バレンタイン・ソーメン!
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■ショートシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月14日〜02月17日
リプレイ公開日:2005年02月22日
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●オープニング
「すみません! ソーメンを下さい!」
欧州人らしい金髪の少女は、店に入ってくるなりそう言いました。
装いからすると冒険者のようです。
「ソーメン? ああ、素麺かな?」
「はい、それのことです!」
応対する店の主人に、少女は力説します。
「あれは元々、保存食だからあるにはあるが、少々、時期ハズレじゃないかな?」
素麺は一昔前までは高価な食品でありましたが、江戸が出来てより後、大衆食品として普及しはじめた食べ物の一つです。その中で夏に食べるものというイメージもまた広まっています。
「ソーメンは『相面』という字を書き、恋人同士が「相」手の「面」、つまり顔を見ながら食する食べ物だと聞きました!」
「相面? 誰からそんなことを?」
少女の言葉に、店の主人は怪訝な顔をします。
「パリの酒場にいた志士の女の子からです!」
「志士様から聞いた? へえ、私は初耳だが、志士様が言ったことなら、京都‥‥あるいは宮中なんかじゃ、そういうことがあるのかもしれないなぁ」
怪訝な顔をしていた主人も、志士の話ということで一転して納得します。
「でも、それにしたって、夏でもいいんじゃないかな?」
恋人と素麺を食べることは、季節ハズレであるという指摘に対する言葉になっていませんでしたが、少女はこう答えました。
「もうすぐ、2月14日‥‥バレンタインデーですから!」
「ばれんたいん? なんだい、そりゃ?」
2月14日のバレンタインデー。欧州ではジーザス教の聖人に由来する行事があるらしいのですが、ジャパンでは関係ありません。
店の主人も2月14日と言われてもピンとこなかったので、好奇心から少女に質問してみました。
すでに恋人と過ごす楽しいバレンタインを思い浮かべて過熱気味の少女からは、行事の正確な実態を掴むことはできませんでした。
けれど、どうやら主として冒険者達の間では意中の相手にプレンゼントを贈ったり、恋人と二人で甘い時間を過ごしたりする日になりつつあるらしいことまではわかりました。
「ジャパンらしいアイテムで、あの人に告白します!」
「‥‥これは商売になるかもしれないな」
少女に素麺を何束を売った日の夜、店の主人は考え込んでいました。
近所の物知りなお爺さんにも話を聞いたのですが、どうやら「相面」というのも、まんざら根拠のない話ではないようなのです。
なんでも「素麺」の原型である「索餅」は、宮中において七月七日の七夕の節句に神饌として供えられるそうで、一説には索餅を天の川に見立てているとも言われます。そんな素麺を挟んで恋人同士がいる図式というのは、確かに筋が通っています。
異国の珍しい行事である「バレンタイン」。
宮中行事(かもしれない)「相面」。
かくして、
「二月十四日は『ばれんたいん』だよ〜。欧州では恋人同士で過ごす日だそうだ!」
店の主人が微妙に誤解したバレンタインを声高に宣伝します。
「なに、欧州の行事なんて関係ないって? ふっふっふ、お客さん、それなら日本流の『ばれんたいん』はいかがかね? 『ばれんたいん』のご用命は当店のお座敷席と素麺をご利用下さいませ〜」
そんな呼び込みで、素麺で過ごすバレンタインデーという奇妙な催しが開催されたのでした。
●リプレイ本文
●四面恋歌
『なぜ、私はここにいる?』
デュラン・ハイアット(ea0042)に護衛を頼まれたはずなのに、なぜかいるのはお食事処、そして目の前に置かれている素麺でした。
お膳を挟んで対面しているデュランは店主を相手に出所不明な知識を披露しています。
「実は『ばれんたいん』は既に京都には伝わっていて欧州の僧・バレンタインを祀った『馬恋多院』と呼ばれる寺院があるらしい。しかし、国の保護を受けているために一般には広まっていないようだ」
「へえ、京都は昔から、異国と月道が繋がってたらしいからね。そういったものもありそうだねぇ。こりゃ、ますます勉強になったよ」
店主は素直に素直に信じ込んで関心します。『相面』に宮中行事という意外な信憑性(?)があったことで、今はどんなことでも信じてしまいそうな勢いです。
「とろこで、店主。この『相面』というのも宮中行事だと聞いたが、やはり作法などはあるのだろうか?」
デュランが問いかける。
「難しい作法は省略させていただきました。皆さまが恋人同士で楽しく過ごしていただければ、と考えております」
店主はにこにこと語ります。
『恋人だとっ!? どういうことだ?』
ふと気づくと、回りはなにげにカップルが多いように思われます。
まさに『四面恋歌』とでも言うのでしょうか?
●右を向いてみます
腕を組んできた男女が席に着こうとしているところでした。
「ちょっと照れ臭くはないですか?」
ニコニコと困った顔の陣内晶(ea0648)と、
「バレンタインというのは、こういうものなんです!」
そう言い張って、ぎゅうっと腕に抱きついて離れないシャーリー・ザイオン(eb1148)です。
「とりあえず、席に着く時は離れないといけませんでしょう?」
そう言われてようやくシャーリーから解放された晶でしたが、今度は対面という席の座り方に照れ臭さを感じているのか、落ち着かない様子です。
シャーリーと雑談している間もしきりにキョロキョロしています。
「そんなにソワソワしてないで下さい。余所見までして‥‥、せっかくのバレンタインなのに‥‥」
シャーリーの口調は最初は怒り、次第に切なさのこもったものに変化します。
「え、あっ! す、すみません! でも、回りの女性の方も想い人との逢瀬って事で、服装には気合い入ってますね。ただ、好み的にはもうちょっと露出度が高い方が‥‥」
素で言っているのか、あえてはぐらかしているのか、判然としないものがありますけれど、晶はそのようなことを言ってのけます。
「えっ!? そ、それって‥‥」
シャーリーが頬を紅く染めました。普通なら他の女性の話題なんて怒り出すところなのでしょうけれど、今日のシャーリーの服装は大人っぽく、かつ色っぽい物を着て来ていたのです。晶の好みの話はさり気なく自分の服装を褒めてくれているのでは? そんな風に期待してしまうシャーリーがいるのでした。
「‥‥あの‥‥今日はどうしてバレンタインのデートに誘って下さったのですか?」
「いやぁ、異国の風習と聞いてシャーリーさんが懐かしがるかと思って誘った訳なんですが、まさか恋人同士でやる代物だったとは思いませんでしたよ」
ニコニコと笑いながら晶が答えます。
「‥‥本当にそれだけなんですか?」
「えっ?」
「いえ、何でもありません。そうですよ、バレンタインは恋人同士の風習ですから、誘った以上は今日一日は恋人として振舞って貰いますからね!」
実を言えば、欧州における本来のバレンタインデイは「隣人愛に基づいて、村をあげてみんなで楽しもう、というお祭り」という性質のものなのですが、シャーリーはあえてそのことは忘れ去っているようでした。
●左を向いてみる
左側にいたのは、大宗院鳴(ea1569)と大宗院亞莉子(ea8484)の女の子二人組でした。
この二人がカップルということはない‥‥ように思われましたが。
「亞莉子さん、本日はお兄さまは依頼で外出していますので、こられないそうです」
「えぇ、ダーリンはこれないなのぉ! ぶーってカンジィ。しょうがいないからぁ、鳴ちゃん、一緒にたべよぉ」
二人はカップルではありませんでしたが、カップルで素麺を食べるというこの場所の前提は覆らないようです。
素麺をちゅるちゅると食べながら交わしている会話から、まだ幼さを残す二人の少女は、小姑と嫁という関係であるらしいです。
「素麺、美味しいですね。しかし、何故男女が向かい合って食べているのでしょうか」
ふと鳴が回りをぐるりと見回して、そんなことを言います。
「西洋の風習でぇ、愛する人と一緒に食べるらしぃよぉん」
最後に少しだけ恨み言が入ります。
「そうなんですか、それでは、何時もお世話になっているご友人と一緒に食べるものなのですね」
おっとりとした性格の鳴はそのように理解しましたが‥‥。
「ん〜、微妙に違うっていうかなぁ? 鳴ちゃんにもお世話になってるけどぉ、私はほんとはダーリンと一緒に食べたくてぇ、そのへんの機微を察して欲しいってカンジィ?」
「う〜ん、わたくし、まだまだ世間のことには疎いようですわ。もっと勉強しませんと」
世間勉強の為に巫女をしながら世間勉強をしている鳴。また、一つ世間の謎につきあたっているのでした。
「でも、せっかくですので、帰り際に素麺を買って、お父様やお母様と一緒に食べたいと思います」
鳴はにこにことしています。
「そっかぁ、ダーリンが帰ってきたら私が料理して一緒に食べれば愛倍増ってカンジィ」
亞莉子もまた、にこにこと嬉しそうなのでした。
●デュランの向こう側
体を横にそらしてデュランの向こう側を見てみます。
こちらは男女の組み合わせながら、同性の組み合わせ以上にカップルである可能性が低そうでした。
人間の南天輝(ea2557)と、背中しか見えませんが尖った耳からエルフか、ハーフエルフのようです。パラにしては大きいようです。
「インドゥーラのエルフに会うのはマハラで三人目だ」
そんな会話が聞き取れるので、エルフなのかもしれません。
異種族恋愛は一般的に禁忌とされています。それは単なる迷信であるとか、堅苦しい社会規範というだけではないのです。もっと即物的な問題としても、ありえない関係です。ですから、この二人はカップルではないと思えるのですが。
「どうだ、江戸は? 俺はずーっといるから、そのぶん異国は知らんがだいぶ違うんだろ?」
輝はそんなことを話しています。
「異国といえば、このバレンタインディーとかいうのも、異国の習慣らしいな。知らない行事だが、インドゥーラにもあるのか?」
そんなことを尋ねるあたり、異国=ジャパン以外すべてという風に輝の中でカテゴライズされているのかもしれません。
「素麺で腹ごしらえしたら、江戸案内の続きをしてやろう。行ってみたいところに案内するぜ? ああ、ここまで連れまわしてきておいて今さらだけどな、大丈夫か? マハラにはいい人いたりするんじゃないのか?」
輝の相手のほうは首を横に振っているようです。
「いない? そうか、美人だと思うんだが皆見る目がないな」
輝の言葉が口説いているのか、客観的な意見であるのか、判然としません。けれど、後でのことになりますが、帰り際に見えた、相手が輝を見る顔には、心なしか甘いものが混じっている気がしました。
●背後
「店主。あの二人の席にはほんの少し短めの箸を置いてやってはくれまいか?」
それまで店主相手に嘘とも本当ともわからない「バレンタインデイ」談義に花を咲かせていたデュランが店主にこっそり耳打ちしました。店主もデュランの意図を察したのか、にこりと笑って頷くと店の奥に下がっていきました。
後ろを向いてみると、向かい合ってモジモジしている三笠明信(ea1628)とルミリア・ザナックス(ea5298)の二人がいました。
「わ、わたくしの格好、へ、へ、変だったりしますでしょうか!?」
チラチラとまっすぐ自分を直視してくれないルミリアの様子に、明信は不安になってついそんなことを聞いてしまいます。ルミリアはただ、照れから直視できなかっただけですけれど。
生まれて初めてのデートで勝手のわからない明信は、冒険者としては普段は使っていない正装であるところの裃を着てきて、普段は伸ばしている月代を青々と剃りあげてみたりもしています。
「あっ、いや、そんなことはない! 今日の明信殿も素敵であるぞ」
頬を赤く染めてルミリアは否定します。
「お待たせいたしました。さあさ、相手の顔を見ながら召し上がって下さいませ」
と、店主が素麺を運んできました。
「‥‥」
「‥‥」
店主の言葉に言霊にでもなったかのように、二人は促がされるままに見詰め合って‥‥沈黙してしまいます。
「せ、せっかくなのだ! ソーメンとやら、食べようではないか!」
ルミリアが明信の椀を手にとると、素麺をすくって差し出します。
「さ、どうぞ」
「‥‥ありがとうございます。で、ですが、素麺は簡単に食べられるものなので、自分ですくって食べるのがよいかと思います! でないとルミリアさんが食べる時間がなくなってしまいますから!」
上ずった声で言うと明信はちゅるちゅるっと素麺を一口に食べました。
「そ、そうであったのか‥‥」
ルミリアは自分の勘違いに顔を真っ赤になって恥らいます。
「あっ! いえ、お気持ちはとても嬉しかったですから! い、一緒に食べましょう」
今度は自分で麺をすくってちゅるちゅると素麺をまた食べる明信。
「‥‥‥そうだな、いただこう‥‥‥‥‥‥‥‥はむっ!」
明信が素麺を食べる様子を見ていたが、ルミリアは麺を箸に絡めとって丸ごと口に放り込みました。
ジャパンでは「舌鼓を打つ」などの言葉にあるように音を立てて食事をすることは必ずしも無作法とは言えませんけれど、西洋ではかなり行儀の悪いことです。そんな姿を明信に見られたくないというルミリアの乙女心なのでしょう。
「それにしても、この箸は短くて使いづらいですね」
デュランのようにした箸はそれでなくても短い上、ジャイアントの二人が使うとなれば、ますます扱いづらいものでした。
「そうであるな」
二人ともついつい前屈みになって、扱いづらい箸と格闘しています。
そして、気がつくと‥‥
『あっ!』
相手の顔が本当に目の前にありました。
恥じらいが沸点を軽く飛び越えて、二人とも真っ赤になってしまいます。
「す、涼しげで美味であるな」
気恥ずかしげに言うルミリア。
確かに二人のまわりの気温は確実に上がっていそうで、素麺の本領発揮という具合でありました。
●やっぱり回りは恋人だらけ
周囲を見回してみて、やはりこれは恋人同士の行事だということがわかったようです。
それならそれで、ひたすら店主と妖しげな会話をしていたり、他人へのお節介に興じていたデュランの態度は態度は、放って置かれた彼の同伴者にとってどうであったのでしょうか?
「フッ‥‥。麺も女性も、長く放っておくのはよくなという事か」
心なしか、伸びている素麺を頭に被ったデュランは苦笑いするしかありませんでした。