セイレーンと歌の文化交流!?

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月26日〜10月02日

リプレイ公開日:2005年10月06日

●オープニング

 エールハウスは、エール(発泡酒)好きのイギリス人にはなくてはならない存在だ。エールはイギリス人の国民飲料と言っても過言ではないくらい、イギリス人はエールが大好きなのだ。
 エールハウスは、冒険者達が集う酒場のようにしっかりとした造りではなく、宿泊施設もない、いささか粗末な店構えの、いうなれば居酒屋だが、エールが呑めてちょっとした食事が採れ、小さなステージでは輪投げや歌や舞踏といった娯楽が楽しめる、老若男女問わず庶民の公共の憩いの場だった。

 エールハウスはキャメロットの市民街を中心に至る所にある。
 市民街のとある通りにも2軒のエールハウスが店を構えていた。
 1軒は9月6日でオープンして1周年を迎えたエールハウスで、ディジィー・デンプシーという元気な少女が看板娘兼オーナーを勤めていた。
 ディジィーの店のエールは市販の物、出す料理は家庭料理、と、ありふれたエールハウスだが、売りは自家製のパンとそれを使ったお弁当だ。何より粉を持ち込めばパンを格安で焼いてくれるサービスが、ご近所のご婦人達に好評だった。
 また、こまめに冒険者ギルドへ足を運んで旅の吟遊詩人や踊り子、芸人を雇い、店内にある小さなステージで歌や踊り、芸を披露してもらっていた。
 もう1軒は古くからある老舗のエールハウスで、ローカルエール(地酒)とローカルメニュー(地元料理)で多くの常連客を抱えていた。
 こちらの店の看板娘チェリアは物静かな美女で、活発で直情的なディジィーとは容姿も性格も正反対だった。
 ディジィーの店がオープンした当初、チェリアの店の常連客による嫌がらせが絶えなかったが、冒険者の協力を得てある程度和解し、今では仲良く毎日、客に美味しいエールを出していた。

「いろいろとあったけど、ようやく1年かぁ。とはいえ、ボク自身が1周年を迎えた事をすっかり忘れてたんだよねぇ」
 ディジィーは今日もキャメロットに立ち込める夜霧の中、1人感慨深く呟いた。
 店終いを終えたディジィーは、深夜のキャメロット市内を走り込んでいた。周りには人の気配はない。
 ピュージリズムという拳闘を得意とするファイターの彼女は、体調でも崩さない限り、どんなに多忙でも朝晩のロードワークは欠かさない。エールハウスを経営し実戦から遠ざかっている今、これを欠かすと格段に体力が落ちてしまうからだ。
 念願のエールハウスを持てたディジィーだが、拳闘士としても現役であり続けたいという彼女の姿勢が現れているかのようだ。
『――♪』
「ん?」
 市民街からテムズ川沿いへ出ようとした時、ディジィーの耳に何かが飛び込んできた。
『〜♪ 〜♪』
 それは歌声だった。いや、正確には歌というより旋律を口ずさんでいるといった方がいいだろう。
 『珠を転がしたような』という美声の喩えがあるが、この歌声はまさにそれだった。
 ディジィーは夜霧の中、歌声のする方へ向かうと、そこには1人の女性がテムズ川の方を向いて胸に手を当てて唄っていた。
 海のように蒼い髪の女性で、歳は27、8歳くらいだろうか? 口には髪と同じ蒼いルージュが引かれている。
 しばらく聞き惚れていたディジィーだが、1つ気になる点があった。
 これだけの美声を持ちながら、女性は少しも楽しそうに唄っていないのだ。
「――!?」
「あ、待って!」
 唄い終わった後、女性はようやくディジィーに気付いたのか、慌てて駆け出した。だが、女性の進む先にあるのはテムズ川だ。
 ディジィーは片足を上げて高速ダッシュすると、間一髪、女性がテムズ川に落ちる前に抱きついて止めた。
「お、驚かせてゴメン! あんまり綺麗な歌声だったんで、声を掛けて邪魔するの悪いかなと思ったんだ」
「綺麗な歌声? わたくしが、です?」
 ディジィーは身体を起こすと、息切れする中まず謝った。自分の所為で女性がテムズ川に落ちてしまったかもしれないからだ。
 女性はその事は気に留めた様子もなく、むしろ自分の歌声が褒められた事に驚いているかのようだった。
「うん、凄く綺麗な歌声で、つい聞き惚れちゃったんだ。よかったら、ボクのエールハウスで唄わない? もちろん、他の店で唄っていなければだけど。あ、ボクは市民街でエールハウスを開いているディジィー・デンプシーっていうんだ」
 女性を立たせ、彼女の纏う簡素なローブに付いた砂埃を叩き落としながら、自分のエールハウスにスカウトするディジィー。自己紹介が最後になってしまったのはご愛嬌。
 捲し立てられ、きょとんとしていた女性だったが、ディジィーのエールハウスで唄う話には応じた。

 次の日の夜、女性は約束通りディジィーのエールハウスのステージに立ち、歌声を披露した。
 ディジィーと最初に会った時と同じく、歌ではなく旋律を囀るだけだったが、その『天上の歌声』に客は誰しも聞き惚れ、唄い終わると拍手喝采が浴びせられた。

「キミのお陰で助かったよ‥‥って、どこに行ったんだろう?」
 最後の客が女性だったので、家の近くまで送ってきたディジィーがエールハウスに戻ると、歌姫の姿は店内にはなかった。
 代わりに厨房から、何やら物音が聞こえる。お腹でも減ったのだろうか?
「な、何やってるの!?」
 厨房でディジィーが見たものは、売れ残った生肉にかぶりつき、口の周りを血で汚している歌姫の姿だった。血塗られた歯は人のそれではなく、全て肉を易々と噛み千切れる鋭い牙になっていた。
 思わぬ光景に、咄嗟にファイティングポーズを取るディジィー。少なくとも今の歌姫は人ではない。かといって、ハーフエルフのような狂化でもない。
 考えられるとすれば、デミヒューマンかビーストマンといったところだ。
「ち、違うの! わたくし、決して悪いセイレーンではないの!!」
「‥‥ぷ! ふふふ!」
 口の周りを拭い、歯を人のそれに戻した女性が慌てて言い繕うと、不意にディジィーは吹き出した。
「ディジィー?」
「ははは! 確かに、悪いセイレーンなら自分の事を“悪いセイレーンではない”とはいわないよね。ボクがスカウトしたんだし、キミの事、信じるよ」
 呆然とする、自らをセイレーンと名乗り出た女性を後目に、一頻り笑った後、ディジィーはそういってファイティングポーズを解いたのだった。
 確かに嘘が下手なところを見ると、悪いセイレーンではないようだ。

 セイレーンの本来の姿は、上半身は女性で下半身は魚と、マーメイドというデミヒューマンとよく似ている。しかし、耳が鰭状になっており、歯が全て牙で、魅了の魔力を伴った歌で船を難破させたりして人を喰らうビーストマンという点が違っていた。
 しかし、ディジィーが雇ったこのセイレーンは、以前聞いた人の『歌』に興味を覚えてキャメロットに潜入したというのだ。
 ディジィーに声を掛けられてテムズ川の方へ逃げたのは、誤ってではなく、川へ飛び込んで逃げようとしたからだった。
 店内で魅了の歌を唄わず、人ではなく生肉を食べているところを見ると、彼女は信じられるとディジィーは思った。
「歌といってもいろいろあるからね。冒険者をあたってみるから、キャメロットにいられる間、教えてもらうといいよ」
 ディジィーはそういうと冒険者ギルドへ向かい、歌を嗜む冒険者に声を掛けるのだった。

 かくして、冒険者とセイレーンという奇妙な歌の文化交流が始まろうとしていた。

●今回の参加者

 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2638 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(13歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3110 ターニャ・ブローディア(17歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea5147 クラム・イルト(24歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ケンイチ・ヤマモト(ea0760)/ 逢莉笛 鈴那(ea6065

●リプレイ本文


●消えた報酬
 ディジィー・デンプシーのエールハウスでは、店員の逢莉笛鈴那の提案でセイレーンの歌姫の歓迎会が開かれようとしていた。
「宴の席は人が多い方が盛り上がるんだけどね。庶民に正体がばれると大変だからガマンしてね」
「いえ、わたくしはセイレーンだもの」
「ディジィーが保証するなら私も良い人だって思うわ。何より歌が好きなんだもの!」
 冒険者だけの歓迎会の理由を話すターニャ・ブローディア(ea3110)に、自分がモンスターだと十分承知していると応える歌姫。しかし、常連の吟遊詩人ヴァージニア・レヴィン(ea2765)は、歌が好きな人に悪い人はいないと笑顔で言い切った。
「何処にでも異端っているわよね」
 クレア・クリストファ(ea0941)の鑑識眼にも、歌姫は悪いモンスターではなく、単に社会常識が欠けている『世間知らずの箱入り娘』のように映った。
「‥‥セイレーンの歌、か。興味あるな」
「セイレーンのおねーちゃんと楽しく歌って、その後は‥‥ふふ♪」
 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)の歌姫を見つめる小悪魔的な笑みを垣間見たクラム・イルト(ea5147)に悪寒が走る。
「‥‥何を考えているんだ」
「もちろん、気持ちいいコトだよ」
「歌姫を待たせては失礼ですし、今は楽しく過ごしましょう」
 セレス・ブリッジ(ea4471)が寄り添うケンイチ・ヤマモトに回ってきたジョッキを渡しながら、2人に指差す長テーブルの上には、ディジィーが作った揚げ物や鈴那が下ろしたジャパンの刺身料理が並んでいた。更に鈴那は刺身の応用で、歌姫用に生肉の刺身も用意していた。
「この出会いを祝して! 乾杯!!」
「「「「「「「「乾杯〜!」」」」」」」」
「か、かんぱい?」
 鈴那が乾杯の音頭を取ると、その様子を窺っていた歌姫は真似をしておもむろにジョッキに口を付け――顔を顰めた。
「あっはっはっ、エールは口に合わないみたいね。ディジィー、何か甘い飲み物はあるかしら?」
「仕入れたばかりのシードルならあるけど」
 一気に1杯目を開け、2杯目も飲み干した酒豪クレアに高笑いに、ディジィーは調理場の奥からシードルを持ってきた。確かに果実酒なら、生まれて初めてお酒を飲んだであろうセイレーンの口に合うかも知れないが、シードルはエールよりかなり高価なお酒なのだ。
 クレア以下、全員がシードルを胃に収めたが、実はこのシードル、報酬の『とっておきのお酒』だったのである。

「こんにちは歌姫さん。私はバードのヴァージニア。歌を生業にしてる吟遊詩人よ」
「歌でみんなを楽しくする種族、といった方がいいかもしれませんね。歌は気持ちを表すものですし、楽しく奏でましょう」
 生肉の刺身を食べていた歌姫へ、『会えて嬉しい』という今の気持ちを歌にして挨拶をするヴァージニアと伴奏を引き受けたケンイチ。
「いつまでも歌姫やセイレーンと呼ばれるのは可哀想よね。んー、セイレーンだから『セイラ』は安直かしら?」
「そいえばセイレーンさん、名前が無いんだっけ。それなら『メーア』って名前はどうかな? ゲルマン語で『海』って意味なんだけど‥‥エルも安直すぎかな?」
 ヴァージニアが名前を提案すると、エルシュナーヴも乗ってきた。
「歌姫らしく『ディーバ』って名前はどう?」
「あなたの名前、『コーラル』って考えてみたけど、如何かしら?」
「それぞれ、歌姫と珊瑚という意味ですね」
 ターニャとクレアの提案した名前の意味をセレスが補足する。
「人間には2つの名前があると聞いた事があるわ。ディーバ・コーラルというのはどうかしら?」
「苗字と名前ですね。“珊瑚の歌姫”ですか、素敵な名前です」
 しばらく考えた後、ターニャとクレアの提案した名前を合わせて名乗ると、丁度姓名になるとセレスは説明した。
 こうして、ディーバ・コーラルという名前をもらったセイレーンの歌姫との歌の文化交流が幕を開けたのだった。

●基本がDa・I・Ji
 歌の楽しさを教えるにせよ、基本ができていなければ意味がない。そこでまず、ヴァージニアが歌の基本を教える事になった。
「私と一緒に歌いましょう?」
 ヴァージニアは微笑みながら愛用の竪琴を軽く爪弾き、ディーバを誘う。
「はい‥‥〜♪」
(「セイレーンの歌に人が誘われる理由が分かるわ。でも‥‥」)
 彼女が歌い出すと、最初はその甘露な歌声に耳を傾け、ヴァージニアなりにディーバの歌を吟味する。彼女は呪歌のような魅了の魔力を込めていないのは分かる。それでも尚耳を傾けてしまうのは、悔しいがその天上の歌声はセイレーンの天賦の才だろう。
「(でも、それだけでは人を楽しませる事は出来ても、喜ばせる事は出来ないわ)もう1度、お願いできるかしら?」
 今度は竪琴で伴奏つけ、ディーバの歌声に自らの声を重ねて高らかに唄う。
「どう?」
「よく分からないけど、ヴァージニアの声を聞いて身体が震えたわ。ヴァージニアのように唄いたいって思ったの」
「ふふふ、ありがとう。1人で唄うより、ハーモニーを付けると音に広がりが出るでしょう? 今度は強弱をつけてみましょうか」
 ヴァージニアの声にごく自然に自分の声を乗せてくるディーバ。
「今度はリズムを付けてみるわね」
 元々広い音感を持っているので強弱は問題なかったが、リズムになるとちょっと躓いた。
 それでもヴァージニアが強く唄えば、ディーバは弱く唄い、ヴァージニアが早く唄えば、ディーバは遅く唄い――夜が明ける頃には、輪唱ができるまでになっていた。
「‥‥これが、わたくしの歌?」
「そうよ。同じ歌なのに全然違う歌になるの。ね、楽しいでしょ?」
 信じられないといった表情のディーバに聞くと、彼女は嬉しそうに頷いた。
「私は歌や音で遊ぶの大好き! それに歌詞を乗せるともっと楽しいわよ。想いをもっと込められるの。私があなたに会えて嬉しいって、ただ言うより唄うともっと伝わると思うの。だからこれはあなたへのプレゼント」

『空高く広いこの大地で海の蒼に会えた喜びを歌いましょう。
 ようこそ、地上へ。ようこそ歌を愛する人、
 同じ空の下で生まれた私達は歌を愛する同志、
 この出会いを神に感謝しますって。
 ね? 心を込めて』

●生きる証
「うーん、異国にやってきて、これが最初の依頼かぁ。踊りを覚えてもらう為にも、頑張らないとね」
 こぢんまりとしたエールハウスには不釣り合いな、大きなステージに立ち、気合を入れるターニャ。依頼中、毎夜、ターニャはこのステージで踊る事になっていた。
 紅い髪を宙にたゆたせ、羽根をランタンに煌めかせ、小さな身体を目一杯使って踊る。ジプシーならではの上下左右にめまぐるしく動く腕が、ターニャの身体を、踊りを、より大きく見せた。
 飛び散る汗が輝いて、珠のように見える。
 セレスの横笛の伴奏が終わると同時に、ポーズを決めるターニャ。
 拍手喝采の中、カウンターへ飛んできたターニャは、ディーバからタオルを受け取った。
「難しく考えることはないからね。歌を心と身体で感じれば、自然に身体は動くから、それに素直に従えばいいんだよ。重要なのは楽しむ事だよ。まぁ、これは踊りだけじゃなくて歌を唄う事にも共通していえる事だけどね」
「踊りにせよ、歌にせよ、演奏にせよ、気持ちが出るものです。ですから、あなたが楽しいと思って唄っていれば、聞く人も楽しいですし、逆に悲しいと思って唄えば、聞く人も悲しくなるでしょう」
 ターニャは踊りを教えるのではなく見せ、踊りを頭で覚えるのではなく、踊りが楽しい事を心で感じ取って欲しいと告げた。ターニャの言いたい事はセレスも同じだ。
「ターニャもセレスも、楽しい?」
「もちろん。自分のありのままの気持ちや想いを『うた』に乗せる。だから人々は歌に癒され、歌に感動するんだよ。君も自分だけの想いを乗せれば、きっといい歌が唄えるよ」
「ターニャの踊りのように?」
「踊りはあたしの生きている証だね。歌が君の生きている証になったなら、いつか、ね」
 ディーバの歌はプロ並だが、ターニャの踊りは既に達人の域を超えている。追い付くには技量もさる事ながら、ターニャと同じ、それ以上の想いが必要だろう。

●歌詞を贈ろう
 その日、ディジィーのエールハウスはいつもと違ったざわめきの中にあった。
 お世辞にも綺麗とはいえない店内に、漆黒のドレスに身を包み、銀糸を束ねたような煌びやかな長い髪を後で1つに纏めた令嬢が現れたのだ。
「‥‥もしかして、クレアおねーちゃん?」
「もしかしなくてもそうよ! だから私は一番最後がいいっていったのよ!」
「ジョッキにあたらないでよ」
「ぐ‥‥分かってるわよ」
 わざわざ確認するエルシュナーヴに、ジョッキを握り締めるクレア。ミシミシと嫌な音がするとディジィーが釘を刺し、崩壊寸前でジョッキは九死に一生を得た。
「それじゃ、気を取り直してちょっとやってみますかってね」

『何故 私は此処に居るの
 何故 私は今生きているの
 何故 私は孤独(ひとり)なの

 胸の奥で声が響く 其れが宿命(さだめ)だと
 変えられぬ宿命 ならば抗い生きよと

 信じるものの為に戦え
 護るものの為に生きろ

 孤独(ひとり)では無い
 姿見えずとも 何時も傍に居てくれる
 肉体(からだ)は滅びても 魂は滅びる事は無い

 何時の日か還ろう 失われた故郷(ふるさと)へ
 其処は今でも この心の中で‥‥朽ちる事無く輝いている』

 クレアは貴族として嗜んでいる詩を謡いつつ、最初は哀しげに次第に情熱的に舞った。

●恋って、食べたくない事?
 クレアと同じく、クラムも歌詞を贈った。
「‥‥歌は気持ちを唄うものだが‥‥歌の中で一番多いのは、ラヴソングだな」
「ラヴソング?」
「‥‥恋とは、自分以外の誰かを愛しく、大切に思う事だ。失いたくない程に、な」
「失いたくない‥‥分かるわ。わたくしもクラムが誰かに食べられたくないもの」
「‥‥ま、まぁ、人を喰らうセイレーンならそう思っても間違いではないだろうな‥‥俺がお前に贈る詩のテーマは、『遠くに行っている恋人へのメッセージ』だ・・・決して俺の心境ではないぞ!」
「はぁ」
 セイレーンらしい喩えに苦笑しつつ、1人で照れて、それを隠す為そっぽを向いてしまうクラム。ラヴソングはいまいち分からないディーバは、頬を真っ赤に染める彼女を唖然と見ていた。

『今何処に居てる?
 いつになれば会える?

 『愛されたい』と思った。
 『触れられたい』事を望んだ。

 ‥‥顔が見たい。
 ‥‥声が聞きたい。

 脳裏を過るこの思い
 いつになれば解放される?

 今直ぐ君の傍に行きたい‥‥
 会えなくなる前に‥‥』

 クラムが歌詞を伝えると、ディーバは自分のメロディーにそれを合わせて唄った。2度目はクラム自身も加わり、合唱する。
「‥‥ふむ。いい感じだな。唄ってみるのも楽しいものだが、お前はどうだ?」
「唄っていると、もっと唄いたいと思うようになるの。それにクラムを食べたくない気持ちが、唄う前より増したわ。これがラヴソングなのね」
「‥‥いや、ラヴソングとは違うのだが」
 一杯やりながらも、どこか会話が噛み合わない2人だった。

●種族を越えて
 ディーバは明日にはキャメロットを去る。ターニャが食料の調達や食事をする時は気をつけるなど、ディーバが安全に生活していく助言をし、それを守ってきたが、騒ぎになる前に帰るというのが本人の希望だった。
 その最後の夜のパートナーを務めるのはエルシュナーヴ。ベビーフェイスとアンバランスな、瑞々しくたわわに実った胸元を大胆に露出するピンクのドレスを纏い、ディーバの歌に合わせて竪琴で伴奏していた。

『寄せても返らぬ想い波 満ちても引かぬ想い潮
 この胸弾かんばかりに溢るる想いは何処に流れ行く?
 彷徨い災い逝く運命でも 止め処など知る由も無く
 求め願うは唯一夜‥‥あなたに想い注ぐ夜‥‥』

 最後にエルシュナーヴとディーバが合唱し、最後の夜のステージが終わった。

「でも、何で歌詞のないお歌唄ってたの? あ、でも、それが悪いってワケじゃないよ。歌に大事なコトは『楽しいかどうか』と『気持ちが乗せられているかどうか』だと思うから」
「歌は物心付いた時には唄えるようになっていたけど、歌詞は人間の歌を聞くまで知らなかったわ」
 ディジィーが女性客を送りに行って不在なので、エルシュナーヴとディーバは留守番をしながら歓談していた。
「エルが贈ったさっきの歌詞、どうだった?」
「いい歌詞だったわ」
「そうじゃなくて! ‥‥ホントはね、これはディーバおねーちゃんへのエルの想い」
「クラムがいってたラヴソングね。わたくしもエルシュナーヴは食べたくない――」
 ディーバの感想が最後まで語られる事はなかった。その唇をエルシュナーヴが自らの唇で塞いでいたからだ。そして、軽く触れるだけのキスは、貪るような熱く深いキスへと変わる。
「んん‥‥エルシュナーヴ‥‥何を‥‥」
「んふぅ‥‥ディーバおねーちゃんのキス、海の香りがしたよ。一期一会の縁なら、せめて1度くらい‥‥夜を一緒に過ごしたくて。その想い‥‥だよ」
 店内には誰もいない。とろんとした表情のディーバに蠱惑的な笑みを浮かべながら、エルシュナーヴは彼女の身体を床へと横たえた。
「セイレーンっていっても、ココはエル達と変わらないんだね」
「‥‥こんな感じ‥‥わたくし‥‥おかしくなりそう‥‥」
「んふふ、エルがディーバおねーちゃんに愛を教えてあげる。だから高く高く、一緒にイこうね♪」

 ――その夜、エルシュナーヴとディーバの二重奏が絶える事なく木霊し続けたという。

●別れ
 ターニャが踊り、セレスが横笛を吹き、ヴァージニアとクレア、エルシュナーヴとクラム、そしてディーバで合唱したランチタイムのステージが終わると、やがて別れの時が訪れた。
「困った事があったら言ってきなさい、必ず救ってあげるから‥‥」
 友人として船乗りのお守りを贈るクレア。しかし、ディーバはそれを押し止めた。
「それはクレアが持っていて。わたくしはたくさんの歌と踊りと歌詞と‥‥愛をもらったから」
 そういって唇を愛しげに触る。昨晩、何かがあったようだ。
「そう‥‥また会いましょう、友として」
「みんなは他の誰かに食べられたくないから、また会いたいわ」
 夜霧の立ち込めるテムズ川へと身を躍らせるディーバ。最後の最後まで愛について理解できたかどうかは不明である。