ひんぬーの辻斬り

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 4 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月12日〜07月20日

リプレイ公開日:2004年07月21日

●オープニング

 イギリスは緯度的にはかなり北にあり、夏は程々に涼しく、暖流のメキシコ海流の影響で冬はノルマンより温暖だ。
 とはいえ、日に日に真夏に近付くこの時期は、キャメロットの街中を歩く女性達の服装も自然と薄着になり、肌も露になってくる。
 男性達には嬉しい季節かも知れない。
 しかし、それを佳しと思わない者も中には居た。

 キャメロットの中心を流れるテムズ川を挟んだ南東に広がる市民街は、昼間は多くの市民や商人、冒険者が繰り出してごった返し、活気に溢れている。
 しかし、夜になると大通りを除けば人気も失せ、“霧の都”の名に相応しく、夜霧が立ち込める事もしばしばだ。
 その日も夜の帳が降りると霧が立ち込め、石作りの街並みを朧気に包み込んでいた。
「すっかり遅くなってしまったわ‥‥」
 一人の女性がランタンを片手に、足早に霧の中を抜けていた。
 市民街に街灯という便利なものはなく、霧が月明かりを覆い隠し、手元のランタンと家々から漏れる灯りだけが、その女性の頼りだった。
 歩き慣れた道とはいえ、こういう日は全く別の道に感じられた。
 不意に、女性の前に“何か”が過ぎった。
「きゃぁ!?」
 思わず軽い悲鳴を挙げながら女性がランタンを前に翳すと、それは黒髪をポニーテールの様に結い、身体に巻き付けるような服――着物――を着た人間だった。
 顔はよく見えないが、その手には霧の中でもはっきりと分かる、銀の輝きを放つ何か――日本刀――が既に抜かれていた。
「あなたに怨みはないけど、これも“天誅”だから‥‥」
「て、テンチュウって何!? 私をどうするの!?」
「うん? ‥‥あなたは‥‥もう行っていいわ」
 まだ大人になりきっていない可愛らしい女の子の、ドスを一所懸命利かせた声が、却って女性の恐怖心を増長させた。
 服装や髪から相手はジャパン人の女性のようだ。
 しかし、ジャパン人の女性は、その女性のとある部分を見ると、刀を鞘に収め、何故か見逃してくれた。
 女性は震える足を懸命に動かし、その場から立ち去った。

「あなたに怨みはないけど、これも天誅だから‥‥その身体を怨むといいわ!」
「た、確かにあの時は言い‥‥きゃああああ!」
 その日は女性の絹を裂いたような悲鳴が、夜の市民街に響き渡った。

「ここのところ毎晩、一人歩きの女性が襲われているそうだ」
 冒険者ギルドに顔を出したあなたは、依頼書を貼っていたギルドの係りの者からそう話を持ち掛けられた。
 治安はそれほど悪くないとはいえ、一人歩きの女性が狙われるのはキャメロットでは特段、珍しい事ではないが‥‥連日、というのは少々多いだろう。
 しかも、七月に入ってからだという。
「何人も生き延びた奴が居るんで分かっているが、犯人はジャパン人の女性らしい」
 ジャパンではこういう犯行を“辻斬り”というそうだ。
 新しい武器の切れ味を試したり、腕を磨くのが辻斬り本来の目的らしいが‥‥。
「この辻斬りは、目的が少し違うらしいんだ」
 確かに辻斬りに遭って無事な者が多いのも気になるところだ。
 あなたが首を捻ると、係りの者が数枚の紙を見せた。そこには達筆なジャパン文字で『天誅』と書かれていた。
「“天に代わって罰を加える”っていう意味の、ジャパン語だそうだ」
 女辻斬りは、辻斬りを行った女性の傍らに必ずこの紙を置いてゆくという。
 また、辻斬りといっても気絶させるだけ――峰打ち――らしい。
「それで、辻斬りに遭っている女性なんだが‥‥ちゃんと特徴があってな。全員一様に、胸が大きいんだ」
 あなたは思わず耳を疑ってしまった。
 つまり女辻斬りは、同性の、しかも胸の大きな女性に天罰を与えているという事になる。
「今のところ被害に遭った女性からの依頼ではなく、市民街の自警団からの依頼でな。辻斬りは男性と女性の見極めができるそうで、自警団は全く遭った事がないそうだ。そこで腕の立つ冒険者の出番という訳だ。報酬は多くはないが、この事件、解決してくれないか?」

 胸の大きな女性ばかり狙う女辻斬り。
 しかも全員峰打ちにするほど、相当腕が立つらしい。
 被害者の女性達は依頼をしようとはしない。

 この辺りに事件を解決する鍵があるのかも知れなかった。

●今回の参加者

 ea0263 神薙 理雄(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0364 セリア・アストライア(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0705 ハイエラ・ジベルニル(34歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4481 氷雨 絃也(33歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


●ひんぬーとは?
 スレンダー、微乳、ないちち、つるぺた、ぺったん――様々な言い方はあるが、要するに小さい胸の事だ。
 元気系・スポーツ系の少女に多く、時々幼馴染み系の少女にも見られる体型で、妹や後輩といった年下に内包されているパターンが多い。
 趣味・嗜好は人それぞれで、「ひんぬー万歳」とか「すっぽり手の平サイズが好きv」という人も少なくない。
 しかし、これらはあくまで第三者的な観点であり、当の本人はひんぬーを気にしているかもしれない。
 この少女も、そんな一人だった――。

●切っ掛け
「“天誅”ですか‥‥でも私には“人誅”にしか見えません」
「きっと何か勘違いをしていると思います」
「はい、ただの愉快犯でない事は、胸の大きな少女以外襲撃していない事から明らかですし‥‥何か理由があるのでしょう」
 カレン・ロスト(ea4358)とセリア・アストライア(ea0364)はその理由を調べる為、辻斬りの被害に遭った女性をお見舞いしに昼下がりの市民街を歩いていた。
 5人目の女性の負傷も前の被害者同様、打撲だけだった。カレンがリカバーを使わずとも、セリアがきちんとした手当てをし直せばすぐに全快するが、痛みは後々まで残るだろう。
「私達は辻斬りについて調べているのですが、遭った状況や辻斬りの女性について、お話を聞かせてもらえませんか?」
 カレンが女性の手を優しく握り、セリアが微笑みながら訊ねるが、答えは対して変わらなかった。
 また、手当ての際に確認したが、被害者の女性達の胸は一様に大きく、本物だった。
「胸に詰め物をした、“辻斬りの同類”ではなかったようですね」
「あの様子ですと、辻斬りの正体を知っているようでしたが‥‥」
 カレンの仮説は仮説のまま終わった。
 セリアが観察した限りでは、伏し目がちにセリアやカレンの胸元を伺いながら話し、目線を合わせない辺り、被害者達は何か後ろめたい事があり、辻斬りの正体を知っていると推測できた。
 しかし、話してもらう切っ掛けを2人は掴めなかった。

「最近、この近辺にジャパン人の女性が住み始めていないか?」
 神薙理雄(ea0263)は辻斬りが行われている現場へ赴き、聞き込んでいた。
 月道でジャパンとの行き来が盛んになった今日、キャメロットでもジャパン人の女性をよく見掛けるが、それでも市民街のこの辺ではジャパン人は敬遠されているように感じられた。
「先月辺りから何人か住み始めたが‥‥目立っているのは豆腐を売っている女性か」
 しかし、豆腐売りの女性は、別の情報でひんぬーではない事が明らかになっていた。
 すると理雄は、木刀で木に打ち付ける、聞き慣れた小気味いい音を耳にした。
 打ち付ける間隔が常に一定である事から、理雄は相当の腕前だと感じ取った。

 ハイエラ・ジベルニル(ea0705)はカレン達とは別行動を取り、被害者の女性の元を訪れていた。
「胸の大きな女性のみを襲う辻斬りか‥‥単に嫉妬からくるものなのか、それとも何か軽視するような言動を受けた事に対する怒りからの反抗なのか‥‥」
 ハイエラはおもむろに自分の胸に触れた。胸の事を言われた為、危うく死人を出しそうになった事のあるハイエラは「後者だ」と、辻斬りの気持ちを自分の事のように手に取るように予測できた。
「仕返しを依頼できない訳は、キミ自身に後ろめたい事があるからではないのか?」
 ハイエラは最初に被害者の女性に単刀直入に聞いた。青と金の瞳に射抜かれた女性はハイエラの胸を見た後、辻斬りの少女との接点を話した。
「身の程を知るのはキミ達の方だ!」
 その言い種に、ハイエラは相手が怪我人である事も忘れて胸ぐらを掴み、怒鳴り散らしていた。

●Cカップ以上を憎む理由
 カレンとセリアはめぼしい情報を得られぬまま、氷雨絃也(ea4481)達の待つ冒険者の酒場へ帰った。途中で理雄が合流し、佐々木流の使い手の女浪人の事を話した。
「その浪人の少女が辻斬りとは限らないが、辻斬りを止める為に一戦交える覚悟はせんとな」
「大丈夫だよ、私も絃也さんも、理雄さんもカレンさんも付いてるよ!」
 相談の結果、囮作戦に決まり、仲間の中で最年少にして一番胸の大きなセリアが囮役となった。
 絃也はセリアを危険に晒す事を忍びなく思ったのか、自分に言い聞かせるように言った。
 リーベ・フェァリーレン(ea3524)が絃也を安心させるように言ったが、その中にこの場にいないハイエラは含まれていなかった。

 今宵も夜霧が立ち込め、辻斬りが現れるには恰好のロケーションだった。
「‥‥私の胸、どこまで成長するのでしょう‥‥」
 セリアは神聖騎士の法衣姿で裏路地を歩いていた。育ち盛りのセリアはまた胸がきつくなった鎧を修理に出していた。成長中とはいえ、今でいうDカップは余裕であり、理雄は溜め息をついてしまった程だ。
 セリア自身は恥ずかしくてたまらなく、たいまつを持っていない手でマントを掴み、胸を隠して歩いていた。
 絃也とカレンは道沿いの建物の屋根伝いに、リーベはたいまつを見失わない程度に後ろから忍び歩きで、理雄は辻一つ違えて、それぞれセリアを追跡した。
 リーベと絃也は昼間充分な睡眠を取ったし、徹夜に慣れている理雄はそうでもないが、カレンは疲れが見え始めていた。
 その時――霧の中に鋭利な氷の刃が朧気ながら浮び上がった。
「あなたに怨みはないけれど、これも天誅だから‥‥その身体を怨むといいわ!」
「待って下さい、あなたは誤解しています‥‥私は逆に、あなたのそのタワーシールドのような胸が羨ましいのです」
 霧の中から現れた辻斬りはセリアより少し年上で、背は同じくらいの少女だった。
「重くて邪魔で肩が凝るだけですし、着られる服はサイズが限られますし、それに‥‥男性の視線がここにばかり向けられますし‥‥胸が大きくても良い事など何もないのです」
「タ、タワーシールド!? ‥‥言いたい事はそれだけ‥‥」
 セリアにとっては細身の身体で大きな胸がコンプレックスになっていた。しかし、それは却って火に油を注いだようなものだった。
「‥‥あなたに‥‥力を‥‥」
 リーベがウォーターボムを放ち、カレンのグッドラックの祝福を受けた絃也が同時に屋根から躍り掛かった。
 辻斬りの少女はウォーターボムを野太刀で斬り裂き、返す刃で絃也の日本刀を受けた。
「燕返し!? やはり昼間の佐々木流の使い手か‥‥」
 駆け付けた理雄が辻斬りの正体を見極めた。
「これだけの技量を持つお主に、これ以上罪を重ねさせる訳にはいかん。訳を話してくれまいか?」
 鍔迫り合いの最中、絃也が理由を問うた。答えはリーベの予想通り、辻斬りの少女はイギリスに来て早々、ジャパン人を卑下している被害者達イギリス人の女性に、「胸が小さい」だの「子供っぽい」だのと散々バカにされたのだった。
「胸がなければ動く時に揺れたり、刀を振る時に引っ掛かって邪魔になる事もなく、肩に負担が掛かる事もない。もののふとしてこれは良い事なのではないか? 武士道を突き進めという啓示だよ、きっと」
「女はね、日々自己の研鑚を積むものなのよ。現状に満足し、歩みを止めた者に明日はないのよ! そんな明日がないような連中に、何を言われたって気にしない、むしろ哀れんでやるくらいの女になって、見返してやればいいのよ! あなたにはその才能があるはずよ!!」
「それに、女性の魅力は外見では決まらんよ。俺が保証しよう、お主は充分魅力的だ」
 理雄は無いなら無いなりの良さを説き、リーベはズビシッ! と指を差し、絃也は少女が魅力的であると諭した。
 実際辻斬りの少女の胸はすっぽり手の平サイズで、大人になり切れていない外見と相まって、年下のセリアより子供っぽく見えなくもない。
 辻斬りの少女の鍔迫り合いの勢いが、僅かに弱まった。
「これみよがしに“大きい事はいい事”よ!? 小さくて、子供っぽくて、色っぽくなくて悪かったわね! あたしはあいつらが考えを改めるまで赦さない!!」
「巫山戯るな! 貴殿のやっている事は決して天誅ではない! 人誅だ!! ‥‥自分だけが不幸だと思うな! 私だって‥‥私だって胸がないんだ!!」
 キレた理雄は紙に書かれた天誅の、天の字の横棒2本に朱墨で×印を付けて辻斬りの少女に突き付けると、諸肌を脱ぎ、さらしを巻いただけの姿で距離を詰めた。
 理雄の胸もまた、すっぽり手の平サイズだった。
「こちらも依頼を受けた身である以上、引き下がる訳にはいかん。力付くでもギルドに出頭させ、被害者と仲裁をしてもらう」
 絃也は力で野太刀を抑え込み、空いている手でスタンアタックを繰り出した。辻斬りの少女は絃也の拳に耐え切ると、鍔迫り合いから離脱し、野太刀で斬り上げた。絃也はかわしたものの胸の皮一枚を逆袈裟掛けに斬り裂かれ、下ろす刃は理雄が小柄で受け流した。
「女性美に関して狭い視野しか持たず、悪戯に胸の大きさに拘り、挙げ句の果てに天誅と称した八つ当たり!? 今のあなたはただの貧乳じゃない、“心の貧乳”よ!!」
 その隙に辻斬りの少女の背後を取ったリーベが、アイスコフィンを詠唱した。
 呪文が完成しようしたまさにその時、辻斬りの少女を庇うようにハイエラが目の前に現れ、リーベは思わずハイエラにアイスコフィンを掛けてしまった。

『‥‥そうよ! 私達が言ってやったのよ! だいたい胸の小さなジャパン人風情のくせに、キャメロットに住むなんて身の程を知らないからよ!!』
『胸だけ大きくとも、それで女性の価値が決まる訳ではなかろう!? それをジャパン人だのイギリス人だの、人種の優越で括るとは!』

「キミは悪くない。むしろ被害者だ‥‥ただ、覚えておいて欲しい‥‥胸の大きさは本人の努力で何とかなるのも限界があるし‥‥キミのように悩んでいる者も‥‥いる事を‥‥‥‥力で見返しても意味はない‥‥見返すなら自分の魅力で‥‥」
 ハイエラは全身が氷の棺に閉ざされるギリギリまで語り続けた。
「‥‥あたしを庇って‥‥まだ捕まる訳にはいかないわ。考える時間が欲しいの‥‥」
 ひんぬー同士であるハイエラの言葉に触発され、理雄とリーベ、絃也の説得が今になって効いてきたのか、辻斬りの少女は野太刀を収めると、氷漬けのハイエラに深々と一礼し、走り去っていった。
 「胸が大きいから憎い」事が分かり、説教をしようと思っていたカレンを含めて、吉野那雫と名乗った辻斬りの少女の跡を追う者は誰もいなかった。

 翌日、氷のオブジェから解放されたハイエラは、辻斬りが起こらなくなった吉報を聞いたのだった。