【学食の明日】異国の味を学食に

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月13日〜10月20日

リプレイ公開日:2005年10月24日

●オープニング

「ここはどうでござろう‥‥」
 男は途方に暮れていた。
 確か、江戸から月道を利用し、遠い遠い異国の地であるイギリスにやってきたはずである。
 月道管理局というお役所の、月道管理人というお役人には言葉が通じたので、ここがキャメロットだという事は分かっていた。
 月道管理局を出て、まず驚いたのは街並みだ。道は石畳で舗装され、家はまるで砦のように全て石造りだった。
 しかし、キャメロットの街は、男の家のある京都の整然と整備された街並みに比べれば雑然としており、男の目に迷路のように映っていた。しかも男は迷子になる癖があった。
 気が付けば一週間近く、月道管理局の周りをくるくると回っていた。
 流石に不審(不憫?)に思ったのだろう。月道管理人が声を掛け、男はここぞとばかりに道を訊ねると、月道管理人は丁寧に教えてくれた。
 月道管理人に教えられた方向と『反対側』をひたすら歩き続けた男はいつしか、ようやくキャメロットを出て、田園風景が広がる街道をひた歩き、ついにその目に、キャメロットとは違う大きな街並みが映った。
「おお! あれが志野のいるぱりに違いないでござる!!」
 男は弟の娘、男にとって姪を探しに遙々異国の地へとやってきたのだ。当初の計画では、キャメロットに着いたら『徒歩』でパリへ向かうつもりだったが、それは正解のようだ。
 しかし、駆け出したい衝動に駆られながらも、男は足を前へ出す体力すら事欠く始末だった。キャメロットを発ってやはり一週間以上、延々と歩き続けていたからだ。
 断食には自信があったし、後半月は何も食べなくても保つはずだった。しかし、この空腹感は如何ともし難く、重い荷物を背負っているので、気持ちの方はそろそろ限界である。
「早く志野を探さなくては‥‥でも腹が減って‥‥目が霞んできたで‥‥ござ‥‥る‥‥」
 背負った包みの重さに押し潰されるように、男の意識はそこで途切れた。

 ――数時間後のケンブリッジの学生食堂『プレミアム』。

「いやー、助かったでござるよ。えげれすにもじゃぱん語を話せる親切な人がいて、本当、助かったでござる」
「まぁ、ウチはいろんな国の学生が利用する食堂だし、店の前で腹減って倒れられてちゃ、何の為の学食か分からないからな」
 男はそれこそ半月分の空腹を満たすかのように、パンやらシチューやら茹で野菜やらローストチキンやら、とにかく出された物を片っ端から瞬く間に平らげてゆく。
 相向かいに座る学食の主人のカル・ブライアント(ez0068)は、その喰いっ振りにただただ苦笑する。
 お昼時も終わり、学食の中は男とカルの姿しかなかった。
「しかし、歩いてパリに行こうなんざ、狂気の沙汰だぞ」
「生憎先立つものがない故、歩いていこうと思ったのでござるが‥‥えげれすとのるまんは、歩いては行けないのでござるな」
 カルに言われて初めて分かったイギリスとノルマンの位置関係。だが、自分の国を出た事のない人間の知識は似たり寄ったりだろう。
「悪いが助ける時に荷物を調べさせてもらったが、それは服の生地だろう?」
「反物でござるよ。拙者の実家は織物屋の大店でござる」
「それをここ(イギリス)で売れば結構な額になるぞ? ジャパンの品はどれも人気が高いからな」
 男が背負っていた包みの中には、反物が入っていた。
 武器や防具、醤や味噌といった調味料など、ジャパンの品はイギリスでは人気が高く、輸入されても貴族達が買い占めてしまうのだ。
「それはできはないでござる。これをぱりにいる志野の元へ運ばなければ、拙者、二度と実家の敷居を跨げないのでござる」
 反物の1つも売れば、パリ行きの船のチケットは余裕で手に入るだろうが、男は訳ありのようだ。
「ふ〜、食べたでござる。温かい白飯も恋しいでござるが、このぱんとしちゅーとやらもなかなかに美味しいでござるな。橘有志(たちばな・ゆうじ)、この恩は忘れないでござる」
 そうこうしているウチに一杯になったお腹を満足げにさする男――有志。ご馳走になりながらも、ちゃっかり不満を漏らしていた。
「そうそう、それなんだが、生憎とジャパンの料理は置いてないんだが、有志はジャパン食には詳しいか?」
「拙者、京都に行き付けの酒場があるでござるよ」
「ほぅ、ならこれもセーラ神の加護かもしれないな。1つ、知恵を貸してくれないか。今の時期のジャパンの美味しいものが知りたいんだ」
 カルはその事は気にも留めず、有志にジャパン料理について訊ねた。
「ジャパンの美味しいものでござるか? そうでごさるなぁ‥‥山菜や茸はいけるでござるし、後、熊でござるな。熊の肝は精力の付くでござるよ」
「山菜に茸、熊、ねぇ。上手くすればジャパンのメニューを新しく加えられるかな?」
 木の板にメモしてゆくカル。
「拙者、熊は倒せないでござるが、熊を倒してきたら捌くでござるよ。そのくらいの恩は返すでござる」
「なら、美味しい料理ができたら、パリまでの船代は俺が出そう」

 こうしてプレミアムの秋のメニュー作りが依頼としてクエストリガーに貼り出されるのだった。

●今回の参加者

 ea0105 セーツィナ・サラソォーンジュ(28歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1910 風見 蒼(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0311 マクシミリアン・リーマス(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3117 陸 琢磨(31歳・♂・ファイター・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文


●熊は食べられるのか?
 昼下がりのケンブリッジの学食『プレミアム』は、昼食が一段落し、午後の講義がない生徒達やケンブリッジを訪れた冒険者や観光客の雑談がそこかしこから聞こえたくる。
 ケンブリッジに入学しているジャパン人も少なくなく、ジャパン人の忍者橘有志が居ても全く違和感はなかった。
「いやー、渡りに船とはまさにこの事でござる。依頼を受けて下さり、かたじけないでござる」
「まぁ、学食にはいつもお世話になっているし、要は秋の食材探しだろう。人手は多い方がいい」
 仔犬を思わせる人懐っこいほんわかした笑みを浮かべる有志。ちなみに有志はこれでも三十路過ぎである。
 斜め45度に身体を構えた陸琢磨(eb3117)の、紅玉の如き左の瞳が彼を見遣り、それは苦笑へと変わる。
「しかし熊料理か‥‥懐かしい」
「熊さんって、食べられるんですねぇ?」
「修業時代に、な。倒した熊を食べた事がある。結構大きいから、食いではあるな」
「熊の肉は脂が多く、筋張っていて独特の臭みがあるが、調理すればなかなか美味しいのじゃ」
 セーツィナ・サラソォーンジュ(ea0105)のどこかおっとりとした質問に琢磨が応えると、風見蒼(ea1910)が熊肉について補足した。華国とジャパンは同じ文化圏という事もあり、食生活は似ているところも多いようだ。
「これからの時期は熊鍋でござるかな。特に熊の肝は精が付くでござるよ」
「熊の‥‥肝、ですか? ジャパンの人は豪快ですね」
 熊を食べた事のないマクシミリアン・リーマス(eb0311)は、有志の話を聞いてただただ驚くばかりである。
「噂ではジャパンの人は魚を生で食べるという話ですが、熊の肝も生なんでしょうか?」
「生の魚を食べるのは刺身という料理だが、鮮度が命じゃから、海辺でなければ味わえないからな」
 マクシミリアンの好奇心一杯の碧色の瞳を、蒼は真っ直ぐ見つめながら応えた。
「どんな味でしょう。想像つきません」
「百聞は一見に如かずといいますし、先ずは食べてみましょう」
 どうにも熊の肝の味が想像できずかぶりを振るマクシミリアンの両肩に両手を置きに、セーツィナが出発を促したのだった。

●ダメダメ忍者
 ケンブリッジから離れたその小高い山は、すっかり秋の装いを纏っていた。
「やはり紅葉はいいものじゃ。心が和む」
「こういう風景を見ると、イギリスにいようと『秋が来た』と思えるな」
 蒼と琢磨は故郷を思い出すかのように、紅く色付いた木々の光景を楽しんでいた。集めた落ち葉の上に寝転がり、木漏れ日の下で日向ぼっこをしながら昼寝ができたら、どんなに気持ちいいだろう。
「ところで蒼殿、この縄は何でござる? 拙者、猿回しの猿ではないでござるよ?」
「おぬしは見てる限りですら危なっかしいからのぅ。これは安全対策じゃ」
 しかし、蒼の想像は有志の声に遮られてしまった。
 よく見ると有志の腰にロープが巻かれ、その先を蒼が握っていた。誰かさんがうっかり迷子にならない為の保険である。
 そこへ等身大の鳥が降りてくると、それはマクシミリアンへと姿を変えた。
「セーツィナさんの仰る通り、この先にリンゴのなっている樹がありました」
 この山に分け入る前、マクシミリアンとセーツィナはクエストリガーにあったケンブリッジ近郊の地図で山の麓の村の場所をチェックし、そこに立ち寄って熊の縄張りや山菜の情報について聞き込んでいた。
 特に地元の猟師は縄張り意識が強いので、予め彼らに話を通しておく必要もあった。
 『熊による被害が出ているという話を聞き、自主的に退治に来ました』と折り目正しくマクシミリアンがいうと、彼は神聖騎士という事もあり、猟師達から熊の縄張りについての情報を得る事ができた。
 今はセーツィナの案で、熊の縄張りに行くのは後回しにし、先ずは山菜探しとなったのだ。
「拙者の腕の見せ所でござる! ‥‥痛いでござる〜」
「‥‥さて、がんばるかな」
 早速、有志はリンゴの木に登ってゆくが、最初は調子がよかったものの、途中で足を滑らせて落ちてしまう。
 溜息を1つ落として、有志を抱き起こした蒼は、一緒に木に登ってリンゴをもぎ始めた。
「この茸は食べられるな。こっちの方は分からないから手を出さない方がいいだろう」
「そうですねぇ。このマッシュルームは美味しそうですねぇ」
 琢磨とセーツィナは植物の知識は持っているが、毒草に関する知識はないので毒キノコまではカバーできず、食用の判断に困ったものは素直に諦めていた。
「キノコは何が食べられるのかさっぱり分からないので、適当に採る訳にもいきませんからね」
 マクシミリアンは今度は手を伸ばしてクルミを採っていった。

 山菜にマッシュルーム、クルミにリンゴと秋の味覚は大収穫となった。
「いぎりすにも食べられそうな山菜が多くてよかったでござる‥‥おや?」
 木から降り立った有志は、足下がやけに柔らかい事に気づいた。
 次の瞬間、物凄い叫び声が辺りに響き渡った。どうやら有志は落ち葉の下に埋もれていたスクリーマーの菌糸を踏んでしまったようだ。
「!? 僕達以外の大きな生命反応を感知しました。この大きさはおそらく‥‥」
 マクシミリアンが警戒を促す。蒼が日本刀を、琢磨がロングソードを構えると――。
「ひぎゃぁぁぁあぁぁぁぁぁ!?」
 先程のスクリーマーのものと遜色ない、悲鳴にならないような有志の悲鳴が響き渡った。
 彼の背後に熊が現れたのだ。
 慌ててロープを引く蒼。その間、琢磨が有志と熊の間に割って入った。
「ひ、羆(ひぐま)でござる〜きゅう〜」
「ちょ、ちょっと!? 熊に詳しいあなたが気を失ってどうするのです!?」
 背中に差した真新しい忍者刀を抜くどころか、乙女のように気絶して崩れ、身を預けてくる有志を揺さぶるセーツィナ。マクシミリアンと蒼が動物には詳しいが、有志はモンスターに詳しかった。
「‥‥あ、あら、まあ‥‥これは‥‥」
 “天然賢人”の二の名を持つセーツィナも流石にそれを見た途端、頬を赤らめてしまった。
 有志の忍者装束の股が湿っていたのだ。どうやらショックのあまりおむらしをしてしまったようだ。
「‥‥どうしましょう。替えの褌を持ってきたでしょうか‥‥」
「とにかくそいつを頼む。何かあったらウォーターボムで迎撃できるだろう」
 有志の股をきっかり数秒凝視してしまった後、左右を見渡して彼の荷物を探すセーツィナに、琢磨が半ば呆れて言い捨てた。

「ウー! ワンワン!! グルルルルー‥‥」
「羆は両手で抱え込んでくるから、捕まらないように注意するのじゃ!」
 等身大の犬に変身したマクシミリアンが盛んに吼えて牽制する中、蒼が日本刀で正面から斬りかかる。
「この攻撃は避けられまい」
 蒼からのアドバイスを聞いて抱き込み攻撃を喰らわないよう、彼に引き付けられたブラウンベアの背後から琢磨がロングソードで強襲した。
 琢磨と違い、バックアタックを持たないブラウンベアは流石に彼の攻撃をかわせず、まともに受けてしまう。
 後ろを振り返り、果敢に反撃しているブラウンベアの爪を、琢磨はロングソードで受け流した。
「さぁて、いっちょやるかのぅ!!」
 続けて裂帛の気合いと共に放たれる蒼のスマッシュに、遂にブラウンベアは一度も攻撃を当てる事なく倒されてしまったのだった。

●学食の新メニューは?
 戦いが終わると同時に、タイミングよく目が覚めた有志によってブラウンベアは解体され(この時、切れ味の鋭い新しい忍者刀で自分の指を切ってしまったのはご愛敬)、山菜と共にプレミアムに持ち込まれた。
「‥‥味噌や醤油はこちらでは桁違いに高いからのぅ‥‥」
「ちょっと待ってくれ。学食で出す以上、生徒が食べられる値段にしてくれよな」
 学食の厨房にある調味料を確認した蒼の漏らした感想に、学食の主人カル・ブライアント(ez0068)は釘を刺した。
 彼はジャパンの調味料である味噌・醤・酢を自分で仕入れようと思っていたが、それでは料理自体が割高になってしまい、学食のメニューには加えられなくなってしまうのだ。
 あったのは、少量の塩とリンゴ酢(ビネガー)、蜂蜜だけだった。
 気を取り直して蒼は熊鍋に取り掛かった。
 琢磨と一緒に肉と脂身を大きめのサイコロ大に切り、それをお湯を入れ、火に掛ける。
 煮立ててあくが吹き上がったところで火を止め、肉と脂身をざるに取り、水で洗う。それをもう1度、今度は十分に柔らかくなるまで中火で再度煮る。
 柔らかくなったところでカブとニンジンを入れ、これらに火が通ったところで、キャベツとキノコを入れ、リンゴ酢で味付けをする。
 尚、酒類はイギリスにはエールしかないので、蒼は自分でジャパン酒を用意していない以上、入れられなかった。

 また、合わせてニンジンとタマネギ、えんどう豆を一緒に煮た熊と野菜の煮物も作った。

 セーツィナは茸のバター焼きを作り、その横では有志が山菜と茸のフライを作った。
 一方、マクシミリアンは茸のシチューの入ったパイと、リンゴ100%のリンゴジュースと、薄くスライスしたリンゴを焼いた焼きリンゴといったお菓子を考案した。

「これが熊鍋ですか‥‥寒い日には身体が温まりますね」
「野菜と一緒に煮込むと、味が染みますねぇ」
「茸を油ではなく、バターで炒めたものか‥‥なかなか美味しいな」
「リンゴを焼いたものも香ばしく、熊鍋の口直しにいいのじゃ」
 マクシミリアンとセーツィナは熊鍋と熊と野菜の煮物と山菜と茸のフライを、琢磨は茸のバター焼きをつまみ、リンゴジュースで喉を潤し、蒼はどうしても脂っこい熊鍋の口直しに焼きリンゴを食べたのだった。

「この毛皮は有志さんが持っていって下さい」
 有志がパリへ出発する際、調理する前に捌いた熊の毛皮を、今回の記念にセーツィナは渡したのだった。
「皆の事は忘れないでござるよ」
「姪御さんに会えるといいですね」
「失禁した事は秘密にしておいてやるからな」
「ちゃんとパリで船を下りるのじゃぞ」
 手を振り、ケンブリッジを後にする有志に、マクシミリアンが、琢磨が、蒼が温かい言葉(?)と共に見送ったのだった。