義援金を集めよう!

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月05日〜02月13日

リプレイ公開日:2007年02月14日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方と、虎長の息子・信忠を擁する虎長の弟・信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主の座――尾張平織家当主の座――をめぐり、対立姿勢を見せていた。

 ――那古野城。ここは虎長がお市の方に残してくれた、唯一の城だ。
 正確には信行と信忠が尾張平織家の本拠地である清洲城を始め、岩倉城や末森城といった尾張の主要な城を傘下に収めており、彼らと対立し、行く宛てのなくなったお市の方は、義姉である虎長の妻・濃姫を頼った。
 虎長亡き後、那古野城は濃姫が城主となっていたが、彼女はお市の方に譲り、那古野城は実質、お市の方の本拠地となっている。

 では、那古野城をお市の方に譲った濃姫はどこへ行ったのか?

 那古野城の南、城下町の一角に今、急ピッチで建造が進められている建物があった。
 ジャパン家屋が建ち並ぶ那古野の街に一際異彩を放つそれは、ジーザス教の修道会『ジーザス会』の『カテドラル(大聖堂)』だ。
 約十ヶ月前から建造が始まり、未だに完成を見ていないが、完成すれば京都一円で最も巨大なカテドラルになるといわれている。
 このカテドラル建造のスポンサーが濃姫だ。
 虎長が暗殺された後、ジーザス教へ帰依した彼女は傾倒するかの如く、虎長が残した遺産を湯水のようにカテドラルと尾張ジーザス会へ注ぎ込んでいた。
 ジーザス会は聖人ジーザスの教えを世界中に広める為に活動している。だが、尾張ジーザス会はカテドラルの建造以外、特に布教活動は行っていない。尾張に住む者の中にはジーザス教徒もおり、カテドラルの噂を聞き付けて礼拝に訪れると快く貸してくれる。その程度しか活動を行っていなかった。
 最初はジーザス教が布教されるのではないかと、一歩退いて様子を窺っていた那古野の人々も、一向に布教する様子がない事から、今では「外国の珍しい建物を建てている」程度の認識しかない。

「ちゃりてぃーばざー?」
「ジャパン語では慈善と言うな。京都では未だに戦いの傷跡が癒えておらず、多くの庶民が苦しんでおるのじゃろう? このカテドラルで京都の庶民を救済する義援金を集めたいと思うのじゃ」
 濃姫はカテドラルを預かる宣教師ソフィア・クライムから、チャリティーバザーの話を切り出された。
 去年の十一月、五条の宮を擁した長州藩による【神都騒乱】が起こり、京の都は主戦場となってしまった。
 市街戦が行われ、荒廃した都の復興は始まったが、優先されるのは安祥神皇を始めとする位の高い者達であり、未だに多くの庶民が家や財を失い、路頭に迷っている。
 宣教師ソフィアはその話を礼拝に訪れたジーザス教徒から聞き、チャリティーバザーを思い立ったのだ。
「それで、何を売るのだ?」
「ビスケットを焼いて売りたいと考えておる。イギリスにおける煎餅みたいな菓子じゃ」
 宣教師ソフィアが言うには、ビスケットを一袋1、ないし2Cで売り、その売り上げを義援金として京都の庶民へ贈る、という計画だ。
 もちろん、チャリティーなので尾張ジーザス会は原材料費も一切取らないし、売り上げは全て寄付する。
「だが、ただビスケットを売るだけではたかが知れておる。そこで、冒険者に売り上げに貢献してもらおうと思ってのぉ。奴らなら儂らよりこういった事も手慣れておるじゃろう」
「ほう、冒険者に、か」
 宣教師ソフィアの口から「冒険者」という言葉が出るとは思いもよらず、濃姫は反芻した。彼女にジーザス教の教えを説いたのはこの宣教師ソフィアだった。
 ワンレングスの漆黒の長髪を湛える美貌の宣教師は、口調こそ古めかしいが、その外見は二十代〜三十代半ばに見える。おそらく濃姫より若いだろう。しかし、その物腰には威厳すら感じられる。
 宣教師ソフィアは、ジャパンに来る前はイギリスで布教活動を行っていたというが、その時に冒険者の力を借りたのかも知れなかった。
「礼拝に来る教徒の中にも冒険者はおるようじゃ、儂から渡りを付けておこう」
「では濃はびすけっとを作る元手を用意しよう。ジーザス会が出費してカテドラルの建造が遅れたら元も子もない」

「‥‥それで、二ヶ月ぶりに登城されたと思ったら、いきなり京都の民への義援金を出せ、ですか、お義姉様」
 濃姫は宣教師ソフィアと別れると、その足で那古野城へ向かった。
 お市の方は白絹包を纏い、長槍を手に、城の中庭で鍛錬をしている最中だった。去年の十二月、桶狭間山で“甲斐の虎”武田信玄と相見え、上洛を阻止したお市の方の名声は知れ渡り始めており、彼女は着実に兵力を蓄えつつある。
 そこへ濃姫が義援金を申し出たのだ。訝しむのも無理はない。
「義援金でしたら、先ずは新撰組が‥‥いえ、源徳家康が身銭を切ってでも出すのが筋ではありませんか? そもそもお兄様が沖田総司に暗殺されなければ、五条の宮が京都守護職に就く事はなく、五条の宮を擁立した長州藩が反乱を起こす事もなかったでしょう。京の都を戦場にした元凶は、新撰組であり、家康なのですから。お兄様が京都守護職に就かれていましたら、このような不祥事、起こすはずがありませんもの」
 重度のブラコンであるお市の方の、虎長を暗殺した新撰組や家康――家康には暗殺に関わった物的証拠はない――嫌いは今に始まった事ではないが、お市の方の言っている事は屁理屈でしかない。
「しかし、あの人が京都守護職なら、市が言ったように身銭を切ってでも義援金を出しただろう」
「‥‥五百Gです。これ以上は出せません」
 虎長が生きていたらしたであろう事を濃姫が告げると、お市の方もせざるを得ない。
 五百Gあれば、五百人が一ヶ月食い繋ぐ事ができる。これを元手にビスケットの売り上げが伸びれば、より多くの庶民を救う事ができる。
「お義姉様‥‥熱田に奉られたお兄様のご位牌を大聖堂へ移したというのは本当ですか?」
 義援金の元手が得られたので早々に立ち去ろうとする濃姫に、お市の方が控えめに聞いた。
 熱田とは、熱田神宮の事だ。尾張平織家の守り神であり、平織家の家宝『小烏丸(こがらすまる)』が保管されている。
 暗殺された虎長は熱田神宮で弔われたが、その位牌を濃姫がカテドラルへ持ち出したというのだ。
「あの人は死んではおらぬ」
「え!?」
「あの人は今は眠っているだけ。いずれ目醒め、聖人ジーザスと同じように濃達を導くのだ」
「お義姉様‥‥」
 濃姫の台詞に、言葉を失うお市の方だった。

「チャリティーバザー、ねぇ」
 カテドラルを訪れたナイトのエレナ・タルウィスティグ(ez1067)は、告知されたチャリティーバザーの概要に目を通した。
 エレナは敬虔なジーザス教徒ではない。姉のイングリッド・タルウィスティグ(ez1068)が生きていた頃は、姉に連れられて毎週礼拝していたが、今では礼拝は月一程度だし、しかも気が向いた時に来るだけ。その程度の信仰でしかない。
 たまたま礼拝に訪れた時にチャリティーバザーの話を聞いたのだ。
「ジャパン人ってビスケットの事を良く知らないだろうから、カフェテラスを作ってお茶を出して、実際に食べてもらうのはどうかな? 歌や劇をやってその鑑賞の時に食べてもらうのも良いかも知れないわね」
 概要を見ながらアイディアを出し始めるエレナだった。

●今回の参加者

 ea0437 風間 悠姫(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4675 ミカエル・クライム(28歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6226 ミリート・アーティア(25歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

●カテドラル
 尾張は那古野城下、ジャパン家屋が建ち並ぶ街並みのただ中に、尾張ジーザス会が建設するカテドラル(大聖堂)が姿を現す。
 槙原愛(ea6158)と風間悠姫(ea0437)は、その石造りの堅牢で荘厳な佇まいに驚く。ミリート・アーティア(ea6226)は、故郷を思わせる懐かしい建物に、楽しそうに鼻歌を口ずさんでいる。
「完成すれば京都一円で最も巨大なカテドラルになるらしいから無理もないわよ。違和感という点では、あたしはカテドラル以上にあなたに感じるけど?」
「ジーザスさん、ジャパンでも仏様達と神様同士仲良く、多くの人々を救って下さい、なーむーあーめん」
 ミカエル・クライム(ea4675)は、隣で合掌してカテドラルを一心不乱に拝んでいる慧神やゆよ(eb2295)を横目で見遣り、苦笑を浮かべる。
「貿易が盛んな津島近辺には外国人も多く住んでいるから、那古野もその影響を受けて国際化が進んでいるのかも知れないわね」
「津島からわざわざ礼拝に訪れるジーザス教徒も少なくないみたいよ」
 逢莉笛鈴那(ea6065)の恋人のイギリス人のジャイアントは、外国人が多く住む津島町に住んでいる。津島町の名前を聞いた、市女笠を被って顔隠している梅林寺愛(ea0927)は一瞬だけビクッと身を震わせた。
 ナイトのエレナ・タルウィスティグ(ez1067)が鈴那に応えた。彼女の隣には、韋駄天の草履で一足先にカテドラル入りし、準備を進めている明王院未楡(eb2404)の姿もあった。
「はろう、ミリートだよ。チャリティーって事で張り切らせてもらうね♪」
「ええと、エレナさんでしたか〜。確か英国で知り合いのチカちゃんがいろいろとお世話になったと言ってました〜」
「ミリートに愛ね。愛は2人いるから、苗字で呼ばせてもらうわ。あたしの事もエレナって呼び捨てでいいから」
 ミリートや槙原、やゆよやミカエル、鈴那とエレナは握手を交わし、自己紹介してゆく。エレナはさばさばした明るい性格のようで、ミリートとすぐに仲良くなった。
「‥‥エレナを手伝いに来たが‥‥芸は不得意だし、接客も得意とは言い切れんが、茶を淹れて運ぶくらいはできるぞ。ただ、愛想笑いが出来ないのが私の欠点だな‥‥こんな依頼があるのなら、少しは女らしくしておけば良かったか」
「イギリスではクールビューティーといって、冷たい美貌の女性も人気があるのよ」
 悠姫は戦いの緊張感とは全く別物の焦りを感じていた。エレナがその美貌を活かせばいい、とウインクしながらアドバイスした。
「また逢えて、良かったのですよ〜」
「ええ、あたしもよ。元気そうだけど、ちゃんと食べてる? 寝る場所はあるの? 愛は女の子なんだから、不摂生は身体に毒よ」
 三ヶ月振りに会うエレナに、梅林寺は何処か嬉しそうに挨拶した。エレナは同い年だが、お姉さんぶってあれこれ注意する。
 そこへ鈴那がエレナに準備の状況を聞いた。梅林寺にとって助け船となり、何かに耐えるような表情を浮かべた顔を伏せ、逃げるように未楡の後を付いていってしまった。


●初めての再会
 静謐な空気に包まれたカテドラルの廊下に、ミカエルとやゆよの靴音だけが響く。
 カテドラルは礼拝堂等は一般に開放されている。だが、ミカエルがやゆよと共に足を踏み入れたのは宣教師の居住区だった。
(「宣教師ソフィア・クライムか‥‥」)
 ミカエルは自分と同じ姓を名乗る宣教師が気になり、一目会いたいと思っていた。すると前の部屋の扉が開き、法衣を纏った女性が廊下に現れた。
「ん? ここは宣教師や尾張ジーザス会の関係者以外、立ち入りを禁じておるが‥‥ほほう、こんなところで会うとはな、ミカエル」
「!? 何で‥‥何であなたが生きてるのよ!! あたしが! この手で! 殺したはずよ!?」
 法衣を纏った女性はやゆよ達に注意を促そうとしたが、ミカエルを認めると蒼いルージュに彩られた唇を楽しそうに歪める。言葉に詰まったミカエルは自らの手を見ながら叫んだ。
「そうじゃ、儂はあの時、お前に殺められた‥‥だが、こうして生き恥を晒しておる。故に過去と名を捨て、今はソフィア・クライムと名乗り、ジーザス教に帰依して償いをしておる。儂が心を許した親友の姓と名をもらってな」
「親友!? ‥‥い、生きてるなら‥‥連絡くらい寄越しなさいよ‥‥うわあああん〜!!」
 様変わりしていない“彼女”と、生きていたという事実に驚き、彼女の言葉を反芻すると堪えきれなくなって涙が溢れる。ミカエルはそのまま駆け出して抱きつき、法衣の上からでも分かる豊満な胸に顔を埋めて号泣した。
「お友達と同じ名前だからびっくりしっちゃったよ! あっちは『ですともさー』の酔いどれエルフさんだったもんね。見た目も雰囲気も全然違うし」
「ほぉ、お主は儂の親友の友か。ならば儂とも友だな」
「うん、ソフィアおねぇーさん、僕と友達になってね。こっちのソフィアさんはいい人オーラ全開だし、親近感湧いちゃうよ」
 イギリスより渡ってきたという宣教師ソフィア・クライムとの邂逅を果たしたミカエル。やゆよも宣教師ソフィアとにこやかな笑みと握手を交わして友達になったのだった。


●カフェテラスとビスケットと
 悠姫達は未楡とエレナに案内されて、カテドラルの敷地内に作られたカフェテラスへやってきていた。
「気楽に立ち寄れるジャパン風の峠の茶屋と、欧州の趣を尊重した窓際のカフェテラスといった、二通りの趣のお休み処を併設しました。ミリートさんや梅林寺さんの歌や芸を、一服しながら観賞できるよう小さいながら舞台も設えてみました」
「うん、欧州風とジャパン風に分けるの良いね。これなら那古野の人も気軽に立ち寄れるだろうし、外国の人が来て故郷を懐かしむ事ができると思う。後は‥‥」
 未楡が紹介すると、鈴那は実際にテーブルの間を歩き、椅子やテーブルの位置を動かしてゆく。彼女はイギリスにいた時エールハウスでウェイトレスをしていたので、豊富な接客の経験を持っている。それを活かして人数多くても効率的にさばけるように調整していた。
「んふ〜、これでも花嫁修業で家事はいろいろやってるのですよ〜。その腕前を見せる時ですね〜。厨房はこっちですね‥‥って、きゃぅ!?」
「大丈夫か? こんなところに置いておく方も悪い。これはどこへ運べばいい?」
 言ったそばからビスケットの材料に足を引っ掛けて派手に転ぶ槙原。悠姫が彼女に手を差し伸べて助け起こすと、槙原が足を引っ掛けてもビクともしなかった小麦粉満載の頭陀袋を軽々と持ち上げる。エレナに言われて厨房へと運ぶ。
「びすけっとは食感的にはお煎餅に近いけど、大抵のジャパンの人は食べるのは初めてだと思うの。だから食べやすいように、胡麻や抹茶を練り込んで、食べ慣れている風味にするのはどうかな?」
「他にも胡桃といった木の実を混ぜようと思っています。濃姫さんより牛乳を大量に提供して戴きましたので、バターを使って本格的なビスケットが焼けますよ」
「木の実も美味しそうだし、餡を挟むのも美味しいかも。他には柚子の皮や果汁を混ぜれば、さっぱりとした大人向けの柚子風味になると思うわ」
「柚子は用意できるかどうか、後程聞いてみましょう」
 鈴那と未楡はビスケットの材料を見て、風味等を相談して決めてゆく。
「シードルを持ってきたから、林檎風味も作れるわ。欧州風では受けるかな。でも、これ一本だから、数は作れないけどね」
「私もベルモットとワイン、エールを用意しました」
「飲み物はどうしましょうか〜?」
「ジャパン風では緑茶と抹茶、飴湯を用意するつもりです。欧州風ではハーブティの温かな飲み物になりますね」
「麦湯もびすけっとに合うと思うわ。柚子のジュースは、数が分からないとできないし、蜂蜜で味を調えるにしても、蜂蜜も高いのよね。香茶の他には発泡酒が残れば飲み物に回したいけど、難しいかしら?」
 材料に飲み物が含まれると、槙原が飲み物について聞いた。こちらも未楡も鈴那もちゃんと考えているようだ。


●チャリティーバザー
 チャリティーバザー当日。
 カテドラル内の貼られた告知を見て尾張のジーザス教の信者が訪れ、ビスケットを買っていった。
 とはいえ、尾張一藩にいるジーザス教徒はたかが知れている。
「欧州の味、びすけっとは如何でしょうかー? 一袋2Cとなっていますー!」
「胡麻風味に〜、抹茶風味に〜、林檎風味に〜、柚子風味に〜、餡入りに〜、胡桃入りと〜、たっくさん用意してありますよ〜」
「はい、あーん、して♪ 大人気の愛情たっぷりビスケット、気に入ったら買っていってだよ♪」
 まるごと猫かぶりを来て、手に小さくしたビスケットを入れた籐籠を提げた鈴那を先頭に、巫女装束の上に千早を羽織り、猫耳のヘアバンドを付けた槙原と、魔法少女ルックのやゆよが那古野の城下町を回り、試食をお願いする。
 食べるのを躊躇っている人には、やゆよが口を開けてもらってビスケットの欠片を一撮み入れる。するとその美味しさに食べた人はもっと試食をねだるようになり、その様子を見た他の通行人達も鈴那の周りに集まってくる。
 しばらくすると鈴那の提げた籐籠の中は綺麗になくなっていた。
「びすけっとはお煎餅と同じ、欧州のおやつなんです。気に入ったらカテドラルで買って下さいな」
 鈴那が明るく言うと、一団はカテドラルへと向かうのだった。
「刀也くんにもらったヘアバンドが、いきなり役に立ちましたね〜。感謝しないと〜」

「こちらは‥‥欧州風の茶屋となっています。先程試食戴いたビスケットは、こちらで一服しながらご賞味戴けます。お持ち帰りもできますから‥‥是非、お立ち寄り下さい」
 カフェテラスの入り口では、未楡が中心となって増えつつある客を捌いてゆく。
「悠姫さん、ジャパン風の席へお二人をご案内下さいな」
「‥‥あ、ああ‥‥こっちだ‥‥びすけっとと飲み物の種類はその品書きにあるから、さっさと決めるんだな‥‥」
 未楡に客を任されると、悠姫はぎこちない笑みを浮かべて席へ誘導し、注文を取る。
 不埒な行為を働く客がいないか目を光らせていたが、カテドラルの敷地内という事と、彼女が太刀「岩透」を背負ったウェイトレスという相乗効果もあって、そのような客はいなかった。

 カフェテラスから臨めるミニステージへ、小面を被った梅林寺が足音を立てずに登場する。
 普段の薄汚れた髪や顔を洗い、ボロ着から着物へ着替え、薄絹の単衣を羽織り、結った髪にかんざしを挿し、口に紅を差したその姿は麗しい花形芸能者のそれで、まるで別人のよう。
 小面から口元だけ出し、静かに微笑んで挨拶すると、まずはジャグリングから始める。
 しかし、これは思いの外上手くない。
 客にがっかりした雰囲気が感じ取れると、梅林寺は一番近い席に近付いて客に球を見せ、視界から消し去る。
「よろしかったら荷物を検めてもらえませんか?」
 客が手荷物を検めるとあら不思議、そこに先程の球が入っていた。
「そんな所に隠れて‥‥行儀悪ですよ?」
 おお! とどよめきと拍手が起こる。

「愛、やるわね。炎熱の女帝も負けてられないわ」
 続けてミニステージへ上がったミカエルは、ファイヤーコントロールを駆使して炎舞を披露する。
 纏った炎に照らされるエキゾチックな褐色の肌。舞うミカエルの姿は、那古野の人々に炎熱の女帝の名を刻むには十分だった。
「こんなに美味しいビスケットと、こんなに可愛い女の子がいるんだから、繁盛しない訳はないわよね〜♪」
 もちろん、宣伝も忘れない。ちゃっかり売り物のビスケットを持っており、こちらも美味しそうに、且つ艶めかしく頬張った。

 やゆよ達が帰ってくるのを待って、ミニステージへ上がるミリート。
 京染めの振袖を纏い、普段はポニーテールにしている髪を結って真珠の簪を挿し、わずかに紅を差している。
 本人は「普段、飾りとかしないからあんまり似合わないかも」と微苦笑したが、彼女がミニステージ上へ姿を現すと、それだけで拍手が飛んでくる。
「寒い冬はまだまだ続くけど、この歌と音楽、そしてやゆよちゃんの踊りで寒さを吹き飛ばそう!」
「日々の暮らしの疲れは、その心を萎えさせ、衰えさせ、折ってしまうからね。今日はミリートおねぇーさんと一緒に、ケンブリッジで学んだ魔法少女のハッピーライフでごーごーダンスだよ!」


 今は寒空 雪景色
 かじかむ冷たさ 手のひらに

 凍える感覚 寒風に
 じっとの我慢が キツイかも?

 だけど もう時期春が来る 
 世界が変わる そのときが

 ぽかぽか 暖か春が来る
 だから、も少し 待っていて


 リュートベイルで爪弾く明るめの曲調に合わせて、楽しそうに高らかと朗々と歌うミリート。
 事前の打ち合わせの甲斐もあり、呼吸を合わせて、やゆよが足に付けたアンクレット・ベルが軽快に音を響かせる。
 客達もミリートの歌と演奏に手拍子を合わせ、最後の方には席を立ち、やゆよと一緒に踊る者も現れる程、ミニステージは盛り上がりを見せた。


 チャリティーバザーの売り上げは1000Gを越えた。また、梅林寺が180Gを、槙原が23Gを、未楡が67Gをそれぞれ寄付し、京都の庶民への義援金は最終的に1400Gにも達した。
 宣教師ソフィアよりそれぞれが希望した保存食が報酬として渡され、寄付をした槙原達には濃姫より真珠のかんざしや黒漆の櫛、御薬酒が贈られた。


「今回の事で少しは女らしくする事も必要だと痛感した‥‥剣一筋に生きてきた訳ではないと私は思ってるが‥‥割合は多いだろうな‥‥エレナもそろそろこの国の生活に慣れてきたかもしれんが、この国の服は持ってなさそうだし、近所付き合いもジャパンの服を着てるだけでも少しは親しみを持ってくれるかもしれないしな‥‥」
 別れ際、悠姫は今回の経験を教訓に、エレナへ京染めの振り袖と紫陽花の浴衣を譲った。
 ミリート達が挨拶をしてカテドラルから去る中、梅林寺は一人、エレナの前に佇んでいた。
 以前、エレナに「一緒に住まない?」と誘われていた。しかし、彼女は自由を求め、全てを捨てた抜け忍。生涯逃げ続け、安住の地は何処にも無い。陰で生き、陰に散るのが定め。
 だが、彼女が求めたのはそんな自由ではなかったはずだ。
「私‥‥こ、此処に居たいのですよ‥‥でも、駄目なのですよ‥‥?」
「あんたの事情はとやかくは言わないけど、その涙は嘘じゃないでしょ? 本心からでしょ? 人は1人じゃ生きていけないのよ、あんたも、もちろんあたしも、ね。それに、こう見えても騎士だから、あんた1人くらい追っ手から護れるわよ。だから、あたしをお姉さんだと思って、あたしの家をあんたの帰る場所だと思って、いつでも好きな時に帰ってきなさい。これはお姉さんとの約束よ」
 悩んだ末の結論を伝えると、梅林寺自身は気付かないうちに泣いていた。
 エレナはそっと彼女を抱き締め、そう呟いたのだった。