森の王

■ショートシナリオ&プロモート


担当:吉良玲人

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 25 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月11日〜03月17日

リプレイ公開日:2008年03月18日

●オープニング

 陽が傾き、茜の光が大地を照らす頃。村の子供が、村の入口に倒れる1人の冒険者を見つけた。
 獣に襲われたであろうことが推測できる傷が複数見られた。ただ、噛み傷にしろ爪によるひっかき傷にしろ、大きさがバラバラである。痛みに喘ぎながら、冒険者は森で起きたという出来事を説明した。大きな狼を仕留めようとしたが、他の動物が一斉に襲いかかってきたのだ、と。

 それを知るや否や、村人達の目は憐れみから蔑みへと変化した。

 致命傷になるほどの大きな傷はないとはいえ、それなりに冒険者は重傷だ。だというのに、村人達は彼の介抱をするどころか、村から追い出したのである。


「なんということだ‥‥」
 翌日の昼になり、村長は頭を抱えて唸っていた。同席している村の若者衆までぐったりした顔をしている。
「村長‥‥行って見てきた方がいいですか?」
「やめなさい。お前達が死んでしまう」
 深々と溜息をつき、村長は若者達を見渡した。

 村人達は、森に「王」がいることを知っている。変わった毛色をした大きな狼だ。森の動物たちは、自由気ままに森で生活をしながらも、その狼を王として従っている。もし王に危害を加えようものならば、森の住人達は王のために牙を剥き、排除しようとするのだ。
 止めるのも聞かずに狩ろうとし、命を落とした者も見ているため、村人達は王の姿を見ても、近づくことはしなかった。一定の距離を保つ関係を続けることで、村人達は森に入り食物の採取や狩りなどすることを許されていたのだ。

 ‥‥だったというのに、外部の人間が、村と森のそんな関係を狂わせてしまったわけである。

 負傷した冒険者が村に倒れ込んだ日の後から、村人達は森へ入ることを拒まれた。足を踏み入れれば、あらゆる動物たちが威嚇し、攻撃してこようとする。森には村人達の生活に必要な水や食料があるというのに、それを調達することもままならない。

 殺気立つ森を見る限り、王に何かあったとしか考えられなかった。「仕留めようとした」と冒険者が言ったことから、命に関わる傷を負っているのかもしれない。だが、森に入ることのできない今、王に傷の手当てを施すどころか、王の安否を確かめることすらできなかった。

●今回の参加者

 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec3660 リディア・レノン(33歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec4270 シリウス・ディスパーダ(27歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ec4491 ラムセス・ミンス(18歳・♂・ジプシー・ジャイアント・エジプト)
 ec4638 リリー・リン(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●準備
 先に村へと着いたヒルケイプ・リーツ(ec1007)とラムセス・ミンス(ec4491)が村の様子を見ると、村の男達はこの世の終わりが来たような顔をしているが、女達は依頼を受けてくれた者達が何とかしてくれると信じているようだった。そのため、皆の今日の宿と食事を提供してくれると約束してくれたのである。
「森の王の話は、男の人に聞いた方がいいかしら?」
「そうデスね。僕は例の冒険者さんを捜してみマス。お日様と話したら、近くにいるみたいデスので、もう少し絞ってみマス」
「じゃあ、私はその間に村の人に話を聞いてみてくるわね」
 ラムセスが占術の用具を取り出し、準備をしている間に、ヒルケイプは軽快な足取りで民家のある方へと駆けていった。

●事の起こり
 シリウス・ディスパーダ(ec4270)とリディア・レノン(ec3660)、そしてリリー・リン(ec4638)は、怒りを露わにするヒルケイプと、彼女を懸命になだめるラムセスに目を丸くした。
「あの、どうしたんですか?」
「皆さん聞いてくだサイ‥‥」
 ラムセスは、見つけ出した例の冒険者から聞いた話を話し始めた。

 冒険者は某所で依頼を終え、帰還中に森を通っていた。そこで、「最近保存食ばっかだなー。肉食いたいなー」と、小動物を狩って食べようと思い立ち、獲物を探しているうちに、森の王と出くわしたのだそうだ。
「熊みたいにでかいんだぞ!? 俺、絶対食い殺されると思ったんだよ!」
 そして彼は、先手必勝とばかりに森の王に矢を放った‥‥その後の展開は、言うまでもない。

 彼は自分の非を全く理解しておらず、話し終えた後も、村人の仕打ちはあり得ないと、延々と文句を垂れていた。彼から話を聞かせてもらう代わりに手当てを申し出ていたため、ヒルケイプはポーションを分けてあげたのだが、本当に不本意だった。
「野生の動物は、用もなく人を襲ったりしませんよ!」
「冒険者やってるなら、そのくらいわかりそうよね」
「まさに自業自得だな。その冒険者に一言言わぬと気が済まん」
 怒りと呆れが渦を巻く。誰1人として、彼に同情するものはいなかった。

●森の中
 翌日は、あいにくの雨だった。ただ、雲は明るい色をしており、雨もそれほどひどくはない。
「これではお日様には聞けませんデスね‥‥」
「グリーンワードの巻物があるから大丈夫よ」
 冒険者は、森の王を「熊のように巨大で凶暴」と力説していたのだが、村人によれば、毛色が黒っぽく、他の狼よりも一回りほど体が大きいくらいで、他の狼と大差ないということだった。冒険者の大袈裟ぶりにも、とんと呆れてしまう。
「しろ。ちょっときついこと頼んでる気もするけどおねがいね。無事戻ったらご馳走するからね」
 リディアが連れている一反妖怪のしろは、わかったと言うようにリディアのまわりを一回りし、皆の頭上を漂った。

 森の中へと進み、緑が深くなってくると、雨はほとんど気にならなくなった。止んだのかと何気なく空を見たリリーが、恐怖に顔を引きつらせてリディアの腕を掴む。
「どうし‥‥」
「本当に歓迎されていませんね‥‥」
 木々の枝に、鳩がびっしりと止まって皆を見ている。ざっと数えただけでも十羽以上。近づくと、耳障りな威嚇の鳴き声をあげ、一斉に襲いかかってきた。
「しろ!」
 しろが長い体を使い、襲い来る鳩達に巻き付いて動きを止める。しかし、あまりにも多勢に無勢であり、しろの力だけでは全てを抑えられない。
「数が多すぎる。たいまつに火を付けて牽制した方が早い」
「待って! しろは火に弱いの! 火をつけたら声をかけて!」
 シリウスとラムセスが応戦する中、ヒルケイプは皆からやや離れた場所で、たいまつに火を付けた。湿度のせいでなかなか上手くいかなかった、3度目で大きく火が灯る。
「リディアさん! 火を付けました!」
「しろ! 戻ってきて!」
 5人の中で一番背の高いのはラムセスだ。しろがリディアの元に戻るのを確認し、ヒルケイプはラムセスへたいまつを渡しに走る。鞭からたいまつに持ち替えると、ラムセスは鳩のいないところを選んでたいまつをゆっくり振った。その間に、傷つた鳩達をリディアがリリーと手分けをし、ポーションを使って手当てする。
「他にも来るかもしれないデス。早く先に進んだ方がいいデス」
 ラムセスが切羽詰まった声を上げる。鳩の手当てを終えると、鳩の姿を見ずに済むまで、ひたすら走り続けたのだった。

●夜
 簡易テントを組み立てたラムセスが、焚き火の前に座って食事の用意を始める4人の元に戻ってくる。
「テントは4人用よね? 交代で寝て、1人が火の番をしたらどうかしら」
 火を絶やすと危険であることは、今日1日で十分身に染みた。ヒルケイプの提案に、反対する者はいない。
「想像以上だな‥‥」
 シリウスが低く唸りながら呟いた。
 手荒な鳩の歓迎の後も、猪や鹿が襲ってきたりと、全く気の休まる状態ではなかった。全力で襲ってくる獣をやり過ごすことは、ひどく難しく、日が暮れる頃には皆一様に疲労困憊である。傷を負わせた獣に手当てを施しても、友好的になってくれるわけでもなく、精神的にも疲れを感じた。
「ここでも森の王のことを聞いてみるわ」
 グリーンワードの巻物を手に取り、ヒルケイプが立ち上がる。護衛の意味を込め、シリウスがたいまつを持って付き合った。
「‥‥ケガをした森の王を見ましたせんでしたか?」
「見た」
「どこへ行きましたか?」
「南」
「南ね。ありがとうございました」
 ヒルケイプが巻物をしまおうとしたその時、リリーの悲鳴が聞こえてきた。2人ははっとして顔を見合わせると、頷いて駆け出す。
 狼が1匹、木々の間から抜け出し、ラムセスとリディアの2人と対峙していた。狼は身を低くし、うなり声を上げている。
「森の王?」
「そうじゃないと思いマス。ケガしてないデス」
 狼から目をそらすことなく、ラムセスとリディアは声を押し殺して会話する。ラムセスの言う通り、この狼にはケガをしている様子はない。
 2人と1匹のにらみ合いが続いていたが、シリウスとヒルケイプが駆けつけると、狼は分が悪いと悟ったのか逃げていった。だが、それほど離れてはいないところで立ち止まると、遠吠えを始める。しかも、それに応答する遠吠えも聞こえてきた。5人の顔がざっと青ざめる。
「森にいる以上、眠りすら取らせてもらえぬか‥‥」
 シリウスはリディアに動物の手当てのことを頼み、深い溜め息をついた。

●森の王
 小鳥のさえずる声ですら不安にかられてしまう。そんな朝を迎え、5人はのろのろと支度を始めた。仮眠らしいものは取れたが、気を張っていて浅くしか眠れず、疲労が全く取れない。太陽の光が目に眩しすぎる。
「早く終わらせて、気が済むまで寝たいデス‥‥」
 前を行くシリウスとラムセスは、特に疲労が強い。ラムセスは眠い目をこすりながら、独り言のように呟くと、シリウスも緩慢に頷いた。
 重く感じる体に鞭を打ち、5人は森の木から聞いた通りに南を目指した。森に入って1日しか経っていないが、その何倍もいるように感じる程、過ごす時間の密度が濃い。途中、再び鳩が襲ってきたが、数が少なかったので、しろに主だって追い払ってもらった。
「あっ! 滝で‥‥」
 見えてきた滝にヒルケイプが声をあげたところを、シリウスが止める。そして、黙ったまま水辺を指差した。
「!」
 そこには、狼が横たわっているのが見えた。体が大きく、黒っぽい体毛‥‥村人が言っていた森の王の外観と一致している。後ろ足の腿や背に折れた矢が刺さったままになっており、ぐったりとして息も絶え絶えだ。その様子では、餌もろくに食べていないだろう。
「ひどい‥‥」
 5人は武器を置くと、ゆっくりと森の王へと近づいた。
 ところが、気配に気付いた森の王は、ふらつきながら起き上がると、立っているのもやっとであろうに、構えながら威嚇のうなり声を上げる。
「手当てさせてもらえませんか?」
 ヒルケイプが敵意はないことを示しながら優しく訴えかけるが、森の王はうなり続けている。近づけば後ずさりされ、距離が縮まらない。
「僕達は敵じゃないデス。これあげマス」
 村でつぶしてもらった鶏数羽をラムセスは取り出した。森の王と距離があるので、そばに届けられるよう、リディアのサイコキネシスを使う。やはり空腹だったのか、足下に鶏が置かれると、匂いを嗅いでからガツガツ食べ始めた。
「今のうちにそっと近づいたらどう?」
「やむを得ないな」
 各人が距離を取り、森の王を取り囲むようにして近づいていく。大分距離を縮めたところで森の王は5人に気付いたが、ガクンと膝が折れ、その場に倒れ込んだ。
「早く手当てを!」
 触れようとすると噛みついてくるので、シリウスが森の王の口を押さえて開かせないようにする。そして、ラムセスが深く刺さった矢を引き抜くと、喉が弾けるような悲痛な声を上げた。
「ごめんなさい‥‥本当にごめんなさい‥‥」
 リディアがポーションを飲ませようとしたが、首を振って暴れる森の王には飲ませられず、傷に染みこませてみる。その上から、ヒルケイプが傷の手当てをした。ポーションの効果で少しは傷が良くなったようで、森の王の暴れる力が強くなり、シリウスの眉間にシワが寄る。
「これ以上押さえつけているのは厳しいな」
「離れるデス!」
 皆が森の王から離れ、最後にシリウスが森の王から手を離すと、森の王は足を引きずりながらも、勢いよく森の奥へと走っていってしまった。
「あ、お願いが‥‥」
 あるんですが‥‥ヒルケイプの声が尻つぼみになる。まさか、そんなすぐにも逃げていくとは思ってなかったため、他の者達も呆然となった。
「予想外ね‥‥」
「これ以上我々にはどうすることもできないな」
「仲直りできるといいデスが‥‥」

 和解を願いながら村へと戻る5人の背中を見送ったのは、細くとも威厳ある、狼の美しい遠吠えだった。