ちっちゃな人形と小銭がお供えされて‥‥

■ショートシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:3人

冒険期間:10月19日〜10月22日

リプレイ公開日:2005年10月28日

●オープニング

「なにこれ?」
 酒場の一角に、昨日までは存在しなかったずっしりと存在感のある立派な景石が鎮座していました。
「昨日、酔っ払いに持ち込まれたらしくてなぁ。どこから持ってきたのか知らんがそれだけのものになると、ひょいっとその辺りに捨てとくわけにもいかんからな」
 ジャイアントが抱えて運ぶ、というサイズの大きな景石です。
「ま、とりあえず後回しだな」
 どうにもならないことは、とりあえず放っておくしかないだろうということで、景石は鎮座し続けたのでした。

 店が開かれて、客が出入りする時間になります。
 お客さん達は突然現れた大きな景石に驚きはするものの、それ以上の何かであるということもない為、あまり気にかける人も多くはなく、それぞれの酒席で宴を開き、あるいは一人でしんみりと酒を飲み、いつもと変らぬ酒場の喧騒がやってきました。


 と。
 誰の悪戯だったのでしょうか?
 それとも本気だったのだろうか?
 景石の手前に、手のひらサイズのふっくらした人形と小銭が供えられました。
 最初は、ただそれだけ。

 それを見たあなたは‥‥?

●今回の参加者

 ea1822 メリル・マーナ(30歳・♀・レンジャー・パラ・ビザンチン帝国)
 ea3546 風御 凪(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 ea9853 元 鈴蘭(22歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0112 ジョシュア・アンキセス(27歳・♂・レンジャー・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

湯井阪 紫乃(ea5590)/ ゼラ・アンキセス(ea8922)/ 風御 飛沫(ea9272

●リプレイ本文

 最初に現れたのはジョシュア・アンキセス(eb0112)でした。
 軽い食事をするつもりで何気なく足を止めたお店だったのですが、でんと置かれている景石を見て、
「なんでこんな物が? こんな所に?」
 疑問というインスピレーションを得てしまったジョシュアは、それが何であるのか、とても気になって仕方なくなってしまいました。
 さらによく見ると、景石のたもとに小さな人形と小銭がちょこんと置かれています。
「これは一体なんだい?」
 通りかかった店の看板娘に聞いてみます。
「え? ああ。昨日、酔っ払ったお客さんが持ち込んだみたいでね。何人もごちゃごちゃしてたとこの奥に置かれていたから、ずいぶんとどっしりした貫禄のあるお客さんと思ってたら、これだったのよ」
「あの小銭と人形は?」
「え? そんなのったかい?」
 看板娘がきょとんとしたが、ちょうど注文を頼む声がかかって行ってしまいました。
「う〜ん‥‥」
 ジョシュアはその立ち尽くして考え込んでしまいます。しばらくそうしていたものか、
「お嬢さん、注文は?」
 と、店の主人に声をかけられて、はっと我を取り戻しました。
「いや、俺は男だって」
 ツッコミを店の主人に返すと、一緒に注文を頼み、ジョシュアは当初の目的であった食事を済ませたのでした。
 ですが、すぐに店を立ち去ろうとはせず、景石の前でなにやらいそいそとやった後、ようやく外へ出て行ったのでした。
「‥‥? はて、あの御仁は何をやっていたのだろうね〜?」
 入れ替わるように店にやってきたのはトマス・ウェスト(ea8714)でした。
「どれどれ〜?」
 景石をじっと凝視するトマス。トマスは植物、とりわけ毒草には深い造詣を持っていますが、石は専門外でありました。あるいは神学について詳しければ、信仰対象としての木石について思い当たることもあったかもしれませんが、彼が学んだのはジーザス教のクレリックとしての基礎知識です。ですが、学識とは別に、もう長いと言っても差し障りのないジャパンでの生活とその経験から思い当たる知識を引き出すことは出来たのです。
(「水鉢などあったら、よくお金が投げ込まれているアレと同じかね〜。ジャパ〜ンの風習では不思議なことをするようだね〜」)
 そこでトマスには思いついたことがありました。ある意味、不埒な考えなのでありますが、今までだって見捨てられなかったのですから。
(「寛大なる聖なる母には感謝せねば〜」)
 そんなことを考えながら、注文もださずにとんぼ返りしてしまいました。
「ふむ、わしらのような外国人でも入れる店があるようじゃの」
 トマスが出てきたのを見て、この店に入る気になったのはメリル・マーナ(ea1822)でした。
 別に「外国人お断り」という店があるわけではないのですが、普段外国人が出入りしていないのに自分がいるのは気まずいだろうという配慮です。
 メリルではなくて、酒場の人達がです。
(「この店であれば、わしが居座っておっても、ありのままのジャパンの衆を見れるじゃろう」)
 自然体のジャパン人の観察がメリルの目的であるようです。
「あっ、店主、二両ほど出すからの。何か美味しいものを出してくれぬかの。閉店までいさせてもらうつもり故、いっぺんにでなくてよいぞ。ゆるゆるとな」
 通りかかった店主にメリルは声をかけました。
 若い娘なのに妙に年寄り染みた喋り方をする外国人にきょとんとしてしまいましたが、二両も一人で出すお客となれば料理店としては破格のお客様です。また、二両分の料理を用意するのも一仕事ですから、店主は気合を入れて取り掛かろうと店の奥へ向かいました。
「おお、忘れるところであったが、やたらと骨の多い魚と海藻と香の強い野菜は苦手故、それ以外の料理を出してもらえると助かる。せっかくジャパンにきたのじゃ、ジャパンの美味しいもので胃の腑を満たしたいの」
 メリルは条件を付け足すと、店内を見渡せる奥の席に陣取りました。景石もその視界に入っています。
 と、折り返してきたトマスが再び店にやってきました。
「‥‥ふむ、これでよし! だね〜」
 トマスは焼き物の器を持ってくると、それを景石の前におきました。何かに納得するとトマスはその場を離れて、最初の目的であった軽い食事を注文しました。
「‥‥? 何じゃろうな?」
 メリルはトマスがなにやらやっているのを見て、景石に興味を抱きました。それまで、ただの置物と思っていたので何かの意味があるらしいことを不思議に感じました。
 景石のもとには小銭、人形、トマスの器が並んでいます。
「お客さん、最初の料理を運んだよ」
 料理を運んできた看板娘がメリルに声をかけたので、メリルは席に戻りながら看板娘に尋ねました。
「娘さんや、あれは一体なにかのう?」
 メリルの質問に看板娘は一瞬だけげんなりした様子を見せてしまいますが、すぐに笑顔に戻すと、朝から何度も何度も答えてきた内容を話しました。あまりに繰り返しましたので返事の言葉はよどみないものでした。
「ほう、元が酔っ払いの持ち込んだものなのじゃな。それに供え物とはよくわからぬのう」
 メリルは頭を捻ってしまいます。
 そのまま、観察を続けていますと、一人の女の子が景石のところへやってきました。女の子はトマスの持ってきた器に花を生けると、小銭を置き、ぽんぽんと手を叩いてお祈りをして去っていきました。
「ふうむ、なにやら興味深いのお」
 メリルは運ばれてきた料理を摘みながら、様子を眺め続けています。
 食事を済ませたトマスが花が生けられているのを見て、
「う〜む、しまったね〜。こうちは誤算だね〜」
 気だるげに言って、その誤算を埋め合わせるべく、考えを巡らせているようです。
「ふむ、そうか〜」
 トマスは何かを思いついたようで、さっそくそれを実行するべく、その場を走り去っていきました。

 ジョシュアの捜索活動は難航していました。江戸中を駆けずり回っても探し出す覚悟といっても、具体的な捜索方法を思いつけなかったことが原因の一つであったのでしょう。
 思い立ったのは冒険者ギルドに行ってみることでした。
「最近、大きな庭石が盗まれたとか、小さな人形を探してくれってな依頼はなかったかい?」
 冒険者ギルドには様々な依頼が持ち込まれます。持ち主が本当に困っているとすれば、依頼として持ち込まれている可能性も考えられました。
 ですが、ギルドの手代の返事は芳しくないものでした。
「なんなら、持ち主を探すために冒険者を雇うかい?」
「それじゃ本末転倒じゃん」
 ジョシュアは苦笑いして、手代の申し出を断ったのでした。

 戻ってきたトマスの手には木箱がありました。
 トマスはそれを景石の前に置きます
 これで景石の前に並べられたものは、小銭、小さな人形、トマスの器、器に生けられた少女の花、トマスの木箱となりました。
「今度こそは大丈夫かね〜?」
 徐々ににぎやかになってきた景石の周囲を見て満足げなトマス。そのまま、店を立ち去っていきました。
 メリルはそんな様子も見ていたのですが、不思議なことにその後から景石についてあれこれと聞く人がぐっと少なくなったように思われます。
「はて、これはどういうことじゃろうな?」
 店に入ってきた人達は景石の存在に不思議そうな表情を見せますが、その下に置かれている諸々を見ると、それで納得したような表情になってしまうのです。
 中には手を合わせる人、拍手をうつ人、木箱にお賽銭を入れる人、様々です。
「ご飯をいっぱい食べられますよーに」
 なんてことを言いながら、ご飯を食べる様子を模った人形をお供えしている女性もいます。
「おじさ〜ん、後からくる兄貴が払ってくれるから、じゃんじゃん料理持ってきて〜♪」
 人形をお供えした女性「へえ」「はそんな注文をするのでした。
「おや、あれは紫乃ではないか」
 メリルの友人である紫乃も偶然、この店にやってきました。彼女もまた、景石の様子を見ると納得したように手をあわせて拝みました。
「お花が供えてあったり、お賽銭箱が置かれていたりしたら、やっぱり何かありがたいものだろう、って考えちゃうかな?」
 メリルに声をかけられて、状況を聞いた紫乃はそのように答えた。
「う〜む。偉いから祀られるのはわかるのじゃが、祀られているから偉かろうというのは順序が逆ではないじゃろうか?」
 メリルは首を捻ってしまいました。

「それはちまじゃないかな?」
 冒険者酒場で聞き込みをしていると、一人の少女がそう教えてくれました。
「ちま?」
 ジョシュアは聞き返しました。
「うん、これだよ」
 少女は懐から小さな人形を取り出しました。
「へえ」
 なるほど、あの人形とは別物ではありますが、明らかに同じ発想の元に作られた人形であることが見て取れました。
「持ち主に心当たりはないかい?」
 ジョシュアが期待を込めて問う。
「ううん、そこそこ流行ってて、いろんな人が持ってるみたいだから、誰のかまではわからないかな?」
 少女は答えました。残念ながら持ち主はわからないようです。

 風御凪(ea3546)と元鈴蘭(ea9853)は、もうずいぶんとよい仲になってそうです。
 本人達の言によれば、結婚を前提としたお付き合いであるとか。今は祝言を挙げる際に宴会を行う場所を探すという名目で、あちこちの料理屋などに足を運んでいるようです。
 この店にやってきたのも、そんな理由からでした。
「この店ですね。大流行り、という訳ではありませんが、けっこうよい評判を聞くお店です」
「気取っていない文、入りやすくていいお店ですね」
 そんなことを話しながら、のれんを潜った二人の視界に入ってきたものは、すっかり貫禄のついた景石でありました。
(「‥‥『アレ』はいったいなんだろう?」)
 凪は首を捻ります。
 まるで雛人形のように、ずらりと並んだ小さな人形達。最初の一体から随分と数が増えています。基本的な作りは共通していますが、それぞれに個性的で見ていて楽しいものです。
「あの白いヒラヒラのついた縄は何じゃ?」
 メリルが聞いたように、注連縄まで張られている始末でありました。
「なんでこんなところに‥‥道祖神? 盤座? なんて言うんでしょう?」
 呼び名は判然としづらいですが、この様子をみれば、まあ神様だとはジャパン人なら思っても不思議ではありません。
「あっ、凪さん、凪さん! 見て下さい、このお人形、飛沫さんに似ていませんか?」
 鈴蘭が指差した先には、ご飯を食べる様子を模った人形でした。
「そうですね、食いしん坊なところまで、飛沫にそっくりです」
 二人はかわいい妹のことを思い出して、顔を見合わせて微笑みあいました。
「ハックションッ!」
 店の一角の人だかりから、大きなくしゃみが聞こえました。
「風邪でしょうか? 季節の変わり目は気をつけてもらいませんとね」
 医者らしい感想を述べつつ、二人は適当な席を見つけて座りました。
「すみません、一両程でちょっとごちそうと言う感じの料理を見繕ってくれますか?」
 凪の注文を受けた看板娘は、今日は贅沢なお客さんが多いと漏らしながら厨房へ入っていきました。
「おいおい、増えてんじゃねーか!?」
 店に再びやってきたジョシュアは、景石の前に置かれている人形の数が増えていることに愕然としてしまいました。
「ジャパンの教会みたいな様式だってんなら、これに神性を感じてる人もいるってことで‥‥俺みたいな外国人が口出ししないほうがいいんかな?」
 景石や人形がここにあることで、困っていたり悲しんでいる人間がいるのは放っておけないのですが、しかし、今となってはこれを撤去することで悲しむ人間も出てきかねない状況です。
「誰かの心に棘残すのは嫌なんだけどな」
 ぼそりと呟くジョシュア。
「ねえ、何を手伝えばいいのかしら?」
 人形や景石の持ち主探しの助っ人に呼んだゼラが聞きます。
「いや、いい。わざわざ来てもらって悪いけどな。代わりに飯くらいは奢る」
 ジョシュアはゼラに謝るのでした。
「おんや〜? 二人仲良く逢い引きかね〜?」
 凪と鈴蘭を見つけたトマスは開口一番そうからかいました。
「別に人目を忍んでいるつもりはないですよ?」
 凪は物腰やわらかに応じる。逢い引きには密会というニュアンスが含まれている。
「けひゃひゃ。半エルフと人間の関係で、人目を気にしないで済むとはよいことだね。まあ、いいさ。今宵は凪君達をからかいに来たわけではないのでね〜」
 トマスはそう言って去っていった。
「‥‥」
 凪はそれとなく鈴蘭の様子を窺います。
「大丈夫ですよ。ドクターのことは、いつものことですし」
 そんな凪を逆に気遣うように微笑む鈴蘭。
「‥‥そうだ、何かあの石がありがたいものみたいですし、二人の未来をお祈りしませんか?」
「はい!」
 何度でも確認したい。自分はこの人と同じ未来を歩んでもいいのだということを。鈴蘭は「二人の未来」という言葉に嬉しそうに返事をしました。

「けひゃひゃ、我輩がドクターだ。う〜ん、きみぃ、健康そうだね〜? 我輩の検体にならんか?」
「勘弁してくれ。それでなくても凹んでるんだぜ?」
 すっかり酔っ払っているトマスに絡まれて、辟易しているジョシュア。
「けひゃひゃひゃ、さてそろそろ帰ろうか〜」
 トマスはそう言って懐の財布から支払いを済ませました。
 実はトマスには計画がありまして、持ってきた木箱を賽銭箱っぽく置いておくことで、そこに集まった小銭で今日のお会計を済ませるつもりだったのです。考えようによっては「窃盗」と言えなくもない行為です。酔っ払ってその計画を忘れてしまったのは、あるいは聖なる母が「トマスが道から外れないように」と慈悲を顕してくれたから、なのかもしれません?
「えっ? そんなに!? どうしてでしょう?」
「妹さんが支払いはお兄さんに‥‥と」
 凪は支払いをする時になって、思いがけない金額を提示されて驚いてしまいました。さて、手持ちのお金が足りたかどうか。
「凪さん、もう一つ財布があったじゃないですか。ほら、ここ‥‥」
 と、鈴蘭が横から口を出しました。指し示されたところには鈴蘭の財布がそっと差し込まれていたのです。いずれ夫になる人に恥をかかせてはいけません。そんな内助の功なのでありました。

「結局、あの石はどうすんの?」
 帰りがけにジョシュアが店の主人に尋ねました。
「持ち主が名乗り出てくるまで、あのままにしておくのもいいんじゃねーの? あの様子なら話題にもなるだろうし」
「そうですね。石と人形そのまま、お賽銭は近所の神社にでも奉納しますよ」
 店の主人は答えました。
「主人、今日は馳走になった。長々と居座ってすまんかったの」
 メリルがそう言って店を後にすると、店の主人はのれんを片付けるのでした。