【聖夜防衛戦】牙を剥いた妖妃

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 70 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月25日〜12月28日

リプレイ公開日:2006年01月06日

●オープニング

●時は今年のハロウィン祭まで遡る――。
 遠くにハロウィン祭の喧噪が聞こえる。ハロウィン当日とあって、連日続いた体育祭の熱気をそのまま引き継いで、今頃ケンブリッジ中で子供達が「Trick or treat!!」と叫んでお菓子をねだり、恋人達は2人だけの一時を過ごしている事だろう。
 だが、ここ――ケンブリッジ魔法学校マジカルシード9階――は、外の喧噪が嘘のように静寂に包まれていた。それもそのはず。ハロウィン祭当日に学園に居るのは、余程の魔法研究好きか、何らかの目的を持った者くらいだろう。
 それに教室は5階までで、6階からは食堂や魔法研究用の特別室があるが、上階のほとんどは過度な造形建築と化しており、8階以降はほとんど使われていない。
 『秘密の部屋』が隠されているとか、何か仕掛けがあるのではないかという噂が生徒の間に流れているが‥‥。
「罠を仕掛け、厳重に施錠するとは、この中のものを余程外には出したくないようじゃな」
 その秘密の部屋の前に、1人の女性の姿があった。梳った艶やかな黒髪を湛え、灰色のやや吊り目がちの瞳は鋭い覇気を眼光に宿し、彼女の気の強さを如実に表していた。聞く者に抗いがたい蠱惑的な響きを与える声音を放つ唇には、青系の紅を差している。
 マジカルシードの儀典用の制服に身を包んでいるが、スタイルは表に出にくいデザインにも関わらず、その下から肉感的なボディライン――特に胸――が隠しきれずに自己主張している。だが、その佇まいは淫らではなく、理知的で気品があり、一見すると聖女のような神秘的な雰囲気すら纏っている、20代前半の美女だった。
 彼女の名前はル・フェイ(ez0130)。普段はほとんどマジカルシードの校舎内に篭もりきりで魔法の研究をしており、マジカルシードの秘蔵っ子とも謳われている。
 だが、彼女がマジカルシードの校舎に篭もりきりだったのは、この秘密の部屋を探し当て、中に入る為だった。好機は講師すら大半が出掛けるハロウィン祭当日しかなかった。
 幾重にも張り巡らされた罠を解除し、青銅製の重厚な扉の鍵を開けた。
 果たして、秘密の部屋には明かり取りの窓から差し込む月光に照らされて、一体の女性を象った石像がひっそりと佇むだけだった。
「さて、今日こそそなたの封印を解いてやろうぞ。そして『聖なる物』を儂にもたらすのだ」
 ル・フェイはその像の頬を手で撫でながら、女性に言い聞かせるように呟く。女性の石像は、幅広のベレー帽のような帽子を被り、胸元や肩を広く開けたパフスリーブのドレスを纏っている。年頃は20歳くらいの、大きな瞳が印象的な美しい女性だが、上半身を反らし、顎を反り上げて苦悶の表情を浮かべていた。そのどれもが限りなく生身の人間に近い、豊かな質感を持って、確かにそこに存在していた。
 その唇に微笑を浮かべると、ル・フェイはベルを取り出して鳴らし始めた。20cm程の細長いベルで、繊細な模様が刻み込まれているそれは、『グランタのベル』と呼ばれるブラン製のベルだった。
 かつて、ディナ・シーの魔法使いグランタは、妖精王国を脅かしていた巨人族ゴクマゴクを石に変えて封印したが、このグランタのベルは彼らを元に戻す為のものだ。ゴクマゴクの生き残りであるギャリー・ジャックに奪われ、彼が倒された時行方知れずになっていたが、ル・フェイが持っていたのである。
 珠を転がしたような小気味いい音が秘密の部屋の中に響き渡る。しばらくすると、ベルの音に呼応するように石像の身体の表面が波打ち始めた。それはベルの音に合わせて波紋のように全身に広がり、そのたびに色彩の無いはずの女性が色付き始める。腰下まで伸ばした髪は青く、帽子とドレスは白地を貴重に青が入ってゆく。
 そう、この女性の石像もまた、グランタによって封印された者だった。何故なら――。
「‥‥はっ」
 瞬きをしばしすると石の塊だった瞳に瑞々しい紫色の意志の光が灯った。反らしていた身体が、床へへたり込んだ。
「‥‥ここは? そうだわ、私とした事が、不覚にも石に封印されたのだわ‥‥あなたは‥‥グランタではないようね」
「目覚めたようじゃな、気分はどうじゃ、ゴモリーよ? ここはケンブリッジという都市じゃ」
「気分? 最悪よ。ケンブリッジ? 聞かない名前ね」
「グランタの封印魔法はそなたをだいぶ苦しめていたようじゃし、それもそうじゃな。ケンブリッジとは、妖精王国の南側にある都市じゃよ。ちなみに今は神聖暦1000年じゃ」
「神聖暦1000年‥‥そう、私は数百年も封印されていたようね。それならあの人間達の街が、都市になっていても不思議ではないわね。私を元に戻したという事は、あなたも『アヴァロンからもたらされたもの』がお望みなのかしら?」
「ふむ、聖なる物とはアヴァロンからもたらされたものとはな‥‥儂の名はモーガン、モーガン・ル・フェイ、そなたと目的を同じくする者じゃ」
 ル・フェイの本名はモーガン・ル・フェイ。“妖妃”の異名を持つ、ゴルロイス3姉妹の三女だった。
 秘密の部屋を出たル・フェイは、この後、デート中の同じマジカルシードの生徒と出くわすものの、数百年の永き眠りから目覚めたゴモリーをケンブリッジに解き放つ事に成功したのだった。

●そして時は今、聖夜祭準備中――。
 聖夜祭を間近に控え、ケンブリッジの街中は聖夜祭一色に染まりつつあった。
 ツリーが飾り付けられ、鶏の丸焼きの香ばしい薫りがそこかしこから漂ってくる。
 こういう日は、はしゃぎすぎる生徒がうっかり怪我を負ってしまうのがお約束。“治療棟のおねーさん”ことエイミー・ストリーム(ez0049)は各学園を訪れ、そんなうっかりさんがいないか見て回っていた。
「‥‥火事ですの!?」
 フォレスト・オブ・ローズ(FOR)の校舎にやってきた時、その中から火の手が上がっているのに気付いた。
「ユリアさん!?」
「エイミー君!? ‥‥君は無事のようだね」
 FORの入り口で剣を振るっているのは生徒会長ユリア・ブライトリーフだった。相手は同じFORの制服を着た生徒だった。エイミーの姿に、ユリアは一瞬安堵するが、相手は待ってはくれなかった。
「これはどういう事ですの!?」
「私にも分からない‥‥分からないが、どうやらル・フェイ君が操っているようなんだ。街中の至る所で生徒だけじゃなく、講師や一般人も騒ぎを起こし始めているらしい」
「ル・フェイが!? やはり‥‥」
 ユリアが鍔競り合いから相手を引き離すと、エイミーは間髪入れず相手を呪縛した。そしてようやく事情を聞く事ができた。しかし、ル・フェイの名前を聞くと、顔をわずかに顰めた。エイミーは前々からル・フェイの事を快く思っていなかったが、案の定、といったところだ。
「生徒会室にあった『妖精王の石版』と解読部分の写しが無くなっているようだから、ル・フェイ君の目的はフリーウィルの地下のようだ。私はもうしばらくここを離れられないから、エイミー君にお願いしたいのだけど、いいかな?」
「もちろんですわ! ユリアさんにセーラ様のご加護がありますように‥‥」
 ユリアから依頼を受けたエイミーは、セーラ神へ祈りを捧げた後、クエストリガーへと向かうのだった。

●今回の参加者

 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea4675 ミカエル・クライム(28歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ワケギ・ハルハラ(ea9957

●リプレイ本文


●裏切られた心
「‥‥」
「‥‥」
「あの2人、どうしたのでしょう?」
「せっかくの聖夜祭なのにこの混乱だもの。ここにいるのは少し切ないわ」
 ケンブリッジのギルド・クエストリガーへやってきたセレス・ブリッジ(ea4471)は、項垂れて押し黙ったままのミカエル・クライム(ea4675)とソフィア・ファーリーフ(ea3972)に首を傾げた。
 クエストリガーは北側の森の傍らに建っており、ケンブリッジの中心から離れているので、モーガン・ル・フェイ(ez0130)の起こしたケンブリッジ乗っ取りの喧噪もここまでは聞こえてこない。
 逢莉笛鈴那(ea6065)が2人の気持ちを推し量ろうとすると、イェーガー・ラタイン(ea6382)が首を横に振った。
「ミカエルさんとソフィアさんは、ル・フェイさんととても仲が良かったのです」
「操られている人々同様、“妖妃”モーガンに騙されていたのですわ」
「!? ル・フェイさんが‥‥妖妃モーガンで‥‥あたし達を騙していた‥‥? ‥‥ハロウィンで会った時も、湖の姫に会いに行った時も、全て偽りだったの‥‥?」
 “治療棟のおねーさん”ことエイミー・ストリーム(ez0049)が押し黙っている理由と告げると、ミカエルはセレス達でも分かるほどビクッと肩を震わせた。
「ルさんは私の大切な友達です。友達だからこそ、ルさんの過ちを止めるのです。それが友達というものでしょう?」
『だから、ル・フェイと呼べとゆうておろうが!』
 エイミーへ言葉を返すソフィアの脳裏に、ル・フェイの声が過ぎった。ル・フェイとは妖妃という意味で、ソフィアが「ルさん」と呼ぶたびに逐一訂正していた。
 そんな遣り取りを思い出すと、ソフィアの真摯の表情に不意に笑みがこぼれた。
「俺達の目的は治療塔のおねーさんと協力して、モーガンさんを止め、ケンブリッジを守る事です。モーガンさんは魂を賭けた目的の為にケンブリッジを丸々巻き込んでいます。その目的が何かは分かりませんが、一言言えるのは、彼女を止めるには俺達も相応の決意が必要という事です」
「これが彼女の目的なのね、きっと‥‥モーガンを許す訳にはいかないわ」
 イェーガーの言葉に、下唇をきつく噛みしめるミカエル。そんな彼女の肩に手を置いて、ソフィアは顔を横に振った。
「フリーウィルの地下訓練場にある『聖なる物』を、モーガンさんが悪用する前に止めましょう。尊敬するディナ・シーの偉大なる大魔法使いグランタさんと、そして妖精王の石版に託した、かつての妖精王の遺志を引き継ぐ為に。そしてルさんの友達として」
「ソフィア‥‥そうだね、友達だものね」
 ソフィアの手に自らの手を重ね、微笑むミカエル。
「聞く所によると、そのモーガン・ル・フェイはモルゴースの妹だそうね。なら尚の事、放っておく訳にはいかないわ。急いで片付けるから待っててね!」
 鈴那は先日恋人になったばかりのジャイアントのファイターと、ケンブリッジへ聖夜祭のデートに来て騒ぎに巻き込まれたのだ。恋人は今頃、ケンブリッジのどこかで一般市民を避難させているはずだ。だから私も負けられない――鈴那は恋人の戦う姿を思い浮かべながら決意を固める。
「私も友人の愛するケンブリッジをこのままにしておく訳にはいきませんものね」
「では、参りますわよ!」
 最後にセレスの決意を聞いたエイミーは、出発の音頭を取ったのだった。

 イェーガーと鈴那が先頭に立ち、フォレスト・オブ・ローズの校舎前にやってくると、FORの生徒に混じってマジカルシードの制服を着た生徒同士が争っていた。
「リラちゃん!?」
「ミカエル!? キミは何ともないの!?」
 その中で正気を保っている友達を見つけると、ミカエル達は即座に加勢した。
「メルちゃんが操られているのね」
「ボクは錬金術士だからル・フェイ先輩に興味なかったけど、メルはウィザードだから‥‥」
「メルちゃんなら会いに行きそうよね。操られた人達を傷つける訳にはいかないから‥‥おねーさま、ニュートラルマジックは使えるかしら?」
「使えますが、如何せん数が多すぎますわ」
 ミカエルの問いに残念そうに首を横に振るエイミー。
「グラビティーキャノンで転けさせますか? 死ななければいいのです、多少傷をつけても‥‥」
「ダメだよ! メルちゃん達は悪くない」
「こういう時は私にお任せ! できるだけ一カ所に集めて欲しいの。そうね‥‥あの辺がいいわ!」
 水の玉や電撃を石の壁で防ぎながらそう提案するセレスをミカエルが制すと、風向きを調べた鈴那が指さした。
 イェーガーとミカエルの灰から創り出した身代わりが囮となって注意を向けさせ、ソフィアとセレスが近くの草木を操って人々を一カ所にまとめると、鈴那は印を切った。眠りへと誘う香を吸った者達は、途端に倒れてゆく。
「あたし達は先を急ぐから、ここは任せてもいいかな?」
「ル・フェイ先輩を止めに行くんでしょ? 今回の騒ぎが先輩の所為だとしても、できれば止めて欲しいな」
 ソフィアが辺りの振動を感知して報告すると、ミカエルは眠った者達の事を友人に頼んだ。
(「できれば止めて欲しい‥‥ですか。ミカエルさんやソフィアさんはあなたを友達と慕い、騒ぎを起こした今でも先輩だと言う後輩もいるのですよ。あなたの目的は何なのですか? 神の国アヴァロンへの道を閉ざす事? それとも自分だけが行く事? ‥‥それとも別の目的があるのでしょうか?」)
 イェーガーはフリーウィルの方向を見据えながら、モーガンにそう問い掛けるのだった。

 その後も何度か操られた生徒や一般人(それと戦う鈴那の恋人)と遭遇するが、その都度、無力化したりやり過ごし、ソフィア達はフリーウィルの校舎前まで辿り着いたのだった。

●モーガン・ル・フェイの目的
 出発前、鈴那がフリーウィルの地下訓練場の地図を入手した方がいいと告げると、地下訓練場に行った事のあるワケギ・ハルハラが、その時の記憶を便りに概略図を作った。
「1度行かれている方がいると違いますね」
 セレスはワケギの書いた地図を見て感心した。そこには抜け道になりそうな場所や立入禁止地域、封鎖箇所が重点的に示されていたからだ。

 フリーウィルでは操られた教師陣も戦っており、混乱の極みにあった。
「モーガンと思しき人はやはり地下訓練場へ行ったそうよ」
「草や木さん達もルさんの姿を見たそうです」
 鈴那はフリーウィルを守っている正気の生徒に状況を確認し、植物にモーガンが通ったかどうかを訪ねたソフィアへの返答もそれを裏付けた。
「地道にモーガンを探すしかないけど‥‥地下訓練場は複雑に入り組んでいるわね。聖なる物を狙っているのだから、隠されていそうな所を探してるはずよね。得てしてそういう物は、人のあまり立ち入らない箇所や封鎖されている箇所なんかにあるのがお約束じゃない?」
「地下訓練場は元々はブラン鉱脈だったとか。掘り進んでいく内に聖なる物が見つかったとしたら、私も奥の方にあると思うの」
「生徒達の未踏破カ所はこの辺りですね」
 ミカエルと鈴那がモーガンが居そうな場所に目星をつけると、イェーガーがその箇所を絞り込んだ。
 エイミーの用意した油をランタンに入れ、たいまつに火を灯すと、来た時と同じく、イェーガーと鈴那が先頭になって先へと進んだ。
 モーガンも地下訓練場を把握しているようで、要所要所に操った者達を置いていたが、ソフィアが振動を感知し、曲がり角ではイェーガーが銅鏡を使って先の様子を調べ、場合によっては鈴那が偵察してやり過ごしながら奥へと突き進んだ。

 2本目のたいまつが終わり、油が切れかかったその時、遂に探し求めていた背中をその目で捉えた。
「嗚呼‥‥」
「ソフィアちゃん‥‥」
 その背中にソフィアは思わず口元を抑えた。ほんの、ほんの数日前まで一緒に学び、食事を共にし、冒険に出掛けたル・フェイ‥‥何が彼女を変えてしまったのだろう。それとも最初から今のモーガンが、本当の彼女なのだろうか?
 ミカエルがそっとソフィアを後ろから抱きしめると、彼女の温もりに励まされたソフィアは制服のポケットに入っている羽ペンを握りしめた。先日のハロウィン祭の時、サマーチームでモーガンと共に騒ぎ、対抗戦を戦った思い出が詰まっている。
「‥‥ソフィアとミカエル、イェーガーとエイミーか‥‥知らない者も2人おるが、1人は忍びか。外の奴らがそなた達を足止めできんのも、仕方ないかのぉ」
「エイミーと呼ばないで!」
「何もこんな時に‥‥」
 振り返ったモーガンへ名前で呼ばれる事を嫌うエイミーが注意すると、イェーガーは微苦笑した。
「私は、ハロウィンで知り合った時からあなたの友達です。たとえ一方通行の想いでもね。だから、あなたを止めてみせる」
「儂もそなたを友と思っておるぞ‥‥植物の話をする時の生き生きとしてそなたの顔は見ていて嫌いではなかった」
「なら!」
「否! 儂とそなたの思い描く目的の結末が交わる以上、今がその時であり、儂はそなたを倒してこの先へ進むだけじゃ」
 意外な応えにソフィアは「今ならまだ間に合う」と言いかけるが、モーガンは首を横に振った。
「目的‥‥湖の姫の住まう湖へ行く道中で言ったよね、賢者になる事はあたしの人生を賭けてでも成し遂げたい目的よ。あの人の役に立つ為に‥‥それがあたしの全てだから。そして、あなたの目的を遂げさせる訳にはいかない」
「ぬかせ! そなたの想い人への想いが強いか、儂のアーサーへの復讐心が勝っているか、そのどちらかじゃ」
「アヴァロンへ至る道が、アーサー王への復讐ですか!?」
 ミカエルへの応えに、モーガンの行動の訳を知ったセレスは思わず聞き返した。
「そなた達が何も知らんのも無理はない。ケンブリッジの地下に眠る聖なる物とは、アトランティスへの月道なのじゃ!」
「「「「「「アトランティス!?」」」」」」
「儂は最初はアヴァロンへの門を破壊し、それでアーサーへの復讐としようと思ったが、ゴモリーから全てを聞いて考えを変えた。アトランティスの魔法の力を手に入れ、それでイギリスを滅ぼそうとな!!」
 誰もが言葉を失った。ケンブリッジの地下に魔法王国アトランティスへ通じる月道があったなんて!
「ルさん、あなたはやはりお父様であるゴルロイス公にそっくりです。己だけを頼り、他者を顧みようとしないところは」
「アンデッドに成り下がった輩の名を言うな! 穢わらしい!!」
 モーガンの放った月の光の矢がソフィアを直撃する。彼女も間髪入れず、重力波を放った。それが口火を切り、鈴那とイェーガーが躍り掛かる。
「倒れないところを見ると、抵抗力はかなり高いようですが‥‥」
 四の五の言ってられないセレスは重力波で援護する。その間、エイミーが蹲るソフィアを癒した。モーガンのムーンアローは、一撃で彼女に中傷を負わせたのだ。
「短かったけど、ル・フェイさんとお話できた事は楽しかったです。でも、モーガンさんとして行った事は看過できません‥‥」
「モーガンさんの信念はよく分かったけど、それで人を傷つけていいという道理はないわ!」
 イェーガーの聖剣の切っ先がモーガンを捉え、鈴那の木剣がその身体を打ち据える。
「‥‥出来れば最悪の結果にはしたくないよ‥‥やっぱりあたしはル・フェイさんに‥‥」
「甘いわ、ミカエル! 今の儂は敵ぞ! 敵に情けを掛けてどうする!?」
 火の鳥と化したミカエルが煌めく炎の尾を靡かせてモーガンへ突貫するが、その攻撃はかわされてしまう。
 次の瞬間、モーガンの瞳が妖しく輝くと、ミカエルの動きが止まった。そして外にいた者達同様、その瞳は焦点を失い、赤く爛々と輝く。
「そんな‥‥フレイムエリベイションは掛かっているのに!?」
「フレイムエリベイションは精神系の魔法を無効にする。儂のチャームを防ぐにはいいじゃろう。だが、既に掛かっているチャームを防ぐ事はできんよ」
「既に掛かっているですって!? 真逆!?」
 ミカエルはモーガンのチャームに掛かっていた。驚くイェーガーを愉しそうに見遣るモーガン。その言葉の真意を知ったセレスが振り返ると‥‥ミカエルと同じく、焦点のぼやけた瞳を赤く爛々と輝かせて呆然と立ち尽くすソフィアの姿があった。
 2人は先の冒険で既にモーガンのチャームの虜となっていたのだ。
「イェーガーさんは2人をお願い。治療棟のおねーさんならチャームを解除できるわ」
 鈴那の声に、イェーガーは即座に聖剣を落として身軽になり、ソフィアを取り押さえた。その横ではセレスが突風でミカエルを吹き飛ばしてその攻撃を防いでいる。
「‥‥これがソフィアさんとミカエルさんに対するあなたの応えだというのなら、私はあなたを許さないわ!」
 鈴那の足下の影が次々と爆発する中、彼女は疾走しながらそれを避け、モーガンを肉薄した――。

 彼女が時間を稼いだ事により、ミカエルとソフィアもエイミーのニュートラルマジックで正気を取り戻し、2人がモーガンに――いや、ル・フェイに止めを刺したのだった。
「儂はモルゴースやエレイン同様、アーサーに復讐する為にこのケンブリッジに目を付けた‥‥ここはキャメロットにとって喉笛に等しいからな。だが、生徒として過ごす内に友と呼べる存在ができ、それが復讐を妨げるのが恐かったのじゃろう‥‥」
 それがモーガン・ル・フェイの最期の言葉となった。

●夢の跡
 モーガンとデビル・ゴモリーが倒された事で操られていた者達は全員元に戻り、騒ぎは収拾された。操られていた時の事は夢の中の出来事のように朧気で、ほとんどの者に後遺症は残らないとエイミーは告げた。

 フリーウィルの地下訓練場――ブラン鉱脈跡――深くに、グランタの特殊な石化魔法によって封印されていたゴモリーは、遙か昔にこのケンブリッジ地方へ人間達を移住させ、元々あったディナ・シー達の妖精王国とゴクマゴク達を争わせ、人間達とディナ・シー達が仲違いするよう、全て影で操っていた存在だったという。
 去年のモンスターによるケンブリッジ襲撃も、モーガンの仕業だった。彼女は騒ぎに乗じてマジカルシードの校舎内へ潜入し、『秘密の部屋』でゴモリーの石像を見つけたのが、全ての始まりだった。

 モーガンが持っていた妖精王の石版の欠片は、アトランティスへの月道を起動させる鍵だった。
 アトランティスへの月道は生徒会の管理下に置かれ、これによりケンブリッジからアトランティスへ行く事ができるようになったのだが‥‥ソフィア達は誰1人浮かない顔をしていたという。