雪女は淋しいと死んでしまう!?
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 59 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月04日〜03月12日
リプレイ公開日:2007年03月13日
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●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方と、虎長の息子・信忠を擁する虎長の弟・信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。
――知多半島。尾張の南に位置する、伊勢湾と三河湾を区切る南北に細長い半島だ。
山間の地形と相まって土着の妖怪達が古来より数多く棲んでおり、風聞では妖怪の国が存在しているという。
故に地元の者以外滅多に分け入る事のない未開の地である。
先日、お市の方が“平織市探検隊”を結成し、武将として登庸した“妖兎”と呼ばれる妖怪。彼女は化け兎の上位に位置し、自分の事を“月兎族”と呼び、家を建てて好きなお餅を搗く為に田畑を開墾し、稲を育てる‥‥人間と同等の知能を持っていた。
知多半島には月兎族のように、人間と同等の知能を有する妖怪が、まだまだ生息しているかも知れない。
「う〜さ〜ぎ〜〜〜〜〜さん♪」
楽しそうな声で、簡素な山小屋の扉を開ける一人の少女。
しかし、小屋の中はがらんどうとしており、彼女の求める姿はない。
「‥‥お出掛けかしら? でも、遠出をする印しはないわよね?」
少女は小屋の中を見回してから外へ出て、隣の田畑を見てみるが、やはり求める姿はない。
「晶姫(あき)に内緒でどこかへ行く事はないでしょうし‥‥」
「それがあるとしたらどうする?」
「あ、あなたは!? ‥‥この辺では見ない顔だけど、人間じゃないわよね?」
真っ白な着物の袖から手を出し、人差し指を下唇に当てて思案していると、突然声を掛けられ、思わず悲鳴を上げてしまう。
そこには見た事もない、変な背中の首の長い動物に乗った、美しい女性の姿があった。
「そんな事より、この辺りには人間の匂いがぷんぷんしおるわ」
言われて少女――晶姫――は鼻を可愛くひくひくさせる。それに家に前に見知らぬ足跡が無数ある。裸足ではない、これは人間が履いている靴の跡だ。
「で、でも、うさぎさん、晶姫に内緒でどこか遠くへ行ったりしないもん!」
「現に居らぬではないか」
晶姫は自分との絆を信じるが、女性の言うように現にこの場に求める姿はない。しかも、普段なら遠出をする時には少女に分かる印を残していくはずなのに、今回に限ってはそれすらない。
「そ、それは‥‥で、でも、うさぎさんと晶姫はとっても仲好しなんだもん!」
「ここは既に蛻(もぬけ)の殻ぞ? もう帰ってこぬのではないか?」
「そ、そんな‥‥」
確かに愛用していた杵や臼はないし、餅米の入った頭陀袋もない。
女性は晶姫を哀れむような目つきで見る。
「人間に誑(たぶら)かされたのであろう。容姿を誉められ、畳み掛けるように知性を誉められれば、コロッと人間に懐いてしまうものじゃ。お主が好いているなど、人間のナンパに比べたら所詮はその程度、要は捨てられたのじゃよ」
女性の視線に射抜かれた晶姫は、ビクッと一瞬身体を竦ませ、硬直してしまう。
「晶姫‥‥捨てられたの‥‥うさぎさんに‥‥」
「ああ、そうだ。人間に誑かされ、捨てられたのだ」
「人間に誑かされて‥‥うさぎさんは‥‥晶姫より‥‥人間の方が好きなの‥‥」
「ああ、そうだ。だからお主も人間を誑かし、妖兎の代わりにすればよい」
「人間を誑かす‥‥うさぎさんの代わり‥‥」
晶姫は女性の言葉を呆然と反芻する。瞳は虚ろに開かれ、焦点を失っていた。
――那古野城。ここはお市の方の本拠地だ。
虎長亡き後、那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲り、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
城の中庭では、武者鎧「白絹包」を纏い、刃を潰した太刀を手にしたお市の方が、フード付きの外套で頭まですっぽりと覆い、手に餅搗き用の杵を持った月兎族と対峙していた。
裂帛の気合いと共にお市の方が打ち込む。月兎族は初太刀を上半身を反らしてかわし、続く袈裟懸けの軌道はバック転で後方へ飛ぶ。
間合いを取ったと思ったら、杵はお市の方の足下にあり、彼女はバック転の勢いをそのままに杵を振り上げる。
予期せぬ下段からの攻撃に、お市の方は半身を反らしてかわし、続く杵の横殴りの一撃を太刀の峰で反らす。
すると、月兎族は一歩踏み込み、お市の方の喉元に手刀を突き付ける。
「参ったわ。ポイントアタックなんて隠し種を持ってるなんて、やるじゃない、美兎」
思わず歯を食いしばりつつ、お市の方は太刀を逃げ捨てる。月兎族の手刀が短刀並みに鋭ければ、おそらく喉笛をかっ斬られていただろう。
確かにポイントアタックは打撃系の武器では行えない。杵を使う彼女にはこういう使い方くらいしかできない。
月兎族は平織市探検隊のメンバーから“美兎”という名前をもらい、お市の方が登庸した武将として那古野城に住んでいる。しかし、自室以外では常にフードを被っている彼女を、訝しむ者も少なくない。お市の方は鍛錬に付き合わせ、美兎の実力が本物である事を周囲にアピールしていた。
そして訝しまれているもう一つの原因が、美兎がお市の方にべったりという事だ。『兎は淋しいと死んでしまう』というが、美兎も元は兎、その習性は変わらないのか、お市の方にべったりなのだ。こればかりは仕方がないかも知れないが‥‥。
「市様、美兎、お疲れさまです」
『お餅♪ お餅♪』
家臣の森蘭丸がお市の方に手拭いを、美兎に餅を差し出すと、彼女は早速頬張り始める。なまじ美人だけに、その姿は得も言われぬギャップがあった。
「何かあったの?」
蘭丸は用がなければお市の方の邪魔はしない。
「たった今、那古野の民より急な陳情がありまして、聞いてきたところです」
「急な陳情?」
「知多半島に近い集落で、女性達が妖怪に攫われているとの事です」
「妖怪? 妖怪は自分から知多半島から出てこないはずよね?」
「‥‥雪女らしいのです」
「『雪女!?』」
蘭丸の言葉に、お市の方と美兎の声がハモる。
『ま、まさか晶姫ちゃんが‥‥でも、どうして‥‥』
蘭丸から雪女の目撃情報を聞いた美兎は、確信したようだ。
「知り合いなの?」
『知多半島でお姉様達に次いで一番仲の良かった妖怪です。いつも一緒にいました』
(「今の私と同じって訳ね」)
一人、心の中で納得するお市の方。
『でも、知多半島を出る時、遠出をする印しをしてきたはずなんですけど‥‥』
「その晶姫って雪女が、美兎を探して知多半島から降りてきていって事かしら?」
「いえ、違うのではないでしょうか? 少女や女性達を攫っているそうですから」
「確かに、美兎を探すなら女の人達を攫う必要はないわよね‥‥女の人達を攫ってどうしているのかも気になるし、すぐに調査隊を出しましょう」
『あの、晶姫ちゃんはそんな悪い事や酷い事をする娘じゃないんです! 私が断りも無しに出ていったから、淋しいのかも知れません。何とかなりませんか?』
お市の方と蘭丸が、京都の冒険者ギルドへ依頼を出そうと相談を始めると、珍しく美兎が言葉を荒げる。心から晶姫という雪女の事を心配しているのが分かる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥毒食らわば皿まで、よ。美兎の他に妖怪がもう一人や二人増えたところでどうって事ないわ!」
『ありがとうございます!』
半ば開き直るお市の方だった。
●リプレイ本文
●お市の方の謝罪
尾張は那古野城へ登城したレンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)達は、城主であるお市の方こと平織市(ez0210)が待つ城の中庭へ案内された。
「よ! お市様、桶狭間以来だな。元気そうで何よりだぜ」
「お市さんの噂はかねがね聞いてるよ。月兎族っていう妖怪を武将として登庸したんだって。妖怪にも冒険者にも偏見ない人そうで、見廻り組の一員として安心したよ」
クロウが手を掲げて挨拶すると、お市の方はその姿を見て顔を綻ばせる。次いでジプシーのレベッカ・オルガノン(eb0451)が握手を求めると、お市の方は微苦笑しながら応じた。
「‥‥那古野が、わくわく妖怪ランドになりつつあるのは、気のせい?」
「人と妖怪が手を取り合う‥‥素晴らしい事だと私は思います。とても興味が湧きますね♪ ‥‥あら、初対面なのに失礼しました」
「まぁ私はいいのよ、美人さんだったら亜人で妖怪でもね‥‥」
遠い目をするファイターのレオーネ・アズリアエル(ea3741)に、抱えている事情が事情だけに、お市の方もただただ苦笑するばかり。だが、シフールの心理カウンセラー、レディス・フォレストロード(ea5794)の言葉に救われたようだ。くすっと笑みをこぼしつつ、レオーネも一応フォローする。
「月兎族さんはどちらでしょう? 初めてお会いするのできちんとご挨拶したいのですが‥‥」
「ふにゃぁぁっ」
『わきゃ!?』
喜びと不安が入り交じった表情で志士の沖田光(ea0029)が聞くと、お市の方は城の方を見遣る。すると、浪人の鷹村裕美(eb3936)の可愛らしい声が聞こえ、その直後に美兎の悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
「そうだな、一緒に行く美兎ってのにも挨拶を‥‥って、何だあの格好は!?」
声のする方向を見たクロウは思わず目を見張る。裕美に背後から口を塞がれ、後ろ手を極められた美兎の姿があった。足下にフード付きの外套が落ちており、月兎族本来の肢体を晒している。
一見、普通の女性だが、上半身だけを覆う際どい服を纏い、髪から兎の耳をぴょこんと生やし、お尻の少し上から同じく兎のしっぽがちょこんと生えている。
「‥‥お前は何も見ていないし、何も聞いていない。私が転んだところや奇声は一切、綺麗さっぱり忘れるんだ、いいな?」
裕美は美兎にそう耳打ちする。転んだ拍子に美兎の外套を掴んで取ってしまい、しかも転んだところを見られたので、全力で口止めしていた。
美兎がこくこくと頷くと解放する。今度はレオーネが彼女の手を引っ張って、今来た城の中へ戻った。
「美兎さん美兎さん、約束してたお洒落よ。久しぶりにお友達と会うのだもの、おめかししなくちゃね♪ それに人前に出るのにいちいちフードを被っていたら、せっかくの美貌が台無しだもの♪」
『兎の国のお姫様』をコンセプトに、水晶のティアラをあしらって髪でウサミミを隠し、スカーレットドレスを纏った美兎が、レオーネに手を引かれて現れる。
光がお土産のお餅をお近づきの印しに渡すと、美兎は早速嬉しそうに頬張った。
「レオーネ、みんな、美兎をお願いね。それと、レベッカ、クロウ、こんな時にこんな事を言うのもなんだけど、尾張平織家がごたごたしていて、見廻り組や黒虎部隊に迷惑を掛けて‥‥尾張平織家の一人として謝るわ」
レベッカやクロウ、レオーネに頭を下げるお市の方。
「私も那古野城の城主になって、改めて虎長お兄様の政の手腕に痛感したわ。それだけに今の尾張平織家の迷走があるんだけど‥‥でも、ジャパンの今の政情を見聞する限り、このままじゃいけないって私も思う。尾張平織家も一丸となって、安祥神皇様の下、源徳と共闘すべきだわ」
「でも、お市様は家康さん嫌いじゃ‥‥」
「ええ、家康も、源徳の息の掛かった新撰組も大嫌い。でもそれは、虎長お兄様を暗殺した犯人だからよ。家康や沖田総司が犯人でないと正式に弁明してくれれば、私だってそのくらいの分別はあるつもりよ」
お市の方は桶狭間で共に戦った頃に比べると、精神的に一回りも二回りも大きくなっているようにクロウには感じられた。
「見廻り組の安定の為にも、お市さんには頑張って欲しいな」
「ええ、頑張るわ」
レベッカが手を差し伸べると、今度はお市の方も笑顔で応えた。
●月兎族と雪女
「アイスコフィンを使って女性を攫う‥‥このような事件を聞くたびに、胸が締め付けられる思いです‥‥」
「ま、俺にも1人、雪女の知り合いがいるから、悪い奴ばかりじゃないのは分かってる。だから、周囲の感情が悪くなり過ぎる前に止めないとな」
「僕もこの間、クロウさんと一緒に雪女さんと伊勢の街を観光したんですよ。今回の事、きっと何か事情があるに違いありません。僕も彼女を信じて、力になります!」
那古野を発ってしばらくすると、エルフのウィザード、ユナ・クランティ(eb2898)がにわかに顔を曇らせる。
共通の雪女の知り合いを持つクロウと光が慰めるが。
「‥‥なんて羨ましい。私も堂々と同じ事が出来たらどんなに嬉しい事でしょう‥‥よーよ―――よ〜〜〜〜〜」
「それは‥‥力を正しく使っていないと思いますが‥‥」
手で顔を覆い、わざとらしく泣き崩れるユナへ、レディスから突っ込みが入る。
「1人でそんな美味しい思いをしているなんて許せませんわ。是非とも阻止しませんとね〜♪」
「何かが違う気がするが‥‥女性達も攫われているし、速やかに阻止する事は賛成だ」
「らんらら〜☆ 雪女さんにはどんなお仕置きをしようかしら? あ〜んな事やこ〜んな事、とか‥‥♪」
『晶姫ちゃんに酷い事しないで下さい』
すっくと立ち上がり、雪女――晶姫――にどんなお仕置きをしようか、愉しそうに迷うユナ。そんな彼女に裕美と、山歩きに向かない格好なので、レオーネにお姫様抱っこされている美兎の声が飛ぶ。
「女の子達を攫ってる雪女さんが、美兎さんのお友達の晶姫さん。でも美兎さんのお友達が、確かにそんな酷い事をするとも思えないわね」
「私もそう思うよ。美兎さんのお友達なら、きっとその子も優しい子なんじゃない? なのに人間を攫うなんて変だよね」
「とても仲が良かったんですよね。美兎さんがいなくなった淋しい心を埋めようとしているのかも‥‥でも、何かおかしいです」
「美兎さんの話だと、今まで問題を起こした事は無かったんだよな。となると、光さんの言うように、美兎さんが人間に連れ去られたと勘違いして怒ってるとか? にしてもこのやり様は尋常じゃないな‥‥」
美兎から晶姫の容姿や性格を聞いたレオーネとレベッカ、光とクロウは違和感を覚えた。
「美兎、知多半島には晶姫以外に雪女はいないのか?」
『いえ、いますよ。知多半島には雪女の集落もありますから』
「となると、出現した雪女が本当に晶姫さんなのか調べた方がいいですね」
光の雪女についての説明を聞いていた裕美は疑問が生じ、美兎に聞いた。その応えから、レディスは女性達を攫っている雪女が晶姫ではない可能性を見出した。
知多半島へ分け入る前に、レディス達は手分けして被害のあった集落を回り、女性達を連れ去った雪女の風貌や襲ってきたのは雪女だけなのか、被害の出る時間帯や範囲を聞き込んだ。
『やはり晶姫ちゃんに間違いないです‥‥』
裕美達の収拾した情報をまとめ、美兎に話すと、彼女は落胆の色を隠せない。
「晶姫さんの仕業と思えなくてね。気休めだけど晶姫さんの現状を占ってみたんだ」
レベッカは情報収集には行かず、美兎と留守番をしながら神秘の水晶球の傍らで、神秘のタロットで占いをしていた。
その結果は――。
「悪魔の正位置‥‥良くないね。裏で晶姫さんを唆して破滅へ導いている者がいるかもしれないよ」
「悪魔(デビル)、か‥‥」
レベッカが示す悪魔のカードにクロウはひとりごちた。
「目には目を、歯には歯を、氷の魔法には氷の魔法で対抗です♪」
自ら晶姫を誘き寄せる囮役を買って出るユナ。本人も氷の精霊魔法の使い手とあって、魔法への抵抗力が高い事もあるが、彼女には秘策があった。
「るんる〜ん♪ 今日はどんなキノコが採れるかしら〜?」
ユナはのんきな微笑みを浮かべながら、手に籐籠を提げ、知多半島へ山菜採りに分け入ってゆく。
レベッカは隠身の勾玉で気配を消して木陰に身を隠し、レディスはシフールの身体を利用して樹の枝に隠れて晶姫が現れるのを待った。
しばらくすると、ユナの周りの雑草に急に霜が降り、彼女の吐く息が白くなる。
「うふふ、来ましたね」
ユナはあくまでたおやかに微笑むと、籐籠の中に入れておいたレジストコールドのスクロールを開き、自らに掛けると防寒服をその場に脱いで投げる。
「‥‥人間の女を‥‥うさぎさんの代わりに‥‥」
『晶姫ちゃん!?』
譫言(うわごと)のように呟くような声と共に、白い着物を纏った黒髪の少女が姿を現す。着物の袂や袖繰りから覗く肌は、新雪のように白い。
歳は一六、七歳くらいだろうか。美しいというより、まだ可愛らしい美少女だ。
レオーネに押し留められた美兎の反応からも分かるように、晶姫本人に間違いない。
晶姫の身体が淡い青い光に包まれる。おそらくアイスコフィンを使ったのだろう。普通の女性なら、出会い頭の驚いている時に使えば、ほぼ確実に氷塊に封じ込める事が出来る。
だが、ユナは微笑みを浮かべたまま平然としている。
「‥‥うさぎさんの代わりに‥‥愛でないと‥‥」
「ふふふ‥‥雪女といえど所詮は子供」
(「うう‥‥ユナさんの方が雪女の晶姫さんより雪女っぽいですよ〜」)
今度は口から吹雪を吐くと、ユナはすっ‥‥と薄く赤い目を開き、アイスブリザードを高速詠唱で発動させて相殺する。彼女の口元は笑っているが、目と声は冷たい。光が感じたままを心の中で漏らす。
『晶姫ちゃん、わたしです、うさぎさんです! ちゃんと帰ってきましたよ!!』
木陰から美兎が飛び出し、ティアラを外してウサミミを立たせながら、自らを指して叫ぶ。
美兎の方を向いた晶姫の瞳はしかし、焦点を失い、朧気に開かれたままだ。
「駄目です! チャームの魔法か‥‥それ以上、もっと強力な魔法か何かで操られています」
「強いショックを与えれば正気に戻るはずです」
「取り押さえるしかないって事か!」
「‥‥ふぅん、つまり、あなたのうさぎさんへの想いは、攫った女性達で代わりになる程度の代物なのね?」
晶姫の様子から光とレディスが看破すると、クロウとレオーネが物陰から飛び出す。半眼の笑顔で仕込み杖を構え、背中に美兎を庇うレオーネは、先程のユナと負けず劣らず恐い。
「“仮にも”雪女でしたら、冷気には“多少は”強いですよね? ふふふ‥‥」
怪しい笑みを浮かべながら、容赦なくアイスブリザードを連発するユナ。それが晶姫の視界を遮り、裕美達は一斉に包囲する。
「うさぎさんは君を捨てていったりなんかしない。その証拠に、今君の前に君を心配している彼女がいるじゃないか! 彼女を大好きだと想う、その想いを力に変えて、本当の君を取り戻すんだ‥‥」
クロウが先ずアグラベイションのスクロールを開いて晶姫の動きを鈍らせると、反対側から光が一気に肉薄し、彼女にフレイムエリベイションを付与する。しかし、フレイムエリベイションは掛かった後の精神に直接影響する魔法を無効化するが、既に掛かってしまっている魔法の効果を除去する訳ではない。
フレイムエリベイションの効果がないと分かると、レベッカが大脇差「一文字」を、裕美が霊刀「ホムラ」を鞘に入れたまま打ち据える。
続けてレオーネが仕込み杖で殴り掛かり、レディスが木陰から飛来してナックルで頬を張り、そのまま飛び退くヒットアンドウェイで攻撃する。
レディスに頬を張られた晶姫は不意に身体を崩した。一番近くにいた裕美が抱き抱える。
「‥‥か、身体中が痛いよぉ‥‥ここはどこ? なんで晶姫、こんなところにいるの‥‥?」
『晶姫ちゃん!?』
「‥‥う、うさぎさん!? 会いたかったよぉ」
どうやら正気に戻ったようだ。裕美が美兎と身体を入れ替えると、晶姫は嬉しそうに彼女に抱き付いた。
「あ〜寒い寒い♪」
レジストコールドの効果が切れたのだろう、ユナは元の微笑みに戻ると、投げた防寒服を取りに行った。
●デビルの影
「晶姫、そんな事してたんだ‥‥」
「ごめんなさい、は?」
「うさぎさん‥‥じゃなくて、今は美兎さんだよね、ごめんなさい」
『ううん、晶姫ちゃんに言わなかったわたしも悪いから』
晶姫は自分のやっていた事を朧気にしか覚えておらず、クロウや裕美が話して聞かせるとショックを隠しきれない。気持ちを切り替えさせようとレオーネが美兎に謝らせる。
「美兎は印を付けていったのだな?」
「でも、晶姫が見た時にはなかったよ?」
裕美が確認すると、晶姫が否定した。
そこで美兎が棲んでいた山小屋へ向かったのだが。
『印がないです』
「晶姫さんが攫っていった女性達もいない‥‥どこへ行ったんだ!?」
美兎が確認すると、印は失われていた。
また、晶姫が覚えていた限りでは、ここにアイスコフィンに封じ込めた女性達を置いておいたはずだが、氷塊の跡はあっても氷塊そのものはなかった。
「晶姫さん、最後に会った人はどういう人か覚えてる?」
「‥‥この辺じゃ見掛けない、変な動物に乗った女の人だったよ。その動物は馬みたいなんだけど、背中に瘤(こぶ)があって、首が細長いの」
「それってラクダじゃぁ‥‥」
レベッカが晶姫を操っていた黒幕について聞いた。乗っていた動物は、ジャパンでは見掛ける事はないが、レベッカやレオーネの故郷エジプトでは馬以上にポピュラーなラクダだ。
「確か駱駝に乗ったデビルがいます!」
イギリスに渡っていた光は、デビルに関する知識も豊富だ。
攫われた女性達は、そのデビルが運び去ってしまったのだろう。レベッカの占いが指していたのはこの事だった。
「那古野に来れば四六時中、美兎さんと一緒に居られるわ(これでお市さんの苦労も少しは減るかもね)」
「物見遊山のつもりでどうかな?」
「俺もそれがいいと思うぜ。晶姫さんは操られていたとはいえ、娘を攫われた家族の心情を考えると、雪女は追い払ったけど他にも関わってる奴がいたって言っといた方が良いからなぁ」
レオーネとレベッカが晶姫に那古野へ来るよう誘う。クロウも晶姫はこのまま知多半島に留まるべきではないと思い、後押しする。
「晶姫も女の人達を助けるお手伝いがしたい」
『晶姫ちゃん‥‥お市の方さんも歓迎してくれますよ』
決意を固める晶姫を、美兎は優しく抱き締めた。
「デビルは晶姫さんを操って女性達を攫わせ、何処かへ連れ去った。奴ら、何の為に‥‥」
その光景を見ながら、クロウは拳をきつく握りしめていた。
晶姫を登庸する事でお市の方の依頼は達成した。しかし、攫われた女性達は、デビルの暗躍によって何処かへと連れ去られていたのだった。