●リプレイ本文
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カリン・シュナウザー(ea8809)自身もそうであるが、ハーフエルフというのは総じて他種族よりも優れた資質を持っているものである。が、その代償とあるといわんばかりに、狂化という呪われた宿業を背負っている。
カリンの使っている『鬼神ノ小柄』もそんな持ち主同様に、優れた切れ味と呪われた運命とを併せ持っている。あるいはその呪いが引き寄せたものであろうか?
丘陵に入って一日目の晩のことである。
皆で宿営している場所から、ほんの少しだからと、わずかに離れて行動した瞬間を狙いすましたように山鬼が襲いかかって来たのである。
「ぐぁぁあああっ!!」
知性を感じさせないむき出しの咆哮に、本当に狙いすましたのか、偶然の遭遇にすぎないのか判断はつきかねた。
「皆さん、山鬼が出ました!!」
声が仲間に届いていることを祈りながら、カリンは掌を山鬼に向けてかざす。幸い、距離はまだ少しだけある。
(最初の一撃‥‥外せないです)
掌に意識を集中させ、身体の中を流れるオーラを収束させていく。そのオーラの量はカリンに扱える最大量であるが、まだ安定して扱える量でもない。発動に成功しなければ致命的な好きを晒すことになり、しかし威力の低い一撃では山鬼に有効打を与えることは難しい。これは賭けであった。
(集まれ‥‥散るな‥‥!)
懸命に不安定なオーラを一つに収束させようと意識を集中させる。
「‥‥きたっ! いっけぇ!」
オーラが収束し、一個の破壊エネルギーの形を成す。強力な威力が込められたオーラの塊がカリンの掌から撃ち出された。
まだ、不安定であるとはいえ、多くの侍や騎士の冒険者達がオーラを補助的なものと考え、武術の腕を中心に修練を積む傾向がある中で、カリン程にオーラを扱える者は、少なくとも同程度のキャリアであれば珍しい。
その強力なオーラが一撃が山鬼を襲った。
「ガアァァッ!!」
一撃は確かに山鬼を痛手を負わせた。が、その痛みを振り払わんと、山鬼が激しく棍棒を振り回す。技巧と呼べるものは感じられない‥‥が、怪力によって振り回される棍棒は速い。オーラを放ったばかりのカリンに避ける事が出来ない。
「きゃぁっ!!」
鎧がなかったら、深手を負っていたかもしれない。だが、このままではジリ貧になるのは目に見えていた。
と、闇の中に火線が走った。
「出遅れたな」
山鬼の苦悶の表情を照らす魔法の炎。神皇家より賜りし、火の精霊の力を剣に宿した宮崎大介(eb1773)が山鬼の前に立ち塞がっていた。
他の仲間達も駆けつけてくる気配がある。灯りをバーニングソードで代用した分だけ、はやく駆けつけたのである。
「これも村人の安全の為、共に戦う仲間の為。許せとは言わぬ、恨んでも良い」
大介は炎を纏った刀を一閃する。手負いの山鬼に、大介の剣術の腕前を防ぐ術などない。
「ぎゃああぁぁっ!!」
山鬼が悲鳴をあげながらも、最後の一撃を振るう。だが、傷つききった山鬼の攻撃など、さしたる脅威ではなかった。
大介は危なげもなく、左手の小柄で棍棒を受け流すと、止めの一撃を山鬼に突き入れた。
「大丈夫ですか? カリンさん」
大介が手を差し伸べた。
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紅千喜(eb0221)はどこまでも飛んでいけそうな‥‥そんな開放感に包まれていた。
眼下に広がる幾重もの谷や峰、視線をあげれば関東平野、関東山地が一望された。故郷の大陸に比べたら‥‥ということはあるかもしれないが、大凧を手に入れたのは最近のことだろう。
「ちょっと高く飛びすぎたわ」
高い高度から、地上の様子を把握できるほど千喜の視力は優れていない。まして、木々が生い茂る低い丘陵地帯では視界が遮られて空からの捜索は難しいものがある。
低高度を舐めるように飛んで捜索するのが妥当な方法である。それでも地上を歩くよりは遥かに広い範囲の捜索を行える。
「江戸からこれだけ離れてると、寂れているものね」
見渡す風景はさすがに江戸に比べれば寂しいものである。森と山と平野ばかりで、人家などはまばらである。
高度を下げながら千喜は地上の様子に目を配る。
時折、ミミクリーでジャイアントオウルに変身したサーガイン・サウンドブレード(ea3811)が飛び立っては降りるのを繰り返している。サーガインの魔法は効果時間の短さが泣き所である。
梟は非常に優れた視力を有しているが、視界は広くない。瞳だけを動かすこともできないので、頭ごとクルクルと目まぐるしく動かしていた。大きさはともかく、その仕草はかわいらしいものであった。
地上では冒険者達が水場を目指して移動していた。山鬼といえど水なくして命は保てない。丘陵にある幾つかの水場は張り込む価値が十分にある場所である。
「千喜とサーガインはちゃんと見えてるかしら?」
先頭を行く渡部不知火(ea6130)は猟師としての知識を活かして、山中での行動のリードしている。
「ああ、見えておるわ。しかし、空を見上げれば、山野の探索日和ではないか‥‥これで、酒などがあれば言うことは無いがのう‥‥わかっておる。山鬼退治じゃろ」
目のいい白銀剣次郎(ea3667)は顔をあげて木立の隙間に見え隠れする千喜の大凧を確認している。軽口は仲間の視線に取り下げる。
「むっ! 何か見つけだようだの」
千喜の大凧の動きに変化があったのを剣次郎が見てとる。山鬼発見の合図に、と決めた一定の動きである。
剣次郎は千喜の大凧の滞空する方角を指し示す。
「今向かってる水場のあるほうね? わかったわ、急ぎましょう」
不知火は仲間が動くのに邪魔な枝や茂みを刀で切り払いながら、歩みを速めだした。
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千喜は山鬼を引き付ける為に、仲間の到着を待たずに山鬼達のもとに降り立った。
「あなた達ではあたしにはさわることもできないわ」
達人と呼べるほどの優れた見切りの技術と足払いで千喜は二匹の山鬼を華麗に翻弄する。
そこに不知火を先頭にして、冒険者達が駆けつける。数の多い冒険者にさすがの山鬼もたじろぎを見せる。逃走の気配を見せた山鬼に手裏剣が投げつけられる。
「逃げられるわけにはいかないからね」
黒崎流(eb0833)は手裏剣と投げると同時に回り込んで、山鬼の退路を断つ。
「はぁっ! むぅん!!」
山鬼が振るう棍棒を、剣次郎は両手で挟みこんで受け止める。その棍棒を捻りこんで棍棒を奪い取って放り捨てる。
「互いに拳だけ、だの」
戦闘を楽しむかのように剣次郎は笑う。そして、渾身のハイキックを山鬼のあばらに叩き込む。
「がああぁぁっ!!」
痛みに山鬼が悲鳴をあげ、辺りに木霊する。
「おおおおおっっ!!」
その悲鳴に応じるように、遠くはないどこかから咆哮が聞こえる。
「来ます‥‥ね」
斉藤志津香(ea4758)は目の前の山鬼を仲間に任せ、咆哮をあげた山鬼の襲来にむけてオーラを刀に纏わせる。
「ぐおおおっっ!!」
茂みを突き抜けて山鬼が一匹、飛び出してくる。
「任せて下さい!」
立ちはだかった志津香に山鬼が棍棒を振るう。
「!!」
十手で攻撃を受け流すつもりだったが、衝撃を流すことが出来ず、志津香の腕が軋みをあげ、激痛がはしる。
「この山鬼‥‥ただの力任せの攻撃じゃありません!」
志津香は痛みに顔を歪めながら警告を発する。
「志津香さん、こちらへ下がってください」
サーガインは『大いなる父』の聖なる結界を形成すると、志津香をその中へ下がらせた。
「今、治療しますね」
結界の中でセフィール・ファグリミル(eb1670)が『聖なる母』の癒しを志津香に施す。
「面白い! まだまだ未熟な自分の糧になってもらおう。 覚悟!」
激しい闘志を燃やして、増援の山鬼と対峙するのは超美人(ea2831)である。けっして天分に恵まれているとは言えない美人であるが、多くの修練を積んでいる。相手の山鬼もただ、怪力に頼るだけの攻撃ではなく、稚拙ながらも戦い方を知っている。
「奴らは必ず私が倒す!」
美人の瞳は目の前の山鬼ではなく、どこかにいる別の何者かを見据えていた。
山鬼が動く。振るわれた棍棒の一撃は上手に力を乗せてられており、簡単には受け流せない。
「援護します!」
カリンがそう言ってオーラを放とうとするが、こちらはオーラの収束に失敗してしまう。
美人は山鬼の攻撃を綺麗に受け流す。体格で劣る美人であるが、修練の賜物により互角以上に山鬼と渡り合う。
そこへ傷を癒した志津香が再び斬りかかった。美人と志津香の連携により、山鬼はそれ以上為す術もなく、地面に倒れ伏した。
「まだまだだな。 基本的な錬度を上げねば奴らには勝てぬ」
倒れた山鬼を見つめて、美人は呟く。彼女の目標は遠く高くにある。
と、何かが潰れるような、嫌な音がした。
「まっ、こんなところかの?」
剣次郎の膝蹴りが山鬼の顔面を完全に潰したのである。それきり、山鬼は動かない。もう一匹の山鬼も千喜と不知火の攻撃によって撃退されていた。
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「出来れば、松風局だけでも会いたかったんだけどね」
流は眼下に見える社の眺めながら、残念そうな様子であった。
「仕方ありません。今回は、あまり一人の領主‥‥その縁者と親しい様子を見せるのはよいことではありませんから」
そう言ったセフィール自身も実に残念そうである。もともと領主間の微妙な関係から冒険者にお鉢が回ってきた依頼である。セフィールが一番そのことをわきまえており、流とサーガインに自重を求めたのである。
「うまく座笆さまに私の功績が届くことを祈るしかありませんね」
サーガインの言うように、間接的に自分達の話が届くことを祈るばかりである。
水場で山鬼三体を撃破してから、数日。待ち伏せや空からの捜索を駆使して山鬼の探索を行っていたが、その後の進展はないままに時間は進んだ。
もともと山鬼の正確な数がわかっていなかったので、すべての山鬼を退治したのではないか、という考えもあった。しかし、討ち洩らした山鬼がいては冒険者の信用にも関わり、冒険者達自身、後味が悪い。
進展のない探索に行き詰った空気を振り払う為、この丘陵の最高峰の山に冒険者達は登っていた。
見晴らしのよい場所から気晴らしと、地形や状況の再確認の為であった。
「倒した山鬼は全部で七体ですね。今までの目撃情報からすれば、多くてもあと二、三体というところでしょう」
志津香が丘陵を見渡しながら確認する。
「問題はどこにいるか‥‥あっ! 剣次郎さん、あそこを!」
セフィールが何を見つけ、目のいい剣次郎に確認を求める。
「‥‥どうやら、最後の敵を見つけたようだの」
剣次郎が目を凝らすと、確かに山鬼らしきものが見受けられる。その数は二つ。
「大凧で追いかけるわ。見失わないでね」
千喜が大凧に乗って、フワリと飛び上がる。
「おし! これが最後だ。気持ちを緩めるなよ?」
その言葉を自らの態度で示すように、不知火は普段のオネエ言葉ではなく、歳相応の厳つい口調で仲間に声をかけた。
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豊富な戦闘経験を持つ山鬼を、戦士、と呼ぶ。
二体の山鬼のうち、一体はその戦士であった。
千喜の大凧を目印にして山鬼に追いついた冒険者達は、山鬼戦士の優れた戦闘力に驚かされる。もう一匹の山鬼もただ力任せの鬼よりは強い。
「粗暴な山鬼にしちゃ、できるようだな」
不知火が山鬼戦士と対峙する。山鬼戦士も強いが‥‥相手が悪かったのかもしれない。
「がああぁっ!!」
山鬼戦士の繰り出す鋭い槍の穂先は、並みの剣士では受け流すのがやっとであったはずだ。だが、不知火は穂先を軽くそらして、両手にそれぞれ握った霞刀で、山鬼を斬りおろす。軽く作られている霞刀と言っても両手に大刀を持てるのは並々ならぬ膂力である。
だが、さすがに怪力自慢の山鬼だけあり、簡単には倒れない。逆に身体で攻撃を受け止めたことで生じた隙に、渾身の一撃を不知火に叩き込む。
「間にあわない‥‥!」
山鬼戦士の薙ぎ払う一撃を、霞刀を手放すことで、左腕で受け止める。腕から骨の折れる嫌な音が響いた。
「いい根性してるぜ! いいか、手を出すな。こいつは真剣勝負だ!」
山鬼戦士の戦いぶりに不知火の闘志が燃え上がる。一度こうと決めれば、それをやり通そうとする性格である。
もう一匹の山鬼を撃破しつつも、冒険者達は不知火の戦いを見守る他なかった。
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「‥‥ふぅ、疲れました。あれだけの傷、今の私にはやっと癒せるか癒せないかなんですよ?」
重傷を負って、ようやく山鬼戦士との死闘を潜りぬけた不知火。
セフィールはその傷を癒すために精魂尽き果ててしまった。
「ありがとん。おかげで助かったわ」
いつものオネエ言葉に戻っている不知火が礼を言う。
ともあれ、山鬼退治は全員無事に達成されたのある。