猫だけが知っている。
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:桐橋奈緒
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 3 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月25日〜11月30日
リプレイ公開日:2006年12月08日
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●オープニング
パリ市街の貧民街と呼ばれる地域において、子供たちの泣き声が聞こえなかった日は無い。
そこで暮らす子供たちの大半は親を持たない。生きる為には自らの手で糧を得るしかなかった。
とある少年は手先の器用さを活かして泥棒をしていた。
しかしある日、彼はうっかり同業の大人に手をつけてしまい、掴まった。
少年はその大人の仲間たちに細い通りの奥へと連れて行かれ、気が遠くなるような長い時間、ぶたれ蹴られ踏みにじられ髪を引っ張られ指の骨をへし折られて過ごした。
死んでいても何らおかしくなかった。しかし少年は、やがて立ち上がるのだ。
生きる為には、生き抜く為には、自らの手で糧を勝ち取るしかないのだから。
とある少女は貧民街を離れた場所で花を売っていた。
通りかかる人々に「お花はいりませんか」と声をかけても誰も見向きもしない。
近くの料理店から漂う食べ物の匂いに腹が鳴る。しかし彼女は花しか持っていない。この花を全て売るまでは食事はやらないと、辛うじて住み込むことを許された家の女にきつく言われているからだ。
「お花はいりませんか」
少女はひたすらに花の買い手を求め続ける。
「お花はいりませんか」
空腹音が絶えず鳴り響く。この音を止ませるには花を売るしかない。
「お花はいりませんか」
少女の視界に映ったのは、父親と母親の間で手を握り往来を歩く少女の姿。少女は着ているものもきれいで、顔だってすすけていない。そして幸せそうな笑顔を両親へと向けていた。
「お花はいりませんか」
少女はひたすらに声を出し続ける。もう先の親子は彼女の視線上にはいない。
生きる為には、生き抜く為には、自らの手で糧を勝ち取るしかないのだから。
貧民街を抜けてはるか遠くに、小さいながらも小奇麗な家が立っている。大きな木が立っている庭には子供の遊び道具が散乱しており、猫がひなたで眠っている姿は、その家の平和さを物語っているように感じられる。
もしもあの少年が、あの少女が、その家に住むことを許されたなら。
きっと彼らは泣いて喜ぶだろう。少年には家など無かったし、少女は住み込みといっても与えられた場所は馬小屋の片隅だったからだ。
そして彼らは思うだろう。家というものはかくも安らげる場所なのかと。家族というものはかくも暖かく力強い存在なのかと。何故なら家があれば、家族がいれば、やりたくもないスリをする必要も無いし、花が売れなかったとぶたれる必要も無いのだから。
しかしそれらは全て幻想かもしれない。小さいながらも小奇麗な家の住人が本当に幸せな暮らしをしているかどうかなど、誰にも解りはしないのだから。
その小さな家には、貧民街の少年少女よりももっと辛い思いをしている存在がいるのかもしれないのだから――
冒険者ギルドをひとりの男が訪れていた。年齢は三十前後であろうか。痩せ型で、頬が少しこけている。動きはおどおどしており、瞳には力が無かった。
職員が「依頼のご相談ですか?」と尋ねると、男は頷き、係員の前へとやってきた。
そしてカウンターを挟んだ場所にある椅子に腰掛けた。
「‥‥うちに‥‥毎晩、やってくる、化け猫を‥‥退治して、欲しいんです‥‥その、化け猫‥‥俺の、顔を見るなり‥‥引っかいたり‥‥噛み付いたり‥‥俺は、怖いんです」
「‥‥化け猫? 普通の猫ではなくてですか?」
男の第一声があまりにか細くたどたどしかったのと、化け猫という信じ難い言葉が出てきたのとがあり、係員は少し目を丸くしながら男に問い掛けた。
すると男は急に立ち上がり、カウンターに自らの手を叩き付けた。
「だから化け猫だって言っただろう!? 二本足で立つ猫なんている訳無えだろうが! しかも執拗に俺ばかり狙いやがって! 他の奴なんざ見向きもしねえ! 俺だけが、俺だけがいつも襲われて! 一体俺が何をしたって言うんだ!? おい!」
その豹変振りに、係員の瞳が一層大きく見開かれる。
「は、はい。すみません。ええと、あなたのお宅に毎晩化け猫がやってくると。その化け猫は何故かあなただけを狙っていると。それを退治して欲しいわけですね?」
臆した様子で係員が問うと、男はまた椅子に腰掛け、小さく頷いた。
係員が慎重に何点かの必要事項を確認した後、その男はギルドを去って行った。思わず大きく息をつく係員に、もうひとりの係員が言う。
「いやあ。さっきの男、凄かったですね。気弱そうなナリしていきなり『バン!』でしょ?」
彼が先の男の真似をすると、応対した係員は苦笑しながら頷いた。
「全くだ。あんな依頼人を担当したのは初めてだよ。お陰でどっぷり疲れちまった‥‥」
彼はカウンターに突っ伏しながら、先程の依頼人の姿を思い返していた。
あの男が立ち上がってカウンターを叩いたとき。その瞳はギラギラと輝いており、それまでなりを顰めていた生気が噴出したかのようだった。
いや、生気というより狂気の方が相応しいかもしれない。彼は狂気に支配されているのかもしれない。化け猫というのも彼にしか見えないただの幻影でしか無いのかもしれない。
しかし依頼は依頼だ。金もそれなりに出すと言っている。その係員はのろりと上体を起こすと、依頼書を作成し、壁に貼り付けた。
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依頼人:ブレーズ・デルサルト(28歳)
場所:パリ○○地区××通、大木が目印の小さな家
内容:化け猫退治
報酬:多め
備考:詳細は担当のアントナンにお尋ねください。
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●リプレイ本文
今回の依頼には、三人の冒険者が向かうことになった。
そのうちのジャイアントのガスコンティ・ゲオルギウス(ea4819)と河童の中丹(eb5231)が待ち合わせ場所から依頼人宅の方向に足を向けた。
「化け猫退治やで。虎人なんかが流れてきたんやろか」
「化け猫とは言うがなぁ」
中が華国に伝わる虎人の話を出すが、実はそもそも二人とも『化け猫』には懐疑的だ。依頼人が思っているような問題とは違う気がするのだが‥‥
「世界で最も高貴な私にとって、迷える民草を救う事も義務の一つ。さあ行きますわよ、我が愛馬コルベット! 私が歩む栄光のロード、その第三歩へ!」
目前をジャネット・モーガン(eb7804)が愛馬に乗って走り去ったので、会話どころではなくなってしまった。ジャネットは三人目の仲間だが、それより。
「こら、ここは往来だぞ」
ガスコンティの言う通り、ここは天下の往来なのだ。騎乗して突っ走っていいところではない。
でも簡単に馬に追いつけるはずもなく、かろうじて途中に負傷者を出さずに済んだはずのジャネットは、息を切らした二人を見遣ってこう口にした。
「依頼を受けて遅れるとは感心しませんわ。でも私がその間に情報収集をして差し上げましたわよ。感謝なさい!」
「それ以前に乗馬に関する心得をだな」
「あー、なんもせんうちから疲れてもうた」
ジャネットと同じナイトのガスコンティは苦言を呈そうとし、中は身長の割にたっぷりしたおなかを揺らして息を整えている。けれどもそのどちらも気にした様子のないジャネットが、胸をそらして自慢げに語ったところでは。
依頼人は彫刻家で、庶民でも手に入るような飾り物から、時には教会や貴族の家の飾りや透かし窓なども手掛ける結構な腕の持ち主だった。職人に時々いる口下手な人物だが、家族思いで穏やかな性質の働き者だそうだ。
何か冒険者ギルドで聞いたのとは、人が違うのではないか。と、中とガスコンティが顔を見合わ‥‥片方はものすごく上を向き、もう片方はとても下を見ていると、ジャネットがちょっと背伸びをして、更に追加した。
「家族は妻、息子と娘の四人住まい。あと猫がいるそうですけれど、皆、最近は依頼人しか見掛けていないそうですわ。それも調子が悪そうだとか」
「皆て、誰や?」
「この近隣のご婦人方ですわ。私が話を聞いて歩いたら、皆、気持ちよく協力してくれましたとも」
やはり高貴な相手には人は素直になるもの。そう悦に入っているジャネットに、ガスコンティは『勘違いだ』などと指摘はしなかった。気分よく仕事をしているのなら、あえて邪魔をすることはない。中も『相変わらずおもろい人や』と思ったが、口にはしない。
それよりも大事なのは。
「家族がいないとは、そちらのほうが問題の気がするな」
まさしく、ガスコンティの言う通りだ。
少々賑やかに情報収集と、集めた情報の交換を済ませた三人は、依頼人宅の扉を叩いた。扉はすぐに開いたが、ぷんと匂ってきたのは。
「まあ、あまり良くないお酒ですわね」
ジャネットが容赦なく指摘した通りに、酒の匂い。昼日中から呑んでいたのではなさそうだが、中が家の中を覗き見るとかなり散らかっている。
「すみません、今片付けますから。ちょっとうちの奴が用事で出掛けていて」
三人とも家事が得意ということはないが、それでも見れば分かった。
家族、少なくとも妻がいればここまでのことにはならないはずだ。一日、二日でこんなにはならないだろう。そのくらいに荒れているし、よく見れば、窓も開いていない。幾ら季節が真冬に向かおうとしていても、空気を入れ替えないと匂いも籠もるだろう。
「中で話を聞きたいので、窓を開けてもよいか?」
依頼人の興奮すると逆上する性質、単に酒のせいかもしれないが、それを聞き及んでいたガスコンティが厳しいことは言わずに、依頼人の許可を得た。窓を押し開けた彼は、窓の透かし彫りに目を細める。聞いた通り、なかなかの腕前だ。
振り返ると、そこにはそんな腕前の職人とは思えない悄然とした男が一人、あたふたと室内を片付けているのだが。もちろんジャネットは手伝わないし、中は室内をうろうろしているがそれは室内の検分をしていたようだ。依頼人も間近で中を見て驚いたようで、少し距離を置いている。中は気付いてもいないが。
「なあ、この家、化け猫とは違う猫を飼っておるんやろ?」
もとより話にも聞いてはいたが、家の柱にも猫の爪跡を見付けて、中が依頼人に尋ねた。一応『化け猫』の正体が酔っ払って飼い猫に引っ掻かれたのではない確認を、と思ったのかもしれない。
ところが、それまで背中を丸めていた依頼人が。
「うちには猫なんかいない! 馬鹿を言うなっ!」
まるで別人のようだ。けれども良く見ると、視線がきょろきょろと落ち着かないし、声も上擦っている。何よりガスコンティの横で叫んでも、大人と子供の喧嘩のようであまり迫力を感じなかった。流石にジャネットに頭ごなしにものを言うようなことは、こんな時でも出来ないらしい。
「なんや、そんなにわめきなさんな。な、普通に言うてくれればええねん」
色々言いつつ、中が依頼人の首筋辺りに触れる。途端にくたくたと依頼人が崩れ落ちた。
「語るに落ちるとはこのことですわ。何をしでかしたのか、白状してもらいましょう」
ジャネットのそれは化け猫から依頼人を救おうとする冒険者の言葉には聞こえないが、幸いにして聞いているのは仲間だけ。手荒な真似はしないようにと言いつつ、ガスコンティも制止に熱心ではなかった。
おかげで依頼人は、中とジャネットに飼い猫の有無から白状させられ、言いよどむとスタンアタック喰らわせるぞと脅かされる羽目に陥った。そんなにはっきり言うわけではないが、言わなくても経験すれば分かる。自称高貴な女性と河童は手厳しかった。
こうして白状させたのは、飼い猫が一匹いること。けれどもその猫は白に黒のぶち猫で、依頼人を襲う化け猫はもっと大きい全体が黒っぽい毛並みの猫だということだ。その化け猫は、間違いなく二本足で立つのだと、依頼人はここを譲らない。
二本足で立つ大きな猫。そんなものがいるのかと三人が考えていると、扉のところから猫の鳴き声がする。頭を抱えてしまった依頼人はさておき、三人が化け猫にしては弱々しいと振り返って見れば、そこにいたのは確かに痩せて毛並みも悪い白に黒のぶち猫だった。
「ちょっと。この猫は化け猫ではありませんわよ」
「え‥‥あぁ、うちのファニィです」
飼い猫にしてはあまりに痩せているのだが、依頼人はそれを見るのが辛いのか、視線をさまよわせている。ファニィもあちこち見渡して、床に転がっていたチーズの欠片を食べ始めた。どう見ても、ここしばらくまともに世話をしていたとは思えない。
「ご家族も長く留守にしているようだが、どういう事情か聞いてもよいだろうか」
ガスコンティに穏やかに促されて、なお依頼人は迷っていたようだが、やがて話し始めた。
依頼人は若い頃から才能を認められていたわけではなかったという。なにしろ口下手で、仕事の注文主と相談をするのもうまく行かずに、妻には随分迷惑を掛けたと肩を落とす。
けれども結婚を機に、必死の思いでこなした仕事が認められ、大口の注文が時々入るようになった。近所の人々からも以前と変わらず注文を受けていたので暮らし向きも良くなったし、人柄を好意的に受け止められて、まさに順風満帆。やがて子供にも恵まれて、作業場を兼ねた家を持てるほどにまでなった。この家を手に入れたときに、子供たちの遊び相手にと飼い始めたのがファニィである。
ところが。
「三ヶ月か、四ヶ月か‥‥そのくらい前から、思うような品物が作れなくなって。仕事がうまく行かないと、女房の励ましも煩わしくなってきて」
酒を飲んでは、手こそ上げないが家族に当り散らし、時に仕事を始めてまた不満が募るの繰り返しに陥った。
「仕方がありませんわねぇ。そういう時は、お酒に逃げても解決しませんわ」
依頼がなければ教師をしているジャネットの言うことは、やはり厳しい。けれども言うことはあまりに当然のことで、中もガスコンティも頷いている。ここまで聞けば、家の中の荒廃ぶりも理由が分かろうというものだ。
「ご家族はいずこにおいでだ?」
「女房の実家で‥‥そんなに遠くはありません。たまに様子を見に来てくれはするんですが」
「優しいお人やないか。それなのに実家に帰られてしもうたから、ファニィにあたったんやな」
ひとしきり全部口にしてしまうと、激していた気分が抜け落ちたのか、依頼人は椅子に座ったまま項垂れている。ファニィはその落ち着いた様子を感じたのか、室内を歩き回って食べるものを探しているようだ。
「貴殿の事情は分かった。とりあえず今やるべきことは、ファニィにちゃんと餌をやって、綺麗にしてやることだ」
化け猫が出てくるようになったのは、ファニィの世話を怠って、餌もやらなくなってから。しかも毎晩だ。そう聞かなくても、痩せ衰えた飼い猫をそのままにしておくわけにはいかない。家にあった干し魚を与えつつ、依頼人を自分とファニィの分の食事を買いに行かせた。もちろん一人で行かせて化け猫の襲撃があってはいけないので、念のためにガスコンティが同行する。
帰ってきた時には、依頼人が三人の分の夕食も買い込んでいて、元々の性格は悪くない人物だと察せられた。
「もとよりこれだけのものが作れるのだから、悩みにとらわれずに気分を変えてみることだな」
夕暮れのことで窓を閉めつつ、ガスコンティが依頼人を励ました。中とジャネットも窓の透かし彫りは良く見たいのだが、あいにくとちょっと位置が高いので細かいところは見て取れない。けれどもそう素直に口にするのは‥‥なんとなく面白くない。
結果。
「私が見ても、素敵な細工だと思いますわ。世界一高貴な私の言うことですから、ありがたく受け取りなさい」
「おいらも華国では色々立派なもん見とるが、これも悪くはないで」
多少いい加減に褒めて、どちらも笑って済ませた。ガスコンティはその態度はどうかと思ったが、依頼人には久し振りの賛辞である。しかもナイト二人と、見た目はちょっとまだあれだが華国出身の河童からだ。妙に身に染み通ったらしい。
「すいません、こんな情けない男に、そんなに言ってもらって」
「ちょっと、食べながら泣くのはおよしなさい。ああもう、色々こぼさないでっ」
たっぷりと餌とミルクを貰ったファニィは、ジャネットの声にも我関せずで暖炉の前に伸びている。依頼人はそれを眺めて泣き、三人に申し訳ないと言っては咽び、家族に悪いことをしたと嘆いて、なかなか騒がしい。ついでに食べ物や飲み物を零しているが、この時は酒には手を出さなかった。
やがて、暖炉に未練たっぷりのファニィを抱いた依頼人が、普段は子供達が寝ていたという部屋に入った。三人は、これから化け猫の襲撃に備えて、依頼人の本来の寝室と居間などで待機である。
けれども、この晩は化け猫の姿どころか、気配すらも感じられなかった。
「こんなところで戦わずに済むのはありがたいがな」
何日も寝ずの番は遠慮したいと思いつつ、三人は日中は出掛けるという依頼人を見送ってから、それぞれの寝場所に帰った。流石に一晩ほとんど寝ていないのでは身体も辛いし、日中に化け猫の襲撃はほとんどなかったと依頼人が言うので、また夕方に寄ることになっている。
そして夕方になって、依頼人の家を訪ねた三人は、まずファニィに迎えられた。それから、見たことがない子供と女性だ。
「うちの人が、お世話を掛けたそうで」
申し訳ありませんと謝ることしきりの女性は、依頼人の妻だった。子供達は十歳前後だが、どちらも両親のそれぞれに似た顔をしている。
「あの、当り散らしてすまなかったと思って、今日は謝りに行ったんです」
一晩ですっかり心根を入れ替えた依頼人は、家族に自分の行いを謝りに行き、化け猫に襲われて冒険者を雇った話もした。そういう状態で家族が帰ってくるわけには行かないが、妻は『わざわざ人に来てもらって、持て成しの一つもしないのは申し訳ない』と夕食作りに戻ってきたという。見れば家の中はすっかりと片付いて、昨日とは別の家のようだ。
「おいらは河童や。モンスターとちゃうで」
珍しい河童が見たくてついてきた様子の子供達は、中の両手を掴んで、あれこれと質問攻めにしている。ガスコンティにも興味があるのだろうが、あまりに大きくて近寄りがたいらしい。ジャネットは、別の意味でやはり近寄りがたい。
「ファニィをこんなにして。私も置き去りしていけなかったけど、あなた、きっと他の猫にファニィが懲らしめてくれって泣きついたのよ」
化け猫なんて、酔っ払っていたんでしょう。妻の断言に、依頼人も自分の主張に自信が持てなくなったようだが、冒険者ギルドはすでに話を請けている。もう一晩見張ってみようということで話がまとまって、妻と子供達は妻の実家に戻っていった。それを見送って、元気のなくなった依頼人に。
「ファニィともども、皆で平穏に暮らせれば一番だと思い知ったでしょう。その心を忘れずに、今後励みなさい」
ジャネットが三人を代表するように、懇々と言い聞かせた。
やがて、依頼人がファニィを連れて、子供部屋に引っ込んでしばらくした後。
かたん。
わざと緩く締めておいた寝室の窓が、音を立てた。中にいるのはガスコンティと中だ。ジャネットは居間で、そちらの窓を見張っている。
前足を器用に窓の隙間に押し込んだ黒っぽい猫が、隙間から寝室の様子を窺った。人の気配に気付いたのか、寝室に入ってくる様子はない。ただ猫の鳴き声が、シンと静まり返った夜に、随分と大きく響く。
杖とローズホイップを握っていた二人が、それぞれに思わず手に力を込めた瞬間、か細いながらももう一つ小さな鳴き声が。壁を通しているので小さいが、おそらくファニィだろう。
それを聞いて、猫の影は窓から前足を抜いて、するりと姿を消した。
後程それを聞いたジャネットが、『私の前には恐れ多くて顔を出せなかったのですね』といささかつまらなそうに口にしたが、真偽のほどは定かではない。
そうして数日。
夜間の見張りを止めても化け猫は訪れなかったと、依頼人と家族に何度も礼を言われつつ家を後にした三人は、すっかり明るい表情の依頼人達に満足だった。
「おもろい人や」
これも自分のおかげと、依頼人たちの姿も見えなくなった辺りで高笑いを始めたジャネットを、中は貰った林檎をかじりつつ評している。と。
「あれは‥‥」
道端に悠々と寝ていた黒っぽい猫が、その笑い声に反応して不意に立ち上がっている。二本足で器用に立ち、三人を見ると‥‥何事もなかったかのように四本足に戻って、でも急ぎ足に路地へと消えていった。
(代筆:龍河流)