間違いだらけのハロウィン
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:桐橋奈緒
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月02日〜11月07日
リプレイ公開日:2006年11月12日
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●オープニング
本日三回目のノック音に、椅子に腰掛けていた老婦人が苦笑を浮かべながらゆっくりと立ち上がる。テーブルの上から小籠をひょいと手に取り玄関へと歩き出した彼女の耳に、またノックの音が聞こえた。
「はいはい、今出るからね」
せっかちだこと――心の中でそう呟きながら、老婦人がゆっくりとした動作でドアを開けた、その途端。
「「「お菓子ちょうだい!」」」
元気な声と共に、三つの小さな手のひらが女性の前へと差し出された。程なく彼女の視界に飛び込んできた赤い色は、ひとりの子供が手にしている木枝の先に刺さったカブのそれだった。黒いマントと尖った帽子――どちらも縫製が滅茶苦茶だ――に身を包み、小さなカブが連なる首飾りを下げた子供が、カブのステッキの持ち主だ。
その彼が、ステッキを振りながらニヤリと笑い、口を開く。
「お菓子くれなかったら――」
「悪い魔法使いがいたずらするぞ、って言うんだろう?」
口の端を上げて笑い返す老婦人に、子供は「げっ」とバツの悪そうな顔をした。
「ちぇー。知ってたのかよ」
「そりゃそうさ。あんたたちでもう三組目なんだから」
「「「さんくみぃ!?」」」
思いがけない言葉に、子供たちがそれぞれがくりと肩を落とす。他の誰かに先を越されたことが悔しいのかもしれない。
暫く腕組みしながら彼らを見下ろしていた老婦人だったが、やがてふう、とため息をつくと、
「まあ、いたずらされちゃたまんないからねぇ。これやるから、さっさとどっか行きな」
と、手にしていた小籠をすっと前に差し出した。それを見た子供たちの表情が一瞬のうちに明るくなる。
「わーい! ありがと、ばーちゃん!」
魔法使いの少年は脇にいる子供にステッキをずいと押し付けると、老婦人の手から小籠を取った。中に入っているのは採れたての小麦で作られたクッキーだ。それを頬張りながら駆け去る子供と、彼を追う子供たち。
「ちょ、籠は後で返しに・・・・って、もう聞こえないかねぇ」
見る見るうちに小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、彼女はまた苦笑した。
時は夕刻過ぎ。
老婦人とその息子夫婦は、採れたての野菜を使ったスープ、三軒隣の家から貰った鶏の丸焼き、そして初物のワインを囲みながら、その日の出来事をあれやこれやと話していた。
「あら。そんなに子供たちが来たんですか。作った甲斐がありました」
嫁がそう言うと、老婦人は「ま、そうなんだけどねぇ」と曖昧な笑みを浮かべた。
「しかし、ハロウィン・・・・だっけ? あんな風習、あたしが小さい頃には無かったけどねぇ」
「俺のときだって無かったよ」
「私も。元はイギリスの風習だったのが、最近になって伝わってきているみたいですね」
「えげれすか。すると、あの仮装には何の意味があるんだい?」
「ええと・・・・悪霊を呼び寄せないように・・・・だったかしら。だからわざと怖い格好をするんだとか」
「成る程ねぇ。それで悪い魔法使い、なわけか」
カブのステッキの少年を思い浮かべた老婦人がクスリと笑う。それからスプーンを口に運ぼうとしたそのとき、ドアが三回、強く叩かれた。
顔を見合わせる老夫婦たち。
「何だ?」
「子供たちが、お菓子を貰いに来たのかしら」
「こんな時間にまで来るものなのかい?」
「解りません。けど、一応出てみましょうか」
嫁は何気なく歩いて行くと、扉を開けた。その途端彼女は、甲高い悲鳴をあげながらその場に尻餅をついてしまった。
何事かと考える間も無く家に飛び込んできたのは、ゴブリンの集団。それぞれがぼろきれだったり動物の皮だったりを身に付けていたが、彼らには共通していることがあった。皆、カブで作ったと思しきお揃いの冠を被っているのである。
嫁を助け起こそうと駆け寄る息子など意にも返さず、ゴブリンたちは家の中を見回し、やがて一匹が食卓の上から鶏の丸焼きを鷲掴みにした。それを見たゴブリンたちがキィ、キィ、と耳障りな歓声をあげる。
ゴブリンたちが悠々と立ち去って行く後姿を呆然と見ていた老婦人だったが、やがてぽつりと呟いた。
「ハロウィンには・・・・こんな風習もあるっていうのかい・・・・?」
数日後、パリの冒険者ギルドをひとりの男性が訪れた。かの老婦人の息子である。
「その日だけかと思いきや、奴ら、その後も毎晩、何件もの家に踏み込んで食料を盗って行くんです。腰を抜かして寝たきりになった老人もいますし、怖くて眠れない子供たちもいます。撃退しようとして大怪我を負った若者もいるくらいで・・・・こんなことが毎日続くのかと思うともう耐え切れなくて」
「それで、こちらを訪れたというわけですか」
ギルドの受付の言葉に、男性はこくりと頷いた。
「わかりました。それでは冒険者を募り、村に向かわせましょう。目的はゴブリン集団の撃退、ということで宜しいですか?」
「はい、お願いします」
男性が深く頭を下げたのを見ると、ギルドの受付は頷きながら、近くにあったペンを手に取った。
●リプレイ本文
一行がパリを出立して以降、旅は実に順調であった。このままならば二日目であるこの日の昼過ぎには村に到着するであろう。
「そろそろ休憩を取るべきか‥‥」
ぽつりと呟いたのはガスコンティ・ゲオルギウス(ea4819)。彼自身はさほどの疲れも感じていないが、今回の同行者は若い女性が多かった。
村に辿り着くのが依頼の目的ではない。そこから先が仕事である以上、疲れを残さぬよう休息を取るに越したことは無いだろう。
「皆、そろそろ」
「メシやろ? ほなおいら、テケトーな場所探してくるわ」
続く言葉を読んだかのように中丹(eb5231)が駆け出して行く。そのスピードは見た目よりも速い。
「どうかしました?」
ルネ・スカーレット(eb3855)が、横を歩いていたカレン・ベルハート(ea4339)の顔を覗き込んだ。カレンの表情は青褪めている。
「‥‥保存食、忘れちゃいました」
このままじゃ私欠食冒険者になっちゃうわ、と頭を抱えるカレンの肩に、ルネが優しく手を置いた。
「そういうこともあるかしらって、私、多めに持ってきたんです。だから心配しなくて大丈夫ですよ」
「有難う! ちゃんと御礼はさせてもらいますから!」
涙目のカレンがルネにぎゅっと抱きついた。
休憩場所を探していた中丹の耳に、馬が駆ける音が響いてきた。
「ふふふ。カブリン‥‥新種のゴブリンのようね。世界で最も高貴な、この私に相応しい相手と言えるでしょう」
馬の主はジャネット・モーガン(eb7804)。彼女は手にしていた干し肉をかじりながら不敵な笑みを浮かべ、
「さあ行きますわよ我が愛馬コルベット! 私が突き進む栄光のロード、その第二歩へ!」
そう高らかに宣言し、馬のいななきと共に颯爽と道を進んで行ってしまった。
「高貴な人間ちゅうもんは馬に乗りながらメシ食わんと思うんやけどなぁ」
その呟きは、ジャネットの耳には届かない。
「あの女子を先に行かせるのは拙いと思ったのだが‥‥やはりか」
目的の村に到着した途端、ガスコンティががくりと項垂れた。というのも愛馬に乗ったジャネットの周りにたくさんの村人たちが跪いている姿が目に入ったからである。
「ま、まあ。彼女は真面目な方ですから、きっと村の方々から情報を集めてくださっていたのだと思いますよ」
「そ、それもそうか」
カレンのフォローを受けて、ようやくガスコンティが立ち直った。が。
「さあおぬしら、高貴なるこの私の為に働くのです! まずは小屋の修理から!」
「はい女王様!」
ジャネットに指を差された男たちが一斉に小屋とやらに駆け出して行く。それを呆然と見ていた仲間達に気付いた彼女は、
「使われていない壊れた小屋があるそうです。そこを借りて計画を実行することにしました」
真面目な顔でこう言った。
「カブリンは事前に聞いていた通りの三匹グループふた組。出没場所は村人たちが怖がって家に篭っていたので確認できなかったとのこと。カブリンの好物は肉料理だそうです」
更に続いた情報収集結果に一同は舌を巻いた。カレンの言った通り、彼女は情報収集も完璧にこなしていたのだから。
「そうか。では我々は各家を回ってこよう」
ガスコンティの言葉に中丹とカレンが頷き、立ち去る一方で、
「私はお肉をいただいてきますね」
ルネはにこりと微笑み、その場を後にした。
小屋に到着した途端、またしてもガスコンティはがくりと項垂れた。というのも、
「さあおぬしら、この高貴な私の役に立てるなんて光栄に思いなさい! 次はそっちの穴を塞ぐのよ!」
「はい女王様!」
ジャネットが椅子に踏ん反り返って村の男衆を顎で使っている姿を見てしまったからだ。
「ま、まあ。この小屋じゃあ、修理しないとカブリン達に無視されるかもしれませんし」
「そ、それもそうか」
またしてもカレンのフォローを受けたガスコンティは、せっせと働く男たちの元へと歩み寄り、彼らへと頭を垂れた。
「確実を帰す為とはいえ、依頼されておきながら雑事にまきこみ申し訳ない。だがこれも一時のこと、そして村にまかり間違っても被害の出ないようにするためとご配慮いただきたい」
真摯な口調でガスコンティが言うと、
「わかってますって! 俺らの手でこのボロ小屋を豪邸にしてやりますよ!」
ひとりの男が熱のこもった口調で握手してきたので、ガスコンティとしては苦笑するほかない。
「では私も共に作業をしよう。高い場所は私でなければできぬだろうしな」
「お肉手に入りましたよ。美味しそうな鳥の丸焼きです」
大皿を手にしたルネが改修された小屋に入ってくると、中にいた仲間達から歓声があがった。
「お〜! こりゃ美味そうやなあ」
ルネの後からやってきた中丹が皿を覗き込み、かぱっと笑った。
「あら。中丹さん遅かったですね。もしかして、何か揉め事でも‥‥?」
カレンの問いに、中丹はどっぷり疲れた表情で首を横に振る。
「や、ことごとくモンスターやら仮装やらに間違えられてしもてなぁ。おいらはごく普通の河童やっちゅーねん。なあ?」
中丹がルネに同意を求めると、彼女は小首を傾げながら言った。
「まあ、河童はこの辺りでは珍しい存在ですから仕方無いでしょうね‥‥特に仮装した河童となると」
「‥‥は? や、だから仮装ちゃうゆーてんねん! ええかあ? おいらはこういう種族やて! パリの港やエチゴヤなんかでも時たま見かける東洋のもんやて! マーメイドっておるやろ? アレの遠い遠い親戚みたいなもんや」
「マーメイドって、そんなに太った種族ではなかったと思うんですけど‥‥」
「そりゃ個体差‥‥って何でここでまでさっきと同じ問答繰り返さなあかんねん!」
ルネのさり気ないボケに頭を抱える中丹。どうやら彼が訪れた民家では、ことごとくこのような漫才じみたやりとりが起こったようである。
「首尾はどうだ?」
壁に凭れていたガスコンティが中丹に問うと、ピースサインが返ってきた。
「バッチグーや。ちゃーんと了解してくれはったで」
「そうか。我々の方も問題無しだ。後はゴブリンを待つだけか‥‥」
そう言いながら床に座り込んだガスコンティに、カレンが心配そうに問いかける。
「お疲れですか?」
「いや。ゴブリンが来るまで無駄な体力を使いたくないだけだ」
(「まあ、『気』疲れならかなりしているのだがな‥‥」)
とはガスコンティの心の声である。
日がすっかり沈んだ夕刻時。ルネ、中丹、ジャネットの三人は小屋の背後で待機していた。
「まだ来ないみたいですね」
小声で呟くルネに、ジャネットが頷く。
「高貴な私をこれほどまでに待たせるとは‥‥新種とはいえ所詮はザコモンスター。無礼だわ」
「シッ! 来たで」
身を乗り出していた中丹がふたりへと振り返る。場に緊張が走った。
「来たようだな」
外組の気配が変化したのを察知したガスコンティが表情を引き締めた。
「それでは、お芝居を始めましょうか」
カレンがにこりと笑う。ふたりの役目は小屋の中で村人の振りをしてカブリンを引き寄せること。ガスコンティは頷くと、大きな声で台詞を発した。
「あー母さん。メシはまだかね」
完全に棒読みである。
「はいはい、全くあなたはいつも待てない人なんだから。今丁度できたところですよ」
こう言ったのはカレンだ。笑いを必死に堪えているにしてはその台詞は淀みない。
「今日のおかずは何だい」
「あなたの大好きな鶏の丸焼きですよ」
「そうか、鶏の丸焼きか!」
相変わらずの棒読みでガスコンティがそう言ったとき。
――ドアが三回、強く叩かれた。
「おや。こんな遅くに誰だろう」
「私が出ます。あなたは先に食べていてくださいな」
カレンは何気なく歩いて行くと、扉を開けた。その途端彼女は甲高い悲鳴をあげながら家の奥へと後退した。ドアの向こうにいたのは、カブの冠を被ったゴブリン達――紛れも無いカブリンの集団『カブリンズ』だったのである。
しかしカレンは動じない。彼女が後退したのは恐怖を覚えたからではなく、カブリンズとの間合いを取る為だったのだから。彼女は直ぐに片手で印を結ぶと呪文の詠唱に入り、風の力を解放した。
「ストーム!」
堰を切ったかのように吹き荒れる暴風に、カブリンズは吹き飛ばされ、転倒した。しかし踏みとどまった一匹が醜い牙を剥き出してカレンへと向かってくる。
「無駄だ」
すっと現れたのはガスコンティ。強靭な肉体から振り下ろされるロングソードがカブリンを打ち据える。一気に出口まで押し戻されるカブリン。なおも食い下がろうと足を前に出したカブリンを第二撃が襲う。敗北を悟ったカブリンはよろめきながらドアの外へと出て行った。
カレンの悲鳴を合図に待機組も動き出した。俊敏な中丹が真っ先に表へと踊り出ると、転倒したカブリン二匹が立ち上がったところであった。
中丹はつむじ風の如くカブリンの背後に回ると、太い腕でもってその首を固めた。もがき苦しむ間も無く相手が落ちたのを確認すると、中丹は次の標的の背後へと詰め寄り、先と同じ要領で首を決め落とす。
そこへ一匹のカブリンが小屋から逃げ出てきたが、その動きが止まった。いや、止められたのだ。
中丹が振り向いた先には手のひらを振りながら微笑むルネの姿が。
「いっただき〜、やな」
造作無くカブリンの背後に回った中丹がその首を固める。ずるりと崩れ落ちるカブリン。
身を屈めながら小屋から出てきたガスコンティが、倒れているカブリン達の胸に剣を突き立てていった。
遅れて出てきたジャネットは、カブリンが全て倒されているのを見て愕然とした。
「どういうこと!? この高貴なる私の出番が無いなんて!」
憤然とした口調で捲し立てる彼女の口をカレンが塞いだ。
「もうひと組が近付いてきます」
彼女の瞳は遠くの闇へと向けられている。
「まずいな。血の匂いを嗅ぎつけられては同じ作戦は使えん」
「大丈夫ですよ」
カレンがいたずらな笑みを浮かべる。その手には小さな籠があった。
「かっぱっぱ〜るんぱっぱ〜」
千鳥足で夜道を歩く中丹の前に三匹のカブリンが立ち塞がった。しかしカブリンズは襲い掛かるでもなく中丹をじろじろ見ているだけだ。
「ゴブ?」
一匹が中丹に何やら問いかける。勿論何を言っているのかは解らないのだが、
「かぱかぱ」
中丹はこれまた意味不明な返事を返し、カブリンの前に籠を差し出した。
「ゴブ? ゴブゴブゴブ?」
「かぱかぱかぱ」
カブリンの問いに頷く中丹。するとカブリンは「ゴブー!」と叫んで籠を受け取った。他の二匹も大喜びの様子である。カブリンズは一斉に籠の中に手を突っ込むと、中に入っていたクッキーを貪り始めた。
しかし。
「ゴブー!?」
少し食べたところで彼らはクッキーを噴き出しその場に倒れ込んでしまった。まるで毒でも口にしたかのようにもがき苦しむカブリンズ。それもその筈、彼らが食べたクッキーはカレン特製の激辛クッキーだったのである。
中丹は振り返ると、仲間たちに向けてピースサインを出した。
「かぱかぱー!」
「もうかぱかぱはいいですよ」
苦笑しながらカレンが歩いて行く。激辛クッキーのあまりの効き目に作り手ながら微妙な心境らしい。
「ふふ‥‥ふふふ‥‥真打ちは遅れてやってくるのが定説なのよ」
そこにやってきたのはジャネットだ。両手には愛用のラージハンマーを握りしめている。
「ふふふ‥‥そんな罠に易々と引っかかるようではこの高貴な私の究極ハンマー攻撃の敵ではないわ!」
そう言うなり、ジャネットはハンマーを大きく振りかぶってカブリン目掛けて叩き込んだ。
「ジ・アースで最も高貴な私の前に立てるだけでも光栄に思いなさい!」
次々とハンマーを打ち下ろしていくジャネット。そのあまりに嬉々とした姿を見てしまっては、誰も「カブリンはもう立っていません」と突っ込むことなどできない。
「我々の出番は無さそうだな」
「そうみたいですね」
その背後では、ガスコンティとルネが複雑な笑みを浮かべていた。
やがて打撃音と入れ代わりに村中に響き渡ったのは、「オーッホッホッホッ!」というひときわ高らかな笑い声。
それが村人達へ勝利の凱歌の代わりになったかどうかは定かではないが、村を支配していた脅威が去ったということは紛れも無い事実である。
民家から灯りが点り始める。
間もなく冒険者たちは、村人たちの歓喜と感謝の笑顔、そしてとっておきのご馳走に囲まれることであろう。