【上州征伐準備】峠の怨霊

■ショートシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 66 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:03月26日〜04月03日

リプレイ公開日:2006年04月05日

●オープニング

 源徳家は着々と上州征伐戦の準備をすすめていた。
 御馬揃えもその一環であったし、上州へ向かう大軍、その輜重の移動路の整備なども進めている。
 当該するその一帯の道普請の奉行を命じられたのは、畠山庄司次郎重忠であった。道普請は各所で区切られて、その区画ごとに普請奉行が割り当てられている。同時進行で進められる工事は速やかなる完了を目指している。
「私がこの一帯の道普請を命じられた奉行の畠山庄司次郎だ。諸方の村々からは人足を出してもらう。春を目の前にして忙しい時期に申し訳なくは思うが、村の中でよく相談し、今後の立ち行きに問題がないよう努めよ」
 庄司次郎は周辺の村の村長達を集めて、労働力の提供を命じた。労働奉仕も領民達に課せられた租税の一形態である。苦労はあるが、源徳家による治世は領民達にとっても生活の安定に繋がるものであるから、よほど無理な命令内容でない限りは協力を惜しむ者はいないようだ。
「ところで聞いた話によると、あの山を越える、今は使われていない道があるそうだな?」
 庄司次郎はその山に視線を向けて、村長達にたずねる。
「はい。今は迂回する道をもっぱら使っております。あの道は数年前より怪物がでるようになりましたので。ただ、こちらから近づかなければ害がないということで放っておかれております」
 村長の一人がそう答える。
「化け物か。だが、その道が使えるならば軍の移動も容易になる。元々、道があったのなら整備すれば使えるようになるのに手間はかかるまい。どれ、一つ退治に行ってまいろう」
 事も無げに言う庄司次郎。源徳家随一のもののふ、とも評される彼の自信の程を表している。その評価の真偽はどうあれ、有名な武将の名を上げて、誰それが強い、いや誰それの方が強い、などという話題はありふれた娯楽の一つであり、そこに名を挙げられる以上はそれに見合った実力はある。
「して、それはどのような化け物なのだ?」
 同時に庄司次郎は無謀な武将でもない。情報を集めて適切な作戦を立てようと図る。
「その昔、あの辺りには巨人の一家が住んでおりました。それが山賊に襲われて一家全滅という悲惨なことになってしまいました。‥‥よほど無念で成仏できなかったのでございましょう、弔いの為に村人と近くの寺の住職が訪れた時には凶暴な怨霊となっていたのでございます。弔いに行った村人がただ一人帰ってまいりまして、事と次第を知った訳でございますが、他の者達は皆、取り殺されてしまったと‥‥」
 事情に詳しい近くの村長がそう説明した。
「そうか。怨霊如き、ただ斬って捨てるのは容易いことなれど、かような悲惨な最期を遂げた者なれば弔いも行うべきであろうな」
 庄司次郎は思案する。オーラの力があれば、怨霊さえも斬ることが出来る。
「よし、冒険者を呼ぶとしよう。彼らであれば、悲惨な最期を遂げた怨霊達にも何がしかの心遣いをしてくれよう。我々は当該の道の普請は後回しにして、できるところから道を手直ししていくぞ」
 庄司次郎は冒険者を利用することを決め、自身は道普請に専念することにした。武を振るうのは武士の本懐なれど、為政者として民を率いて内政をなすのも武将としての務めであると承知していた。

●今回の参加者

 ea2766 物見 兵輔(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8634 琳 思兼(39歳・♂・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2546 シンザン・タカマガハラ(29歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2573 夜久野 鈴音(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3496 本庄 太助(24歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 eb3843 月下 真鶴(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb3891 ヴァルトルート・ドール(25歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4640 星崎 研(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

陸 潤信(ea1170)/ 八代 樹(eb2174)/ 緋宇美 桜(eb3064)/ 紅谷 浅葱(eb3878

●リプレイ本文

 迂闊であったのは、状況を適切に把握しなかったことであろう。
「黒雲っ! 落ち着きなさい!」
 しかし、夜久野鈴音(eb2573)の愛馬である黒雲は混乱状態から立ち直れないでいる。混乱を収めようにも騎乗技術を持たない鈴音には黒雲に適確な命令を伝える手段を持っていない。手綱でも鐙でもいい、適切な命令手段が用いられれば、元々訓練を積んだ勇敢な軍馬であり、なにより鈴音と深い絆で結ばれた黒雲はすぐに平静を取り戻したであろう。
 だが、手綱も鐙も鈴音にとってはしがみつくことにしか使えていない。それが黒雲の混乱に拍車をかけた。
 黒雲は混乱したままひた走り、目の前の茂みを付きぬけたところで、鈴音は自分の身体が浮かび上がる感覚に襲われた。
(「落ちるっ!」)
 茂みを越えたその向こう側に見えていなかった急斜面が存在したのである。

 ――ほんの少しだけ前。
 物見兵輔(ea2766)と鈴音の二人が斥候の為、他の冒険者達に先んじて峠道へと向かった。
 長い間、通る人間もなく荒れ果てた峠道を慎重に進む。
「荒れ果ててはいるが、険しい道という訳ではないな。整備してやれば、軍の行軍にも耐えよう。が、今は馬を通すのもキツそうだな」
 兵輔は馬に乗って後ろからついてくる鈴音の為に、ことさら道に生い茂る草を踏み潰すように歩いている。ひいては他の冒険者達と合流して再びこの道を歩く時の為、道普請にくる人夫達の為である。草に覆われた道はともすれば、その存在を見失ってしまう。道を歩いていたつもりが、いつの間にか迷子になっていることもあるのだ。
「お手数をお掛けして申し訳ありません」
「なに、夜久野殿の為だけのことではない」
 謝る鈴音に兵輔が答える。その言葉はまったくの嘘でもないが、なにより鈴音への気遣いであった。
「‥‥待て! ‥‥どうやら彷徨える死者は増えているようだ。まだ遠いようだが‥‥」
「どこですか? 木々が多くて‥‥」
 兵輔の鋭い視線は白骨化した死体が徘徊している様子を捉えていた。まだ、距離があるので鈴音には見えない。兵輔にしても、事前に亡者がいると言われて注意を払っていなければ見逃していたであろう。
「今回はあくまでも斥候だ。危険は冒したくない‥‥が、さてどうしたものか?」
 兵輔が斥候を続けて更なる情報を得るか、現状でよしとし危険を冒さずに戻るか、考えたこんだ時のことである。
 突如、飛来した怨霊が鈴音と黒雲を襲ったのである。怨霊によって生命力そのものを奪い取られる、その本能的な恐怖によって黒雲が恐慌をきたした。その後は前述したとおりである。
「夜久野殿っ! くっ、邪魔だ!」
 兵輔も飛来する怨霊に行動を阻まれ、助けることが出来なかった。


「鈴音様‥‥大丈夫でしょうか?」
 不安げな様子で尋ねたのはユキ・ヤツシロ(ea9342)である。兵輔の報告を聞いてユキは鈴音のことを心配していた。
「大丈夫だって。そんなに険しい山じゃないんだし、きっとどこかで俺達の助けを待っているさ。だから、ちゃっちゃと怨霊を鎮めて探しに行かなきゃな」
 暦年齢はともかく、ユキよりも少しお兄さんの本庄太助(eb3496)がユキを勇気付ける。
「それにしても‥‥いきなり襲い掛かってきたなんて‥‥きっと怒りで我を忘れていらっしゃるのですね」
 悲しげに目を伏せるクリステル・シャルダン(eb3862)。
「気の毒ではあるけど、倒すのが僕達の仕事だしね。上州征伐も近いし、こんなところで手間取ってはいられないよ。放っておいてもその人達自身だって成仏できないし、無関係な人が犠牲になる危険だってある」
 月下真鶴(eb3843)は侍である。視点が上州征伐を見つめているのは、だからであろうか?
「やることは増えましたが、やるべきことは変っていません。全力を尽くして怨霊を鎮め、そして夜久野さんを探し出しましょう」
 星崎研(eb4640)が今するべきことを言う。
「そういうことだ、物見。気に病む間があるなら、やるべきことをやろう」
 取り乱しこそしていなかったが、鈴音を守りきれなかった事に責任を感じていた兵輔。その肩を軽く叩くシンザン・タカマガハラ(eb2546)。
 そうして、一行は亡者達の待ち受ける峠へと向かった。


「左手に一体まわったよ! 怨霊って速いんだっ!」
 全体の戦況を見渡していた真鶴が叫んで警戒を促す。空中をそれなりの速度で飛び回る怨霊達は、冒険者達の足元が草に覆われて動きづらいことが重なり、冒険者達を縦横無尽に翻弄する。
「俺に任せろっ!」
 太助が氷の円盤を怨霊に投げつける。だが、木々という遮蔽物と怨霊の飛行速度が相まって、容易に当たらない。樹の表面を削って太助の手元に戻ってきてしまう。
「きたっ! 神の御許に行かれんことを‥‥あれ、聖なる母のほうへ行かれると言葉が通じませんでしょうか?」
 軽口を叩いた後、聖なる母への祈りを始めるヴァルトルート・ドール(eb3891)。敵が飛来してくる状況であったが、軽口はタイミングを調整する為。
「オオオオオォォォッ!!」
 飛来してきた怨霊が見えない壁にぶつかり、動きを止めた。クリステルの張ったホーリーフィールドの魔法である。
「今ですっ!」
 攻撃呪文を使えないユキが合図をする役目であった。ユキの合図で動きを止められた怨霊に対し、クリステル、ヴァルトルート、琳思兼(ea8634)の祈りが一斉に捧げられた。神聖なる白い光が怨霊を包みこむ。
 その光の彼方に、怨霊は浄化され消えていった。ホーリーフィールドによる援護がなければヴァルトルートはアンデットに効果的な浄化の奇跡は現れなかったかもしれない。なにぶん射程が短く、今回のようなシチュエーションでは使うどころが難しいのだ。
「どうか、あなたが信じてなさった神様の元へ行かれんことを」
 消え去った怨霊為にヴァルトルートは祈りを捧げた。
「後衛の方々が一体倒しましたか。こちらも負けてはいられませんね」
 研が疾走し、白骨化した亡者に銀の短剣で斬りかかる。だが、素人同然の攻撃を亡者は白骨ゆえの身軽さでかわしていく。だが、同時に亡者の反撃も研を捉えることはない。研の修行は忍法と身のこなしに多く割かれてきたからである。
「うりゃあぁっ!!」
 渾身の上段からの一撃が白骨の亡者を叩き斬った。シンザンである。
「元は村人でも、今は人に害を為す存在だ」
 研との適確な連携である。攻撃力に劣る研に敵をひきつけ、シンザンが必殺の一撃を見舞う。
「次行くぞ!」
「任せてください!」
 二人は着実に亡者を潰していく。堅実さこそが戦闘を終わらせる為の確実な手段である。
「もう一体の怨霊がまだ残ってる。どうにかしてこちらが攻撃を仕掛けやすい好機を作らないと‥‥」
 真鶴は戦闘の経過が冒険者側に有利のうちに推移しているのを見て、最後に残った厄介な敵を倒すことに意識を集中させる。
「わかった。相手の気をこっちにひきつける! だから、後は頼んだ!」
 太助が真鶴に応えて、怨霊を自分にひきつけることを提案する。
「お願い!」
 真鶴の声を合図に、太助は氷の円盤を投げる。今度こそ、とばかりによく狙って投げられた円盤は、木々の間を美しくすり抜けて怨霊を捉えた。今までも無駄に投げていたわけではない。投げる度に障害物の目測を行っていれば、次第に狙いをつけることも容易になっていく。太助の視力があればこそ、か。
「オオオオオォォォッ!!」
 傷つけられた怨霊はその原因である太助に向かって襲い掛かってくる。
「そこだぁっ!!」
 飛んでくる場所がわかっていれば、後はタイミングを合わせるだけ。彼我の単純な戦闘能力は、真鶴に大きく傾いている。
 怨霊は真鶴の攻撃を避けきることが出来ず、闘気を纏った刃に斬り付けられて、掻き消えていった。


「あの怨霊達‥‥男の人と女の人が一人ずつ‥‥とても悲しそうな顔をしていました」
 ユキが怨霊達の様子を思い出しながら呟いた。
「うむ。残念なことに死して理性は失われていたのであろうが、あの表情は確かに『哀』であったようじゃの。それが死して尚、この世に彷徨うていた原因じゃろう」
 思兼が鎮魂の準備をしながら、ユキの言葉に答える。
「哀しみの理由がなんであるのか、その理由を除き去ることが出来れば、より確実にあの者らを送り出すこともできるのじゃがな」
 思兼は言う。このしばらく後、彼らは怨霊の悲しみの理由を知る。
「こちらの儀式は詳しくないんですよね。だけど、その想いをって話は‥‥どこに行ってもそんなに変らないのかも」
 ヴァルトルートがそう言った。


 黒雲の嘶きが捜索に出た冒険者達を鈴音のもとへと誘った。
「夜久野殿っ! ご無事か!?」
 真っ先に駆けつけた兵輔は、あちこちに掠り傷があるものの、五体満足な鈴音の姿を見て安堵する。
「急な斜面だったが、断崖絶壁って訳じゃなかったからな。こいつが巧く駆け下りてくれたようだな。きっちり主人は守ったってことか」
 シンザンが黒雲の首筋を撫でてやる。足腰が強く、また頑強な軍馬だからこそ急斜面を駆け下りることが出来たのであろう。駿馬のような馬であったなら、途中で脚を折っていたかもしれない。
「今、癒しの魔法をかけますね。黒雲さんにも掛けてあげませんと‥‥はっ!」
 クリステルが言いかけて、息を呑んだ。
 先ほどから黙って蹲ったままの鈴音の前には‥‥白骨化した亡骸が半ば土に埋もれていたのである。
「‥‥これは村人の‥‥? いや‥‥ジャイアントの‥‥子供」
 骨の大きさから一瞬大人とも思えたが、ジャイアントの子供というのも考えられることであった。
「きっと‥‥この子のことが心配で‥‥怨霊になってまで、この世を彷徨い続けていたのでしょう。‥‥どれほど無念だったのでしょう」
 鈴音はようやく口を開き、その声は震えていた。
「‥‥この子も、ご両親と一緒に送り出して差し上げなくては‥‥なりま‥‥」
 クリステルは胸にこみ上げてくるものに、最後まで言葉を繋げることができなかった。


「畠山殿、鎮魂の儀は、このわしが導師となり滞りなく済ませてまいったのじゃ」
 思兼は全てを終えた後、畠山荘司次郎(ez1052)に面会を求め、全ての顛末を報告した。面会といっても、道普請の現場でのことであるが。
「そうか‥‥子を思う親の心、か」
 荘司次郎はじっと目を閉じて、そのことに想いを馳せる。情に厚い、この武将には大いに感じ入るところがあったようだ。
「まことに悲劇としか言えぬ顛末じゃ。犯人の山賊は随分以前に捕縛されて斬首されたと聞きますが、浮かばれぬものでございますじゃ。つきましては‥‥」
 思兼は慰霊碑の建立を荘司次郎に陳情する。
「慰霊碑を建てるか」
「彼の者達の事を哀れみ、想うことこそ、最大の供養となろぅ‥‥あそこを通る者達に
想うて貰う為にも‥‥」
 そこまで言った時、横から話に加わるものがあった。
「お坊様。その話、わしらにも手伝わせてくだせぇ」
 それは話を聞くとなしに聞いてしまったのだろうか? 道普請を手伝っている農民達であった。彼らもまた、身近な人々に死に心を痛ませていたのである。


 峠に建立された小さな慰霊碑。素朴なものであったが、村人達や冒険者達の死者への哀悼の気持ちが込められたものとなった。
 その道を通って、やがて上州征伐の軍勢が戦地へ向かうことになる。