遊び場を取り戻せ!!

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 97 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月27日

リプレイ公開日:2007年01月28日

●オープニング

 【上州征伐】より早二ヶ月が経った。
 上州の英雄、新田義貞の上州北部の要、沼田城を攻略していた“越後の竜”の二つ名を持つ上杉謙信は、三国峠が雪で埋まる為、十二月には兵を退かざるを得なかった。
 また、上州南部の平井城にて義貞との直接対決に臨んだ源徳家康も、京都での長州の反乱の急報を聞き、やはり兵を退く事となった。
 かくして決戦は雪解けの時期まで持ち越され、上州は一時期ではあったが平穏を取り戻した。

 平井城からさほど離れていない、小さな農村。
 真田昌幸に仕える真田忍軍の一人、ジャイアントの忍者、真田あやかは相棒のウィザード、リムニアドと共にこの村に逗留している。
 兵力を維持するにはそれだけ金が掛かるので、彼女は予備兵力として特に城に詰めておらず、近隣の農村にやっかいになっていた。
 ジャイアントであるあやかは、普通の人間の男性に比べれば力持ちだ。大掃除や餅つきなど、村での力仕事を任せられる事も多いが、修行の一環とばかりにこなしてゆく。
 そんな当たり前のまったりとした時間が流れる中、新年を迎え、村では凧上げや独楽回し、羽根突きといった、正月の遊びに興じる子供達の姿があったが‥‥。
「俺達の遊び場が!」
 あやかとリムニアドが借りている家でくつろいでいると、男の子二人が大声を上げて村長宅へ駆け込んだ。
 二人とも歳は五、六歳くらいの、ワンパク盛りといったところか。
 あやかとリムニアドも、上着を羽織って村長宅へ向かう。
「犬鬼達がやってきて、俺達の遊び場で暴れたんだ! それで‥‥」
「女の子が攫われただと!?」
 犬鬼――コボルト――は、小鬼――ゴブリン――に次いで子供でも知っている有名なオーガだ。
 この農村の近くにもおり、とても憶病だが、集団で自分達よりも弱い者――特に女性や子供――を攻撃するのを好む。
 男の子が状況を説明する。突然、犬鬼族長が犬鬼の一団を率いて遊び場にやってきて、子供達の遊び道具を奪うと共に、一緒に遊んでいた女の子を攫っていったというのだ。
「女の子を攫っていったという事は、近くに巣があるという事だな。闇雲に攫ったとは考えにくい。おそらくは人質だろう。当面、殺される心配はないが、早く救出するに越した事はない」
 冬になると犬鬼達の餌も極端に減る。あやかは農村を襲うのではなく、子供を人質に取り、食べ物を交換するつもりではないかと踏んだ。
 すぐに殺される事はないだろうが、安全という保証もどこにもない。

 あやかは村にある数少ない馬を借りてリムニアドを江戸の冒険者ギルドへ走らせて依頼を出させ、自分は犬鬼達の巣を探す事にした。
 依頼主であるあやかやリムニアドは真田側、ひいては新田側の立場の人間だが、困っている村人達はその限りではないし、困っている人は陣営に関わらずいる。
 特に今回は人命も掛かっているだけに、そういったしがらみを抜きに臨んで欲しい。

●今回の参加者

 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3667 白銀 剣次郎(65歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1817 山城 美雪(31歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)

●リプレイ本文


●からっ風とはためく旗印
「うう〜、北風が寒いねぇ」
 中山道を歩くレンジャーのシルフィリア・ユピオーク(eb3525)は、防寒服の襟を立たせて身を震わせる。
 上州に入ってからというもの、彼女はこの冷たく強い北風に悩まされていた。
「上州の冬の風物詩、“上州からっ風”ですね」
「別名を“赤城おろし”とも言うが、上州特有の、冬に赤城山の方から吹く冷たい北風の事だ。はっはっは、そんな格好をしているから寒いのだよ」
 陰陽師の山城美雪(eb1817)が、浪人の白銀剣次郎(ea3667)の背中に隠れて風除けをし、長身を縮ませるシルフィリアにこの北風――からっ風――について説明し、剣次郎が補足した。
 陰陽師であり、神楽舞を生業とする美雪は、若草色の白衣の上に千早を羽織り、その上から防寒服を纏っているので、からっ風の中でも十分暖かい。慎み深い彼女は口には出さないものの、胸を覆うベストとショートパンツの上から防寒服を引っ掛けているだけのシルフィリアの格好では、このからっ風が吹き荒ぶ中では寒くて当然だと思っている。それを剣次郎が快活に指摘したのだ。
 実はシルフィリアは、剣次郎達の中で一番長身だ。そんな彼女が次いで背が高い剣次郎の背中で身を縮ませている姿は、浪人の陣内晶(ea0648)には、妖艶で蠱惑的な外見との相違から可愛く見える。
「大人の女性のああいう仕草は、なんだかいじらしく、可愛く感じられますよねぇ‥‥どうしました?」
「いえ〜、旗が多いなぁ、と思いまして〜」
 もう一人の大人の女性、浪人の槙原愛(ea6158)の視線は別の方を向いていた。
 そこには『毘』と書かれた旗が、からっ風に吹かれてはためいていた。“越後の竜”の二つ名を持つ上杉謙信の旗印だ。謙信は七福神の中でも武勇の神、毘沙門天の熱心な信者であり、自分の軍の旗印にその文字を使っている。
「あら〜、あちらは真田の旗印ですね〜」
 別の方には銭が六つ描かれた旗が、からっ風に吹かれてはためいている。三途の川の渡し賃とされるそれは、真田昌幸の旗印だ。
「この辺りはさしずめ、緩衝地帯といったところですねぇ」
 晶が上杉陣と真田陣の旗印を見比べながら、うんうんと頷く。

 沼田城を攻略していた謙信は、十二月には三国峠が雪で埋まる為、それまでに兵を退かざるを得なかった。
 しかし、【上州征伐】で新田義貞が敗れると考えた上州北部の領主達は、なんと、謙信に従い始めたのだ!
 領主達の説得を受け、彼らを見捨てられなかった謙信は越後には戻らず、沼田城攻めを継続し、その結果、沼田城を陥落させた。
 沼田城を守っていた昌幸の子、真田信之は手際よく撤退し、上州兵と真田忍軍と共に越後兵千人が詰める沼田城を包囲し、領地回復の為、小競り合いが続いている。
 真田忍軍の忍者の一人、真田あやかから依頼のあった村は、晶が言ったように越後兵と上州兵の小競り合いの影響のない、緩衝地帯にある村だった。


●犬鬼族長は頭が良い?
「今回はよろしくお願いします〜」
「こちらの方こそ、遠路遥々良く来てくれた。礼を言う」
 依頼のあった村に着いた愛達は、入り口であやかに出迎えられ、彼女が間借りしている家へ案内された。
 今はバックパックを下ろし、囲炉裏を囲んで暖を取っている。
「その様子では、からっ風は厳しかったようですわね。これで身体を温めて下さいな」
「まったくだよ‥‥ん? この香り、ハーブティーかい? 懐かしい味だねぇ」
 からっ風の洗礼を一番受けたシルフィリアが、ウィザードのリムニアドから苦笑しながら湯飲みを受け取ると、どこか懐かしいハーブティーの香りに、鼻を可愛くひくひくさせる。イギリスに渡った事のある剣次郎もハーブティーは飲んだ事があるようだが、晶や愛、美雪は初めてのようで、少しずつ飲んでいる。
「これが外来物の香草茶ですか。ジャパンのお茶とはまた違った、独特の風味がありますね。ちょっと癖はありますが、これはこれで美味しいです」
「こんな別嬪さんに淹れてもらったんだから、美味しくない訳がないですねぇ」
 美雪も晶も、ハーブティーを気に入ったようだ。
「お茶を淹れるのが上手な女の子は、良いお嫁さんになれますよ〜。リムニアドさんはきっと、良いお嫁さんになれますね〜。ん〜‥‥お二人は何かとっても仲が良さそうですし、夫婦になったらどうです〜?」
 愛達を囲炉裏へ案内し、空かさずハーブティーを出したりと、あやかとリムニアドの息の合った仕草に、愛は二人の間にある想いをそういう風に感じ取ったのか、胸の前で両手を軽く叩いて提案する。
「いや、女性同士が夫婦になれないのは、ジャパンでもどこでも当たり前だからな」
「‥‥」
 その言葉を聞いて、あやかは微苦笑する。隣のリムニアドは湯飲みに視線を落とし、無言でその縁を指でなぞっている。
 愛が察したように二人は恋人同士だ。リムニアドの故郷イギリスより、家出同然でジャパンへ渡ってきている。
「世間的には同種族、男女の恋愛が当然だけど、種族や性別を越えた禁断の愛っていうのも、それはそれで燃えるわよねぇ」
「そうだな。価値観は一つではない。自分達の信じた道を、世間から誹りを受けようとも貫く強い信念が、新たな価値観が生み出すものだ。はっはっは、拙者もまだまだ若い者に負けはせぬよ」
 恋愛もまだのシルフィリアは、禁断の恋に身を焦がしているあやかとリムニアドがちょっぴり羨ましかったりする。
 ちょっと説教じみてしまったが、剣次郎も最後は笑い飛ばしながら二人に発破を掛けた。
「しかし、このからっ風では、攫われた女の子も早く助け出さないといけませんねー」
 身体も温まり、人心地付いたところで、晶が依頼について切り出した。
 攫われた女の子を助ける‥‥なかなか絵になる話だが、この寒空だ。彼の言う通り、女の子の体調も気掛かりだ。
「私が調べてきた限りでは、洞穴(ほらあな)の奥の方に入れられていたから、多少の寒さはしのげるだろう」
 あやかは犬鬼達の巣を偵察してきた内容を晶達に話した。
 尚、攫われた女の子の名前はすみれという。
「コボルト族長が2匹に、コボルト戦士が6匹か‥‥女の子を人質に取っているところを見ると、少々厄介な相手だねぇ」
「しかし、犬の頭をしてるのに、人質を取るなんて頭が良いですねぇ。注意して当たらないといけませんねぇ」
 あやかの話を聞いて思案するシルフィリアの横で晶が感心していた。犬鬼族長は犬鬼戦士達を率いるだけの事はあり、人間程ではないにせよ、経験に基づいて頭が回るようだ。
「すみれ様を救出するにせよ、すみれ様の安全を第一に考えねばなりませんね」
「やはり、犬鬼達の気を引く為に食べ物やお酒を持って行って交渉し、その隙に救出、っていう策ですかねー?」
「元々犬鬼達も冬を越す為の食料が欲しいから、わざわざすみれ殿を人質に取ったのだろう。村人の精魂込めて作った作物を奴らに渡すのは惜しいが、人命は何物にも代え難いからな」
 美雪の言うように、すみれの安全を第一に考えなければならない。そこで晶が策を提案し、剣次郎がそれぞれの役割分担を確認してゆく。
「酒まで村の方に負担させる訳にもいきませんからね」
 彼らは江戸を出発する時からこの策をある程度考えており、晶は保存食を、美雪はどぶろくをしこたま買い込み、それぞれ愛馬に積んであった。
「あやか、この村の近くに眠り薬になる毒草はないかい?」
「眠気を促す植物なら無い事はないが、即効性は期待できない」
「それで良いから場所を教えてくれないかな。食事をしたりお酒を呑めば眠くなるだろう? 睡眠を促す植物を食料と酒の一部に仕込んでおけば、酔って寝たように見えやすくなるって寸法だよ」
 シルフィリアは食料や酒の荷台への積み込みは男性陣に任せ、自分は村人の案内で植物を採りに林へ分け入った。

「はっはっは、それ相応に見えるじゃろ。さて、それでは一つ芝居を打つとするかの」
「では、私は剣次郎さんの娘ですね〜」
「私は村人が雇った交渉役の、近くの神社に仕える巫女、といったところでしょうか」
 持ってきた保存食と美雪やシルフィリアのどぶろくに加え、村人が提供した食料を荷車に積む晶。
 その間、剣次郎は歳を取った運搬役のただのお爺さん、愛は剣次郎の娘、美雪は村人が雇った、犬鬼達との交渉役の巫女にそれぞれ扮した。
 三人とも会話からして乗り気だ。
 陸奥流を体得している剣次郎の得物はなく、防御用のライトシールドを荷車に隠している。愛も護衛として、名刀「村雨丸」と小太刀「微塵」を荷車の中に忍ばせていた。
「荷車の中に隠れるのも一つの手ですが、いざという時に飛び出せないかもしれませんし、戦闘になったら先陣を切る必要がありますからねぇ。僕は物陰に隠れて、後から付いていきますね」
 晶がそう言うと、シルフィリアが植物の採取から戻ってきた。簡単な調合を終えて食料やお酒にそれぞれ仕込むと準備は整った。
「二匹ともまだ子供ですし、戦いには連れて行けませんしね〜。お留守番、よろしくです〜」
 村に預けた茶色筋の雛鳥と幼い駿馬が、村人と一緒に愛達を見送った。


●策の勝利
 お爺さんが食料が満載の荷車を牽き、後ろから若い娘が押して荷車を進める姿を見つけた門番の犬鬼戦士は、ショートソードを抜いて手招きする。
 事前にテレパシーを使った美雪が、剣次郎達の一歩前へ歩み出た。
『私はこの村人達に頼まれた、あなた達の言葉を伝える巫女です』
『何ノ用ダ?』
『あなた達が女の子を攫った事で村人はとても悲しんでおり、返して欲しいと言っています』
『アノ牝ハ俺達ノ獲物ダ。俺達ノ獲物ヲ横取リスル気カ?』
『いいえ。ここにあなた達全員分の食べ物とお酒を持ってきました。これと交換というのはどうでしょう?』
『ドレ、見セテモラオウカ』
『その前に女の子の無事な姿を見せて下さい』
 美雪はすみれの安全を確かめる方向で交渉を進めてゆく。犬鬼戦士は一匹は洞穴の中へ入っていき、しばらくするとぐったりと気を失った女の子――すみれ――を首根っこを掴んで持ってくる。
 愛らしい顔はしかし、犬鬼戦士達に殴られたのだろう。うっすらと痣ができた頬の辺りは腫れ、髪の毛はぼさぼさ、着物や身体は薄汚れている。
 目の良い剣次郎や愛は、すみれが呼吸しているのが見て取れ、まだ生きているのが分かったが、その扱いに剣次郎はきつく拳を握りしめ、いつもはニコニコしている愛ですら表情を曇らせる。
『牝ハ見セタ。後デ村マデ持ッテイッテヤルカラ、食ベ物ヲ置イテイケ』
 今、下手に動けば、犬鬼戦士は容赦なくショートソードをすみれに振るうだろう。美雪は犬鬼戦士の要求を呑まざるを得ず、剣次郎と愛と一緒に荷車から離れると、洞穴からもう数匹、犬鬼戦士が現れて荷車を洞穴へ牽いていった。
 その際、人を小馬鹿にしたような雄叫びを上げていた。

 案の定、その夜、犬鬼達は洞穴の前でどんちゃん騒ぎだ。
 冬山の食料や獲物の少なさは犬鬼達にも死活問題だったのだろう。大いに食べ、浴びるようにどぶろくを呑み、空腹を満たす。
 すると酔い潰れたのか、一匹、また一匹と眠りこける。他の犬鬼戦士達は眠りこけた犬鬼戦士達を指差し、「この程度で酔い潰れるとはだらしねぇなぁ」と笑い飛ばす。
 そこへ突然、吹雪が舞った。からっ風ではない、吹雪だ。
 突然の事に困惑する犬鬼戦士達。
「良く味わいましたか? それがあなた達の最期の晩餐ですから」
 冷ややかに言い捨てながら、木陰から姿を現す美雪。その手にはアイスブリザードの巻物が握られている。
 犬鬼族長が、まだ酔い潰れていない犬鬼戦士達に迎撃するよう指示を出すより早く、刀を構えた晶が先陣を切って切り込み、フェイントを織り交ぜながら一太刀浴びせる。
 だが、浅い。犬鬼戦士には軽傷すら与えていない。
「フェイントを使って確実に当てたいところですが、これだとなかなか倒せないですねぇ」
 犬鬼戦士達のショートソードの刃には、一目で分かる毒々しい毒が塗られている。それをひょいひょいとかわしながら、犬鬼族長との距離を詰め、行く手を阻む晶。
「おっと、すみれさんを盾にさせる訳にはいかないですねぇ」
「さて、対価を払って戴こうぞ」
「行きますよ〜。女だからって甘く見ないで下さいね〜」
 晶の後に続いて、剣次郎と愛も啖呵を切りながら雪崩れ込む。
 経験を積んでいるだけあって、犬鬼戦士の太刀筋は鋭く、剣次郎ではかわしきれない。かといって、真剣白羽どりで不用意に毒に触ればダメージを負いかねない。
 彼はライトシールドで受けに徹し、隙を衝いて拳や蹴りを叩き込み、一匹ずつ確実に仕留めてゆく。
 一方、愛は微塵でのブレイクアウトで体勢崩し、村雨丸でスマッシュを繰り出して、こちらも着実に屠っていった。
「徹底的にな、潰させて戴くぞ。禍根を残さぬ為にもな」
「女の子を攫う悪い子達にはお仕置きなのです〜」

 乱戦になった頃合を見計らい、シルフィリアはインビジブルのスクロールを使って姿を消し、忍び歩きで犬鬼達の死角を衝いて洞穴の中へと入ってゆく。
 食べ物の腐敗臭や犬鬼達の体臭が充満しており、顔をしかめつつも、奥に敷かれた枯れ葉の上に転がされているすみれを見付けた。
 怪我自体は深くはないが、衰弱している方が心配だ。犬鬼達の粗末な食べ物を見れば、食べ物をあまり与えられていなかったか想像するのは容易だろう。
 ここで起こすと騒ぎになりかねないので、気絶したままのすみれを同行しているあやかに託し、シルフィリアは先行して洞穴から出てゆく。

「これで止め、ですねぇ」
 外では粗方勝負が付いていた。
 シルフィリアとあやかがすみれを伴って洞穴から出てくると、晶が犬鬼族長に最後の一太刀を浴びせる瞬間だった。
 強かったが、晶の敵わない相手でもなかったようだ。
「すみれさんは大丈夫ですかー?」
「命に別状はないみたいだねぇ。ただ、ほとんど食べ物が与えられなかったようだから衰弱してるけど、目が覚めてたくさん食べればすぐに快復するさ」
 あやかにお姫様抱っこされたすみれの、ぼさぼさの髪を目を細めて手で梳く晶。
 シルフィリアの見立てではポーションを使う程の負傷ではないので、美雪達は胸を撫で下ろすのだった。


●十年後の約束?
 犬鬼戦士のショートソードと、犬鬼族長のノーマルソードや皮法衣は、売ればそれなりの値が付くだろう。剣次郎達は報酬の他に売却したお金を受け取った。
 また、村の食料は返ってきたが、晶の保存食を食べられ、美雪のどぶろくは呑まれてしまったので、その分は村からそれぞれ恋愛成就のお守りと黒漆の櫛が贈られた。
「十年後に逢い引きしましょうねー」
「あたし、大きくなったら晶ちゃんのお嫁さんになる!」
 恋愛成就のお守りには、晶と一晩休んで快復したすみれが交わした、この十年後の逢い引きの約束が込められているのかも知れない。