●リプレイ本文
●十三人目は?
「さて、これで人数は揃いましたでしょうか?」
嵯峨野夕紀(ea2724)が集まった冒険者達を眺めて聞いた。
「期日すべてを働く十人に、手伝いの三人だったな? 一、二、三‥‥、十一、十二、十三‥‥よし、揃っているな」
湯田鎖雷(ea0109)が人数を数える。
「待ってもらえるかしら? 私が手伝うはずだった人が、まだ来ていないのだけれど」
手伝いにきた三人のうちの一人がそう制止した。
「でも、十三人、すでに揃っていますよね?」
夕紀が首を傾げる。
「‥‥すでに患者さんを狙う誰かが紛れ込んでいる‥‥のですか?」
冬里沙胡(ea5988)が緊張の眼差しで一同を見回す。
だが、現にいないはずの一人が紛れ込んでいるのである。
「ここでお互いを疑っていても仕方がありません。互いに疑念を持ったままでは、依頼を果たすのに支障をきたす恐れもあります。信じることです。共に依頼を遂行する仲間なのですから」
ネフェリム・ヒム(ea2815)が言う。
「けれど、もし本当に患者さんに悪意を持って、ここに紛れ込んでいる方がいらっしゃるのなら、聞いていただきたい」
『憂世の神子』とも呼ばれる慈悲深きクレリックのネフェリム。
「憎しみからは何も生まれません。まして、相手は一度は愛し合い、睦みあった女性でありましょう。聖書の言葉にはこうあります。『右の頬を打たれれば、右の頬を打たれれば左の頬を出せ』と‥‥」
紛れ込んでいる人間が特定できない為、いきおいネフェリムの話はその場にいる全員に向けて語りかけることとなった。俄かにその場はジーザス教の説法会となってしまったのである。
「なるほど、欧州の神様はそういうものなのですね」
何事にも真剣な沙胡などは深く頷きながら熱心に聴いていたのだが‥‥。
ネフェリムの説法が、紛れ込んでいた者を説得できたものなのだろうか? 一行が依頼人の診療所に到着した時、いつ間にか人数は手伝いをあわせて、十二人となっていた。
「よかった、わかっていただけたようですね」
ネフェリムは微笑んだ。
●件の患者
「さっきみたいなこともあるからな。今のうちに仲間同士の目印を決めておこうぜ。‥‥こいつを手首に、外から見えないように巻いてくれ。これが仲間を見分ける目印だ」
そんな提案をして、細い紅い紐を配りだしたのは穂村鷹志(eb1626)である。
「あら、気がきくわね」
淋羅(eb0103)が何の疑念もなしに、それを受け取る。
「なんや、あとで金とるんちゃうやろな?」
そんな疑念を持って警戒するのは、大宗院沙羅(eb0094)である。
「そんなケチくさいことはしないさ。いっつ まい とりぃと」
勉強中のイギリス語を交えて笑って答える鷹志であったが、実は隠された事実が存在する。
鷹志が配った赤い紐は、彼が現在も『使用中』の赤褌の一部なのである。赤褌の端を細く切り取ったので、六尺分の紐として用意できた上、褌としての機能は失われてはいないのである。
なにゆえ、そんなことをしたのか。イギリスへ行きたいという鷹志は実はヘンタイであるからか? あるいは単にケチくさい奢りであるのか?
何者にも測り知ることは出来ない。
「それはともかく、まずは別嬪さんのご尊顔を拝したい。護衛する相手の顔を知りませんじゃ話にならん」
鷹志の提案により、とりあえず面通しだけはしておくことになった。
件の患者は確かに美しかった。よく見れば齢を重ね容色の衰えを感じさせるが、遠目には美人と呼べるままであろうし、容色の衰えそのものがある種の凄艶さを醸し出しているという意味で、
『形容し難い‥‥業‥‥とでも言うのだろうか?』
女性には一切興味がないという鎖雷だが、だからこそというべきか、冷静な感想を思い浮かべる。
だが、若い頃そのままに男を好き勝手に出来るということはないだろう。それ故に凄艶さであろうか?
『まぁ、自業自得という気がしますね』
女性である夕紀はそう思うわけだが、こういう時、同性の方が判断が厳しいことはしばしばである。
患者とも一通りの挨拶もすませて、色々と準備に取り掛かりだす。
ひょいと暇を見つけて依頼人に交渉を始めたのは楊飛瓏(ea9913)である。
「報酬だが現金以外にはならないものだろうか? 俺も多少ならずとも医学を齧った身。代わりに医学書の写しか、奇薬の類を分けて頂きたいものなのだが?」
依頼人に対して、そう申し出る。
「う〜ん、そう言われてもな。書物は値が張るから、俺みたいな貧乏医者には手は出ないからな。分けるどころの話ではないな」
だが、依頼人の反応は鈍いものであった。実際、依頼人も医術の多くは師からの口伝による部分も多い。
「薬のほうはどや? あの患者さんで試して効果があるようなら、きっと大もうけできるかもしれんな」
沙羅が横から会話に加わる。幼いながら非常に経済観念の発達した少女である。
「焼褌散ねぇ。もしかして、その薬って‥‥」
淋羅が自分の医術の知識から焼褌散についての知識を引っ張り出して、件の薬について依頼人に尋ねる。
「あ、いやまあ、その薬ではあるが‥‥」
依頼人はチラチラと沙羅のほうを気にしている。
「あぁ、やっぱり。だったら患者さんの病は‥‥」
だが、依頼人の戸惑いも気にせずに、淋羅は言葉をついでいく。
「淋羅殿、その話はそろそろ‥‥」
飛瓏も静止に入る。そろそろ、話が大人の事情になってきて、仮にも外見年齢十歳の少女の前でするものではない。
「私も今、彼いないから、危ないかもね」
淋羅はそんなことも言ってのける。淋羅と沙羅の親子の事情を鑑みるとかなり危険な発言である。
「娘の前でそない如何わしい話する母親がどこにいるんや‥‥」
沙羅はそんな母親に呆れつつも、
「しかし、そないな薬じゃ、希少価値ないねんなぁ」
と溜息を洩らすのであった。
●情報を集めに
水鳥八雲(ea8794)は滞在中の為の買出しを済ませると、そのついでに情報収集の為に患者のよく出入りしていた酒場に来ていた。
「まあ、男をとっかえひっかえって感じだったからね。あちこち恨みは買ってるみたいだけれど。そうそう、一番揉めてたのはあれじゃないかね?」
酒場の女将は患者について気前よく語ってくれた。耳年増な八雲はゴシップを語る相手として申し分のない聞き手であるからだ。
「ところで姉さん。なんでちゃぶ台なんて担いでるんだい?」
女将は不思議そうにちゃぶ台を見る。
「ああ、これ? これはね‥・・聞いて下さる?」
八雲が真剣な表情で女将に語りかける。女将のほうも満更ではない。
「私には、夢が‥‥野望が‥‥あったのよ! その夢が実現しようとしていた、や、さ、き、に! 時流の変化に私は翻弄されたのよ! ああ、出資してくれたパウルさんにも申し訳なくて‥‥」
えぐえぐと泣き出す八雲である。
「所詮、人の身で大きな時の流れに逆らうなど詮無いことよ。その抗い難い運命に向けたこの怒り、わずかでも晴らせぬものかと‥‥」
八雲は担いでいたちゃぶ台をセットすると、
「バカアァァっ!!」
いきおいよく、ちゃぶ台をひっくり返した。
「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥‥‥というわけよ」
●警護中
「どうしたらそんな風になれるんでしょう?」
女性としての「色っぽさ」、患者から発せられる、そういう雰囲気を自分の物には出来ないか? 比較的、体調のいい患者にそんなことを聞く沙胡。
だが、患者は「あなたみたいな素直なひとは私みたいになるものじゃないわ」と諭されてしまう。患者なりに自分の人生に思うところがあるのだろう。
診療所の玄関では、ネフェリムが陣取っている。ジャイアントの巨躯はさすがに迫力があるが、四六時中、厳しい顔で見張りをしている訳ではないので、割合、他の患者達に怖がられることもなく、しかし患者に悪意を持つ者には十分な威圧感を放っていた。
夕紀はそんなネフェリムの影に隠れて、診療所の前の道を行く人々を眺めている。八雲の集めてきた情報、患者から聞きだした話から怪しい人物を探している。それらの情報に加えて、ネフェリムに対する反応が発見の役に立っている。
「もし、あなた‥‥。あの診療所の患者様に御用があるお方では?」
そんな風に夕紀が声をかけると、大抵の者は驚いて逃げ出していった。その数はけして少なくはないが、さすがに本腰をいれて襲撃を考えている人間は多くはないのだろう。声をかけた者が再び戻ってくることはほとんどなかった。
その襲撃者が現れたのは、朝方のことである。
「最近、愛馬のめひひひひんが馬なのに『めひっ』と啼くという噂が流れて、真偽が気になって夜も眠れない」
と、語った鎖雷も、その分、朝方に仮眠をとっていた。
同じく夜番をしていた飛瓏も同様である。
玄関のほうから、柄の悪い怒鳴り声が響いてきた。
「荒事になりそうだ。俺達は表へ行ってくるから、飛瓏殿達は患者のそばにいてくれ!」
鷹志が二人に伝えると表へ向かっていった。
「鎖雷殿」
「ああ」
患者のいる部屋のすぐ外で二人は辺りを警戒する。表の騒動が陽動である可能性は十分に考えられるのだ。
部屋の中には沙胡がいる。
「‥‥表の騒動はそろそろ片付いた‥‥のか?」
玄関からの喧騒が静かになり始めた頃、鎖雷が呟く。
「敵ですっ! 天井裏から!」
患者の部屋の中から沙胡の声が響いた。
「入り込まれたか!?」
飛瓏がさっと障子を開け放つ。
そこには黒い装束を纏った男が一人、沙胡は患者を守るように刀を構えている。
「沙胡殿、患者は任せる」
言って、飛瓏は蹴りを繰り出す。黒装束はこれを交わし、逆に手にした短めの刀で斬り返す。飛瓏もこれを交わす。回避と攻撃の応酬は美しい舞のようであった。
鎖雷は狭い部屋の中でニードルホイップを使いあぐねて、手を出せない‥‥風を装っている。
そして、黒装束は鎖雷の左手に握られている風車を見誤ったのである。無造作に接近した鎖雷は、
「卑怯者って呼ぶなよ?」
黒装束に暗器をつき立てた。
「むぐぅ!?」
「はぁっ!!」
黒装束が呻いた一瞬を見逃さなかった飛瓏は、我流で編み出した無名の技を繰り出して、黒装束を吹き飛ばした。
「安心しろ、急所は外れてる。‥‥今、縛り上げてやろう」
こうして、この護衛期間中、最大の脅威となった敵は捕縛された。鎖雷の黒装束の縛り上げ方が妙に執拗であったのは、彼の性癖であるのかもしれない。
●依頼を終えて
「奇薬の効果なのか、みんなの看護がよかったのか、どっちなのかしらね?」
淋羅はそんなことを疑問に思う。依頼の期限が切れる頃には患者はかなり元気になっていた。今回の依頼で集まった冒険者には医術の心得を持つ者が少なくはなかったのである。
「そや、薬そのものは稀少でなくても、誰それの使っていた褌、っちゅうので売り出せば商売になりそやな。どや、うちと商売せえへんか?」
沙羅が鷹志に声をかける。
鷹志は、未だ沙羅の手首に巻かれている、自分の褌をチラリと見て苦笑いした。