●リプレイ本文
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「すみません、遅れましたっ」
そういいながら集合場所に駆け寄ってくるのは僧兵の神代雪穂(ec4074)だ。彼女ははじめての依頼ということもあって緊張して寝坊してしまったのだという。
「はじめての依頼は、誰しも緊張するものだ。気にしないほうがいい」
そういって微笑むのは、カムイラメトクのライクル(eb5087)。周りの皆も、身に全く覚えがないというわけではないらしく、うんうんと頷いている。
「ま、それはともかくとして。とりあえず前準備をしないとね。‥‥今回はまともな妖怪だろうね?」
思わずそう呟いてしまったのは武道家の陽小娘(eb2975)。その言葉にくすりと笑い声が零れた。
「それじゃあ行きましょうか。山道という話だし、あまり時間をとってもよくないですし」
ファイターのツバメ・クレメント(ec2526)が言うと、こくりと頷いた。
とりあえず道中の市で手に入れたのは酒を注ぐためのかわらけ、そして猫が酔っ払うというマタタビの実である。かわらけは僧兵の琉瑞香(ec3981)が所持していたマタタビ酒を注ぐためのもの。これらは決して珍しいものでもないため、手に入れるのは容易だった。マタタビについては乾物になっていたが。そして、道中で聞き込みも行う。
「猫又? ああ、そういえば噂は聞いたことありますぜ。なんでも山むこうの寺近くに夜に出没するって話でさぁ」
気のよさそうな商人が声を潜めながら言う。頷きながら聞いているのは浪人の建御日夢尽(eb3235)。依頼人の話と、特徴や出没時間、場所などがほぼ同じらしい。
「そちらのほうに出向いたほうがよさそうだな」
彼らの基本的な方針は酒やマタタビ、魚などでおびき寄せたのちに一網打尽にするというものだ。一番妥当な選択といえるだろう。
「山寺のほうでも何か噂がないか、聞いてみるか」
そう言って、ウィザードのクリス・メイヤー(eb3722)は周りの皆に呼びかけた。
「もともとはこの寺でも猫を飼っておりました。猫は経典をかじろうとする鼠の天敵。それゆえ、寺には元来猫が多いのですが‥‥今回の猫又騒ぎは、拙僧どもの耳にも届いております。猫といえども化生。冒険者の方々、よろしくお願い申し上げる」
「それにしても最近の猫又は食い意地が張っているようだな。人間に被害が出ていないのが、今のところの救いのようだが」
白翼寺涼哉(ea9502)が、世間話も交えながら、山寺で僧侶たちに話を聞いている。
寺での調査を行いつつ、チュプオンカミクルのレラ(ec3983)は空を見上げた。
(「‥‥今夜は、天気もよさそうね。決行するなら、今夜」)
そう心の中で呟くと、そっと目を伏せた。
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道とは言え、綺麗に舗装されているわけでもない。周りには木々が生い茂っている。待ち伏せにちょうどよい場所を見つけ、その周囲に簡単な罠を仕掛けるのはごくたやすいことだった。ライクルは枝と枝を細い糸で結び、敵が近寄ってくるときに物音を立てやすくする罠を作る。
「魚、釣ってきました」
手に川魚を持ち、駆け寄ってくる雪穂。魚を焼いてその香りに寄ってきたところを叩く。市で手に入れた干物の魚もあったが、山のそばに渓流を見つけたこともあって、せっかくならばそちらも、と両方用意することを選んだのだ。
山の中での待ち伏せは困難かと思われたが、森林や山岳地帯に関する知識を持ったメンバーや、瑞香の知人であるウィザードのベアータ・レジーネス(eb1422)の幅広い知識によって、猫又や、山という非日常の戦いの場についての知識をうる事ができた。自分たちも腹ごしらえをしながら、詳しい話を聞き、作戦を練る。
猫又が集団行動をとるのは、実はけっこうまれなのだという。
「何か、いやなことの前触れでないといいけどね」
小娘が苦笑いを浮かべながら呟く。夫も子供もいる彼女にとって、冒険を続けていけばいつか怪我を負うかもしれない、そしてそれを家族が嘆くかもしれないというのはある意味恐怖だ。普段は夫に対する暴言も吐くが、それすら愛情の裏返しなのかもしれない。
時刻はそろそろ夕方、黄昏時。相手の顔の判別もしづらくなる「誰ぞ彼」刻。全員で顔を見合わせると、小さくこくりと頷いた。
「まさかこんなものが役に立つとは思ってもみませんでしたけどね」
そんなことを言いながら瑞香がかわらけに注いでいるのは珍酒『化け猫冥利』。濃厚なマタタビ酒だ。同時に囮になっている小娘やレラ、雪穂がたいまつで軽くあぶった魚をこれ見よがしに手に持って歩く。小娘は自ら用意したにおいの強い干物に辟易しているが。夢尽はそれとはまた別の、誘導役としてたいまつを持っている。それ以外の面々は気配を消し、冒険者側が優位に立てるであろう茂みや、木の陰に潜んでいた。
「あっ」
レラが小さく声を上げそうになって、あわてて口をふさぐ。猫又ががさがさ音を立てながらと姿を現したのだ。その数は、二頭。
(「‥‥魚のにおいに惹かれて来たのなら、特性は猫と同じ。マタタビ酒を飲みにいらっしゃい」)
ツバメが茂みに隠れたまま、そう心の中で呟く。その言葉が聞こえたのか否か、はたまた祈りが通じたのか。猫又たちは注意深く瑞香の置いたかわらけに近寄り、くんくんとにおいをかいだ。そしてちびちびぺろぺろと舐めだす。
(「やった」)
クリスは思わず声に出したくなるが、それを何とかおしとどめた。明かりにつられてか、においにつられてか、そろそろと猫又たちが集まってくる。合わせて、六頭。
誘導されているとはおそらく猫又たちも気がついていないだろう。ただおいしそうな匂いにつられているだけなのだ。瑞香はさらに酒を注ぎ足し、酔いつぶしてしまう考えだ。
そして、それこそ――冒険者たちにとっての、好機。
ライクル、クリス、ツバメの三人はタイミングを見計らってそろりと立ち上がり、初撃をかけた!
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ツバメの攻撃が命中すると、猫又たちはさすがに自分たちの置かれている状況に気がついたようだ。強い酒を飲んだせいで猫又も動きが鈍くなっている。本来ならこれくらいでは酔わないだろうに、さすが『化け猫冥利』といったところか。
気をあらかじめためていた小娘は夢尽に近づくと、オーラパワーをかける。
「ありがたいぜ」
夢尽はにやりと笑った。そのそばではライクルが小刀「マキリ」アニマルスレイヤーを使って攻撃にかかる。小太刀はその真価こそ発揮しなかったが、それでも十分な威力を与えた。レラは自分の力量と相手の数などを考えた末、後方に下がっていく。夢尽は手にした日本刀で猫又を横薙ぎにする。足をもつれさせた猫又は、その攻撃をしっかりと受けている。雪穂は未熟な棒さばきではあったがそれでも命中させ、それなりのダメージを与えた。瑞香はすばやく足払いをかけようとしたが、それは阻まれてしまう。クリスはというと、あらかじめリトルフライで浮かびあがったところから詠唱をして、ライトニングサンダーボルトを放った。直線状に並んでいた猫又三体に、激しいダメージを与える。
さすがの猫又もこれには驚いたようで、足取りをふらつかせながら立ち上がると、身近にいた冒険者たちに爪で攻撃した。が、やはり酔っているのがいけないのだろう、受けられ、避けられ、ほとんどかすりもしない。
そしてまたもや冒険者たちは畳み掛けるように攻撃する。ツバメは上方からの突き攻撃に徹し、ライクルはライクルで静かに小太刀を振るった。かなりのダメージを与えている。小娘は仲間にオーラの力を与えるために、瞑想に入った。
と、どうと音がして、猫又が一体倒れ伏した。夢尽の手によるものだ。その勢いに乗り、彼女はまだ接敵されていない一体に近づこうとする。
それに負けじと瑞香が今度は杖を振るって攻撃にかかるが、さすがに避けられてしまった。酔ってはいてもさすがに猫というところか。クリスはまた魔法の詠唱準備に入った。
猫又たちもさすがにだいぶ疲弊している。よろよろとした動きで爪攻撃を仕掛けるも、それはまだ冒険慣れしていないものたちにある程度のダメージしか与えられない。
「まだまだです!」
傷を負った瑞香が叫ぶ。
攻撃陣は、オーラの力を受け取ったライクルが猫又を屠り、ツバメも微力ではあるが少しずつダメージを加えている。夢尽は畳み掛けるような剣戟でまた一体を亡きものにした。
傷を受けている瑞香と雪穂はレラとともに後方に下がり、そこへクリスのライトニングサンダーボルトが放たれる。ほぼ一直線に並んでいた三体の猫又のうち、一体には避けられてしまったが、二体にはてきめんに効いた模様だ。
近づいてくる夢尽やライクルに狙いを定め、さらに攻撃を仕掛けようとする猫又たちだが、ことごとく避けられてしまう。
「もうすぐ相手も倒れるはずです!」
ツバメがそう言うと、そのまま猫又を一体葬る。ライクルも近づき、小太刀を振りおろした。だいぶ弱ったようだ。こうなれば自分もと、小娘も木剣を取り出して振るう。夢尽はまたもや別の猫又を一撃の下に沈め、残っているのは弱った一体のみ。
「それなら‥‥今なら!」
雪穂が前に進み、六尺棒を振るう。それは見事に相手の急所にヒットし、そのまま猫又は力尽きた。
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「他に敵はいないようだな」
クリスはライクルと顔を見合わせながら頷く。ひとまず、問題はなくなったようだ。
「せっかく山にきたんだし、山の幸も食べたいねー」
そう言って小娘は微笑む。
「でも‥‥」
クリスは軽く目を伏せた。
「ジャパンでは輪廻転生‥‥だっけ? 言うじゃないか。この猫たちも、次の世では可愛がられるといいね」
そう言って、小さな塚を作る。せめてもの弔いだ。瑞香と雪穂も、残りのマタタビ酒を振りかけて弔いの言葉を述べる。
次の世では、幸せに。
冒険者たちはそう言い残し、山をあとにした。