盗まれた十字架

■ショートシナリオ&プロモート


担当:桐橋奈緒

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月11日〜11月16日

リプレイ公開日:2006年11月20日

●オープニング

「疲れた・・・・」
 ため息とともにどさりとベッドに倒れ込んだのは、ひとりの神父であった。
 ややあって盛大に響き出したいびきの音が、彼の疲労度がいかほどまでのものなのかを示している。
 その音は彼が眠る部屋だけではなく、扉一枚挟んだ小さな聖堂までもを支配するかのように響き渡っていた。

 ここはパリから徒歩一日ほどの距離にある農村。
 小さいながらも立派な教会が建てられており、そこでは中年の神父がひとり、ときには神の教えを説き、ときには子供たちに勉学を教えている。
 ここ最近の神父の仕事は収穫祭の手伝いであった。事前準備からこの日行われた豊穣を祈る儀式までの毎日を、苦労を厭わない性格の彼は、自らの睡眠時間を削りながらもひたすらに支え続けた。
 そして全ての工程が終わった今、ようやく彼は思う存分ベッドに横たわることができるようになったというわけである。
 ――そんな彼に『気付け』、と言うのはあまりにも酷な話であろう。

 翌朝。思う存分眠ることのできた神父は、普段と同じ時刻に目覚めた。
 まだ眠気は残っていたが、彼はいつものようにサッと起床し手早く身支度を整えた。それから聖堂を歩き、扉を大きく開ける。眩い朝日に目をすがめながら、もう大分冷たくなった外の空気を大きく吸い込むと、残っていた眠気も多少は引いたらしい。神父は扉を開け放つと、外へと数歩足を踏み出しくるりと振り返った。そうして教会の屋根を見上げ、シンボルの十字架を眺めるのが彼の日課なのである。
 しかし、顔をあげた彼の表情が一変した。
「な、い・・・・!?」
 口をあんぐりと開けたまま神父が固まる。
 そう、無かったのだ――十字架が。

「それで、十字架を取り戻して欲しいというわけですか」
 ギルドの係員が問うと、神父は「そうです」と頷いた。
「詳しいことを話していただけますか?」
「はい。その十字架は、前日までは確かにあったのです。私がこの目で見ましたから。ですから、盗まれたのは前日かその夜中です」
「『盗まれた』と仰いましたが、根拠はあるんですか?」
「あります。まずは村中どこを探しても見つからなかったということ。それから夜中に寝付けず外を歩いていた男性がいるのですが、その男性が羽の生えた生き物らしき影をふたつ見たと証言したこと。最後に、盗まれた日に村の近くで遊んでいた子供たちが、やはり男性が見たものと同じ、羽の生えた生き物を見たと――羽は蝙蝠のそれに似ていて、体格は自分たちと同じかそれより小さいくらいだったと子供たちは言っていました」
「すると、鳥や蝙蝠ではなく」
「はい。恐らく悪魔でしょう。悪魔ならば、彼らにとって目障りな十字架を盗むくらいのことは平気でやってのけますから」
「成る程。悪魔たちの住処に心当たりは?」
「子供たちの姿を見た途端、西に逃げて行ったそうです。そちらには村人たちが近づかないようにしている古い洞窟がありますから、悪魔はそこを拠点としているのだろうと思います」
 係員は相槌を打ちながら羊皮紙にメモを取っていたが、やがて手を止め、顔を神父の方へと戻した。
「わかりました。それでは冒険者を募って探索させましょう」
「・・・・お願いします」
 深々と頭を下げた神父の口から響いた声は、悲痛な響きを帯びていた。

●今回の参加者

 ea4819 ガスコンティ・ゲオルギウス(54歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb1375 楼蘭 幻斗(27歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3562 ウィスタリア・パウダースノウ(29歳・♀・ジプシー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb7368 ユーフィールド・ナルファーン(35歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb7983 エメラルド・シルフィユ(27歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb8754 レミア・リフィーナ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

エルリック・キスリング(ea2037)/ 李 美鳳(ea8935

●リプレイ本文

 目的の村へと到着してすぐ教会へと向かったポーラ・モンテクッコリ(eb6508)とユーフィールド・ナルファーン(eb7368)、エメラルド・シルフィユ(eb7983)の三人を、神父が出迎える。彼は恭しく頭を垂れると冒険者たちへと感謝の言葉を述べ、僅かに微笑んだ。
「はじめまして、神父様。心配なさらずに、十字架は必ず取り戻します」
「教会の十字架を盗むなど許されざる行為。我々の手で何としても取り戻そう」
 神聖騎士のふたりが決意に満ちた眼差しで神父を見つめると、
「宜しくお願い致します。この教会は、十字架は、私にとって何者にも代えられない宝物なのです」
 神父は目を伏せ、この小さな村に教会ができた経緯を話し出した。

 神父がこの村に始めて来たとき、教会などというものは存在しなかった。神父は道端に集まった村人たちに教えを説くと、馬小屋の藁に包まれ眠った。
 それを繰り返していくうちに、やがて信心深い村人たちが立ち上がり、小さな教会を建てた。屋根の上には村人たちが必死に稼いで手に入れた金属製の十字架が据えられていた。
 神父は村人たちの献身に心を打たれ、教えを説くだけでなく子供たちの教育や体の弱った村人の介護、時には力仕事など、できる限りの恩返しをし続けた。
 神父は村人を愛しており、村人は神父を愛している。その象徴が、教会であり、十字架であったのだと。

 ウィスタリア・パウダースノウ(eb3562)とレミア・リフィーナ(eb8754)は村の長老に会い、洞窟に関する話を聞いていた。
「あの洞窟はのう‥‥危険な場所なんじゃよ」
「洞窟なんてどこも危険――ちょ、何するのよ!」
 椅子にふんぞり帰ってレミアが何やら言おうとしたのをウィスタリアが遮る。
 彼女が「まずは黙ってお話を伺いましょう」と耳打ちすると、レミアは大きくため息をつきながらもそれに従った。
「昔、ひとりの少年が行方をくらませてしもうた。少年の父親と祖父があの洞窟の中を探しておると、父親が足を滑らせてその場から消えた。父親の悲鳴が聞こえたかと思うとぐしゃりと骨の砕ける音がした。祖父が足元に灯りを落とすと、すぐ前に大きな地割れができておった。屈んで地割れに灯りを落とすと、はるか下に少年と父親の姿があった。少年の頭には血がべっとりとついており、父親のほうは首が折れ曲がっておった。祖父がいくら声をかけても、少年と父親はぴくりとも動かんかった‥‥祖父はそれ以来、あの洞窟にはけして近付くなと村の皆にきつく言いつけたのじゃ。村人たちはそれを忠実に守って暮らしておる」
 ひとつ息をつくと、長老は視線を遠くへと向けた。その表情がくしゃりと歪む。
「それなのにどうしてあの洞窟を騒がすような真似をする‥‥!? 悪魔よ、お前たちは人の想いを嘲笑うのがそれ程までに愉しいのか‥‥!?」
 長老の瞳から、ひと筋の涙が零れ落ちた。

「何とまた、痛ましい姿なのでしょう‥‥」
 そう呟いたポーラの手視線の先には、教会の屋根のてっぺんがあった。つい先日まであの場所にあったあるべきものの姿は、今は無い。
 そこへ楼蘭幻斗(eb1375)が息を切らして走ってきた。彼の後ろから歩いてくるのはガスコンティ・ゲオルギウス(ea4819)だ。
「私たちのペット、村の方たちが手分けして預かってくださるそうです」
「流石に全てのペットを飼育できる程の小屋は無いそうなのでな。それにその方が動物たちにとっても良かろう」
 ふたりの言葉に、ポーラの表情が和らぐ。
「それは良かったですわ。皆が集まりましたら、ペット達を預かって戴きに参りましょう」

 洞窟までの道のりを歩きながら、一行は村で得た情報や話などをそれぞれに伝えていた。
「悪魔を見た子供たちに話をじっくり訊いてから神父様にお尋ねしたところ、その悪魔はグレムリンの可能性が高いと仰っていましたね」
 ユーフィールドの発言に、一同が首を傾げる。耳にしたことはあるような気はするが、どんな能力を持つ悪魔なのかを知っている者はその場にいなかった。
「神父様のお話によると、姿を消す魔力を持っているのだとか」
「それは厄介ですね」
 ううむと唸る幻斗の肩を、ポーラがぽむ、と叩く。
「大丈夫ですわ。姿は見えなくとも魔法を使えばある程度の居場所は掴めますから。奇襲をかけられないよう、随時魔法で探知しながら進みましょう」
 ポーラがきっと前を見据える。洞窟が迫ってきていた。
「そういえばわたくしの毛布! 誰か持って来てくださってるんでしょうね!?」
 突然声を荒げたのはレミアだった。パリを出立する折本人の了解を得る前にエメラルドの馬に毛布を乗せたきり、ころっと忘れていたのである。
「大丈夫だ。私が持っている」
 エメラルドが苦笑しながら自らのバックパックを指差したのを見て、レミアが安堵のため息をつく。
 そうしているうちに一行は、洞窟の入口へと到着していた。
「万全を期そう、我々だけでなく教会の為にも、村の為にもな」
 噛み締めるようにガスコンティが言う。元々そのつもりだったが、ポーラ達に神父が語った話を聞かされてからは、その思いが一層強くなっていた。
 一同は大きく頷くと、悪魔の巣食う洞窟へと足を踏み入れた。

「‥‥じめじめしていますわね。全く、どうしてわたくしがこんなことを‥‥」
 レミアが眉を顰める。その手には羊皮紙とペンが握られていた。洞窟の湿気の所為で羊皮紙が柔らかくなってしまっているのがますます彼女の不機嫌を煽る。
「こんな不快な場所を住処にして、しかもわざわざ十字架なんかを持ち込むなんて‥‥悪魔の考えることは解りませんわ。尤も、理解なんてしたくもありませんけれど」
 ぶつぶつとぼやきながらもすらすらと羊皮紙に洞窟の地図をしたためていくレミアを見て、隣を歩いているユーフィールドが苦笑する。ユーフィールドは、レミアの手元を上手く照らすようにと手にしていたランタンの位置を動かした。
 前方ではウィスタリアが細心の注意を払って先行していた。曲がり角の前では仲間を止め、音を立てずに先の様子を覗き見る。ポーラがそっとデティクトアンデットを唱え、首を横に振ったのを合図に、一行は再び歩き出す。

 やがて道は2本に分かれた。何も知っていなければどちらへ進むか迷うところであるが、一行は迷わず左へと進んだ。長老が「最初の分かれ道で右に進んではならぬぞ。あの親子のようになりたくなければの‥‥」と去り際に呟いたからだ。
 その後一行は休憩を挟みつつ洞窟内を探索し続けたが、構造こそ単純なものの道は思いの他長かった。それに、進むにつれて道幅も狭くなっていく。隊列が長くなったので、ガスコンティが松明に火を点け前方を照らす。

 先頭を歩いていたウィスタリアが地面に目を向け顔を顰めた。そこに転がっていたのは油の空き瓶。全員が無言だったが、共通して脳裏を過ぎったのは蝙蝠の翼を持つ小悪魔の姿である。
 そこで一同ははっと息を呑むと、誰からともなくバックパックを降ろし始めた。もしかすると、悪魔の居場所が近いのかもしれない。
 幻斗が前方へと目を凝らし、道が右方向へと折れ曲がっているのを確認する。ウィスタリアはインビジブルを唱え自らを透明化させると、忍び足で前方へと進み、右側へと続く道を覗き見た。それからレミアの持っているペンを取り、羊皮紙の隅に『行き止まり』と書き込む。
 最初の分かれ道以外回れる道は全て回った一同は、その道に姿を消した悪魔――グレムリンがいるということを確信していた。
 デディクトアンデットを唱えたポーラの表情が引き締まる。彼女は人差し指を、続く道をなぞるように動かすと、曲がったところで人差し指をトントン、と叩くような仕草をしてからピースサインを出した。そのピースサインは皮肉なことにそこに悪魔がいるということを表している。
 しかし敵の姿は見えない。どうやって攻撃を仕掛けるべきか? 各人が模索しながら曲がり角へと歩き出す。

 ふいに後衛のレミアがすっと前に出た。レミアは小走りで曲がり角へと差し掛かると、呪文を詠唱した。
「ライトニングサンダーボルト!」
 刹那、レミアの手のひらから稲妻が放たれた。稲妻は重力を無視して行き止まりの壁目掛けて飛んで行く。その直線上には何の姿も無い、筈だった。
 しかし、
「ギャアアアアア!」「グギャアアア!」
 二匹分の悲鳴と同時に、悪魔はその姿を現したのだ。
「ふん。いくら悪魔でもわたくしの魔法の痛みに耐えられるわけありませんわ。さあ、もう1本いきますわよ!」
 身軽なレミアが続けざまに稲妻を打つ。一直線上に進む電光は、確実に悪魔たちを捉え、壁に当たって消失した。

 電撃を二度も食らい怒り心頭のグレムリン達が低空飛行で一気にレミアへと近づく。しかしその前にエメラルドとガスコンティが立ち塞がる。
 エメラルドがクルスソードでグレムリンへと斬りかかり、ガスコンティは手にしていた杖に渾身の力を込めてもう一匹へと振り下ろす。しかし、攻撃を仕掛けたエメラルドの表情が一変した。
 確かに剣は、当たった。しかしまるで手応えが無い。月光の杖を手にしたガスコンティは、そんな彼女を怪訝そうに振り返る。
 グレムリン達はニヤリと笑うと、その隙に鋭い爪による反撃を開始した。その素早い動きに翻弄されたふたりの防具が血に染まる。エメラルドが第二撃を試みるも、やはり先と同じ。グレムリンはいびつな笑いを浮かべるだけだ。
「くっ‥‥攻撃が通用せぬとは」
 エメラルドが後ろへ下が、ガスコンティが庇う位置に立つ。ポーラが彼女へと治癒魔法をかけているうちに、幻斗と、未だ透明のままのウィスタリアが前へと進み出た。
「片方に、攻撃が効かんぞ!?」
 エメラルドに続いて後退したガスコンティが叫ぶ。しかしレミアが次の魔法を放つまでにはまだ時間が必要だ。少しでも時間を稼ぐほかない。幻斗は素早く後方のグレムリンへと駆け寄ると、手にしていた忍者刀で肩口を斬りつけた。それでもそこに傷跡ができることは無い。
 難しい表情を浮かべながらも、ウィスタリアは近場にいたグレムリンを巻き取るようにローズホイップをしならせた。たとえ傷を負わせられなくとも、動きを制限させることができれば何とかなるかもしれない。そう思った矢先。
「グギャ!」
 棘の付いた鞭に巻かれたグレムリンが悲鳴をあげた。その毛むくじゃらの体のところどころに血が滲んでいる。エメラルドに向かっていたグリムリンだ。
「効きました!」
 ウィスタリアが仲間たちへと声をかける。するとそれまで照明役に徹していたユーフィールドが「成る程!」と声をあげた。彼はランタンをエメラルドへと託すと、懐から霊剣を抜きながら戦場へと突入した。
「ならば、これも効くはずです!」
 冷気を帯びた霊剣が、幻斗に襲い掛かろうとしていたグレムリンを袈裟懸けに斬り裂いた、途端。
「グギャアアアアアアアアアア!」
 悲鳴とともに、悪魔の背中に大きく開いた傷口から血液が噴き出した。
「一体、どういうことなんです?」
 地面に転がり痛みを訴える悪魔を余所に、幻斗がユーフィールドに問いかける。するとユーフィールドは手にしていた剣を幻斗へと見せた。
「この剣には魔力が込められているんです。きっとウィスタリアさんのホイップもそうでしょう」
「すると、魔力を帯びた武器でないと、悪魔には効かないと?」
「恐らく。もしかすると、銀製の武器でも効果があるかもしれませんが、確認してみないことには」
「ちょっとあなたたち! どかないと当たりますわよ!」
 武器談義を始めた二人へとレミアの大声が飛んだので、ふたりはさっと壁に張り付いた。その近くでは、透明化が解けていないウィスタリアが声をあげ、自分の居場所を示している。
「さあ悪魔ども! ライトニングサンダーボルト、食らいなさい!」
 レミアの手のひらから放出された電撃が容赦無く悪魔たちを襲う。
「これでトドメよ!」
 更に第二撃。もしかすると最初の電撃がとどめになっていたのかもしれないが、そのことを知る術は無い。
「まあ、わたくしにかかればこの程度の依頼はざっとこんなものですわ!」
 得意気に髪をかきあげるレミア。しかし、ランタンを片手に彼女の横にやってきたエメラルドがぼそりと言った。
「‥‥本依頼の最優先事項は、十字架の奪還ではなかったか?」
「はっ!」
 レミアがバツの悪そうな顔をした。

 幸いにも十字架は直ぐに見つかった。グレムリンが居た道の行き止まり部分に捨て置かれていたのである。荷物に余裕のあるガスコンティが十字架を抱えると、一同は来た道を引き返した。行きは長く感じられた道も、帰りとなると嘘のように早い。冒険者たちの足取りは軽かった。
 前方から光が差し込んで来る。あの場所を過ぎればもう、外だ。

 たくさんの村人たちが見守る中、長身のガスコンティと身軽な幻斗が力を合わせ、十字架を教会の屋根の上へと戻していく。その様子を見届けているエメラルドとユーフィールドの神聖騎士コンビは感無量といった表情だ。
 レミアによって作成された洞窟内の地図は、相談により長老に渡すことになった。レミアとウィスタリアが長老宅を訪れると、長老はふたりの手を順に握り、ひたすらに頭を下げ続けた。
「本当に、本当に、ありがとう‥‥これで息子と‥‥孫も‥‥また静かに眠ることができるじゃろうて‥‥」
 彼の瞳からとめどなく溢れる涙の意味は、最初に訪れたときに見せたそれとは違う。
「そろそろ十字架が設置される頃です。長老様も見に行かれませんか?」
 ウィスタリアが促すと、長老は涙を拭いながら頷いた。

「神父様。表においでになってくださいまし」
 ポーラが教会の中へと声をかけると、ゆっくりとした足取りで神父が歩いてきた。彼が外へと足を踏み出した途端、村人たちから大きな歓声があがる。
 神父が数歩踏み出し、くるりと振り返る。見上げた先には、あの十字架が。
「セーラ様‥‥!」
 神父が祈りを捧げる横で、同じように母への感謝の祈りを捧げていたポーラが感嘆の声を漏らす。
「それにしても、あるべき物があるべき位置にあるのは何と美しい事でしょう‥‥」
「‥‥ええ、本当に」
 涙声の神父の元に村人たちが駆け寄って行くのを、万感の想いで見つめる冒険者たち。
 夕やけ色に染まる十字架を見上げたウィステリアが、小さな声で「任務完了」と呟いた。