【探求の獣探索】姉弟邂逅

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月03日〜12月08日

リプレイ公開日:2005年12月15日

●オープニング

●聖杯探索の号
「神の国アヴァロンか‥‥」
 宮廷図書館長エリファス・ウッドマンより、先の聖人探索の報告を受けたアーサー・ペンドラゴンは、自室で一人ごちた。
 『聖人』が今に伝える聖杯伝承によると、神の国とは『アヴァロン』の事を指していた。
 アヴァロン、それはケルト神話に登場する、イギリスの遙か西、海の彼方にあるといわれている神の国だ。『聖杯』によって見出される神の国への道とは、アヴァロンへ至る道だと推測された。
「‥‥トリスタン・トリストラム、ただいま戻りました」
 そこへ円卓の騎士の一人、トリスタンがやって来る。彼は『聖壁』に描かれていた、聖杯の在処を知るという蛇の頭部、豹の胴体、ライオンの尻尾、鹿の足を持つ獣『クエスティングビースト』が封じられている場所を調査してきたのだ。
 その身体には戦いの痕が色濃く残っていた。
「‥‥イブスウィッチに遺跡がありました‥‥ただ」
 ただ、遺跡は『聖杯騎士』と名乗る者達が護っていた。聖杯騎士達はトリスタンに手傷を負わせる程の実力の持ち主のようだ。
「かつてのイギリスの王ペリノアは、アヴァロンを目指してクエスティングビーストを追い続けたといわれている。そして今度は私達が、聖杯の在処を知るというクエスティングビーストを追うというのか‥‥まさに『探求の獣』だな」
 だが、先の聖人探索では、デビルが聖人に成り代わろうとしていたり、聖壁の破壊を目論んでいた報告があった。デビルか、それともその背後にいる者もこの事に気付いているかもしれない。
 そして、アーサー王より、新たな聖杯探索の号令が発せられるのだった。

●確かめたい事
 冒険者達と円卓の騎士達を乗せた馬車が、次々とイブスウィッチへ向かってキャメロットを発っていく。
 王者の証たる剣を地に立ててその柄頭に手を置き、威風堂々たる姿で彼ら、彼女らを見送った後、彼は踵を返してキャメロット内へと歩いていった。

「‥‥アーサー王様!? いいいいらっしゃいませ!?」
「そう畏まらなくていい。今日は依頼主として来たのだ」
 冒険者ギルドに入ってきた人物に、いつものようににこやかな笑顔で応対しようとした受付嬢は思わず声が上擦ってしまう。赤い髪を靡かせ、マントを翻して入ってきたのは、イギリス国王アーサー・ペンドラゴンその人だったからだ。腰に差しているエクスカリバーを収めた鞘が、灯りに照らされて鈍く輝いている。
「依頼でしたら私が承りましょう」
 受付嬢の横にギルドマスターのグリフィス・アリストクラットがやってくる。受付嬢はアーサー王に深々と頭を下げて、そそくさと彼の後ろに下がる。
「あの娘には悪い事をしたな」
「王ご自身は気さくですが、王相手にそう気楽にはできますまい」
 ばつが悪そうに付けている鉢巻きを掻くアーサー王へ、「至極普通の反応ですよ」とグリフィスは笑い掛ける。冒険者ギルドは、貴族だろうと庶民だろうと平等に接して依頼を仲介するが、流石に国王を間近にするとそうはいかないようだ。
 グリフィスは真顔になって依頼の内容を訊ねた。
「私もこれからイブスウィッチへ探索に赴くので、冒険者を雇いたい」
「王自らがですか?」
「ああ、確かめたい事があるのでな」
 アーサー王の言葉にただならぬものを感じたグリフィスはオウム返しに聞いた。
「デビルが聖人の殺害や聖壁の破壊を目論んでいたのは知っているだろう。私達同様、聖人や聖壁からクエスティングビーストの事がある程度分かったから隠滅しようとした、と考えるべきだ」
 聖人や聖壁の持つ聖杯伝承は、単体では聖杯やクエスティングビーストを謳ったものに過ぎず、それらを整合する事により、初めてイブスウィッチの場所が分かる仕組みになっていた。
 事実、アーサー王もイブスウィッチにペリノア王の遺跡があるとは初耳だった。
「そして、デビル達が聖人や聖壁の場所を突き止めたのは、先のオクスフォード候の乱の時に盗まれた資料によるものだ」
 アーサー王は一度話を区切り、これから話す内容を吟味するかのように目を閉じ、そして開いた。
「‥‥オクスフォード候の乱の時も、聖人や聖壁の時もデビルが関わっていたが、私は首謀者はデビルではなく、別にいると考えている。そう思い当たったのは、オクスフォード候の乱を裏で操っていたモルゴースの存在だ」
「とすると、資料を盗んだのはモルゴースの手の者ですかな?」
「いや、モルゴースはオクスフォード候の補佐で手一杯だっただろう。長女モルゴースを始め、ゴルロイス卿には3人の娘がいる。次女エレインと三女モーガン。私はエレインかモーガンも関わっていたと考えているのだ」
 だからこそイブスウィッチへ確かめに行きたいとアーサー王は依頼しに来たのだ。
「‥‥分かりました。では早速、腕に自信のある冒険者を紹介しましょう」
「よろしく頼む」
 アーサー王はグリフィスの認(したた)めた依頼書の最後にサインをすると、冒険者ギルドを後にしたのだった。

●1000年前の罠?
「これがクエスティングビーストですの!? わたくしとした事が、不覚にも騙されましたわ」
 女性の声と共に、硬い物を蹴る音が木霊する。女性が蹴ったのは水晶で出来た半透明の箱だった。聖壁に描かれていた聖杯伝承では、クエスティングビーストが封印されているというのだが‥‥彼女の反応を見る限り、期待外れだったようだ。
 ここはイブスウィッチにあるペリノア王の居城の一角だ。今は遺跡となっているが、一言でいえば天然自然の風穴である。
 女性はロングドレス風の華やかな衣装を纏っており、腰には意匠を凝らしたレイピアを下げ、一国の女王の風格すら漂っているが、ここは遺跡である。明らかに場違いだった。にも関わらず、遺跡の最深部まで服を汚す事なく来ているという事は、相応の実力者だろう。
『ソウ腐ルナ。コレカラ来クルデアロウ円卓ノ騎士タチモ、我タチト同ジヨウニ偽物ヲ掴マサレルコトニナルノダカラナ』
「確かに考えてみればそうですわね。ここにはクエスティングビーストは封印されていなかったのですから。まさか1000年前から罠が仕組まれているとは思いませんでしたわ」
 女性を慰めるのは、傍らにいる7本の首を持つドラゴンだった。
「丁度いいですわ。このクエスティングビーストの偽物を使って円卓の騎士を呼び寄せ、返り討ちにしましょうか。この風穴にはまだまだ罠が残っていますしね」
『円卓ノ騎士ノ魂ハ、サゾ美味ダロウ』
 女性は赤い髪を梳ると、もう一度水晶の箱を蹴った。それは痛々しい音を響かせて元あった場所へと転がっていったのだった。
 女性の名はエレイン。奇しくもアーサー王が会いたがっているゴルロイスの娘の1人だった。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3542 サリュ・エーシア(23歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7197 緋芽 佐祐李(33歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文


●王ではなく冒険者として
 アーサー・ペンドラゴン(ez0005)はイブスウィッチより戻ってきた円卓の騎士や冒険者達を出迎え、報告を受けていた。
「アーサー王とご一緒できるのですから光栄です」
 アーサーはアトス・ラフェール(ea2179)やイェーガー・ラタイン(ea6382)に労いの言葉を掛けた。彼らはイブスウィッチより帰ってきたばかりだった。アトスは至極整然と応えるが、感激して身体が打ち震えるのを必死に隠していた。
 無理もないとケンイチ・ヤマモト(ea0760)は思う。目の前にいるのはイギリス国王にして、聖剣エクスカリバーの持ち主だ。今回の冒険だけで、どれだけの歌や音楽が作れるだろうか‥‥ケンイチもまた吟遊詩人魂に静かに火が点いていた。
「帰ってきたら学園に戻ろうと思っていた矢先に凄い依頼を受けてしまいましたね。いい土産話ができそうです」
「私もイギリスに来て大分経ちますが、王と冒険を共にしようとは思いもよらぬ事でした。いずれ帰国した折には、私の主に良い土産話になるでしょう」
 ルーウィン・ルクレール(ea1364)の率直な感想に、緋芽佐祐李(ea7197)も言葉を続ける。2人もイブスウィッチから帰ってきたばかりだが、疲れは残していないようだ。
「聖杯騎士達が護っていたのは女性の四肢でした。それと、聖杯は『聖杯城マビノギオン』にあるとの事です」
「アーサー王と探索か‥‥いろんな意味で面白い。満足のいく結果が得られるよう全力を尽くそう」
「全力を尽くすのはいいけど、絶対に王に怪我や無茶をさせないようにしなくちゃ。もちろん、アリオスさんも、皆さんもよ」
「ですが、冒険となれば特別扱いはできませんよ」
 イェーガーの報告を聞くアーサーを見ながら、クレリックとしての使命に静かに燃えるサリュ・エーシア(ea3542)は、アリオス・エルスリード(ea0439)のさり気ない感想に軽く注意を促すと、アトスが逆に彼女を諭した。
「アーサー王、出発する前にお聞きしたいのですが、王と普通の依頼主と冒険仲間のうち、どれとして扱って欲しいですか?」
「もちろん、君達の冒険仲間として扱って欲しい」
「分かりしました。では、今からアーサー王‥‥いえ、アーサーは俺達の冒険仲間だ」
「ああ、よろしく頼む」
 アリオスの質問に、アーサーは屈託無く笑いながら手を差し出した。アリオスはウインクして応えると握り返した。
「私達の馬車が来たようです」
 双海涼(ea0850)が馬車の準備が整った事を知らせると、キャメロットを発ったのだった。

 道中、黙々と報告書に目を通すアーサーの顔をちらちらと見遣る涼。
「友人から聞いたあの事を、聞くべきか聞かざるべきか‥‥」
「ん? どうした涼?」
 その視線に気付いたアーサーが顔を上げた。
「‥‥そも特濃醤ってなんでしょうね?」
「私の顔が濃いという事か?」
「いえ、そうはっきりとは‥‥」
「はっはっは、毎日の鍛錬は欠かしていないから日焼けしているし、ジャパン人とイギリス人の感性の相違もあるだろう」
 遠回しに言ったものの、そのものバズリ言い当てられ、クールな涼も流石に焦ってしまう。しかし、アーサーは気を悪くした様子はないようだ。
「涼のように白い肌の女性は美しい。だが、日焼けした女性もまた魅力的だ」
「そうやってグィネヴィア王妃以外の女性も口説いているのか?」
「一本取られたな。私はグィネヴィア一筋だよ」
 イギリスの貴族令嬢は騎士と一緒によく狩りに出掛けるし、一緒に狩りをするので、日焼けしている者が多いという。アーサーの女性論をアリオスが茶化すと、馬車の中にドッと笑いがこぼれたのだった。

●気分はローリング・ストーン?
 イブスウィッチはかつてイギリスの一地方を治めていた王ペリノアの城があった場所だ。
「私と涼さんが前衛を務めますので、アーサーさん達は後から付いてきて下さい」
 忍者の佐祐季と涼が先頭に立ち、その後ろにたいまつを持ったアリオスとランタンを持ったアトスが、アーサーを挟むように立つ。アーサーの後ろにルーウィンと魔法で光球を創り出したサリュが控え、最後尾はランタンを持つケンイチとイェーガーだ。トラップは前にあるとは限らないし、後ろから敵が現れる可能性もあるので、殿も重要だ。
 涼は足元の石を柔らかく蹴って転がし、音の違いで床の下が空洞になっていないか探ったり、天井に不自然な継ぎ目はないか、壁に沢山の穴はないか常に周囲を見回しながらゆっくりと進む。妖精の葉を服用し、聴力を研ぎ澄ました彼女は、わずかな音の変化も聞き逃さなかった。佐祐季やサリュも耳には自信があるので、二重三重に警戒している。
「‥‥ここは落とし穴になっていますね。塞いだ跡があるという事は、誰かが私達を陥れようとしているのかもしれません」
「しかも、地下水脈が流れているようです。下手をすれば海まで流されてしまいますよ」
「聖杯騎士達がそのような事をするとは思えませんが‥‥」
「デビルの仕業も考慮した方がいいでしょう」
 涼の分析をイェーガーが補足すると、ルーウィンが聖杯騎士を引き合いに出し、実際にデビルと遭ったアトスが可能性を示唆した。
「あそこの釣り天井を発動させて、落とし穴を埋めてしまうのはどうでしょう?」
 マッピングしている佐祐季が、筆の先で天井の一角を指した。その先には今にも崩れそうな鍾乳石があった。
 佐祐季は全員を退避させると、わざと釣り天井を発動させ、落とし穴を塞いだ。
「風穴ならではの天然の滑り台ですね。回避したいのはやまやまですが、ここ以外進む道はないようです」
 佐祐季と涼がロープを取り出そうとすると、アリオスが一足早く縄梯子を差し出した。それにロープを付けて長さを延ばし、2人が先に降りて先の様子を窺う。
「失礼。念の為調べさせてもらいます」
 帰ってきた2人にデティクトアンデットを掛ける程、アトスはデビルを警戒していた。
 しばらく行ったところに広間があり、奥に祭壇らしき物があったが、目のいい2人でもその祭壇が何かまでは遠くて識別できなかった。
 広間に近づいて初めてアトスがデビルの存在を感知した。
 次の瞬間、巨大な岩がルーウィン達目掛けて転がってくる。球形ではなく切り立った岩なので、あちこちにぶつかり、そのスピードは決して速くはないが、着実に迫ってきていた。
 佐祐季が疾走の術を使い、サリュをお姫様抱っこして滑り台の上まで跳躍すると、その後にケンイチ達も続く。アーサー王が登り、最後の涼が登り切るのと同時に岩は滑り台にぶつかり、両方とも粉砕された。

●姉弟の邂逅
 臨戦態勢で広間へと赴くと、そこには女性と8m大の7つの首を持つドラゴンがいた。
「またデビルか‥‥最近行く先々で遭遇してばかりだ‥‥!」
「アバドン‥‥気性が荒く、1度現れると周りのもの全てを破壊するといわれている、“破壊者”の異名を持つ非常に危険な悪魔です」
 サリュが自分の身体を抱きしめながら説明した。百戦錬磨のアリオスでさえ、その禍々しい威圧感に額に汗がにじむ。
 そしてその傍らに立つ女性は、ロングドレスを纏い、腰に煌びやかなレイピアを下げていた。
「‥‥アーサーに似ていますね、髪の毛とか雰囲気とか」
「そのはずだろう。君がエレインだな?」
「お初にお目に掛かりますわ、アーサー王、そして冒険者達。わたくしはエレイン、以後よしなに」
 イェーガーは女性の持つ雰囲気と赤い髪を、アーサーとだぶらせていた。この女性こそアーサーの異父姉弟にしてゴルロイス3姉妹の次女エレインだった。
「ここに来たのはクエスティングビーストが狙いだな? 宮廷図書館から聖人や聖壁の資料を盗んだのも君だな?」
「ええ、お姉様が表立って動いて下さいましたから楽でしたわ」
 すると彼女は、水晶製の宝箱をアリオス達の方へ蹴り飛ばした。イェーガーがすかさず確保する。
「しかし、残念でしたわね。ここにはクエスティングビーストはありませんでしたわ。あったのは薄気味悪いそれだけ‥‥わたくしもあなた方も、まんまと1000年前のペリノア王に騙されたのですわ」
「これは‥‥女性の頭?」
 エレイン曰く「薄気味悪いそれ」をサリュが見ると、箱の中には髪の長い女性の頭部が収められていた。整った顔立ちはサリュから見ても溜息が出るくらいの美少女だ。
「クエスティングビーストは、この遺跡に確かに存在するとは思いますが、彼、或いは聖杯騎士が認めた者でないと会えないような気がします。エレインさん‥‥あなた方には多分見つける事が出来ない、と思います‥‥」
「構いませんわ。ここでアーサー王を倒せば、聖杯探索そのものも意味が無くなるのですものね!」
「盾となれるなら本望。私では他の方のように剣にはなれませんから」
 言い放つイェーガーにエレインは優雅に肩を竦めた後、レイピアを抜き放った。同時にアバドンより放たれる突風の息。アーサーは涼が庇ったが、かわしきれなかった者は15m程吹き飛ばされてしまう。

「遠距離での援護に徹します」
 ケンイチがムーンアローで、アリオスが魔法の弓から射る矢でアバドンを牽制し、魔法の剣を持つアトスと涼、イェーガーが斬りつけてゆく。
 その後、熱線の息が放たれ、ケンイチは直撃を受けてしまう。
「力の差が有り過ぎる。自分にできる事は全てやらなければ!」
 ケンイチを回復させるアトス。距離を取っていても油断ならない相手だ。7本のドラゴンの首を持っているのは伊達ではないようだ。

「あなたの相手は、私がします。オーラチャージャーの名は伊達ではありません」
「でしたら、今日からその名前を返上なさると宜しいですわ」
 闘氣を纏わせた槍は受け流され、逆にカウンターを綺麗に食らう。闘氣の鎧を纏っているものの、シルバーレイピアの一撃は重く、ルーウィンの切っ先は逆にエレインの身体を捉える事はなかった。
 エレインの攻撃は舞踏を踊っているかのように流麗だった。
「流石に手強いですね」
「手強い、というレベルではないだろう。加勢する!」
 アーサーもエクスカリバーを抜いてルーウィンのサポートに回った。

 サリュとアトスの回復だけでは追いつかず、途中からアリオスもポーションによる回復役に回り、アバドンとエレインとの戦況は涼達が押し始めた。
「私の力量でも一瞬の油断は誘えますよ」
「討たせてもらおう!」
「もう息は吐かせません!」
 ケンイチの呪縛は抵抗されてしまうが、それが隙を作り、涼が銀の礫を当て、アリオスがアバドンの口の中へ矢を撃ち込んだ。間髪入れず、佐祐季の最上段から振り下ろした切っ先が、アバドンの首の1つを切り落とした。
『‥‥人間風情ガ!!』
「仕方がありませんわね。この勝負、預けておきますわ」
 エレインが宥めると、アバドンは天井へ息を吐いた。
 岩盤が脆いようで、途端に崩壊が始まる。
「引き際が肝心よ。王も、生きていればきっとまた会えるわ」
 サリュはエレインを追おうとするアーサーの身体にしがみついて止めると、脱出したのだった。

●クエスティングビーストの復活
「わざわざ王自ら探索に来られたのには訳があるのでしょう?」
「いや、今回はエレインを問い質す為に来たようなものだ。ラーンスには怒られたがな」
 佐祐季の質問にアーサーはすまなそうに応えた。
「本当に外れなら何もないと思うんだがな。罠だとしても本当の宝から目を反らす為かもしれん」
「偽物に見せかけた本物とか、最重要の手掛かりとか、そも小箱は見た目通りの蓋とも限らない‥‥」
 佐祐季達の傍らでは、アリオスと話しながら涼が水晶の宝箱を調べていた。半透明だから傍目ではよく分からないが、封印箇所が簡単なパズルになっており、涼は何とか解いて開けた。
 女性の頭部は艶やかなブロンドを湛え、褐色の健康そうで滑らかな肌をしていた。
「男性の皆さんは向こうを向いていて下さいね」
「私もか?」
「王も男性でしょう?」
 涼がアーサー達に回り右を指示する。クエスティングビーストの四肢と思われた女性の身体は全裸だったからだ。
「まるで生きているみたい‥‥四肢は全てこの女性の方のものですよね?」
 サリュは女性の四肢を逡巡した。断面は切断されたと思えないほど綺麗で、このまま繋げられるのではないかと思える程だ。

「そもそも聖杯とは何なのだろうか? 手に入れた途端全ての悪人が改心するというのも魔法装置みたいで不気味だ。平和というのも、誰にとっての、どんな状態を指していうのだろうか? まあ、拾った物に頼りきり、というのはよくないな」
「聖杯自身は『神の国』への鍵にしかならない、『神の国』は人自身の努力によってしか、人の世に作り上げる事は出来ない‥‥そう思います」
「エクスカリバーが『王である証』であるように、聖杯は『平和の証』だと私は思っている。アリオスの言うように、平和に対する即効性はおそらくないだろう。だが、国を治めるのも民を導くもの証は必要だ」
 アリオスとイェーガー、アーサーが聖杯について話し合っていると、涼達がクエスティングビーストの四肢を繋ぎ合わせていたテントから閃光が迸った。
 それが止むと、テントの中から煌びやかな宝石で彩られた装飾品を付け、肌の露出している部分の方が多い踊り子を思わせる衣装を纏った先程の女性が姿を現した。
「け! 酷い目に遭ったぜ。ん? 何だてめぇらは!?」
 女性の第一声は小鳥の囀りのように澄んでいたが、口調はひどくぞんさいだった。
「私達は冒険者です。そしてこちらにおわすお方はイギリス国王アーサー王です」
「イギリス国王だぁ? ペリノアじゃねぇのかよ?」
「ペリノア王をご存じなのですか? あなたは一体?」
 ルーウィンが自分達とアーサーを紹介すると、女性の口からペリノア王の名前が上り、ケンイチは女性自身について訊ねた。
「俺はクエスティングビースト、探求の獣、唸る獣とも呼ばれてるぜ。しっかし、なんだよこの格好‥‥ニンゲンのオンナじゃねぇか」
「クエスティングビースト‥‥あなたが‥‥千年以上も前に隠された方は用心深い方だったのでしょうね」
「目で見える物が全てではない。目先の欲に囚われたデビルにわかる訳がない」
 佐祐季は優美に口を押さえ、アトスは聖なる母に祈りを捧げたのだった。

 この後、一悶着遭ったものの、クエスティングビーストに敵ではないと分かってもらえ、彼女と一緒にキャメロットへの帰路に付いた。帰りの道中でアーサーより、今年の新作のシードルが振る舞われたという。