愛で幽霊を救え!?
|
■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月03日〜03月10日
リプレイ公開日:2007年03月11日
|
●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
尾張の津島町は、京都一円にある津島神社の総本社の門前町であり、木曽川・長良川・揖斐川――木曽三川――の恵みを余す事なく利用した、貿易と漁業が盛んな尾張で最も栄えている港町である。
大坂の堺と独自の貿易路を結び、貿易が盛んな事もあって、ここ数年のうちに多くの外国人が移り住み、街並みは和洋折衷の様相を呈している。
最近では、那古野城下の街外れに尾張ジーザス会のカテドラル(=大聖堂)が建造中という事もあって、ジーザス教を信仰している者は那古野へ礼拝に赴く事も多くなり、那古野との繋がりも深まっていた。
ジャイアントのファイター、“静かの”ミルコもイギリスより津島町へ移り住んだ一人だ。
彼にはジャパン人の恋人がいる。一度、恋人の故郷を見てみたいと、遙々イギリスより月道を渡り、ジャパンの地を踏んでいた。
だが‥‥。
『それでさぁ、あぁ、わたし、身体目的で付き合ってもらってたのねぇ、って気付いちゃって‥‥』
「‥‥」
『外国人の男の人から見て、やっぱりジャパン人の女性ってその程度の魅力しか無いのかなぁ、って思っちゃった訳よ‥‥』
「‥‥いや、そんな事はない。ジャパン人の女性も魅力的な女性は多い‥‥」
『あなた‥‥』
(「拙い、勘付かれたか!?」)
『あなたも振られたクチよね‥‥振られた者同士、今日も飲み明かしましょう‥‥あら、お猪口が空じゃない』
「‥‥いや、そうではないのだが‥‥まぁ、戴くよ‥‥(‥‥すまない‥‥君の事を悟られる訳にはいかないんだ‥‥)」
心の中で彼女に謝るミルコ。彼は蟹江町の温泉宿の一つの露天風呂に入っている。しかも、女性の幽霊と一緒だ。
身体は半透明で額に三角の頭巾を付けているが、白い着物は着ておらず、全裸で湯船に浸かっている。
(「‥‥ゴーストでも温泉に入れるのか‥‥しかも、着物も脱げるとは‥‥」)
最初の頃はミルコも感心したものである。
恨みや未練が強ければ強い程、幽霊は実体に近くなるというが、この女性の幽霊は男性に振られた事が余程ショックだったのか、それともこの世に残した未練が強いのか、より実体に近い存在だった。
ミルコにお酒を勧めているように、神棚に上げたお酒なら呑めるようだ。
蟹江町は津島町の南に位置し、尾張の伊勢湾の海の幸が水揚げされる海辺の町だが、温泉が湧いており、津島神社の参拝者達が疲れを癒す為によく立ち寄る事から、こちらも温泉町として賑わっている。
蟹江町の温泉の効能は、筋肉痛や関節痛、うちみや疲労回復など、生傷の絶えない冒険者に相応しいもので、ミルコもしばらく逗留しようと思っていた。
しかし、泊まった温泉宿にここ一、二ヶ月の内に、恋人達が一緒に入浴していると、それを妬むかのように女性の幽霊が現れるようになった。
幽霊本人から話を聞くと、外国人の男性に振られた女性が病を患って死んでしまい、この世に恨みか未練を持っていたので幽霊と化し、この温泉宿に居着いてしまったようだ。
ミルコは一度、この女性の幽霊の退治を温泉宿の女将に頼まれたものの、失敗していた。
だが、女性の幽霊はミルコが自分と同じ独り身の境遇であると勘違いすると、以来、彼が温泉に入ると現れ、恨み辛みをこぼすようになった。
そのお陰で他の温泉客が露天風呂に入っても女性の幽霊が出る事はなくなり、遠退いた客足も戻ってきたので、宿の女将はミルコに逗留を続けてもらっているが、彼からすれば家には帰れないし、依頼も請けられない。そんな状態がここ一ヶ月続いている。
『わたしなりに魅力的になる努力はしたんだけど‥‥口付けもしてもらえなかったのよねぇ‥‥あなたも身体を求めるより、先ず口付けだと思わない?』
「‥‥あ、ああ‥‥そうだな‥‥イギリスではキスは挨拶の代わりだし、キス1つで言葉では伝えられない色々な事が伝えられる、と思うが‥‥」
『でしょでしょ? 口付けって本当は素敵な儀式なのよね。それが無くて、それでさぁ、あぁ、わたし、身体目的で付き合ってもらってたのねぇ、って気付いちゃって‥‥』
しかも、女性の幽霊の話は終わりがない。同じ話を延々と繰り返すのだ。
ミルコも親身になってその都度返答はするが、それが成仏へ結び付いているかというと、そうでもない。
実体に近いとはいえ、幽霊に通常攻撃は効かないし、強制的に退治するよりは、恨みを断ち切り、未練を叶えて成仏させた方がいいに決まっている。
だが、恨みを聞いているだけでは一向に成仏する気配はない。どうやって成仏させる?
ミルコが見たところ、この女性の幽霊は艶やかな黒髪を切り下げ髪にした、おそらく美女に入るだろう。
性格はちょっと気が強そうで、思い込みが激しい方か。外国人の男性に振られたようだが、この辺りが原因かもしれない。
本人は素敵な恋に憧れていたようだが、実際にはキスもまだだったらしい。
この辺りに恨みや未練があるかも知れない。
ミルコは露天風呂から出た後、宿の女将に頼み、京都の冒険者ギルドへ依頼の手紙を出すのだった。
●リプレイ本文
●逢い引きいろいろ
「雪女の次は幽霊か‥‥私はほとほと人外に縁があるとみえる‥‥」
「果たしたい事を果たせずに、逝く事すら出来ないのは‥‥きっと辛いのですよ。未練の因果を断ち、安らかに逝って欲しいのですよ」
「そうだな。今回の件は簡単な問題ではなさそうだ。未練を断ち切るにせよ、時間はあればある程良いからな‥‥」
京都の冒険者ギルドに集合した浪人の氷雨鳳(ea1057)と忍者の梅林寺愛(ea0927)達は、韋駄天の草履やセブンリーグブーツ、愛馬を用いて、一路、尾張の蟹江町へ急行した。
「私は馬に乗るは初めてなので、楽しみです」
「魁(さきがけ)はいい子でござるよ。うむ、魁も奈殿を気に入ったようでござる」
ハーフエルフの神聖騎士テラー・アスモレス(eb3668)の手を借りて、彼の愛馬魁に乗せてもらう忍者の雪奈(ec0701)。魁は彼女が乗っても嫌がる素振りなく、テラーに促されて奈が魁の頭を撫でると、魁は嬉しそうに軽く嘶いた。
津島町へ来た事があり、その近辺の地理に明るい忍者の逢莉笛鈴那(ea6065)と武道家の明王院浄炎(eb2373)が先導して温泉宿に到着すると、ジャイアントのファイター“静かの”ミルコと女将が出迎えた。
「ミルりん!」
「‥‥鈴りん、浄炎にみんな、来てくれて助かった」
久しぶりにミルコの元気な姿を見ると、鈴那は満面の笑みを浮かべて彼に抱き付いた。そこはジャイアント、ミルコはしっかりと鈴那を受け止める。
「恋人同士のささやかな逢い引きを邪魔するのも野暮というものですし、私達は女将さんから事情を聞きましょうか」
「そうですね〜、鈴那さん〜、私達に構わずごゆっくりどうぞ〜」
ファイターの明王院未楡(eb2404)と浪人の槙原愛(ea6158)が示し合わしたかのように微笑み合うと、女将に部屋へ案内してもらう。
玄関先に取り残されたミルコは、バツが悪そうに髪を掻いた後、鈴那を自分の泊まっている部屋へ案内した。
「ミルりん、遅くなったけど、バレンタインの贈り物だよ」
「‥‥こんな業物を俺に? ‥‥ありがとう。俺も鈴りんに贈り物があるんだ」
「わぁ、鈴蘭の柄の着物! しかも私にぴったり」
「‥‥京の街で見掛けてな。鈴りんに似合う柄だと思って、すぐに仕立ててもらったんだ」
鈴那がミルコに、イギリスにいた時に知ったバレンタインの風習として日本刀「愛無双」を贈ると、折しもバレンタインのお返しという形となって、ミルコが京染めの振袖を鈴那へ贈る。
「ミルりん‥‥ありがとう。後一つだけわがまま言って良いかな?」
「‥‥俺に叶えられる事であれば」
「‥‥うん‥‥キス、してくれない、かな‥‥」
「‥‥!?」
「ミルりんが私の事、すっごく大切に想ってくれて、大切にしてくれるのは嬉しいの。でも、ミルりんが他の女の人とキスするのは‥‥やっぱり嫌なんだ。うんと甘えとけば大丈夫‥‥だから、私が先に」
「‥‥それ以上はお前の口からは言わせない。俺も鈴りんとキスがしたい‥‥」
「‥‥ん‥‥」
ファーストキスは甘酸っぱいと誰が言ったのだろうか。鈴那のミルコとのファーストキスは嬉し涙の幸せ一杯な味がした。
「女性の幽霊のお名前は深月さん、と仰るのですね」
女将から事情を聞いた未楡は、深月への手向けと酌み交わす為に、神棚へ天護酒を添えて手を合わせる。
「私は『夫婦の口付け作戦』」には、反対です」
「テルティウスの言い分も分かるが、深月のこの世の未練が愛の無い肉体関係だったなら‥‥互いを想い合う者の想いの篭った接吻や抱擁等を、未楡を通じて体験してもらうのが一番だろう」
深月を未楡に憑依させ、浄炎との夫婦の営みの中で温もり等を知ってもらう策に、ハーフエルフの神聖騎士テルティウス・コッタ(ec1527)が反対した。
「確かにこの面子の中で、深月殿が求めている未練を満たせるのは、浄炎殿達か鈴那殿達しかおらぬな」
「偽りでも、自分へのキスと実感できるものの方が望ましいと思うのです。そういう意味では、独身のテラーさんやミルコさんの方が適任でしょう」
「愛情のある口付けが行われても、それは深月様へではなく、未楡様へ行われる口付けになりかねないです。深月様がご自分への愛情を実感できなければ、憑依していても、端から見ているのとなんら変らない気がします」
浄炎の策は鳳も後押しするが、テルティウスが反対する同じ危惧を奈も抱いており、彼に賛同した。
不意打ちよろしく話を振られたテラー。彼は十年前、突然の怪物の襲撃で恋人を始め、両親や兄弟、親友を失ってる。そんな自分に、一時でも幽霊を愛する事が出来るのだろうか?
だが、ここにいる理由を思い出す。十年前のあの時何も出来なかった己を恥じ、修練の為に国外へ出てきたはずだ。『義侠塾』での修行の日々は伊達ではない、と。
「拙者がやらなければならない時は、腹を括るでござる」
「今日の夜を含めて三日間の猶予が出来たので、策は念には念を入れて三段構えで行くのですよ」
テラーが真顔で応じると、梅林寺は策を確認した。
先ずは明王院夫妻が、それで駄目だった時は鈴那とミルコが、それでも駄目な場合はテラーが、と、浄炎達とテルティウス達の策を両方採用した形だ。韋駄天の草履や戦闘馬で移動時間を短縮したからこそ可能になった策だ。
「後は〜、深月さんが愛を受け入れられるように〜、私達なりの愛の価値観を説いてあげましょうか〜。槙原愛と梅林寺愛ちゃんの、二人の愛が愛を説く〜、ふふふ〜、面白いですよね〜」
「いや、自分の駄洒落を自分で受けている場合ではないだろうに‥‥深月殿に愛を語るのは賛成だがな」
笑い始める槙原に鳳は額を抑えつつ、入浴の準備を始めた。
●女性が三人寄れば‥‥
鈴那とミルコが合流するのを待って、奈達は露天風呂へ向かう。
ミルコが露天風呂に来ると、先程まで何もなかった場所に、朧気ながら人の輪郭が浮かび上がり、黒髪の女性へと姿を成した。
「うお!?」
「これは‥‥」
(「これ程の女性振るとは、振った男性は余程見る目がなかったのか、身体が目当てだったのでしょうか」)
テラーと鳳は声を詰まらせ、テルティウスも思わず見取れた。前髪を眉毛の上で切り揃え、後ろ髪を結った女性は、気の強そうな顔立ちだが、同性の鳳から見ても掛け値なしの美女だ。
余談だが、露天風呂は混浴で、彼らは全員手拭いを着用して入っている。
「あなたの未練を晴らしに来たのですよー」
『わたしの未練‥‥? あなた達も振られたクチなの?』
「そうそう、恋も失恋もしちゃったのよ。失恋した時は女友達同士、愚痴をこぼしてぱーっと忘れるのが一番! 私達でよければ話を聞くよ、お友達になろ?」
梅林寺が物怖じする事なく、深月に気軽に話し掛ける。鈴那が徳利を掲げながらウインクすると、深月の手に天護酒が現れた。友達の印として握手を求めると深月も応じたが、実体はないので素通りするも、触れた瞬間、悪寒が走ったのはやはり幽霊だからか。
『それでさぁ、あぁ、わたし、身体目的で付き合ってもらってたのねぇ、って気付いちゃって‥‥』
「うんうん、そんな男はあなたに相応しくなかったのよ。恋愛を恨まないで。あなたに相応しい人はきっといる、私が保証するわ。やり直せばきっと巡り合えるわよ」
『やり直す‥‥こんなになったわたしもやり直せるのかなぁ?』
「愛は与えられるものじゃないのですよ〜? 自らの手で掴み取り、奪い取るのです〜」
「まぁ、略奪愛も愛の形の一つかも知れないが‥‥」
思考の無限地獄に囚われている深月だったが、鈴那の言葉が少しだけ変化の兆しが見える。すっかり槙原の突っ込み役になってしまった鳳だが。
「身体だけの関係がどんなものか‥‥私には分からない。でも愛とは様々な形があるのではないかな‥‥身体を重ねるのも愛なのだろうし、一緒にいるだけでも愛と言えるのだろう。だけど私はお互い後悔しない事が愛だと思う。いくら二人が別れの運命に追い込んだとしても、『思い出』として残せる事が出来る心が、本当にその人が好きだとしたら、その人を想って妬まず、憎まず‥‥そう出来るのが愛だと」
『思い出、ねぇ‥‥男の人ってみんな同じ、身体を求められれば良いんじゃないの?』
「今の深月殿のように、それは難しい事だ‥‥人間だからな‥‥でも、精一杯そうしてやろうと思う事も愛かもしれない」
拙いながらも鳳が自分の恋愛観を語ると、深月の反応は着実に今までと違っていた。
「私も今までずっと独りで‥‥自分の名前が愛だというのに、愛の意味すら知らず彷徨っていたのですよ。でも最近、外国人に‥‥手を差し伸べてもらって、優しさを教えてもらったのですよ。だから外国人の男性が全て同じとは限らないのですよ」
「そうでござるな。ジャパンの女性の美しさは、炎に喩えるなら青く澄んだ静かな炎‥‥でござるかな」
『そんな事、言われた事無かったわ‥‥』
「青い炎は、見た目は静かに燃えておるでござるが、実は赤く激しく燃える炎よりもずっと熱い‥‥そんな感じの意味でござる。また一瞬であっても鮮烈に心に残る艶やかな華やかさがあると思うでござる」
梅林寺に話を振られたテラーは、深月を見たまま、感じたままの印象を告げる。彼の言葉に深月は頬を赤らめつつ、どこか複雑な表情を浮かべていた。
●危惧
翌日、夜も明けきらない内に、浄炎と未楡は露天風呂に来た。
「何時までもここに留まって、傷付いた心のままで居ないで下さい‥‥」
未楡はそう言うと、姿を現した深月へ身体を貸し与える。
浄炎は未楡に憑依した深月を連れ立って、昨日の内に下調べしておいた温泉街や蟹江城、海辺や神社を廻る。
(「そのままでいいので聞いて下さい。私は‥‥かつて、一夜の恋に‥‥その場限りの儚い温もり‥‥そんなものに縋るしかなかった日々を送っていました。幾多の人が私を抱いて‥‥過ぎ去って行きました‥‥そんな私ですら‥‥これ程までに愛してくれる人が居るんです。あなたは‥‥まだ‥‥巡り会っていないだけなんですよ」)
浄炎は特に構えず、日頃と同じく未楡に接するように、寄り添って歩いたり、ちょっとした会話の中、苦笑しつつも頭を撫でたり、と、仲睦まじく落ち着いた雰囲気でデートする。
その間、身体の主導権を握っている深月へ、未楡は心の中から自分の過去を赤裸々に語り、勇気付けた。
「これでは妻を通じて、妻への想いを感じる事しか出来ぬだろう‥‥されど、真摯な想い無き行為では、そなたに対しても、そなたを救いたいとする妻に対しても、失礼極まりないと思うのでな‥‥」
そして締め括りとして未楡の口に接吻を落とす――も、深月が成仏する気配はない。
『ごめん‥‥あなたの想いは強い程分かったけど‥‥それはわたしへの想いじゃないから‥‥未楡への想いだから‥‥』
そう言いながら憑依を解き、消えてゆく深月。
確かに彼女自身に向けられる事のなかった想いを、深月は感じる事が出来た。しかし、それはあくまで浄炎の未楡に対する想いであり、しかも深月は人間ではなく、未練のみでこの世に留まる幽霊だ。故に他人の想いを自分の憧れや願いへと置き換え、昇華する事は難しい。
今までの深月なら、嫉妬といった負の感情を抱いて怨霊へ堕ちかねなかったが、愛を説いた所為かそれはなかった。
その日の深夜、奈が「二人だけで話がしたい」と露天風呂に入った。
彼女は遊女を生業としており、今名乗っている雪奈は源氏名で、借金の返済の為に冒険者の真似事もしている事等、とても仲間に聞かせられる内容ではない身の上を深月に包み隠さず話した。
「経験だけなら豊富ですが、それは仕事上の事です。恋愛感情は一切ありませんから、そういう意味では私と深月殿は似ているのかも知れませんね」
『‥‥』
自分の境遇と奈の身の上を重ねているのか、流石の深月も押し黙っている。
「今いる仲間も仕事上の付き合いですが、深月殿は気になる男性はいましたか?」
『‥‥銀色の髪の人かな‥‥わたし、あんな事、言われた事無かったから‥‥』
(「テラー殿ですか。ミルコ殿は自分から口説く程甲斐性はないようですしね」)
その後、再び深月の取り留めない話の聞き手に回り、露天風呂を後にした。
●幽霊へ捧げる鎮魂曲
「浄炎さんと未楡さんで駄目なら、やっぱりミルりんが口説くべきよ。深月さんが私に憑依して、ミルりんが彼女の名前呼んで、キスしてあげて。私はミルりんに触れてもらえるだけで嬉しいから大丈夫」
「いえ、明王院夫妻はそれで失敗していますから、二の舞を演じる余裕はありません」
翌日、自分へ憑依してもらう決心を固めた鈴那だったが、奈に相談を持ち掛けられたテルティウスは、テラーと奈にその役を任せる事を勧めた。
「今日一日だけ、拙者が貴殿の恋人となるでござる。昔の思い出を忘れられるくらい、今日一日で思い出を作るでござる」
『う、うん‥‥』
奈に憑依した深月にそう切り出し、テラーは魁の上から彼女へ手を差し伸べる。その姿はまさに白馬に乗った王子様だ。
綺麗な伊勢湾の浜辺を魁で駆け抜け、その足で静かな高台へ向かい、雄大な夕日が沈む様をただただ寄り添いながら黙って眺める。
『夕日ってこんなに綺麗だったんだ‥‥』
「二人で見るからこそ綺麗なのでござる」
『‥‥』
「‥‥」
夕日が水平線の彼方へ沈み掛ける頃になると、テラーと深月はどちらからともなく見つめ合い、微笑み合う。そして深月が目を瞑ると、テラーはその豊満な身体を優しく抱き締めて、ゆっくりと唇を落とす。
『‥‥ありがとう‥‥わたしを愛してくれて‥‥』
奈の身体から深月の姿が浮かび上がり、光の粒子となって天へ昇っていった。
「送り出す笛の音‥‥気に入るか分からないが‥‥」
「南無‥‥なのですよ」
「巡り会いは縁よ。病に倒れたが故に出会えなんだが‥‥きっと共に歩む者が現れるであろう」
「何時かあなたを愛してくれる人と巡り合う為に‥‥お逝きなさい」
物陰から見守っていた鳳が横笛を取り出し、鎮魂曲を奏でると、梅林寺は手を合わせ逝く様を見送る。
未楡は浄炎と寄り添い、優しい笑みで送り出していた。
「ごめんなさい」
「奈殿、何を謝る? 貴殿こそ大役お疲れさまでござる。ただ、愛を語った後にカネは受け取れないでござるよ」
「いえ、功労者であるテラーさんは相応の報酬を受け取るべきです」
奈が謝る理由は分からなかったが、労いつつテラーは報酬を辞退した。テルティウスはミルコと相談して、金銭ではなく深月の遺品を渡す事にした。洛中洛外図なら京都で活動する時に役立つし、深月もテラーに持っていてもらいたいだろう。
「ん〜、やっぱり温泉は最高です〜。人類の生み出した文化の極みですね〜」
「この温泉の効能は、筋肉痛や関節痛、うちみや疲労回復なんだって。私達冒険者に持ってこいだよね」
その夜、槙原や鈴那、ミルコ達は露天風呂で疲れを癒し、京都へ戻った。