●リプレイ本文
●ファッションは気合い?
大紅天狗茸狩り六泊七日の旅を企画したエルフの薬師(くすし)フリーデ・ヴェスタは、待ち合わせ場所に京都の冒険者ギルド前を指定した。
「というか、今の季節にフリーデさんの格好は寒すぎると思う訳よ」
「動きやすかったり、フリーデさんが一目瞭然なのはいいけど、そのカッコって寒くないの?」
エルフのウィザード、エルザ・ヴァリアント(ea8189)が開口一番に言うように、フリーデの胸元やへそを大胆に露出したパフスリーブの上着と丈の短いスカートといった服装は、見ている方が寒く感じる。秋も半ばなので、日差しが当たっていないとかなり寒く感じる陰陽師の緒環瑞巴(eb2033)も、彼女の意見に諸手を挙げて賛成だ。
「内地はこの時期でも結構まだ暖かいんだな」
とは二人の意見を聞いたカムイラメトクのフモシャイン(eb5287)談だが、彼は蝦夷出身である。比べてはいけない。
「河童の花子なのですよ。フリーデさん宜しくお願いしますですね♪」
渦中のフリーデはというと、外国人である彼女が初めて見る河童に驚かせないよう、先に挨拶をしたファイターの斑淵花子(eb5228)にご執心だった。
「ふむ、肌の色と嘴になった唇、頭の皿以外はそれ程人間やエルフ、パラと変わらないな」
「あ、あの、そこは‥‥そんなに揉まないで‥‥」
「いや、なかなか揉み応えのある胸だと思ってな。河童は皆お前のようにスタイルがいいのか?」
胸を揉んだり、腰のくびれを撫でたり、お尻を触ったりと、半ばセクハラ紛いな事をしているが、フリーデ本人は至って真面目に河童と人間の身体の構造の違いを調べているに過ぎない。
「な、なんか凄い光景ですね‥‥」
「フリーデ殿、貴殿が河童に興味津々なのは分かったでござる。だが、花子殿は嫌がっているでござろう? 知的好奇心を満たすのはそのくらいにしようではござらんか」
志士の杜乃縁(ea5443)が目の前で繰り広げられる痴態に、真っ赤になって困った表情を浮かべつつ、少しは興味があるかちらちら窺っていると、義理人情に厚い侍、香山宗光(eb1599)が見るに見かねて止めに入る。
「花子様、お水でございます。これを飲まれて落ち着かれて下さいませ」
ようやくフリーデは花子を解放した。花子は艶めかしい吐息を荒く吐いている。心なしか頬や身体が火照っているようだ。そこへ空かさずウィザードのリオーレ・アズィーズ(ea0980)が水を差し出した。流石はメイドの服を着ているだけの事はある、こういう時の対応は手慣れたものだ。
「フリーデさんの狙いは大紅天狗茸。お薬にもなるキノコだそうです。あたしはもちろん美味しいキノコ鍋が食べたいのですよ」
「大紅天狗茸は美味しいって聞くけど、薬の材料になる話は初耳。どんな薬の材料になるのかしら」
「食べられる茸類は、基本的に滋養強壮の薬になる。風邪を引いたり、病み上がりの時に効くな。とはいえ、効能はハーブと大差はないがな」
落ち着いた花子の言葉を聞き、シフールのウィザード、エリーヌ・フレイア(ea7950)が自慢の青い髪を手で梳きながら訊ねると、フリーデは分かりやすく即答する。
「なるほど、ジャパン版のハーブと思えばいいのね。茸の他にも秋の味覚が美味しい季節だもの。せっかくジャパンにいるんだし、ジャパンの秋の味覚を味わいたいものね」
「そうそう、茸に限らず、この時期の山にはたくさんの美味しい物がありますよね。柿とか栗とか‥‥じゅるり‥‥おっと、すみません」
「きのこなべにさんさいなべか、うまそうだぞ!!」
エリーヌの言葉に、思いつく限りの秋の味覚を想像し、思わず垂れてしまったよだれを拭く縁。フモシャインも早く食べたい様子だ。
「美味そうでござるが、人喰い樹がやっかいでござるな」
「今頃の山は秋の味覚と危険でいっぱいなのよねぇ」
「大紅天狗茸狩りのついでに、人喰樹退治に熊退治‥‥ですか、ついでが大きすぎる気もしますが、頑張りましょう」
そう、大紅天狗茸鍋を美味しく戴く為には、漏れなく付いてくる人喰樹退治をこなさなければならない。今なら秋季冬眠前キャンペーン中に付き、当たりが出れば羆(ひぐま)と遭遇し、熊鍋も戴けるダブルチャンス付き。
当たりはご遠慮願いたいと思う宗光とエルザ。
「さっきの話だが」
リオーレの言葉で出発する際、フリーデが瑞巴とエルザに声を掛けた。
「薬の原材料を採集する為に動きやすい格好を好んでいる他にも、俺はこういう格好でもしてないと、あまり女らしくないんでな」
「つまり、フリーデさん流のファッションって事?」
おしゃれな着物を着ているように、瑞巴もファッションにはうるさい方だ。女性らしく見せる為のファッションと解釈すれば、フリーデの今の服装もそれなりに納得できるし、気合いを入れて着ている意味も分かる。
フリーデは本格的な冬を迎えるまでは、もう少しこの服装でいるつもりのようだ。
●狩られる前に狩れ!!
大紅天狗茸の採れる山まで、京都からしばらく街道沿いに進む。
その間、『リオーレ先生のモンスター講座(久し振り編)』が開かれた。
「この時期の熊は冬眠前の食い溜めの為、貪欲に何でも食べてしまいます。冬眠開けの腹ペコ熊さんとは、また違った意味で危険と言えるでしょう」
大紅天狗茸は厳密にはモンスターとは言い難いし、今回参加している冒険者の技量なら、羆や人喰樹と戦った経験がある者も多いとも思うが、そこは家庭教師、初心忘れるべからず、と言う事で分かりやすく講義する。
「特に注意するべき点は、人喰樹の生命力と枝の射程の長さとその数でしょう」
「リオーレ先生!」
「はい、エルザさん」
「大紅天狗茸の菌糸は人参果と違って、ウルサイだけで叫び声自体に害はないのよね?」
「はい、大紅天狗茸の周囲半径3mの地面に伸ばした菌糸を踏むと、半径100mにまで響き渡る叫び声を上げますが、それ以外は全く無害で、迷宮等の警報として使われている事もあります」
「警報‥‥あ、熊とかが興味持って近寄ってくる可能性があるか。大紅天狗茸を採る時は、菌糸を踏まないように気をつけるわ」
「良くできました」
「叫び声は無害でござったか。気合で耐える必要はないのでござるな」
ノリノリのリオーレとエルザ。人参果の死と麻痺の悲鳴と同じ効果があるのではないかと心配していた宗光も、杞憂で済んだ。
「リオーレ先生」
「何でしょう、エリーヌさん」
こちらもノリノリのエリーヌ。
「大紅天狗茸を狩りに行く山の麓の村で、大紅天狗茸がどの辺りに生えてるかや羆が出そうな場所を聞いた方が良いんじゃないかしら。地元の人はそういう事に詳しいと思うの」
「んー、いい意見です。是非聞きましょう」
「そういえば、エルザと同じ姓の男と冒険を共にした事があったな」
「え? 1年くらい前のキャメロットで、私と同じ姓の男が二度ほど依頼を受けた? さぁ? そんなヒトは兄でもなんでもないわよ?」
「いや、そこまで詳しく言ってないが‥‥そうか、イグニスはお前の兄だったか」
意外なところで兄妹の関係が発覚したり。
「へぇ、イギリスってそういう服装や装飾品が流行ってるんだ」
「俺と瑞巴は背格好もそう違わないし、いくつか持ってきているから良かったら今度着てみるか?」
「フリーデさんの服装は露出が多いからなぁ。ちょっと着てみたいけど」
人懐っこい性格もあって、瑞巴とフリーデはファッションの話で盛り上がったり。
やがて山の麓にある村に着くと、エリーヌの提案通り、村人に大紅天狗茸の生えてる場所や羆が出そうな場所を手分けして聞いて回った。
山に入ると、リオーレが熊除けに神楽鈴をしゃんしゃんと鳴らす中、縁が「これだけ秋の味覚が周りに実っているのです。せっかくですから狩りながら進みましょう」と提案し、エリーヌとエルザ、花子とフリーデが中心となって、秋の味覚狩りが行われた。
「あ、あれは食べられそう! こっちも食べられそう! あれは‥‥毒かな?」
縁が指差し確認をし、宗光やフモシャインが採りに行く。
「栗を落とすから、毬(いが)に気を付けてね」
栗や柿といった高いところに実っているものは、エリーヌの出番だ。青い透明な羽を羽ばたかせて上がり、ちょっと強めに蹴れば毬ごと栗が落ちる。
「きっのこ♪ きっのこ♪ キノコ狩り♪ 秋の味覚だね〜♪ 楽しみだね〜♪」
「エルザさん、この茸はどうかな?」
「これは‥‥毒茸ね。というか、瑞巴さん、狙ったように毒茸ばかりを選んで持ってきてない?」
「ひっどーい! 色が綺麗だから採ってきてるだけなのにー」
「いや、色が綺麗な茸は大抵は毒茸だから、地味な色の茸を採るようにすればいい」
元気はつらつ、鼻歌交じりで茸を狩る瑞巴。彼女の採ってきた茸の中には、花子が見ただけでは食べられる茸か毒茸か見分けが付かないものもしばしある。そういう時はエルザに聞くのだが、瑞巴本人にその意図はなくても、狙って毒茸を採ってきていたようだ。フリーデが毒茸を採らないコツを教える。
「皆さんのお陰で豊作ですね。これなら一人当たり三、四日分の食事になりますよ」
茸に始まり、山菜や栗、柿といった色とりどりの秋の味覚を見て、縁は嬉しい悲鳴を上げる。かなりの保存食節約に繋がったようだ。
また、エリーヌが定期的にブレスセンサーを発動させ、羆を探していた。
リオーレの説明通り、冬眠前の食い溜めの為、熊除けの鈴を鳴らしても近付いてくる事もある。
ほぼ全員が、熊鍋より無益な殺生を避けたいと思っているので、羆と遭遇するとエリーヌが連れてきたユニコーンのウェインに頼み、オーラテレパスで充分な食べ物を与える事で立ち去ってもらえないか交渉した。
羆は腹さえ満たせればそれでいいので、食べ物を与える事で戦闘を回避できた。
森の土地勘を持つ者も多く、迷う事なく地元の人に教えられた通り、樹齢百年を越える立派な木の近くまでやってきた。根本には50cmはあろうか、毒々しい茸が数本生えている。
間違いなく大紅天狗茸だ。また、リオーレとフリーデの見立てが間違っていなければ、木は人や動物を食らう肉食植物、人喰樹に間違いない。
「人喰樹か‥‥気味が悪いなあ‥‥でも茸の為だから仕方ないか‥‥」
「大紅天狗茸は菌糸を踏むと叫び声をあげるのです。だから人喰樹にバレないように採る事は不可能って事なワケで。つまり、キノコは戦闘で勝ち取るしかないってワケで」
「人喰樹は見た通り生命力に溢れており、生半可な攻撃では倒す事はできません。とにかく大きなダメージを与えましょう」
「麓の村人の話では、毎年、この辺りで茸狩りをする者が人喰樹に襲われているそうでござるな。退治しても問題ないでござろう」
縁が人喰樹を見た率直の感想を述べると、花子が大紅天狗茸の性質から、狩る為には人喰樹との戦闘は避けられない事を話し、リオーネの助言に従い、宗光は太刀にオーラパワーを纏わせる。
「火霊よ。その尊き御魂の片鱗を我が前に宿せ」
「ありがとう! パラの勇者の力を見せてやるぞ!!」
「大地の精霊よ‥‥我に石の守りを与えたまえ‥‥!」
エルザがフモシャインの小太刀や花子の重斧にバーニングソードを付与していく。縁はストーンアーマーを纏って防御を固め、続けてクリスタルソードを創造し、左手に持った小太刀と併せて二刀流に構える。
エリーヌと瑞巴、リオーネも巻物を開き、自らにフレイムエリベイションを掛け、十分な戦闘準備を終わらせた。
「パラの勇者が樹に負けると思うなよ!!」
フモシャインが小太刀を片手に人喰樹に近付くと、無数の鋭い枝が上下左右から縦横無尽に彼に襲い掛かる。その動きを見極めようとするる宗光。彼の技量では、オフシフトを駆使すれば最初の一撃はかわせるが、続く攻撃を捌ききれない程、かなりの速度だ。加えてその威力は縁の持つクリスタルソード並だろう。
だがフモシャインはそれを悉くかわしてゆく。流石はパラの勇者だ!
彼が囮になり、宗光と縁、花子が接近する。縁はクリスタルソードと小太刀を振るって枝を払い、宗光と花子の為の露払いに徹する。
宗光は太刀を木の幹に浴びせた。
「木を倒すのは斧。人喰樹なら重斧ぐらいが丁度良いのかな?」
そのくらいの感覚で持ってきた重斧は、重く、花子の身長の倍の長さがある。しかし彼女は、激流を生み出す力強い渦の中心にいるイメージでクルクルと身を転じ、遠心力を利用して重斧の重さを上乗せしたスマッシュを人喰樹に叩き付ける。
木全体が苦しそうに揺れる。かなり効いているようだ!
「エリーヌさん、ありがとっ。これで私も役に立てるよ〜」
瑞巴とエリーヌはライトニングサンダーボルトを、リオーレはグラビティーキャノンを、エルザはファイヤーボムを援護射撃で撃ち込む。
エルザは山火事を気にしていたが、ファイヤーボムは油といった可燃性の高いものでもない限り、引火する可能性は極めて低い。爆発の範囲に気を付け、味方を巻き込まないようにすれば、森林でも使用可能だ。
コミカルな踊りを踊りながらかわし続けるフモシャイン。時折、宗光や花子へも枝の洗礼が行くが、軽傷で済んでいる。
やがて波状攻撃を受け続けた人喰樹の枝が、フモシャインに襲い掛からなくなった。彼はいずれ地へと還り、この森を育てるだろう。
●料理は錬金術の実験?
既に山の幸は手に入れているので残るは大紅天狗茸だけだが、菌糸を踏んで叫び声をあげられ、また羆等を呼び寄せたら厄介だ。
エリーヌはウェインに積んでいたロープと、人喰樹の丈夫そうな枝を花子に伐ってもらい、それらを使って大紅天狗茸の傘に二本の枝を挟み、人喰樹の枝にロープを掛けて、それを引く事で大紅天狗茸を引き抜く道具を作り上げる。
それを使って三個ばかり、叫び声をあげさせる事なく大紅天狗茸を採取した。
「採取できたのはいいとして、誰が料理するのでしょう? 得意な方はいなかった気が‥‥ひょっとして、闇鍋状態?」
「いや、俺が調理するが?」
リオーレは誰が料理するのが気にしていたが、それはフリーデが責任を持って料理するのでご心配なく。
「錬金術にあのような使い方があったなんて‥‥」
と、フリーデの料理を見たリオーレが後に語る。フリーデの料理は錬金術の実験の様相を呈していたという。
「うまいぞ!!」
とはいえ、山菜たっぷりの茸鍋のお味はフモシャインのこの一言に尽きる。デザートには焼き栗と柿が振る舞われ、至れり尽くせりである。
「なんと言ってもこの時が一番、心安らぐ時でござる。さぁさぁ、貴殿らも宜しければ手入れするでござるよ。もちろん御代は結構でござるよ」
お腹が一杯になると、宗光は戦闘で傷ついた武具の手入れを念入りに行った。彼にとってこの一時が至福の時なのだ。縁の小太刀や花子の重斧の手入れも引き受け、秋の一時は過ぎてゆくのであった。