悪魔の儀式

■ショートシナリオ&プロモート


担当:吉良玲人

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月12日〜02月15日

リプレイ公開日:2008年02月20日

●オープニング

 人口150人にも満たない小さな村。特別なものがあるわけでもない、至って平凡で平穏な生活を村人達は日々営んでいたというのに、その事件は起きた。

 ほんの少し目を離しただけだった。子供に呼ばれて家に入り、用事を済ませて戻ってきた僅かな間に、ゆりかごの中で眠っていた赤ん坊がいなくなっていたのだ。

 母親は半狂乱になって、悲鳴のような声を上げながら大切な我が子を探した。異変に村人達も気付き、彼女を落ち着かせて話を聞こうとしたが、彼女は錯乱したまま「赤ちゃんが‥‥赤ちゃんが‥‥」と繰り返すだけ。だが、彼女の家の前にある空のゆりかごを見て、それとなく事情を把握できた。
 ようやく首が据わった子が、自らゆりかごから抜け出し、どこかへ歩いていくわけがない。ならば考えられることはただひとつ。

 何者かが、赤ん坊をさらっていった‥‥。


 よそ者が村にいれば、誰かが必ず気付くはず。ならば犯人は、村人の中の誰かしかいない。
 そして真っ先に疑惑の目を向けられたのは、奇人だと村人達の誰も付き合いを持とうとしない、村はずれに住む女だった。
 夜になると、甲高い笑い声をあげて外を歩いていたり、彼女の家付近には、物の腐った臭いが漂っている。何か悪しきものを崇拝しているのではないかと噂にはなっていたが、誰も関わりを持ちたくなかったため、その真偽を確かめることは今までなかったのだった。

 村人数人で女の家へと赴き、ドアを叩いて呼び出してみたものの、留守なのか女は出てこなかった。だがドアには鍵がかかっておらず、躊躇うのは一瞬のことで、意を決して中へと入ってみれば、そこには恐るべき光景が広がっていた。

 壁に吊り下げられているのは、動物の生首や干からびた死体。床には動物のものと思える血液が、どす黒いシミを作り、得体の知れない液体や毒のある植物がテーブルに散乱している。そして、奥には小さな祭壇のようなものがあった。

 やはり噂は本当だった‥‥。誰もがその光景に立ちすくみ、呆然とする中、1人が壁に貼られた羊皮紙に気付いた。
 血で書かれたような文字で綴られる内容に、その場が凍り付く。

 悪魔召喚の法――儀式――夜の森――赤子の心臓――‥‥

●今回の参加者

 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec1999 スティンガー・ティンカー(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec4179 ルースアン・テイルストン(25歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec4537 アリス・ガーデン(31歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●先発隊
 事件のせいか、村にはどことなく陰鬱な空気が漂っている。一足早く村へと辿り着いたヒルケイプ・リーツ(ec1007)とルースアン・テイルストン(ec4179)は、村の広場へと歩みを進めていた。赤子を連れ去ったのが、2人や母親と同じ、女だというのだ。それがまた許せなくなる。
「後のお二人と合流するまでにはまだ時間がありそうですね。私は魔女の家を調べに行って参ります。儀式に関してわかることがあるかもしれません」
「じゃあ、私は村の人達に話を聞いてみるわ。儀式をする場所に見当をつけておかないとね」
 ではまた後で。そう告げ、2人は別々の方向を歩き始めた。

●合流
 ヒルケイプが村人達から話を聞いてみると、儀式に使えそうな場所は、複数箇所あった。話を聞いているだけでは特定することができそうにない。その他の話となると、いかに魔女が気味悪いかという話に集中した。だが、「いつかすると思った」と言われており、今回の件以前には、このようなことを起こしたことはないようだった。
 村を一通り回った頃、スティンガー・ティンカー(ec1999)が村に到着した。スティンガーが馬を宿屋へと預けに行く途中で、ヒルケイプとルースアンと会った。ルースアンは思案顔で歩いていたが、2人に気付くと表情を改める。
「何かお考えのようでしたが、いかがなさいましたか?」
「魔女の家で儀式について調べていたのですが、召喚する悪魔の記述が見当たらないのです」
 それって、一番重要なところでは? スティンガーとヒルケイプは、返す言葉もなくルースアンの顔を見つめた。
「つまり、それって‥‥」
「すまない。俺が一番最後のようだな」
 アリス・ガーデン(ec4537)が、宿屋前で馬と一緒にいる3人の姿を見つけ、駆け寄ってくる。疲れている様子はないが、時間を気にしているのか、表情にはやや焦りが見られた。
「これで全員揃いましたね」
 休憩を兼ねて、スティンガーとアリスが来るまでの間、ヒルケイプとルースアンが村で得た情報をそれぞれ話すことになった。赤子の命がかかっている重大な事件であるため、皆の表情は真剣そのものだ。
 魔女の家の壁に貼ってあった羊皮紙は魔女の覚え書きのようだった。箇条書きだったが、要約すると「真夜中に、森で赤ん坊の心臓を供物とし、召喚呪文を唱える」となった。どこか曖昧だが、魔女だけでなく、悪魔の存在をも想定し、アリスはヒルケイプから大天使の剣を借り受ける。
「儀式までにはまだ時間がありますが、場所が特定できていない以上、あまり余裕はなさそうですね」
 皆で額を突き合わせて計画を練っている間にも、時は容赦なく過ぎ、次第にあたりは明から暗へと姿を変えていく。日中は暖かさを感じていたが、太陽の恩恵がなくなった途端に、底冷えのする寒さが押し寄せてきた。
 夜が来る。

●夜の森
 冷たい風が吹く漆黒に染まった森に、ルースアンの持つランタンの明かりが揺れる。森の中は、村にいたよりも寒さを強く感じさせた。吐く息が白い。
「このあたりで聞いてみるわ」
 魔女のものと思われるような痕跡を発見できなかったため、ヒルケイプはグリーンワードのスクロールを広げる。ルースアンがそっとランタンの明かりを近づけた。
「‥‥近頃女の人を見ませんでした?」
「見た」
「赤ちゃんを連れている女の人はいませんでした?」
「いた」
 一気に4人の間に緊張が走る。ヒルケイプは気を落ち着かせるために、一度大きく深呼吸をしてから次の質問をするために口を開いた。
「その女の人は、どちらに行きました?」
「東」
「あと、女性は赤ちゃんの他に何か連れていませんでした?」
「いない」
 安堵に息をつき、ヒルケイプはスクロールをしまう。振り返ると、彼女の様子を見守っていた3人は、表情にやや安堵の色を浮かべた。
「悪魔の存在は杞憂で済んだようですね。わたしは別の方向から回り込んでみます。その間に、目も暗闇に慣れるでしょう」
 スティンガーはほっとした様子でそう告げると、あまり足の踏み入れられていない場所へと入っていった。
「私達も行きましょう」
 この先に魔女がいると思うと、自然と皆の口数は減った。どれだけ歩けば辿り着けるのかわからないことで、間に合わなかったらという不安を、3人の胸に抱かせる。
「明かりが見えます」
「私も回り込んで、赤ちゃんを取り返せる機会を窺うわ」
 ヒルケイプは木々の間へと小走りで行き、2人から離れていった。残されたアリスとルースアンは、意を決したように頷き合い、明かりの方へと近づいていく。先へと進むにつれて、緊張と焦りに鼓動が速くなり、手にじんわりと汗をかいてきた。
「赤ん坊をさらったのはお前か?」
 儀式用の短剣を使い、黙々と地面に魔法円を描いていた魔女は、アリスに声をかけられ、弾かれたように顔を上げた。アリス達に聞こえないような声で何かを呟くと、魔女の体が淡い光を放つ。瞬間、空気の刃がアリスに襲いかかるが、鎧を浅く斬りつけただけだった。魔女は忌々しげに舌打ちを打つ。
「何を呼び出すつもりだ? 悪魔と契約など、身を滅ぼすだけだぞ」
「コレで召喚される悪魔だったら何でもいいわ」
 女はおくるみに包んで地面に横たえていた赤子を取り上げ、短剣を赤ん坊の頬に押しつけた。そして、2人と距離を取るために後ずさる。決裂は決定的だと誰もが悟り、ルースアンは少し後ろに下がり、倒れないように気をつけながらランタンを置いた。女のちょうど斜め後ろに潜んでいたスティンガーは矢をつがえ、音を立てないようにゆっくりと弦を引き絞る。ほぼ反対側で隠れて見守っていたヒルケイプも、手にしていた武器を木の根本に置き、すぐにでも走り出せるように構えた。
「‥‥一体、何故こんなことをしようとする?」
「邪魔するおまえ達も生贄にしてやる! そうすれば‥‥!」
 女は細い唇をいびつに歪めて笑いながら、短剣の切っ先をアリスに向ける。

 それが合図となった。

 2本の矢が凍てつく空気を裂く。1本は女の短剣をかすめて飛んでいき、1本は緩くはためくローブの裾に突き刺さった。驚いた女は、短剣を赤子に向け直してスティンガーの方へと振り向く。
「仲間!? あぁっ!」
 ルースアンがサイコキネシスを使い、短剣の先を赤子から大きく逸らさせる。そして、手から離れようとする短剣を引き止めようと、女が柄を強く握りしめて必死に抵抗しているところに、ヒルケイプが飛び出した。
「赤ちゃんを悪魔の生贄にさせる訳にはいきません!」
 女が片腕で抱えている赤子をもぎ取る。短剣から手を離し、女はヒルケイプの腕を掴もうと手を伸ばすが、間にアリスが割り込んでそれを阻んだ。
「もうやめろ。やって何になる」
「うるさい!」
 ヒルケイプは全力疾走して女から離れていったため、スティンガーは赤子の心配をすることなく矢をつがえ、女に狙いを定める。女は歯を食いしばりながら、首を巡らせて4人を見渡したが、ヒルケイプに視線を止めて呪文を唱え始めた。アリスは顔を険しくし、女に掴み掛かる。
 もみ合いとなっているところに、スティンガーの弓から同時に2本の矢が放たれ、1本が女の肩口に刺さった。痛みに顔を歪め、肩を押さえながらも女の詠唱は途切れない。自らの血に濡れた手をヒルケイプに向けて広げると、その手からまばゆい光が生まれ、地が割れるような音と共に一直線にヒルケイプに走った。
「きゃあっ!」
 置いておいた武器を回収しようと、ちょうど屈んだお陰で直撃は免れたものの、凄まじい音に耳が痛くなり、ひどい耳鳴りがする。女は刺さった矢を抜くと、床に落ちた短剣を取ろうとして地に視線を落とすが、ルースアンが先程の間に女から大きく離れた場所に動かしており、そばにはなかった。取りに行こうとすればアリスが阻む。
 女の目は戦意を失ってはいないが、既に勝負は見えている。スティンガーは逡巡した後、敢えて急所を外すようにして矢を射て女の傷口を広げた。短い悲鳴を上げて、女はその場に崩れ落ちたところをアリスが支える。
「もう、やめるんだ」
 女はうなだれながら、小さく、頷いた。

●夜明け
「赤ん坊は‥‥?」
「大丈夫よ」
 おくるみの上から毛布を巻き付け、せっせと赤子の世話をするスティンガーの傍らで、ヒルケイプは明るい声で親指を立ててみせる。アリスに応急処置をされた女は、「そう」と呟いてうつむいた。
「あなたは何を召喚するつもりでしたの? あなたの書いた物を見る限り、わかりませんでしたが」
「わからない」
 女は、召喚の儀式は、今まで読んできたおとぎ話や魔法について書かれた本の記憶を頼りに、自分で考えたと告げた。さすがのルースアンも呆気にとられて言葉がない。
 女の母親も魔女だった。
 だが、今の村よりももっと小さな村では、その力は忌み嫌われた。無視され、重い病気を患って伏せっても、死んだ時も、誰も助けてはくれなかった。
 その村を捨て、今の村に住んだ時には、かつての村に復讐することばかり考えていた。そうして、自分が村人の嫌う忌むべき魔女になっていることに気付き、まともな精神ではいられなくなったのだった。
「君のしたことはひどいことだ。だが、赤ん坊は無事だったんだ。まだやり直すには遅くない」
「あの人、きっと許してくれない。子供を殺そうとしたんだもの」
「でしたら、許してもらえるように努力なさればいいのではないですか?」
 ルースアンがそう言うと、女は不安げに彼女の顔を見つめた。微笑み、ルースアンは軽く頷いてみせる。
「ミルクの方が心配ですので、戻るとしましょう」
 すやすやと眠る赤子を抱くスティンガーが声をかけた。村へ向かって歩き出したところで、女はスティンガーの前に回り込む。
「どうしました?」
「私、自分で返す。それでみんなに謝る」
 肩の傷を心配されたが大丈夫だと答え、女はスティンガーから赤子を受け取る。ゴメンねと涙声で囁いた彼女の声を、4人は微笑みながら見つめていた。