箱庭を覗きこむ者

■ショートシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 7 C

参加人数:8人

サポート参加人数:8人

冒険期間:02月25日〜03月07日

リプレイ公開日:2006年03月05日

●オープニング


 近頃、武蔵国では流言飛語の類が飛び回り始めていた。
 武蔵国北部の中小の領主達に関するそれが飛躍的に増え始めたのは、源徳家に対する揺さ振り工作であろう。
 流言飛語の震源地は上州の新田や真田か? あるいは鉢形の長尾か?
 江戸の大火、また鉢形の和睦など、源徳の武威が低下していると周囲に目されている時期だけに看過しがたい部分はあったが、見苦しく騒ぎ立てるのは逆効果であり、源徳家としてはやるべきことへ向けてやるべき準備を着々と進めている状況である。むろん、流言を振りまいている乱波、素波の類に対する探索も地道にすすめているはずである。

 噂の内容は様々である。荒唐無稽なものも、そうでないものも入り混じり、虚実の判別さえも曖昧にしている。
 曰く「吉見の蒲太郎範頼は源徳よりも古い源氏の血筋を誇り、密かに源徳への不満を高めている」
 曰く「秩父の中村千代丸は領主の器に非ず。素行粗暴にして、家臣、領民に抜刀することしばしば」
 曰く「比企左衛門、藤四郎親子は領内にて不吉な混血種を祀る社を建て、源徳家に災いをもたらす呪法を行っている」
 曰く「勝呂兵衛太郎恒高の一人娘は冒険者の婿入り話さえ流してしまう器量で、跡継ぎの問題は遠からず不穏を招くだろう」



 彼女達にとっては、それらの流言飛語の大半はどうでもいい話である。
 だが、一つだけ。彼女達にとって見過ごせない話があった。
 曰く「比企左衛門、藤四郎親子は領内にて不吉な混血種を祀る社を建て、源徳家に災いをもたらす呪法を行っている」
 『混血種』、より正確にはハーフエルフ。
 彼女達はジャパンにおけるハーフエルフの扱いに関して、その実態を調査する為に月道を越えて来訪したのである。であれば、この噂に興味を持ったのは至極当然の成り行きであった。
 彼女達は比企氏に関する噂の収集を掘り下げて調査を行い、以下のような情報が集まった。
 比企氏は武蔵国松山城を居城とする源徳家臣で、京都での黄泉人との決戦、高見原での合戦において勲功を立てている。
 曰く「比企氏の領内に『お社の姫巫女』と呼ばれている人物がいる」
 曰く「姫巫女、本来ならいい歳であるのに未だ少女のように可憐で、また神懸りして神の言葉を伝える」
 曰く「混血種を祀っているという噂により、京都への出陣の際に配下の足軽の逃亡される憂き目に会う」
 曰く「姫巫女に神威を授けられし勇士達、半巨人(西洋風にはハーフジャイアント)と蔑まれ、また恐れられた盗賊を討ち取った」
 曰く「高見原の合戦にて、神威の勇士が将兵の士気を鼓舞して比企勢の活躍は甚だしかった」



「これ以上は実際に姫巫女の姿を見せてもらわないとダメね」
 彼女達、そのリーダーは集まった情報の報告を聞いてそう言った。
 姫巫女なる人物の噂は過去にも漏れ伝わってはいるものの、彼女達が精力的に歩き回っても決定的な情報というにはたどり着いていない。
「けれど、この一件に全員で深入りするのはリスクが大きすぎるわね。今のジャパンは政情が不安定で恐らくどこもピリピリしているわ。そんな中で一廉の領主の秘密に探りをいれるとなると、どんなトラブルに巻き込まれないとも限らないわ。ノルマンならばともかく、ジャパンにやってきた同胞は限られている。代わりはいないわ」
 リーダーにはとるべき選択肢が一つであることをわかってはいた。が、やはり抵抗はある。まして遠い異国の地である。ノルマンとは勝手が違う恐れは十分にあるのだ。
「やはり冒険者でしょうか?」
 そんなリーダーの逡巡を知ってか知らずか、一人が冒険者の名を出す。
「‥‥そうね、私達の中の一人を派遣して手伝いの冒険者を募る‥‥ということになるわ。誰か志願してくれるかしら?」
「ご命令とあらば、私が」
 一人がさっと名乗り出る。
「じゃあ、あなたにお願いするわ。今回は事実関係の確認が目的よ。今はまだ、深入りはしないでちょうだいね?」
「はいっ!」



「噂の真偽を確かめたい、ですか?」
 ギルドの手代は依頼を聞いて顔をしかめた。しかも、依頼人はフードを目深に被り表情を隠している。声や着ている物から推察されるのは、おそらくは欧州人の若い女性だろう。
「はい。相手方を困らせるつもりはないんです。だから報告書も内密にしてもらいたくて」
 報告書も公開できないような仕事であるという。訳ありであろうことは察せられるが、不審なことには違いない。それも源徳麾下の領主の秘密を探ろうなんていうのだ。
「少々、穏やかではありませんな? いったい、あなたはどういう‥‥?」
「‥‥私は‥‥」
 依頼人はしばし逡巡したようであるが、やがて意を決したようにフードを脱ぎさる。
「この耳でお察しいただけますか?」
 小さめに尖った耳。パラにしては高い身長、真偽を確かめたいという噂の内容とを照らし合わせれば、答えは自ずと見えてくる。
「‥‥それで噂の真偽を確かめて、どうするつもりでしょう?」
 手代は問い返す。冒険者ギルドの手代をやっていれば、ハーフエルフ自体には慣れている。
「噂の真偽を確かめて、その後どうするかは決めてません。でも、私達は同胞を不幸にするようなことはしないです。だから、まずは確かめることから」
 依頼人は真摯な瞳で手代を見つめる。
「‥‥わかりました。秘密裏に人を集めましょう。けれど、冒険者ギルドはあなたの依頼を公式には受理できません。問題が起きても、その時は‥‥」
「それは‥‥ずっとずっと今まで同じことでしたから‥‥」



「源徳家臣・比企氏が祭る『お社の姫巫女』の正体、その現状を探る。この依頼による一切の成果は他言無用である」
 向かう先は武蔵国の越辺川と都幾川の間にある丘陵地帯の東端にある社である。

●今回の参加者

 ea3813 黒城 鴉丸(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0641 鳴神 破邪斗(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1821 天馬 巧哉(32歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2174 八代 樹(50歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2545 飛 麗華(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2918 所所楽 柳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3859 風花 誠心(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3897 桐乃森 心(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

七神 斗織(ea3225)/ ステラ・シアフィールド(ea9191)/ ユキ・ヤツシロ(ea9342)/ レイナス・フォルスティン(ea9885)/ 黒崎 流(eb0833)/ 所所楽 石榴(eb1098)/ 鷲落 大光(eb1513)/ 神哭月 凛(eb1987

●リプレイ本文


 思ったよりも簡単に関係者に出会うことができたように思う。
 関係者のほうから集まってきたというべきか?
「同胞を不幸にする事はしないと手代に言ったそうだが本当か?」
 天馬巧哉(eb1821)という依頼を引き受けた冒険者の一人がそう問い質してきた。
「ええ、言いました」
 巧哉の警戒ぶりが姫巫女なり比企という名の領主なりの関係者であることを物語っていた。
「それで同胞を探してどうするつもりだ?」
「わかりません」
「わからない?」
 巧哉の眉がピクリと動く。同席している黒城鴉丸(ea3813)、所所楽柳(eb2918)、桐乃森心(eb3897)は二人の様子を静観している。
「私達はまずジャパンの同胞がどのような立場にあるのか知りたいんです。それを知った上で私達が何をするべきか、考えていくべきだと思ってます。だから、今はそれからどうするか」
 依頼人は答える。
「‥‥ジャパンではハーフエルフは珍しい存在だ。変に弄繰り回して、その存在が世に知られるようになるのは君達の本意か?」
 巧哉が切り込む。
「隠すつもりでも、そういう行動は表に出る。あまりハーフエルフだということにここ日本‥‥ジャパンで拘るのはどうかと思う」
「私達がそうだったみたいに、月道を使って多くの人が行き来をしてます。偏見や悪意も月道を越えてこないってどうして言えるんですか? 今は知られていなくても‥‥」
 依頼人はそれ以上はあえて言わなかった。
「噂の姫巫女は‥‥恵まれているんですね。こんなにも心配してくれる人がいるんですもの。けど、表に出ることも出来ないってことでしょう?」
「いや、俺はあくまでも一般論としての話をしている」
 依頼そのものに疑問を投げかけて自分を牽制しておきながら、それが一般論であると言い逃れられると思っている巧哉を、依頼人はかわいらしいと感じた。
「ふふふ、じゃあ姫巫女の件とは別ということにしておきます。でも、あなたはハーフエルフと関わりがあって、私達のような者が探り回ることで、その方を辛い目に合わせたくない‥‥そう思ってることはよくわかりました」
 依頼人にしてみれば、巧哉の話も興味深い情報である。ジャパン人のハーフエルフに対する認識について知ることができたように思う。
「でも、あなたの懸念を聞いただけでは、私達は引き下がれないです。私達はまだ何も知らないんですから。あなたを信頼できない人間だと思っているわけじゃないですけど、でもやはりあなたの話だけで全ては決められません」
 自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の頭で考えて答えを出す。
(「この方なら、姫巫女様の意思を何より尊重してくださるように思えまする」)
 そう感じたのは心であった。彼は姫巫女と直接の面識は無かったが、この場にくることが出来なかった友人に、姫巫女に関するすべての事情を打ち明けられていた。それは友人が自分の想いのすべてを桐乃森心に託したことに他ならない。
(「そうまでされたら、もう善悪じゃないですよね。その期待に応えなきゃ。もっとも、普段から気にしてる訳じゃないっスけど」)
 依頼人は信念のもとに、自らが決断することに重きを置いている。そんな依頼人が姫巫女自身の意思を蔑ろにすることはないはずだ。
「結局、噂の真偽でどうであれ、姫巫女を心配しているのですよ、天馬殿は。ここジャパンでも混血種は不吉とされていますからね。けれど、多くの人々は本当に混血種が存在するなんて思っていないのですよ。月道が開かれる以前はエルフもハーフエルフもいなかったですからね。不吉とされながらも、具体的な事象を知らないジャパン人の中で、ハーフエルフの方々は非常に難しい立場にいらっしゃる」
 鴉丸が笑った。依頼人と巧哉を横から見ていたから冷静な判断が出来るのをよいことに、どこか二人を見下したような響きがあった。
「そして、天馬殿とあなたの意見の食い違いは、戦略と戦術を取り違えているからですよ。あなたはハーフエルフ全体の幸せが判断基準で、天馬殿は姫巫女様お一人の幸せを判断基準においてらっしゃる」
「俺の話は一般論だと言っている」
「‥‥それは失礼」
 巧哉の抗議に鴉丸は肩を竦めた。
「ともあれ、依頼として引き受けた以上は、あなたを籠の鳥のもとまでご案内しましょう。ハーフエルフ全体の幸せを願うのならば、姫巫女個人を不幸にしようという意図もありますまい? 天馬殿の心配されるような可能性もあるわけですが」
 それぞれの思惑を抱えたまま、一行は北へと向けて旅立ったのである。



「大きさが違うからでしょうか?」
 愛隼の月華を真似て変身してみたものの、風花誠心(eb3859)は飛び立つことができなかった。首を捻って「はて?」と困ってみせる様子は人間大の大きさを差し引いても愛らしい仕草ではあった。
 ミミクリーで特定の動物に変身すると、その能力を会得できるのであるが、例えば鳥が空を飛ぶと言う一事をとっても、それは緻密な生体の仕組みが存在しているからであって、大カラスや大フクロウがいるからと言って、隼をそのまま人間大にしても飛べはしないのである。カラスにはカラスの、大カラスには大カラスのそれ相応の仕組みがあって空を飛んでいるのだから。
「人間やパラ、ジャイアントが大きさの違いだけで互いによく似た身体を持っていても、その間に混血が生まれないのと同様に、隼によく似せても大きさが違えば、まったく違うものなのかもしれませね」
 誠心はそんなことを呟いたのは、やはり今回の依頼の内容が内容だけに、であろう。
 誠心は飛行による偵察を諦めると、社の周囲を歩いて偵察することにした。忍者やレンジャーのような技術は持っていないが、ミミクリーによる擬態があれば周囲の景色に溶け込むのは容易であった。

 柳と巧哉、それと飛麗華(eb2545)は正面から社に乗り込むことにした。別に殴りこむ訳ではない。ただ、巧哉が、柳の姉が、麗華の友が最後に姫巫女に会ってから随分と経っている。一度は比企藤四郎の手により拒絶されてしまったが、そろそろ会わせてもらえるのではないかという期待はあった。
(「この調べを通して、姉さん達と姫巫女の絆を繋ぐ‥‥いや、確かめることが出え着るなら‥‥」)
 社の近くまでやってきた時、柳はオカリナを取り出して、そんな想いを込めながら演奏を始めた。
 オカリナの素朴でどこか切ない音色が奏でるのは、フランクという名の遠い異国の調べである。姫巫女との絆を持つ女性が何度となく、姫巫女の為に歌った曲であった。
 オカリナの調べは社の高い高い壁を軽く飛び越え、姫巫女のもとまで届いているであろうか?
 ひとしきり吹き終わった後、柳達は社の門の前までやってきた。
「何者か!? ‥‥あ、いや。お懐かしゅうございます」
 門番の兵士は偶然にも、何度となく社に出入りしていた冒険者である巧哉の顔を覚えていた者であった。その兵士自身は巧哉達に悪い感情は抱いていなかったようであるが、姫巫女への面会を申し出ると、さすがに渋い顔をした。
「僕は代理だが、姉さんは今でも姫巫女を大切に思っている。せめて、一目だけでも様子をお伺いさせてもらって、それを報告させて欲しい」
「申し訳ございません。我々には如何ともしがたいことですので」
 職務に忠実な善良なその兵士は譲ってくれそうにはなかった。
「では、わたくしがしばし外出する許可はいただけますでしょうか?」
 巧哉は懐かしい声を聞いた。
「松風局さん」
「お久しゅうございます。あの不思議な笛の音を聞いて、外の様子を見て参れと姫巫女様がうるさくせがむものですから」
 社の中から出てきた松風局はそう言って微笑んだ。
(「よかった!」)
 柳は心の中でとても喜んだ。
(「石榴姉さん、ステラ嬢、他の皆も‥‥姫巫女との絆は確かに繋がっていたんだ!」)

 柳達はその後、姫巫女との面会こそ許されなかったが、社の中に「松風局の客人」として招きいれられた。
 兵士達数人が彼らの会話に聞き耳を立てている。社に招き入れる不都合よりも、監視の行き届かない場所での密談を警戒しての措置であったようだ。
「皆さまのお気持ちは、このわたくしが確かにお預かりいたしました。手紙の類は藤四郎様に先にお見せしなければなりませぬが、必ずや座笆様にお届けいたします」
 会話は当たり障りのないものに終始せざるをえなかったが、松風局であれば確かに想いを届けてくれるはずであった。麗華が料理を振舞いたいと提案したのは、巧哉が今しばらく松風局を話をしていられるようにと思ったからである。少しでも多くの話を姫巫女に伝えてあげて欲しい。そう思ったからである。ここで演奏すれば、柳のオカリナの音色もいっそうはっきりと姫巫女のもとへ届くだろう。
「私、料理を作って食べてもらうのが趣味なんです」
 そんなことを言いながら、厨房や倉庫を行き来する最中にそっと周囲の様子に気を配る麗華。人よりもちょっと自慢できる視力を懸命に駆使した。
「それにしても‥‥」
 麗華はここに来る為の大義名分を思い出す。
「女性への恋文を女に託すものかな?」
 世間一般の常識として、である。



 鳴神破邪斗(eb0641)が社の奥深くまで潜入できたのは、アースダイブで社の地下を泳ぎ回った鴉丸、ミミクリーで擬態して社の外壁を組まなく調べまわった誠心、潜入口をしっかりと確保している心のサポートがあったからである。
(「一人でやろうとしていた事の半分以上を仲間が担ってくれた。おかげで随分と楽な仕事になったな」)
 物陰から物陰へ移動しながら、破邪斗はそう思う。前方に見張りの気配がないのを見て、破邪斗は手を振った。しばらくして破邪斗の肩が軽く叩かれる。
(「いい腕前だ。足音も聞こえなかった」)
 破邪斗の肩を叩いたのは依頼人である。ボディランゲージで合図を送る手段は、視線をそらさずに味方の動向を確認できるので、前方の注意を疎かにせずにすむ。
 姫巫女の元まであと少し。
「姫巫女の寝室に‥‥男?」
 意外な物を見て、破邪斗は思わず呟いた。
「いや‥‥あれは比企殿か?」
 聞こえてくる会話の断片から、その男が比企藤四郎であることを知る。
 どうやら、柳達が届けた手紙を読んで利かせているようだった。
 姫巫女はその内容に満面の笑みを浮かべていた。
「姫巫女が幸せかどうか‥‥のほうが大事ですか」
 依頼人はとりあえず、その笑顔を見て納得はしたようであった。