【峠の木霊】木を切って森を守る
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■ショートシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 46 C
参加人数:6人
サポート参加人数:5人
冒険期間:04月13日〜04月20日
リプレイ公開日:2006年04月24日
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●オープニング
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上州征伐準備の為、畠山荘司次郎が雇った冒険者達がある峠の怨霊を鎮めた。
これにより、源徳軍の上州進撃に要する時間は若干短縮されるし、近隣の住民達も無念の隣人がいくらかでも救われたこと、現実的な脅威としての怨霊がいなくなったことを喜んだ。
峠の怨霊が鎮められたことを喜ぶ者は他にもいた。
周辺の樵(きこり)達である。元々、峠に住んでいたジャイアント達も林業にたずさわっていた。
「怨霊達が無事に成仏したのは嬉しいことだ。それに山仕事も再開できるしの」
その辺りの一帯は一部の原生林を除いて、概ね杉が植樹された人工林である。人が苗を植え、育て、そして伐採して木材として利用する為の造られた森である。
「あの辺りの林も、荒れに荒れているだろう。もう長らくほったらかしだ。枝打ちもせにゃいかんし、間伐もして風通しもよくせんとな」
造られた物故に人工林はとても弱弱しい存在でもある。きちんと手入れをされなければ、たちまち荒れ果て、病気は蔓延しやすく、台風などで簡単に樹が折れてしまう。
「近く一斉に山に入って作業をしちまおう。江戸の材木需要もまだあるし、今なら間伐材も安くなく買い取ってくれそうだ」
そういうことで、怨霊の出現以来、人の手の入っていない、その一帯の林を手入れするべく大挙して樵達は山に入っていったのである。
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だが、もう危険はないと思っていた山の中で彼らは恐ろしい体験をすることになる。
山に慣れている樵が揃いも揃って道を見失ってしまったり、恐ろしい声がどこからともなく聞こえてくるというものである。
「森を壊しにきた悪い人間め! さっさと立ち去れっ!!」
その声はそう怒鳴りつけてきたのである。
樵達は恐れをなして、早々に下山してしまった。
「そりゃあ、木霊じゃのう」
元・樵の爺様がそう言った。亀の甲より年の功、爺様はそれが木霊だと気付いた。木霊、それは森を守る精霊である。
「じゃが、山の手入れに入って怒られては、どうしたものかのぉ」
樵達が山に入るのは決して一方的に山を破壊する為ではない。確かに樹を伐り、下草を刈るがそれは山全体の保全の為であるし、最終的に木材にする為に伐採を行っても、また新たに苗を植えるのである。
「冒険者を呼んで退治してもらおうか? ぬか喜びさせられた分、このままじゃ治まりがつかねえ」
「うんにゃ、木霊は悪いもんじゃねえぞ? 森を守っているんじゃ、退治するなどとんでもねえ」
焦れた様子の樵を、爺様が諌める。
「だけどもよ、爺様」
「わかっておる。そうじゃな、冒険者に頼るというのはよい考えかもしれんの」
冒険者達に持ち込まれた依頼。
それは「木霊を説得する」こと。
樵達はけして山を壊す為に樹を伐っているのではないということを教えてあげて下さい。
●リプレイ本文
「残念ながら、今回は植物の専門家といえるような人がきてないの。皆さんのお知恵を貸していただけるかしら?」
ゼラ・アンキセス(ea8922)は樵達に状況を聞くのと一緒に彼らの言い分を聞くことを始めた。
「へえ、一体何をお話すればよいのですか?」
冒険者で外国人。江戸の街中を離れれば、そういった人種に出会う機会は激減するものであり、依頼人である樵達は少なからず緊張の面持ちで問い返す。
「皆さんの樵としての信念、‥‥ちょっと抽象的ね。どうして樹を切らなくてはならないのか? どうして木霊を退治するのではなく、説得を依頼してきたのか? 人の都合だけを考えれば、木霊に気を使う必要なんてないでしょう?」
「‥‥退治だなんて。確かにそんな意見がまったくなかったわけではねえけんども‥‥。山は何年も時間をかけて育てるもので‥‥」
「うん、それで?」
話を先を促すのは楊飛瓏(ea9913)である。樵達が懸命に話している様子をつぶさに見つめている。
樵達の話は多分に経験則や素朴な信仰に基づくものである。植物の専門家がいればもっと筋道を立てて山全体の事象の因果関係を説明できたかもしれないが、残念ながら植物に幾分か詳しい程度の紅谷浅葱(eb3878)の知識ではそこまでは至らない。
(「素朴で誠実な人達であるようだ」)
飛瓏は懸命に説明している樵達をそのような人々だと感じた。嘘や自分達の都合を優先した歪曲はついていないし、木霊達に対しても悪意を抱いているわけではない。
飛瓏はゼラの顔を横目で見やる。それに気付いたゼラが視線を返すと、飛瓏は黙ったまま一度だけ頷いた。
「どうか、任せて。きっと木霊を説得してくるわ」
ゼラは話が一段落したところで、樵達の手をとり、依頼の成功を約束した。飛瓏が対人鑑識を得意とし、そのお墨付きをえたからである。
樵達が木霊と本当によき隣人になれるのかどうかは、ゼラが心配する事柄であったから。
「酷い‥‥こんなに荒れているなんて‥‥」
浅葱は実際に山に入って、そこに生える木々の状態が思わしくないことに、少女のようにかわいらしい顔を曇らせた。
「樵さん達の言うように、この山の植物が思わしくないのは確かですね。杉の木ばかりこんなに生えてて、でもこんなに薄暗いと他の植物も育ちづらそうです」
専門家には至らない浅葱の植物知識でも、この山の状態が植物にとって思わしくないものであることは見ればわかるという状態である。
「‥‥こういう場所には長く留まりたくないものだな」
「どうしてですか?」
飛麗華(eb2545)が飛瓏の呟きに問い返す。
「こういう場所は土砂崩れに巻き込まれる危険が大きい。さっきから歩きづらいだろう?」
「ええ、そうですね。岩や石もですけれど、根っこが出ているので気をつけないと」
無用に木々を傷つけたくないと麗華は先程から気を使って歩いている。それが木霊に対する彼女の誠意の見せ方なのだろう。
「それだ。根っこがしっかり張っていないから、地面をしっかりと保持する力は弱いはずだ。岩や石が露出しているのは雨の度に地面が流されているということだ。そして、また根が露出していく」
「それは‥‥私達が危険ということもあるけど、山そのものにとっても危険な状態ということではないかしら?」
フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)が話を聞いていて声を出した。
「土砂崩れなんて、山全体が壊れてしまうわ」
「ああ、そうか。そういう風に繋げて考えることもできるのか」
飛瓏の知識は山岳や森林で適切に行動する為の知識である。頭の中で山そのものの問題として関連付けらていなかった。
「木霊を説得する時の材料になりそうですね」
フォルナリーナは木霊との対話について考えていた。
「ん? ゼラ、どこへ行くのだ?」
レヴィアス・カイザーリング(eb4554)がゼラが方向違いに歩いていくのを見咎める。
「えっ?」
振り向いたゼラはきょとんと不思議そうな顔をする。
「いや、だからだ。今、我々の進む道からそれて、別の方向へ歩いていこうと‥‥いや、まて。これが‥‥そうなのか?」
レヴィアスはこの不可解な状況の理由にさほど時間をかけずに思い至る。
「ええ、恐らくは」
「そうか。樵達が話していたのはこういう状態だったのか。では、木霊は俺達を認識しているのか?」
そうそう姿を見せるものでもないだろうが、レヴィアスは辺りを見回す。
「可能性はあると思うわ。とりあえず、今はここから抜けましょう。みんな、手を繋いで」
ウィザードであるゼラはある程度、この状況を予測して事前に炎の精霊の力で自らの精神力を奮い起こしていたのである。
「この森に住まう精霊よ! 聞こえているか?」
森の迷宮を抜けたところで、レヴィアスが大きな声で呼びかける。
「今日は樹を伐りにきたのではない。一度、話し合いを持ちたい!」
レヴィアスは堂々たる様子である。
「そうです。僕達はあなたに害を与えるつもりはありません。武器もすべて置いてきました」
風が吹いたのか、木々の擦れる音が上のほうからかすかに響いてくる。だが、冒険者達の頬を風が撫でることはない。密集した木々は風を遮ってしまい、風通しが悪い。
「今、この森を撫でる風が吹いているようね。けれど、おかしいと思いわない? 揺れるのは樹の上のほうばかり、私達のいるここには風はまったく来ていないわ」
フォルナリーナも姿の見えない木霊に向かって語りかける。
「この山は人の手でつくられてきたものです。だから、あなたの住んでいる森と違って人が手を加えなくてはいけません。今まで人の手が入らなかった、この山が、今どんな状態になっているのか、あなただってよく知っているのではありませんか?」
麗華も声をあげる。
「聞こえた‥‥かしら?」
「わからんな。だが、ここが木霊の活動範囲であるとわかったからには、定期的に呼びかけていくのがよいと思う」
フォルナリーナの自問にレヴィアスはそう答えた。
山の奥へ奥へと進んでいく冒険者達は、時折足を止めては姿を見せない木霊に語り掛ける。
「樹を伐って森を守るということもある。この森にはそれが必要だということをどうか理解して欲しい」
「お願い。もしも、樵達に樹を伐らせた結果が森を傷つけるということになったのなら、私の命を差し出してもかまわないわ。‥‥それくらい、私はあの真摯な樵達を信じている。どうか、耳を傾けて」
原生林である奥山まで至り、また麓へ向かって降りていく過程でも粘り強く語りかける。
山の中で野営しなかったのは極力、山を傷つけたくなかったからである。継続して説得を続けるのであれば、また出直してくるのがよいだろうというゼラの判断であった。
『‥‥嘘をついたら‥‥絶対に許さないよ』
山への登り降りと説得を繰り返すことで誠実さを示した冒険者達が、木霊のその言葉を聞いたのは3度目の下山途中での出来事であった。