●リプレイ本文
●タナバタ? タナボタ?
「よく来てくれたのじゃ。今宵は楽しい宴になりそうじゃな」
コルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)達が豆腐売りの元・志士、仁藤高耶の長屋に集まり始めたのは、7月7日の昼過ぎだった。高耶は一足先にやってきたバデル・ザラームと一緒に、長テーブルを長屋の前の道に運んでいた。
「高耶さん、こんにちは」
「おお、神聖騎士殿も来てくれたのか!」
コルセスカは去年の9月までジャパンにおり、七夕を始め、ジャパンの文化にそれなりに明るく、冒険者街へ売りに来る高耶の豆腐もたまに買っていた。話をするのは初めてなので神聖騎士の礼を取ると、高耶もコルセスカの事を覚えていた。
「七夕か。懐かしいな。故郷を離れて旅を続けているが‥‥」
「七夕‥‥ですか。確か父様の国でもこういう習わしがあったと、幼い頃に聞きました‥‥」
ずだ袋を肩に担いだ逢莉笛舞(ea6780)の琥珀と碧の瞳が望郷の念に彩られて遠くを見つめる横で、チハル・オーゾネ(ea9037)も懐かしむように呟いた。
「失礼ですが、お父さんはジャパンの出身ですか?」
「‥‥はい、父様はジャパン人です‥‥」
舞と一緒のずだ袋を持つ世羅美鈴(ea3472)が、それを長屋の玄関先に下ろしながらチハルに訊ねると、彼女は小さく頷いた。
冒険者街なので耳を隠していないが、チハルはジャパン人との間に生まれたハーフエルフだ。一方、ジャパン出身の美鈴は西洋人とのハーフである。
「ジャパンでは毎年やってましたけど、まさかイギリスに帰ってきても七夕ができるとは思ってなかったですね」
「そうだな。やはりジャパンのお祭りは良い。故郷の事はいつでも折りに触れ、思い出す‥‥」
コルセスカの言葉に、故郷のしっとりとした祭りの雰囲気を思い出し、感慨深く頷く舞。
「でも、七夕って梅雨の時期ですから、大抵は雨に降られるんですよね」
美鈴は海色の瞳で空を見上げた。ここは“霧の都”と謳われるキャメロットである。やはり気になるのは天気だ。
「皆さん、どうしましたか? 一緒に空を見上げて‥‥」
「ああ、そうか。確かタナバタは、雨が降ったら彦星と織姫は会う事ができないって話‥‥だよね?」
レジエル・グラープソン(ea2731)は高耶の長屋の前にやってきて早々、チハル達が全員、空を見上げている光景に驚く。一緒にやってきたエリック・レニアートン(ea2059)が美鈴に聞くと、彼女は頷いた。エリックはジャパンの風習や料理に大変興味があり、去年、高耶が催した七夕に参加したという弟から大まかな話を聞いていた。
「依頼書を見たところ、タナバタと言うのは、年一回の盛大なパーティーだと思いましたが?」
レジエルは食べ物を持ち寄ると聞いたので、ジャパンで行われる年一回の特別なパーティーと思い、パーティーに欠かせないエールの小樽を脇に抱えていた。
「なんですと!? タナバタはニューイヤーパーティーの時に食べたオモチという食べ物のの一種が、棚から落ちてくると聞いたけど?」
「あたしは、星の川を彦星という男の人が牛を抱えて、織姫という恋人に会う為に泳いで渡る伝説から、年に一回、男の人の水泳大会が開かれる‥‥って、聞いたよ?」
アシュレー・ウォルサム(ea0244)がレジエルに応えると、チェルシー・ファリュウ(eb1155)が聞きかじったという七夕の逸話を披露した。
「なるほど、それで合点がいったよ。チェルシーのいう水泳大会の後に、レジエルのいった大パーティーを開くんだね」
「全然違うぞ‥‥」
納得がいったとばかりに「ぽん」と手を打ち合わせるアシュレーの後ろから、ルクス・シュラウヴェル(ea5001)のツッコミが入った。ルクスは神哭月凛から道すがら七夕の話を聞いていたのだ。
「七夕というのはですね‥‥」
凍扇雪とマミ・キスリングが七夕の由来に始まり、風習をチェルシー達に説明した。
「年に一度だけの逢瀬っていうのは現実的には難しそうだけど、抒情的な歌曲にはなりそうだね」
その話に聞き入っていたエリックはいたく感動し、愛用の竪琴の弦を軽く爪弾いた。
(「‥‥確かに恋人達が年に一度しか会えないのは哀しいかも知れませんけど‥‥あたしには羨ましいですねぇ‥‥あたしにも、そういう殿方が‥‥無理ですよね‥‥あたしみたいなハーフエルフでは‥‥」)
「天気の方は大丈夫のようですよ」
チハルがこっそりと溜息を付く中、凛が今日の天気の占いの結果を報告すると、レジエル達は喜んだ。
「でも、いつかはきっと‥‥」
「えらい気の入り様やな。去年も混ぜてもろたけど、今年はそれ以上にええ七夕になるよう、うちももっともっと頑張るで!」
まだ見えぬ彦星と織姫を見つめながら拳を「ギュッ!」と握り締めるチハルに、イフェリア・アイランズ(ea2890)は何を勘違いしたのか、彼女同様気合いを入れるのだった。
●素麺は高級食?
「高耶さん、私はトウフというものに興味があるのですが‥‥」
「高耶さんの豆腐はイギリス人が食べても美味しいですよ。七夕という事ですし、どうせならジャパン料理が良いですよね」
アシュレーにエールの小樽を渡し、グウィドルウィンの壷で冷やしてもらったレジエルは、碧い瞳を子供のような輝かせて高耶に言った。豆腐を食しているコルセスカがほくほく顔で彼に応えると、取り出したのは魚だった。
「‥‥ジャパンではお刺身の他に、お魚を塩焼きにして食べるそうですね‥‥」
高耶の長屋の台所を借り、魚を下ろし始めたコルセスカの横では、チハルが彼女や美鈴からジャパン食を教わりながら、市場で買ってきた魚に塩を振っていた。
「今日の分の豆腐の仕込みは終わっておるから、七夕の時に出そう」
「あちゃー、豆腐の仕込みは終わってるんか!? 高耶はんに比べたらほんのちょびっとやけど、ウォーターコントロールで綺麗な水を作る事ができるようになったさかい、豆腐作りを手伝おうて、去年からパワーアップしたとこ見せよう思うたのに♪」
豆腐が食べられる事になり、楽しそうに人数分に椅子を高耶の長屋の前の道へ運び、会場設営を進めるレジエルを見送ると、イフェリアはウォーターコントロールのスクロールを抱えながら「えっへん」と胸を張る。
「わんこぱーんち♪ 水を創るのはクリエイトウォーターだよ」
「‥‥え゛!? え゛え゛え゛え゛え゛〜!?」
まるごとわんこを着てツッコミ宜しくパンチをイフェリアに繰り出すアシュレー。素っ頓狂な声を上げるところを見ると、どうやらイフェリアは素でスクロールの選択を間違えたようだ。
「僕は人が集まるから、ローストチキンとフィッシュフライを作ってきたよ」
エリックが用意してきたのはパーティーの定番、ローストチキンとフィッシュフライだった。
「ならば私は、採れ立ての野菜でサラダを作ろう。キャベツやそら豆が美味しい季節だからな。そのままでも美味しいし、清水に浮かべるとジャパン風の風流で涼しそうだろう」
瑞々しい飛沫の舞うキャベツの葉を剥ぐルクスの横で、手の空いているエリックがそら豆を茹で始めた。
「じゃぁ、あたしはデザートを作るね。その季節の果物は、そのまま食べても美味しいよ」
「美味しい果物が手に入ったのである!」
果物にうるさいリデト・ユリーストが市場で仕入れてきた新鮮で美味しい(と思う)果物を、チェルシーが可愛く鮮やかに盛り付けてゆく。暑くなった台所を涼風扇で葵で涼しくしていたアシュレーが、彼女に付いて手伝った。
「美鈴さんがメンを打てるとは思わなかったよ」
美鈴と舞が持ってきたずだ袋の中身は小麦粉だった。美鈴が素麺を打つという事で、舞がいい小麦粉を入手してきたのだ。
「打った事はないのですけど‥‥細い饂飩ならできなくはないです。見様見真似でやってみますね」
素麺は宮廷食として高級な麺とチェルシーは聞き及んでいたようだ。美鈴も名前は聞いた事があるが、実物は見た事がなかった。
美鈴は最初、素麺は月道で輸入されていないかと期待したが、需要のある調味料と違い、イギリス人に馴染みのない食べ物で売れない事から、残念ながら輸入されていなかった。
チェルシーを始め、ジャパン料理に興味津々のチハルとエリック、アシュレーとルクスに見つめられながら、美鈴は麺を打った。
「羊皮紙では提灯は作れんな‥‥だが、こういうのは童心に帰るな」
その間、舞はレジエルとイフェリアと共に、長テーブルで羊皮紙から短冊を作っていた。
●短冊に願いを込めて
全ての準備が整う頃には夜の帳も降り、星々が瞬き始めていた。
長テーブルの上にはコルセスカが下ろしたお刺身、チハルが焼いた魚の塩焼き、エリックが作ってきたローストチキンとフィッシュフライ、ルクスが手掛けたサラダ、チェルシーとアシュレーが盛り付けたデザート、美鈴が打った素麺もどき(細い饂飩)、そして人数分の豆腐が置かれ、その横には舞とレジエル、イフェリアが飾り付けた樅の若木があった。
最初、アシュレーがまるごとやなぎで笹の代わりになると意気込んだが、それではパーティーに参加できなくなるので、樅の若木の出番となった。
「では、織姫と彦星の再会を祝して‥‥乾杯じゃ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯〜♪」」」」」」」」」」」」」」」」
エールの注がれたジョッキが全員に行き渡るのを確認すると、高耶が乾杯の音頭を取った。
「ジャパンでは生魚を食べるんだね」
「即席料理ですが美味しいですよ? でもまぁ、私が好きなだけなので、ダメな人は無理しないで下さいね♪」
「こんな機会は滅多にないからね。ジャパンの料理をしっかりと食して、下ろし方も味も覚えておかないと」
お刺身に手を伸ばすエリックに、コルセスカが魚の下ろし方を教えた。
レジエルとアシュレーは、早速冷や奴に手を伸ばした。
「高耶さん、トウフは旨いぞー!!!」
「うん、美味しい。やっぱりジャパン料理って奥が深いねぇ」
「そういってもらえると嬉しいのじゃ」
レジエルは刺激の強い香辛料で味付けされた料理が苦手だが、豆腐の仄かな風味に醤の味がミックスされ、すんなり食べる事ができた。
アシュレーも誉めると、高耶は年甲斐もなく照れ、エールを一気に飲み干した。
「高耶はんも舞はんもいける口やなぁ。どんどん行ったってや〜♪」
「ととと、すまないな。醤をたらした焼き魚があれば、夏のご馳走としては上々だろう。鰻も美味しい季節だったな、そういえば」
「‥‥ウナギ‥‥ですか? イギリスでも採れると聞きましたが‥‥蒲焼きが美味しいそうですね‥‥」
イフェリアが提供したどぶろく――ジャパン酒――の久方ぶりの喉越しを味わいながら焼き魚に舌鼓を打つ舞。ちなみに高耶は相当いける口(ざる?)のようだ。
天の川とジャパンをイメージした幻想的でまったりとした旋律を愛用のリュートベイルで即興で爪弾いていたチハルは、鰻の名前を聞き、鰻の蒲焼きを思い付いていた。
「これがソーメンかぁ。同じ小麦粉から作ったのに、全然パンと違うんだね」
「正確には饂飩ですが‥‥見様見真似で作ってみたのですが、意外と上手くいったようです」
チェルシーは素麺もどきを薄めた醤に付けて美味しく食していた。頑張った甲斐はあったと、彼女の美味しそうに食べる顔を見ながら美鈴は思わず顔を綻ばせると、ふと、夜空を見上げた。
「天の川はイギリス語ではミルキーウェイって可愛い名前でいうんですよね」
「ふむ‥‥儂は天の川の方がしっくりくるがな。そうじゃ、せっかく舞殿達が作ってくれたのじゃ、皆で短冊に願い事を書こうかのぉ」
「なるほど。凛嬢から、七夕とはジャパンで祭られている夫婦の神様で、彼らの年に一度の再会を祝い、ご馳走を食べ彼らの星に思いを馳せるお祭りだと聞いたのだが、ご馳走を作って食べるだけではなかったのだな」
どぶろくの肴に美鈴と天の川を見ていた高耶は、思い出したかのように短冊をルクス達に配った。
「願い事か‥‥ふむ。彼らの魂が安らかであるように、と願おう」
「私のはちょっと大きな願いですけど、本当にそういった世界に出来たらいいなと思います」
ルクスは前に受けた依頼で力及ばず、生き終わってしまった者達の救済を願うと、コルセスカは『人も人でないものも、全ての生きるものが平和に幸せに暮らせる世界になりますように』とジャパン語で書いた。
「私は離れている家族と友人の幸せを願った。彼らが居るからこそ、私は旅をしていられるからな」
「この星空は、遠く離れた故郷とも繋がっているんだろうな‥‥よし、『いつ故郷に帰っても恥ずかしくないような立派な人になれますように』っと」
舞とエリックは家族や故郷の事を願った。
「家族か‥‥あたしはやっぱりお姉ちゃんに幸せになって欲しいかなぁ‥‥」
『姉が幸せになりますように』と書いた短冊を、複雑な表情で見つめるチェルシー。お姉ちゃん子の彼女は最近姉に恋人ができ、一時、物凄く落ち込んでいたが、今は姉の幸せを願えるまでに持ち直していた。
「アシュレーさんは何をお願いしたのですか?」
「もちろん、『恋人と一生添い遂げられますように』だよ。そういえば俺達、付き合い始めてもう一年かあ‥‥時が経つのは早いなぁ」
「ごちそうさまです」
この後レジエルは、アシュレーの恋人との惚気話を延々と聞かされる事となった。
そんなアシュレーに、背後から冷たい視線を送っている女性陣がいた。
「とりあえず、ええ人おらんかな〜」
「‥‥あたしは、こんなあたしでも愛して下されば‥‥」
「良いじゃないのこんな願いでも、切実に願ってるのですから!」
『恋人が欲しい!!』と書いたイフェリアと、『‥‥格好いい彼氏ができますように‥‥』と顔を真っ赤にして書いたチハルに、『良い彼氏が出来ますように』と書いた美鈴が発破を掛けた。
ここに『今年中に彼氏を作りたい同盟』が発足したとかしないとか‥‥。
「そうだ、高耶殿。私はいずれジャパンにも旅の途中で立ち寄るだろう。その時に向こうにいる高耶殿の家族に、良ければ何か伝言を承ろうか? 高耶殿がこちらで元気で暮らしている様子を伝えれば親御さんも安心だろう」
「申し出はありがたいが、それには及ばないのじゃ。儂は結婚を嫌がり、縁談を壊して家出した放蕩娘じゃからな」
3日間続いた宴が終わった後、舞がそう告げると、高耶は自嘲を浮かべながら頭を横に振った。既にジャパンに帰る家はないと覚悟を決めているようだ。
――後日、短冊の願い事が早速叶ったかどうかは定かではないが、バカップル然といちゃついてるアシュレーと恋人の姿が、キャメロットのそこかしこで見られたそうな。