百合園が果てる刻(とき)
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ
担当:菊池五郎
対応レベル:9〜15lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:12月01日〜12月06日
リプレイ公開日:2005年12月13日
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●オープニング
●姉妹の睦言
『シュタリアお姉様、そろそろお戯れは止めにしませんか?』
『ティリーナ、あなたはスティアに帰ってきて欲しくないのかしら?』
『いえ、わたしもスティアお姉様には帰ってきて欲しいです』
『ですから、スティアを攫った冒険者を誘き出す為に他の女の子の魂を奪い、あの子と同じように冷たく固い石の牢獄に閉じ込めているのですわ』
『ですけど、シュタリアお姉様まで危険な目に遭うのは嫌なのです。このままスティアお姉様を取り戻せなければ、新しいスティアお姉様を創ればいいと思い付いたのです』
『スティアを、新しく、創る? あの子は諦めるのですか?』
『このまま徒労に終わるよりは、新しいスティアお姉様とまた3人で楽しみませんか?』
『それも一興ですわね。ところで、新しいスティアはどう創るのです?』
『うふふ、お姉様。わたし達にはいつも可愛がっているあの娘がいるではありませんか』
『ああ、あの娘ですか。わたくしも大好きですわ。ふふふ、あの娘をスティアに‥‥これからはスティアとして今まで以上に愛でましょうか』
●消えた姉、奪われたメイド
「大漁大漁〜♪ 今回の遺跡は“当たり”だったわね〜♪」
森の中を縫うように延びる小道を、上機嫌で愛馬を駆る女騎士エレナ・タルウィスティグ。赤毛のツインテールが切る風に靡く。
愛馬の鞍には遺跡で見付けたアイテムが積まれていた。彼女は冒険者ギルドに貼り出されていた依頼で、しばらく家を留守にして遺跡探検へ出掛けていたのだ。
「お姉ちゃん、ちゃんと留守番してるかなぁ。まぁ、ラピアが来てくれてるから大丈夫だとは思うけど」
エレナの姉、イングリッド・タルウィスティグは、“深窓の令嬢”といった言葉を体現した、まさに絵に描いたような貴族令嬢で、美味しい紅茶が淹れられるだけで家事は一切できず、妹がいないと生活能力0だった。
そこで依頼に出ている間、イングリッドの親友の貴族令嬢ラピアをメイドとして雇っていた。メイドはイギリスでは貴族女性の他家での家事手伝いを指し、給仕や侍女より地位は高い。
ラピアはイングリッドより4歳年上で、気高く美しく、そして気の強い“棘のある薔薇”を思わせる女性だ。歌にせよ、社交ダンスにせよ、何かにつけてイングリッドと張り合うのだが、天然のイングリッドはその事に気付かず、いつも自然と勝ってしまうという構図が出来上がっていた。
ただ、ラピアは騎士に混じって狩りに出掛ける事から家事も得意で、これだけはイングリッドに勝てるのであった。
2人へのお土産を垣間見て顔を綻ばせたエレナの視界に、数週間ぶりの我が家が見え始めた。キャメロットから歩いて2日程の森の中にある2階建ての館、エレナとイングリット2人の家だ。
「――あれ?」
家へ近付くにつれ、エレナは首を傾げた。今は夕方だ。そろそろ灯りを点けてもいいはずなのに、玄関には灯りが点っていなかった。
「お姉ちゃんとラピア、出掛けてるのかな? でも、馬はあたしが乗ってるし‥‥」
今の時期は領地の農作物の収穫が終わり、貴族達は毎晩のようにパーティーを開いては、他の貴族を招待しあっている。イングリッドはその風貌や歌や社交ダンスといった社交界の嗜みからパーティーに呼ばれる事が多く、今日は出掛けているのかもしれない。
エレナは帰ってきた事をいち早く知らせようと、愛馬を家の前に止め、そのまま家の中へ入っていった。
「お姉ちゃん、ただいまー! 居ないのー? ラピア、ただい‥‥痛!」
勝手知ったる我が家である。灯りも点けずに暗闇の中に声を掛けると、エレナは側頭部を何か固いものに打ちつけてしまう。このような固い物は、出掛ける時にはなかったはずだ。
「いった〜い! なんなのよ、もう! お姉ちゃんがこんな固い物置いたの!? ‥‥何よ、これ‥‥」
「こぶができちゃうじゃない」とこの場に居もしないイングリッドへ文句を言いながら手慣れた手付きで腰に下げていたランタンに灯を点すと――打ちつけたのは石像の手だった。
「どおりで固いはず‥‥って、あたし、そうじゃなくて、何で石像なんか‥‥それにこれ、ラピアに似てるけど‥‥ってゆうか、あたしのいない間にラピアでも彫ったのかな?」
光源を石像の手に沿って移動させると、暗がりの中に映し出されたのはラピアを象った石像だった。エレナがぶつかったのは、何かに縋るように伸ばされた手だった。
『ふふふ、ご明察ですが、それはメイド本人を原材料にした石像ですのよ』
「ラピア本人ですって!? あんたは‥‥シュタリア!!」
暗がりの奥から聞き覚えるある女性の声と共に霧が立ち込めると、それは女性の姿を形作った。その忘れもしない容姿に、エレナは背中に括り付けているウォーアックスを構えた――相手はサッキュバス、効かないのは分かっているが。
『その娘はわたし達を受け入れてくれなかったのです‥‥』
「可哀想ね、こんなに気持ちいいのに‥‥」
「ティリーナ!? 当たり前でしょ! ラピアはお姉ちゃんと違ってそっちの気はないの! よくも巻き込んだわね‥‥って、あんたはスティア!? どうして‥‥」
長女シュタリアに続いて末っ子ティリーナが現れる。アックスを一閃させて怒りを露わにするエレナだったが、ティリーナが寄り添い、身体を絡めている女性の姿に絶句した。
前からイングリッドを依代としていたサッキュバス3姉妹の次女スティア――彼女は冒険者によって封印されたはずだった。
スティアの身体から甘酸っぱい匂いが微かに漂い、エレナの鼻についた。
「お姉ちゃんやラピアの他にも女の人を連れ込んだようね‥‥お姉ちゃん、イングリッドはどうしたのよ!?」
『うふふ、あの娘はもう居ませんわ』
その匂いに微かに頬を高揚させつつ、矢継ぎ早に質問するエレナ。しかし、スティアに雪崩れ掛かり、目の前にエレナがいても憚る事なく深いキスを交わすシュタリアから返ってきた応えは意外なものだった。
「真逆、お姉ちゃんの魂を!?」
『そんなもったいない事はしないです。あの娘の身体はわたし達に必要ですけど、心までは要りませんから』
「私がシュタリアお姉様やティリーナと再び会えたのも、イングリッドのお陰なのよ」
スティアの豊満な身体を愛でるティリーナ。その愛撫にスティアは恍惚とした表情を浮かべて応える。
「‥‥どういう事よ‥‥お姉ちゃんを返してよ! あたしのお姉ちゃんだよ!!」
『残念ですが、もうわたくし達のスティアですわ』
シュタリアが蠱惑的な笑みを浮かべると同時にエレナは後ろに飛び去った。その直後、影が爆発した。
灯りを消して影を無くし、這々の体でなんとか屋敷から脱出したエレナは、愛馬に飛び乗るとできるだけ屋敷から離れていった。
3人揃ったサッキュバス3姉妹の手から、姉のイングリッドとメイドのラピア、そして愛でられているであろう貴族令嬢達を助けるべく、エレナは冒険者ギルドへと愛馬を駆った。
「“身体は必要だけど、心は要らない”‥‥ってティリーナは言ってたよね」
ラピアは石に変えられていたが、姉の姿はなかった。消息は分からないが、ティリーナ達の口振りから生きているらしい事は窺えたのだった。
●リプレイ本文
●喪われしもの
エルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)と一緒に待ち合わせ場所にやってきたチカ・ニシムラ(ea1128)は、女騎士エレナ・タルウィスティグの姿を認めて挨拶しようと掲げた手を下ろした。
チカの知る限り、エレナは正義感が強く、ちょっとワガママで、猪突猛進な性格だが、俯き加減に佇む今の彼女からはその覇気が全く感じられなかった。
「エレナお姉ちゃん、ごめんなさい! イングリッドお姉ちゃんを石化させちゃって‥‥」
「ううん、もう気にしてないよ。流石にあの後直ぐは怒ってたけど、よくよく考えればお姉ちゃんに憑依していたシュタリアを追い出す事ができたんだもん」
開口一番、チカは彼女に頭を下げた。突然謝られ、手を横に振って気にしていない事をアピールするエレナ。
そこへ愛馬コロナの手綱を引きながらクレア・クリストファ(ea0941)がやってきた。彼女は同じく愛馬の手綱を握る神薙理雄(ea0263)の肩に手を回していた。理雄はクレアを姉として慕っており、クレアもそれを受け入れ、可愛がっていた。
その後にフローラ・エリクセン(ea0110)とシーン・オーサカ(ea3777)が仲睦まじく手を繋いで現れた。
「エレナおねーちゃんの遭った状況とか、サッキュバス3姉妹が話していた内容とか、できるだけ詳しく全て教えてもらえないかな?」
全員が集まった事を確認すると、エルシュナーヴはそう切り出した。
「シュタリア‥‥絶対に、許しませんっ‥‥!」
「せやな、うちもうちのフローに手ぇ出した借りは返さにゃならんし」
「‥‥はい、私は‥‥シーンだけのもの、ですから‥‥」
サッキュバスに引き裂かれた姉妹――エレナの話を聞いたフローラとシーンは怒りを露わにしていた。2人は自他共に認める恋人同士だ。
「はいはい、惚気はそこまで。しかし解せないわね。スティアは封印されているはずなのに‥‥」
「それにイングリッドの姿が見えないというのも気になりますの、お姉様」
「ええ。貴族令嬢達と共に奥の部屋に囚われているか、或いは‥‥」
放っておくとそのまま惚気てしまうシーン達をクレアは手を叩いて止めると、理雄の意見を受けて仮説を打ち立てた。
「‥‥スティアはイングリッドかもしれないわね」
「そんな!? スティアは1年以上も前にクレア達が封印したじゃない!?」
「エレナおねーちゃん、落ち着いて。クレアおねーちゃんは仮説を言ってるだけだよ(ちっちゃいし硬いなぁ)」
「そうですの。イングリッドの姿が無く、スティアの姿がある‥‥これを端的に結び付けただけですのね」
クレアの仮説に反論するエレナを役得とばかりに後ろから抱きしめて止めるエルシュナーヴと、姉の仮説の補足をする理雄。
「エレナの気持ちは分かるし、イングリッドを助けたい思いは私も同じよ。あなたからすれば酷い事を言っているけど、今度こそあの姉妹を倒す為にも、あらゆる可能性を考えておく必要があるのよ」
「私もあの姉妹は絶対に倒す。そう誓ったから‥‥」
いつもならゲラゲラと豪快に笑い飛ばすところだが、今日のクレアはそうではなかった。理雄もまた、エレナの知っている彼女からは想像も付かない、鋭く冷たい、氷でできた鋭利な刃物のような目つきをしていた。
●閑話休題
利賀桐真琴がシーン達の服を動きやすいように簡単に仕立て直し終わると、アスティナ・クロスハートが浮かない顔でやってきた。キャメロットの市場を当たったが、石化を解除する『コカトリスの瞳』は見つからなかったようだ。
クレアはコロナにエルシュナーヴを乗せ、理雄は漣に、シーンはイゥーイに、エレナは戦闘馬に跨ると、真琴とアスティナに見送られてキャメロットを発った。
「あ、フローラお姉ちゃんもセブンリーグブーツ、お揃いだね♪ 一緒に行こう♪」
チカとフローラはその後を上機嫌に追いかける。
「エレ、報酬なんやけど、ロハでエエわ。そん代わり、依頼が終わったらメイドの服を着せてもらえん?」
「報酬なら渡せるけど、メイドの服でいいの? ラピアが持ってる服でよければ頼んでみるよ」
エレナと併走しながら報酬について切り出すシーン。着の身着のままとはいえ、遺跡で手に入れたマジックアイテムは戦闘馬に積んできたので報酬として出せるが、シーンは要らないという。
ちなみに、裕福な貴族や商人なら雇ったメイド専用の仕事着を用意するが、普通のメイドは一番良い、もしくはお気に入りの服を仕事着として着ており、これが『メイドの服』となる。
エレナはイングリッドと2人暮らしでそこそこ裕福だが、メイドに仕事着を用意できる程ではないようだ。
●夢魔
エルシュナーヴ達は昼間の内に、エレナの屋敷のある森へ着いた。
「‥‥6人が、この辺りに‥‥いるようです‥‥そのうち、1人は‥‥イングリッドさん‥‥でしょう‥‥」
フローラは呼吸する者の位置を探ると、エレナが地面に書いた屋敷の見取り図の大まかな場所を指した。そこは一階のリビングだった。イングリッドの近くにいるのは拐かされた貴族令嬢達だろう。
姉が生きている事に胸を撫で下ろすエレナ。
「妹同盟員の3人が揃っての初めての作戦‥‥絶対成功させようね♪ 今までの決着をつける為に。そして‥‥お姉ちゃん達と楽しむ為に♪」
「チカ、あんたねぇ、そんな邪な」
「エレナおねーちゃんの緊張を解す為だよ。これも縁ってコトで‥‥妹同盟員No.2のエル、イキまーす!」
「エルシュナーヴ、あんたもその発音止めてよ‥‥」
チカが発破を掛けると、その内容に異議ありと突っ込むエレナ。エルシュナーヴが彼女を止めるのも、この数日の間にすっかり定着していた。
月が覗いていた空に雲が掛かると、それが合図のようにエレナが玄関を開け、クレアと理雄、エルシュナーヴが中へ入る。
「お姉様、こちらですの」
夜目の利く3人だったが、クレアはラピアの姿を捉えられなかった。理雄の囁き声に導かれて手探りでラピアの石像を探し当てると、コカトリスの瞳を使った。
「‥‥イングリッドに勝つまで、石化されてたまるものですか!」
「ラピア、あたしよ、エレナよ、助けに来たの」
生身に戻ったラピアの口を塞ぎ、手短に事情を説明するエレナ。彼女が事情を飲み込むと、理雄達は一旦外へ出た。
「この声を忘れたとは言わせないわよ姉妹共、全員揃って出てきなさい!」
クレアが屋敷中に響くかのような大声で叫んだ。すると玄関が開き、ティリーナが姿を現した。
雷電を身体に纏い、木剣を片手に今すぐにでも飛びかかろうとする理雄をクレアは手で制した。
「用事があるのはシュタリアだけ‥‥お前は要らない」
「‥‥お前達、今までに何人の魂を奪い取った?」
すぐにでも飛び掛かりたい理雄をクレアが抑えると、彼女は手を出し倦ねてるようにティリーナを睨め付けた。
『さぁ? 数えていないです。あなたも生まれてから食べた鶏の数は数えていないでしょう?』
「お姉様を愚弄するのは、私が許さない‥‥」
「お前達は、此処で私が裁く!」
彼女をよく知る理雄とエルシュナーヴすら恐怖させる憤怒、憐憫を込め、麗しき薔薇を咥えながら言い放つクレア。
『振るいし剣は誰の為、抱きし心は誰の為?
刹那の闇に迷う事勿れ、其が導く過ちは永久
深淵の先に真実を見よ、光輝く其を高く掲げよ
曇り無き剣と心在るなら、未来は汝と共に在り!』
エルシュナーヴの紡ぐ歌に心を支えられ、クレアと理雄はティリーナに躍り掛かった――!
「玄関の方にティリーナが来たようやなぁ。こっちにスティアかシュタリアがいるって事やな」
シーンはエルシュナーヴとテレパシーで逐次連絡を取り合っていた。
チカがエレナから借りた鍵で勝手口を開け、リビングへと滑り込んでゆく。
思わず頬を赤らめるフローラ。リビングには貴族令嬢達がスティアに群がり、愛し合っていた。
「うふふ、あなた達も混ざるかしら?」
「‥‥本当に‥‥愛する人、としか‥‥そういう事は‥‥しません‥‥」
フローラがスティアの誘いを断ると、彼女は口では残念がるものの、妖艶で凄絶な笑みを浮かべてチカ達を指さした。
すると貴族令嬢達が力無く起きあがり、ズゥンビのようにゆらゆらと3人に近づいてきた。
「スティアがイングリッドお姉ちゃんだとすると、ライトニングサンダーボルトを使う訳にはいかないよね‥‥」
チカもフローラも貴族令嬢相手には魔法を唱えられず、じりじりと壁際に追いつめられる。シーンが魅了し返したり、正気に戻るよう歌うが、いずれもサッキュバスの魅了を上回る事はできなかった。
「しゃーない、フロー、チカ坊、こうなったら奥の手や」
シーンは背後の壁に穴を開けると、先ず2人を逃がして自分も逃げた。
そこに待っていたのは――。
「シュタリア!」
シーンの声と同時にチカとフローラの雷撃が迸った。
クレアと理雄は消耗戦を繰り返していた。エボリューションを唱えたティリーナには、同じ攻撃は二度は効かなくなる。それだけではない。ティリーナはシュタリアと違って魔力で身体を形成しており、銀製の武器すら効かないのだ。
クレアは持ってきた武器を聖なる杭の結界内に突き立ててあり、ヒットアンドウェイを繰り返して交換していた。理雄は武器に縄を付けてあり、ラーンの投網と一緒に足下の前方に投げ出していた。縄を手繰れば武器の交換ができる寸法だ。
理雄がクレアの交換をフォローするものの、ティリーナも甘くはない。クレアが後退すればムーンアローで追撃し、理雄の攻撃もかわされたり受け流される事もしばしあった。
そこへチカとフローラが現れ、その後からシュタリアとスティアが姿を見せる。
「チカおねーちゃん、フローラおねーちゃん、シーンおねーちゃんは!?」
「‥‥シーンは‥‥シュタリアに、唇を‥‥奪われて‥‥」
エルシュナーヴの問いに涙目で応えるフローラ。シーンはスクロール不発動の隙を衝かれて、シュタリアに石化されてしまっていた。
『ふふふ、あなたも思い出したでしょう?』
「‥‥愛の無い口付けで‥‥私の愛は、揺るぎませんっ‥‥」
シュタリアのキスを思い出し、身体の芯が火照りつつも、感情を露にして否定するフローラ。
「スティアの身体はあの娘ね? “本物”は見捨てたの?」
『スティアを愛しているからこそ、こうして新しいスティアを創り出したのですわ』
「私もシュタリアお姉様に愛されて満足です」
「違うよ! お姉ちゃんはあたしのお姉ちゃんだよ!!」
クレアの質問に応えるシュタリアとスティア。ラピアを護っているエレナの悲痛の叫びが響く。
『きっと、幸せな夢を見ているのでしょう‥‥
だけど、夢は必ず醒めるもの‥‥
生きるべき現実なくして、人は生きてはいられない‥‥
だから、還っておいで‥‥あなたを待つ、皆の前へと』
『させないです!』
エルシュナーヴはイングリッドへ呼びかける歌へ変えた。スティアのわずかな変化を見抜いたティリーナが彼女へ襲いかかろうとすると、チカとフローラが電撃で撃墜した。
「言ったはずだ‥‥お前は要らない!」
そこへ理雄がラーンの投網を持ち上げてティリーナの足を絡め取ると、クレアと共に渾身の一撃で彼女を斬って捨てた。
「エレナ‥‥」
「お姉ちゃん? 元に戻ったの!?」
今までと違い、はっきりとしたスティアの口調に、エレナはイングリッドとしての意識が戻ったのだと感じた。
『ティリーナに続いてスティアまで、またわたくしから奪おうというのですか! 許しませんわ!!』
シュタリアは狂ったように満身創痍のクレアに襲いかかる。チカとフローラは見守るしか方法がなかった。
「お姉様!」
『仕掛けが無ければ何もできない小者は引っ込んでなさいな!』
今度は理雄がシュタリアの長く鋭い爪で斬って捨てられる側だった。
「私の精神力や信念は、シュタリアを上回らなかったの? ‥‥そうか、結界を張った時点で、背水ではなかったものね‥‥」
クレアもまた、シュタリアのキスを受けて石像へと変えられてしまう。
体勢を立て直した理雄が追撃するより早く、シュタリアはそのまま逃走した。
●穢れなき想い
『どうやらここまでのようです‥‥私、消えたくないです‥‥』
消えゆくティリーナの周りには白い珠が転がっていた。貴族令嬢達から奪った魂だった。
「でしたら‥‥チカ、石化してあげて下さいな」
それらを拾い集めるとイングリッドはチカにティリーナを石化するよう頼んだ。理雄はこのまま倒した方がいいと主張したが、イングリッドは倒しても石化してもそう変わりないと告げた。
「そして、わたくしも一緒に石化して下さい」
「え!? できないよ!」
「お姉ちゃん、何バカな事言ってるんの!?」
「‥‥そうです‥‥夢魔の欲望ではなく‥‥心からの愛を、知れば‥‥もう夢魔に‥‥惑う事は、なくなります‥‥」
続くイングリッドの言葉に、チカだけでなくのエレナもフローラも反対した。しかし、イングリッドはクレアを逡巡し、頭を振った。
「わたくしは身も心もサッキュバスの虜になっていますの。わたくしが生きている限り、第2、第3のスティアやティリーナを生んでしまいますわ。ですからわたくしを本当の姉だと慕ってくれたこの娘と一緒にここで‥‥」
「‥‥分かったよ、チカ、お願い」
イングリッドはトランスフォームというデビル魔法でスティアの姿に変えられ、ティリーナの言霊でスティアだと思い込まされていた。それでもイングリッドの決意は固いと思ったエレナもチカに頼んだ。
チカは涙を流しながらストーンのスクロールを開いた。
貴族令嬢達はティリーナを倒した事で正気に戻っていた。衰弱していたが、奪われた魂を飲み込ませると回復した。
エレナは貴族令嬢達を送り届けた後、イングリッドとスティアの石像をイングリッドの部屋に飾る事にしたようだ。
「復讐は己の全てを賭けた者に‥‥いえ、賭ける事が出来てしまった者にだけ成せる事。ウチには、まだ賭けられないモノが多すぎたのですね‥‥」
客室へ運ばれたクレアの石像。理雄は口を重ね合わせ、そのまま露出している肌を愛でた。冷たく固い感覚が理雄の涙を誘った。
「お姉様‥‥今だけは一緒に居て下さいの。誓いを成し遂げられなかった隙間を埋めて下さい‥‥」
「お姉ちゃん達には悪い事をしたけど‥‥全て忘れさせてあげる」
シーンの石像が傍らに佇む中、チカとエルシュナーヴは、フローラを夜通しで慰めたという。