血ヲ吸フモノ

■ショートシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月19日〜07月24日

リプレイ公開日:2005年07月26日

●オープニング

 暗い暗い闇の深淵よりいずる。
 白と黒のコントラストを持つ。
 吸い上げられる赤い、紅い、アカい、あかい、血。
 そう、それは人の生き血を己の生命の糧とする吸血の徒。


プーーーーーーン‥‥‥‥‥‥‥

パチン!!


「痒いっ! カユい! かゆ〜〜い!!」
 耳元に迫った羽音に向かって平手打ちを振るったが手応えはなく、自分で叩いた耳元がジンジンと痛むばかりである。



「というわけでして、裏山の藪にそれはそれはたくさんの蚊が沸いて出てくるのです」
 依頼人の男は江戸近郊の農村に住む、ちょっとした富農だそうである。
「そこで藪を切り払って蚊を減らそうと考えたのですが、藪の中に危険なものが棲みついてしまっていたことがわかりまして‥‥」
「それを退治する依頼ですね? 一体、何がいるのです?」
 ギルドの手代が詳しい内容の聞き取りにかかる。
「蛇です。それもとても大きな‥‥大蛇です」
 それも一匹ではなく、数匹いる様子であるらしい。
「とにかく、この大蛇を退治してもらえないと、毎日痒くてろくに眠ることも出来ません。なんとか蚊を退治できるようにして下さい」
「蚊、云々はともかく、普通に大蛇の存在は怖いものではないですか?」
 すっかり大蛇退治が蚊を退治する為の手段と化している依頼人にツッコミを入れる手代であった。

●今回の参加者

 ea5973 堀田 左之介(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7030 星神 紫苑(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7842 マリー・プラウム(21歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb1833 小野 麻鳥(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

緋村 新之助(ea3558)/ 片桐 弥助(eb1554)/ サイエンティス・プロスペロー(eb3113

●リプレイ本文


「結局、薮蚊退治じゃなく、大蛇退治なんだな。ちょっとややこしい」
 星神紫苑(ea7030)はそう言って苦く笑った。
「すみません、とにかく痒いことにばかりに気をとられていたもので、薮蚊退治を強調しすぎてしまったようです」
 依頼人は照れ臭そうに頭をかいた。あちらこちらに虫刺されの痕が見てとれるので、その気持ちは十分に察することができる。
「そうよね、大蛇も嫌だけど、蚊にまとめて襲われるってもっと怖いかも」
 そう依頼人に同調するマリー・プラウム(ea7842)。
「で、私の友達が蚊除けに薪を一足先に来て用意してくれてたんだけど‥‥」
「ヨモギの葉を加えるとさらに効果的だということだが、これから藪の中に分け入っていくには、ちょっと使えないな」
 マリーと紫苑はそれぞれに蚊を避ける為の方策を持ってきていたが、実践の段階で今ひとつ工夫が足りていないことに気がついた。雑木林の中へ煙を送り込む方法である。残念ながら手持ちのスクロールにも適当なものはなかった。
「今は使えなくても、藪を払う時には利用できるんじゃないか? 集めた薪やヨモギの話は、後で使ってもらおうぜ」
 堀田左之介(ea5973)が二人を励ますように言った。
「しょうがないさ。蚊はくるだろうけど、戦闘中は気にするのよしとこう。じゃねぇとこっちが危ねぇや」
「ともあれ、大蛇をまず倒さないことには始まらない。さあ、仕事を始めようか」
 小野麻鳥(eb1833)はそう言って、仲間達を促がした。



「五匹‥‥だな」
 ブレスセンサーの巻物を使った麻鳥が、範囲内にいる生物の息吹を感じ取る。
「俺達よりも数が多いか、ぞっとしないな。マリー、小野、見つけたら早くに頼むぜ?」
 左之介はにかっと笑う。
「五匹のうち、二匹はかなり近いぞ。そちらとあの辺りだ」
 麻鳥が警告を発する。
「蛇は私が上から探すわ。二人ともお願いね」
 マリーが雑木林に飛んで入っていく。
「よし、バラけているうちに一匹ずつ片付けていこうぜ」
 左之介は小脇に丸太を抱えて雑木林に踏み入れる。同じように丸太を抱えているのは麻鳥である。丸太は大蛇対策であるというが。
「ああ、行こうか」
 紫苑は右手に刀、左手に短刀を構え、短刀で藪を掻き分けながら前進する。
 ガサガサと藪に分け入る三人の足音に大蛇も目を覚ましたものか。敵の存在を感知した大蛇はそろそろと動き始める。
「何か動いてるわ! 多分大蛇よ」
 揺れ動く茂みの葉の上をマリーがなぞるように飛ぶ。
「この辺りを動いてるわ!」
 マリーは確実に左之介達に向かって飛んできている。それは即ち大蛇の接近でもある。
「精霊の力を借りる。寒さが大蛇の動きを妨げるとよいが‥‥。‥‥‥‥急々如律令」
 マリー、即ち大蛇が十分に接近してきたところで、麻鳥はフリーズフィールドの護符を使用する。最後の掛け声は麻鳥が精神集中の為に使っているものである。
 急速に低下した気温により、冷やされた空気中の水分が白いもやになる。視界を遮るものではないが、精霊の力の働きを目に見える形にしている。そんな風に思われた。
「真夏にこんな寒い思いをするとは思わなかったぜ。紫苑、マリー、もう一匹の警戒頼むぜ」
 左之介が水滴のついた葉を掻き分け、足元にいるはずの大蛇を探す。
「すまねえな、こっちの方が数が少ないからよ」
 動きの鈍い大蛇は左之介の敵ではなく、龍叱爪にあっさりと刺し貫かれる。
「もう一匹も来てるわ! ‥‥そこよ!」
 マリーは呪文を唱えると蛇のいそうな辺りの陰を爆発させた。
 衝撃と痛みに大蛇が跳ね上がった。
「見えた!」
 紫苑は藪を掻き分けて、大蛇に駆け寄り、日本刀を振り下ろす。確かな手応えを感じるが、致命傷ではない。大蛇が鎌首をもたげて、その牙で紫苑の食らいついてくる。
「ぐぅあっ!」
 痛みに顔をしかめる紫苑。だが、闘志はむしろ燃えあがる。
「だから、戦いは面白い‥‥そして、やられたらやり返すのが俺の信条だ!」
 左手の短刀を噛み付いている大蛇の顔に突きたてる。牙の力が緩くなったところを引き剥がすと、右手の刀で大蛇を斬りつける。噛まれた右肩が痛んだが、歯を食いしばって耐える。
 だが、すでに大蛇には十分な痛手を負わせている。隙を見て短刀をその場に落すと、刀を左手に持ち帰る。両手利きの紫苑はどちらの手でも武器を十全に使いこなせるのである。



 紫苑の傷を癒す為、一度藪の外まで後退した冒険者達。ポーションの類は皆、バックパックの中に置いて来てしまっていたのである。
「あと三匹‥‥だっけか?」
 頬を平手で打ちながら、左之介が問いかけた。
「ああ、そうだ。だが、精霊の力の届かないところに隠れている可能性もある」
 麻鳥が応える。先ほどから袖を振って群がる蚊を払っている。
「まっ、なんとかなるだろう。暑かったり、寒かったり、蚊が群がったりでとっとと終わらせてえしな」
 フリーズフィールドは涼むには気温が低すぎるし、そこから外に出れば夏の盛りとの温度差は激しい。軽い疲労感は拭えていない。
「すまんな。次で一気にかたをつけよう」
「もう、大丈夫なの?」
 武器を携えて戻ってきた紫苑をマリーが気遣う。
「ああ、この通りだ」
 ポーションで回復させた右肩を強調するように腕を振り回す。
 冒険者達は再び、藪の中へと足を踏み入れていった。

「この辺りよ!」
 先ほどと同様にマリーが一番近い位置の大蛇の居場所を報せる。
「‥‥‥急々如律令」
 それを目印に麻鳥が護符を読み上げると白いもやが立つ。残念ながら麻鳥の持っている護符では一度に範囲に入れられる大蛇は一匹に限られる。
 残る二匹は左之介と紫苑が引き受け、隙をみて麻鳥が再び護符を使う手筈になっている。
「もう一匹はそこにいるわ!」
 マリーが大蛇のいる辺りの影を爆発させる。
「うおおっ!」
 それを目印にして駆けつける左之介。闘気の力を付与された龍叱爪が大蛇の動きを切り裂くが、大蛇の生命力も強い。大蛇は大きな牙で左之介に噛み付いた。防ぐことが出来なかったのは、丸太を抱えて動きが鈍かったからである。
 左之介が痛みを堪えて反撃にでようとする前に、大蛇は左之介に絡みつく。
「ぐうぅ‥‥」
 丸太ごと左之介は強烈な力で締め上げられる。大蛇の体と丸太が体に食い込み激痛が走る。
「堀田! 今、助ける!」
 丸太を持っていたのが幸いする。駆けつけた紫苑は丸太側から大蛇を斬りつける。丸太がなければ、左之介を傷つける危険を考えて、強力な斬撃は加えられなかったはずだ。傷ついた大蛇の力が抜けたところで左之介は抜け出すと龍叱爪でその頭部を引き裂いた。
「‥‥すまねえな、ありがとうよ」
 左之介は紫苑に照れ臭そうに言った。
「もう一匹だ」
 紫苑はマリーに視線を向けた。マリーはきょろきょろと辺りに視線を配っていた。
「この辺りだったのよね? ああっ、もう!」
 マリーはまとわりつく蚊に悩まされながら、麻鳥に確認する。
「逃げられていなければ‥‥だが」
 麻鳥は答える。既に護符使用で精神力を消耗しており、もう一度探索を行うかは悩みどころであった。
「‥‥目にだけ頼っちゃダメ。音楽で鍛えた、この耳を使うんだ」
 目を閉じて耳を澄ますマリー。聞こえてくるのは蚊の羽音ばかりである。
 言い様のない不快感を必死に堪えるマリーの耳が、木の枝が軋む音を捉えた。
「うえっ!?」
 マリーが声があげるのと、ほぼ同時に大蛇が大きな口を開けて落下してきた。
「マリーっ!」
 左之介が叫ぶ。大蛇はマリーを丸呑みにして藪の中に落下した。
「っ! 危ないっ!」
 紫苑が左之介を突き飛ばす。と、左之介が立っていた場所を大蛇の牙が通りぬけた。
「外していたのか!?」
 正確な狙いがつけられなかったのか、あるいは何らかの理由で抜け出したものか? 最初にフリーズフィールドで行動不能にしたと考えていた大蛇が左之介と紫苑に襲いかかる。二人はそちらにかかりきりにならざるをえない。
「‥‥‥急々如律令」
 二人が手を離せない様子を見た麻鳥はただ一人でマリーを飲み込んだ大蛇に立ち向かう。
 白いもやがあがる。今度は正確に大蛇を中心に冷気の空間を作り上げたはずである。麻鳥は腰に差していた霞小太刀を抜いた。
「麻鳥、お前一人じゃ‥‥くっ!」
 左之介が警告を発するが、目の前で暴れる大蛇に手が放せない。
「大丈夫だ。そちらを先に片付けろ」
 麻鳥は落ち着き払った様子で言う。動きの鈍った大蛇を確認すると小太刀をゆっくりと振りかぶる。だが、麻鳥は武術にはまったくの素人である。
「‥‥ちくしょう! これ以上邪魔をするなぁっ!!」
 紫苑との連携攻撃で消耗していた大蛇に渾身の一撃を叩き込む左之介。
「マリー、小野!」
 大蛇が力尽きるのを見るのと同時に紫苑が走り出し、左之介もそれを追う。



「ほんと大変だったわ」
 ヘトヘトになった様子のマリーが言った。
 大蛇に飲み込まれたマリーは、しかしフリーズフィールドによって大蛇の新陳代謝が極度に低下していた為であろう。消化液などによる負傷も深刻ではなく、ポーションによって回復することが出来た。
 村では雑木林の端からヨモギの葉を混ぜた焚き火を起こして、少しずつ藪を払う作業を始めている。
 冒険者達は全身の虫刺されと戦いながら、その様子を眺めているのであった。