便りがないのは‥‥

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月02日〜11月09日

リプレイ公開日:2006年11月10日

●オープニング

「この手紙と薬を、妹に届けて下さい」
 京都にある冒険者ギルドの扉を叩いた少年は、受付の机の上に手紙と布袋を置いた。
 少年がこの手紙と薬を届けて欲しいという妹は、京都から歩いて3日程の山奥にある小さな農村に住んでいる。その農村は豊かとは言えず、少年は京都まで出稼ぎに来ていた。
「本当は俺が行きたいんだけど‥‥」
 言い淀む少年。今、竹細工の職人の元で下働きをしながら、その技術を身に付けている最中だった。帰る事は途中で投げ出す事に繋がる。
 しかも、少年の村の周りには羆が棲んでいて、今の時期は冬眠に備えて獲物を喰らっており、よく遭遇する。
 少年の村でも、この時期は子供達は親の同伴無しに山へ入る事を固く禁じられているという。
「俺の妹は身体が弱くて、月に一度、こうして手紙と薬を送っているんだ。でも、今の時期はなかなか手紙も送れなくて。便りがないのは元気な便りっていうけど、妹は寂しがってると思うんだ」
 薬より兄からの手紙を楽しみに、そして励みにしている妹。まだ字が読めないが、毎日のように兄からの手紙を母親に読んでとせがんでいる、と母親からの手紙には記されていた。
 少年もその手紙を励みに、挫けずに下働きを続けている。

 家族の想いを繋ぐ手紙。それをあなた達が託されたのだった。

●今回の参加者

 ea5067 リウ・ガイア(24歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea8282 高円寺 祐之助(27歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1872 瓜生 ひむか(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4891 飛火野 裕馬(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb7352 李 猛翔(22歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb7445 イアンナ・ラジエル(20歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb7816 神島屋 七之助(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb8618 ラファエル・クリストファー(22歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文


●兄
 京都の冒険者ギルドに、竹細工職人見習いの青年、ひょう吉が妹へ認(したた)めた手紙と薬を運ぶ依頼を受けた冒険者達が集まった。
「高円寺祐之助と申します。初めての旅ゆえ粗相があるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
 侍の高円寺祐之助(ea8282)が、ひょう吉と集まった冒険者達に丁寧に一礼する。初めての冒険だけに意気込みも人一倍だ。
「はい、確かにお預かりしました。何か他にお伝えする事がありましたら伺いますが?」
 祐之助を皮切りに、一通り自己紹介を終えたところで、陰陽師の神島屋七之助(eb7816)がひょう吉の目の前で手紙と薬を自分のバックパックへしまい込んだ。紛失を避けるのと同時に、「確かにしまった」とひょう吉に見せて安心させる為でもある。
「妹さんのお名前を聞いてもいいですか? 私と同じくらいなのでしょうか?」
「妹の名前は楓(かえで)っていうんだ。村の近くは楓の木が多くて、楓が綺麗に紅葉した時期に生まれたから楓って付けたって親父が言ってたよ。歳はひむかさんと同じかな」
 陰陽師の瓜生ひむか(eb1872)は、緊張したりすると貧血で倒れる事があるので、病弱なひょう吉の妹と自分を重ね、気になっていた。名前も聞いたし、歳も同じなので、友達になれればと思うと自然と顔がほころぶ。
「手紙以外に妹に直接伝えたい事があったら、遠慮なく言ってや」
「じゃあ‥‥お兄ちゃんも頑張ってるから、お前も早く元気になれよ、って伝えて欲しい」
 浪人の飛火野裕馬(eb4891)が、ひょう吉の村の周辺で熊に遭遇しやすい場所を聞き終えた後、改めて訊ねる。ひょう吉は楓に一日も早く良くなって欲しいようだ。裕馬はひょう吉の口調を覚え、彼の熱意ごと楓に伝えるつもりだ。
「何て家族思いな少年なんや。こういう依頼やと、なんか冒険者やってる甲斐があるってもんや。後、これで別嬪さんがおれば言う事なしやな」
「ああ、途中で投げ出すような事はできないというひょう吉の心意気は共感できる‥‥何としてでも楓のところに届けなくてはいけないな」
「家族の為に遠く出稼ぎへ、か。健気な事だ‥‥なれば、この仕事仕損じる訳にはいかんな。そうそう、別嬪ならいるぞ? シフールだがな」
 裕馬の言葉に、ハーフエルフの神聖騎士ラファエル・クリストファー(eb8618)とシフールのウィザード、リウ・ガイア(ea5067)が頷く。だが、裕馬が漏らした一言をリウはしっかりと聞いており、同じくシフールのウィザードのイアンナ・ラジエル(eb7445)を指差した。
 白いベレー帽子を被ったイアンナは、貴族令嬢よろしくたおやかで上品に見えるのだが、たわわに実った双房は猛獣の爪のような装飾でわずかな部分を辛うじて隠しているだけという出で立ちだった。もっとも、シフールサイズなので裕馬の守備範囲外のようだが、ひょう吉のような青少年には刺激が強すぎる。
「もらった保存食は柴太郎に積んだし、渡された一通の手紙と薬に託されたひょう吉の大きな想い‥‥無事に届けられるよう頑張るよ」
 武道家の李猛翔(eb7352)がさり気なくイアンナと裕馬の間に割って入り、視線を遮る。猛翔とイアンナは恋人同士だが、依頼中いちゃつく事はしない。とはいえ、このようにさり気なく恋人を見守っている。
「リウさんも綺麗だよ。兄の俺が言うのも何だけど、楓は将来、村一番の美人になるって評判なんだ」
「‥‥ふむ、私のような者は珍しいと思ったが‥‥ありがとう、お世辞でも嬉しいよ」
「ほう、これは五年後が楽しみだな♪」
 ひょう吉の真っ直ぐな誉め言葉に、感情を表面に出さないリウは心なし困惑する。嬉しいのだが、少年の飾り気のない言葉は純粋で、そんな事を言われた経験があまりないからかもしれない。
 ひょう吉は京都へ出稼ぎに出る際、お守り代わりに渡された楓の姿を彫った木札を裕馬に見せる。楓は美少女という程ではないが、線が細く優しそうな女の子だった。
「依頼の品は小さくても、運ぶものは小さなものではないですね。必ず届けましょう」
「はい、ひょう吉人さんは家族想いのお優しい方です。その想いを届けられるよう、僕もご協力できればと思います。ではひょう吉さん、行ってきますね」
 イアンナと祐之助がひょう吉に挨拶をし、一行は京都を発った。


●羆!
 出発して二日間は街道を通り、比較的安全な旅が続いた。季節は秋、木々が鮮やかに色付き、一行の目を楽しませてくれる。
「近頃めっきり冷えてまいりましたね。このように季節を肌で感じる事が出来る‥‥僕はこの国に生まれた事をとても幸せに思います」
「イギリスにも四季はあるが、ジャパンの紅葉もいいものだな」
 街道を歩いているとはいえ、いつ何があるか分からない。リウの提案で左右を神聖騎士や侍、浪人や武道家が固め、その間に陰陽師やウィザードが入るという隊列を組み、前後を歩く祐之助とラファエルは、紅葉を目で楽しみながらそれぞれの国の話に花を咲かせるが、それでも警戒を怠らない。

 夜は火を焚き、絶やさないよう交替で見張りに立つ。紅葉が綺麗とはいえ、季節は秋から冬へ確実に移りゆき、朝晩の寒さは日に日に増している。暖を取る意味もあるし、火が森へ燃え移らないよう管理する必要もある。そして野生の獣は余程の事がなければ火を恐れ、近付かないからだ。
 猛翔の提案で、リウと祐之助、ひむかと裕馬、猛翔と七之助、イアンナとラファエルが組み、約二時間交替で見張りを行った。また、柴太郎やリウの愛犬ソイルが番犬となり、何かあれば吠えて知らせてくれるだろう。
「あうー、寝癖が直らない」
「どれ、俺が見てやるで。キミももう少し身だしなみを整えれば、近い将来、別嬪さん候補やな」
 テントから出てきたひむかはひどい寝癖だった。道中も彼女の寝癖が気になっていたのか、裕馬が持ち合わせの道具でひむかの寝癖を直す。
 皆、寝静まっており、ちょっといい雰囲気だ。見ていたのは同行していたペット達くらいだろう。

 三日目は街道を逸れ、山へ踏み込む。ひょう吉の実家のある山村は、山を二つ越えなければならない。
「冬眠前の熊は、冬眠する為にたくさん食べます。ひょう吉のお話ですと、今の時期、羆を村の近くでよく見かける上に気も立っているようですから、出会えば戦闘は免れないでしょうね」
「もう彼らの縄張りに入ってしまったのでしょうか? 我々はただ通り抜けたいだけなんですが‥‥そうはいかないんでしょうね」 
「確かにあまり戦いたくない相手ではありますが、もし戦闘になってしまったら全力で戦いましょう。心苦しいかもしれませんが必ず息の根を止めます」
 七之助は無用な殺生は避けたいと思っていた。だが、冬眠前の熊が餌を求めるのは自然の摂理であり、イアンナ達も熊から見れば餌の一つに過ぎない。熊と遭遇して手心を加えた結果、自分達が手負いとなっては手紙を届けられなくなる可能性もあると、イアンナは動物に関する知識を交えながら彼を諭した。
「鳥さんに聞いたところ、この山に熊は結構いるみたいです」
 ひむかが山に入ったところで、枝に留まっていた鳥にテレパシーで聞くと、羆かどうかは分からないが、熊はこの山に相当数棲んでいる事が分かった。彼女は更に鳥達が食べる果実の実っている場所や栗が拾える場所も聞いた。
 山村を目指しつつ、ひむかの案内で果実や栗の実っている方へ寄り道する。リウを始め、森の土地勘を持つ者が多く、迷う事なく秋の果物や栗を収穫できた。

「‥‥熊の縄張りに入ったようだ」
「こっちにもあるぞ。リウが見付けた爪跡とは高さが違うから、他の熊のものと見るべきだろう」
 木に爪で引っ掻いた跡のを目敏く見つけたリウとラファエルが警告を促す。
 ひむかが巻物を開き、バイブレーションセンサーを使うと、こちらに接近している二メートルを超す生物の振動を感知した。しかも一体だけではない。
「少なくとも二体を相手にしなければならないようですね」
 祐之助は刀を抜き、臨戦態勢を整える。そう、冬眠前の熊は一体とは限らない。
「どうせ戦うなら、少しでも俺らに有利な地形の方がええで」
 裕馬は狩猟の経験を活かし、熊が攻撃しづらいよう木々が多く、スピードが下がる下り斜面へ誘導するよう告げた。
 リウや猛翔がソイルや柴太郎を安全な場所まで避難させ、その間、ひむかがファンタズムで子鹿の幻影を作り、その周りに先程収穫した果実を置く。
 しばらくして二メートルを超える熊が現れた。ジャパンでは羆(ひぐま)、ヨーロッパではブラウンベアと呼ばれる中型の熊だ。
 羆は子鹿に襲いかかろうとするが、その爪はすり抜けてしまう。
「無益な殺生は避けたいので眠って下さい!」
 七之助はスリープを唱える。だが、羆は眠った様子はない。どうやら抵抗されたようだ。
 しかも、七之助の詠唱を聞きつけ、羆が潜んでいる彼の方へやってくる。
「この戒めからは逃さん‥‥」
 リウが羆の上空からアグラベイションを唱えると、こちらは効いたようで羆の動きが鈍くなる。
「野郎もそうだが、熊に抱かれる趣味はないで」
「焔の如き竜神、ここに在り」
 刀とライトシールドを構えた裕馬と、クルスソードと霊矛「ワダツミ」を構えたラファエルが、左右から挟み込むように羆の間合いを詰める。二人で当たる事で、ベアハックと呼ばれる羆の抱え込み攻撃を分散させる狙いだ。
 裕馬は前足の爪による攻撃や噛み付きをライトシールドで受け流し、刀で突きながら攻める。また、ラファエルの持つワダツミはアニマルに特に効果が高く、二人は中傷まで負う事なく、羆を仕留めた。

「小さいからって侮るなよ?」
「淡い光よ、我が力となり一陣の矢となせ、オーラショット!」
 一方、遅れて接近してきたもう一体の羆には、猛翔が上空から矢で威嚇射撃を行う。冬眠前で気が立っているのが、怯むどころかいきり立つ羆に向けて、祐之助がオーラショットを、リウとイアンナがグラビティーキャノンを放つ。
 再度七之助がスリープを唱えると、今度は眠った。
「戦うのを止めません? 怪我するのは嫌ですよね。此処で引いてくれれば美味しい栗を置いていきますよ」
 問題は眠っているもう一体の羆は、起こした直後にひむかがチャームを掛けて友好的になり、テレパシーで退くよう説得する。羆はお腹が減っているだけなので、食べ物さえもらえれば痛い思いをするつもりはないと言った。
 採取した栗と果実を羆に渡し、一行は早々にこの場を立ち去った。


●妹
 ひょう吉の家族が住む山村は、山間の楓林に埋もれた小さな集落だった。
 侍という事で、祐之助が入り口近くにいた村人に、ひょう吉の使いの者だと告げて家を聞くと、家の前まで連れて行ってくれた。
 応対に出たのはひょう吉の母で、一行をすぐに楓の元へ案内した。
 楓は夕方近くだというのにもう布団で寝ていた。ひょう吉がお守り代わりにしている木札を彫った時より、痩せているように見えた。
「え!? 兄ちゃんからのお手紙とお薬を持ってきてくれたの!? ありがとう!!」
 母がひょう吉の使いだと七之助達を紹介すると飛び起きた。七之助がバックパックからひょう吉の手紙と薬を取り出して渡すと、楓は手紙を読むよう急かす。母も「読んであげて下さい」と頷く。
 手紙には京都での竹細工職人の修行の事や、正月には休みをもらえるから帰れる事等が綴られていた。
「『お兄ちゃんも頑張ってるから、お前も早く元気になれよ』って、ひょう吉は言ってたで。楓ちゃんも早ぅ良くなって、ひょう吉にいる京都へ遊びに行けるといいなぁ」
 ひょう吉の声音の真似をして裕馬が伝えると、楓は泣き出してしまう。そっくりだったのか、ひょう吉が恋しくなってしまったのかもしれない。
 すると、ソイルが楓に飛び掛かり、顔や涙をペロペロと舐めた。
「あはは、くすぐったいよ〜!」
「その子はソイルといって、ジャパンでは珍しい、ボーダーコリーというイギリスの牧羊犬だ。ソイルも楓殿と友達になりたいようだ」
 ソイルと友達になり、楓の寂しさも紛れたようだ。
 
 京都から離れている事もあり、山村にラファエル達がやってきた事はあっという間に広まった。
 ひょう吉の家は大きくないので、女性陣が泊まる事になり、男性陣は村人の家へ分散して泊めてもらう事になった。
 その日の夜は村人が総出で一行をもてなし、山菜料理や熊鍋が振る舞われた。ほとんどお祭り騒ぎである。
 素朴ながら美味しい山の幸をお腹いっぱい食べたお礼に、猛翔はショートボウで曲撃ち芸をし、裕馬はジャグリングなど大道芸で村人を楽しませる。
 七之助が宝手拭で顔を清め、滑稽な踊りを披露した。
 裕馬は村娘にモテモテになったはいいが、小さな村である。迂闊な事をすればあっという間に噂が広がるので、一緒に飲み、晩酌をお願いするくらいだったとか。

 元々娯楽の少ない村だけに、翌日もお祭り騒ぎは続く。この日はラファエルまで駆り出され、ウーゼル流の剣舞を披露したり、イギリスの話を村人に聞かせた。
 楓はひょう吉の手紙が効いたのか、外に出られるまでに回復していた。
 楓の木の根本で、落ち葉に横になりながらイアンナが話し相手になっていた。楓が話すのは専らひょう吉の事ばかりだ。
「兄ちゃんが村にいた頃は、よくこうしてお話ししたんだよ」
「お花好きですか? この香り袋の香り、私も好きなんです」
 ひむかは春の花で作られた香り袋を贈る。その際、春の花がどんな花なのか、ファンタズムで幻影を作ってみせると、楓は大層驚いた。

『秋風に 想いを綴る 少年よ』
 母親が手紙を書き終わり、再度七之助に託される。
 帰り際、見送りに出てきた楓の前で祐之助が一句詠み、山村の後にしたのだった。