【上州征伐】敵に塩だけ送る?

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 68 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月22日〜11月29日

リプレイ公開日:2006年12月01日

●オープニング

 ――上野国、沼田城。
 源徳家康に反旗を翻した新田義貞の、上州北部の拠点である。
 しかし、北からは“越後の竜”の異名を持つ上杉謙信が上州北部の支城を次々と破り、南からは中山道を征した源徳軍が、家康自ら三千の兵を率いて迫っている。
 義貞は名将として名高い真田昌幸・幸村親子の力を借り、平井城にて家康との直接対決に臨んでいる。

 今、ここ沼田城を預かるのは、真田信之と真田忍軍である。

「真田あやか、ただいま戻りました」
 沼田城の一室。
 明かりは灯っておらず、戸の隙間から覗く月明かりの中に浮かび上がる、二つの陰があった。
 一つは忍び装束に身を包んだジャイアント――にしては小柄――の女性が跪き、頭を垂れている。
 ぼさぼさで手入れのされていない緑色の黒髪が、星明かりに鈍く輝く。
「二年振り、になるかな‥‥逞しくなったものだ。おっと、逞しくなったなんて、年頃の女子(おなご)に言うものじゃねぇよな」
「いえ、望月様にそう言って戴けて身に余る光栄です」
 一つは女性の前で膝を立てて座る、着物姿の男性。
 女性の名は真田あやか。
 男性の名は望月六郎。
 共に真田忍軍の忍者である。特に望月六郎の名は耳にした者も多いだろう。彼は真田昌幸率いる“真田十勇士”の一人で、火遁の術の達人であり、真田忍軍の組頭の一人でもある。
「いや、綺麗になったよ、うん。イギリスで修行したいと言い出した時にはお館様共々驚いたが、成果はあったようだな」
「はい、ジャパンにはない多くの事を学びました。また、伴侶や戦友(とも)も得ました」
「伴侶、と戦友ねぇ。それはおいおい聞くとして」
 あやかは昌幸に許可をもらい、ジャパン画の絵描きに扮し、二年間という条件付きでイギリスで武者修行を行っていた。イギリスではヴィルデフラウと名乗っていたが、そこでリムニアドという最愛の女性(ひと)を見付けたのだ。
 イギリスで信仰されているジーザス教の教義では、子孫を残せない異種族間の恋愛も同性愛も共に禁忌だ。しかし、あやかとリムニアドは愛し合ってしまった。禁忌を犯してまでも。
 その事は、彼女の武者修行を視察しに行った妹――といっても同じ里で姉妹同然に育てられ、血の繋がりのない――の真田楓の口から伝わっているようだ。
 六郎は一転して真顔になる。
「帰ってきてくれたところ早々で済まないが、一働きしてもらう。お前の連れたきた魔法使いと神聖騎士も、場合によっては役立つからな」
「平井城にいらっしゃる、お館様の援護でしょうか?」
「お、平井城の状況を知ってるのか?」
「帰国してお館様に最初にご挨拶しようとしたのですが‥‥源徳兵およそ三千に包囲されておりまして‥‥」
「ははははは、流石にお前でも三千の兵をかいくぐってお館様に挨拶はできなかったか」
「まだまだ精進が足りません」
「いや、気にするな。真田忍軍といえども、あの包囲網をかいくぐれるのは俺達真田十勇士とごく少数の精鋭くらいなものさ。それに平井城は緊迫しているからな。挨拶が遅れたからといって、お館様も咎めはしないさ」
 あやかの律儀さに思わず吹き出す六郎。
 だが、平井城の様子を見てきているのなら話は早い。
 義貞は主力部隊を平井城に集めており、この沼田城の守りは薄い。それでも謙信相手に持ち堪えているのは、ひとえに真田忍軍が戦場を撹乱させているからだ。
「お前は俺と、雇った傭兵共に謙信の補給部隊を攻めてもらう。いくら越後の竜といえど、兵糧が尽きれば戦はできないからな。もう少し経てば雪が降るから退かざるを得ないだろうが、早々にご退却願おうって寸法だ」
「御意」
「そうそう、兵糧を分捕るのはいいが、塩だけは残しておいてやれよ。そのくらいの優しさが真田忍軍の持ち味だからな。とはいえ、謙信も馬鹿じゃない。補給部隊に越後侍の精鋭を付けていてもおかしくはねぇ。そこで、俺と十人ばかしが火を放って陽動を掛けるから、お前と傭兵はその隙に兵糧を分捕れ。捕れなければ最悪、捨てちまっても構わねぇ。ぼやぼやしてる謙信が駆け付けて、一戦交えかねねぇからな」
 六郎ですら謙信と一戦交えるのは避けたいと思っている。越後の竜の字(あざな)は伊達ではないという事だ。

 その後、望月六郎の名で江戸の冒険者ギルドに依頼が出された。
 真田忍軍と共に上杉軍と戦うという内容だ。詳細は請けてから現地で話す事になっており、明らかにされていない。
 冒険者は志士や侍といえども、基本的な立場は『腕の立つ傭兵』である。真田忍軍に付こうが、上杉軍に付こうが、立場が悪くなったり、どちらかに角が立つという心配はない。
 謙信と刃を交える危険性はあるが、その分、真田忍軍は腕の立つ冒険者を求めている事でもある。

●今回の参加者

 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea5897 柊 鴇輪(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1490 高田 隆司(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


●依頼を請ける意味
 江戸の冒険者ギルドに張り出された一枚の依頼書。それは“真田十勇士”の一人、望月六郎からの依頼だった。
 冒険者ギルドの立場は基本的に中立である。源氏からの依頼も、平氏からの依頼も、藤原氏からの依頼も、それが正式な手続きに基づく正規の内容であれば受け、そして冒険者達へ提示される。

 そこに正義を求めるのか?
 それとも自分の信念を貫くのか?
 あるいは力が、金が欲しいのか?

 請けるかどうかは冒険者達が内容を見て、その判断に委ねられている。
 
 源徳家康――源氏――から見れば、新田義貞は“敵”であり、彼に協力する真田昌幸や配下の真田十勇士も倒すべき相手だ。
 だが、義貞は“英雄”として謳われている。彼らから見れば逆に家康が“敵”であり、倒すべき相手だ。

 所変われば品変わる、というように、物の見方は今のジャパンでは一つとは限らない。
 何が正しくて、何が悪いのか。それを判断するのは冒険者自身だ。
 ならば、望月達に協力する冒険者が現れても不思議ではないだろう。


●桃源郷?
「おな‥‥かすい、た‥‥」
「えー!? 鴇輪、さっき茶屋でお団子十串も食べたばかりじゃないかー!?」
「しかも、しっかり俺達の分までねぇ」
 中山道を歩く忍者の柊鴇輪(ea5897)は足取りも重く、如何にもお腹が空いたようにお腹を押さえている。
 その言葉にパラの忍者、白井鈴(ea4026)は素っ頓狂な声を上げた。つい、数時間前に峠の茶屋で休憩を取ったばかりだ。忍犬の龍丸が『そうだそうだー』と主人を後押しするかのように「ワン!」と鳴く。
 浪人の高田隆司(eb1490)が鈴の言葉にそう付け加える。休憩にと小さな茶屋に立ち寄り、一人三串注文したのだが、鴇輪が一人でほとんど全員分をペロリと食べてしまったのだ。
「わて、じ‥‥びょう、の癪で‥‥すぐ、におな‥‥かがす、くけん‥‥」
「んな持病の癪があるか! 癪っていうのは、腹が痛くなる事だ」
 お腹を押さえたまましゃがみこむ鴇輪へ、浪人の山下剣清(ea6764)が突っ込む。基本的に異性には優しい剣清だが、薄汚れた野良犬のような雰囲気の鴇輪は、彼の『異性』としての守備範囲から外れている。
「順調だから、できれば今日中に沼田に入りたいんだよ。鴇輪、もう少し頑張ろうよ!」
「上州の中山道は家康が押さえているそうだから、できる限り面倒に巻き込まれたくないんだよねぇ」
 鈴達が望月の依頼を請けた冒険者だが、この雰囲気を端から見ればとてもそうには思えないだろう。
 加えて、今、上州には源徳兵や上州兵に加わろうと、各地から冒険者達が集まっているので、それ程怪しまれる事はないのだが、生来怠け者の隆司は無用な厄介事に巻き込まれるのは御免被りたいと考え、先を急いでいた。
「いや、その心配には及ばない」
 その時、道を挟んだ反対方向から、ハスキーな声が聞こえてきた。
 腰に佩いた霊刀「オロチ」の柄に手を掛ける剣清。彼程の使い手でも相手に気付かなかったようだ。
「絵描きの人‥‥? 真田忍軍の人かな?」
 道の反対側には、上州の山々をスケッチする絵描きしかいない。
 鈴はいつの間にか懐に忍ばせていた風車――暗器――を握る手を出し、絵描きに近付いた。彼は不自然さは全くなく風景に溶け込んでいた絵描きが、自分と同じ忍者だと看破したのだ。
「ああ、わたしの名は真田あやか、あなた方をお待ちしていた」
「ここ待ち、合わせの‥‥場所や、から‥‥」
「いや、それは絶対に有り得ないから」
 絵描きは鈴に真田忍軍の一人で真田あやかと名乗った。
 もう歩かなくてすむと思ったのか、鴇輪がボサボサの黒髪をボリボリと掻きながら立ち上がった。怪我の功名だと剣清は突っ込む。おそらく、この依頼中、彼は鴇輪への突っ込みに終始する事だろう。

 あやかに案内されたのは、沼田城からさほど離れていない宿だった。
 沼田城の周囲は上杉謙信率いる上杉軍約千人が陣を張っているので、鈴でもなければ入る事は難しいだろう。
 それに今回の依頼は、今のところ『真田忍軍と共に上杉軍と戦う』と聞かされている。無理に沼田城へ入る事もないのだ。
「おいおい、真田忍軍って女ばかりなのかよ!? しかも美少女から美女まで揃ってると来てる! 依頼を請けたのが野郎や餓鬼でがっかりだったが、桃源郷とはまさにこの事だな!」
 宿に入った剣清が喜ぶのも無理はない。
 ジャイアントのあやかを始め、彼女の義妹で同じく真田忍者の真田楓、ウィザードのリムニアド、神聖騎士のフィディエルと、宿にいた真田忍軍のメンバーは皆、麗しい女性ばかりだからだ。
 尚、鈴もれっきとした二十三才だと付け加えておく。
「野性味溢れるあやかもいいけど、お嬢様お嬢様しているリムニアドも捨てがたい。いやいや、清楚っぽくて凛々しいフィディエルも良いし、手堅く妹キャラの楓も‥‥」
「誰が妹キャラですか、誰が。それに、あやかお姉さまとリムニアドを口説くのは止めておいた方がいいですよ」
 早速、一服がてら誰に声を掛けようか考えている剣清を、楓が止めた。
 ちなみに妹ポジションは間違っていない。
「ふっふっふ、俺を侮ってもらっては困るな。これでも江戸ではナンパの達人なんだぞ?」
「いえ、あやかお姉さまとリムニアドは恋人同士ですので、達人でも口説けませんよ」
 美女なのに百合という巡り合わせの悪さに、がっかりする剣清だった。


●打ち合わせ
 打ちひしがれた剣清は放っておかれ、望月六郎も宿の部屋へやってきて、鴇輪達に依頼の正式な内容が告げられた。
「あ〜、分かりやすく言うと、米盗んでずらかれ、って事だね」
「兵糧は米だけじゃねぇが、端的に言うとそうだな」
 隆司が依頼の内容をシンプルに表現する。微苦笑しつつも頷く望月。
「段取りは分かったけど、兵糧を奪うのは僕達だけでやるのかな?」
「俺と真田忍者十人は、陽動で手一杯だな」
「リムは後方支援だから、鈴達の他にわたしと楓、フィディエルを入れて七人だ」
 鈴が望月とあやかに、自分達を含め、兵糧を実際に奪いにいく人数を確認する。
「力の、あるペッ‥‥トでもいな、い限‥‥り全、部持っ‥‥て逃げ、るの‥‥は無理、な量‥‥だと思、うで‥‥」
「そうだね、千人分の兵糧ってかなりの量だよね。それを七人で持っていくとすると、そんなに持っていけないと思うんだ。それに下手に長引かせて戦闘になったら、何の役にも立たなくなっちゃうしね」
「流石に全部は運べないから、もったいないけど持てる量だけ持って帰り、後は川に流せるだけ流すしかないかね」 
 今まで、リムニアドが用意したお茶と茶請けの和菓子を夢中で食べていた鴇輪がそう言うと、鈴が頷き、隆司がまとめる。
 兵糧は大抵、大八車のような台車に積まれているので、川側に向けて荷を固定している縄を切れば、荷崩れを起こさせる事も可能だと鴇輪は付け加えた。
 尚、分捕った兵糧は、真田忍軍や上州兵に配られる‥‥のではなく、上州の民へ分け与えられるという。パフォーマンスと思われても仕方ないが、望月達も私利私欲の為だけに戦っている訳ではないという証拠だった。
「決行は深夜だから、今からよく休んでおいてくれよ」
「面倒くさいが、年越しの為にも少しは働かないとねぇ」
「ははは、成功すれば報酬は払うから頑張ってくれ。それと、必要なもので、すぐに用意できそうなものがあれば言ってくれ」
 隆司が依頼を請けた理由に、望月は納得してしまう。冒険者にとっても年越しは死活問題だろう。
「上州の民に配るんだったら、出来る限り多く分捕りたい。軍馬とか用意できないか? 疾風を戦場に連れて行くのは心許ないんでな」
「軍馬か‥‥ちょっと厳しいが信之様に掛け合ってみるぜ」
 兵糧を奪う理由を聞いた剣清が、軍馬を用意して欲しいと頼んだ。彼の愛馬疾風は通常馬、おそらく戦場の雰囲気に怯えるであろう疾風に荷を牽かせるのは困難といえる。
 義貞が家康との対決に向けて主力部隊を平井城へ集結させてしまい、その分、沼田城の守りは薄くなっている。軍馬が空いているかどうか分からない、と望月は答えた。
「塩が欲、しい‥‥ねん‥‥」
「塩? それならすぐに用意できるが」
 望月が塩を用意すると、鴇輪は愛犬ふぐり丸に匂いを嗅がせた。
「こうやっ、て嗅ぎ‥‥分けられ、ればふぐ‥‥り丸が、吼える荷‥‥物は塩、だから‥‥分捕っ、たり捨て‥‥ずにすむ、で‥‥」
「ほぉ、よく考えたな」
「僕も龍丸を連れて行くから、塩の匂いを覚えさせておくよ! 龍丸、接近戦なら僕より強いんだよ」
 鈴も彼女に倣って龍丸に塩の匂いを嗅がせ、覚えさせる。
 その後、しばらく鈴のペットの話で盛り上がった。

 今までの流れから分かる通り、鴇輪は食いしん坊だ。彼女の言う事をきちんと聞かないと置いていかれ、分け前がなくなるので、ふぐり丸もふぐり丸なりに必死なのだ!
 頑張りふぐり丸! 負けるなふぐり丸! 依頼が成功すればお腹一杯食べられるぞ‥‥きっと‥‥おそらく‥‥もしかしたら‥‥。


●敵に塩だけ送れ!
 沼田城は利根川とその支流を、天然の外堀として上手く使った守りに固い城である。
 上杉軍約千人分の兵糧を預かる補給部隊は、その支流を少し上流へ向かった川辺に陣を張っている。川辺という事もあり、大きめの石がゴロゴロしており、遮蔽物は石の間から延び放題の雑草くらいだ。
 兵糧を運んできた足軽達は雑草を軽く刈って陣を作り、篝火を焚いている。

 時間は深夜、日付も変わり、虫の音も聞こえてこない。川のせせらぎと見張り達の雑談の声が寂しく辺りに漂う。

 鈴達は、鴇輪が見付けた見張り達の目の届かない範囲で、できる限り近付ける場所に潜み、望月達の陽動を待っていた。
「軍馬は二頭借りられたから、俺と隆司で大八車を確保する。鈴と鴇輪はあやか達と兵糧をできるだけ川に捨ててくれ‥‥って、鴇輪、何やってんだ?」
「何って‥‥逃げられ、るように‥‥」
 剣清が段取りの最終確認をする最中、鴇輪は足下でごそごそと何かをやっていた。
 見れば望月に用意してもらったロープや雑草を輪状に結んで、追っ手を転けさせる簡単な罠をいくつも作っている。
「目的を達成するのが第一だから、無理はしないでやる事だけやるようにするよ」
 普段は屈託のない鈴も、仕事の時は顔つきも真剣になる。

 すると、途端に川辺がまるで昼間のように明るくなった。望月を始めとする真田忍軍十名が、一斉に火遁の術を使ったのだ。更に油壺を投げたり、陣の天幕に引火させたりし、火の勢いをこれでもかとどんどん増やしてゆく。

「流石は火遁の術の達人と謳われるだけあるだねぇ。あれだけ派手に火の手を上げても、兵糧の方には火の手を行かせないんだからねぇ」
「その方が俺達も仕事をやりやすいしな。時間がないので手早く行くぞ」
 望月の陽動の手際の良さに感心する隆司の背中を押して、軍馬を駆る剣清。
「鴇輪、龍丸、僕達も行くよ!」
「ふぐり、丸頼む‥‥で」
 彼らの後から鈴と鴇輪が続く。
 陣は突然の火の手に混乱を極め、最初は剣清や鈴達どころではなかったが、そこは越後侍の精鋭、何人かは隆司や鴇輪の不振な行動や出で立ちに気付き、襲い掛かってくる。
「俺が、相手になろう。隆司は軍馬に大八車を括り付けてくれ」
 霊刀「オロチ」を抜き、ライトシールドを構えて槍を持つ越後侍と対峙する剣清。突き出される槍を巧みにかわし、時には盾で受け流し、ソニックブームを放って牽制する。
「楓は鈴達を手伝ってくれ!」
 あやかが春花の術を使って弓を番える越後侍を眠らせたり、フィディエルがセントクロスソードを振るって鴇輪達に近付けさせない。そう、無理に倒す必要はないのだ。
 龍丸とふぐり丸が吼えた荷物は塩なのでそのままにしておき、吼えなかった荷の縄を次々と切り、兵糧を川へ捨ててゆく鈴と鴇輪と楓。
 『接近戦なら僕より強い』と主人に言わしめるだけの事はあり、龍丸もクナイで荷の縄を切ったり、鈴に襲い掛かろうとする越後侍と切り結んだりと、大活躍。
「はい、ご苦労さん。それじゃ、ありがたくもらっていきますかね」
「去り際、が肝‥‥心やで」
 火を消す足軽達を労い、轢く勢いで大八車を奪ってゆく隆司と剣清。
 それを見た鴇輪も鈴達に逃げるよう指示する。

 鴇輪の罠に加え、あやかが春花の術を使い、何とか追っ手を捲く事に成功した。

「報を聞きつけて、駆け付けた謙信の悔しそうな顔、あれは見物だったぜ」
 無事に逃げおおせた後、望月達と合流すると、彼は宿でささやかな打ち上げを開いた。
 望月は最後まで陣に残って様子を見ていたようだ。
「龍丸、頑張ったね! 偉い偉い!」
「これはふ、ぐり丸の‥‥分」
 きちんと塩を残した愛犬を労う鈴。今回の作戦は、愛犬の鼻なくして成功は難しかっただろう。
 鴇輪も懐から糒を取り出してふぐり丸へ与え、自分もボリボリと‥‥って、ちゃっかり自分の分を取っておいたんですか!?
「上州の冬は寒いからね。風邪を引かないように暖かくして寝るかね」
「お先にどうぞ。美女にお酌されちゃぁ、俺は当分は寝られないな」
 一仕事終え、隆司は疲れが出たようだ。だが、フィディエルのお酌を受けている剣清は、まだ寝るのはもったいない。

 奪った兵糧は約百人分と多くはないが、五百人分近い兵糧を破棄する事ができた。
 これで謙信も当初より早めに軍を退かざるを得なくなるだろう。