ジャパンの事教えて!

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月02日〜11月09日

リプレイ公開日:2006年11月10日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 藩主平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は尾張の覇権をめぐり、一発触発のただ中にある。

 そんな尾張に、1人の少女が居を構えた。
 ツインテールに結った赤い髪、ちょっと気の強そうな、でもどこか少女のあどけなさを残した碧色の瞳はジャパン人のものではない。また、着ている服も和装ではなく、赤いタートルネックのシャツにスパッツという動きやすい服装だ。
 少女の名前はエレナ・タルウィスティグ(ez1067)という。イギリスから来た騎士だ。
 エレナの構えた屋敷は、ジャパンの貴族が住むような豪華な造りだ。彼女自身、元々イギリスの貴族だったので、このような屋敷を構えた。
 荷車に積んである荷物を粗方下ろし終えたエレナは汗を拭う。荷物の中にはチェーンレザーアーマーやウォーアックスが姿を覗かせている。人を雇えばいいのだが、これも騎士の修行の一環とばかりに、彼女は1人で引っ越しを進めていた。曲がりなりにも騎士を名乗る以上、貴族の称号のオプションではなく分相応の実力を持つべき、というのがエレナの持論である。
「ふう、ここがあたし達の新しい家だよ、お姉ちゃん」
 エレナは淋しそうな笑みを浮かべながら、真っ先に家の中に運び込んだ石像にそう声を掛けた。その石像は、女性が少女を膝枕し、2人とも幸せに微笑み合っているというものだ。おそらく、初めてこの石像を見た者は、限りなく生身の人間に近い、豊かな質感に溢れたその出来映えに驚くだろう。
 だが、この石像はただの石像ではない。女性の名はイングリッド・タルウィスティグ(ez1068)、エレナの姉だ。そして少女の名はティリーナ、人間ではなくサッキュバスと呼ばれるデビルだ。
 イングリッドはティリーナ達、3人のサッキュバス姉妹――といっても、デビルなので血の繋がりはない――に弄ばれ、遂にはストーンの魔法で自分ごとサッキュバスの1人を封印したのだ。
 エレナは辛い思い出の残るイギリスの屋敷を引き払い、姉と共にこのジャパンへと渡ってきたのだ。

「んー、畳っていい匂いがするー! ええと、畳の上は靴を脱がなきゃいけないんだよね」
 箪笥といった大きな荷物はまだ外の荷車の上だが、当面の生活に必要な品を運び終えたエレナは深呼吸した。真新しい畳独特の香りが屋敷中に漂っている。初めて嗅ぐ香りだが、決して嫌な香りではない。
「小麦粉とかはあるだけ持ってきたから、しばらくは保つけど、ジャパンの料理にも慣れないとね」
 彼女は遺跡探検をメインとした冒険者なので自炊は出来る。とはいえ、あくまでイギリスの料理に関してであり、ジャパンの料理はまだレシピすら知らない。
「後は、向こう三軒両隣、だっけ? それとも郷には入れば郷に従え? どこまで挨拶回りをしたらいいのかな?」
 ジャパンでは引っ越しの挨拶をするという風習があると聞いているが、どこまで挨拶をすればいいのか分からない。
 引っ越しのまだ全部は終わっていないし、生活もしなければならない。でも、いきなり隣人トラブルは避けたい。
「よし、こういう時は慣れてる人に聞こう」
 斯くしてエレナは、京都の冒険者ギルドに依頼を出すのだった。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0437 風間 悠姫(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9275 昏倒 勇花(51歳・♂・パラディン候補生・ジャイアント・ジャパン)
 eb1935 テスタメント・ヘイリグケイト(26歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb8574 下竿 深潮(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

木下 茜(eb5817

●リプレイ本文


●引っ越しと言ったら‥‥
 ナイトのエレナ・タルウィスティグ(ez1067)が尾張の城下町の一つの郊外に構えた屋敷は、貴族の別邸を譲り受け、直したものだった。今の尾張の情勢を鑑みれば、別邸を手放すのも無理はないだろう。
「凄いのですよ〜」
「ふふ、ありがと。1人で住むには広すぎるけど、ね」
 屋敷の前に佇み、羨ましそうに目を細める忍者の梅林寺愛(ea0927)。庭先でハンドアックスを片手に薪割りをしていたエレナは、彼女に気付くと笑みを浮かべてやってくる。
「貴族令嬢って柄じゃないし、イギリスじゃお姉ちゃんと2人暮らしだったから、侍女とか雇ってなくて、家の事は自分達でやってたしね‥‥なんなら一緒に住む? どうせ一人暮らしだしね」
 愛は居を構える訳にはいかない為、野宿暮しを続けている。それ故に、尚更羨ましい様子で屋敷を見つめる。その様子を見ていたエレナは、不意に一緒に住まないかと切り出した。
 愛にとっても予想だにしなかった申し出であり、即答できる内容ではなく視線を彷徨わせると、エレナの手にあるハンドアックスが目に留まった。
「薪割りでしたら私に任せるのですよー」
 愛はエレナの手からハンドアックスをかすめ取ると、薪割りを始めた。
「照れているようだな」
「そうなの? 部屋は空いてるし、羨ましそうに見ていたから誘ったんだけど」
「人の優しさに触れるのが苦手なようだ。故意に避けているのか、それとも本当に知らないのかは分からんが‥‥まぁ、厄介事を抱え込む覚悟があるなら、一緒に住むのもいいだろう。あの娘は保存食で釣ると面白いからな」
 浪人の風間悠姫(ea0437)がエレナの隣にやってくる。悠姫は京都から尾張へ来る間に愛と仲良くなっており、彼女の浪費癖や食い意地が張っているのを実際に目の当たりにしている。はたして、それらを『厄介事』として括る事ができるのだろうか?
「厄介事なんて‥‥とっくに抱えてるわよ」
 エレナは微苦笑し肩を竦める。
「挨拶が遅れちまったが、よっ。俺はクロウ。イギリスから来たんだ。宜しくなっ」
「以前、依頼をお受けしたんですが、僕の事覚えてらっしゃいますか?」
 雰囲気が暗くなってきたのを察してか、レンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)が人差し指と中指を立てて、太陽を背に爽やかに挨拶をする。その後ろから志士の沖田光(ea0029)が、おずおずと確認するかのように訊ねた。
「イギリス人を見るとホッとするよ。光、久し振りね。ジャパンに来てたんだ?」
「ジャパンじゃ、俺達が外国人だからな」
「来ていたというか、帰ってきていたというか‥‥あっ、これは引っ越し祝いです」
 エレナのお約束っぽい言葉に、クロウは笑って返す。光の事も覚えており、彼はクロウと共に引越し祝いを渡した。
「これってお茶っ葉じゃない!? いいの、もらっちゃって?」
「遠慮は要らないぜ。ジャパンは茶が安いからな」
 偶然にも、二人とも京都で買ったお茶がお土産だった。
「私は神聖騎士のテスタメント・ヘイリグケイト。イギリスと京都を行ったりきたりして活動している冒険者だ。まぁ‥‥テスタとでも呼んでくれ。私の名は長いのでな」
「OK、テスタね。あたしの事はエレナって呼び捨てでいいわよ」
「ミラ・ダイモスです。生まれは違いますが、異国から渡ってきた者同士、宜しくお願いします。私もエレナさんと同じようにキャメロットから渡って来て、日常生活の様々な違いなど、いろいろ苦労してきましたから」
「ありがとう、引っ越してきたのはいいんだけど、いきなり戸惑ってるから心強いわ」
 ハーフエルフの神聖騎士テスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)、ジャイアントのナイト、ミラ・ダイモス(eb2064)と、エレナは握手を交わしてゆく。
 そして――
「あたしは昏倒勇花こと“癒しの乙女”こんとーちゃんよ。あなたも気軽にこんとーちゃん、って呼んでね。でも、心無い方は“最終兵器彼氏”と呼ぶわ‥‥宜しくお願いするわね‥‥」
「っていうか、こんとーちゃん、男でしょ?」
「酷いわ酷いわ! 身体は男でも心は乙女なのよ〜〜〜〜〜!」
「分かった、分かったわ、ごめんなさい、こんとーちゃん。まぁ、イギリスでもカマは多かったから、耐性はできてるから大丈夫よ」
「あたしのカマは特別製で、ジャパンの標準ではないから気を付けてね」
 ジャイアントの浪人、昏倒勇花(ea9275)の自己紹介には、思わず突っ込んでしまう。二メートル近い巨漢が“癒しの乙女”を名乗るのだ。突っ込まずにいられようか!?

「(荷車二台分の荷物? 1人暮らしにしてはかなり多いが、貴族令嬢っていうし、女は服とか多そうだからこんなものかな?)先ずは引越しの手伝いからだな」
「タンスやベッドなど、女手1つではなかなか運びにくいものもあるだろうしな。私はある程度力はあるし、荷物運びでは役には立つだろう」
「あらあら、駄目よ、テスタさん。女の子には男の人に見られたくないものもあるんですから。そういうものはあたしにお・ま・か・せあれ♪」
「いえ、エレナさんの私物はは私が運びますので、こんとーちゃんはクロウさん達と家具を運んで下さい」
 クロウが軒先で幌を被せたままになっている家財道具を見付けると、一人暮らしにしてはその多さに訝しむものの、深くは詮索せず、引っ越しの手伝いを切り出す。テスタメントと勇花も協力するが、エレナの身の回りのものはミラが運ぶ事に。
「僕はエレナさんと挨拶回りに行ってきますね。引っ越しの挨拶は早いに越した事はありませんし、分担した方がいいでしょう」
「引っ越しは人手が多すぎても却って効率が悪くなる。エレナが何処に何を運ぶか指示を出しておけば、問題ないだろう」
 光と悠姫はエレナと一緒に挨拶回りをする事にした。既に引っ越ししてきて数日が経っているので、挨拶回りをするなら早いに越した事はないからだ。

 テスタメントと巫女装束に襷掛けをして気合いを入れた勇花が、タンスやベッドといった大きな家具を運び入れる。その際、勇花の愛馬うまのすけやなみも荷車を引いて彼らを助けた。
 ミラは鎧や武具、エレナの身の回りのものを運び入れる。ジャパンはイギリスより気候による湿気の差が激しいので、保管場所には注意を払う。
 家具の配置はクロウ、整理は愛の仕事だ。
 愛は服飾品を整理していて、ドレス類や装飾品が多い事に気付いた。エレナの普段着を見る限り、彼女はこういった服飾は身に着けないと思うのだが‥‥。
「‥‥石像ですか?」
 エレナに指示された部屋へドレス類を運ぶと、そこには窓から漏れた日の光に照らされ、女性と少女二人の石像がひっそりと佇んでいた。暫しの間、愛は見入った。

「挨拶回りは、隣接する両隣とお向かいに行うのが一般的だ。その際、手ぶらじゃなく、何か軽い手土産などもあるといいだろう。菓子などで十分だと思うがな」
「引っ越しといえば、引っ越しそばです!」
 悠姫が挨拶回りの基本を教えると、光は手土産に引っ越しそばを推した。実はこの界隈で評判の蕎麦屋を調べてあったのだ。その為、悠姫達より到着が遅れたのだが。
 とはいえ、郊外なのでお隣さんといってもちょっと離れている。また、光の配慮通り、最初は異国人であるエレナ一人で行くよりは、ジャパン人の悠姫や志士の光が一緒に付いていた方が、近所の人も警戒せず、挨拶回りはつつがなく済んだ。
 そこで光や悠姫が感じたのは、エレナは殊の外、ジャパン語が堪能だったという事だ。複雑な日常会話も十分こなせるようだ。


●ジャパンの情勢
「お疲れさま。はい、焼きたてのバノックだよ。飲み物はハーブティーね。お茶をもらったけど、イギリスのお菓子だから、イギリスの飲み物が合うと思うんだ」
 居間に運び込まれたテーブルにテスタメント達が着くと、台所からエレナが湯気の上るバノックを、悠姫がハーブティーの入った湯飲みを持ってくる。ミラと勇花が腰を浮かして受け取り、みんなに配る。
 ここだけの話だが、バノックを焼く際、手伝っていた愛が食べてしまうので、悠姫が抹茶味の保存食で愛を釣り、その間、何とか焼き上げた代物だ。
「バノックなんて何年振りだろ。懐かしい味だ。凄え嬉しいぜっ!」
 クロウが懐かしい味を堪能する。テスタメントやミラ、光も、イギリスを思い出す味を楽しむ。
「お煎餅とはちょっと違った、柔らかい食感ね。今度、作り方を教えてくれないかしら?」
 初めて食べる勇花や悠姫の口にも合ったようだ。
 食事の席なので、光が箸の使い方といった生活の違いや作法を、イギリスのそれと対比させながら説明した。
「ジャパンの食事は、御飯に汁物、主菜一つ副菜二つの一汁三菜が基本なのですよー」
 そしていきなり始まる『野宿娘のお料理講座』。
 ジャパンの食事の基本的な構成から入り、米や粟といった穀物の炊き方に、汁物に使う出汁の取り方。更には醤や味噌といったジャパンの調味料の使い方から、生魚や干物、鳥を使った焼き物、簡単な漬物の作り方まで講義する。
 多少、野宿生活のアレンジが入ってるのはご愛嬌。
「でも、私はなんでも食べるから平気なのですよ〜♪」
「冒険に出れば、食べられないジャパンの有毒植物の事も知っておいても損はないかもな。それと、ジャパンの礼儀の初歩だが、誰かの家に招かれた時とかは気を付けな。ちょっと外に出る時用に、草履を用意しとくと良いぞ」
 クロウが部屋に上がる際、脱いだ靴をちゃんと揃えて置いたのを指す。また、これから冬を迎えるに辺り、火鉢や囲炉裏の扱い方といった、ジャパンの家屋で暖を取る方法も付け加えた。
「礼儀といえば、ジャパンでは挨拶は礼で行うのよ」
 初めてエレナと会った時、勇花に握手を求めたのを彼女は思い出した。加えて、荷物の中にランタンがあったので、ジャパンでは携帯用の灯りは提灯が一般的だと話す。
「それと、あたしの着ているこの服は巫女装束といって、普通は巫女っていう神職の女性が着る服なの。後、気合を入れたりする時にはこうして襷掛けを行うのよ」
「それはいいから、ジャパンの今の情勢を教えておかなければな」
 勇花の着ている巫女装束や襷掛けへ話が及ぶと、テスタメントが苦笑しながら話題を変えた。
「ジャパンは今、大きな分岐点に立っている。有力者の1人が暗殺され、政治上ややこしい事になっていてな。ここ尾張はその暗殺された有力者の直轄地であり、複雑な立場にある」
 テスタメントの話を聞いて、ミラが表情を曇らせる。今はナイトの平装をして隠しているが、彼女は新撰組三番隊の入隊希望者なのだ。
「暗殺された有力者ってのが、この尾張藩の前藩主にして、ジャパンを3分する勢力の1つの領袖、平織虎長だ。犯人は東の実力者、源徳派の部隊『新撰組』の一員だと言われてる」
「京都には様々な組織が存在する‥‥中でも一番有名なのが新撰組だ‥‥元々、源徳家康直属の京都の治安を守る為に結成された侍集団で、志士を騙る偽志士を取り締まっている。源徳家康のバックアップ、妖怪の跋扈なども相まって、市中の警備や洛中洛外の事件も担当する宵ようになっていたが‥‥一番隊組長の沖田総司の手による平織虎長暗殺事件が起きた所為で、今の立場は微妙なところらしい‥‥」
「真偽はともかく、一般的な見解はそうなっているな。で、ここ尾張では、平織家の虎長の跡目を巡る権力闘争の真っ最中って訳だ。今のところは相手の出方を窺っていて表立った戦はないが、近いうちに間違いなく起こるだろうぜ」
「これぐらいは、冒険者として京都で活動するなら知っておいた方がいいだろう。私としては、こういった件には関わらない事をお勧めするが‥‥」
 クロウと悠姫が、虎長暗殺に始まり、新撰組の事まで事細かに説明し、最後にテスタメントが「触らぬ神に祟りなし」とばかりに締め括る。
「情勢が不安定といえば、京都でも五条の宮が反乱を起こし、島流しになったわね」
 勇花が五条の宮の反乱について切り出すと、ミラが先の沖田総司を始めとする京都の高名な者の名前を挙げたり、政情の不安から暗殺や封印の開放といった、様々な事件が起きている事を付け加える。
「情勢の不安を煽るように、黄泉人が京都に現れているな。京に強大な恨みを持つ、文字通り黄泉の国の者達だ‥‥厳密には違うだろうが、お前の国で言うところの‥‥でびるに近い存在だな」
「デビルですって!?」
 今まで聞き手に回っていたエレナが、悠姫の口からデビルという言葉を聞くと突然いきり立つ。
「精霊への信仰が、厚い事が主な特色ですね。その所為かイギリスとは違い、デビルの影は少なく、妖怪や鬼、様々な精霊、黄泉人とアンデット達が世を騒がす大敵となっています」
 ミラと光がエレナをなだめながら、妖怪や鬼、付喪神について簡単に話した。

「今日は来てくれてありがとう。お陰で引っ越しも済んだし、ジャパンの事についてもいろいろと分かってきたわ」
「今回は簡単に説明するに留めましたが、もし何か困る事があったらいつでも呼んで下さい。僕、力になりますから」
「バノックとハーブティー、ごちそうさん。何か面倒があった時は、遠慮なくギルドを頼りな。もちろん、俺達も協力するぜ」
 お茶会はお開きとなり、光やクロウ達はエレナに礼を言い、彼女から礼を受け、屋敷を後にしていった。


●あね、いもうと
「何でこんな格好してるのかな?って顔だな‥‥」
 最後まで残ったのは悠姫と愛だった。
「以前かなり強い豚鬼‥‥おーくと言えばわかるか?」
「オークね、戦った事あるわよ」
「それと対峙した時に大怪我して着物を台無しにされてな‥‥治療の為に運び込まれた神社の者にもらったのだが、なかなか動きやすくてな‥‥」
 勇花が着ていた巫女装束について悠姫に訊ねたところ、彼女が着ている着物の話へ発展していた。
 愛は生業から鑑みて、屋敷の危ないところをチェックしていた。流石は貴族の別邸というべきか、泥棒に入られやすいところはほとんどない。そして再び、女性と少女の石像を目の当たりにすると、エレナに聞いた。
「ああ、あれ、あたしのお姉ちゃんだよ」
 エレナは微苦笑しながら、サキュバスに魅了され、自らを石化する事でサキュバスを封印した、姉のイングリッド・タルウィスティグ(ez1068)の事を掻い摘んで話す。二人の少女の石像は、サキュバス三姉妹の次女スティアと三女ティリーナをストーンで封印した代物だという。
 そこで悠姫は、エレナが漏らした言葉を思い出す。愛はエレナが自分を一緒に住まないかと誘った理由を何となく察した。
「家族‥‥またお話できるたら良いのですよ。これをお屋敷に貼ると良いのですよ〜‥‥では、またなのですよー」
 家内安全のお札を渡して、疾風の如く去る愛とその後を追う悠姫。「さよなら」ではなく「また」という言葉に、愛がエレナの申し出を心のどこかで望んでいるような気がした。