【高耶・七】イギリス人に豆腐を!
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月07日〜07月12日
リプレイ公開日:2004年07月15日
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●オープニング
「豆腐〜、召せ〜、ジャパンから登りて候〜! 豆腐〜、召せ〜、ジャパンから登りて候〜!」
暮れなずみ始めた街並みに威勢の良い声が響き渡り、両天秤の前後に丸い桶を吊るし、それを肩に担いだ黒髪の女性が、颯爽と駆けていった。
水が張られた桶の中身は真っ白な豆腐。
ジャパンならお馴染みの豆腐売りだ。
しかし、ここはキャメロットの市民街。
志士の出で立ちの彼女は、掛け声と相まって些か浮いていた。
「高耶ちゃん、今日も威勢がいいね! 一丁貰えるかい?」
「ありがたいのじゃ。晩の暑さが厳しくなってきたこの時期は、奴(やっこ)が旨いぞ?」
「高耶ちゃんの豆腐なら、俺達にも手が出るから嬉しいぜ」
市民の大半が気にも留めずに見向きもしない中、呼び止めたのはジャパン人の冒険者だった。
豆腐売りの彼女の名前は仁藤高耶。
ジャパン人独特の黒髪は黒曜石を思わせる程に艶やかで、同じく伏し目がちの黒い瞳は上品さを醸し出していた。歳は20歳前後の美女で、同年代のイギリス人に比べればかなり小柄だが、スタイルは悪くなかった。ただ、着痩せするタイプだが。
「う〜む‥‥豆腐を売り始めて早半月‥‥未だにエゲレス人に買ってもらえんとは‥‥」
今日の売り上げを見ながら、高耶は綺麗に整った顔を歪めていた。
高耶は月道を通って遥々ジャパンからイギリスへ、ジャパン料理を広めに来た元・志士だった。
その手始めとして豆腐を作り、売り始めたのだが‥‥その結果は芳しくなかった。
今日の売り上げも、キャメロット在住のジャパン人からだった。
同郷の者に買ってもらうのはもちろん嬉しいが、高耶の目的はイギリス人の庶民に豆腐を食べてもらう事だった。
「値段が高いのが問題じゃろうか‥‥? しかし、今でも原価ギリギリ故、これ以上値下げはできんしのぉ‥‥」
確かに豆腐は高かった。3Cという値段は冒険者には手が出るが、エールのつまみとしては高価かも知れない。しかし、材料費を考えるとこれ以上の値下げは無理だった。
「エゲレス産の豆を使っておるが、クリエイトウォーターのお陰で豆腐本来の味を何とか再現しておるから悪くはないのじゃが‥‥売り方に問題があるのじゃろうか?」
一頻り悩んだ後、高耶はすっくと立ち上がった。
「そうじゃ! こういう時こそ同士に頼むべきじゃな!!」
その日も夜遅くまでクリエイトウォーターを使って明日の豆腐の仕込みを終えた高耶は、その足で冒険者ギルドを訪ね、一枚の依頼書を貼った。
『エゲレス人に豆腐を食べさせる策を持つ同士求む!』
●リプレイ本文
●作戦会議は美味しいよ?
「ここだな‥‥邪魔をする」
シーヴァス・ラーン(ea0453)が元・志士、仁藤高耶の住んでいる長屋を訪れると、既にユラヴィカ・クドゥス(ea1704)達7人の冒険者の姿があった。
しかも全員、男性だ。その中にいる高耶はまさに紅一点、荒原に咲く一輪の華‥‥のようにシーヴァスには見えた。
「お主が何を考えているか、察しはつくのう」
「神聖騎士が豆腐に感心を持つ事で、民の豆腐に対する興味を促せればと思い、手伝いにやってきたんだ」
人を見る目の確かユラヴィカに内心を見透かされ、シーヴァスは反論した。その理由は嘘ではないが、イギリス人にはない楚々として凛々しく、且つどことなく艶っぽい雰囲気を纏う高耶に惹かれたのも事実だ。
「立ち話もなんだ、よければ座って欲しいのじゃ。何もない狭い所じゃがな」
高耶はシーヴァスにござの座布団を勧めた。
高耶の部屋は越してきたばかりという事もあってか、女性らしい家具等は一切なく、代わりに日本刀やら綴り鎧やらの志士の装備と、豆腐等を作る料理道具が整然と置かれていた。
「確かに民の尊敬を集める神聖騎士がいた方が、『豆腐』という言葉の意味を民に植え付ける宣伝になると思うんや」
リオルス・パージルド(ea4250)は高耶が半月前から毎日のように市民街で豆腐を売っている事から、豆腐という言葉はある程度は耳に残っていると踏み、その下地を利用しようと考えていた。
「まぁ、あの四角くて白い悪魔を食べさせられりゃ、イチコロなんやけどな」
「客を知り、トーフを知れば百戦危うからず、だ。先ずはそのトーフとやらを試食させてもらえんかね?」
「そうですね。僕もトーフを食べた事がありませんので、1つ戴きましょう。高耶さんにとって、僕がイギリス人最初のお客さんですかね、フフ」
リオルスの言葉に、閃我絶狼(ea3991)とラス・カラード(ea1434)は、広める側の自分達が食べて知っておくべきだと思ったようだ。
「‥‥何というか、淡泊な味だな‥‥」
「醤油を掛けて食べるものだ‥‥おまえには記憶がなかったのだな。そのまま食べてもいいが、醤油を掛けると味が一層引き立つぞ」
絶狼とラスに、氷雨絃也(ea4481)が醤油を渡した。
「‥‥ほうほう、これはなかなかいける。それに記憶にはないというのに、どこか懐かしい感じがする‥‥フンドーシ同様、ジャパン縁の物だからだろうか?」
ジャパンでの記憶を失った絶狼だが、身体は覚えているかのようだった。
「これは‥‥初めて味わう食感と味ですね。でも、美味しいです」
「おとーふ‥‥美味しいです‥‥」
「イギリス人のラスやユイスが気に入ったのだから、味については受け入れられると思うが‥‥やはり売り方と、後は見せ方だな」
ラスとユイス・アーヴァイン(ea3179)が満足そうに食すのを見た絃也は、豆腐をそのままではなく、イギリス人の馴染みのある料理に変えて売ってみてはどうだろうかと思い付いた。
特にユイスはうっとりとしながらマイペースで食べ、高耶にお代わりを頼むほどいたく気に入ったようだ。
「売り方か‥‥俺に考えがあるんだけど、高耶さん、豆腐って他にも種類があるんだよね」
「ああ、これは木綿豆腐じゃが、時間と手間を掛ければ上質の絹ごし豆腐が作れるぞ」
「じゃぁ、その絹ごし豆腐も用意してもらえないかな?」
先程、ラスと一緒に豆腐の原材料や製造法を聞いて学んだリオン・ラーディナス(ea1458)は、別の売り方を思い付いたようだ。
「絃也が言っておったが、見せ方として、にがりを入れて豆乳が固まるまでを皆の前で実演してみたらどうじゃろうか? 売り物として出すのは無理だとしても、見ていて面白かったから、興味を引くにはいいと思うのじゃ」
「‥‥材料が分かったほーが‥‥美味しく戴けます‥‥」
ユラヴィカは豆腐を作る現場を見て、自分が面白かった事から実演を提案した。その提案を、豆腐を食べ続けているユイスが後押しした。
意見が出たところで、明日からの豆腐売りの為の準備が進められる事になった。
●街角の豆腐販売は美味しいよ?
初夏の陽射しがさんさんと輝くお昼前。
「お嬢さん方、ご機嫌よう。お話が楽しそうだったので、つい、声を掛けてしまったが、迷惑だったかな?」
シーヴァスはマントを翻し、安らぎを与える微笑みと共に、街角で歓談に勤しんでいた女性達に声を掛けた。シーヴァスに声を掛けられた女性達は返事をした後、黄色い悲鳴を挙げた。
話題は最近、ジャパン人が夕方になると変わった食べ物を売りに来ているという、タイムリーに豆腐についてだった。
「それはトーフ、という食べ物だな」
『ちょいとそこ行くお兄さん、坊ちゃん嬢ちゃんお姉さん、みんなまとめて見てらっしゃい! ここに取り出だしたるこの不可思議な白い物体、月道隔てたジャパンより来る食材、その名も豆腐!』
シーヴァスが豆腐に興味がある、と切り出すと同時に、リオルスの軽快な横笛の音色に乗って絶狼の口上が聞こえてきた。
シーヴァスが女性達を誘うと、女性達は同行した。興味はあるが得体が知れないから敬遠している、というのがシーヴァスの感じたところだった。
広場には『ジャパンより来る神秘、トーフ』と毛筆で書かれた英語の看板が掲げられ、絃也と高耶が準備を進めていた。
ちなみに看板を書いたのは絶狼だ。
ユラヴィカがジプシーとしての経験から、実演販売するなら届出をして置いて方がいいと助言し、今朝、高耶と一緒に商工ギルドへ申請に行っていた。その際、ギルドの担当者にも試食してもらっていた。
「これよりこの場で、このミスターブシドーの神技にて、料理へと変わる様、とくとご覧あれ!!」
「さ〜て、気合い入れて派手にやりますか」
襷を掛け、両頬を2回叩いて気合いを入れた絃也は、短刀を煌めかせた。
観客からどよめきが起こった。
ジャグリングする要領で包丁と食材を投げ回して空中で捌き、続けて豆腐を宙に放り投げて抜刀し、空中で賽の目状に切り、豆腐はそのまま鍋の中へ、そして納刀するといった大道芸顔負けのパフォーマンスを披露した。
そしてできたのが味噌汁と冷奴、豆腐ハンバーグと豆腐花だった。
「さぁさ、何よりとにかく味だ! 是非ともご賞味戴きたい」
「ミソスープ、ヒヤヤッコ、トウフハンバーグ、トウフフラワー‥‥いっぱいいっぱい‥‥う〜ん、どれから食べましょうか〜?」
呼ばれたシーヴァスとユイス、ユラヴィカは用意された席に着くと、絃也が調理した豆腐料理を食べ始めた。
特にユイスはどれから食べようか真剣に悩み、他の者が見てもこれでもかというほど幸せ一杯に頬張った。
「おとーふ♪ おとーふ♪」
「このトウフフラワーの食感はなんじゃ‥‥ハンバーグやスープとは同じ食材とは思えんのじゃー!」
「この滑らかでシルクを思わせる舌触り‥‥仄かに香るジャパンテイスト‥‥まったりとしていてそれでいてしつこくなく、これは‥‥これは‥‥」
「「「うーまーいーぞー!! ‥‥ごちそうさまー!!」」」
ユラヴィカとシーヴァスが口早に感想を述べた後、3人は同時に、それはもうキャメロット城を破壊するかの勢いで美味しさの丈を叫んだ。
その背中にさんさんと輝くホーリーライトの効果も忘れない。
そして3人は息の合ったタイミングで、手を合わせて箸を置いた。
「豆腐はイギリスにはまだ知れ渡っていない未知の食材や♪ どう料理するもみんなの自由や♪ さぁ、豆腐で新たな料理を我先にと作るんや! 買った買った♪ 今なら高耶が特別に取っておきの調理方を教えるで!!」
ここぞとばかりにリオルスが追い討ちを掛けると、女性の方から豆腐を買い始めた。
財布の紐を握り、台所を取り仕切り、おしゃべり好きの女性をターゲットとしたシーヴァスの読みは当たったようだ。
この後も豆腐は順調に売れていったが‥‥思わぬ落とし穴が待っていた。
●貴族に売るのも美味しいよ?
「本日はジャパンに伝わる逸品料理トーフの紹介の為、参りました」
「異国の食文化を知るいい機会だと思われます。是非お召し上がり下さい」
その頃、リオンとラスは事前に冒険者の酒場で仕入れた貴族の噂や嗜好の情報を元に、貴族達が会食しているサロンへ足を運んでいた。
ラスの口利きで、リオンを自分の料理人だと紹介していた。
「おかずにもデザートにもなる食べ物で、妙薬に勝るとも劣らない神秘の健康食品なのです」
「冷奴のような食べ方や、豆腐花のようなデザートにもなります。是非とも買って戴けませんか?」
2人が用意したのは、高耶に特別に作ってもらった絹ごし豆腐だった。
平民と違い、とかく肉料理に偏りがちな貴族達は、“美味しい薬”という売り文句に惹かれ、絃也達が売っている値段より割高にも関わらず、完売してしまった。
それだけではなく、もっと持ってこいという始末。
その為、リオンとラスは高耶の元へ戻り、平民に売る筈の豆腐を回す事になってしまったのだ。
結果的には当初の予定とは少々誤差が生じ、平民よりも貴族に広まってしまった。
その為、平民に売るよりも多くの利益を得たので報酬も高くなった。
しかし、平民にもこれから水面下で徐々に広がっていくと思われた。
「神もきっとあなたの頑張りを見ていてくれたのでしょう。これからもトーフを、ジャパン食を売り続けて下さい。僕もまた買いに来ますね。それでは、あなたに神の御加護があらん事を‥‥」
高耶は報酬の他に、シーヴァスに、ユラヴィカに、リオルスに、絶狼に、ラスに、絃也に、ユイスに、リオンにできたての豆腐をお土産として渡した。
保存は利かないからその日の内に食べる事になるが、仕事の後の冷奴の味は格別だろう。
ラスはもらった豆腐を大切に抱えながら、高耶と別れたのだった。