楽しいイギリス語会話

■ショートシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:10人

サポート参加人数:7人

冒険期間:02月07日〜02月12日

リプレイ公開日:2006年02月16日

●オープニング

 武蔵国北部で起きた長尾景春の乱は、ひとまず源徳と長尾の和睦という形で収束した。
 お膝元である武蔵国内の謀反人を討伐できなかったことは、源徳家の衰勢を物語る‥‥とまでは言わない。だが、江戸の大火を初めとする諸々の痛手により、源徳家に大きな隙が生じていることを象徴する出来事であった。
 景春は鉢形城とその周辺の領有を認められ(旧鉢形城主は当初から景春の反乱に協力し、臣下になっている)、反乱時の戦力を維持している。


 さて、江戸に道楽者の若旦那がいた。道楽者の若旦那など、いくらでもいるものだ。その若旦那の場合は、とにかく書物や巻物を集めるのが道楽で、それらが積み上げられた様子を眺めては悦に浸るという具合である。
 多くの書物は写本も多く作られているような希少性のない書物か、個人の覚え書きなど写本の価値もない代物であった。
 その中で一つだけ実用性の高い貴重書がある。朝廷の陰陽師が誰かが編纂したものなのだろうか? ジャパン語とイギリス語を対応させた字引、言うなれば和英辞書である。これが若旦那にとっては大いに自慢の種であった。
 この若旦那の収集癖、当初は学問になれば‥‥と黙認していた父親であるが、ただただ集めるばかりの道楽で学問にも実用にも活用しない様子を見て、さすがに見かねるものがあった。
「おめぇよ。もうちょっと集めた書物の知識を世の為、人の為に役立てようって気持ちはないもんかね?」
「いや、親父よ。おれぁ、こうして書物が積みあがっている様子を眺めんのが好きなだけだからなぁ」
「何をバカなことを言ってんだい。書物のほうだって、その中身をきっちり使ってやらにゃ、もったいなくてうらめしや〜ってなもんだよ。‥‥そうだ、おめぇ、イギリス語の師匠でもやったらどうだ? 月道が開いてから、こっちに商売に来るイギリス人だって多いからな。これからの目端の利く商売人ってのはイギリス語の一つや二つは出来なきゃいかん時代だ」
「親父こそ、何をバカなこと言ってんだい。おれぁ、イギリス語なんざチンプンカンプンだぞ」
「そこはあれだ。ほれ、お前さんが自慢していたイギリス語の字引だ」
「なるほど、そいつはいい考えってもんだ。親父、冴えてるじゃあないか」
 そんな訳で新しい商売に乗り出すことにした若旦那。だが、和英辞書だけで英語が喋れるようになるものか?

 勝呂兵衛太郎恒高の娘、琥珀は兵衛太郎が奇しき縁に恵まれて娶ったイギリス人女性との間に生まれた少女である。父の領地ではなく、江戸にある屋敷であまり表にでることもなく、ひっそりと暮らしていた。
 その琥珀が侍女の明日奈に手習いを受けていた。
「えと‥‥んと‥‥む〜〜」
 琥珀は手習い用の板の上に文字をつづっていく。
『いちよう、そいゆう風に、頼めれる‥‥』
「お嬢様、『いちよう』ではなく「いちおう」、『そいゆう』ではなくて『そういう』、『頼めれる』ではなくて『頼める』でございますよ」
「ぅ〜〜、だってこぉ聞こえるし‥‥」
 琥珀はそう言って自分の書いた文字を見下ろす。
「‥‥お嬢様、『雰囲気』を平仮名で書いていただけますか?」
「ほぇ? ひらなが‥‥?」
 一瞬、きょとんとする琥珀。素直に言われた通りに板に文字をつづる。
『 ふ い ん き 』
 と。
「くっ‥‥!」
 とっさに袖で顔を覆って笑いを堪える明日奈。
「ええ、お嬢様。『ふいんき』ではなく‥‥」
 明日奈も板に筆を走らせた。
『 ふ ん い き 』
「み゛ゃ〜〜」
 自分の間違いを指摘されて、恥ずかしさに顔を真っ赤にして、涙目になる。
「だって、琥珀半分イギリス人だもん」
 妙な理屈をのたまって拗ねてしまった。
「お待ち下さいませ、日本育ちの琥珀お嬢様」
 笑顔でツッコミを入れる明日奈。
「ぅー‥‥、いいもん、どうせ琥珀なんて‥‥人と話さなくってもいいし‥‥人はなんか‥‥嫌な感じがつよくおもえちゃうし‥‥」
 琥珀が渦巻きのように落ち込んでいくのを見て、明日奈は少しからかい過ぎたことに気がついた。
「お嬢様‥‥そうです! この機会にイギリス語をお勉強されてはいかがでしょう?」

 かくて、需要と供給がここに一致した。


 鉢形城の和睦で自分の領地に帰還した勝呂兵衛太郎は、幾つかの事務を済ませると、娘の琥珀に会う為に江戸へとやってきた。
 その迎えた娘の第一声が、コレであってはド肝を抜かれたのも無理からぬことであった。
「ぱぱ、ている ごぉばっく」
 その時、兵衛太郎は裾を踏んづけてずっこけかえったと言う‥‥。

「申し訳ございません、お館様! わたくしがイギリス語に無知なばかりに、とんだ詐欺師にひっかかってしまい‥‥」
 と、平身低頭の明日奈。
「よい、気にするな。話を聞く限りでは、その男も悪人ではなかろう。ただ、異国の言葉というものに対して理解が足りていなかったのだろう」
(「わしにも覚えが覚えがあるしな」)
 「マイ・ネーム・イズ・ソルジャーガードビッグボーイ」
 そんなことを口走った記憶を持つ兵衛太郎は明日奈を宥める。
「しかし、あの間違ったイギリス語を使い続けるのは、正直みっともない。きちんとした師匠は後でじっくり探すとして、とりあえず今使っている者がどのように間違っているのかをイギリス人の冒険者などを呼んで、教授してもらおうか」
「冒険者を? しかし、お館様‥‥」
「わかっておる。琥珀が冒険者を嫌っておることは。だが、あれから一年近くも経つのだ。いつまでも新三郎殿のことを引きずってもおれまい」
 兵衛太郎は渋い顔をする。
「それに屋敷の警護を、雇いの冒険者に変えようかと思っている。領地に兵力が少しでも欲しい時期だ」
「戦はもう終わったのでは?」
「上州の新田は勢力を増しており、鉢形の長尾も腹の底は読みきれん。景春は「我々は源徳と同盟を結んだ」などとも吹聴しているとも言う。状況は未だ予断を許さぬ。琥珀にはすまないが、冒険者にも慣れてもらわねばな。この機会を冒険者へのこじれた感情を解きほぐすいい機会にしてやって欲しい」

●今回の参加者

 ea0123 ライラック・ラウドラーク(33歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea0448 レイジュ・カザミ(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2722 琴宮 茜(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb0005 ゲラック・テインゲア(40歳・♂・神聖騎士・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0711 長寿院 文淳(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0985 ギーヴ・リュース(39歳・♂・バード・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ウェントス・ヴェルサージュ(ea3207)/ ハロウ・ウィン(ea8535)/ 伊崎 雄乃介(eb0806)/ リリン・リラ(eb0964)/ 空流馬 ひのき(eb0981)/ 大城 くるみ(eb1593)/ 小 丹(eb2235

●リプレイ本文

 その日。
 この時分になると、時折に混じりこむ暖かな日和で、柔らかな日差しが差し込む庭には、甘い香りを芳しい蝋梅がそっと咲いていた。
 その香りに包まれて、空を見上げて歌う琥珀色の髪の少女。その視界から地上のわずらわしい全てを消し去って、ただ歌声と蝋梅の甘い香りだけを連れて空へ飛んでいくようであった。
 けれど、その歌声はどこか孤独な哀愁が染みていた。空にいる少女は地上からの解放と同時に、地上から隔絶した孤独の中にいる。
 少女に教えてあげよう。
 地上にも素敵なものがあるよ、と。
 長寿院文淳(eb0711)はバックパックから静かに笛を取り出す。
「‥‥?‥‥‥」
 自分の歌声に添えられた笛の音に少女は気付く。だが、卓越した文淳の笛の音は優しい。
 そっと‥‥歌声を壊してしまわないように、そっと空にいる少女の手をとり、ゆっくりと地上へ導きおろしていくかのような。地上に近づくほどに賑やかに、楽しい気持ちになるように。
 そうして文淳は、少女と冒険者とを音楽の中で引き合わせる。少女の歌声の主体性を損なうことなく、両者のコラボレーションをリードする。
『さあ、皆さん、この音の輪の中へどうぞ。楽しい時間を共有出来るのは嬉しいですから』
 文淳の笛の音がそう語りかけてくる。曲はいつしか楽しげなものに変わっている。
「ほら、エスナ」
 ケイン・クロード(eb0062)が小さな声でそっとエスナ・ウォルター(eb0752)を促す。
「はぅぅ‥‥」
 エスナは頬を朱に染める。引っ込み思案で消極的で臆病で‥‥そんなエスナではあるが、しかし楽しそうな歌声と笛の音に心魅かれるのも確かだ。
「LA‥‥LA‥‥♪」
 琥珀の歌う歌詞はわからないので、エスナは歌詞は用いずに歌いはじめた。
(「えと‥‥歌‥‥言葉、なくても‥‥音の響きで‥‥気持ち伝わるから‥‥。楽しい、て気持ち‥‥琥珀さん‥‥伝わってたら、うれしい‥‥」)
 メロディを口ずさみながら、エスナはそんなことを願っていた。
 続いて、ギーヴ・リュース(eb0985)が竪琴を爪弾き始める。それは河の精霊の歌声。
 四人の歌声と演奏は、蝋梅の甘い香り、梅の花もぽつりぽつりとほころび始めた庭に、まさに羽化登仙の心地よい空間を出現させた。


「ブラボー、素敵な歌声でした、お嬢さん」
 少女が歌うのをやめると、羽化登仙の境地は歌声とともに響き去ってしまう。
 現実に引き戻された琥珀に手を差し伸べて握手を求めるギーヴ。だが、琥珀は強い警戒心をあらわにした。
「‥‥‥誰?」
 差し出されたギーヴの手を避けるように、琥珀は後ろに下がる。
「‥‥ん‥‥」
 避けられてしまったギーヴはその手をどうしたものかと彷徨わせてしまう。
「じゅ、ジュリアンヌ!?」
 と、ギーヴの背後から琥珀の顔を見たトマス・ウェスト(ea8714)が唐突に素っ頓狂な声をあげる。
「? ‥‥あの‥‥ジュリアンヌさんていゆうの?」
 トマスの言葉を、琥珀は目の前にいるギーヴの名前かと考えた。
「ジュリアンヌ?」
 ギーヴもまた、突然のトマスの言葉に疑問に思う。
「‥‥あ、いや失礼。我が輩のことはドクターと呼びたまえ〜。琥珀君のお父上に頼まれて、エゲレス語を教えにきた冒険者だ〜、けひゃ」
 ジュリアンヌという名はトマスにとってどのような因縁のある名なのであろうか? トマスはすぐに自分の呼び名を名乗りなおした。
「‥‥また、琥珀の部屋を荒らすの? もぉ琥珀のことほっとけばいいのに‥‥」
「へっ!?」
 トマスは琥珀の言葉がどういう意味か図りかねる。イギリス語の教授が何故、部屋を荒らすという行為を連想させるのか?
 一応、琥珀の中では脈絡は繋がっている。以前、魔物にとり憑かれた時、調査の為に部屋に立ち入った冒険者達がいたからである。もちろん、彼らは必要以上に部屋を荒らすような行為はしていないし、琥珀もとり憑いていた魔物を退治してくれたことには感謝していた。だが、冒険者に対する警戒心は今でも強く残っていた。
「そんなことはしませんよ。我々はイギリス語を教えにきただけですから。俺はカイ・ローン。琥珀さんと同じイギリス人とジャパン人のハーフです」
 カイ・ローン(ea3054)は出来るだけ、優しい声、優しい口調で琥珀に語りかける。
「だから、というわけでありませんが、俺は琥珀さんには親近感を持っています。どうして、琥珀さんを苦しめる真似ができますか? そうだろう、ドクター?」
「その通りなのだよ〜、けひゃひゃ」
「‥‥そうなんだ‥‥」
 琥珀は警戒を解いてはいないが、冒険者達を追い返すこともできないと察してはいた。彼らは総じてとても優しい世話焼きで、また、こうと決めたことを簡単に曲げたりはしないことを知っているから。
 琥珀の表情はどこか暗さを残したままだった。その琥珀の笑みをもたらしたのは‥‥。
「そういうことでじゃ、今日は皆で楽しく勉強会じゃ。わしも一緒にイギリス語を勉強させてもらうのでな。よろしくのぉ」
 琥珀の目の前にずいっと差し出された、赤い服を着た白髭のドワーフ、サンタクロースの人形がぴょこぴょこと剽げた仕草をしてみせる。
「あっ、かわいいお人形さん‥‥」
「お嬢ちゃんに気にいってもらえたようじゃな。わしはゲラックという者じゃ」
ゲラック・テインゲア(eb0005)がその豊かな髭をもふもふと揺らして笑った。
 琥珀も人形のかわいらしさに少しだけ緊張をほぐせたようであった。


「材料費、出していただいてよろしいのですか?」
 琴宮茜(ea2722)は恐縮して問い返す。
「旦那様より言い付かっておりますので。お仕事で来て頂いたのに、報酬よりもこちらが頂戴するものが多くなってはならないと」
 明日奈はそう答えて、冒険者による材料費の自腹を固辞した。
 茜を含めた何名かの冒険者が屋敷の台所に立っていた。イギリスの文化にも慣れてもらう一端として、イギリスの料理を作れる範囲で用意しようという試みであった。
「じゅあ、お言葉に甘えさせてもらうな。今日は僕の料理を存分に楽しんでもたいたいしね、琥珀さんに」
 葉っぱ男の称号で名高いレイジュ・カザミ(ea0448)、料理人としても類希なる腕前の持ち主である。
「みんなの腹具合と勉強の進み具合を見て、頃合いになったら運ぼう」
 ライラック・ラウドラーク(ea0123)は言う。生業がメイドだけに料理をただ運ぶだけでは能がないことを心得ている。給される側の人間の立場や状態を見極めて、その都度に適確な判断を下せるのなら、それはよりよいメイドのあり様であろう。
「じゃあ、張り切っちゃおうな!」
 レイジュは明日奈に教わったたすき掛けをすると、料理に取り掛かった。


「みんな、お待たせ。ちょっと一息いれ‥‥?」
 ライラックの先導で琥珀の部屋に料理とお菓子とお茶が運びこまれた時、そこにあったのはへんてこりんな様子であった。
「真面目に授業を受けない輩にはコアギュレイトで墨塗りの刑だ〜」
 トマスがギーヴを魔法で束縛して、その顔に筆を走らせる。
「いいかい、琥珀君。ここが『forehead』、こっちが『cheek』だ、よいかな〜?」
「くすくす、うん‥‥」
 ギーヴの顔に書き込まれていくイギリス語単語に、琥珀は微笑んでいる。
「エスナ。どうしたんだい、あれ?」
 ケインはずっと部屋にいて、状況を見守っていたはずのエスナに耳打ちする。
「はぅぅ、そ、その‥‥ギーヴさんが琥珀さんに色々と‥‥その‥‥はぅぅ‥‥」
 どうやら、ギーヴが授業の最中に琥珀をナンパしていた為、トマスがお仕置きを行うことになったようであった。
「そっかそっか、そういうのはエスナにはちょっと刺激的だったかもしれないね」
 そう言ってケインはエスナの頭を優しく撫でた。なんと言っても、エスナはまだ、恋に恋するお年頃なのであった。
「美味そうなランチじゃな。酒の肴にもなるかのぉ?」
 ゲラックはそう言うと、持参してきたどぶろくを取り出した。
「そうそう、料理を運んできたんだった。みんな、食べてね」
 ライラックが我を取り戻して、そう言った。
「Just a moment! せっかくだから、料理も勉強しながら食べてもらおうか」
 レイジュがそんな提案する。
「ほえ?」
「なに、難しいことじゃないよ。食べ物の名前を英語で説明しながら‥‥ってだけだからさ」
 きょとんとした琥珀にレイジュは笑って答えた。
「うん‥‥」
「じゃ、まずジャパンの人にはおなじみだって言う、お米はRice。RとLを間違えて発言すると、しらみになりますので注意」
「うー‥‥しらみ‥‥」
 レイジュの言葉に、よそられたご飯の粒一つ一つが虱のように思えてしまって、琥珀は半べそもかく。
「お食事時にするお話ではありませんね。減点ですよ?」
 茜がそう言ってレイジュをたしなめるのであった。
「でも、イギリス語なんてひらがなやカタカナ、オマケに漢字まであるジャパンの言葉に比べたらラクチンだよなぁ。今のだってLとRのスペルが違うだけだしね」
 ライラックがそう言ったのは、部屋の端に琥珀がジャパン語の読み書きの練習に使った道具を見つけたからである。
「これは平仮名だね。少しなら読めるよ。えと‥‥ふ、い、ん、き‥‥?」
「み゛ゃ!?」
 琥珀は大きな悲鳴を上げたのである。


「はい、こっちの札がThis  is  a  pen。じゃあ、ジャパン語の札をとって?」
「んと‥‥えと‥‥『これは筆です』‥‥」
 カイが板切れで作ったイギリス語の短文を読み上げると、それに対応したジャパン語の短文を探す懸命に探す琥珀。
「うん、大分いいみたいだ。じゃあ、最後の締めくくりにいくつかイギリス語で短文を作ってもらって、今日は終わりにしよう」
 カイは薄暗くなり始めた部屋を眺め回して、そう言った。歌有り、料理ありで、楽しい時間が過ごせたように思う。イギリス語の勉強もさわりの部分としては上々であろう。
「うん‥‥英語で‥‥これはお人形さんです‥‥This doll a pen‥‥」
「えっ?」
「ん!?」
「どうして?」
「ほえ?」
 琥珀の作ったイギリス語の短文の妙な具合に、居合わせたイギリス人達はいっせいにクエスチョンマークを浮かべる。
「これは 筆 です‥‥。This  is  a  pen‥‥」
 教材として使用した札を見比べるカイ。
「ああっ、誰かジャパン語とイギリス語の文法の違いは教えたか!?」
「そうえいば、単語を覚えてもらったり、楽しい雰囲気で勉強してもらおうとか、工夫はしておりましたけれど‥‥」
 茜が授業を振り返りつつ、そう言った。
「だからかぁっ!」
 その後、あわててジャパン語とイギリス語の文法、主語、動詞、目的語などの並び方の違いを教えなおすことになったのである。


 ようやく授業が終わり、皆が帰ろうかとなった時、茜が琥珀にそっと耳打ちして、小さく包んでおいたお菓子を渡した。
「いいですか。これを帰り際の殿方にですね‥‥ゴニョゴニョ」
「う、うん‥‥でも、琥珀、一人じゃ恥ずかしいから‥‥茜ちゃん、一緒にしてしてくれる?」
「ええ、いいですよ」
 二人でそんな会話をする。
「あなたの愛らしいお顔とお別れしなければならないと思うと、胸が張り裂けんばかりです。どうか、この別れの痛みを癒す為、あなたとともにあったことの験を頂きたい」
 玄関先までやってくると、ギーヴは琥珀の前に跪き、その手をとろうとする。
「えと‥‥これ、バレンタインで、琥珀からです」
 琥珀はさりげなくかわして、代わりに茜から貰ったお菓子を差し出した。
「おお、なんという幸せでありましょうか」
 意外に脈ありか、という希望にギーヴは顔を輝かせた。
「くすっ」
 茜が小悪魔な笑みを浮かべて琥珀の傍らにやってくる。
「じゃあ、琥珀さん。せーの‥‥で」
「うん‥‥くすくす」
 琥珀も釣られるように小悪魔な笑みを浮かべていた。
「? なにが始まるのでしょう?  琥珀殿?」
「せーのっ」
『The return is expected!』
 茜と琥珀の声は綺麗なイギリス語を発していたのであった。