【上州騒乱】長尾景春、挙兵す
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■ショートシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 32 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月17日〜09月27日
リプレイ公開日:2005年10月01日
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●オープニング
●長尾氏の内紛
上州上杉氏は源徳の関東進出に際して、いち早く臣従を誓い、上州における源徳家の名代として、上野国国司の座にあった。
だが、源徳の武威が直接及ばない上州は政情が安定せず、乱立する小領主による小競り合いは日常茶飯事であり、また上杉家内部にもいくつもの内紛の種を抱えていた。
その一つとして、上杉家の家宰を勤めてきた長尾氏の後継問題を巡り、ゴタゴタが起きたのである。
前任の長尾景信の死後、上杉憲政の命により、家宰職を継いだのは傍流である長尾忠景であった。この処置に不満を抱いたのは景信の子である長尾四郎左景春である。だが、忠景は勘気の強い四郎左を警戒し、憲政の力を背景にして、これを武蔵国に近い小さな領地に押し込めてしまった。
こうして、四郎左は逼塞せざるをえなかったのである。
だが、四郎左に好機は早々に巡ってきた。
上州における新田氏の反乱である。
忠景と結びつく上杉氏に対する不満を鬱積してきた四郎左は最大の好機と見て、予てより下準備を進めていた計画を実行に移したのである。
●第一報
「じょ、上州の長尾四郎左景春、鉢形城にて挙兵しました!」
畠山館から菅谷館へと駆け込んできた早馬の使者の第一声はそれであった。
「鉢形だと!? 荒川の南岸に上州の争いを持ち込まれたのか?」
畠山荘司次郎重忠は、第一報を聞いて驚きを隠せなかった。上州の政情が安定せずに騒乱が繰り返されていることは周知の事実であったが、それが武蔵国、それも荒川の南岸にまで持ち込まれる事態はこれが初めてであった。
「しかし、鉢形城で挙兵とはどういう状況なのだ?」
「鉢形城主と事前に気脈を通じ、源徳家に対しよからぬ腹を持つ上州兵を集め率いて入城したものと思われます」
「‥‥戦になる。早馬を出せ、次は比企殿の松山城だ! 江戸まで早馬で繋げ! 我らは軍支度をして警戒に当たる」
命令を下すと荘司次郎は立ち上がり、屋敷内にある小さな別棟へと足を運ぶ。
「軍太、兵太。合戦になるかもしれぬ。また、お前達の力を貸してくれ」
そう言って荘司次郎は微笑んだ。その笑顔の向けられた先にいるのは、
「カッセン‥‥? ‥‥カッセン、オデ、ガンバル。カッテ、じろうニホメテモラウ!」
「オデモ、オデモ!」
まるで一角の武士の如く、綺麗な身なりの青鬼と赤鬼であった。
戦場で畠山荘司次郎の両脇を固める山鬼戦士である。
鬼を鎮めて率いる武将、源徳随一のもののふと噂される所以である。
●武将達
長尾四郎左景春、鉢形に起つとの報は武蔵の諸将に波紋を投げかけていった。
松山城の比企藤四郎能和。父・左衛門透宗より、この一件を一任される。藤内友宗との後継問題の争いを拡大させない為、世代交代を考え始めているのだろう。
「姫巫女の社に戦勝祈願の儀式の準備をするように伝えよ」
藤四郎は家臣に命令する。
「‥‥姉を守る為には、神威を示し続けねばならん」
その後の小さな呟きは藤四郎だけのものである。
江戸。勝呂兵衛太郎恒高が娘の為に借りた屋敷。
「父さまは来てくれないの?」
「申し訳ございません。武蔵国で謀反が起きたそうで、お館様はその鎮圧の為に出陣なさります」
「‥‥約束したのに‥‥無責任だよ‥‥。嫌い‥‥もぉ、みんな嫌い」
琥珀はプイと膨れて、人形達の相手に戻るのであった。
秩父。中村氏の居館。
「おやめ下さい。まだ、先日の騒動で領内は落ち着いておりません。此度の出陣はお取りやめ下さい! 源徳家にもご理解いただけましょう」
「たわけっ! これは私が領主としての門出を飾る戦だ! ここで怯者の謗りをうけるわけにはいかぬ!」
家臣の制止を振り切ると、美麗な鎧に身を包んだ女武者、中村千代丸は馬上の人となる。
「出陣! 可能な限りの兵を集めい!」
千代丸は出陣を強行したのである。
●高見原
源徳家は長尾景春の反乱に対し、北武蔵の諸将に陣触れを発した。
菅谷領主である畠山重忠を総大将に任命し、河越城主・河越太郎重頼、勝呂領主・勝呂兵衛太郎恒高、浅羽城主・浅羽五郎行長、松山城主の嫡男・比企藤四郎能和などが参陣している。これらの武将は菅谷館に集結し、南から鉢形城を窺ってる。
また、東側からは熊谷領主の熊谷入道蓮生、重忠の父・畠山荘司重能らが兵を進めている。畠山館にて兵力を結集中である。
西側からは釜伏峠を越えて、中間平に中村千代丸の率いる丹党勢が陣を据えている。
「鉢形城は堅城。それがしはまず野戦にて敵を叩くべきと思う」
菅谷館における軍評定の場において、勝呂兵衛太郎はそのように提案した。確かに鉢形城は荒川と深沢川に挟まれた島の如き地形に依る城である。これをまともに攻め落すことは極めて困難である。
「野戦で戦うとすれば、高見原であろうか? ここは鉢形、菅谷、畠山の三方から伸びてきた道が一点でぶつかる場所だ」
比企藤四郎が地図をなぞる。複数の道が一点で合流する場所は、古来戦場になりやすいのである。高見原はその名に反して低地に存在し、いくつもの小河川や水田などが入り組んでいる。
「ここで合戦があるのであれば、四津山の砦は確保したいところだが‥‥」
浅羽五郎が目をつけたのは、高見原を見通せる四津山の高見砦である。だが、ここはすでに景春側の手に落ちている。
「のんびりと四津山を攻めていては鉢形から出てきた敵に攻撃されることになるぞ」
河越太郎が異を唱える。
「逆に言えば、四津山をつつけば敵を誘き出せるということだ。各々方、ここは四津山を攻めてみせ、出てきた敵を高見原で迎え撃つということでいかがか?」
畠山荘司次郎がそのように纏め、諸将を見回す。一同、その案に異論はなかった。
「では、冒険者ギルドに要請した雇い兵の到着を待ち、高見原にて決戦を行う! 各々方、しっかりと備えられよ!」
そう言って荘司次郎は評定を解散した。
●リプレイ本文
●菅谷館
長尾四郎左景春の挙兵に対し、源徳軍は順調に兵力を結集していた。
そのうち、主力が終結している菅谷館には冒険者を含む傭兵集団も到着し、馬の嘶きや鎧の擦れあう音などに包み込まれていた。
「パリで起こった騒乱では、思うように身動きがとれなくてな。鬱憤を貯めたまま、帰国せざるえなかったわけだ。それだけにこの戦の話を聞いた時は心が躍ったものだ」
雇い兵達の集まっている一角では各々が自分の過去の武勇伝などを語っていたが、その中でも風雲寺雷音丸(eb0921)は胸躍る戦いを求めて世界を旅してきたという。
「ビサンチン帝国の騎士の戦いぶり、見せて差し上げますよ。ジャパンの剣術と我々の剣術はまた、大きく違うものですよ」
異色ということであれば、ビサンチン帝国の騎士であるミラ・ダイモス(eb2064)という者も陣にいる。
雷音丸が世界中を巡って戦いを求めてきたように、ミラは自らの修行の為にジャパンへと渡ってきたのであろう。
「上越道が荒れるのはしばしばあったことだが、さすがに武蔵国まで及ぶとなると事態は今まで以上に深刻で困る。早く終わるのに越した事はない」
浦部椿(ea2011)のように江戸に長く滞在しているような場合であると、いくばくかでも戦が生活に影響を及ぼしかねないという理由で参戦している者もあった。
「誰か、上の人間に取り成しをしてもらえないか?」
そんな中で、冒険者仲間に聞き回っているのは風斬乱(ea7394)である。
「乱殿、どうした? そういった工作が好きな御仁とは思っていなかったが?」
乱の様子を気にかけた椿が声をかける。
「ああ、武家の世界とは縁を切ったつもりだった」
「それがどういう心境の変化なのだ?」
椿は薄く微笑みながら問いかける。
「‥‥その様子ならわかっているのだろう? 意地の悪いことだ。‥‥アホスケを護るには、刀を振るうことしか出来ぬ、とばかりも言ってられん」
乱は椿の様子に苦い表情をするが、すぐに決意を秘めた表情を見せる。
「しかし、上の人間への取り成しか。コネでもなければ、この戦の最中であるしな」
二人が思案しているところに、レイナス・フォルスティン(ea9885)がやってきた。
「俺が少しは役に立てるかもしれん。この戦に参加している比企の家には少々縁がある」
乱の様子を気にかけていたのは椿だけではなかったようだ。
「ついてくるか? これから挨拶に出向こうとしていたところだ」
「ああ、頼めるか?」
「決まりだな。浦部はどうする?」
レイナスが椿を見る。
「いや、私は遠慮しておこう。大勢で押し掛けても迷惑になろうし‥‥な」
菅谷館に対陣している比企勢の陣を訪問したのは、レイナスと黒崎流(eb0833)の二人であった。乱も同行してきたが、ひとまず外で待機している。
「おお、お前達か。息災であったか?」
比企藤四郎は訪ねてきた二人を歓迎した。
「お久しぶりです。藤四郎殿もご健勝のようで‥‥」
流が丁重な挨拶を交わす。
「私のことよりも気になることがあるのだろう?」
藤四郎はそのように返す。
「御意。座笆様はご健勝でありますか?」
「ああ、元気にしている。この戦の出陣に際しても、戦勝祈願の儀式を行って頂いた」
藤四郎が答える。
「その事で、もしお前達の誰かが来るのであれば、頼もうと考えていたことがある」
「なにかあれば、協力するつもりでいた。姫巫女の役に立てるのであればな」
レイナスが自分が参戦した理由を述べる。それを聞いて藤四郎はうなずく。
「とにかくにも、姫巫女様にとって有利な条件を少しでも増やしたいのだ。奇しくもここは過日、姫巫女の神威を示してみせた土地だ」
「言われてみれば‥‥」
藤四郎の指摘にレイナスが納得する。
「もう一度神威を示してみせよと仰せられるので?」
流が藤四郎に頼みの内容を聞き返す。
「そういうことだ。諸将にお前達を紹介する。姫巫女の神威を示す勇士としてな。お前達のこの戦での活躍がそのまま、姫巫女を護る為の名声となる」
藤四郎はそう言い切った。流もレイナスも自分の内なる部分で高まっていく強い気持ちを感じていた。いずれも姫巫女の為に、である。
「元より座笆殿との縁がなければ、源徳に加勢する義理もなく」
「これは負けるわけにはいかないな」
流とレイナスの表情を見て、藤四郎は安心したようにうなずいた。
「ところで、話は変わるのだが、俺の知り合いに上の人間への取り成しを頼みたいという者がいる。あなたを頼らせてもらえるだろうか?」
話が一段落したのを見て、レイナスは乱のことを切り出した
「それはどんな人物で、何がしたいのだ?」
「俺が姫巫女と縁があるように、この戦に大切な相手を護ることを目的とする者だ」
「なるほどな。ならば、これから一緒に畠山殿のところへ連れて行こう。だが、その願いの向きについて私は関知しないぞ?」
「おぬし等が我が領内を荒らしていた賊を退治した者達か。その折は世話になったな」
畠山荘司次郎は藤四郎が連れてきた冒険者を紹介されると労いの言葉をかけた。今を遡ること数ヶ月前、荘司次郎が京都に出陣している留守を狙って山賊が出没するという事件があった。小賢しく厄介なその山賊を退治したのが、流とレイナスを含む冒険者達である。
「比企の家を守護せし姫巫女の神威を顕したまでのこと。俺達の力だけではありません」
流は姫巫女の神威であるとの旨を強調する。
「ほお? 神威を顕す者か。なれば、その神威、この戦にても顕してもらえようか?」
「必ずや顕してごらんに入れましょう」
流は自分自身の決意も込めて答える。
「各々方、聞かれたか? 姫巫女の神威により、この戦、我らの勝ちは決まった! ‥‥まったく比企殿が羨ましいものだ」
荘司次郎は諸将の士気を高める為か、姫巫女を積極的に利用する言動を取る。藤四郎にとって姫巫女の「功績」を周知の事実と出来る事は都合のよいことであった。
「ところで‥‥この者らからの紹介でどうしても畠山殿に取り次いでもらいたいという者がいたので、同行させてきたのですが、通してもよろしいだろうか?」
藤四郎は話が一段落したところで、乱の話を切り出した。
「どのような話であるのかは私は関知しておりませんが、神威の勇士達の取り成しであるので無碍にもしたくないので」
「冒険者からの上申か。すべてを聞くのは難しいが、推挙があるのならば、聞いてもよかろう」
荘司次郎が答えると、藤四郎は家臣に言って乱を招きいれた。
「乱と申す。お目通りありがたく存じる」
しがない浪人に過ぎない乱であるが、意外に挙動にはしっかりとした様子が感じられる。
「乱、か。姓はなんと申す?」
荘司次郎が乱に問いかける。
「姓に意味はなく、ただ名前だけが真実かもしれん。一介の渡世人であれば、その程度で事足りている。だが、それで事足らして満足してもいられなくなった」
「なぜだ?」
「千代ス‥‥いや、中村千代丸殿の為だ。己一人の力では追いつけない」
「その為に何を望む?」
「一介の浪人に俺だが、どうか兵を任せてもらいたい」
「それで我が軍に益となることはあるのか? 中村殿の為と申すのであれば、なぜ中間平の丹党の陣へと向かわぬ?」
「まとめて、説明させていただく。失礼」
軍議に使われる地図の前へと進み出る乱。まず、菅谷館を指し示す。
「ここがこの菅谷館。ここより北に進むと高見原。大軍を合わせるに適した地とはいえんが、南の菅谷館、東の畠山、西の鉢形城。これら三方向からの道が合流する場所。決戦を行うとすれば、ここであろう」
作戦の全容を公開されていないにも関わらず、正確に作戦意図を見抜く乱。一介の浪人ではあるが、武士の心得として兵法をたしなんでいる。
「この高見原から西方へ進むと、敵の鉢形城。そこからさらに西、鉢形城を見下ろす山の上が中間平だ。この位置関係が俺がここにいる理由だ」
「ほう?」
「丹党勢が高見原へ向かうとすれば、鉢形城の前を通るか、大きく迂回せねばならず、しかしそれは非効率的だ。この位置関係で丹党勢が果たすべき役割は敵が高見原へ出陣した留守の鉢形城を脅かすことだ。丹党は戦わずして、敵の兵力をひきつけることができる。丹党の陣に馳せ参じても丹党勢が敵と戦う事態はすでに敗北に近しく、なれば高見原での合戦に確実な勝利を収めることが千代スケを助けることになる」
乱はいつもの呼び方をしてしまった自分に気づかなかった。
「ふむ、馬術は得意か?」
「いささかの心得は」
「馬術に長けるが、軍馬を持たぬ冒険者に軍馬を貸して一隊を作る。率いるのは乱殿、おぬしだ。今、見せた合戦を見渡せる力、実際の戦場でも見せてみよ」
「はっ!」
乱は荘司次郎の命を受けた。
「‥‥千代スケ、待っていろよ」
乱は小さく呟いた。
●鉢形城
「鳥も穿つ隙なし‥‥これは堅城です」
嵯峨野夕紀(ea2724)は鉢形城を眺めてしみじみと言ったものである。
北側は荒川の激流に深く削り取られた断崖絶壁が要害であり、また南側は深沢川という小さいがやはり深く削り取られた川を天然の堀として利用している。
鉢形城はこの二つの川が合流するデルタ地帯に築かれている。
「お家騒動の次は戦ですか、お武家様も大変ですね‥‥」
夕紀は千代丸のいる中間平を見上げて溜息をついた。城の虎口を観察できる位置にある叢を探し、そこにじっと潜んでいる。
「動いた」
城の虎口を見張れる位置に身を潜めていた夕紀は城の動きを見て、さらに身を低く潜ませる。
「‥‥全軍出陣、という雰囲気ではないようですが‥‥」
城の一部の部隊だけがどこかへ移動している。そういう様子であった。
夕紀はさらなる接近を試みる。風の外套の魔力を借りて軽やかな身のこなしで身を翻すと、敵を先回りして道脇の草むらに身を潜める。頭から外套をかぶるようにして、その隙間から目を凝らし、耳を澄まして様子を探る。
(「合戦向きの甲冑で固めた兵士はよいですが。何でしょう? 革鎧の身軽な姿は‥‥物資が足りなかったのでしょうか? それとも‥‥。保存食を体に巻きつけて? それに足拵えもしっかりしています。‥‥けれど、それは革鎧の兵士だけ?」
夕紀の瞳はそんな敵兵の様子を見ている。
「はっ!」
ふいに革鎧の兵士が一人、隊列を離れて夕紀のほうに向かってきた。
(『見つかった!? 私は彫刻、私は彫刻‥‥』)
夕紀が念じると、ピグマリオンリングがその魔力を解き放ち、傍目には夕紀の姿は石造りの彫刻に見えるはずである。頭からかぶった外套は人の形を誤魔化す為であった。外套にくるまって丸まった姿の彫刻は人の形よりは、自然石のように見えなくもないであろう。
近づいてくる足音。
じっと息を止めて耐える夕紀。一度呼吸をすれば、ピグマリオンリングの魔力は掻き消えてしまう。心臓の鼓動が早くなり、全身に冷や汗が吹き出る。
幸いにもその兵士は夕紀に気づくこともなく、通り過ぎていった。そして、隊列に戻ろうとする様子もなかったのである。
「‥‥あの兵士は一体、どこへ?」
自分を見つけたのでないとすれば、兵士はどうして隊列を離れたのか? そして、隊列に戻ろうとしないのは何故か?
思い当たることがあって、夕紀は今度は隊列から距離をとって偵察を始める。案の定、隊列からは一人、また一人と密やかに隊列から離れていく兵士がいるのである。
「別働隊ですね‥‥」
夕紀にも敵の意図が見えてきた
「身軽な革鎧、保存食の携帯、しっかりとした足拵え。私達の目を誤魔化して向かう先は‥‥山中を越えてどこかへ向かっている」
夕紀は掴んだ事実を報告すべく、菅谷館へと駆け出した。
「熊谷蓮生、ここにあり! 我と思わんものは相手せよ!」
四郎左の武将である溝呂木某の兵士達を薙刀で右へ左へと追い散らす僧兵がいる。熊谷入道蓮生である。
「敵を四津山の方向へ逃がしてはならん! 敵の目的は四津山の兵力増強ぞ! 防げぇっ!!」
畠山荘司重能が四津山方向への道を塞ぐように兵を展開させる。
溝呂木の部隊が四津山を目指して高見原に差し掛かった時、それを迎え撃ったのは熊谷勢と畠山重能勢であった。
「退け、退けぇっ!!」
蓮生の勢いを見て、部将の溝呂木はすぐに兵を引き揚げさせる。
「はっはあっ! 長尾の者どもめ、もう逃げていくわ!!」
蓮生は敵の退却を見て歓声をあげるが、
「妙じゃな? 退際がよすぎる。何の狙いがあったのやもしれぬ」
重能は慎重であった。
これがこの高見原における最初の戦闘であった。
溝呂木の一隊が陽動であろうことは、夕紀の報告によって源徳軍の推測しえるところとなる。
「よくぞ、敵の意図を見抜いた。その報告、一隊の部将の首よりも貴重であろう」
荘司次郎は夕紀の功を労う。
「恐れ入ります」
「偵察というものは地味で名声にも繋がりがたいものであるが、その役目は重要である。些少ではあるが褒美を取らせよう」
荘司次郎は家臣に命じて金を持ってこさせえると、手ずから夕紀に手渡した。
「お心遣いありがたく存じます」
夕紀は恐縮して深く頭を下げた。
「問題がなければ、引き続き鉢形城を見張って欲しい。それとも、合戦への参加を望むか?」
「いえ、多少の応急手当の心得でありますので、それでお手伝いをと考えておりました」
「そうか。それならば、見張りをお願いしたい。おぬしの技術は手当てよりも貴重である故な」
「かしこまりました。さっそく向かいたいと思います」
夕紀は了承すると、その場を辞した。
夕紀のもたらした情報を元に、荘司次郎は冒険者を集めて軍議に入った。
山中へ入った敵はどこへ向かったのか?
諸将の所領や江戸ではないかという推量もあったが、状況から当面の合戦の為の別働隊であろうという予測に落ち着く。
第二の戦闘は四津山砦の裏手にあたる丘陵地帯で行われた。
四郎左の武将である金子掃助の率いる別働隊を、浅羽氏の一族である小代行平が迎撃した。別働隊が四津山への入城を図っているという推測の元に張り込んでいたものである。
足場の悪い山中での戦いに両軍とも苦戦を強いられたが、掃助は戦況を見極めた上で、すぐさま撤退した。四津山砦入場の意図が見抜かれているのであれば、強行突破してまで入城を図る意義は薄いという判断であった。
●高見原
「かかれぇ!」
勝呂、浅羽の両隊が四津山砦へ向けて攻撃を開始する。
寄せ手はまず、柵に取り付くことになる。ある者は乗り越えようとし、ある者は大槌で打ち壊そうと試みる。
一方の城方も黙ってはいない。矢を射かけ、礫を投げて迎撃する。柵を相手にしている最中は的確な防御が難しく、攻撃側に防衛側の3倍の兵力が必要といわれる所以である。
だが、攻撃が繰り返されれば、防御施設も傷つき、徐々にその機能を失っていくものである。
「今の寄せ手のみならず、後方にも本隊が展開しているか‥‥」
四津山砦の守将である石井九郎政綱は、今現在の寄せ手だけでなく、その背後に控える畠山勢などの数を見て、鉢形城へ救援を求める狼煙をあげる。
四津山からの救援妖精を拒否することは四郎左には出来ない事であった。
危険を冒そうとも、味方の危機に駆けつけて救ってみせるという姿勢を見せる必要があった。そうでなくては誰も四郎左についてはこないであろう。
さらに言えば、四郎左は野戦という華々しい舞台での勝利を欲していた。それによって名声を得、味方する者を増やそうという魂胆がある。
四郎左が勝利を収めれば、武蔵国における源徳の威信にも少なからず動揺が生じる。その混乱こそ「われこそは‥‥」と野心を胸に秘めた臥龍を天へと解き放つ一助となるであろう。
そして、源徳を破ったという実績を持つ新興勢力は個人の武勇を示したい豪傑達にとって魅力的な器である。長尾四郎左が勝利を収め続けたとしても、すぐさまに源徳に成り代れるというものではない。四郎左に味方する方が繰り返し自らの実力を世に知らしめす機会を提供され続けるのである。
遅かれ早かれ、源徳軍との野戦での決戦は四郎左も望むところであったのである。
ビイイイィィィ‥‥
両軍から開戦を告げる鏑矢が放たれる。
「我こそは源徳家臣、畠山荘司次郎重忠! 武蔵国を荒らす叛徒、長尾景春! おとなしく縛につくがいい!」
畠山荘司次郎は青地の錦直垂、赤糸縅の大鎧、銘入りの業物の太刀を佩いた天晴れな武者ぶりである。
「我こそは長尾四郎左景春! こと、ここに至ったのは源徳の統治に問題があったからだ。自分達の不始末の結果がこの私であることを知るがいい!!」
長尾四郎左景春は小札鎧の胴丸に大袖をつけたもので、大鎧に比べると軽快であった。
そんな両軍の総大将が言葉を投げかけあうと、次は両軍が矢を射掛けあう。
「グガァアアアアア!!! さあ、死にたい奴からかかって来い!」
飛び交う矢の中を雷音丸が駆け出した。
「なんの! 先陣はこの熊谷小次郎直家がいただく!!」
まっさきに飛び出した雷音丸を見て、他の武者達も奮い立たされたものか、小次郎の他、何騎かの騎馬武者が駆け出していく。
「ビサンチン帝国騎士ミラ・ダイモス! 冒険者ギルドの依頼により、源徳殿に助勢します! 騎士たる者の戦いぶり、特とごらんあれ!」
こちらも徒であるが、雷音丸よりも身軽な装備のミラも同じく駆け出す。
途中、矢に当たって怯む者もいたが、騎馬武者達は蹄の音を響かせて雷音丸を追い抜いていく。ミラも装備の軽さの分だけ、追い抜いていく。
「俺達にも乗れる馬はないのか!」
徒であり、加えて重武装の雷音丸は騎馬武者に置いていかれる悔しさを叫びながら、ひたすら前進する。
とはいえ、軍馬のスピードに置いていかれこそしたものの、真っ先に飛び出した雷音丸の伊達姿は鮮烈なものであった。
烏帽子兜に鬼を模った面頬、そして美しい装飾の施された西洋騎士の鎧の上に皮の羽織を重ねている。羽織をまとめる為に使っているのは鷹の彫刻で作られたマント止めである。和洋折衷の、ジャパンにも欧州にもなかった不思議な、それだけにえも言えぬ洒落者という印象を与える姿であった。
長尾側の陣からも武者が駆け出してくる。先陣の武者達が斬り合いを始める。
「グァアアア! 誰か、俺の相手をしないかぁ!!」
雷音丸が吼えると、一人の武者が駆け寄ってくる。
「面白い! その伊達姿、名のある者と見た! 金子掃助様家臣、角田弥七郎いざ!!」
駆け抜けざまに太刀を振り下ろすが、雷音丸は盾を使い、軽くいなす。
「うぬ!? 姿も変っていれば、武器もそれに習うか!? 名を名乗れぃっ!」
「志士、風雲寺雷音丸! いざ相手をせん!」
弥七郎は馬首を返すと再び雷音丸に向けて斬りかかる。
「志士であろうと、今は源徳に雇われている者であれば、我が刃は神皇様に向けたものでないと心得よ!」
「承知!! グァアアア!! 」
すれ違いざま、雷音丸は盾で攻撃を防ぎつつ、渾身の一撃を弥七郎の首を狙って叩き込む。
首が宙を飛び、鈍い音を立てて地面に落ちた。
「討ち取ったああぁぁっ!!」
雷音丸の咆哮が響くと、成り行きを見ていた両軍から思い出したようなどよめきが起こる。
「よおし! 押し出せぇ!!」
「ぐぁあああぉ!!」
「があああぁっ!!」
雷音丸の勢いに続けとばかりに荘司次郎が号令を下すと、両脇を固めている山鬼の軍太と兵太が雄叫びをあげる。迫力のある装飾を施した甲冑を纏った山鬼の姿は恐ろしげであり、それを率いる荘司次郎の威風をより大きく見せている。
弓兵による援護を受けながら、前進する源徳軍。中央に畠山勢、右翼に熊谷勢、左翼に比企勢である。勝呂勢、浅羽勢が四津山砦の抑えに、残る河越勢が後詰にはいっている。
「怯むなぁ! こちらも迎え撃つぞ!!」
雷音丸に出鼻を挫かれた感のある長尾軍であるが、それだけで勝敗が決するものではない。隊列を整えて.迎え撃つ構えを見せる。
「戦にも詩と同じような韻律がある。それを乱し、斬り刻む。俺達の仕事は簡単だ」
両軍が距離を縮める、その合間へ十騎ばかりの騎馬集団が駆け込んでくる。先頭を駆けるのは真っ白い武者鎧に陣羽織を合わせ、片手に十文字槍を手にした乱である。
猛烈な勢いで向かってくる騎馬集団に対して、長尾の弓兵が弓を引き絞り狙いをつけるが、一瞬早いタイミングで馬上の冒険者がその弓兵を射抜く。見事な騎射術である。今まで軍馬のような訓練した馬に恵まれずに才能を発揮できずにいた冒険者である。
「よし、いいぞ! 俺達が本軍のあの一矢と同じ役割を果たす! 風斬の字、その意味を刻めえっ!!」
十騎一丸となって敵の先鋒に突撃する乱達。ともすれば、個々の武将の威容を示すだけの道具になりがちな軍馬の、機動力や突撃力を存分に発揮した戦いぶりである。長尾の兵達は馬蹄に踏み潰され、馬体に跳ね飛ばされ、槍先に突かれ、斬られ、叩き伏せられていく。
たった十騎であれば、実際の被害の大きさは然程ではないが、されど十騎の勢いに長尾軍の陣形、隊列はかき乱されている。そこへ源徳軍の本隊が押し寄せる。
左翼から押し出す比企勢の中にレイナスと流がいる。
「比企の家を守護せし姫巫女の神威を示す者だ! 腕に覚えがある者、俺が相手になろう!」
レイナスは比企勢の徒の先頭に立って浮き足立つ長尾軍の雑兵を追い散らしながら、自らの実力に見合う敵を探している。乱達の撹乱によって纏まりのつかない雑兵達は組織だった抵抗が出来ず、右へ左へと追い散らされるばかりである。
「越後浪人、宇佐美巳之助! ちょこざいな異人めが! だが、その神威とやら我が仕官の手土産にしてくれようぞ! いざ!」
源徳軍に雇い兵がいるように、長尾軍にも雇い兵はいる。合戦で手柄を立てれば正規の士官にも繋がるということで士気も高い。
「ようやくマシなのが現れたようだ」
レイナスはロングソードを両手で構え、巳之助は刀を構える。
先に仕掛けたのはレイナスであるトリッキーな動きで、巳之助の刀を掻い潜ってロングソードを打ち付ける心積もりであった。だが、巳之助は受けようともせずに刀をレイナスに向けて振り下ろした。
レイナスは身をよじって巳之助の剣をかわしたが、レイナスの斬撃もまた巳之助の着込んでいる鎧によって弾かれてしまう。巳之助のまったくの介者剣法ぶりは、その気候故にぶ厚い防具を身につけることのないエジプト出身のレイナスには戦いづらい相手である。
「国が違えば、戦い方もこうも変る。やはり世の中は広いな」
「曲芸のような剣法は見事だが、威力が軽すぎるぞ?」
巳之助はレイナスを挑発する。
「だが、実力では負けたわけではない!」
レイナスは言い返し、威力を重視した斬撃を繰り出していく。レイナスは身軽な軽装を逆に武器として着実に巳之助をダメージを与えて消耗させていく。
「ぐっ‥‥」
いくら頑丈な鎧を纏っていようと少しずつ蓄積するダメージまでは完全に打ち消すことが出来ない。巳之助は堪え切れずに退却を余儀なくされる。
「見ろ! あれが姫巫女様の神威だ! かわいそうに、あの逃げ去った男。生きて帰っても仕官は難しいだろうね」
徒の兵とともに前進してきた流が兵達を煽ると、どっと笑い声が上がった。
「さあ、自分達には姫巫女様の神威がついている! 恐れることはない!」
比企勢が隊列を整えて敵に圧し掛かるように進軍する。
散り散りになって統制の取れていない敵は後退するより他はなかった。
「後詰の兵を前へ押し出せ! 先手の兵は無理に前線での立て直しを図らず、後方にて纏め直せ!」
四郎左は先手の部隊が乱達に掻き乱されたまま、戦闘に突入した為に形勢が不利であるのを見て取ると、すぐさま後詰の兵を繰り出させる。
「金子隊、早足前へぇっ!」
「長野隊、前へっ!!」
四郎左の武将、金子掃助、長野為業の部隊が前線に向かって走り出す。
「敵が退いていくぞ! 我らの勝利だ!」
長尾軍の先手が退いていく様子を見て、歓声を上げる者がいたが、
「いや、敵の第二陣がくる! 油断するなぁ!!」
そう警戒する声が早いか、長尾軍の後詰の部隊が突撃してくる様子が見て取れた。
「弓衆、前へ! 一斉射の後、徒隊が迎え撃て! 騎馬の者は反撃の第一撃を加えよ!」
荘司次郎は迎撃の準備をさせる。
「早駆けぇっ!!」
『おおおおおおっっ!!』
長野為業が号令を下すと長尾軍の兵が地にも響くような鬨の声を上げて全力疾走にかかる。
「放てぇっ!!」
源徳軍から矢が一斉に放たれるが、長尾軍の勢いは止まらない。
「さすが! この武蔵国で源徳相手に挙兵するだけのことはある!」
畠山勢に加わっていた椿はその様子に敵を褒めると、突撃に備えて低く構えをとる。
「レイナス殿、あなたの装備は軽い。一度後ろへ。自分達が敵の勢いを止めたら反撃に出て欲しい」
流がレイナスに言って、後ろへ下がらせる。
「激突の一瞬‥‥判断を誤るなよ、自分‥‥」
流は自分に言い聞かせるとオーラエリベイションを使用して自らの士気を高める。
そして、両軍が激突する。長尾軍の猛烈な勢いに源徳軍は堪らず後退する。が、その中で怒涛のような敵の勢いに耐え切ったのが、巨大なラージシールドを構えたミラであった。
「騎士には、騎士にしか出来ない戦い方がある! これより後ろには決して下がりません!」
小柄な人間ほどもある盾で突撃に耐えたミラは魔力を帯びた木剣を振るい、敵に殴り倒していく。
「今の突撃に耐えるとは天晴れ! 長野家臣、漆原彦太郎がおぬしを手柄にしてくれようぞ!」
突撃してきた徒集団の後ろから駆けてきた騎馬武者の一人がミラを狙う。
「ビサンチン騎士ミラ・ダイモス! 騎士の剣術、その身をもって味合われよ!!」
馬上から槍を繰り出す彦太郎を、盾を構えて迎え撃つミラ。
(「‥‥壁!?」)
ジャイアントの構えたラージシールドの存在感。それが彦太郎の最後の思考であった。ミラの盾受けからのカウンターアタックが彦太郎を馬上から叩き落したのである。
そこに長尾軍の切れ目が生じた。
「押しかえせぇ!!」
源徳軍の大将である荘司次郎が両脇に山鬼を従えて、ミラの作った切れ目へと突撃する。
軍太と兵太の二匹の山鬼は重い金棒が唸りをあげて振り回し、兵を薙ぎ倒していく。そして、その二匹によって左右の心配をせずにすむ荘司次郎は目の前の強敵を次々と撃破していく。
「敵をしっかり見据えて手近な者と組め! バラバラに後ろを向いて逃げれば、敵は今の勢いのまま追いかけてくるぞ!」
比企藤四郎が兵達の壊走を防ぐべく、叫んでいる。自身も襲い来る長尾兵を切り払いながらのことである。
「見ろ! 畠山殿が押し返しているぞ! あのように味方と組めば恐れることはないんだ! 自分が一緒に行く! 押し返すんだ!」
流は手近な兵に声をかけると立ち向かう。それに従う兵士が数名。
右手の盾で敵の攻撃をいなし、すぐさま左手の刀で斬りつける。偶然に近い浅い攻撃があたることもあったが、鎧がそれを防いでくれる。
「我らは姫巫女様の神威によって守られている! 神威の勇士に続けぇ!」
流とレイナス、二人の神威の勇士を中心として比企勢も押し返していく。
「戦いは五分五分ですな」
「ああ、だが後々の戦いを考えると、それでは辛い。適当に引き分ける口実が欲しいところだ」
四郎左は戦況を見ながら、そう言った。負ける訳にはいかない。が、消耗しつくての勝利でも後が続かない。戦況が五分五分であるなら、兵力の消耗が少ない内に引き分けておきたいという気持ちがある。
「どうやら、口実が出来たようですぞ」
そして、この時、天は四郎左に味方していたのである。
鉢形城の狼煙が上がっていた。
「敵が引き揚げていく!? 何があった?」
乱は戦場を縦横に駆け巡って敵の撹乱を続けていたが、敵の退却が思った以上に早いのを見て戸惑いを覚える。
「中間平の丹党勢が動いたそうです! それで敵は城を守る為に撤退を始めたようです」
「ぁんの、アホスケが! 俺でもわかった答えを間違えるのか!?」
乱はすぐさま馬首を返して、千代丸の元へ向かおうとするが、思い留まる。無理を言って、小なりとはいえ人を率いる立場に立っている。今ここでその立場を放棄して、千代丸の元へ向かうことは出来ない。
「千代スケ、俺は俺の責務をきっちり果たして、お前の失敗を笑ってやるぞ‥‥」
乱は強く強く槍の柄を握り締めた。
「逃げる敵を追撃するぞ! 殿軍を突き破れ!」
鎧を脱ぎ捨てて身軽になった椿は自らの駿馬を駆って鉢形城近辺へと急いでいた。
「中村殿には小言の一つでも言ってやらねばならん! ‥‥ん?」
そう思い立ったからである。が、椿は進路上に立ちふさがる武者数名を見つける。
「何者かぁ!? 止まれぇ」
誰何してくる武者はどうやら長尾軍の斥候の一隊であるらしい。
「押し通ぉるっ!!」
椿は一言で返す。
「!? ‥‥来いやぁ!」
武者の一人が長巻を構えるが、椿を武器を抜かない。
「むぅ‥‥!?」
武者と椿の距離が縮まる。武器を抜かない椿に怪訝な表情を見せた時である。
「はあっ!」
椿は素手のまま、拳から衝撃波を繰り出した。
「‥‥うわっ!?」
素手の拳であるので威力は知れたものであったが、威嚇程度にはなる。
その隙に椿は武者のすぐ脇を駆け抜けていった。
椿の小言は一つ二つでは足りない数になったが、結局、一度動いてしまった状況を補正することは出来なかった。
畠山荘司次郎は鉢形城に対して兵糧攻めを仕掛けることを献策する。源徳家がこれを裁可したので、荘司次郎は鉢形城周辺を封鎖した上で長期戦の構えをとった。