百合園の果てで散って
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート
担当:菊池五郎
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 4 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月25日〜08月30日
リプレイ公開日:2005年09月05日
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●オープニング
●夜霧の影
“霧の都”の二の名を持つキャメロットには、今夜も夜霧が深く立ち込めていた。
それは特段珍しい事ではない。
「た、助けて!!」
ランタンを片手に家路を急ぐ彼女の耳に飛び込んできた女性の悲鳴。
これもそれ程珍しい事ではない。
これだけの夜霧だ。通り魔も現れるだろう。
彼女が一般人なら、自分が次の被害者にならないよう帰路を急いでも誰も咎めないだろう。
しかし、彼女は冒険者だ。腰には幾多のモンスターを屠ってきた長剣を帯びている。
彼女はそれを抜くと、悲鳴の聞こえた方へと駆ける。
そこには何かに怯えるように腰を抜かして座り込む女性の姿があった。傍らに落ちているランタンの火は消えており、彼女の持つ灯りに朧気ながら照らされる女性は、同性から見ても息を呑む程の美女だった。
闇に溶け込むような艶やかな黒髪、恐怖に潤む双眸は紅玉の如く輝いている。胸元の大胆な空いた重厚なドレスを纏っている事から、貴族令嬢だと伺い知れた。
大方、社交パーティーの帰りに好奇心で夜の街を歩いてみたくなったのだろう。しかし、今日は間が悪かった。
女性と目が合った後、ふと振り返れば、彼女の視界には通り魔らしき者の影が映った。
先程まで気付かなかったが、これが悲鳴の理由のようだ。
彼女が長剣を振り翳すと影は逃げてゆく。正体を悟られたくないのだろう。この場合、彼女が駆け付けた事で通り魔には失敗したのだから、逃げる事が正解だ。
「助かりましたわ」
虚空へ長剣を振り翳す彼女を認めた女性は、憔悴していた顔に笑みを浮かべて労った。
「好奇心旺盛なのもいいけど、女性の1人歩きは危ないわよ。特にこんな日はね」
「ええ、あなたが来てくれなければ、今頃わたくしはどうなっていたか‥‥これはせめてものお礼ですわ」
「お礼だなんて‥‥ん!?」
1度、断るのは社交辞令。貰えるものは貰うつもりの彼女は突然、女性に口を塞がれた。
女性のお礼とは接吻だった。
突き放そうとするが、甘く柔らかいしっとりとした唇と香しい甘酸っぱい体臭に、いつの間にか抗えなくなっていた。
長く深い接吻を終えて唇が離れると、彼女は快楽という水面に漂うようにとろんとし、女性の笑みは妖艶なそれへ変貌していた。
「あなた、スティアってご存じですの?」
「スティア‥‥? 私は知らないわ‥‥誰かの名前なの?」
「ええ、わたくしのとても大切な妹の名前ですの。本当に知らないようですが、わたくしと一緒に来て戴きますわ」
女性がそういうと、彼女の姿は地面の中へと消えていった。
●女性冒険者失踪!?
メレアガンス候が起こした『オクスフォード候の乱』より半月が経った。
キャメロットでは、庶民はいつもの生活を取り戻しつつあった。
しかし、黒幕であるモルゴースが籠城しているオクスフォードの街の攻略戦が行われたり、戦場の後片づけがあったりと、冒険者は相も変わらず忙しかった。
女騎士エレナ・タルウィスティグもオクスフォード候の乱にアーサー王に付いて参加し、幸い、大したケガを負わなかったので、その後もキャメロットに滞在して負傷兵の看護やお見舞いに奔走していた。
「あいつに与する気は更々ないけどね」
“あいつ”とはメレアガンス候の事のようだ。エレナより爵位は上なので、敬称を付けるのが礼儀なのだが、彼女の性格か、はたまた逆賊に付ける敬称はないといったところだろうか。
エレナが冒険者ギルドを訪れると、受付カウンターの奥で受付係が首を捻っていた。
「女性の冒険者ばかりが行方不明!?」
エレナは気になって訊ねると、オクスフォード候の乱が終わってからここ2週間ばかり、立て続けに女性の冒険者が失踪しているというのだ。
駆け出しの冒険者もいれば、腕の立つ冒険者もおり、パーティを組んだ顔見知りの者という事もないらしい。
共通点は『女性』の冒険者という事だけだった。
しかも、夜霧が立ち込めた後に失踪しており、目撃者は期待できないという。
「冒険者相手の物取りは、相応の実力がないとリスクが多すぎると思うけど‥‥市民街の人だったら自警団に呼び掛ければ外出を控えてもらえるかもしれないけど、冒険者は依頼があればそうはいかないものね。となると人攫いの類かなぁ」
女性冒険者ばかりを狙う明確な『目的』があるのだろうとエレナは予想した。
しかし、遺体は見付かっていないので、攫った女性冒険者達を長期間捕らえられる場所が必要だと彼女は踏んだのだが――。
「って、ちょっと待ってよ!? 失踪した女性冒険者が泊まってた宿、お姉ちゃんの泊まってる宿の近くも含まれてるじゃない!」
ギルドに報告のあった失踪した女性冒険者の泊まっていた宿を教えられたエレナは素っ頓狂な声を上げた。
彼女の住んでいる家はキャメロットの郊外にある事から、戦火を逃れる為に姉のイングリッド・タルウィスティグをキャメロットの宿に移していたのだ。
姉は冒険者ではないが、エレナからすれば気が気ではない。いつ、冒険者から一般人へ標的が変わるか、誰にも分からないからだ。
「分かったわ。あたしが依頼人になるから、この事件、依頼として扱ってくれないかな?」
エレナが依頼人となり、女性冒険者の失踪事件の調査が始まる事になった。
●復讐の夢魔
「お姉ちゃん、いる?」
宿の扉をノックするが、中から返事はない。中からきちんと施錠がされている。
姉のイングリッドは妹がいうのも何だが天然でどこか抜けており、エレナが施錠するように口酸っぱく言っているのが効いているようだ。
「お姉ちゃん、まだ寝てるの!?」
もう昼過ぎである。すると、もぞもぞと物音がして、鍵が外れ、扉がわずかに開かれた。
隙間から、ぼさぼさの黒髪に紅い瞳が覗いた。
「エレナ‥‥ですの?」
「呆れた。もう昼過ぎだよ。いい加減起きないと‥‥」
エレナが部屋へ入ろうとすると、姉は慌てて扉を閉めた。
『もう起きますわ。着替えも身嗜みまだですし、用件だけ仰って下さいな』
「ああ、ごめん」
姉妹とはいえ、見られたくないものは見られたくない。
エレナは扉越しに、女性冒険者が失踪しており、その事件を追う事を姉に告げた。
「だから、夜は無闇に外出しないでね」
「ええ、最近はパーティーのお誘いもありませんし、大丈夫ですわ」
姉の返事に安心すると、エレナは冒険者ギルドへ戻っていった。
妹の足音が完全に聞こえなくなると、イングリッドははだけた寝巻きのまま部屋の端へと歩を進めた。
「うふふ、あの娘は単純ですから助かりますわ」
そこにひっそりと佇む石像の1つに手を伸ばすと、恍惚とした表情でその頬を撫でた。固く冷たい石の感覚が、彼女の憤りをほんの少しだけ癒すのだった。
その石像は昨日、イングリッドを通り魔から助けた女性冒険者を象っていた。
「嗚呼、スティア‥‥あなたも今こうして、石の牢獄に閉じ込められているのでしょう‥‥必ずわたくしが助け出してみせますわ。それまで冒険者共にはあなたと同じ目に遭ってもらいますわ」
同じ様に女性冒険者本人を素材にした石像が10体、整然と置かれていた。
イングリッドは凄絶な冷笑を浮かべた。それは彼女の優雅で優しい笑みではない。イングリッドは再びサッキュバス3姉妹の長女シュタリアに取り憑かれていた。
●リプレイ本文
●お姉様いろいろ
「エレナ、久しぶりね〜。しかし、あなたも物好きねぇ」
女騎士エレナ・タルウィスティグが待ち合わせ場所の市民街にあるエールハウスに来ると、クレア・クリストファ(ea0941)は既に出来上がっているのか、エールの入ったジョッキを片手に笑いながら挨拶した。
「クレアお姉様、エレナさんの事を物好きと仰いますけど、女性冒険者連続失踪事件は人事ではありませんのね。私も、クレアお姉様がいなくなったら‥‥」
「あたしも理雄と同じ気持ちだよ」
クレアに寄り添う神薙理雄(ea0263)の言葉が、次第に小さくなってゆく。クレアの事をお姉様と慕い、心から心配している彼女の心境は、姉イングリッド・タルウィスティグの身を案じて依頼を出したエレナと同じだった。
しかし、クレアはそんな理雄のいじらしい姿がツボに嵌ったのか、ゲラゲラと豪快に笑って「愛(う)い奴、近う寄れ」と彼女を抱き寄せる始末。
「これからどうするんだ?」
「先ずは全員で情報収集に当たるわよ。夜霧が濃い日で目撃者がいなかったとしても、現場を調べるのがセオリーよ」
全員揃ったところでアラン・ハリファックス(ea4295)が話を切り出すと、さっきまでの出来上がり具合が嘘のように凛々しい表情になるクレア。
エレナは、女性冒険者達の大まかな失踪場所と彼女達が泊まっていた宿の位置の情報が書かれた羊皮紙をテーブルの上に置いた。
「むぅ、お姉ちゃんばっかり行方不明なんてもったいない‥‥じゃない、大変な事件だよー」
アランの横で果汁ジュースを飲むチカ・ニシムラ(ea1128)の、お兄ちゃんお姉ちゃん好きらしい感想を聞きながら、フローラ・エリクセン(ea0110)が羊皮紙にキャメロットの街の南東部の概略図を書き、そこに失踪場所と宿の位置を書き込んでゆく。
「お前の姉が泊まっている宿は?」
アランに言われてエレナが指したのは、失踪場所からちょっと離れた場所だった。
「イングリッド‥‥さんは、あまり外出は‥‥されていない‥‥のですか‥‥?」
「元々、外出を好むタイプじゃないけど、キャメロットに来てからはやる事がないのか、あたしが部屋に行くといっつも寝てるから、ほとんど外に出てないんじゃないかな?」
「グッド姫はん、夜はどうなん? 昼間寝てると、夜、退屈せぇへんかな?」
フローラの質問の後、間髪入れずシーン・オーサカ(ea3777)が訊ねる。
「夜は出ないようにきつく言ってるけど、あたし、最近までオクスフォード候の乱の後処理をしてたから、夜までは分からないなぁ」
「この失踪事件の被害者って、ホンマに女性ばっかなん?」
「冒険者ギルドに届け出が出てる冒険者は女性だけだよ」
再確認したシーンは、あるモンスターが思い当たった。
『決め付けるのは時期尚早やけど、また百合サッキュバス姉妹の仕業ちゃうかなー? グッド姫はん、百合サッキュバス姉妹に妙に好かれとるからなー』
『百合サッキュバス‥‥姉妹、ですか‥‥』
シーンが耳打ちすると、フローラの白い頬がたちまち紅く染まった。
フローラがシーンと初めて身体を重ねたのは、思えばサッキュバス3姉妹の依頼だった。それから愛を深め、今では恋人同士になっている。
フローラとシーンにとって、皮肉にもサッキュバス3姉妹は恋のキューピットのような存在でもあった。
●夢魔に魅入られた百合の花
アランは尾花満を呼び寄せると、エレナと共に失踪した女性冒険者が泊まっていた宿の主人に、女性冒険者達の容姿を聞いて回った。
失踪したと思われる現場は、クレアと理雄、シーンとフローラ、チカが調べて回る。
「むぅ、クレアお姉ちゃんもシーンお姉ちゃんも、理雄お姉ちゃんとフローラちゃんとベタベタしてて、つまんなーい」
自分の甘える隙がなく、最後尾で頬を膨らますチカ。
「うちのスクロールやと昨日が限度やから、ちょっと分からへんな」
そんな彼女を無視して、クレアはスクロールを広げてその場の過去を見るシーンに聞くが、昨日は犯行は行われていなかったようで、手掛かりらしきものは見えなかった。
「丁度いい機会ですし、エレナさんのご自慢のお姉様を拝見させて戴きたいですのね」
「そうね、理雄とアランは面識がないから会っといた方がいいわね‥‥すっごく綺麗だからアランはビックリするかも知れないけど、男の人は苦手だから、あまり期待しないでね」
その後、合流したアランがメモをシーンに渡すと、理雄がそう提案した。エレナは姉バカ丸出しで、イングリッドが泊まっている宿へ案内した。
昼間は寝ているというイングリッドだったが、冒険者達が来ているという事で、身嗜みを整え、正装で部屋から下りてきた。
「お近付きに歌を贈らせてもらおう」
「私が踊りますのね」
チカ達は宿の1階にある酒場でテーブルを囲み、しばらく談笑すると、アランが席を立ち、酒場の片隅にある小さなステージへ上がる。巫女装束から薄絹の単衣へ着替えた理雄がその後に続いた。
「悪魔は愛を知らない。
悪魔は愛を求めない。
天使のような微笑みで、ただ嘲るだけ――」
張りのある朗々としたラテン語のボイスが店内に響き渡る。
そこに理雄の神楽舞が花を添える。
東洋と西洋のコラボレーションに、イングリッドだけではなく、店内にいた客全てが聞き惚れ、魅入った。
この場にいないシーンとフローラを除いて――。
「グッド姫はん、もし間違いやったら中の光景は忘れるから堪忍やで‥‥」
フローラが人が来ないから見張る中、シーンはイングリッドの部屋の前でスクロールを広げた。
壁を透視して見たイングリッドの部屋には、無数の石像が置かれていた。シーンはアランから渡されたメモの中身を思い出す。
「間違いない。失踪した女性冒険者達や‥‥」
そう、イングリッドの部屋に置かれていた石像達は皆、失踪した女性冒険者達の外見と酷似していた。
「あっはっはっ、これでほぼ確信したわ。女性冒険者連続失踪事件の犯人はイングリッドよ!」
タルウィスティグ姉妹と別れた後、エールハウスに戻ってきてシーン達の報告を聞いたクレアは高笑いと共に断言した。
「クレアお姉様、心当たりがありますの?」
「あるも何も‥‥あいつは、正確にはイングリッドに憑依しているであろうサッキュバスは、私に屈辱を与えたのよ」
クレアはサッキュバス3姉妹の依頼を受けた際、次女スティアは封印したものの、長女シュタリアと末っ子のティリーナに憑依され、冒険者ギルドの前で憑依から解放されて気を失っているところを発見された事があったのだ。
「永劫の追撃者の名に懸けて‥‥今度こそ、この手で処刑してやるわ」
クレアの持っていた木のジョッキが砕ける音がした。
●2人の復讐鬼
それから3日間、囮に志願したクレアがエレナと共に囮となり、アランとチカ、フローラとシーン、理雄が近くに控えて囮調査が行われたが、夜霧があまり立ち込めなかった事もあり、犯行は行われなかった。
そして迎えた4日目の夜。その日は10m先が見えないくらい、夜霧が立ち込めていた――。
『た、助けて!!』
「二手に分かれた方がいいかもしれへん」
卓越した聴力を持つシーンが、霧の中から聞こえた小気味いい女性の悲鳴の方向を割り出し、エレナとクレアに指示を出す。
念を入れたフローラとチカが呼吸を探ると、悲鳴が聞こえた方にいるのは大きさからして女性と見て間違いなかった。
エレナが向かう方には誰もいない。少しでも犯人から遠ざける為だ。
ランタンを片手にクレアが走る。その後に弓を持ったアランと妖精の葉を噛むシーン、夜の冷え込みからシーンの腕に自らの腕を絡めるフローラ、身体を帯電化させ、続けて稲妻を束ねた刀を創り出す理雄、シーンから借りたスクロールを読むチカが続く。
そこには予想通り、イングリッドがへたり込んでいた。
「あなたねぇ、夜は外出するなとエレナが口酸っぱく言っていたじゃない」
「申し訳ないですわ。昼間聞いたアランの歌が素晴らしかったので、エールハウスに聞きに行こうとしたら、あそこに人影が‥‥」
指し示すイングリッドを無視して、クレアはバックパックを落とし、凄絶な冷笑を湛えながらホーリーメイスを掲げた。
「そうやって気を逸らした後、幻覚でも送り込むのでしょうけど、私はその手には乗らないのよ、残念ね‥‥その娘の声で囀るんじゃない! 『闇よ煌き裁きを下せ』!!」
クレアの手から黒い光が迸り、イングリッドの身体を直撃する。
「!?」
しかし、イングリッドからサッキュバスが弾き出された気配はなかった。
「もしかして‥‥」
「知っているのか、チカ!?」
「うん、聞いた事があるよ‥‥デビルの使う魔法には、神様の力を防ぐ魔法もあるらしいんだよ」
アランに促され、聞きかじりの知識を披露するチカ。レジストゴットという、神聖魔法を修得している者に対して防御能力を得るデビル魔法があるという。
「もし‥‥シュタリアでしたら‥‥エボリューションも使い‥‥ますよね‥‥」
「もう、ブラックホーリーは効きませんわよ」
「みんな、影をずらすんや!!」
フローラの危惧に、イングリッドはにっこりと微笑む。その笑みの意味を察知したシーンが叫びながらランタンをずらして光源を移動させるが、足下の影が爆発した。
その一撃で全員は中傷を負った。特にフローラとシーンは抵抗に失敗していたら、一撃で重傷を負う程の威力だ。
「リクエストにお応えして、蒼穹楽団が団長アラン・ハリファックスの歌声、ちゃんと聞けよ美女軍団ッ!!」
「妹同盟員No.1、魔法少女まじかる♪チカ参上♪ 今だよ、お姉ちゃん達!」
アランが鳴弦の弓の弦を激しくかき鳴らし、チカが魔法少女の杖でイングリッドの動きを一瞬封じた間に、理雄達はリカバーポーションを飲んだ。
「乙女の姿は清らかで 幸せな微笑み湛えてる
だけどよく見てその笑顔 何か隠れていないかな?
瞳に映る愛する人が いつもと違うと気づくはず
心の霧を振り払い 誠の心を呼び覚ませ!」
「イングリッドではなく、私に憑いたらどう!? そうでもして止めないと、妹の石像を壊しに行くわよ!」
「それは困りますわね」
アランの鳴弦の弓の演奏に合わせて、今度はシーンがメロディーを歌で奏でる。2人の演奏と歌唱をバックに、理雄がライトニングソードで牽制し、クレアは自分に憑依するよう挑発する。彼女の後ろには後ずさるふりをしてシーンが控えていた。
だが、イングリッドは妖艶な笑みを浮かべると、再び足下の影が爆発した。レジストマジックを唱えていたクレア以外は直撃を喰らう。
「前のお姉ちゃんみたいに石化しちゃえー!」
その時、傷つくシーン達の姿を見たチカがキレた。
アランの演奏とシーンの歌唱に抵抗を邪魔されたイングリッドは、足下から石の冷たい灰色へ変色し始めた。
『真逆、イングリッドを石化するとは思いませんでしたわ』
「‥‥ああ‥‥か、身体が石に!?」
「お姉ちゃん!?」
イングリッドの身体から黒い霧が出てくると、それは女性の姿――シュタリア――を成した。憑依から解放されたイングリッドは、自分の身体が石化している事に悲鳴を上げ、そこへエレナが駆け付けると、フローラが事情を掻い摘んで話して姉の保護を頼んだ。
「もう手加減はなしよ‥‥処刑法剣四ノ法、封魔夢想磔貫」
理雄がラーンの投網を投げ付けてシュタリアを牽制し、避けたところへ、クレアは身体を捻りながら回転し、ホーリーメイスと木剣で月輪を描く斬撃を繰り出す。
『残念ですわね。今のあなたは、さぞ美しい石像になるでしょう』
「なんです、うぐ!?」
シュタリアは斬撃をものともせず、死に体のクレアの唇に自らの唇を重ね合わせた。
すると、クレアは足下から徐々に色彩を失っていく。それ以上にサッキュバスに唇を奪われた事の方が彼女には屈辱だろう。
「クレアお姉様!?」
「今は戦いに集中しろ! 大丈夫だ、殺しても死なないような女だよな、お前は」
「その通りよ。理雄、これを‥‥」
縋りつこうとする理雄をアランが制すると、クレアはまだ動く腕で妹に銀の髪飾りを差し出した。
「この力は悪魔と戦う為に無理矢理叩き込まれたもの‥‥あなた達さえいなければ辛い目に遭わずにすんだのに!」
「―――絶望を贈ろう。ショータイム!!」
理雄は受け取った銀の髪飾りを着けると、フェイント織り交ぜて雷撃の切っ先でシュタリアの身体を捉える。
アランもシルバースピアでシュタリアの身体を穿ち、2撃目はシルバーナイフで薙いだ。
「‥‥これなら‥‥どうです‥‥」
「お姉ちゃんにこんな事するのは趣味じゃないけど、サキュバスなら問答無用だよ!」
シュタリアがムーンシャドゥでフローラの背後に現れると、彼女の電気の罠が即座に形成され、そこへチカのライトニングサンダーボルトが迸る。
『あなたは是非、憑依してみたかったのですけど、残念ですわ』
「‥‥ぁんっん‥‥(‥‥シーンより、上手い‥‥サッキュバス‥‥だから‥‥?)」
「フロー!?」
重傷を負いながらもフローラの唇を奪い、クレア同様、石化させてしまう。シーンの悲痛めいた叫びが響く。
『お姉様、お戯れが過ぎますよ。魂を無駄に消耗しては意味がないです』
『男以外は全員石化させたかったですけど、今日のところは引き分け、ですわね』
そこへ末っ子のティリーナが現れ、シュタリアを中心にシャボン玉の様な球状の結界を張った。ムキになっていたシュタリアを諫めに来たようだ。
アランが銀のネックレスを腕に巻き、理雄が銀の髪留めを着けた場所で頭突きを繰り出そうとするよりも早く、2人の夢魔は影の中へと消えていってしまった。
「私は‥‥‥‥無力だ‥‥‥‥」
シュタリア達が消えた影を呆然と見つめていた理雄は、クレアの変わり果てた姿に目を移した途端泣き崩れた。
その隣ではシーンも振るえる腕でフローラの石像を抱き締めていた。
「サッキュバスは撃退できたんだ。俺達にはまだすべき事がある」
クールに言い放つアラン。クレアやフローラだけではなく、イングリッドや彼女の部屋にある石化した女性冒険者達を教会へ運ぶ作業が残っていた。
だが、理雄とシーンはイングリッドや女性冒険者達を優先し、クレアとフローラの石像を教会へ運ぶのは後回しにした。
「シーンお姉ちゃん、今は、今だけはあたしが慰めてあげる」
「チカ坊、うちは今そんな気分やない‥‥はふ‥‥ああぁ‥‥」
フローラの石の塊でしかない瞳が寂しそうに見つめる中、チカからシーンの身体を貪り、温もりで心の傷を癒してゆく。
「クレアお姉様‥‥仇はきっと私が取りますの。ですから今は、いいですよね?」
理雄はクレアの魂が凍るような冷たい唇に、復讐の誓いの口付けを交わした。
「押し切れなかったとは、俺もまだまだって事だな」
石像を運び終えたアランは、エレナと共にエールハウスで杯を開けていた。今日のエールはよく冷えていたが、呑んでも酔う気がしなかった。
こうして、それぞれの夜は更けていくのだった。