こどもとこだま

■ショートシナリオ


担当:北野天満

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月04日〜12月09日

リプレイ公開日:2007年12月08日

●オープニング


 何かと何かが話している。

 ――どうしてそんなに寂しそうな顔をしているの?
「だって、誰もわたしに気づいてくれない」
 ――そうだね、でもそれは仕方がない。
「どうして?」
 ――君は人里から離れすぎているからね。
「‥‥でも、あそびたい」
 ――けれど君はここからそれほど動けないのじゃないのかい?
「そうだけど‥‥あ」
 ――どうしたの?
「人の声。こどもだ」


「あんちゃん、ここは長老が、山神さまがいるって言ってたじゃん。勝手に入っちゃだめだよ」
 甲高い少年の声。
「でもこっちにいい隠れ家になりそうな場所があるんだ。お前も来いよ」
 それをなだめるかのような、少し落ち着いた、だけど浮ついた声。
 かさかさ。
 子供たちは少しずつ近づいてくる。それを息を呑んで見守っている、モノたち。
「ほら、ここなら‥‥って、あれ」
 少年の一人が、そこにいた存在に気がついた。
「ねえ、遊ぼう」
 ソレはわずかに微笑んで。
「ずっとずっと、遊ぼう」
 その言葉の残酷さを知らぬままに。


「何でも里の近くで神隠しが起きたらしい」
 冒険者ギルドにやってきた青年は、そういって茶を飲む。
「近所に立派な楠の木があってね。そこには木霊がいるって言うのがもっぱらの噂だったんだが。木霊にさらわれたって言うのがもっぱらの噂だな」
 茶だけでは足りないのか、さらに水も飲む。
「二人のこどもが、一週間ほど行方知れずなんだ」
 そう言ってため息をつく。
「まあ、自業自得といえばそうなのかもしれないが。けど、こどもだけでも助けてやってくれないか。別のところで木霊には昔あったことがあるが、悪いやつじゃなかったんだ」
 寂しくて、子供に会いたくなって。
「‥‥木霊は寂しいあやかしさ。お願いだ、このままじゃあまずい。せめてこどもたちを――」
 青年はそういうと、二人の少年の絵姿を置いた。

●今回の参加者

 eb5087 ライクル(27歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5808 マイア・イヴレフ(25歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb6967 トウカ・アルブレヒト(26歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ec3983 レラ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec4175 百瀬 勝也(25歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「悪意のある精霊、ではないのですね。とは言え、人の倫理と精霊のそれは異なりますから‥‥」
 トウカ・アルブレヒト(eb6967)が小さくため息をつく。
 今回の依頼は子どもの救出が先決。そして、できれば木霊を傷つけずに対処したい。今回の依頼を持ち込んだ青年の言葉――『木霊は寂しい』が、依頼に行く五人の胸に食い込んでいる。
「コロポックルは、カムイ‥‥神や精霊と呼ばれるような存在との間に明確な境界を作らない。‥‥この地の人々にそれを望むのはいけないだろうか?」
 そう呟くのは蝦夷から来たライクル(eb5087)。同じコロポックルのレラ(ec3983)も、考えることは似たり寄ったりで、木霊に戦闘を仕掛けたくないと思っている。
 いや、全員が『木霊を倒す』のではなく『説得して解放してもらう』ことを願っているのだ。妖怪とは言え、邪悪な存在でないのならば。ことに木霊はヒトの子どもと同じくらいの知性を備えた妖怪だ。話し合いをする価値は、十分にある。
 でも、どうやって木霊の心を開かせればよいだろうか?
 今の木霊は子どもを神隠しに陥れてしまうほど、寂しい存在となっている。
「取り戻さねばなるまい。そしてそのためには自らも動かねば」
 百瀬勝也(ec4175)の言葉に、全員が頷いた。


「‥‥寒い、ですね」
 土の精霊使いとして、別のエレメントと接触する機会に嬉しさ半分戸惑い半分なマイア・イヴレフ(eb5808)。身につけているローブをかき寄せても、冬は寒い。ロシア出身で寒さにはなれているはずの彼女ですらそう思っているのだ、他の者が寒くないはずがない。
「無理をしてもいけませんけどね」
 時間がたっぷりあるわけではないし、暖を取りながらの移動は難しい。寒さ厳しい地域の出身であるレラも、本格的な冬装備をしてはいないためにわずかに寒さを覚えているようだった。まだ駆け出しの冒険者である百瀬などは、手に何度も息を吹きかけ、こすり合わせている。冬向けの旅支度ができていないのだ。それでもまだ京都から見ると南の村ということで、寒さは控えめなはず。
「寒さは心の持ちようで何とかなるが、とりあえずは懐の寒さも解消したいものだ」
 そんなことを言って、百瀬は笑う。空元気にも受け取れるが、それでもそんな風に笑う新米冒険者に、周囲も思わず笑みを浮かべた。
「ここでこうやっていても始まらぬしな。とりあえずは村を目指すとしよう」
 ライクルはそう言って、みなに檄を入れた。


 たどり着いた村は、小ぢんまりとした雰囲気の場所だった。‥‥ただし、恐ろしく静かだ。外を出歩いているものがほとんどいない。
 恐らく、神隠しを恐れた村人たちの自衛策なのだろう。普通に考えて、神隠しは妖怪の仕業。近在に妖怪がいるとなれば村人たちは身構えてしまってもおかしくない。他所者である冒険者たちにはやりにくい状況であるとも言えた。
「一度、村の人たちと話をしないと始まらない、ですよね。さて、どうしましょう」
 トウカはそう言うと、外に出歩いている者がいないか見渡す。もともとこの村でさらに情報を集めようというのは事前からの計画でもあったので、こう閉じこもられると困ってしまうのだ。
「とりあえず、大きい家を探しましょう。村の有力者なら、神隠しや木霊についてなにか知っているかもしれません。どうでしょう」
 レラの言葉に、全員が頷く。村は大きくないので、小半時もすればそれらしき家を発見することができた。
 戸を叩く。中に人の気配は感じられるのだが、反応はない。
 もう一度叩く。そしてマイアが流暢なジャパン語で、呼びかけた。
「私たちは怪しいものではありません。ギルドの依頼を受けた冒険者です。神隠しが発生していると聞いて‥‥きゃっ」
 呼びかけの途中で戸が開き、引っ張り込まれるようにして五人が屋内へと転がり込む。見上げると、青ざめた顔をした初老の男性がじっと冒険者たちを見詰めていた。
「お前さんたち、‥‥子どもたちを助けに来てくれただか」
 いくら屋内とは言え寒いなか、彼は額に汗を浮かべている。冷や汗だ。
 ライクルはそっと立ち上がるとパンパンとほこりをはたき、そして力強く頷いた。
「ああ。子どもたちと、そして‥‥木霊の寂しい心を救いに来た。そのためには情報がまだ足りない。いろいろと教えてくれないだろうか」
「あ、ああ‥‥わしらの話でよければ、いくらでも話すだで。お願いだ、子どもたちを助けてくんろ」
 男性はそう言うと、「寒い中すまんかったな」と五人を囲炉裏のそばに呼び寄せた。

 男性――どうやら村長らしい――が、白湯を振舞いつつ話し始める。
「もともと、この村からそう離れておらんところに木霊が出る、っちゅう話は昔からあっただ。ただ、別に悪さもせんし、わしらも特に何もせんかった。不干渉、ってやつじゃな」
「今回はそういう意味では勝手が違ったようですね」
 トウカが尋ねると、男は小さく頷いた。閉鎖的な村で亜人を見るのは珍しいのだろう、尖った耳に時々目をやりながら。
「ああ。子ども達にもあまり森に行くなっちゅう話はしてたんじゃが、いたずら小僧どもはいつの時代もおって、時々神隠しが起こる。わしが子どものときにも木霊の森に行って、消えおったもんがいた。じゃから、わしらの間では怖い場所、と言う風に考えておったんじゃが。‥‥木霊を退治してくれるんじゃろ?」
 その言葉に、レラは首を横に振る。
「木霊を退治するのではなく、説得をして解放してもらおうと思っているのです。この話を京都のギルドに持ち込んだ方がこう言っていました、木霊はさびしいと。きっと話し合いで解決すると思うのです」
 それに続けて、百瀬が尋ねる。
「木霊とは不干渉だったといったな。何故そんなことを。妖怪とは言え敵意を持たないのならば共存していく術もあるだろうに」
 男性は小さく呟いた。
「木霊がさびしがりの妖怪っちゅうのは知っとった。けど今、この里で実際に木霊に会ったもんはおらん。昔からの言い伝えがあるちゅうこともあって、手を出せんかった」
 小さな村だからこそ、外界からの情報がないままに古い因習をつなぎ続けていたのだろう。気持ちはわからなくはない。
「――先ほども言いましたが、私たちは木霊に子どもを返してもらうよう、説得するつもりです。そこで、お願いがあります。木霊が興味を引いて現れるようなあたたかい料理や、楽しい音楽や舞踏などを、これから私たちは準備します。そうやって‥‥無事に子どもが帰ってきたら、そう言うささやかな祭りを、これからも開いてください」
 そう言って、冒険者たちは一礼をした。


「それにしても‥‥これは確かに迷いやすいかもしれないな」
 百瀬が潅木をすり抜けながら、ため息をつく。問題の樹の位置はおおよそつかめたので、今はそちらへと移動しているところだ。しかしそれは人がなかなか踏み入らない森ということもあって、道らしい道も見当たらない。
「‥‥こちらに、人の通ったらしい跡があるぞ。ここを辿ってはどうだろうか」
 ライクルが自らの技能を生かし、そう告げる。確かに小さく踏みしだかれた草を見ることができた。
「行きましょう。子どもも、そして木霊も待っているはずです」
 人が尋ね、やってくることを。

「これは‥‥」
「見事な樹ですね‥‥」
 足跡を頼りにようよう辿りついた五人がこぼす感想は、言い方こそさまざまだがその楠の木に対する畏敬の念がこめられていた。
「木霊さん、出てきてくれますか‥‥?」
 トウカがそっと尋ねるが、反応はない。五人も、さすがに一筋縄でいく相手ではないと準備をしていたので、そちらに切り替えた。

 マイアが、澄んだ声で異国の歌をつむぐ。それに即興で、レラがステップを踏んでみせた。ジャパンの御伽噺のエピソードを利用した作戦だ。その隙に隠密行動に長けたライクルが子どもたちを探し出す。作戦、というほどのものでもないが、あえて選んだ陽気な歌と踊りは他のものたちの気分も高揚させ、いつの間にか手拍子に合わせて歌い踊っていた。
 と、手拍子の数がひとつ増えている。‥‥それに気がついた百瀬は、増えた手拍子の主を見つめた。姿は小さな女の子。ただし、人間とはどこか異なるオーラを持っている。間違えようもなく、木霊だとわかった。
「あそぼ?」
 木霊が無邪気な声で冒険者たちに問いかける。歌をやめ、冒険者たちは木霊の周りを囲む。
「あなたは遊びたいの?」
 レラが尋ねると、木霊は恥ずかしそうに頷く。
「今、お友達がいるの。でももっと、お友達を増やしたいの」
 その言葉に、優しくマイアが尋ねる。
「でも、そのお友達は楽しんでいるのかしら?」
 友達とはおそらく神隠しにあった少年たちだろう。木霊はうつむくと、首を横に振った。
「少し、寂しそうなの」
「遊んでいて楽しくない相手と遊ぶのは、楽しい?」
「‥‥ううん」
 木霊は俯いたまま、答えを返す。と、ライクルが二人の子どもをつれて皆の元に戻ってきた。子ども達は寒さと飢えに震えていたので、火のそばに座らせて白湯と握り飯を与えてやる。
「人と妖怪は、そういうところが残念ながら違う。‥‥けれど、君はヒトと仲良くできると思う。一定のルールを守れば、ね」
 ライクルが言う。そして今度は少年たちに問いかけた。
「君達はこの木霊をどう思う?」
 少年の一人が言う。甘えん坊な妹のようだ、と。
「それじゃあ、お願いします。村長さんにも言ったけれど、この木霊ともっと遊んだり、お祭りをしたり、仲良くしてあげて。そうすれば、もう神隠しは起きないから」
 トウカのその言葉に少年たちは弾かれたように顔を上げ、そして笑顔を浮かべた。木霊を気に入ったらしい。
「帰っちゃうの?‥‥また遊びに来てくれる?」
 木霊の不安そうな声。子ども達は笑って頷く。最良の結果となったようだ。

 きっとこの村はもっと栄えるだろう。木霊と、手を繋いでいる限り。