妻の肉を食事にした男の話
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■ショートシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 75 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月06日〜02月14日
リプレイ公開日:2005年02月14日
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●オープニング
江戸のはずれの粗末な長屋。
精一杯に綺麗な身なりをした浪人が複雑な面持ちで、棲家に帰ってきた。
「はぁっ‥‥」
溜息が一つ。
「ただいまでござる」
建て付けの悪い戸を音を立てて開けると、
「おかえりなさいませ、新三郎様‥‥ケホッ、ケホッ!」
中から浪人‥‥新三郎を迎える声が返ってきて‥‥それが途中で咳によって掻き消される。
「蒼鈴(ツァンリン)殿! 無理をしては駄目でござるよ!」
新三郎は床から起き上がろうとしている女性‥‥蒼鈴を慌てて制した。
「申し訳ございません。‥‥わたくしがこの有様で‥‥家の中を暖めておくことも出来ず‥‥ケホッ‥‥」
「それは拙者の謝ることでござる。蒼鈴殿こそ寒かったでござろう。すぐに食事の支度をするでござるよ」
蒼鈴の病は既に長い。その為か、新三郎は手馴れた様子で、部屋を暖め、夕食の支度を始める。
新三郎がその話を切り出したのは、夕食が一段落した時である。
「蒼鈴殿…・。拙者の養子縁組の話が正式に決まったでござる。相手は前から話していた三百石の大身の武家でござる」
吉報であるはずの報告を新三郎は何か屈託ありげに語った。
「まあ、それはおめでとうございます。新三郎様にもよき春が巡ってまいりましたのね」
蒼鈴は新三郎の吉報を素直に喜び、顔を綻ばせた。
「‥‥‥‥」
だが、新三郎は相変わらず屈託のある、浮かない顔をしている。
「どうされました?」
「すまぬ! 拙者は蒼鈴殿を騙していたでござる!!」
心配する蒼鈴に新三郎が平伏して謝罪する。
「養子縁組の話と言いながら‥‥実を申せば、入り婿の話であったのでござる! つまりは相手の家の一人娘を妻とすることでござる。‥‥拙者は、蒼鈴殿を裏切っていたでござる!」
新三郎は平伏しながら、涙を流していた。
「‥‥新三郎様、頭を上げてくださいませ。よきご縁を得られたこと、わたくしは心よりお祝い申し上げますわ」
蒼鈴は笑顔で答える。
「しかしっ! 拙者は蒼鈴殿との将来を誓っておきながらっ!」
「わたくしのことなどを気にかけて、新三郎様の将来を棒に振るようなことがあってはなりません。わたくしの生まれた華国の講談にこのようなお話がございます」
蒼鈴は語る。
「昔、敵に追われた後に皇帝となる人物が山中を彷徨っていた時の出来事でございます。後の皇帝は山中である猟師の所に身を寄せますが、その日に限って獲物が獲れなかった猟師は自分の妻を殺して肉を削ぎ、「狼の肉だ」と偽って、後の皇帝を供応したのでございます」
これは華国でも珍しいエピソードとされている。珍しいからこそ、広く人に知られることになったと言える。
「その猟師は皇帝を休息させ、もてなした事で莫大な褒美を賞された、と言います。新三郎様にとって大事の時なれば、その猟師の如く、雄飛の好機を逃してはなりません!」
「拙者は自分の為にこの話を進めてきたのではないでござる! 今より暮らし向きがよくなれば、蒼鈴殿をもっと療養に適したところに‥‥‥‥言い訳でござるね」
やはり消沈する新三郎。
「ありがとうございます。ハーフエルフのわたくしが、このように想いを寄せていただけただけで、望外の幸せであります。後は煮られようが焼かれようが、どうしてお恨みすることなどございましょうか」
そう、蒼鈴はハーフエルフである。華国出身で、黒髪、黒い瞳の東洋人的顔立ちである為、江戸に暮らしていても目立つことはないが、小さく尖った耳は混血種であることを示している。
新三郎と蒼鈴は元々、冒険者仲間である。
冒険者酒場で知り合い、冒険を通して互いの気持ちを育んだ、ある意味でありふれた冒険者の恋人達である。
共に将来を、と誓い合ってより数年。蒼鈴が病をえた後は新三郎が甲斐甲斐しく看病を続けてきた。
「なにとぞ、このよきご縁を無駄になさらないでくださいませ。わたくしは新三郎様の足手まといになることの方がよほど悲しゅうございます」
蒼鈴は気丈な態度で新三郎に言い聞かせる。
「わたくしのことなど‥‥たまに‥‥本当にたまにでも思い‥‥思い出していただけ‥‥れば‥‥それだけ‥‥うっ‥‥うぅ‥‥」
不意に、蒼鈴の腰まで届く長い黒髪がざわめいた。
他の多くのハーフエルフがそうであるように、蒼鈴もまた激しい感情に狂化を引き起こす。
どんなに気丈に振舞っていても、心の奥底から湧き上がってくる切なさ、悲しさを押さえ込むことができない。それでも人間であれば、人にそれと悟られないようにすることは出来るかもしれない。だが、ハーフエルフである蒼鈴の内側に高ぶった感情は『狂化』というもっとも激しい姿で露出させられるのである。
「‥‥うう‥‥ご、ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥ぅぅ‥‥うえええぇぇん‥‥」
蒼鈴が瞳を赤く染め、髪を逆立てて身も世もなく泣きはじめた。
最初に新三郎を想う切なさに泣く。
そして、泣くことで自分の本心を知られてしまい、新三郎の足手まといになってしまうことを嘆き、また泣くのである。
「蒼鈴殿、体に障るでござるよ!」
新三郎は蒼鈴の体を抱き締めて宥めようとする。が、その程度では狂化は収まるものではない。
『泣きながら狂化することが多くなったでござる‥‥。拙者が‥‥泣かせているのでござるな』
泣き続けることが体に障ってはならないと、新三郎は当身の一撃で蒼鈴を気絶させる。そうでもしなければ、狂化に陥った状態から蒼鈴を救い出すことができないのだ。
自分の腕の中で意識を失っている蒼鈴の顔を見ながら、新三郎は悩む。
気丈に振舞っている蒼鈴、このように泣き出してしまう蒼鈴。
どちらの蒼鈴の願いを聞きとめればよいのか?
新三郎は決断できないまま、時間だけが流れていった‥‥。
そして、蒼鈴のことも、婿入りのことも、どちらも解決できぬまま、婚礼を目前にした日の出来事である。
「‥‥薬がないでござると?」
蒼鈴の為に新三郎がいつも購入している薬が、薬屋で品切れになっていた。
「申し訳ありません。いつもご購入いただいている薬は、ある村の家伝のものなのですが‥‥。その村で小鬼が現れたとかで材料の薬草が集められないと連絡を受けたところです。人里までは降りてきていないので、直接的な被害のないということで、村では今後の対応を協議しているそうですが‥‥」
別段、魔法的な効果があるといったような特別な薬ではないが、蒼鈴の病との相性はよく、重宝していたものである。供給が止まってしまっても差し迫った問題はないもの、蒼鈴に苦しい想いをさせることになる。
「小鬼? ならば拙者が‥‥」
だが、そこで思い出す。婚礼はすぐ目前に迫っている。
今からその村へ行っていては、婚礼には間に合わない。
「‥‥拙者が‥‥‥‥薬代の代りに冒険者への報酬を払って、小鬼を退治してもらうというのは如何でござろうか?」
こうして冒険者ギルドに持ち込まれた依頼は、時間や場所などの特殊な条件もこれといってない小鬼退治という、ひどく簡単な依頼ではあったが‥‥。
「むしろ、この依頼を受ける冒険者達が問題かもしれないわね。まあ、多少の無理も利くように人を集めますか」
冒険者の気質を知っているギルドの手代は、そう言って小鬼退治には少し大袈裟な人材を募集することにした。
●今回の参加者
ea4387 神埼 紫苑(34歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
ea4870 時羅 亮(29歳・♂・侍・人間・ジャパン)
ea6877 天道 狛(40歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
ea8562 風森 充(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
ea8806 朱 蘭華(21歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
eb0221 紅 千喜(34歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
●リプレイ本文
●お節介な人々
「ふむ、なるほどな」
「けひゃひゃひゃ」
白翼寺涼哉(ea9502)とトマス・ウェスト(ea8714)、二人の医者が蒼鈴の診察を終わらせる。
「静かな環境と栄養のある食事で、しっかりと療養すれば治る‥‥か。すまんが、俺達にも同じことしか言えないようだ」
涼哉とトマスともに、今までに蒼鈴を診察した医者達と特に違う事実を見出すことはできなかった。
新三郎と蒼鈴の長屋を訪れた冒険者達。名目は依頼の必要上、この二人による診察を行いたいというものであった。
だが、真実が二人にお節介を焼く為であることは、新三郎達にはすでに見抜かれていた。新三郎と蒼鈴もまた、冒険者であったし、同じようにお節介を焼くことは身に覚えがあった。
「それで、どうするつもりなのかな?」
何しにきたのか、すでに悟られているならばと神埼紫苑(ea4387)が率直に二人の考えを問う。
「拙者は‥‥」
新三郎が何かを言いかけて、しかし、それ以上言葉を継ぐことができない。
「新三郎様‥‥わたくしに気を使われる必要などございません。何度も言っておりますけれど、どうかこのご縁を大切になさって下さいませ」
蒼鈴は相変わらず、その一点張りである。だが、感情ではそれとは別の想いを抱いていることは、すでにわかっている。
「蒼鈴さん‥‥ほんとにそれで良いのね‥‥後悔しないわね?」
天道狛(ea6877)が蒼鈴のその決意に対して、念を押す。
「蒼鈴殿!」
「はいはい、キミには僕から話があるから」
狛と蒼鈴の間に割って入ろうとした新三郎を時羅亮(ea4870)が制止する。
「‥‥ちょっと表に出ようか?」
蒼鈴の側の話も込み入りそうであるし、亮は新三郎を伴って表にでることにした。
●新三郎
「この辺りでいいかな?」
新三郎を伴って近くの空き地までやってきた亮がそう呟いた。
「何でござ‥‥!?」
言い終わるよりも早く、亮の抜打の斬撃が新三郎を襲った。ブラインドアタックを会得しているわけではないので「抜く手も見せず」とは言わないが、不意打ちであった事実に変わりはない。
だが、新三郎は咄嗟に短刀を引き抜いて受け流した。実力差があるから、不意打ちでも受けることができたのである。
「何をするでござるか!?」
「さすがに実力はあるようだね。けど、それだけじゃ武家の者としてはまだまだかな」
亮は刀を引きながら、新三郎の腕を褒める。
「結局さ、あんたはどうしたいのかな? 蒼鈴と添い遂げたいのかな? それとも蒼鈴を捨てて自分の栄達を手にしたいのかな?」
ひょっこりついてきた紫苑が新三郎を問い詰める。
「拙者は‥‥蒼鈴殿を十分に療養させるには冒険者稼業では間に合わないと思っているでござる。だから仕官する事ができれば‥‥」
「甘ったれないでくれ! 仕官というのは単に働き口を見つけることとは意味が違うんだよ!」
新三郎の言葉を聞いて亮が一喝する。
「それって結局どっちつかずってことだよね? そんなので主君にきちんとお仕えする事ができるか心許ないし、自分の家を支えることだって出来ないよね」
紫苑もまた神皇に仕える志士として、あるいは曲りなりにも家名を背負う者としての言葉を新三郎に突きつける。
「‥‥そ、それは‥‥」
本音を言えば、亮も紫苑もそれほど堅苦しく考えているわけでもないのかもしれない。
特に大らかな性格の亮にすれば、愛する者の為に主君に忠を尽くすということもありえると考えているのではないだろうか。
だが、この新三郎という優柔不断な男には、ここで強く言っておかないと周りを不幸にするであろうと思われた。
「だいたい、どう言いつくろっても新三郎さんが決断を渋ってきた事実は変わらないよ。そして、決断できない人間が侍になるのは難しいと思う」
亮があえて厳しくそう断じる。
「さあ、どうするの? 今のあんたには両方を器用に選び取るなんて難しいよね?」
紫苑もまた、決断を迫った。
●蒼鈴
一方、長屋に残った蒼鈴達である。
「お節介を焼くつもりで来はしたけれど、あなた達の意思は尊重するつもりよ? だから、本当に望むことを聞かせて欲しいの」
狛が蒼鈴に語りかける。
「どうあっても、新三郎の栄達を望むつもりなの?」
次いで朱蘭華(ea8806)が問いかける。
「はい‥‥新三郎様の足手纏いにはなりたくありません」
「それなら、甘えてないでここから出て行きなさい。新三郎にあなたを諦めさせなければいけないわ」
蒼鈴の答えに蘭華は冷徹に言い放った。
「けど‥‥もう少しくらいわがま‥‥」
「‥‥手伝って下さいますか?」
蘭華が言葉を継ぎ足そうとしたのを遮って、蒼鈴は蘭華達をまっすぐ見つめ返して答えた。
「それが本当にあんたの望んでいることなら‥‥」
狛は内心では蒼鈴と新三郎が添い遂げることを望んでいる。彼女の知人がハーフエルフとの交際をしているらしく、蒼鈴達にその姿を重ねているようである。だが、本人達の意思は尊重するというのが狛の方針である。
「今のあんた一人では色々と難しそうだな。生活のこと、新三郎を完全に諦めさせること‥‥。だが、あんたが本気ならば手段もあるにはある」
「それはなんでしょうか?」
「‥‥出家して俗世との縁を断ち切ることだ。いくつか心当りの寺を紹介することも出来るし、出家した者を追いかけることもできまい。菩薩はハーフエルフを否定していない」
涼哉が仏門に入るという選択肢を示す。
「ご深慮ありがたく存じます。そのようにお取り計らいいただけますでしょうか?」
蒼鈴が涼哉に頭をさげた時であった。
「けひゃひゃひゃひゃ」
トマスの怪鳥のような笑い声が響き渡った。
「皆もっと蒼鈴君や新三郎君のことを考えてあげているのかと思ったよ〜」
トマスは明らかに揶揄する口調である。
「‥‥ドクター‥‥」
「蒼鈴君に話を聞いても新三郎君を尊重した答えしか返ってこないのはわかりきっていたことだろ〜。けひゃひゃ」
困惑する狛にトマスは状況を分析してみせる。
「トマス様‥‥」
「! そこの半エルフよ。我が輩を『トマス』と呼ぶんじゃない」
トマスの口調には明確な怒気を含まれていた。
「も、もうしわけ‥‥」
「そんなこと、ともかく」
蒼鈴が謝ろうとしたところに、紅千喜(eb0221)が割って入る。
「失恋して頼るひともない。思いつめた女がやることはひとつね。あなた、出家をそれまでの時間稼ぎにするつもり。でも、それ間違い。はやまったこと。笑いごとじゃないよ」
千喜が蒼鈴の胸のうちを読んだかのように言い聞かせる。
「千喜、それって‥‥まさか?」
「うん、蘭華の考えてることが多分、正解。そうよね?」
蒼鈴は少し躊躇ってから、微かに頷いた。
「‥‥蒼鈴‥‥」
蘭華が優しく蒼鈴を抱き締める。
「もっと我侭になりましょう? ‥‥私達を受け入れてくれる人は少ないわ‥‥まして、好きになってくれる人なんて、ね」
「我を通してもよいのでしょうか? わたくしなどが‥‥」
「ふぅ。あなた達の意思を尊重するつもりでいたけれど、確かにドクターの言う通りね。蒼鈴さん、あの優柔不断な新三郎さんが相手です。あなたが決めかねていたのでは新三郎さんも選ぶべき道を見出すことができないわ」
狛が溜息交じりにそう言った。
「あなたが身を引いても、我を通しても、何かを失うことには変わりないわ。なら蘭華さんの言う通り、我侭になればいいわ。そうやってグイグイ新三郎さんをリードしてあげなさい」
「‥‥‥‥‥」
蒼鈴は黙って俯いている。
「ねっ? 蒼鈴」
蒼鈴を抱き締めている蘭華が耳元で彼女を呼びかける。
「‥‥皆様‥‥たくさんのお心遣い、本当に‥‥本当にありがとうございます‥‥」
蒼鈴が涙を流す。
「そうと決まれば、きちんとした格好して、新三郎に言おう。大丈夫、髪を綺麗にしてあげる。あたし上手よ。よく、教えてほしい言われた」
千喜が蒼鈴の身繕いを始める。
他の女性陣も一緒になって蒼鈴を弄くり始めたのを見て、涼哉はそっと席を外した。
外の空気に吸い込みながら、思想に耽る。
「‥‥‥時折人肌が恋しくなったり胸が痛むのは、禁忌の重さを知らずに禁忌の命を植え付けた罪に対する報いかね?」
何を思い出していたのだろうか? 不意に呟いた言葉を聞くものはその場にはいなかった。
その時、表に出ていた亮と紫苑が帰ってきた。
「‥‥どうやら、あちらも何かの覚悟もつけてきたようだな」
先程までとは顔つきが一味違う新三郎と共に。
●大身の武家
風森充(ea8562)は二人の決心を受けて、大身の武家の周辺を嗅ぎまわっていた。
『弱みでも見つかれば、と思ったのですけれど』
周辺での聞き込みでは、蒼鈴と新三郎に手を出させない為の決定打になるような情報を得られなかった。
『家庭事情は複雑とわかりましたが‥‥隠していないものは釘を刺すネタにはなりませんね』
情報が集められなかった訳ではなかったが、そういった理由から、より深く探ろうと充は武家の家に忍び込んでいた。
ジャリ‥‥と充の足元で音がする。湖心の術の効果が切れたのである。
茂みの中に潜んで再び術を行使しようとした時、人の気配がした。
「お嬢様ぁ!」
声と内容から察するに女中か何かであろう。
『これじゃ動けねぇな』
忍術を使用する時は煙が発生する為、人目のあるところで迂闊には使えない。仕方なく、そのまま茂みの中でその場の様子を見続けることになる。
「‥‥なにかあったの‥‥」
出てきたのは金色の髪、青い瞳の少女であった。
それがこの武家の複雑な家庭事情である。少女‥‥新三郎の婚約者の母親は西洋人なのである。
『新三郎さんは西洋人とのハーフである少女に、ハーフエルフの蒼鈴さんを重ねて見ていたのかもしれませんね』
蒼鈴の面影で向けられた優しさを、少女が自分へ向けられたものと勘違いしたことを誰が責められるであろうか?
『見なければよかったかもしれませんね‥‥』
●小鬼退治へ
新三郎は左頬の傷を魔法で癒すことを拒否した。
「せめて、これくらいは甘んじなくては申し訳ないでござるから」
婿入り予定であった武家の当主に殴られた傷である。
新三郎はありのままの事情を話して、縁談を正式に断った。
冒険者達がそれぞれにそこから波及する事態に備えていたが、思いの他、新三郎が糾弾されることもなかった。
別れ際の鉄拳以外は‥‥。
「では、そろそろ行こうかねぇ? けひゃっ」
トマスが声をかけた。
ようやく本来の依頼内容である小鬼退治へと、冒険者達は旅立っていったのである。