【乱の影】奇襲! 桶狭間!!

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 68 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月27日〜12月04日

リプレイ公開日:2006年12月05日

●オープニング

 甲信の武田信玄、挙兵す!
 齢三十にして“甲斐の虎”と称される信玄が、千五百の兵を率いて甲府を立ち、諏訪から南下して三河へと入った。
 その道筋から目的地は明らかに京都――『上洛』である。
 今回の信玄の上洛は、長く続く京都の政情不安を見かねた比叡山延暦寺の要請によるものだ。
 信玄とは法名であるように、彼は信仰心の篤い。そして源氏の名門である武田氏ならば、摂政源徳家康の下で京都を守るに相応しく、延暦寺が信玄を頼りにするのも自然といえよう。

「信玄が京都に着けば京都守護職への就任は確実です。それだけは何としても阻止しなければなりません!」
 ――尾張、清洲城。尾張の中心に位置する、尾張平織家の本拠地である。
 信玄上洛の報は尾張平織家にも即座に伝わり、家臣を集めて清洲城にて軍議が開かれていた。
 信玄の上洛を阻止し、武田軍との徹底抗戦を切り出したのは、平織虎長の妹、お市の方だ。
「その為には、先ず私が尾張の藩主となって尾張平織家をまとめ、兄上の忘れ形見である信忠が、兄上の後を継いで京都守護職に就かなければならないな」
 お市の方にそう返すのは虎長の弟、平織信行だ。
 尾張藩藩主の座は、実質、尾張平織家当主の座と同意である。
 信行は京都守護職として何かと尾張を空ける虎長を補佐し、その代わりに尾張を治めていた実績があった。加えて平織信忠は虎長の息子、京都守護職を継ぐ資格は十分にあるといえる。
 同席している平織家重臣の林秀貞や柴田勝家は、この信行の意見に大いに喜び、賛成の意を表す。
「そんな悠長な事をしていたら、信玄は上洛してしまいます!!」
 しかし、お市の方は信行や勝家達重臣を一喝する。
「第一、尾張藩藩主と京都守護職は御兄様のものであり、暗殺という不当な手段によって奪われる事はありません。ですので、信行お兄様や信忠が継ぐ必要はありませんし、それ以前に、信玄の上洛が迫っているこの時にそのような戯れ言を切り出す時点でその器もありません!!」
 あくまで虎長が尾張藩藩主であり、京都守護職であると一蹴するお市の方。
 この考えはあながち間違ってはいない。虎長が暗殺された事により、京都守護職は空位となっているが、信玄が上洛するまでは、京都守護職は前任の虎長なのだ。一時だけ就任した五条の宮は頭数にも入っていない。

 摂政の座こそ源氏に奪われたものの、京都守護職と志士の頭領の座は未だ平氏――平織家――のものである。
 虎長暗殺の首謀者は、家康が組織した新撰組の一番隊組長・沖田総司といわれている。ところが、その新撰組は、この件を有耶無耶にしたまま、守護職を暗殺した京都の治安を守っているのだ!
 そして今度は、信玄の上洛を容認し、直轄領である三河を通している。
 物的証拠こそ無いものの、これだけ状況証拠は揃っている。
 平織家からすれば虎長を暗殺する事で誰が一番得をするのか? 家康――源氏――である。
 これ以上、源氏の好き勝手にさせる訳にはいかない。

 虎長を喪っただけで、尾張平織家はこんなにも脆く内部から崩壊してゆくのか?
 お市の方は改めて、兄の力の偉大さに気付くと共に、益々敬愛する。
 彼女は兄や甥を見限ると、軍議の場を、清洲城を早々に後にし、虎長が残してくれた那古野城へ入った。
 ここを拠点として、虎長直属の馬廻衆や自分に賛同してくれた森蘭丸と、信玄に徹底抗戦の構えを見せたのだ。

「戦は数でするものではない。数で劣っていても、勝つ方法はいくらでもある」
 とはいえ、お市の方の持つ那古野城一つでは、用意できる兵はせいぜい五百人。信行や信忠が那古野城を攻めてこないとも限らないので、守りの兵を考えるとこれ以上動員する訳にはいかない。
 武田軍千五百に対し、尾張軍五百。戦力差は三倍である。
 そこでお市の方が頼ったのは、義姉・濃姫の父、“美濃の蝮”こと斎藤道三だった。
 道三は美濃軍こそ動かさなかったが、軍師として尾張軍の指揮を執る事を約束した。
「千五百もの兵を休ませるのだから、相応の場所が必要じゃ。それに信玄も尾張の領内は一気に抜けたいじゃろうて」
 道三は先の『五条の乱』の事を言っているのだろう。
 三河軍が何の前触れもなく、尾張の領内を突っ切り、京都へ援軍を送ったのだ。
 もちろん、尾張平織家も神皇より救援要請を受ければ、援軍を送っていた。連絡の一つも寄こさないのは、明らかに侵攻だが、あろう事か源徳側と五条の乱で戦った者達は「尾張が邪魔をしなければ、もっと援軍は送れたはず」と曰う始末。
 信玄もそれを警戒して、尾張領は一気に抜けるはずだと道三は踏んでいた。
「とすると、信玄が三河で休憩を取るのはここ、『桶狭間』じゃろう」
 道三は桶狭間にて武田軍を奇襲すると提案した。
 道三率いる約四百名の尾張軍が、武田軍と真っ向からぶつかり囮となる。その間、お市の方率いる約百名の尾張軍が信玄のいる本陣を奇襲する、という策だ。
 本陣さえ落としてしまえば、いくら兵がいようと後は烏合の衆、というのが道三の目論見である。
 お市の方は道三の策で武田軍の上洛を阻止する事を決め、冒険者ギルドに依頼を出したのだった。

「しかし、婿殿も暗殺されてしまうとは情けないのぉ。濃、お前の義妹は婿殿の遺志を継ごうとしておるようじゃが、お前はいいのか?」
「あの人のいない尾張など、興味ありません」
 お市の方がギルドへ向かった後、道三は那古野城にいた娘にして虎長の妻・濃姫に声を掛けるものの、その返事は素っ気なかった。お市の方に虎長からもらったこの那古野城を譲り、半ば隠居しているという噂は聞いていたが‥‥どうやら噂は本当らしい。

●今回の参加者

 ea1467 暮空 銅鑼衛門(65歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2741 西中島 導仁(31歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3741 レオーネ・アズリアエル(37歳・♀・侍・人間・エジプト)
 ea6415 紅闇 幻朧(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb2704 乃木坂 雷電(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

リオーレ・アズィーズ(ea0980)/ 明王院 未楡(eb2404)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601

●リプレイ本文


●お市の方
 尾張は那古野城。
 天守閣に二対の金の鯱(しゃちほこ)を戴くこの城は今、出陣の準備のただ中にあった。
「総大将自らが率先して出陣の準備に携わるその心意気やよし、でござるな」
 鮮やかな桜色に染め抜かれた武者鎧に身を包んだお市の方は、各隊の組頭から連絡を受けて指示を出したり、軍備の準備をしたりと、自らも率先して動いている。“美濃の蝮”こと斎藤道三は助言やフォローに徹しているようだ。
 パラの侍、暮空銅鑼衛門(ea1467)は様子を見ながら、彼女がどれだけこの戦を重要視し、勝利しなければならないか、十二分に理解していると捉え、満足げに頷く。
 もちろん、銅鑼衛門もただ見ているだけではなく、自分が指揮する十四人の弓兵の準備を手伝っている。
「言うのも指示するのも楽だけど、いざ実際に実行に移すとなると厳しい戦いなんだよな」
 銅鑼衛門の近くでそう呟く志士の乃木坂雷電(eb2704)もまた、十三人の槍兵を預かる武将だ。今回、お市の方に雇われた彼ら冒険者は、彼女直属の武将として扱われている。
 総大将が自分から動いているのに、武将が暢気にデンと構えているだけ、という訳にもいかないし、雷電も今回は「楽な側の一人」だからこそ、難しい戦だと百も承知で自分に出来る事をやっている。
「出来ればもう少し、隠密の心得を持つ兵が欲しかったのだがな」
 忍者の紅闇幻朧(ea6415)がそう思うのも無理はない。
 お市の方が彼に貸した弓兵十一名は、他の兵に比べれば、多少隠密行動が出来る程度であり、達人に彼から見れば毛が生えた程度だ。
「人間五十年‥‥平織虎長守護職が五十まで健在であったなら、そう思わずにいられないのが今の世か。自分が守護職に希望するもの。それは藤豊、源徳と並ぶ三強となれる器。どんな世にも戦は起きる。一強の世なら革命戦、二強の世なら大戦が。だが三強の世なら小競り合いで済む。武田氏はその器か?」
 浪人の備前響耶(eb3824)は、信玄に京都守護職に就く器があるかどうか、この戦で試すつもりだ。その器があるのなら、響耶達の妨害をものともせず上洛を果たすだろう。だが、響耶達に上洛を阻まれるのであれば、信玄もその程度の器でしかないという事だ。
「京の一大事ってのになあ。面子に関わるってところか?」
「いや、少なくとも、お市の方殿は面子云々より、単に愛する者の想いを守りたい、と思って決起しただろう」
 尾張を取り巻く状況をつぶさに捉え、レンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)は肩を竦める。彼の言葉に、侍の西中島導仁(ea2741)が愛馬・獅皇吼烈をブラッシングしながら応えた。
 話を聞く限りでは、平織家の面子にこだわっているのは、むしろ平織信行や平織信忠の方だろう。お市の方は虎長への重度のブラコンで知られているが、「虎長のもの」を守りたいだけのように思える。
 だが、形はどうあれ、愛する者の想いに応えられる人間になりたいのは導仁も同じだ。だからこそ、久し振りの実戦において、“甲斐の虎”を相手とする厳しい戦いに敢えて身を投じた。
「俺が黒虎部隊に入ったのは虎長サンが暗殺された後とはいえ、元上司には違いないしな」
「前に虎長さんはこう言ってたわね、『市は日本一の美人だ』って‥‥聞くのと見るのでは大違い、想像したよりもずっと美人で驚いたわ」
 クロウと同じく黒虎部隊の隊士の一人であり、同性のファイターのレオーネ・アズリアエル(ea3741)にそう言わしめる程、お市の方は絶世の美女だ。
 虎長は事ある度に、黒虎部隊の隊士達にお市の方の自慢をしていたようだ。兄馬鹿だが、虎長とお市の方は歳が二回りも離れているので、可愛がる気持ちも分かる。
「レオーネ嬢の言う通り、美女と一緒に美女見物、悪くない趣向だ」
「あら、誉めても何も出ないわよ?」
 愛馬・真九郎を伴って、お市の方の元へ馳せ参じた侍の真幌葉京士郎(ea3190)の言葉に、彼女はころころと笑う。
 すると、髪に挿していた愛らしい椿の簪を抜き取り、微笑む彼へ渡した。誉めた礼のようだ。しかし、それは暗器になっていた。
 虎長は生前、「市が男だったなら、良き武将となったであろう」と述べたという。実際に会ってみると、虎長にそこまで言わしめるだけの実力はあるとクロウも実感する。
 そこへ銅鑼衛門と雷電、幻朧と響耶、導仁も集まり、彼らの部隊の出陣準備が終わった事を報告する。
「さて、戦勝を祈願して一指し舞わせて戴きましょう。私の故郷の舞だというのはご愛嬌で♪」
 レオーネはお市の方に、「決死隊とも言えるこの部隊の士気を上げる為に、出撃前に剣舞を舞いたいの」と相談したところ、「是非、お願いしたいわ」とあっさり了承をもらっていた。
 戦力差三倍の武田軍を攻めるには奇襲しかない。だが、信玄には山本勘助を始め、諜報活動が得意な家臣がおり、下手に情報が漏れるのは避けなければならない。
 そこで道三は『壮行会』と称して、お市の方に付く兵士達に檄を飛ばす名目で、レオーネに戦勝祈願の舞いを舞わせたのだ。逆に雷電達武将を集めて軍議を開いても、「武田軍を尾張領内で迎え撃つ」以外の事は伝えられていない。
「どうでござった?」
「今のところ、兵達に動揺はない」
「信玄が尾張領を一気に抜けたいのであれば、穏便にならない手は使わないと思うがな」
「取り越し苦労なら取り越し苦労で、それでよいでござる。それがミー達の仕事でござるからな」
 銅鑼衛門の元へ幻朧が帰ってくる。銅鑼衛門は信玄の間者が「平織の家中で謀反勃発」というデマを流布するのではないかと睨み、幻朧に兵達の様子を調べさせたのだが、どうやら杞憂で終わりそうだ。
 響耶は、信玄は尾張平織家を刺激せず、出来る限り穏便に尾張領内を通り抜けたいと考えている、と踏んでいるが、尾張平織家に通行許可を求めていない以上、千五百もの兵を率いて領内を通り抜けるのは、どう見ても立派な侵攻だ。事を構えるなという方がどだい無理である。
「虎長が暗殺されただけで、尾張内がこれだけごたついている時だ。新たな火種を京まで持ち込まれては困る故、武田にはお帰り願うとしよう」
 今回の奇襲の趣旨は、京士郎のこの一言に尽きる。

 レオーネの剣舞は、天女の如き美しさと妖艶さ、そして名刀の如き鋭さと凄絶さを伴っていた。
 剣舞が終わったも、しばらくは拍手が鳴り止まなかったという。士気は十分に高まったようだ。
 お市の方は熱気冷めやらぬ尾張兵五百人に、出陣を告げる。しかし、この時もどこへ出陣するかまでは伝えられていなかった。


●奇襲! 桶狭間!!
 武田軍千五百は、三河を出て尾張領へと入った。
 だが、信玄も大っぴらに尾張領を通り抜けるつもりはないのだろう。尾張領内を走る鎌倉街道を避け、敢えて隘路を進んだ。
「道三さんの読み通り、武田軍は今夜、桶狭間山で夜を明かすようだな」
「お市の方の話では、知多半島は妖怪共が跳梁跋扈しているそうだ。更に危険を冒す事はしないだろう」
 クロウと幻朧は、進軍に先立って物見として偵察を行っていた。
 クロウと彼の愛犬・小源太、幻朧が先行して周囲を警戒し、幻朧配下の弓兵がそのやや後に付いてきている。
 銅鑼衛門が「飛行箒〜」と後光が差し、効果音が聞こえてきそうな口調でフライングブルームを取り出し、貸そうとしたが、三十メートルの高さまでしか飛べないので昼間は目立つし、夜間飛行は桶狭間では却って危険なので、使わずじまいだった。
 途中、武田軍の物見を見付けるが、物見を倒してしまえば戻らない事から逆にこちらの存在を勘付かれてしまう恐れがあるので、排除しようとするクロウを幻朧が止め、可能な限り回避に努めた。
 ようやく、武田軍の陣を発見すると、クロウはスクロールを開いてテレスコープを使い、布陣の様子を調べる。
 総大将である信玄が居ると思しき本陣は、周囲を足軽達の陣で囲まれており、やはり道三率いる四百十四人の尾張軍が囮となり、切り崩す必要があるようだ。
 尚、幻朧が言うように、知多半島はまだまだ未開の地が多く、噂では妖怪の国が存在するとかしないとか。

 幻朧とクロウは急いで且つ慎重にお市の方の元へ戻ると、物見の結果を報告する。
 ようやく本格的な軍議が開かれた。物見の結果を基に、京士郎や導仁、雷電や銅鑼衛門の意見も交えながら、地元の者から聞いた桶狭間周辺の地形を書き込んだ地図から、奇襲の進軍ルートを決定してゆく。
「奇襲の時間帯は‥‥そうだな、真夜中よりは明け方直前の一番暗くなる辺りが、武田軍も寝静まって且つ見回りも疲れているだろうから、良いかもしれん。『彼は誰時』という奴だな」
「囮が仕掛けた際には、それとなく分かる合図も、不自然ではない形で報せて欲しい」
 奇襲の時間は導仁の意見もあり、明け方直前に決定した。また、響耶が囮との連絡方法を聞いたところ、囮は火計を使うそうなので、それが狼煙代わりになるとの事だった。
「でも‥‥ジャパン、割れるわね。このままだと。各国が群雄割拠する戦国時代に入るのかしら。困るのは庶民ばかりなり‥‥ってね」
 軍議が終わり、雷電達が自分の兵の下へ去ってゆく中、地図が敷かれた床几に頬杖を付きながらレオーネは溜息混じりにごちた。
「沖田総司にお兄様を暗殺させて尾張平織家の力を奪い、そう仕向けたのは、乱世を望んでいるのは源徳家康でしょ!? なのに何で家康は“正義”なの!? 何で新撰組は謝りもせず、それどころか総司を逃がしても、我が物顔で京の治安を守っていられるの!?」
 彼女の言葉に最後まで残っていたお市の方が烈火の如く怒る。
 響耶が言っていたが、ジャパンは平織・源徳・藤豊の三勢力の危うい均衡の下に成り立っていた。だが、虎長が暗殺された事により、その均衡が確実に崩れ始めたのだ。
 お市の方は虎長を殺したのは、沖田総司であり、彼を庇っている新撰組であり、スポンサーである家康が首謀者だと決めつけている。
「お市さんが尾張の民の事を思っている気持ちは分かったわ。せっかくの美人さんが台無しよ。その思い、頑張って叶えちゃいましょう」
「‥‥ありがとう。でも、これだけは約束する。お兄様の仇が取れるのなら、私は民を蔑ろにしない世を作るわ!」
 同性という事と、虎長を知っている事もあり、レオーネの前では感情的になってしまうお市の方だった。

 両手にたいまつを持ち、背に二本ないし、四本の尾張軍の旗を背負った道三率いる囮部隊約四百十四名が、鬨の声と共に桶狭間山へ一気に駆け上がる。
 大半の兵が寝静まった武田軍の陣では、見張りが大慌てで兵を起こすが、その間、囮部隊は陣のあちこちに火を放ち、煙が狼煙よろしく立ち上る。
「これより、本陣に奇襲を掛ける。信玄の首を取ろうと思うな、あくまで撤退させればいい」
 お市の方が凛とした声で、信玄の首を取っても功績とはしないと兵達に告げる。功を焦る者を出さない為だ。
「我こそは、西中島導仁なり! いざ参る!!」
 騎馬兵十五騎を借りた導仁が一番槍を務める。
 オーラパワーを纏った十字鎌槍「宝蔵院」を掲げて、騎馬の機動力を活かして一気に敵陣に詰め寄り、混乱の最中である事を利用して本陣を急襲したのだ。
「黒虎隊隊士、“告死天使”レオーネ‥‥貴方に死を告げるわ。死にたくなくば引きなさい」
 後に続くレオーネが、配下の騎馬兵と共に油を撒き、火を付けて混乱を助長する。
 すると、導仁隊の前の敵が綻び始める。紅闇隊と真幌葉隊の弓兵が、一斉に矢を射掛けながら突撃を開始してきたからだ。しかも、京士郎は二十三人の弓兵を八・七・八の三組に分けて交代制にする事で、弓の準備時間という弱点を補い、矢の雨を途切れさせないようにしていた。
「たいまつ〜、油〜、火打石〜」
 何とも戦場の緊張を半強制的に解してしまうような声と共に、銅鑼衛門は火矢の用意をして一斉に射掛ける。レオーネが撒いた油と相まって、本陣も火に包まれ始めた。
 紅闇隊も暮空隊と合流し、火矢を射掛ける。
 そこへ、雷電と響耶の槍隊十三人と十二人が到着する。歩兵なので速度の関係により、到着は騎馬兵や弓兵より遅いが、それが却って騎馬兵の間合いを味わったばかりの武田軍には、異なる間合いで戦わなければならず、隙が生じる事になる。
 響耶は『黒影葬』を主軸に、槍兵の先頭を切って斬り込んでゆく。
「こういう狭い場所でひしめき合うんだったら、プラントコントロールが有効ってね」
 一方、雷電はプラントコントロールで操った草や蔦に、騎馬の足を引っ掛けて転ばせ、乗っている者を落馬させる、対騎馬兵用の罠を作っていた。
 落馬すれば深追いはせず、体勢を崩したら、その隙を衝いて槍兵で仕留める策だ。
(「‥‥届くなら、総大将に一太刀浴びせたいものだが‥‥」)
 導仁も響耶も信玄を目指していたが、本陣の守りは予想を遥かに凌駕して強固だ。獅皇吼烈で突入し、邪魔する者のみ攻撃を受け流しながら十字鎌槍で突くが、思うように突進できない。
 その時!
「信玄、覚悟!」
 信玄に向かって、クロウが手裏剣を投げたではないか! だが、その切っ先は信玄の持つ軍配に阻まれてしまう。
「小癪な‥‥」
 元々軍配を狙っていたのだ。悔しそうに呟く信玄を後目に、クロウは幻朧と共にその場から離脱する。
 彼は奇襲開始と同時に戦線を回りこみ、草むらに身を潜めながら本陣に近付くと、幻朧が分身の術や疾走の術を用いて撹乱した隙を衝いて、信玄に手裏剣を投げ付けたのだ。
 だが、それは同時に、本陣深く、総大将の下まで敵が入り込んでいる事を意味している。
 信玄は撤退を全軍に告げた。
「俺はこれより突撃して突破口を開く。お前達は手筈通りに三陣の連携を崩さず、突撃部隊を援護してくれ‥‥真幌葉の京士郎、参る!」
 戦は、勝っても負けても引き際が肝心だ。武田軍が撤退を開始した事を察知した京士郎は、真九郎を駆って突撃しながら、ソニックブームとソードボンバーで武田兵を薙ぎ払い、本陣の一角を突き崩す。
「備前隊、撤退する。引き際を見誤るなよ」
「告死天使隊、深追いは禁物よ」
 響耶とレオーネも彼に続く。
「聖騎士の盾〜」
「大丈夫、暮空隊が撤退するまでは保つから」
 弓兵は懐に入られると弱い。銅鑼衛門はオーラボディを纏い、聖騎士の盾を構えて自分の隊の殿を務める。
 そこへ雷電がやってくると、プラントコントロールで草や蔦の罠を張り、紅闇隊が撤退するまで待った。

 本陣を落とされた訳ではないが、寡兵の尾張平織軍が戦上手の武田軍の本陣にまで迫り、信玄自身まで脅かした。この事実から、信玄は今回の上洛は諦めざるを得なかった。
 また、この戦果により、尾張平織家の威信はそれ程損なわれず、それ以上に武将としてのお市の方の名が上がる事となる。

 尚、五百人の兵の士気を高めたリオーレへ、道三より魔法の掛かった仕込杖が与えられた。