甲を纏った甲虫とはいえ、所詮は昆虫だからな。基本的に夜行性だ」
「‥‥昼寝てるうちに、腐葉土掘って捕獲とかできねえか?」
 ウィンが知りうる限りのブリットビートルの説明をすると、ガインは名案が浮かんだとばかりに指を鳴らした。
「あの林の腐葉土を全部掘れたら、な」
「‥‥冗談だ。寝ている昼間のうちに準備に取り掛かるとしようか」
 ウィンがブリットビートルが棲息していると思しき林を指差すと、ガインは両手を広げてロット達をを押し、準備へ誘導した。

 魔法を唱える時、無防備になるギルス達の盾になるウィンとレムリィは、夜に備えて早々に就寝した。
「忍び込んだらメイスで天誅だからね」
「シュラウちゃんなら考えるけどな」
 メイスを構えるレムリィを、ウィンはあっさり受け流して別々のテントで就寝。安心した反面、女性として見られていないのかと思いも、複雑な気分のレムリィだった。

「樹の位置を考えると、この辺りに仕掛けるのがいいですね」
「茂みがあった方が有利かと思ったが、逆にブリットビートルの姿も見えにくくなるな」
 森林の土地勘に明るいルーティが指示すると、ロットは高耶から借りたスコップで穴を掘り、中にガイン達から集めた油の壺を埋めていった。

「この木の樹液は粘着性が高いが、トリモチのように、とは分からないな」
「んー、トリモチ自体、ブリットビートルにどこまで効くか分からないし、大事な相棒にはダメ元では塗れんからな」
 薬草師を生業とするシュラウは、ガインに頼まれて粘着性の高い樹液を探すと、彼はそれをトリモチ代わりにライトシールドに塗り始めた。

「神様がじ〜っと見ていますよ。美味しいご飯の為にも頑張って下さい〜」
 ギルスと高耶は炊飯担当だ。ギルスがルーニー君と薪を拾ってくると、高耶は保存食をジャパン食風に味付けしていた。

 その夜。
 ギルスがホーリーフィールドを展開し、ガインがオーラエリベイションを、ロットがフレイムエリベイションを自らに付与すると、油に火を付けた。
 途端に羽音が聞こえ、黒く小さな物体が油壺に灯った火目掛けて突っ込んできた。
「うぉ!? 早っ‥‥虫かよ本当に‥‥‥‥」
「あたし、見えなかったんだけど‥‥本当にあれと戦うの?」
 ウィンは辛うじて視認できたが、レムリィは残像しか見えなかった。それはガインも同じで、ライトシールドは明後日の方向に構えられていた。これでは盾の意味すらない。
 ブリットビートルは何匹かロットがファイヤーコントロールで操る火に突っ込んだが、致命傷とまではいかなかった。依然、羽音の聞こえる数は変わっていない。
「おいおい‥‥まだいんのか‥‥勘弁してくれ‥‥」
「ダメです〜。コアギュレイトを唱えているうちに射程外へ抜けられてしまいます〜」
 頭を押さえるウィンに、ギルスが頭痛の種を更に付け加える。高速詠唱で唱えない限り、余程タイミングよく魔法を唱えなければ、詠唱中に射程外へ抜けられてしまうのだ。
「一応、当たっても一撃では死なないようにそれなりに防御は固めてきたし」
「だな」
「元より直撃は覚悟の上だよ」
 ガインとウィン、レムリィは腹を括ると、高耶と共に火の側に立った。途端に新たな獲物を見付けたブリットビートルが飛来してくる。火よりも生物に反応するのは、昆虫の生存本能かもしれない。
 ウィンはロングスピアを、高耶は長巻を旋回させて叩き落とし、ガインとレムリィは盾や鎧に当たり、静止したブリットビートルへ、高速詠唱のオーラショットやライトメイスのダブルアタックを叩き込んだ。
「そんなに急いで何を目指す‥‥と。待つのもどうしてなかなか、悪くないモノなんですよ?」
 更にルーティはグラビティーキャノンを唱え、ロットが辛うじてアイスコフィンに封じ込めた。
 羽音が完全に聞こえなくなった時、前衛の4人は満身創痍だった。
「お疲れさま。今、治療するからな」
「シュラウちゃん〜、俺も重傷負ってるんだけど、もうちょっと心配してよー」
「それだけ喋れれば問題ないだろう? それにレディファーストだ」
 シュラウはへたり込んだウィンをスルーしてレムリィへ近付いた。彼には代わりにギルスがリカバーで治療したのだった。
「‥‥食べます?」
 ロットが凍り付かせたブリットビートルを油の中に放り込んで焼いた後、首を傾げて何やら思案していたルーティがそれを取り出してサーリスクリヴァの前に置くと‥‥愛鷹は鳴き声1つで一蹴した。
「人の営みの為とはいえ、虫には虫の生があるんですよね‥‥」
 その光景を見ながら、神に祈りを捧げるギルスだった。

●ウマワサビスープは大人の味?
 開けて翌日。深夜まで戦っていた事もあり、朝の祈りのあるシュラウとギルスを除いて、昼近くまで熟睡していた。
「ルーニー君と美味しいご飯の為に頑張りましたよ〜」
「ベリーはジャパン食と合わないかも知れぬが、大猟だったのでな。美味いものは美味いぞ」
 ギルスはルーニー君とホースラディッシュを、シュラウはベリーをそれぞれ収穫していた。
 2人と入れ替わるように、ルーティと高耶は山菜を採りに出掛け、ウィンとロット、ガインは釣りへ駆り出された。
「あたしの為に採ってきてね♪」
 男性陣を駆り立てたレムリィ本人は、まるごとウサギさん姿のまま寝転がって大理石のパイプで一服していた。

 川魚にも恵まれ、遅い昼食はパンと焼き魚、ウマワサビ汁とベリーの盛り合わせというメニューになった。
「美味しいお酒はみんなで戴くのが決まりです♪」
 高耶が持ってきたエール代わりに、ルーティがシェリーキャンリーゼを提供した。知り合いのエールハウスのとっておきの逸品だ。
(「ホースラディッシュって、つーんとするんだよねぇ」)
「これがウマワサビスープか。しかもトウフ入りとは!?」
「ホースラディッシュもこういう調理法があるのだな」
 右隣ではガインが美味しそうにウマワサビ汁を飲んでいる。左隣りでもシュラウが同様に美味しく戴いている。
 甘い物好きなお子ちゃま舌のレムリィには、ホースラディッシュのあのつーんとする辛さはちょっと苦手だったが、(特にウィンから)お子様扱いされないよう見栄を張って飲んだ。昨日の晩のやり取りを未だに根に持っていたようだ。
 しかし、彼女が想像していたほど辛くはなく、むしろさっぱりしたスープに意外な驚きを感じていた。
「ホースラディッシュの辛さも和らげられるが?」
 シュラウがベリーを勧めるが、それは腹八分目になってからでも大丈夫のようだ。

「神様はいつでも、あなたの精進をじ〜っと見守っていますからね、じ〜っと」
「うむ。せーら様の見守りに応えられるよう、これからも精進して豆腐を売るとしよう」
 キャメロットに帰ってきたギルスがニッコリ笑っていうと、高耶も笑い返したのだった。