母の愛は深く

■ショートシナリオ


担当:北野天満

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月30日〜12月06日

リプレイ公開日:2007年12月04日

●オープニング


「やばいな。そろそろ日が暮れてしまう」
 青年はそう呟いて、山道を駆ける。周囲はそろそろ暗くなり、足元もおぼつかなくなってきているが、それでも足早になるのは老いた母が家で待っているからだ。
 母親は近年になって足が不自由になり、満足に歩けない。妻のいない青年にとって、母一人子一人の環境は、親子の結びつきをいっそう強くするものとなっていた。じっさい、周囲の人間からは孝行息子と呼ばれており、それはなかなか悪い気分ではない。
 もうすぐ山を下りる。ほら、里の明かりとよい香りが感じられてきた。
 青年の家は里の外れ。きっと今頃母親が、帰りの遅い息子を心配しているだろう。
 気が逸っていた。
 だから、気がつかなかった。
 近くに迫る、不吉な気配に――。

「与助は遅いねえ。今日はそろそろ帰ってくるころなのに」
 老いた女性が、首をひねる。囲炉裏そばで暖をとっているが、なかなか帰ってこない息子が気にかかっていた。
「今日はあの子の好きなきのこ汁にしたんだけどね」
 家の中を杖をつきながら動く。不便だが、仕方がない。と、どんどんどん、と激しく戸板を叩かれて、開けた。そこにいたのは息子ではなく、町から時々やってくる行商人だった。青ざめた顔をしている。
「ヨネさん、しっかり聞いてくれ。これを――」
 手に持っていたのは、赤く染まった衣。‥‥血に染まった衣。
 その生地には見覚えがあった。数年前にこの行商人から買い取った布で、息子に着物をしつらえてやったものと同じ生地だ。
「今日は里を出るつもりだったんだが、こいつを見つけちまって。‥‥聞いてるか、おい大丈夫かヨネさん!」
 老女の耳に、その声は既に遠くなっていた。


「もう見てられなかったよ。すっかり気力をなくしちまった顔でね」
 その行商人は、今京都の冒険者ギルドで話をしている。翌日、昼のうちに注意しながら里を出てきたおかげか、問題の妖怪に鉢合わせしなくて済んだのだそうだ。
「もともと妖怪が近くにいるって話は聞いていたんだがね。人里近くに下りてきたのも今回が初めてってわけじゃないんだと」
 行商人はそういいながら、額に浮かぶ汗をぬぐう。今までその里の近くで確認されたことがあるのは山鬼。だが、
「ただの山鬼じゃないな。山鬼戦士の仕業だとわしは思ってる」
 行商人はそう言うと、じゃらりと小銭の詰まった皮袋を差し出した。
「わしとしてもあのあたりに妖怪が出たとあっちゃ商売上がったりだし、それより何よりあのおっかさんがわしに泣きついてきたんだ。息子の敵を討ってほしいとね。それこそ鬼気迫る勢いで」
 さらに里の住人からも退治を願われている。行商人は頭を垂れた。
「わしからしてあげられるのは、ギルドで冒険者に依頼をすることくらいだ。お願いする。もう‥‥あんな顔を見るのはごめんだからな」

●今回の参加者

 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb8226 レア・クラウス(19歳・♀・ジプシー・エルフ・ノルマン王国)
 ec3583 蒼 流(24歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)

●サポート参加者

シェリー・ヒーロ(ec3737

●リプレイ本文


「おかしいですね‥‥ここで待ち合わせ、とのことだったんですが」
 蒼流(ec3583)が首をかしげているのは、冒険者ギルドの前。依頼を引き受けたはよかったものの、出発前の待ち合わせ場所には、自分以外にそれらしき人影が見当たらない。と、
「ええと‥‥あ、山鬼戦士の退治に行かれる方、ですか?」
 そう言って近づいてきたのは酒井貴次(eb3367)だった。年若い少年だったが、その目にはしっかりした信念の光が宿っている。流がこくりと頷くと、貴次はほっとしたようだ。
「よかった‥‥誰も来ないんじゃないかと途方にくれていたんです」
 少年は素直な笑顔を見せた。同じ思いを持っていた流も釣られて微笑む。
「僕は酒井貴次、陰陽師です。一応ケンブリッジの生徒ですけど、学校の方はしばらく前から休学中なんです」
 貴次は山鬼との戦いでは陰陽術とスクロールで皆をサポートするつもりだと話した。他の仲間はどこなのかと視線を巡らす少年の姿に、流の不安は大きくなった。
「あー‥‥山鬼戦士退治のやつらか?」
 冒険者ギルドの手代が、申し訳なさそうな声で二人を呼び止める。なんでも、不測の事態で今回は二人で頼みたいという。
「申し訳ない。この通りだ」
 と手代は冒険者二人に頭を下げた。
 山鬼戦士を二人で?
 二人の顔に緊張が走る。相手の数は詳しく聞いていないが1体か、多くても2、3体と言ったところだろう。今の彼らには強敵である。情報が少ないだけに、万全の人数でも楽とは言えない相手だ。それを、たった二人でというのはかなり無茶な話だった。
 この人数では無理だ、出来ないと断る。
 それが冷静な判断というものだ。しかし、蒼流は脳裏に足の不自由な母親の姿を幻視した。会った事もない相手ながら、その悲しみを思った。
「行きます。二人では鬼退治は無理かもしれませんが、行きもしないでは悲しすぎる」
「仕方無いですね。‥‥え?」
 てっきり中止になると思っていた貴次は流の言葉に不意を突かれた。が、どうするかと流に問われると貴次は戸惑いつつも頷いた。引き受けた依頼を途中で放り出すのは気が進まないのも事実。それは若者なりの潔癖さと言えなくもない。
「そ、そうか‥‥行ってくれるか。だが気をつけろ。もし勝てないと分かったら、躊躇わず逃げて来いよ」
 そう言った手代に二人は頷きあうと、必要なものを買い揃えて京都をあとにする。
「それでは戦勝祈願の舞を一差し」
 悲壮感を漂わせた二人の気分を晴らそうと、流の連れであるジプシーのシェリー・ヒーロが、踊りを披露する。シェリーの見事な舞が、くさくさした気分から開放してくれた。
(「悲しみにくれる母親に、いくらかでも笑顔を取り戻してあげたい」)


 今回の事件は山間の里ということで、たどり着くだけでも一苦労だ。
 二人は早々に街道を外れて山道を行った。一日では着かないので途中の村で一夜の宿を請う。人数が多く装備も十分なら野宿も手だったが、二人では心許無い。初冬の寒さは身に沁みるし、流は防寒具一つ持っていなかった。
「寒くないんですか?」
「鍛えてますから、このくらいどうという事は。それより皿が乾かないか心配ですね」
 強がりを言ったが、本心ではセブンリーグブーツでさっさと山里に行きたかったのかもしれない。ともあれ二人では無理も出来ず、体力に劣る貴次に合わせてこまめに休憩を取りながら進んだ。
 そして二日目の昼過ぎには、問題の里に到着した。
「見知らぬ顔じゃが、どこから来なさった?」
「都から。我々は山鬼退治に来た冒険者です」
 ギルドから依頼を受けた冒険者ということで、はじめは警戒していた里人たちも次第に落ち着きを取り戻していく。何しろこの里は本当に吹けば飛ぶといえそうなくらいにちっぽけで、それゆえに里人たちはしぜん、外からの来訪者におびえるきらいがあったからだ。
 行商人の話と里人の話を確かめるように、二人は里長の家へと案内される。里長といっても決して裕福ではないのは、その家の調度などで推測することができた。
「本当に困っててねえ」
 里長は言う。
「もともと山鬼とわれわれは暗黙のうちに不可侵の態度をとっておったんで、今回の事件は青天の霹靂ともいえるんだ。見てのとおり、この里は山間にあるので、行商人の方には大変なお世話になっている。それが来られないんじゃあ、やっぱりまずい」
 何の前触れもなしに、襲われた青年。母親思いの孝行息子であったと、里長は告げる。
「おっかさんのほうは、あれから伏せっちまってね。もしよかったら、でいい。挨拶していってくれませんか」
 二人はもとよりそのつもりだ。小さく頷くと、案内されるがままに里の外れに連れて行かれる。河童族であるがゆえにとがめられないかと心配していた流も、もちろん一緒だ。
「ヨネさん、おるかね。冒険者の人たちがきたでよ」
 里長の言葉に、家の中でかたんと人の動く気配がした。
「与助の敵討ちだよ」
 その言葉が効いたのか、そろそろと木戸が開く。
 現れた女性は、憔悴しきった顔つきにざんばらの白髪という姿だった。着物もゆるく着付けてある程度。
「与助‥‥与助は帰ってくるんかね」
 ぼやけた感じの言葉。
「与助は‥‥みんなで葬式をあげただろう。帰っては来ない」
 里長の言葉にヨネと呼ばれた老女の目がきょろきょろと動き回る。
「与助は、どこかね。与助、与助‥‥」
「‥‥」
 話のかみ合わない二人の言葉に冒険者たちは悩んでいたが、流が口を開いた。
「なくなった息子さんも、あなたも、きっとお救いします」
 河童と気取られまいと身につけた亜麻のヴェールと湖のサーコート。母親の目にはどう映ったろう。
「‥‥」
 老女は答えない。
 とりあえず二人はそこを後にした。あまり長い間顔をあわせているのもきっとあの女性には苦痛だろう。
 里長の家に戻ってきた二人は、山鬼退治の相談を始めた。
「山鬼戦士は強敵です。正直、たった二人では、息子さんの二の舞というような事態になりかねない。‥‥問題は敵の数ですね」
 貴次は言いつつ、荷物の中のスクロールをもう一度確認した。
「あの姿を見ては、このまま帰る訳にはいきませんね。里長の話では、この里の近くに棲む山鬼は一体だけということです。青年を殺したのが他所から来た鬼でなくその山鬼なら、相手は一体。強敵なのは重々承知、死んでしまっては元も子もないですから。‥‥だけど、逃げるつもりは毛頭ありません」
 流がそういうと、貴次も頷いた。敵が一体なら戦いようはある。とはいえ、良くて五分といったところか。それでも、流は中止する気は起きなかった。年寄り好きな彼にとって老女の悲嘆にくれた姿は耐えられるものではなかった。
 二人は翌日に備えて早めに眠ることにした。


 翌日である。
 決意は固まったが、二人とも山鬼を探す手だての方は今一つだ。
「どこから探しますか?」
「里の人達も山鬼の棲家は知らないと言っていましたから、歩き回るしか無いでしょうね」
 流の返事は心許無いが、じっとしていても山鬼が里まで来るとは思えない。
「ここで油を売っているわけにもいかないですしね‥‥行きましょうか」
 貴次の言葉に、流も頷く。まずは青年が襲われた場所へ行ってみる事にする。土地勘は無いが、二人が昨日通った道の近くと聞いたので迷わなかった。問題の場所付近に差し掛かると、
「においとかに敏感で、おびき寄せることができればいいんですけどね」
 そういって流が取り出したのは香り袋だった。ふつうなら女性が所持していそうなそれを振ると、ふわりとよい香りがした。
 と、
 がさがさ‥‥
 近くで、物音がする。まさかと思って二人が身構えると、果たしてそこには屈強な体に胴丸を着込んだ大柄の鬼――山鬼戦士が立っていた。香り袋のために、年若い女性が歩いていると勘違いしたのかもしれない。
「油断は禁物です! いきますよ!」
 そう叫んだのはどちらだったか。流はばっと藤盾を投げ捨て、攻撃を仕掛けた。防御力は落ちるが、身軽になった事で武道家の本領を発揮できる。
 流が落とした盾に一瞬目を奪われた山鬼の横を、転がるように流の体がすりぬけた。山鬼が気付いた時には河童の武道家はもう反対側まで移動して、龍叱爪が山鬼の腕を引き裂く。
 十二形意拳・申の奥義、猿惑拳。
 だが浅い。もっとも、それは倒すための一撃では無く、山鬼の注意を流に向けさせるための攻撃だ。その間に貴次はシャドウバインディングの詠唱を始めた。
 陰陽師には気づかなかいのか、怒りの叫びと共に山鬼戦士は両手で握った長槍を流にくり出した。避け切れず左の太腿に槍が突き刺さる。
「‥‥ぐっ」
 流はわずかに顔をしかめる。しかしここで止まるわけにもいかない。二人はあの老女を救いたいという気持ちで動いているのだから!
 山鬼戦士は下卑た笑いを浮かべている。その顔で、青年を屠ったのだろうか。なんて‥‥気持ちの悪い。
 貴次が呪文を完成させる。しかし、それは発動しなかった。まだまだ未熟な自分を呪う。
 一方の流は猿惑拳で再び攻撃をくりだしていた。当たりはするものの、鎧を着た山鬼相手では有効打を与えられない。
 のそり、と山鬼戦士が動く。左足を負傷した武道家はその攻撃をかわせない。さらに傷を負う流。戦闘の高揚感であまり痛みは感じないが、このままではヤバい。
「なっ‥‥」
 貴次は今度は詠唱に成功したが、呪文は放てなかった。詠唱の間に移動した山鬼の姿が木の蔭に入って見えない。ぐっと息を呑んで、貴次はもう一度魔法の詠唱を始めようとする。10秒間の詠唱中は動けないから、シャドウバインディングに拘泥せずスクロールを使った方が良いかもしれない。しかし、それは仲間がもっと多い場合だろう。二人で山鬼戦士を倒すために影縛りでの行動不能に拘った。
 愚直と言えた。ここで二人が倒れてしまえば里人にもつらいだろう。それでも一矢報いたいという思いで、詠唱を続ける。
「はぁ、はぁ‥‥」
 流は肩で息をしながらも山鬼戦士に執拗に攻撃を続けた。それは歴戦の山鬼に疑念を起こさせるに十分な行動だった。
 ‥‥。
 流から距離を取って、山鬼が何かを言った。鬼語は知らない流だが、今は何となく分かる気がした。『何故?』と聞いたのだろう。
「分からないか? お前には、あの人の悲しみも判らないだろうな。せめて恐怖を感じた息子の何十分の1でも私達がお前に恐怖を味あわせてやる」
 聞いた山鬼も人語は分からない。しかし、河童の気迫は伝わり、山鬼は背後で呪文を唱える貴次に気づいた。
「くっ」
 行かせまいと流は体を張るが、傷つき過ぎていた。自分に向かってくる山鬼に、貴次は詠唱を止めてスクロールを取り出す。だが、それを広げるより早く頭上から槍を叩きつけられて陰陽師の体は地面に転がった。激痛に少年の顔が歪む。咄嗟に頭をかばった左腕が折れている。
 悔しい。最早勝機はなかった。止めを刺そうとした山鬼の一撃を、盾を拾った流が受け止める。
 あとは必死に逃げた。山鬼は追いかけてきたが、諦めたのかすぐ見えなくなった。


「申し訳ないです‥‥せっかく退治にきたのに、このざまとは」
 重傷を負いつつ里まで逃げ帰ってきた二人は、里長に何度も謝る。
「いや‥‥仕方のないことだ。山鬼戦士は山鬼の中でも特に強いと聞いておる。お二人の心だけでも、十分だ」
 長はそう冒険者達を労った。
「そうだ」
 流が懐に隠し持っていたものを震える手で差し出す。先ほどの戦闘のせいで、すっかりしおれているが、それは花だった。
「あの親子のためにつんだものです」
 里長は小さく頷いた。
「本当に‥‥ヨネさんたちのことを気にかけてくれて、ありがたい。いい冒険者さんがここにきた。それだけで、わしらは嬉しい。いつか‥‥また来てくれたら、この上は無い」
 里長の優しい言葉に、二人は戸惑った。安心もし、疲労困憊していたのでその夜は里に泊まる。
 翌朝、もっと強くなりたいと願いつつ、二人は山里を後にした。